「どうして赤ちゃんに合わせてくれないの?新幹線に乗って、わざわざ来たんだから。」
義母は玄関先で声を張り上げた。私は腕を組み、壁にもたれたまま答える。
「リリカが嫌がってるんだ。」
「追い返すくせに、お祝いだけは受け取るのね。」
「せっかく持ってきてくれたんだし、もらわないのも失礼かなと思ってさ。」
「一目でいいから、孫に合わせてよ。」
「無理だって言ってんだろ。」
「どうしてなの?私が何かしたなら謝るわ。」
「謝られたところで、合わせることはできないから。」
義母は唇を噛んだ。それから、震える声で言った。
「じゃあ、私が行くって言った時に、どうしてそう言ってくれなかったのよ。会えないなら、わざわざ来ることなかったわ。」
「お祝いだけ持ってきて欲しかったんだ。」
「なんて子なの…」
私は気にせず続けた。
「嫁に言われて気づいたんだよ。おばあさんが、今後よぼよぼになった時に、世話することになるのは嫌だなって。」
「は?誰が世話してくれなんて頼んだ?」
「先の話かもしれないけど、あり得ることだろう。だから今のうちに絶縁するって。あ、嫁がそうしたいって言ってる。」
義母は冷たい笑みを浮かべた。
「素晴らしい奥さんと結婚したものね。」
「それ、嫌味?」
「無邪気な子だと思ってたけど、飛んだ猫かぶりだったみたいね。」
「ハキハキしてて、俺は一緒にいて楽だよ。」
「そう。あなたが幸せならいいわ。じゃあ帰る。元気でね。」
義母が玄関を出てから数分後、リリカが姿を見せた。
「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか。」
「リリカさん。」
「息子の言ったことは本当なの?」
夫はうなずいた。
「うん。」
「何か、怒らせるようなことをした?」
「どうしても理由が知りたいの。」
奥様は静かに言った。
「別に私は、年寄りっていう人種が嫌いなだけ。あなたのご両親だってそうでしょ?それに、あなたもいずれ年を取るわ。」
「身内は別だし。」
「私だって、エトにとっての身内じゃない。」
「私からすれば、他人だね。」
「初孫なのよ?一目でいいから合わせてよ。」
「汚い手で赤ちゃんに触るな。とっとと帰れ。」
「そこまで言うの?」
「今後、あんたと付き合ってても、メリットなさそうだもん。」
「は?」
「何万もするブランドのベビー服、買えないでしょ。」
「子供服なんて、すぐに着られなくなるわよ。」
「痛っ。」
「そういう古臭いところが、マジで無理。とにかく消えてほしい。」
「あなたが人だなんて、思わなかった。」
「改めまして、こんな感じの嫁です。二度と関わりたくないので、さっさと帰宅しろ。」
「そう、じゃあ帰るわ。さようなら。」
「今後は、孫も含め、あなたたちとも一生関わらない。そういう解釈でいいのね。」
「もちろん。」
「前言撤回はなしよ。」
「するか。」
「分かった。息子にもよろしく伝えて。」
数日後、会社経営者の父から、鬼のような形相で電話がかかってきた。
「おい、どうなってるんだ?」
「何が?」
「シトミさんから、融資の停止通知が来たんだ!」
「は?」
「借りていた金の返済が、今月から止まっているんだと。こちらからは何も聞かされていない。倒産するぞ!すぐに謝罪してきなさい!」
私はムッとした。
「なんで私が謝らなきゃいけないのよ。あのばあさんが一方的にキレてるだけじゃん。」
「あの方は、我が社の大株主なんだぞ!」
「はあ?」
「お前が、あの方に何か言ったんだろう?孫を見せてもらえなかったとか、そういうことじゃないのか?」
「…会いに来たのは向こうからよ。私は何もしてないわ。」
「じゃあ、なぜ融資を止めるんだ?」
「さあね。」
「すぐに謝ってこい。お前のわがままで、一家が路頭に迷うんだぞ!」
「うるさいなあ…」
次の日、私は仕方なく義母に会いに行った。
「お母さん、先日は本当にすみませんでした。」
義母は冷ややかな目で私を見た。
「お父様に何か言われたのね。」
「さて、何の話でしょうか。父とは連絡を取っておりませんが。」
「そう。で、何の用?」
「サガで…ハになっていたんだと思います。子供を産んだ私が、世界で一番偉い気分でおりました。」
「そう。」
「履歴を見返してみて、震え上がりました。大好きなエトさんのお母様に向かって、何という口を聞いてしまったのかと。大変申し訳ございませんでした。」
「遅いわよ。」
「え?」
「謝れるのは、子供まで。大人の世界では、取り返しのつかないことは多々あるの。」
「大人でも、謝りはありますよね。」
「そうね。ただ、程度によるし、私は頑固だから。一度決めたことは、絶対に覆えない。」
「お母さん、私の子を抱っこしてください。」
「今さら何を言ってるの?」
「息子には、おばあちゃんが二人もいるんだよって伝えなきゃならないのに、私は愚かなことをしました。」
「伝えることはできるじゃない。」
「会いたくないんですか?」
「もう結構よ。」
「強がるんじゃないよ。」
「はい?」
「孫に会いたくない祖母なんていないんだよ。演技だとは分かってたけど、数分も我慢できないのね。」
「うるさい。エトの前でも、そんな感じなの?」
「わけないだろ。女が本性を表すのは、女の前だけなんだよ。」
「まあ、確かにそうかもしれないわね。」
私は畳みかけた。
「パパに聞いたよ。あんた、金持ちなんでしょ?」
「だったら何?」
「息子にまで、金持ちだってことを隠すなんてね。あの世には、お金なんか持っていけないのに。」
「私には、私なりの理由があってそうしてるの。」
「毎晩、札束数えて、その汚い顔でニヤニヤ笑ってそう。」
「汚さでは、あなたに負けるわね。」
「孫に会いたくてたまらないくせに、強がっちゃって。私から見たら、超痛々しいわ。」
「そう見えるのね。」
「別に、父の会社がどうなろうと、知ったこっちゃない。」
「白々しい娘さんだこと。」
「それよりも、私はあんたのあの子が、どう育つかが楽しみで仕方なくなってきたわ。」
「どうして?」
「その莫大な資産は、全てエトが相続するからよ。まあ、私がいなくなった後のことは知らないから、好きにすればいいわ。」
「なるべく早く召されてくださいね。」
「長生きできるよ。頑張るわ。」
翌日、父からの電話はさらに激しさを増していた。
「どうだった?ちゃんと仲直りできたか?」
「どちらかといえば、失敗。血縁関係悪化って感じ。」
「はあ。何をやってんだよ。父さんたちがどうなってもいいのか。」
「うん。ぶっちゃけ、関係なくない?」
「なんだと?」
「私はエトと一緒にいる以上、必ず大金が転がり込んでくる運命だよ。親の小さな会社がどうなろうと、知ったこっちゃないし。」
「お前…」
「大体、自分だって卑怯者のくせに、よく偉そうに言えるね。」
「俺のどこが卑怯なんだよ。」
「娘の結婚に際して、姑ト目を利用したじゃない。」
「それは…」
「私は家を出たみよ。これ以上、迷惑かけないで。」
「親を見捨てるのか。」
「お金のない祖母なんて、用なしでしょ。」
「こういうことを、おばあさんに言ったんだな。」
「もっとひどいこと言ったけどね。」
「そりゃ、切れられて当然だ。こんな娘に育てた俺たちが悪いんだもんな。」
「だね。」
「もういい。勝手にしろ。」
翌日、今度は父が義母に謝罪の電話を入れていた。
「このたびは、大変申し訳ございませんでした。」
「今さら、何も必要ありません。私も、娘から縁を切られてしまいましたよ。」
「そうでしたか。娘の無礼な態度は、全て私どもの子育ての失敗が原因です。不愉快な思いをさせてしまい、すみませんでした。」
「それを言うなら、私も同じです。嫁と一緒になって、実の親を追い返すような息子に育ててしまった自分を、悔んでも悔みきれませんよ。」
「子育てとは、何とも難しいものですね。」
「はい。本当に…娘は、宇さんの資産を期待してるような発言をしていました。さすがに危険なことをするアホだとは思いたくありませんが、十分気をつけてください。」
「ありがとうございます。ただ、ご心配には及びません。」
「そうはいかないでしょう。相当な資産をお持ちなのは、間違いないんですから。」
「私は、お金を残すつもりはありません。」
「はい?」
「私は夫を早く亡くし、息子を育てながら、こんな風に考えていました。父から受け継いだ資産を、託せる子に育ったら、全額を譲ろうって。」
「そうだったんですね。」
「でも、駄目でした。だから、あの子には残さずに使い切ります。」
「私が口を出すことではありませんが、それがいいですね。」
「期待をさせたくないので、先に言っておきますが、あなたへの融資はしません。」
「はい、分かっております。子育ても、会社経営も、私には才能がありませんでした。大人しく、会社を畳むことにします。」
「私が融資をしないのには、理由があります。」
「何でしょう?」
「あなたの会社、ワクワクしないんですよ。」
「え…」
「従業員の目も曇ってるし、誰も楽しそうじゃない。」
「そう言われましても…」
「事業を変えて出発してみませんか?事業計画書に、私がワクワクしたら、お金を出します。」
「本当ですか?あ、実は私、昔からやりたい事業がありまして。ただ、儲ける自信がなく、諦めたんです。」
「いいですね。そういう話、大好きなんです。少しお時間ください。すぐに計画書を作ります。」
「一つだけ、こちらからもお願いがあります。」
「何でもおっしゃってください。」
「私たちの子育ての失敗の責任を、一緒に取って欲しいんです。」
「と言いますと?」
「次回お会いした時にお話ししますね。」
翌月、私のスマホに弟からの着信があった。久しぶりに聞く声は、妙に明るかった。
「姉ちゃん、絶縁しておいて、ちょっと頼みにくいんだけど…十万くらい振り込んでくれない?」
「何を言ってるんだ?」
「あの時は調子に乗ってた。ごめん。会社は潰れた。」
「え?」
「母さんはパートに出てる。俺も弁当屋に就職した。」
「はあ。六十手前で、そんなことになってんの?かわいそすぎんだけど。」
「俺は辛くないぞ。むしろ毎日が楽しい。」
「そんなわけないじゃん。」
「そういうわけで、金は貸さない。」
「これってさ、元をたどれば、お義母さんのせいだよね。」
「いや、お義母さんのおかげだな。」
「どうしたの?なんか宗教にでも入った?」
「本心でそう思ってる。」
「会社さえ潰れなきゃ、私は今もお小遣いもらえてたし、今後も実家から援助してもらえたのに。あのばあさんのせいで台無しよ。」
「そうやって何もかも人のせいにするな。自業自得だろ。」
「遺産も、まだまだ先になりそうだし。早くあの世に行ってくれないかな。」
「いい加減にしろ。」
「万でいいんだけど、どうにかならない?」
「三十で家にいるのになんでそんな金が必要なんだ?」
「色々あんのよ。」
「大体、絶縁したのによくも金の無心ができたな。今度こそ、本当に縁を切る。」
「あっさ。社長でもない、金もない。役立たずの親なんて、こっちから願い下げよ。」
「そうか。お前にとって、親はもう不要なんだな。」
「うん。」
「その言葉に、言はないか?」
「ないない。」
「分かった。じゃあな。幸せになれよ。」
「はーい。」
数日後、今度は夫が義母の家を訪ねていた。
「母さん、ちょっと頼みがあるんだけど。」
「縁を切った息子から連絡が来て、ああ、嬉しいわ。」
「ざとらしいな。あの時は悪かったよ。本当に言いすぎたなと思って、反省してるんだ。」
「で、いくらは?どうせお金でしょ。」
「ありがとう。十万でいいんだ。必ず返すから。」
「出産祝いで百万も渡したのに、もうないの?」
「ちょっと入り用っていうか…」
「あなたの稼ぎで、十分生活できるはずよ。」
「出費が重なる時くらいあるだろう。大体、多額の資産を持ってることを隠してたくせに、偉そうに説教すんじゃねえよ。」
「は…」
「リリカに聞いたぞ。人に貸すほど金持ってんだろ。」
「それが何?」
「なんで俺に言わなかったんだよ。」
「言ったら、どうなってた?」
「ゲームも服も、我慢せずに住んだじゃないか。今だって、安い給料で働かずに、遊んで暮らせてたかもしれない。」
「そんなくだらない大人になって欲しくなかったから。私の選択は、改めて正しかったと確信したわ。」
「なんだよそれ。」
「お金は怖いものよ。人を変えてしまうものなの。実際に、私の資産を知ったリリカさんは、目の色を変えてお金の話をしてるんじゃない?それは、私の存在すら疎ましく思ってるはずよ。早く消えろってね。」
「そこまでは、ないと思うけど。」
「いえ、あなたもそう。私が亡くなれば、大金を相続できると思ってるんじゃない?」
「そりゃ、いずれは俺が継ぐことになるだろうけど。」
「そうかもしれないわね。その日を、どうかお楽しみに。」
「いや、十万は…」
「会いにく手持ちがないの。ごめんなさいね、母さん。」
数ヶ月後。
「今回は、本当の謝罪です。お母様、数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした。」
「あら、久しぶりね。お子さんは元気?」
「お母さんの孫です。どうか会って、抱っこしてあげてください。」
「結構よ。」
「そうおっしゃらず…」
「孫に会うためだけに、いくら取られるか分かったもんじゃない。」
「お金なんて、と言いたいところですが、実は生活に困窮しておりまして…」
「らしいわね。息子の稼ぎではやっていけないなんて、どんな無駄遣いしてるのかしら。」
「父からの援助を当てにして生活していた部分があり、そのせいでクレジットカードの支払いが苦しくなりました。」
「へえ。」
「分割払いやリボ払いにしてしのいできたんですが、支払い額がどんどん増えてしまいまして。」
「分割にするほど苦しいのに、まだカードを利用していたってこと?」
「現金は支払いに消えますし、それを補填するために仕方なく…」
「それは大変ね。」
「またいい環境で子育てをしたくて、そうですね…タワマンを買おうと思ってるんですが。」
「嘘でしょ?その状態でローンが通るわけないわ。」
「今、審査中です。」
「だったら安心ね。まず審査に通らないから。」
「実家の援助があると思ってたんです。でも、潰れてしまったみたいで。」
「前の会社はね。今は、新しく会社を起こして頑張ってらっしゃるわ。」
「知らないんですけど。」
「そりゃそうでしょう。絶縁したんだから。」
「儲かってるんですか?」
「最初に聞くのはそれ?どんな会社なのかとか、そういうことは気にならないの?」
「はい。利益がいくらなのかが知りたいです。」
「本当に、救いようのない人ね。」
「ミルクも買えないんです。切羽詰まってるんですよ。」
「ずるいわね。」
「何がですか?」
「孫がお腹を空かせてるのに、一銭も出さない祖母みたいな悪役にしようとしてる。そんなんじゃありません。」
「じゃあ、カード明細を見せて。ちゃんと生活費に消えてるなら、ミルク代くらいあげるわ。」
「それはちょっと、プライベートなことなんで。」
「隠したいから見せられないんでしょ。」
「分かりました。送ります。」
翌日、夫が義母に電話をかけていた。
「母さん、リリカからカード明細が来ただろう。俺も、こんなに生活が苦しくなってるなんて知らなかったんだ。助けてくれよ。」
「どこかの政治家塗りの明細ね。これで何を判断しろって言うのよ。」
「俺も知らなかったんだけど、結婚前からクレジットカードを五枚くらい、限度額まで使ってたらしいんだ。」
「ええ?母さんが出資して、リリカの親父さんも新しく会社を立ち上げたんだろ。」
「そうよ。親同士が仲良くしてるなら、俺たちのことも許してくれるってことだよな。」
「違うわ。私たちはビジネスの関係よ。理念に共感したから、お金を出した。それだけ。」
「いつまでそうやって意地を張るんだよ。本当は孫に会いたくて仕方ないんだろう。いい加減、素直になれよ。」
「何を言ってるの?私は、単に孫に会いたいだけじゃなかったのよ。」
「嘘つけ。」
「あなたが家庭を持てるまで立派になって、出産という辛くて尊い営みを成し遂げたリリカさんに、感謝と祝いを伝えたかっただけ。孫なんて、二の次よ。」
「じゃあ、もう和解したっていいじゃないか。」
「私は、子育ての失敗の責任を取らないといけない。ここで甘やかせば、あなたの子供が不幸になる。」
「ミルクが飲めないことが不幸だろう。」
「まずは、黒塗りしてない明細を見せなさい。話はそれからよ。」
「分かったよ。」
翌日、明細を見た義母は、ため息をついた。
「明細を見たわ。夫婦で飲み歩いてたみたいね。」
「三人のストレスで…」
「便利な言葉ね。ストレスといえば何でも通用するなんて、今の人たちは羨ましいわ。」
「お酒を飲むから母乳が上げられなくて、ミルク代がかかるんです。」
「普通の母親は、酒を飲まずにミルクを買うのよ。でもストレスが…」
「見知らぬ人に預けられてる我が子のストレスは、考えたことないの?今はどうせ、何も分かってないし。」
「違う。子供はちゃんと分かってる。ママに触れた分だけ安心して、すくすく育つの。」
「子供が生まれたら、こんなに不自由だなんて思わなかったんです。」
「そうやって愚痴って泣きつけば、誰かが助けてくれると思ってるわね。」
「父の連絡先を教えてください。携帯も変わって、連絡も取れないんです。」
「教えてもいいけど、助けてはくれないわよ。」
「どうしてですか?」
「出資の条件は、娘に手を貸さないことだから。」
「そこまでやる?こんなの、単なる嫁いびりじゃない。」
「そう思うなら、思ってればいい。そして、私たちがここまで厳しく接しているか、理解できる日まで恨み続ければいいわ。」
「お願い。今月でカードが使えなくなるんです。支払いができないと、ブラックリストに乗っちゃうの。」
「おめでとう。その方が、あなたのためよ。」
「一万でいいから貸して。」
「あなたに貸すお金はない。ミルクが買えないなら、今すぐ働いてきなさい。」
「ケチ。早くあの世へ行け。そしたら、あんたの遺産で、買い物してやるんだから。」
「言い忘れてたんだけど、お金はもうほとんどないわよ。」
「は、嘘でしょ?」
「数えきれない企業や芸術家、各種団体に寄付をしてる。」
「何やってくれてんのよ。私のお金でしょ。」
「どこでどう勘違いしたのか知らないけど、私が父から相続した私のお金よ。どう使おうが、あなたに文句を言われる筋合いはない。」
「どうしよう。あと数年も生きるわけないと思って、老後資金も買おうって夢見てたのに。」
「ごめんなさいね。お医者さんに褒められるくらい、健康なのよ。まあ、私が亡くなったとしても、遺産はほぼないけど。」
「ひどい。訴えてやる。」
「あら、退屈してるから、裁判なんてワクワクしちゃう。楽しみに待ってるわね。」
「ねえ、お願い、助けてよ。」
「たかるんじゃない。金は稼ぐものなの。遺産で遊んでる人に、言われたくない。」
「私も若い頃は、夫と二人で働いてたわ。貧しかったけど、毎日笑って楽しかった。父が亡くなって遺産を相続したけど、あの大変だった日々の方が幸せだった。」
「それでも、お金がある方が幸せよ。」
「どうかしらね。それは、自分で確かめなさい。」
「お願い。見捨てないで。」
「汚い祖母は消えるわ。綺麗な世界で、お幸せに。」
数ヶ月後、会社を立ち上げた父が、義母に礼を言っていた。
「宇さん、おかげ様で事業は順調です。本当にありがとうございました。」
「障害者を雇用したお弁当屋さんのフランチャイズが、素敵な事業だと共感したからです。私の弟はダウン症でした。料理はすごく得意なのに、仕事に就けなくて、ずっと辛い思いをしてきたんです。今は弟も生き生きと働いてくれてますよ。」
「素晴らしいことですね。」
「野菜を切るなどの単純作業ならできる、という障害者は少なくないんです。先日、お店に行ったら行列ができてて、諦めました。」
「来てくださったんですか?お弁当くらいなら、いつでもお届けしますよ。」
「いいえ。ちゃんと並んで買います。ありがとうございます。」
「娘さんや、お孫さんに会いたくなりませんか?」
「いいえ、と言ったら嘘になりますが、あいつが大人として、親として、一人立ちできるまで、手を貸してはいけないんだと、妻とも話しています。」
「親ですもの。心配ですよね。私だってそうです。たった一人の身内ですから。でも、私は思うんです。私たちは、愛情を込めて子育てをしてきましたよね。ええ、もちろんです。それは、きっと次の世代にもつながるんだと信じたいんです。今頃は、きっと親子三人で笑ってる。そう信じましょう。」
その後、息子夫婦はあれから、クレジットカード五枚分の借金約三百万円を返済するために、子供を保育園に預けて夫婦共働きで働いている。夜は互い違いに子供の面倒を見て、夫は夜間の建設現場、妻はスナックでダブルワークまでしているらしい。ミルクは買えているのだろう。
最近の若い人は、こうして私生活を赤裸々にSNSに投稿するものなんですね。私は宣言通り、様々なところへ寄付や出資をし、あとは年金で細々と暮らすのみとなった。たまに、寄付した全国の方々がお礼の品を送ってくれるのが、密かな楽しみだ。我が子や孫に会えなくても、元気で笑顔でいてくれたらいい。お金を手放して、心からそう思えるようになった。
さて、今日もお気に入りのお弁当を買いに行くとするか。
