おいが肺炎で入院し、病室で私が涙を拭っていると、義姉が家族の前で突然叫んだ。
「弟のバカ嫁が育児放棄したからよ!」
心当たりのない罪を着せられ、私は言葉を失った。義姉は酒に酔って顔を真っ赤にし、私を睨みつけている。しかしそのとき、義姉の夫が不思議そうな顔をして立ち上がった。
「え、保育園は?」
義姉はその言葉に一瞬固まった。だが義姉の夫は構わず問い詰める。私は酒井み子、34歳。専業主婦で、夫の直樹と結婚して5年になる。3歳の娘マリと3人で幸せに暮らしていた。
結婚当初は共働きだったが、出産を機に専業主婦になった。私たちの家と義実家はとても近く、義家には義両親と夫の姉夫婦、そしてその息子のりょうたが住んでいる。娘のマリとりょうたは年が近く、仲がいいのでよく義家に遊びに行っていた。
義両親との関係は良好だったが、問題は義姉のしおりさんだった。私たちが遊びに行くと、いつも義兄のせいやさんはおらず、義姉は出かけていた。義姉は昔から自分勝手な性格で、義両親も呆れている部分があると直樹から聞かされていた。
初対面のときから、彼女の高飛車な態度には驚かされた。直樹と結婚の挨拶に義実家へ行ったときのことだ。
「うーん。これが直樹の嫁?なんか地味ね」
突然そんなことを言われ、私は傷ついたが、当のしおりさんは気にしている様子もなかった。直樹や義両親、せいやさんに注意されても、彼女は態度を改めなかった。
「だって本当のことじゃん」
何かある度にそう言い、自分が一番正しいと思っているタイプだった。そのときからしおりさんに対して苦手意識を持った私は、義実家に彼女がいないことがある意味助かっていた。けれど顔を合わせれば毎回嫌味を言われるので、娘や甥のために行くのをやめようかと思うこともあった。
それでも義両親は私たちの関係を理解していて、義姉が家にいる時間はできるだけ私と二人きりにならないよう配慮してくれた。それでも隙を見つけては嫌味を言われ、常に自分勝手な言動をする義姉には困っていた。
そんな生活を続けていたある日、義父が体調を崩して亡くなってしまった。私も義父にはとても良くしてもらっていたので、深く悲しんだ。しかし私たちはその悲しみを乗り越え、普段の生活に戻り始めた。
ところが義母は義父が亡くなってから、以前のような元気を失ってしまった。義母の様子が気になった私たちは、今まで以上に頻繁に義実家へ遊びに行くようになった。すると様子が変わったのは義母だけではなかった。義姉の行動が今まで以上におかしくなっていったのだ。
確かに今までも遊びに行って家にいないことはあったが、大体夕方頃には帰ってきたし、一日中家にいる日もあった。しかし義父が亡くなってからというもの、家にいない日が増え、夜まで帰ってこないことまであった。まだ3歳の息子を置いてどこへ行っているのかと気になってはいたが、私は深く詮索することはしなかった。
ある日、義姉から突然連絡が来た。
「急な用事ができて帰れそうにないの。りょうたはよろしく」
あまりに身勝手な連絡に驚いた。その日はせいやさんも出張だと言っていた。義母がいるとはいえ、幼い甥を一人で残して帰ることはできなかった。今まで心配をかけまいと、直樹には義姉のことを話さないできたが、今回は直樹にも伝えた。
すると直樹は、今日はみんなで実家に泊まろうと提案してくれた。その日は私たち家族が義実家に泊まることになった。帰らないと言い出す義姉のあまりの自分勝手さに、私は嫌な予感を感じて直樹と話し合った。だがもう少し信じてみようということで、今回は義姉に何も言わないことにした。
けれど、やはり私の嫌な予感は的中してしまう。義姉はせいやさんが出張のときや義母が留守のときなど、毎回私に連絡をよこすようになったのだ。りょうたのことを考えると、いられない気持ちでも無視することはできなかった。私が苦手なのはしおりさんで、りょうたには何の罪もない。私が預かるときは彼女がいないので、極力彼女とは関わらないよう心がけた。
とはいえ、帰り際に義姉と顔を合わせることは避けられない。私は良かれと思って預かっているのに、彼女は嫌味を言ってきたり、私の予定など気にせず次の用事を一方的に告げてきたりするのだ。
日々悪くなる義姉の態度に我慢の限界を迎えた私は、とうとう直樹に相談することにした。
義姉の実態を知った直樹は怒り、すぐに義姉へ連絡を入れて注意してくれた。しかし彼女の行動は変わらなかった。それどころか、直樹に相談したことに腹を立てたのか、嫌がらせはさらにひどくなっていった。
彼女と喧嘩してもいいことはないと思った私は、極力義姉のことは気にしないように務め、義母とりょうたのために義実家に通い続けた。
しかし最近では、そんな義姉がマリにまで強く当たるようになり、マリは泣きながら私に訴えてくることもあった。前日、私と少し言い争った腹いせに、本人の前でマリを馬鹿にしたこともあった。
「マリって本当にバカよね。りょうた同年とは思えないわ。働きもせずにずっと一緒にいるのに、まともに教育もできないわけ?」
マリはその言葉で目にいっぱい涙をためていた。そんなマリに対してさらに追い打ちをかけるように暴言を吐く義姉。そんな八つ当たりに私の堪忍袋の緒が切れ、初めて義姉と大喧嘩になったこともあった。それでも義姉は自分が悪くないと思っていて、いつまでたっても態度は変わらなかった。私は悔しかったが、我慢する日々を続けていた。
そんなある日、私たちは家族3人で旅行に出かけた。久しぶりの家族旅行で、楽しい時間を過ごした。2泊3日の旅行の帰り道、飛行機の時間ぎりぎりまで遊んでしまい、ドタバタと飛行機に乗り込むことになった。そのため一日中ほとんどスマホを気にする時間がないまま過ごしていた。なので、いつものように義姉から連絡が来ていることにも、私はまったく気がついていなかった。
その後、空港から家までは車で帰ってきたが、なぜか我が家の前に一台の車が止まっている。私も直樹もその車に見覚えがあった。車の中を覗き込むと、中にはりょうたの姿があった。そこに止まっていたのは、義姉の車だったのだ。
中にいるりょうたに呼びかけるが返事がない。私たちは慌てて救急隊を要請した。なんとか車を開けてもらい、りょうたは救急搬送された。病院に到着すると、りょうたは寒い中、車の中で長時間過ごしたことで肺炎をこじらせていた。
その後、義姉、せいやさんの順に病院へ到着し、りょうたの回復を待った。義母は体調を崩して入院中のため、連絡だけ入れておいた。心配をかけるだけだと迷ったが、直樹が義母にも連絡をしておこうと言ったのだ。
しばらくみんなで病室で過ごしていたとき、家族の前で義姉が突然大声で叫び出した。
「弟のバカ嫁が育児放棄したからよ!」
心当たりのない罪を着せられ、私は呆然とした。どうやら義姉はさっきまで酒を飲んでいたようだ。真っ赤な顔で私を睨み続ける義姉を、私はひとまず落ち着かせようと背中をさすった。すると義姉はその腕を振り払った。
そして義姉はさらに私の悪口を叫び始めた。あまりにひどい内容で私は反論したが、彼女は私がいい人のふりをしているだけだと言い出す。彼女の話を聞いたせいやさんまで、一緒になって私を睨んでいる。
自分の味方がいて気持ちが強くなったのか、義姉が続けた言葉はさらに私を驚かせた。私が普段マリの育児を放棄して義姉に任せっきりで遊び回っていること、さらに体の弱った義母にまでお金の無心をして、貯金を使い果たしたほどだと話したのだ。
そんな話を聞いて、せいやさんの表情はさらに怒ったものになった。直樹もその場にいた看護師も、悪意に取られた表情になっている。私はそれは違うと否定し続けたが、義姉は嘘の発言をやめることはなかった。話の内容はひどくなる一方で、反論を聞かない義姉に私は困り果ててしまった。
自分ではどうにもできなくなった私は、直樹に目配せをした。そんな私の気持ちを察した直樹が立ち上がり、笑顔で義姉に向き直った。
「言いたいことはそれで終わりか?なら、慰謝料を請求させてもらうよ」
突然放たれた直樹の言葉に、義姉は目を見開いて口を閉じた。呆然と立ち尽くす義姉に対して、直樹は追い打ちをかけるように話し始めた。義姉が今話していたことは、すべて義姉自身がしてきたことで、被害者は私の方だと説明した。
さらに直樹は、私が義母の様子に気を配り、ここ最近は毎日のようにりょうたの面倒まで見ていたのだと弁明してくれた。
そんな直樹に対し、義姉は慌てて反論を始めた。
「慰謝料を請求するのはこっちよ!100万請求するわ!」
そして最初と同じように、私が育児放棄をしたから今りょうたがこんなことになっているのだと言い出した。
そんな義姉の言葉を聞いたせいやさんが、何かに気がついたように不思議そうな顔をした。
「え?保育園は?」
義姉はしまったと動揺し始めた。そう、義姉は今日、車を私の家の駐車場に止め、その中にりょうたを放置していたことを、せいやさんには隠していたのだ。それどころか、今まで私が面倒を見ていた日はすべて保育園に預けているのだと嘘をついていたのだ。私を落とし入れることに夢中になり、墓穴を掘ってしまった義姉。
「姉ちゃん、もう諦めろよ」
「何を言っているのよ!」
明らかにうろたえる義姉。さっきまで完全に私に白い目を向けていたせいやさんも、保育園に預けていなかったという一点に気がついてから、何を信じたらいいのか分からないといった様子だった。
直樹に反撃されても、まだせいやさんを味方につけようと必死になる義姉。もちろん直樹も負けない。淡々と直樹が真実を話し始めると、義姉はさらにヒートアップした。
しかしここは病院だ。これ以上大騒ぎになってはいけないと、せいやさんと看護師が二人の間に入って止めようとした。二人の間に割って入っても静まる様子はなく、殴りかかりそうになる義姉を取り押さえた。それでも二人の言い争いは収まらず、義姉の怒りの矛先は直樹に変わっていった。
「私に対してその態度は何よ?生意気なのよ!いい加減にしなさい!」
「家にいれば一日中だらだらして、子に子育てを押し付けて、挙げ句に嫌がらせをして、一体どういうつもりだよ!」
言い分をまったく聞き入れない二人に耐えきれなくなった私は、二人の怒鳴り合いに負けないくらい大きな声を張り上げた。
「話したいことはたくさんあります!一旦落ち着いて話し合いましょう!」
普段滅多に大きな声を出すことがない私の大声に、二人は驚いて動きを止めた。このタイミングで私は二人を椅子に座らせ、話し合いを開始することにした。落ち着いたかと思って安心した瞬間、義姉は椅子から身を乗り出した。
「慰謝料って何よ?私が払う意味が分からないわ!育児をサボっていたのはこの女じゃない!」
義姉はそう怒鳴りながら私を指差し、怒りのままに椅子を蹴飛ばした。怒り狂う義姉に対して、直樹は落ち着いた様子で再び真実を語り始めた。体調の悪い義母を気遣うこともせず、息子の育児を私に任せ、自分は外に出かけていた。まるで私をこき使うように扱っていたのだと話した。
「どういうことだ?自分で子育てをしたいからって仕事をやめて専業主婦になったはずだろ。どうしても外せない用事ができた時だけ保育園に預けると聞いていたが、実際は違ったんだな」
どうやら義姉は専業主婦になる理由を、子育てだと偽っていたようだ。さらに、たまに保育園の一時保育にりょうたを預けているということにしていたようだ。自分の発言からボロが出てしまった義姉は、せいやさんの発する言葉を黙って聞いていた。黙って聞いているというより、焦って固まっているといった感じだった。
そんな義姉に追い打ちをかけるように、直樹が義母の貯金の使い込みについての話を始めた。義姉は出かける前、決まって義母にお金を貸してくれと言っていた。初めの頃こそ義母も何も言わずに貸していた。だがだんだんとその額は高額になり、頻度も高くなっていった。そのため次第に義母は断るようになった。しかしそんな義母に対して、義姉が取った行動は驚くべきものだった。
なんと義姉は、義母が入院している間に勝手に通帳を持ち出し、義父の遺産や貯金のほとんどを使い果たしてしまったのだ。
「私がそんなことした証拠があるの?」
そう言って怒る義姉に対し、私は冷静に返事をした。実は証拠と呼べるものがあることに、私は気づいていたからだ。
「証拠と言っては何ですが、記録は残ってるんですよ」
それはベビーモニターだった。赤ちゃんの頃から一人でりょうたの面倒を見ることがあった義母は、心配を少しでも減らすためにと、リビングにベビーモニターを昔から設置していたのだ。そのカメラは24時間録画できるもので、そこには義姉がこれまでしてきた悪態が記録されていた。私は前々からその事実に気がついていたのだが、皆に心配をかけたくないという義母の気持ちを優先し、黙っていた。
そして今時の機会はすごいもので、そのデータをスマホに転送することができる。私は問題となる出来事が記録されたデータを、その場で再生して見せた。直樹もせいやさんも、その映像を見て絶句した。義姉も顔面蒼白になっていたが、最終的には「家のお金を使って何が悪いの?娘なんだから問題ないでしょ」と苦しい言い訳を始めた。
しかし、そんな理屈が通るはずもなく、直樹は義姉に現実を突きつけた。
「これが慰謝料を請求する理由だよ」
顔を真っ青にして、身動きが取れなくなった義姉。そんな義姉の方に直樹は身を乗り出し、私が今まで受けた嫌がらせによる精神的苦痛の分と、使い込んだ義母のお金分を返済するよう伝えた。
すると事の重大さを理解した義姉は、泣き崩れた。許してくれとすがる義姉を、皆が冷たい目で見ていた。
それからしばらくして、りょうたの容体は安定した。私たちは弁護士に相談し、精神的苦痛に対する慰謝料として50万円、使い込んだ義母のお金として150万円を請求できると言われた。さらに、これ以上義母に迷惑をかけるなということで、義姉たちには家を出てもらい、私たちが義母と同居することになった。
しかし、義姉に対する地獄はこれでは終わらなかった。その後の話し合いで、保育園には預けていなかったことについても言及されたのだ。勝手に人の家の駐車場に車を止め、挙げ句の果てにその中に息子を放置していたこと。義姉は「放置した件については私に連絡をし、預けたのにも関わらず私が放棄した」と主張した。しかし、連絡が取れていないのに置いていくのは、預けたとは言わない。
そして、そもそも毎日のように預けていたこと。保育園に預けると嘘をついてまで、何をしていたのか。問い詰められ、ついに真実が明かされた。
実は義姉は不倫をしていたのだ。その相手に会うために息子の育児を放棄し、今回の事件まで発展してしまったのだという。当然、せいやさんは離婚を突きつけ、親権は父親であるせいやさんに。さらに不倫に対する慰謝料と、今回の育児放棄に関する慰謝料を請求した。
こうして義姉は莫大な慰謝料だけを抱え、家を追い出されることになった。これまでの行いのせいで、義姉に手を貸してくれる人は誰もいなかった。そのため、昼夜問わずアルバイトをして、ぼろアパートに暮らし、慰謝料返済のためだけに働く日々を送っているという。
本来なら、こんなことになる前に義姉の悪行を話すべきだったと、私は後悔していた。しかし日々の生活に追われ、その場の対応を優先してしまい、対応が遅れてしまったのだ。とはいえ、りょうたが大事に至ることはなく、結果的に義姉に反省させることができた。その点は良かったと、本当に思っている。
現在私は、直樹とマリ、そして義母と4人で義実家で幸せに暮らしている。二人で暮らし始めたせいやさんとりょうたとも定期的に交流し、助けが必要な時には喜んで手を貸している。
