玄関のチャイムが鳴った。小脇に抱えた紙袋を差し出しながら、義母は言った。「初孫の顔を見せて。新幹線に乗って来たんだから。」私は壁にもたれたまま、腕を組んだ。「無理だよ。リリカが会いたくないって言ってるから。」義母の顔色が変わる。「お祝いだけ受け取るくせに、追い返すの?」「おばあさん、酒癖が悪いって聞いたからね。」「誰から聞いたの?そんなの初耳よ。」「私から見れば、十分聞いてたわ。あなたの息子…

玄関のチャイムが鳴った。小脇に抱えた紙袋を差し出しながら、義母は言った。「初孫の顔を見せて。新幹線に乗って来たんだから。」私は壁にもたれたまま、腕を組んだ。「無理だよ。リリカが会いたくないって言ってるから。」義母の顔色が変わる。「お祝いだけ受け取るくせに、追い返すの?」「おばあさん、酒癖が悪いって聞いたからね。」「誰から聞いたの?そんなの初耳よ。」「私から見れば、十分聞いてたわ。あなたの息子...

「どうして赤ちゃんに合わせてくれないの?新幹線に乗って、わざわざ来たんだから。」

義母は玄関先で声を張り上げた。私は腕を組み、壁にもたれたまま答える。

「リリカが嫌がってるんだ。」

「追い返すくせに、お祝いだけは受け取るのね。」

「せっかく持ってきてくれたんだし、もらわないのも失礼かなと思ってさ。」

「一目でいいから、孫に合わせてよ。」

「無理だって言ってんだろ。」

「どうしてなの?私が何かしたなら謝るわ。」

「謝られたところで、合わせることはできないから。」

義母は唇を噛んだ。それから、震える声で言った。

「じゃあ、私が行くって言った時に、どうしてそう言ってくれなかったのよ。会えないなら、わざわざ来ることなかったわ。」

「お祝いだけ持ってきて欲しかったんだ。」

「なんて子なの…」

私は気にせず続けた。

「嫁に言われて気づいたんだよ。おばあさんが、今後よぼよぼになった時に、世話することになるのは嫌だなって。」

「は?誰が世話してくれなんて頼んだ?」

「先の話かもしれないけど、あり得ることだろう。だから今のうちに絶縁するって。あ、嫁がそうしたいって言ってる。」

義母は冷たい笑みを浮かべた。

「素晴らしい奥さんと結婚したものね。」

「それ、嫌味?」

「無邪気な子だと思ってたけど、飛んだ猫かぶりだったみたいね。」

「ハキハキしてて、俺は一緒にいて楽だよ。」

「そう。あなたが幸せならいいわ。じゃあ帰る。元気でね。」

義母が玄関を出てから数分後、リリカが姿を見せた。

「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか。」

「リリカさん。」

「息子の言ったことは本当なの?」

夫はうなずいた。

「うん。」

「何か、怒らせるようなことをした?」

「どうしても理由が知りたいの。」

奥様は静かに言った。

「別に私は、年寄りっていう人種が嫌いなだけ。あなたのご両親だってそうでしょ?それに、あなたもいずれ年を取るわ。」

「身内は別だし。」

「私だって、エトにとっての身内じゃない。」

「私からすれば、他人だね。」

「初孫なのよ?一目でいいから合わせてよ。」

「汚い手で赤ちゃんに触るな。とっとと帰れ。」

「そこまで言うの?」

「今後、あんたと付き合ってても、メリットなさそうだもん。」

「は?」

「何万もするブランドのベビー服、買えないでしょ。」

「子供服なんて、すぐに着られなくなるわよ。」

「痛っ。」

「そういう古臭いところが、マジで無理。とにかく消えてほしい。」

「あなたが人だなんて、思わなかった。」

「改めまして、こんな感じの嫁です。二度と関わりたくないので、さっさと帰宅しろ。」

「そう、じゃあ帰るわ。さようなら。」

「今後は、孫も含め、あなたたちとも一生関わらない。そういう解釈でいいのね。」

「もちろん。」

「前言撤回はなしよ。」

「するか。」

「分かった。息子にもよろしく伝えて。」

数日後、会社経営者の父から、鬼のような形相で電話がかかってきた。

「おい、どうなってるんだ?」

「何が?」

「シトミさんから、融資の停止通知が来たんだ!」

「は?」

「借りていた金の返済が、今月から止まっているんだと。こちらからは何も聞かされていない。倒産するぞ!すぐに謝罪してきなさい!」

私はムッとした。

「なんで私が謝らなきゃいけないのよ。あのばあさんが一方的にキレてるだけじゃん。」

「あの方は、我が社の大株主なんだぞ!」

「はあ?」

「お前が、あの方に何か言ったんだろう?孫を見せてもらえなかったとか、そういうことじゃないのか?」

「…会いに来たのは向こうからよ。私は何もしてないわ。」

「じゃあ、なぜ融資を止めるんだ?」

「さあね。」

「すぐに謝ってこい。お前のわがままで、一家が路頭に迷うんだぞ!」

「うるさいなあ…」

次の日、私は仕方なく義母に会いに行った。

「お母さん、先日は本当にすみませんでした。」

義母は冷ややかな目で私を見た。

「お父様に何か言われたのね。」

「さて、何の話でしょうか。父とは連絡を取っておりませんが。」

「そう。で、何の用?」

「サガで…ハになっていたんだと思います。子供を産んだ私が、世界で一番偉い気分でおりました。」

「そう。」

「履歴を見返してみて、震え上がりました。大好きなエトさんのお母様に向かって、何という口を聞いてしまったのかと。大変申し訳ございませんでした。」

「遅いわよ。」

「え?」

「謝れるのは、子供まで。大人の世界では、取り返しのつかないことは多々あるの。」

「大人でも、謝りはありますよね。」

「そうね。ただ、程度によるし、私は頑固だから。一度決めたことは、絶対に覆えない。」

「お母さん、私の子を抱っこしてください。」

「今さら何を言ってるの?」

「息子には、おばあちゃんが二人もいるんだよって伝えなきゃならないのに、私は愚かなことをしました。」

「伝えることはできるじゃない。」

「会いたくないんですか?」

「もう結構よ。」

「強がるんじゃないよ。」

「はい?」

「孫に会いたくない祖母なんていないんだよ。演技だとは分かってたけど、数分も我慢できないのね。」

「うるさい。エトの前でも、そんな感じなの?」

「わけないだろ。女が本性を表すのは、女の前だけなんだよ。」

「まあ、確かにそうかもしれないわね。」

私は畳みかけた。

「パパに聞いたよ。あんた、金持ちなんでしょ?」

「だったら何?」

「息子にまで、金持ちだってことを隠すなんてね。あの世には、お金なんか持っていけないのに。」

「私には、私なりの理由があってそうしてるの。」

「毎晩、札束数えて、その汚い顔でニヤニヤ笑ってそう。」

「汚さでは、あなたに負けるわね。」

「孫に会いたくてたまらないくせに、強がっちゃって。私から見たら、超痛々しいわ。」

「そう見えるのね。」

「別に、父の会社がどうなろうと、知ったこっちゃない。」

「白々しい娘さんだこと。」

「それよりも、私はあんたのあの子が、どう育つかが楽しみで仕方なくなってきたわ。」

「どうして?」

「その莫大な資産は、全てエトが相続するからよ。まあ、私がいなくなった後のことは知らないから、好きにすればいいわ。」

「なるべく早く召されてくださいね。」

「長生きできるよ。頑張るわ。」

翌日、父からの電話はさらに激しさを増していた。

「どうだった?ちゃんと仲直りできたか?」

「どちらかといえば、失敗。血縁関係悪化って感じ。」

「はあ。何をやってんだよ。父さんたちがどうなってもいいのか。」

「うん。ぶっちゃけ、関係なくない?」

「なんだと?」

「私はエトと一緒にいる以上、必ず大金が転がり込んでくる運命だよ。親の小さな会社がどうなろうと、知ったこっちゃないし。」

「お前…」

「大体、自分だって卑怯者のくせに、よく偉そうに言えるね。」

「俺のどこが卑怯なんだよ。」

「娘の結婚に際して、姑ト目を利用したじゃない。」

「それは…」

「私は家を出たみよ。これ以上、迷惑かけないで。」

「親を見捨てるのか。」

「お金のない祖母なんて、用なしでしょ。」

「こういうことを、おばあさんに言ったんだな。」

「もっとひどいこと言ったけどね。」

「そりゃ、切れられて当然だ。こんな娘に育てた俺たちが悪いんだもんな。」

「だね。」

「もういい。勝手にしろ。」

翌日、今度は父が義母に謝罪の電話を入れていた。

「このたびは、大変申し訳ございませんでした。」

「今さら、何も必要ありません。私も、娘から縁を切られてしまいましたよ。」

「そうでしたか。娘の無礼な態度は、全て私どもの子育ての失敗が原因です。不愉快な思いをさせてしまい、すみませんでした。」

「それを言うなら、私も同じです。嫁と一緒になって、実の親を追い返すような息子に育ててしまった自分を、悔んでも悔みきれませんよ。」

「子育てとは、何とも難しいものですね。」

「はい。本当に…娘は、宇さんの資産を期待してるような発言をしていました。さすがに危険なことをするアホだとは思いたくありませんが、十分気をつけてください。」

「ありがとうございます。ただ、ご心配には及びません。」

「そうはいかないでしょう。相当な資産をお持ちなのは、間違いないんですから。」

「私は、お金を残すつもりはありません。」

「はい?」

「私は夫を早く亡くし、息子を育てながら、こんな風に考えていました。父から受け継いだ資産を、託せる子に育ったら、全額を譲ろうって。」

「そうだったんですね。」

「でも、駄目でした。だから、あの子には残さずに使い切ります。」

「私が口を出すことではありませんが、それがいいですね。」

「期待をさせたくないので、先に言っておきますが、あなたへの融資はしません。」

「はい、分かっております。子育ても、会社経営も、私には才能がありませんでした。大人しく、会社を畳むことにします。」

「私が融資をしないのには、理由があります。」

「何でしょう?」

「あなたの会社、ワクワクしないんですよ。」

「え…」

「従業員の目も曇ってるし、誰も楽しそうじゃない。」

「そう言われましても…」

「事業を変えて出発してみませんか?事業計画書に、私がワクワクしたら、お金を出します。」

「本当ですか?あ、実は私、昔からやりたい事業がありまして。ただ、儲ける自信がなく、諦めたんです。」

「いいですね。そういう話、大好きなんです。少しお時間ください。すぐに計画書を作ります。」

「一つだけ、こちらからもお願いがあります。」

「何でもおっしゃってください。」

「私たちの子育ての失敗の責任を、一緒に取って欲しいんです。」

「と言いますと?」

「次回お会いした時にお話ししますね。」

翌月、私のスマホに弟からの着信があった。久しぶりに聞く声は、妙に明るかった。

「姉ちゃん、絶縁しておいて、ちょっと頼みにくいんだけど…十万くらい振り込んでくれない?」

「何を言ってるんだ?」

「あの時は調子に乗ってた。ごめん。会社は潰れた。」

「え?」

「母さんはパートに出てる。俺も弁当屋に就職した。」

「はあ。六十手前で、そんなことになってんの?かわいそすぎんだけど。」

「俺は辛くないぞ。むしろ毎日が楽しい。」

「そんなわけないじゃん。」

「そういうわけで、金は貸さない。」

「これってさ、元をたどれば、お義母さんのせいだよね。」

「いや、お義母さんのおかげだな。」

「どうしたの?なんか宗教にでも入った?」

「本心でそう思ってる。」

「会社さえ潰れなきゃ、私は今もお小遣いもらえてたし、今後も実家から援助してもらえたのに。あのばあさんのせいで台無しよ。」

「そうやって何もかも人のせいにするな。自業自得だろ。」

「遺産も、まだまだ先になりそうだし。早くあの世に行ってくれないかな。」

「いい加減にしろ。」

「万でいいんだけど、どうにかならない?」

「三十で家にいるのになんでそんな金が必要なんだ?」

「色々あんのよ。」

「大体、絶縁したのによくも金の無心ができたな。今度こそ、本当に縁を切る。」

「あっさ。社長でもない、金もない。役立たずの親なんて、こっちから願い下げよ。」

「そうか。お前にとって、親はもう不要なんだな。」

「うん。」

「その言葉に、言はないか?」

「ないない。」

「分かった。じゃあな。幸せになれよ。」

「はーい。」

数日後、今度は夫が義母の家を訪ねていた。

「母さん、ちょっと頼みがあるんだけど。」

「縁を切った息子から連絡が来て、ああ、嬉しいわ。」

「ざとらしいな。あの時は悪かったよ。本当に言いすぎたなと思って、反省してるんだ。」

「で、いくらは?どうせお金でしょ。」

「ありがとう。十万でいいんだ。必ず返すから。」

「出産祝いで百万も渡したのに、もうないの?」

「ちょっと入り用っていうか…」

「あなたの稼ぎで、十分生活できるはずよ。」

「出費が重なる時くらいあるだろう。大体、多額の資産を持ってることを隠してたくせに、偉そうに説教すんじゃねえよ。」

「は…」

「リリカに聞いたぞ。人に貸すほど金持ってんだろ。」

「それが何?」

「なんで俺に言わなかったんだよ。」

「言ったら、どうなってた?」

「ゲームも服も、我慢せずに住んだじゃないか。今だって、安い給料で働かずに、遊んで暮らせてたかもしれない。」

「そんなくだらない大人になって欲しくなかったから。私の選択は、改めて正しかったと確信したわ。」

「なんだよそれ。」

「お金は怖いものよ。人を変えてしまうものなの。実際に、私の資産を知ったリリカさんは、目の色を変えてお金の話をしてるんじゃない?それは、私の存在すら疎ましく思ってるはずよ。早く消えろってね。」

「そこまでは、ないと思うけど。」

「いえ、あなたもそう。私が亡くなれば、大金を相続できると思ってるんじゃない?」

「そりゃ、いずれは俺が継ぐことになるだろうけど。」

「そうかもしれないわね。その日を、どうかお楽しみに。」

「いや、十万は…」

「会いにく手持ちがないの。ごめんなさいね、母さん。」

数ヶ月後。

「今回は、本当の謝罪です。お母様、数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした。」

「あら、久しぶりね。お子さんは元気?」

「お母さんの孫です。どうか会って、抱っこしてあげてください。」

「結構よ。」

「そうおっしゃらず…」

「孫に会うためだけに、いくら取られるか分かったもんじゃない。」

「お金なんて、と言いたいところですが、実は生活に困窮しておりまして…」

「らしいわね。息子の稼ぎではやっていけないなんて、どんな無駄遣いしてるのかしら。」

「父からの援助を当てにして生活していた部分があり、そのせいでクレジットカードの支払いが苦しくなりました。」

「へえ。」

「分割払いやリボ払いにしてしのいできたんですが、支払い額がどんどん増えてしまいまして。」

「分割にするほど苦しいのに、まだカードを利用していたってこと?」

「現金は支払いに消えますし、それを補填するために仕方なく…」

「それは大変ね。」

「またいい環境で子育てをしたくて、そうですね…タワマンを買おうと思ってるんですが。」

「嘘でしょ?その状態でローンが通るわけないわ。」

「今、審査中です。」

「だったら安心ね。まず審査に通らないから。」

「実家の援助があると思ってたんです。でも、潰れてしまったみたいで。」

「前の会社はね。今は、新しく会社を起こして頑張ってらっしゃるわ。」

「知らないんですけど。」

「そりゃそうでしょう。絶縁したんだから。」

「儲かってるんですか?」

「最初に聞くのはそれ?どんな会社なのかとか、そういうことは気にならないの?」

「はい。利益がいくらなのかが知りたいです。」

「本当に、救いようのない人ね。」

「ミルクも買えないんです。切羽詰まってるんですよ。」

「ずるいわね。」

「何がですか?」

「孫がお腹を空かせてるのに、一銭も出さない祖母みたいな悪役にしようとしてる。そんなんじゃありません。」

「じゃあ、カード明細を見せて。ちゃんと生活費に消えてるなら、ミルク代くらいあげるわ。」

「それはちょっと、プライベートなことなんで。」

「隠したいから見せられないんでしょ。」

「分かりました。送ります。」

翌日、夫が義母に電話をかけていた。

「母さん、リリカからカード明細が来ただろう。俺も、こんなに生活が苦しくなってるなんて知らなかったんだ。助けてくれよ。」

「どこかの政治家塗りの明細ね。これで何を判断しろって言うのよ。」

「俺も知らなかったんだけど、結婚前からクレジットカードを五枚くらい、限度額まで使ってたらしいんだ。」

「ええ?母さんが出資して、リリカの親父さんも新しく会社を立ち上げたんだろ。」

「そうよ。親同士が仲良くしてるなら、俺たちのことも許してくれるってことだよな。」

「違うわ。私たちはビジネスの関係よ。理念に共感したから、お金を出した。それだけ。」

「いつまでそうやって意地を張るんだよ。本当は孫に会いたくて仕方ないんだろう。いい加減、素直になれよ。」

「何を言ってるの?私は、単に孫に会いたいだけじゃなかったのよ。」

「嘘つけ。」

「あなたが家庭を持てるまで立派になって、出産という辛くて尊い営みを成し遂げたリリカさんに、感謝と祝いを伝えたかっただけ。孫なんて、二の次よ。」

「じゃあ、もう和解したっていいじゃないか。」

「私は、子育ての失敗の責任を取らないといけない。ここで甘やかせば、あなたの子供が不幸になる。」

「ミルクが飲めないことが不幸だろう。」

「まずは、黒塗りしてない明細を見せなさい。話はそれからよ。」

「分かったよ。」

翌日、明細を見た義母は、ため息をついた。

「明細を見たわ。夫婦で飲み歩いてたみたいね。」

「三人のストレスで…」

「便利な言葉ね。ストレスといえば何でも通用するなんて、今の人たちは羨ましいわ。」

「お酒を飲むから母乳が上げられなくて、ミルク代がかかるんです。」

「普通の母親は、酒を飲まずにミルクを買うのよ。でもストレスが…」

「見知らぬ人に預けられてる我が子のストレスは、考えたことないの?今はどうせ、何も分かってないし。」

「違う。子供はちゃんと分かってる。ママに触れた分だけ安心して、すくすく育つの。」

「子供が生まれたら、こんなに不自由だなんて思わなかったんです。」

「そうやって愚痴って泣きつけば、誰かが助けてくれると思ってるわね。」

「父の連絡先を教えてください。携帯も変わって、連絡も取れないんです。」

「教えてもいいけど、助けてはくれないわよ。」

「どうしてですか?」

「出資の条件は、娘に手を貸さないことだから。」

「そこまでやる?こんなの、単なる嫁いびりじゃない。」

「そう思うなら、思ってればいい。そして、私たちがここまで厳しく接しているか、理解できる日まで恨み続ければいいわ。」

「お願い。今月でカードが使えなくなるんです。支払いができないと、ブラックリストに乗っちゃうの。」

「おめでとう。その方が、あなたのためよ。」

「一万でいいから貸して。」

「あなたに貸すお金はない。ミルクが買えないなら、今すぐ働いてきなさい。」

「ケチ。早くあの世へ行け。そしたら、あんたの遺産で、買い物してやるんだから。」

「言い忘れてたんだけど、お金はもうほとんどないわよ。」

「は、嘘でしょ?」

「数えきれない企業や芸術家、各種団体に寄付をしてる。」

「何やってくれてんのよ。私のお金でしょ。」

「どこでどう勘違いしたのか知らないけど、私が父から相続した私のお金よ。どう使おうが、あなたに文句を言われる筋合いはない。」

「どうしよう。あと数年も生きるわけないと思って、老後資金も買おうって夢見てたのに。」

「ごめんなさいね。お医者さんに褒められるくらい、健康なのよ。まあ、私が亡くなったとしても、遺産はほぼないけど。」

「ひどい。訴えてやる。」

「あら、退屈してるから、裁判なんてワクワクしちゃう。楽しみに待ってるわね。」

「ねえ、お願い、助けてよ。」

「たかるんじゃない。金は稼ぐものなの。遺産で遊んでる人に、言われたくない。」

「私も若い頃は、夫と二人で働いてたわ。貧しかったけど、毎日笑って楽しかった。父が亡くなって遺産を相続したけど、あの大変だった日々の方が幸せだった。」

「それでも、お金がある方が幸せよ。」

「どうかしらね。それは、自分で確かめなさい。」

「お願い。見捨てないで。」

「汚い祖母は消えるわ。綺麗な世界で、お幸せに。」

数ヶ月後、会社を立ち上げた父が、義母に礼を言っていた。

「宇さん、おかげ様で事業は順調です。本当にありがとうございました。」

「障害者を雇用したお弁当屋さんのフランチャイズが、素敵な事業だと共感したからです。私の弟はダウン症でした。料理はすごく得意なのに、仕事に就けなくて、ずっと辛い思いをしてきたんです。今は弟も生き生きと働いてくれてますよ。」

「素晴らしいことですね。」

「野菜を切るなどの単純作業ならできる、という障害者は少なくないんです。先日、お店に行ったら行列ができてて、諦めました。」

「来てくださったんですか?お弁当くらいなら、いつでもお届けしますよ。」

「いいえ。ちゃんと並んで買います。ありがとうございます。」

「娘さんや、お孫さんに会いたくなりませんか?」

「いいえ、と言ったら嘘になりますが、あいつが大人として、親として、一人立ちできるまで、手を貸してはいけないんだと、妻とも話しています。」

「親ですもの。心配ですよね。私だってそうです。たった一人の身内ですから。でも、私は思うんです。私たちは、愛情を込めて子育てをしてきましたよね。ええ、もちろんです。それは、きっと次の世代にもつながるんだと信じたいんです。今頃は、きっと親子三人で笑ってる。そう信じましょう。」

その後、息子夫婦はあれから、クレジットカード五枚分の借金約三百万円を返済するために、子供を保育園に預けて夫婦共働きで働いている。夜は互い違いに子供の面倒を見て、夫は夜間の建設現場、妻はスナックでダブルワークまでしているらしい。ミルクは買えているのだろう。

最近の若い人は、こうして私生活を赤裸々にSNSに投稿するものなんですね。私は宣言通り、様々なところへ寄付や出資をし、あとは年金で細々と暮らすのみとなった。たまに、寄付した全国の方々がお礼の品を送ってくれるのが、密かな楽しみだ。我が子や孫に会えなくても、元気で笑顔でいてくれたらいい。お金を手放して、心からそう思えるようになった。

さて、今日もお気に入りのお弁当を買いに行くとするか。

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