電話の向こうで、信司の声はいつもの優しいそれとはまるで違っていた。
「香織、そろそろ帰ってくる?晩御飯作ったけど、冷蔵庫に入れとこうか」
「あー、いや、いいわ」
「『いわ』って何?どっち?すぐ帰ってくるってこと?」
「いや、帰らんってこと」
「え、残業?」
「そういうんじゃなくて……ああ、もう気を使うのもめんどいな」
「さっきから何言ってんの?」
「俺は香織と離婚するわ」
「え、何言ってんの?」
「正直、お前の相手をするのだるかったし、いちいち機嫌を伺うのもだるい。元々俺はお前のことなんて好きじゃない。むしろ嫌いより」
「私たち、夫婦だよね」
「そうだけど」
「つまり、何?」
「理解力なさすぎだろ、お前。そんなんでよく自分の会社を経営できるな。バカなんか」
「ちょっと待って。さっきから何?なんでそんなひどいことを言うの?」
「まだわかんないのか。俺はお前と好きで結婚したんじゃねえから」
「どういうこと?」
「お前じゃなくて、お前の持ってる金が好きで結婚したんだよ」
「お金?」
「そうだ。社長のお前と結婚すりゃ贅沢三昧だと思ったのに。金の管理は全部お前だし、金持ちのくせにけちけちしてるし。当てが外れたから離婚する。そういうこと」
「そんな……」
「お前と一年も夫婦やって我慢してたけど、もう限界だ。好みでもない女と生活するのは無理だわ」
「これが目的なの?」
「気づいた時、俺は天才かと思ったね。こんなことならもっと早く離婚しとけばよかったわ。無駄に一年も我慢して時間を無駄にした」
「最低」
「最低でも何でも、日本の法律で決まってることなんで。文句があるなら俺じゃなくて国に言えよ」
「最低なのはそこじゃない。お金のために結婚したのが最低だって言ってるの」
「それに気づかないお前が悪い。ま、俺はお前の理想の男らしいし。そんな俺と結婚して、一年とはいえいい思いをしたんだろ。その報酬をもらうだけ。うんうん、ってやつだろ」
「信司がこんな人だと思ってなかった。今までの優しい信司は嘘だったの?」
「嘘っていうか、演技。お前に気に入られるために努力したんだぞ。理想の男性像とか、いい年して痛い理想を持ってたからな。それに合うように見た目も話し方も全部作った」
「じゃあ、私が見てた信司なんて存在しないの?」
「お前の妄想通りの男なんて現実にいないから。そんな夢みたいな話は、寝てる時だけにしろよ」
「信司は私を騙してたんだね」
「お前が勝手に騙されただけだ。まあ、そういうわけだから、さっと離婚して一億くれな」
翌日、親友の麻衣が香織の部屋に来た。
「ねえ、香織、本当に大丈夫?」
「麻衣……昨日はごめんね。夜に連絡もなしに家へ行っちゃって。私の方が年上なのに、情けない姿を見せちゃった」
「いいって、いいって。私は香織の親友なんだから。ていうか、信司君、マジでありえないよ。昨日、香織の話を聞いただけでもムカついたもん」
「麻衣はなんか、私よりも怒ってたよね」
「当たり前でしょ。私の親友を泣かすとか、マジで許せない」
「私のために怒ってくれて、嬉しかったよ」
「だから、そんなの当たり前。ていうか、私もなんかごめんね」
「なんで麻衣が謝るの?」
「だって、信司君を香織に紹介したの、私だし」
「それはそうだけど、麻衣は悪くないでしょ」
「でも、信司君があんなクズだって知ってたら紹介しなかったよ」
「そこは、きっと猫を被ってたんだよ」
「それはそう。他人にいい顔して、きっと裏では悪いことをしてるんだよ」
「ああ、悪いことね……」
「麻衣」
「うん?何?」
「やっぱり私がバカだったのかな?」
「どうしたの?急に」
「だって、信司と初めて会った時、私、理想の男性だって浮かれちゃって。見た目も話し方も考え方も、それこそ『こういう人がいいな』って思ってた人だったから」
「それは私が香織の好きそうな人を紹介したわけだし。でも、香織は悪くなくない?人間、誰だって理想の人がいたら舞い上がっちゃうよ」
「私ね、本当に幸せだったの。信司と結婚して、これから子供も……なんて思っちゃって」
「本当、見る目ないんだな」
「え?」
「だから、香織は悪くないって。そういう香織の気持ちを利用したあいつが悪いの」
「麻衣……」
「ありがとう。マジでムカつくよね。離婚だけさっさとしちゃいなよ」
「でも、なんか信司の言いなりみたいで悔しくて」
「それは分かるよ。夫婦だったからって一億取られるのは癪だし」
「このまま夫婦を続けててもいいことなくない?」
「それはそうでしょ?それに、私は弱ってる香織なんて見たくないよ。香織は仕事もできて、自分の意見をはっきり言えて、私のかっこいい親友なんだから。だから香織には、こんなことは忘れて元気になってほしい」
「ありがとう。麻衣のおかげで、私も決心ついたかも」
「そう。香織はそうじゃなくっちゃ」
「もちろん、私はこれからも香織の味方だからね。何かあったらすぐに連絡ちょうだい。どんな小さなことでも、絶対に力になるから」
「うん。麻衣、本当にありがとう」
一週間後、信司が香織に連絡をよこした。
「なあ、香織。財産分与の一億って、振り込みはいつ?支払いが溜まっててさ、早くしてくれないと困るんだけど」
「財産分与は一旦置いとくとして。『支払い』って何?」
「いや、それがさ、お前と娶ったら一億入るじゃんって気づいてから、借金がやばいんだよね」
「借金って……一応聞くけど、いくら?」
「ああ、数ヶ月前からちょくちょく増えて、今はざっと二千万くらい?」
「二千万?」
「ああいうのって怖いんだよ。繰り返し借りてたら膨らむ膨らむ」
「なんでそんな余裕そうなの?信司の給料じゃ二千万を返すのに何年かかるか」
「だって、どうせすぐに一億入るじゃん」
「バカすぎる。私との生活中は、そこまで散財してなかったよね?」
「それはお前が財布の紐を握ってたからだろ。ていうか、前から借りてるから、一応は結婚期間中の散財が主だぞ」
「そういう揚げ足取りはいいから」
「というか、二千万も何に使ったの?」
「え、彼女?」
「彼女?ちょっと待って。驚きの新事実が出てきたんだけど。それって不倫してたってこと?」
「好みでもないお前との生活を一年もするのはきつかったし。好みの女と遊ぶのは必須だろ」
「何言ってんの?こいつ、本当に理解できない」
「基地外の言語やめてくれる?」
「基地外の日本語だろ。うまいこと返したつもり?」
「うるせ。事実、うまい返しだっただろうが。ていうか、お前よりも若いし可愛いし、いい女だぞ」
「そうですか。じゃあ、慰謝料を請求されてもいいってこと?」
「慰謝料とか、相場で言えばせいぜい百万とか二百万だろう。お前の貯金って二億ぴったりじゃないよな」
「まあ、二億飛んで一千万くらいはあるけど」
「なら問題なし。半分もらった分の端数で払えるじゃん。財産分与の時に慰謝料は適当に引いといてくれ」
「本当に最低」
「はいはい。聞いたよ。ま、そういうわけだから、彼女に貢いだ分も回収したいし、振り込んで」
「あのさ、さっきから何言ってんの?」
「何が?」
「そもそも、私は離婚しませんけど」
「は?」
翌日。
「そういえばさ、離婚って結局どうなったの?」
「私と信司の?」
「うん」
「離婚しないことにした」
「へ?なんで?」
「麻衣が言ってくれたんでしょ。『かっこいい親友に戻ってほしい』って」
「言ったけど、じゃあ離婚するべきじゃない?あんなクズと結婚生活を続けてどうすんの?」
「麻衣が言ってた通り、私も癪だなって思ったの」
「癪?そのままお金を渡すのが、ってこと?」
「そうそう。だから、ここは一つ徹底的にやろうかなってね」
「さすが香織。っていうことは、離婚しないのにも理由があるんだ。ねえ、教えてよ。親友なんだしいいでしょ」
「それはいいけど……で、離婚しない理由だったっけ」
「そう。一体どんな狙いがあるの?」
「離婚ってさ、そんなに簡単なことじゃないのよ」
「簡単じゃない?」
「私が離婚を拒否したらどうなると思う?」
「そりゃ、信司君は困るんじゃない?財産分与が欲しくて離婚するわけだし」
「でも、信司の側からは離婚できない」
「なんで?」
「今回の離婚で、私に過失はないから」
「だから、なんで?」
「なんかドラマとかだと、結構簡単に離婚してない?ああいうのは、離婚を申し込まれる側に問題があるんじゃん」
「ああ、そうかも」
「仮にどうしても信司が離婚したいなら、裁判を起こすしかないんだよ。だって、私は離婚届にサインしないから」
「裁判ってヤバくない?」
「さっきも言ったけど、私には過失がない。だから裁判になっても負けないし、仮に離婚になるにしてもかなり時間がかかる」
「それはなんとなく分かるけど、そうなったとして何かいいことあるの?」
「今回ね、信司は私に黙って二千万も借金してたんだ」
「二千万も?」
「そう。で、これはかなり問題があってね。出費の詳細を出せれば、財産分与の割合を有利にできる。半分も持っていかれずに済むってことよ」
「ってことは、離婚せずに時間を稼いでいる間に証拠集めってこと?」
「そういうこと」
「ああ、納得。ちなみに、なんだけどさ」
「何?」
「信司君もそこまでバカじゃないでしょう。なんかこう、対抗策されたら困る、みたいなのってないの?」
「ああ、それね。一応あるにはあるけど……」
「何?」
「麻衣相手なら言ってもいいか。私の親友だもんね」
「そうそう。私は親友だから」
「えっとね、もし仮に信司がこっちの動きに気づいて、二千万の出費の詳細を隠すと……『生活費だった』ってされたらまずいの」
「出費を隠すって、具体的には?」
「そうだな。結構シンプルな方法だけど、通帳履歴を消すとか」
「通帳履歴を消す?それって物理的に?」
「そうだね。シュレッダーにかけて、新しいのを発行してもらうとか。そうなると入金先とかが見えなくなるから、証拠の立証が難しくなる、って流れかな。まあ、信司の様子からして思いつかないと思うけど」
「そっか。じゃあ安心だね」
「ああ、よかった。これで私も一息つけるよ」
「麻衣、心配してくれてるの?」
「当たり前じゃん。でも、香織がいつもの香織に戻ってよかった。これなら信司君の好きにはできないし」
「そうだね。麻衣、ありがとうね」
「いいってことよ。じゃあ、私はちょっと用事があるから」
「うん。またね」
二週間後、信司が香織に改めて言った。
「香織、改めて言うぞ。俺と離婚しろ」
「改めて言ってくれてありがとう。いいよ」
「は?今、『いいよ』って言った?」
「マジで言った。マジで」
「よっしゃあ!」
「喜んでくれて何より。おかげでこっちも準備はできたし。もういいよ」
「準備?笑わせるな。何が」
「お前の考えなんて、俺には全部お見通しなんだよ。離婚を長引かせて、出費の証拠を掴む気だったんだろ」
「え、なんで知ってるの?もしかして信司って、私が思ってたより頭いいの?」
「自分で言うのもなんだが、最近の俺は最高に冴えてるんだよ。天才さ」
「そうなんだ。じゃあ、その天才さんは何をしてたの?」
「聞いて驚け。お前が掴むはずだった証拠は、全部隠滅した」
「どうやって?」
「通帳はシュレッダーにかけて、新しく発行した」
「なるほど。それで?」
「それで強がんなよ。お前が手に入れるはずだった証拠はなくなったんだ。これで財産分与での一億はもらったな」
「勝ち誇ってるところ悪いんだけどさ、こんなことしても意味ないよ」
「は?意味ないって何だよ」
「通帳を物理的に切り刻んだから何?銀行には履歴が綺麗に残ってるでしょ、データとして。ていうか、うちの弁護士が銀行から履歴の開示結果をもらってるよ」
「はあ……」
「ってことはつまり、無断で二千万の借金を作った証拠があるってこと。まあ、そもそも財産分与の計算も間違ってるけど」
「間違ってるって、どういうことだ?」
「私の資産は、基本的に特有財産ってやつなの」
「特有財産?何それ?」
「個人の特殊な技能で作った資産ってこと。これでも社長だから、特殊な技能に含まれるの。この特有財産は、共有財産には含まれないんだよ」
「えっと、じゃあ、最初から一億も俺には入ってこなかったってこと?」
「そうだね。入るとしても、せいぜい一千万くらいじゃない?」
「そんなバカな」
「その一千万についても、まあ入らないけどね。財産分与ね。私が有利になる証拠があるから」
「すみません、香織さん」
「何でしょう、信司さん?」
「そうなると、俺の手元に入ってくる財産分与の額って……弁護士の方の話だけど、二千万の借金はかなり大きいし、分与額を上回ってるから、せいぜい三割だって。一千万の三割……三百万、だってさ」
「ついでに、そこから慰謝料が引かれるのを忘れないでね」
「嘘だろ?こんなの、話が違う」
「話が違うって、何が?」
「あ、いや、その……」
「今回の慰謝料はまだ確定してないけど、まあ百万くらい残ればいい方でしょ」
数日後、信司への慰謝料が決定した。
「百万ね。財産分与は前に伝えた通りだから。手元に残るのは二百万ってことで、よろしく」
「よろしくじゃねえよ。どうすんだよ、これから」
「二百万残るだけありがたいと思ってよ。そんな浮かれる金をもらってどうする?借金が二千万あるんだぞ。二百万引いても千八百万だ」
「それは、その自業自得というやつでは?」
「そうかよ。そうだな。俺が調子に乗って二千万も借金したのが悪いな」
「ああ、はい。そうですね」
「でもさ、こんなことになるなんて思わなくて……」
「人生ってそういうもんだよね。頑張れ」
「くそ。こんなことなら、あんな女に貢がなきゃよかった」
「そういえば、その『あんな女』さんはどうしたの?」
「俺が借金まみれになるって知って、さっさと俺を切って音信不通になったよ」
「そうなんだ。ひどい女だね」
「本当にな。マジで最低最悪のクズだよ」
「あ、それって自己紹介だったりする?」
「ふざけてられる状況じゃねえんだよ。香織、頼むよ。助けてくれ」
「あのですね、今までのご自分の言動をお忘れですか?」
「確かに俺はお前にひどいことをしたけど、ここまでされるようなことか?俺はお前の理想の男だったんだろう?お前さえよければ、また理想の男に戻ってやる」
「あ、結構です」
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ」
「あのさ……私、あなたとの結婚生活は幸せだったよ」
「は?」
「仕事してる時も、ご飯を作ってる時も、いつも信司のことを考えてた。『今何してるかな』『このおかず好きかな』って。信司はいつも優しかったよね。私が作ったご飯を『美味しい』って食べてくれて、休みの日は一緒にお出かけして……本当に幸せだった」
「なら、またやり直そう。俺たちの幸せの日々を、今からでも」
「でも、それを壊したのは信司だよね。信司からすれば最初から嘘だったんだろうけど、私からしたら本物の幸せな生活だった。それを壊された時、私がどれだけショックを受けて、あなたに失望したか」
「でも、お前が望むなら、俺はまた理想の旦那に……」
「演技だって分かって、前と同じように過ごすとか無理」
「そこはほら、目をつぶっていただいて」
「できません。それに、奪われた幸せはもう帰ってこないの」
「香織は優しい女だろ。今更、俺を見捨てるなんてしないよな」
「『妄想通りの男なんていない』んだっけ?」
「あ、本当にその通りだと思う。だって、私はもうあなたを助けたいとは思わない。あなたの言う『あなたに優しい私』は、もうただの妄想の中だけの女になったんだよ」
数日後、香織は麻衣に報告した。
「麻衣、信司とのこと、決着ついたよ」
「そうなんだ。良かったね」
「本当にね。次は麻衣の番よ」
「え?私の番って何?どういうこと?」
「私、信司から離婚を言い渡された時、ちょっと変だなって思ったんだよね」
「変?何が?信司君がただのクズなだけでしょ」
「信司がクズなのはそうだけど、信司が言ってたのよ。『私の理想の男になるために努力した』って」
「そんなこと言ってたんだ。あのクズ男も、クズなりに色々やってるんだね。でも、それがどうしたの?」
「私、理想の男性像って、麻衣以外に言ったことない」
「え、そうかな?ああ、そういえば私が信司君に言ったかも。ほら、香織を紹介する時に」
「私が信司を紹介された時には、信司は私の理想の男性像通りの人だったけど」
「そうだっけ?ごめん、もう覚えてないや」
「じゃあ、あれって私が信司に教えたよね。『取れる対抗策』を」
「うん。そうだね、教えてもらった」
「全く同じ行動を、信司がしてたんだけど」
「いや、でもさ、それって偶然じゃない?ほら、信司君も切羽詰まってたみたいだし、調べたりして気づいたとか」
「あの対抗策って、嘘なんだよね」
「え?」
「調べようが弁護士に相談しようが、あんな方法を教えられるわけない。だって、何の意味もない行動なんだから」
「えっと、それは……」
「麻衣にしか伝えてないことが、二度も信司に筒抜けだった。対抗策の話については、ついこの間のことだよ。さすがに覚えてないってことはないよね」
「ああ、もう本当に最悪。香織ってさ、変なとこで鋭いよね」
「それは認めるってこと?」
「そうだね。ついでに聞くけど、信司の若い彼女って、麻衣のことでいいんだよね」
「それも気づいてたんだ」
「そりゃ、ここまで分かればね」
「さすが香織。私の親友やるじゃん」
「なんでこんなことしたの?なんで?」
「なんでって……そんなこともわかんないの?マジでバカ」
「どういうこと?」
「あんたさ、なんで私が親友してたか分かってる?」
「分かんない」
「あんたみたいなブスを隣に置いてたら、私の引き立て役になるから」
「それって、学生時代からずっとってこと?」
「二人きりじゃないと、あんたみたいな端役は相手にしないって」
「そうなんだ」
「ていうか、マジで色々と手遅れ」
「手遅れ?」
「信司に貢がせたブランドも車も、もう私の。あいつは借金を背負ったみたいだけど、私は無傷。一億が手に入らなかったのは残念だったけど、まあ、私の勝ち逃げだよね」
「最低だね」
「うっさいんだよ、バカ。口がある」
「あと、『う』に濁点を付けるの、何?なんかそれ、バカっぽいよ」
「私の引き立て役のブスが口応えすんな。しかも急に会社を作って成功とか、なめてんの?」
「なるほど。それが、ずっと自分が見下してた私が上になるのが嫌だったんだ」
「上?金を持ってても、女としてはあんたは下だろ。信司にも相手にされないブス女が」
「確かに、私よりも麻衣の方が見た目はいいよね。けど、中身は麻衣の方がブスでしょ」
「はあ。負け惜しみですか?」
「そう思うなら、そう思ってていいよ」
「はいはい。どっちにしろ、私はもう関係ないから。あんたは旦那と親友に裏切られて、信司は借金まみれ」
「そうだね。私はあんたらと違って、何にも失ってない。それどころか、信司に貢がせた分だけ得してる」
「信司とは一応付き合ってたんでしょ?もういいの?」
「私はあいつから貢がれたものだけで十分。役立たずな彼氏も、腹立つ親友も、全部いらない。私はこのまま勝ち逃げさせてもらうから。じゃあね」
一週間後、麻衣から香織に連絡が来た。
「ねえ、香織。あんた、これ知ってたの?」
「『これ』とは?」
「なんか借金の請求が来てんのよ」
「そりゃ来るでしょ」
「なんで?」
「だって、したでしょ?借金」
「は?私は借金なんて……」
「したでしょ?信司の連帯保証人になってたんだから」
「それは確かになったけど……」
「何が?」
「あいつ、飛んだの?別に行方をくらませたりしてないよ」
「だったら、なんで?」
「今の信司の状態から考えれば分からない?千八百万も払う支払い能力がないのよ。だから、私に返済しろって。連帯保証人って、そういうもんだから」
「そんなこと言われても、私も払えないんだけど」
「払えるでしょ」
「は?千八百万なんて無理だから」
「いや、信司にもらったブランドとか、車とか。それを売れば、全額は無理でもある程度は払えるよね」
「いや、これは私のものなの!なんで信司のために私が売らないといけないのよ」
「元はといえば、それは借金から買ったものじゃないの?」
「それはそうだけど……ていうかちょっと待って。あんた、こうなるって分かってたの?」
「信司の給料じゃ千八百万も借りれないなら、連帯保証人を立てるか担保を入れるしかない。『大型一億入るから』とか言って、軽い気持ちで連帯保証人になったんでしょ」
「そこまで分かって……」
「まあでも、安心して。麻衣一人が全額を払うことには、多分ならないから」
「は?」
「持ち物を売っても足りないだろうし。ただ、六十パーセントくらいは払わないとダメだよ」
「千八百万の六十パーセント……それって、いくら?」
「ざっと千八十万」
「はあ……千八十万とはいえ、大部分は払えるんじゃない?ブランドと車を全部手放せば」
「だから、嫌だって」
「できないなら、借金を背負うだけだけど」
「それも嫌」
「わがままだなあ」
「香織!」
「はいはい」
「あんた、私の親友でしょ。それに、あんたは二億持ってるんだから、余裕で払えるよね。私の代わりに払ってよ」
「私、麻衣のことは大事な親友だと思ってたでしょ」
「なら……」
「でも、その関係はもう終わったよね。麻衣の裏切りが原因で。それは、前言ってたでしょ。『かっこいい親友に戻ってほしい』って。言ったかもね。裏切った信司との離婚を即決で決める、かっこいい親友。そのかっこいい親友はさ、親友に裏切られた時、どうすると思う?」
「え?その……きっと、助けると思う」
「うん。旦那をスパッと切る親友だもん。きっと元親友もスパッと切るよ。だって、かっこいい親友の私は、そうするから」
「ちょっと待ってよ。ねえ、香織」
「学生の頃から、私の方が優位だったよね」
「は?」
「それが、勝ち逃げできると思わないでね」
その後、結果として麻衣は信司から貢がれたブランドも車も手放すこととなった。それで千八十万の借金のうち八百万は返済。しかし、二百八十万の返済は残ることに。信司も信司で、支払える範囲で借金残りの七百二十万を背負うことになった。
一億をもらって裕福な贅沢三昧を夢見た二人は、それとはほど遠い借金生活を送っている。麻衣にしろ信司にしろ、今回の件で人望も尽きた。親兄弟、友人に至るまで、二人の招いた結果に呆れ、怒り、縁を切り、距離を置いている。欲を描いた結果、お金も失い、積み上げてきた人間関係も失った。そんな二人の今後の生活は、お先真っ暗と言って間違いはないだろう。
一方で私といえば、夫と親友を同時に失った。ですが、徹底的に仕返しをしたこともあって、気持ちは晴れやか。今はそんなこともすっかり過去のこととして、仕事に精を出す日々です。理想の男性も、親友になってくれる気持ちも、どちらも幻想の存在でしたが、今は現実を見て日々を頑張りたいです。
