母さん、ちょっといいかな。大事な話があるんだけど。
大事な話なら直接聞いたほうがいいんじゃないの。
いや、急ぎの話でさ。実は――ねえが妊娠したんだ。
そうなのね。二人は付き合ってどれくらいになったのかしら。
まだ一年くらい。俺は二十三で、ねえは今年二十歳になったばかりです。
それなら話は簡単よ。責任を取りなさい。
それって結婚ってことですよね。
もちろんそれも一つの責任の取り方よ。でも先方のご両親にも話して、全員で話し合うべきだわ。別の選択肢もあるし、二人の関係を続けるか区切りをつけるかもね。
俺はねえと別れる気はない。ちゃんと結婚しようと思ったから母さんに相談したんだ。
本気なのね。
そうだよ。でも俺は就職したばかりで、正直稼ぎも少ない。妊娠や出産でお金がいろいろかかるのが、俺もねえも心配で。少し母さんに助けてほしいんだ。情けない話だって分かってる。もちろん借りた分は給料で返していくからさ。
とにかく、向こうの親御さんと話して結婚を認めてもらってからよ。もし認めてもらえるなら、ひとまず出産金として三十万用意するから。
本当か。ありがとう母さん。すごく心強いよ。すぐねえと一緒にねえのご両親に挨拶に行くから。
一か月後。
お母さん、改めてお祝い本当にありがとうございました。私たちまだ何もできない若い夫婦ですけど、お互い働いて一生懸命子育てします。
そうね。頑張ってね。
それで、もし困った時はまたお母さんに相談してもいいですか。
それは構わないけど、自分のお母さんに相談するほうが気楽じゃない?
サポートしてくれる人が一人でも多いと、私も安心できるんです。甘えたことばかり言ってごめんなさい。
いいわよ。でも若くして親になる選択をしたのはあなたよ。甘えてないで、しっかり母親として頑張っていきなさい。そのためのサポートはもちろんさせてもらうわ。
はい、ありがとうございます。
出産後。
ねえさん、改めて出産おめでとう。三か月後はお母さんがサポートに来てくれるのよね。
はい。それで、お母さんにご相談があるんです。
何かしら。
私、累を絶対にスポーツ選手にしたいんです。
え、ああ。そういえばあなたのお家はスポーツ一家だったものね。
そうなんです。私も学生時代は水泳をやってましたし、何かしらのスポーツをやらせたいと思ってます。本命はサッカーなんですけど。
親が熱心になるのもいいけどね。本人の希望もあるだろうから、今からそんなに気合いを入れなくても。
スポーツ教育は最初が肝心なんですよ。私、絶対に運動できる子になってほしいんです。
要するに、同じことを二回繰り返してるように聞こえるんだけど。まあ、ねえさんの希望は分かったわ。もしも累が自分でスポーツをやるって言ったら、私もそれなりに考えるから。
絶対ですよ。
一週間後。
母さん、助けて。
何、どうしたの。
ねえがさ、今からこの栄養を取っておくと成長にいいってネットで見つけては買い漁ってるんだ。
それをどうしてるの。
粉に混ぜて累に飲ませてる。
そんなプロテインじゃないんだから。
俺もそんなに気にしすぎなくていいって言ってるのに、最初が肝心なんだって言って聞かなくてさ。もう金が飛んでってしょうがない。このままじゃ本当に家計が破綻する。
そんなこと言われてもね。あなたが夫で、あなたの家庭の話なんだから。私に頼る前に自分で話をしなさいよ。そもそも家計管理はねえさんがしてるんじゃないの。
もっと残業して稼げとか、仕事を増やせとか、そればっかりで。まだ若いし、ねえは専門学校を卒業してからアパレルの職場しか経験してない。社会人としての経験も少ないから、お金に関してよく分かってないんだと思う。俺の手取りは二十三万しかないから、あんな金の使い方をされたら持たないよ。今住んでるアパートさえ狭いって言いだして。
ねえさんがパートに出ることは考えてないの。
三か月後すぐで、全然そんな話ができる雰囲気じゃなくて。本当にごめん。俺ずっと情けなくて。でもどうしていいか分からないんだ。
分かったわ。若くして子供を育てるって決めた二人を応援するって決めたのは私だから、ひとまずの支援はしてあげる。
本当にありがとう、母さん。
ただ、ただで支援はしないわよ。いくつか約束してもらうからね。
もちろん、いくらでも。
早速、今日の帰りに実家によるよ。
出産から十五年後。
ねえ、母さん、今月の十万、まだ早く振り込んでよ。
振り込んでもらう側なのに、どうしてそんな偉そうなの。
累のためだろう。累は今年受験生なんだ。いろいろ金がかかるんだよ。
毎月生活の支援で十万円。累の教育支援で年に二回三十万円出してるのよ。それ以外にも私がいくらお金を出してきたと思ってるの。これ以上お金がかかるなんて、どうかしてるわ。
累は天才なんだよ。サッカーの名門高校からスカウトが来てるし。推薦枠は二つしかないけど、このまま行けば累が決められるんだ。でも決まったら寮生活になるし、月の出費がえぐいことくらい母さんも分かってるだろう。
費用面は一旦置いておいて。累はそれで納得してるの。ねえさんの意見は。
ねえもずっと練習の送迎やら何やらして、累を支えてきたんだから、累もその思いを受け止めてくれてる。累がサッカー選手になることは家族の夢なんだよ。母さんも応援してくれよ。
とにかく生活費は振り込むけど、累が中学校を卒業したら、もう支援はしないわよ。
なんでだよ。
最初に約束したでしょ。累が義務教育の間は支援する。その間に生活の基盤を整えて、私が支援したお金で資産を作りなさいって。十五年もあったんだから、株でも何でもできたでしょ。まさか何もやらないで使い切ったなんて言わないわよね。
それは――とにかく、そういうことだから。もうこれ以上私に期待しないで。
数分後。
累、お疲れ様。今部活中かしら。
おばあちゃん。うん。今日は試験休みでさ。
そうよね。今年受験になるし。さすがに部活よりお勉強よね。高校は決まってるの。
うん。父さんと母さんがそこにしなさいって。スカウトが来てるんだよね。一応サッカーの強豪校なんだけどさ。
でも累の学校もサッカー強いし、枠の奪い合いなんじゃない。
そうだね。俺もできるだけいろいろやるけどさ。
何かあったら何でも相談してね。そうだわ。ちょっと電話する。
いいの? やった。
数日後。
あの、累が中学卒業したら支援を打ち切るって、どういうことですか。
言葉通りの意味よ。最初に支援する時、約束したことよ。まさか無限にお金が出てくるとでも思った? だとしたら、あまりにも世間知らずすぎるわね。
なんでですか。今までもやってくれてたんだから、これからも続けてくださいよ。累は中学を卒業してからが大事なんです。
だったらねえさんが補填すればいいでしょ。スカウトされてる高校は寮でしょ。時間にも余裕が出るし。これを機に正社員になったっていいじゃないの。
私は累のサポートが――
だから、そのサポートの役割が移動するんでしょ? 今まで累のサポートを一点張りに言い訳にしてたけど、もうそれも通用しませんからね。
ひどい。孫が可愛くないんですか。
十分可愛がってきたわよ。これ以上できることがないだけ。
ていうか、何偉そうにしてるんですか。自分のお金でもないくせに。
何ですって。
おじいさんが言ってましたよ。私たちに支援してくれてるお金は、全部お父さんの遺産だって。お父さんの遺産を小出しにしてるだけのくせに、偉そうにするのやめてもらえます。とにかく支援は続けてもらいますから。
数週間後。
今日おばあちゃんちに止まってもいい? なんか疲れちゃって。
うちはいつでもいいから、気にせずいらっしゃい。
あと少し電話してもいい?
もちろん。
数時間後。
累、なんで家に帰ってこないの? もう部活は終わってるんでしょ。
今日はばあちゃんちに行った。明日の昼には帰るから。土曜だしいいでしょ。
なんでそんな勝手なことするの? それに食事だってちゃんとしたものを食べないと。タンパク質とか栄養とか、ママがどれだけいろいろ考えてると思ってるの? 電話に出なさい。累。
数分後。
ねえ、いい加減にしていきなり何なんだよ。お母さんが累にベタベタして気持ち悪い。悪影響だから近づけさせないようにして。どうせ老人一人寂しいからって家に呼びつけてるのよ。最低。夜の食事管理がどれだけ大事か分かってないんだわ。おじいさんからビシッと言ってよ。
ああ。じゃあ、遺産を生前贈与とかしてもらって、物理的に距離を置けばいいのかな。
それでいいじゃん。お金だけもらって縁切ろ。累はこれからが大事なの。累の悪影響になる人間は全部縁切りに決めた。
数分後。
お母さん、累に個人的に連絡したり電話するの、やめてもらえます? 正直見てられないんですけど。
なんで私が累と連絡を取ってるって知ってるの。
母親なんだから当然でしょ。うちの子供にベタベタするなんて。こう言っちゃなんですけど、お母さん、マジでキモいわ。夫と相談して絶縁します。
はあ。
お金に関しては生前贈与でもらえるって聞いてるんで、それだけ払ってもらえれば何でもいいです。それが終わったら二度と家に来ないでくださいね。
そう。分かった。縁を切りましょう。今まで口うるさかったし、お金もなかなか払ってくれないし、正直うざかったんですよ。さようなら。
数日後。
おじいさん、支援だけど、今後一切打ち切りにします。それと、あなたたちに支援を本格的に始めたのは累が就学する前の五歳から。それ以前に渡した出産祝金とかはカウントしなくていいけど、五歳から十五歳までの十年間に行った支援金、三千万円を全額返金してもらいます。
ちょっと待てよ。は? 何言ってんだよ。そんなむちゃくちゃなこと言われても困るよ。ばあさん、どうした? 認知症始まったか?
書類も残ってるし、その時の音声も残ってるし、公正証書と契約書を作ってもらう時に同席した弁護士さんと今でも連絡取れるけど。支払いに同意しないなら、財産の差し押さえも行いますからね。
ま、待ってくれよ。それにしたって三千万ってどういうことだよ。そんなもらってなくない?
まず、月十万円の生活支援金が十年で一千二百万。まあ、これは切りがいいから途中打ち切りで五十万くらい浮くけど。教育支援金が年二回かける十年、三十万円で六百万円。スポーツクラブへの入会、道具費用、コーチ費用、遠征、累にかかる栄養サプリやら何やら、十年間でかかったお金が五百万円。あなたたちが広い庭で累に練習させたいからと家を買う時に一括で支援した頭金の七百万円。合計三千万円ね。振り込みの記録をつけてるから、書類で出せるけど。
待ってくれよ。そんなの本気じゃないだろ。だって、息子と孫の支援だぜ。それに、母さんの金じゃなくて、父さんの遺産だろ。
お父さんの遺産が三千万もあるわけないじゃない。私が管理してるけど、一千万くらいかしらね。二千万円、赤字なんですけど。
嘘だろ? じゃあ、どうやって――
本当に私がお金を払うことに、何の疑問もなかったのね。普通気になるでしょ。百万以上は贈与税がかかるとか。
ああ、税金な。分かるよ、それくらい。
じゃあ、私が教育資金や住宅の一括支援金を、教育資金の一括贈与制度を利用していたのも、もちろん理解してるわよね。
いや、あの――
もういいわ。自分で調べて。でも、その口座からのお金も引き上げるからね。
待ってくれ、話を聞いてくれよ。
あと、あなたたちが住んでる家。七百万の頭金を払った時、名義は私にしてあるからね。近いうちに出ていくか、三千万返済した上で、今後は家賃を払ってもらうわよ。
はあ。
っていうか、今まで月々の家賃も免除してあげてたのよ。それも合わせたら三千万超えるかしら。ああ、こうして考えてみると、私って甘すぎたわね。これからは心を入れ替えて、厳しく行くわ。
とにかく、一度話をさせてくれって。三千万返すなんて無理だから。てか、返すなんて言ってないし。
俺が言ってなくても、サインしてたわよ。十年間何も問題がなければ、そのまま支援金として贈与する。ただし、支援者側が希望すれば全額返済を求めることができ、応じない場合は給料や財産の差し押さえを含む強制執行も可能とする――あなた、ちゃんと読んでなかったのね。
あ、なんだよ。そのまま贈与してくれるんじゃ――
話聞いてなかったの? LINE読めてないの? あんた、本当に目ついてる? もしくは脳みその性能が昔のスマホくらいで止まってるの?
あ、いや、それは失礼ね。古いパソコンだって何もしてないじゃん。
じゃあ、ねえさんに聞いてご覧なさい。ねえさんから絶縁宣言されたのよ、私は。
はあ。いや、何だよ、その話。俺、知らねえんだけど。
あんたが知ってるか知らないかなんて、私からすればどうでもいいわ。とにかく絶縁されるなら、今までの分返してもらわないとでしょ。そういうことだから、よろしくね。
数分後。
おい、ねえ。母さんから聞いたぞ。絶縁ってどういうことだよ。母さんに生前贈与の話を勝手に持ち出したのか。まだ何も話がまとまってなかったのに。どういうつもりだよ。
何? お母さんが知ったの? マジ最悪。
どういうつもりだって聞いてんだよ。
だってお母さんが累に直接出すから。累が反抗的にならないようにしただけで。
お前の言い訳なんてどうでもいいんだよ。このまま母さんの怒りが収まらなかったら、三千万払わないといけないし、家もなくなるんだぞ。お前のせいで、どうするつもりだよ。
そんなこと急に言われても。なんでそうなるのよ。
そういう契約のもとで支援してもらってたんだ。大体、お前は母さんに支援してもらってたのに、態度が悪すぎるんだよ。
今、そんなこと言われても。
あ、そうよ。累に謝らせて取り入ればいいんだわ。お母さんは累に甘いし。ちょっと累にお願いしてくる。
数分後。
おばあちゃん、まだパパとママのこと怒ってる? お願いだから許してあげてくれないかな。僕もサッカー続けたいし、おばあちゃんが支援してくれたら、僕もっと頑張れるんだよ。だからお願い。
あら、どうしたの? パパとママなんて、人が変わったみたいね。累はお父さんとお母さんって言うのに。それに累、自分のことを“僕”なんて言ってたかしら?
僕でも俺でも、別にどっちでもいいでしょ。お母さんって呼んでたけど、この前“ママ”って呼んでほしいって言われたから直したんだよ。
ふーん。それより累、こんな風にLINEしてていいの? 累のLINEのやり取り、お母さんが把握してるんでしょ? 私とLINEしたら怒られないかしら?
同時刻。
あの、累から聞いたんですけど、累からどこまで話を聞き出してるんですか。過干渉です。気持ち悪いんですけど。
これって、特大ブーメランって言うんじゃないの? 過干渉で気持ち悪いのはあなたでしょ。今のLINEも、どうせあなたが累からスマホを取って、自作自演で打ち込んでたのよね。
そんなことしてません。言いがかりはやめてください。
累は大事なことはLINEで送らない。必ず電話で話すようにしていたわ。あなたに全部読まれちゃうからってね。例えば、お母さんであるあなたに送るように頼まれたから、後から報告としてLINEのやり取りを見せるために、あえてLINEにして文章を残したって考えもあるけど。そんなことをしてるって知らなかったから、つらつら長文LINEを送ってきたんでしょ。そういうのを“毒親”って言うのよ。
ふざけないで。私が今までどれだけ累のために尽くしてきたと思ってるんですか。二十歳で産んで、それ以来、全部の時間を累に注いできたの。あんたみたいなババアには分かんないでしょ。
あなた、両親が体育教師なのよね。それが何よ?
お兄さんも体操選手でスポーツ一家。でも、あなたは運動の才能に恵まれなかった。ねえさんを産んだ時、運動が全くできなかったって。水泳もうまく成績が出せなくて、やめてしまって。あなた、自分の子どもにスポーツを教えてるのを見て安心したって。
あなた、自分のコンプレックスを累で解消しようとしてるだけなんじゃないの?
そんなことない。勝手なこと言わないで。累には才能があるの。プロになる可能性があるの。邪魔したら許さないわよ。
もうやめてあげなさい。累は言いたいことを一度も言えなかったのよ。隣にいるなら、話を聞いてあげたらどうなの。感情的になって手を出したらダメだからね。
数分後。
おばあちゃん、助けて。
どうしたの? お母さんとの話し合いは。
お母さんが――サッカー選手にならない累なんていらない。サッカー選手の親になれないなら生きてる意味がないって。大泣きして家の中を暴れまくって。父さんにも連絡したんだけど、すぐ来てくれるか分かんないんだ。どうしよう。警察に通報したほうがいい?
累は今すぐ裏口から逃げて、うちに来なさい。警察とかそういうのはおばあちゃんがやってあげる。累は何も悪くないからね。
数時間後。
家に誰もいないんだけど、母さん知らない?
ねえさんは、私の知り合いに頼んで実家に送り返したわ。
はあ。
泣き叫んで暴れ散らして、とても話せる状態じゃなくてね。警察を呼んだら累がショックを受けるでしょ。だから、これが一番穏便だと思ったの。
俺が間違ってたって言うんだよ。とにかくすぐに実家に行って話し合いなさい。私も累を連れて行くわ。
行っておくけど――累はサッカー選手になんてなりたくないのよ。ねえさんが暴れたのはそのせい。
嘘だろ? だって、あんなに熱心に――
というか、押し付けられたら、嫌って言えないでしょう。累は優しいの。それが分からないの? 父親のくせに、何も見えてなかったのね。
一か月後。
おばあちゃん、これから帰るね。
はい。それより累、無理してない?
全然。学校変わっただけで、本当に最高。お父さんとお母さんには申し訳ないけどね。
申し訳ないなんて思わなくていいの。あなたのお母さんは、自分の叶えられなかった夢を息子に押し付けていただけ。話し合いでも言ってたでしょう。私だけ運動ができなくて、それがコンプレックスだった。累がプロサッカー選手になれば、私もパパとママに認められると思ったって。
そんなことはないと思うけどね。あっちのおじいちゃんとおばあちゃんは、泣いて謝ってたもん。
おばあちゃんが支援してたお金も、可能な限り返すって言ってたけど。まあ、三千万なんて現実的じゃないだろうけど。今までの支援をやめて、ローンとして二人で返済していけばいいんじゃない? そのうちのいくらかを向こうのお家が負担するとかは、私の知ったことじゃないしね。
ねえ、ずっと気になってたんだけど。おばあちゃん、どうやってそんなお金を出してたの?
うん。二十代の時に宝くじで一億二千万当てて、それを株に全部投資して運用して、今、資産が五億円になってるからかしらね。
どこまで本当なの?
累は頭のいい子ね。ちなみに、この話を夫以外にしたのは累が初めてよ。それくらい信用してるってこと。お金の話は人を、良くも悪くも狂わせるからね。
うん。それだけは分かる。とりあえず、もしもの話だと思って聞くよ。
それがいいわね。三千万支援しても、私は困らないくらいお金があった。で、夫は早くに亡くなってしまって。若くして結婚して、子供を育てると決めた息子夫婦を応援したかった。どれも本当よ。でも、それがうまく噛み合わなかった結果がこれ。私にも反省するところはあったの。一番の被害者は累よね。本当にごめんなさい。
そんなことないよ。サッカーができたのは本当に楽しかったんだ。それも超恵まれた環境だったし。自分でも、なんでサッカー選手になりたいって思えないのか不思議でさ。けど、やっぱり自分の夢に嘘はつけないっていうか。
そういえば、本当にやりたいことって何なの?
志望校、結構偏差値高いところだったわよね。高校生のクイズ大会に出たいんだよね。テレビで全国放送されるんだけど。
まったく、随分斜め上ね。累、クイズ好きだったかしら。確かに雑学いっぱい知ってるし、頭のいい子だと思ったけど。
テレビで流れてきてるのを見て、最初は流し見だったんだけど。みんなすごく一生懸命で、男女関係なく戦っててさ。なんか無性に“これやりたい”って思ったんだよ。そこの高校はクイズ研究部があって、大会の常連なんだ。だめかな?
ダメなわけないでしょう。応援してるわ。あの家はこれから売りに出すから。累はこの家から高校に通うことになるけど、大丈夫?
もちろん。本当にありがとう。いつか母さんたちとも普通に話せるようになるといいな。
向こうの親御さんの話だと、ねえさんはしばらく療養のため通院するそうだから、まだまだ先の話になりそうね。それでも、テレビに出てるところを見たら、きっと会いたいって言ってくれるんじゃないかしら。
そうだね。頑張るよ。
その後、ねえさんとおじいさんは離婚を選択せず、支援金三千万円の返済に向けて動き出しました。おじいさんはアパートに引っ越して、仕事も本業に加えて副業を追加。月十五万円を私に振り込んでいます。ねえさんはひとまず両親に五百万借りてもらい、働ける状態になったら少しずつですが返済してくれるそうです。
ちなみに累は、私が保護者になって養育義務を負うことにしたので、養育費や学費は請求していません。累にも言いましたが、困らないだけの資産があるのでね。三千万の返済は、若い夫婦へのけじめということで、何年かかってでも支払ってもらおうと思います。
親の願いを押し付けることは、子供にとっても親にとってもいい結果にはならない。そのことを今回のことで痛感しました。ねえさんたちが累に熱心すぎるほどサッカー選手への夢を押し付けていることを分かっていたのに、私も口出ししてはいけないと見て見ぬふりをしていたんですから。だからこそ、彼らと縁は切らず、最後まで向き合うつもりです。
累は志望校に合格し、間もなく高校入学式。彼がクイズ大会で活躍する日が、今から待ち遠しいです。
