母さん、話があるんだ。大事な話だから、直接会って聞いてほしい。
俺、ちゃんとしたかったんだ。でも、正直に言うと、心細くて。
そう言って俺——息子の拓海は、母の顔を見ながら切り出した。付き合ってまだ一年の彼女、玲奈が妊娠した。俺は二十三歳、玲奈は二十歳になったばかり。
母は静かに息を吸って、「そうなのね」とだけ言った。しばらく間があって、母は淡々と話し始めた。
「話は簡単よ。責任を取りなさい。結婚するかどうかは別として、向こうのご両親にも話して、皆で話し合うべきだわ」
「俺は玲奈と別れる気はない。結婚するつもりだ。ただ、就職したばかりで稼ぎが少ないから、出産や生活のことで、少し助けてほしい。借りた分は給料で返すから」
「向こうの両親が認めてくれたら、出産金として三十万用意するわ」
「本当か?ありがとう、母さん」
それから一ヶ月後、俺と玲奈は玲奈の両親に挨拶しに行き、結婚を認めてもらった。新居での挨拶で、玲奈は母に頭を下げた。
「お母さん、改めてお祝いありがとうございます。まだ何もできない若い夫婦ですが、お互い働いて一生懸命子育てします」
「そうね。頑張って。困ったら相談して」
「自分のお母さんより相談しやすいんです。サポートしてくれる人が多いと安心できるので」
母は微笑んだが、最後にぴしゃりと言った。「若くして親になる選択をしたのはあなたよ。甘えないで、しっかり母親として頑張ってね。そのためのサポートはしてあげるわ」
出産の後、玲奈はまた母に相談を持ちかけた。
「お母さん、私、絶対に累をスポーツ選手にしたいんです。私の実家はスポーツ一家で、私も学生時代は水泳をしてました。本命はサッカーです」
「親が熱心なのはいいことだけど、本人の希望もあるでしょう。今からそんなに気合を入れなくても」
「スポーツ教育は最初が肝心なんです。運動ができる子に育てたいんです。世の中、力こそパワーなんで」
母はため息をついた。「同じ話を二回聞いた気がするけど、とにかく希望は分かったわ。累が自分からスポーツをやると言ったら、私も応援するから」
それから一週間も経たないうちに、俺はまた母に助けを求めて電話していた。玲奈がネットで見つけた栄養剤を片っ端から買って、粉に混ぜて累に飲ませているのだ。「最初が肝心」と言って聞かない。給料はあっという間に消えていく。
「あなたが夫でしょう。自分の家庭の話なんだから、私に頼らないで。玲奈さんと話しなさいよ。家計管理は玲奈さんがしてるんじゃないの?」
「俺が残業を増やせって言うと、もっと稼げって言うばかりで。玲奈はまだ社会人経験が少ないから、お金のことを分かってない。手取り二十三万じゃ、あんな使い方をされたら持たないんだ」
「玲奈さんがパートに出ることは考えてないの?」
「産後すぐで、そんな話ができる雰囲気じゃない。俺はずっと情けなくて、どうしていいか分からない」
母は黙って聞いていたが、やがて言った。「若くして子供を育てると決めた二人を応援するって決めたのは私だから、ひとまずの支援はしてあげる。ただし、ただでは支援しないわよ。いくつか約束してもらう」
今度は、累が中学を卒業するまで支援すると約束した。その間に生活の基盤を整えて、私が支援したお金で資産を作りなさい、と。俺はもちろん、と頷いた。
それから十五年が経った。累は中学三年生で、サッカーの名門高校からスカウトが来ている。玲奈は「累がプロサッカー選手になる」を家族の夢にして、練習の送迎どころか食事管理まで徹底的にやっていた。ただ、お金は当然足りない。俺は母に電話した。
「母さん、今月の十万、早く振り込んでくれよ」
「振り込んでもらう側がどうしてそんな偉そうなの?」
「累のためだろ。今年受験生なんだ。色々金がかかるんだよ」
母は静かにリストを読み上げた。「毎月の生活支援が十万円。教育支援が年に二回、三十万円。それ以外にも、私がいくらお金を出してきたと思ってるの?」
「累は天才なんだ。スカウト枠は二つしかないけど、このまま行けば累が決められるんだよ。でも決まったら寮生活になる。月の出費がえぐいことくらい分かってるだろ」
「費用は置いておいて。累はそれで納得してるの?」
「玲奈はずっと送迎だのなんだの、支えてきたんだ。累もその思いを受け止めてる。サッカー選手になることは家族の夢なんだよ。母さんも応援してくれよ」
母は言い切った。「生活費は振り込むけど、累が中学校を卒業したら、もう支援しないわよ。最初に約束したでしょ。義務教育の間は支援する。その間に生活の基盤を整えて、私が支援したお金で資産を作りなさいって。十五年もあったんだから、株でも何でもできたはずよ」
「それは、その……」
「まさか、何もやらないで使い切ったとは言わないわよね。もう私に期待しないで」
電話を切った後、母は累に連絡を取った。部活の帰り道だという。
「おばあちゃん。今日は試験休みだよ」
「高校は決まってるの?」
「うん。父さんと母さんがそこにしなさいって。スカウトされてるサッカーの強豪校なんだけどね」
「枠の奪い合いじゃない?何かあったら何でも相談してね」
ところが数日後、玲奈が母に乗り込んできた。「累が中学卒業したら支援を打ち切るってどういうことですか?」
「言葉通りの意味よ。前にも言ったけど、支援は義務教育の間って約束したでしょう。まさか無限にお金が出てくるとでも思ったの?」
「累は中学を卒業してからが大事なんです。アルバイトやらせてたら、サッカーに集中できません」
「だったら玲奈さんが働けばいいでしょ。スカウトされてる高校は寮でしょう?時間にも余裕が出るし、これを機に正社員になってもいい」
「私は累のサポートが……」
「そのサポートの役割が、今度はあなたに移るんでしょ?今まで累のサポートって言い訳してたけど、もう通用しないわよ」
玲奈は怒りに震えた。「ひどい。孫が可愛くないんですか?というか、何偉そうにしてるんですか?私たちに支援してくれてるお金は、全部お父さんの遺産だって拓海が言ってました。お父さんの遺産を小出しにしてるだけのくせに、偉そうにしないでください。とにかく支援は続けてもらいますから」
母はその言葉を聞いて、何も言い返さなかった。ただ、その目が深く沈んだ。
その数週間後、累が母の家に来た。「今日、おばあちゃんの家に止まってもいい?なんか疲れちゃって」
「いいわよ。気にせずいらっしゃい」
数時間後、玲奈の電話が鳴った。「累、どうして家に帰ってこないの?部活は終わってるでしょ」
「ばあちゃんちにいる。明日の昼には帰るから。土曜だしいいでしょ」
「なんでそんな勝手なことするの?食事はちゃんと取らないと。タンパク質とか栄養とか、ママがどれだけ考えてると思ってるの?」
玲奈は何度も電話をかけた。累は出ない。それから俺に電話が来た。「お母さんが累にベタベタして気持ち悪いの。悪影響だから、近づかせないで。どうせ老語で寂しいから呼びつけてるんだよ。最低。累はこれからが大事なの。累に悪影響になる人間は全部切った。お母さんにも、遺産を生前贈与でもらって物理的に距離を置いてもらえばいい。お金だけもらって縁を切ろう」
案の定、玲奈は母に電話していた。「お母さん、累に個人的に連絡したり電話したりするの、やめてもらえますか?正直、見てられないんですけど」
「どうして私が累と連絡を取ってるって知ってるの?」
「母親なんだから当然でしょ。うちの子供にベタベタするなんて。はっきり言いますけど、お母さん、マジでキモいんです。夫と相談して絶縁します。お金は生前贈与でもらえるって聞いてるんで、それだけ払ってもらえればいいです。それが終わったら二度と家に来ないでください。今まで口うるさかったし、お金もなかなか払ってくれなかったし、正直うざかったんですよ。さようなら」
母は受話器を置いて、ひとり呟いた。「そう。分かった。縁を切るのね」
数日後、母は正式に通達した。
「支援は今後一切打ち切ります。それと、あなたたちに支援を本格的に始めたのは累が五歳のとき。出産祝金はカウントしないけど、五歳から十五歳までの十年間の支援金、合計三千万円を全額返金してもらいます」
俺は絶句した。「ちょっと待って。何言ってるんだよ。そんな無茶な話があるか。ばあさん、どうかしたのか?認知症か?」
「書類も音声も残ってるわ。当時、厚生省の書類と契約書を作る時に立ち会った弁護士にも連絡できる。支払いに同意しないなら、財産の差し押さえもやるからね」
「三千万ってどういうことだよ。そんなにもらってないだろ」
母は冷たく内訳を並べた。「毎月十万円の生活支援金が十年で千二百万。途中打ち切りだから五十万くらい浮くわね。教育支援金が年二回、三十万円、十年で六百万。スポーツクラブの入会費、道具代、コーチ代、遠征費、栄養サプリ、全部で五百万。あなたたちが広い庭で累に練習させたいって家を買ったときの頭金、七百万。合計三千万。振り込みの記録が全部残ってるから、書類で出せるわよ」
「待ってくれ。そんなの本気じゃないだろ。息子と孫の支援だぞ。それに、母さんの金じゃなくて父さんの遺産だろ?」
「お父さんの遺産が三千万もあったわけないでしょ。私が管理してるけど、せいぜい一千万くらいよ。二千万円、赤字なんですけど」
俺は言葉を失った。「じゃあ、どうやって……」
「本当に私が全部払ってるって、あなた何も疑問に思わなかったのね。普通、気になるでしょ。百万以上は贈与税がかかるとか。税金って言葉、分かるわよね?」
「そんなの分かるよ。バカにすんな」
「じゃあ、私が教育資金の一括贈与制度を使ってたのも、もちろん理解してるわよね」
「いや、それは……」
「もういいわ。自分で調べなさい。その口座からのお金も引き上げるからね。あと、あなたたちが住んでる家、七百万の頭金を払ったとき、名義は私にしてあるのよ。近いうちに出ていくか、三千万返済した上で、これからは家賃を払ってもらうわ。今まで家賃も免除してあげてたのよ。合わせたら三千万を超えるわね。ああ、こうして考えると、私は甘すぎたみたい」
「一度話を聞いてくれ。三千万返すなんて無理だ」
「返すなんて言ってないわよ。どっちかというと、あなたが無理だって言ってるの。契約書にサインしてたでしょ。十年間何も問題がなければそのまま支援金として贈与する。ただし、支援者側が希望すれば全額返済を求めることができる。応じない場合は、給料や財産の差し押さえを含む強制執行も可能、って書いてあったわよね。心当たりあるでしょ?」
「あ、いや、そのまま贈与してくれるんじゃ……」
「話を聞いてなかったの?LINEも読めてないの?あなた、目が付いてるの?もしくは脳みその性能が、iPhone X くらいで止まってるの?」
「いや、それは、失礼だぞ」
「だったら玲奈さんに聞いてみなさいよ。玲奈さんから絶縁宣言されたのよ。あの子、知ってるかもしれないわね。あなたが知ってるか知らないかは、私からすればどうでもいいわ。絶縁するって言われたら、今までの分は返してもらわないとでしょ。そういうことだから、よろしくね」
電話を切って、俺は玲奈を怒鳴りつけた。「玲奈、絶縁ってどういうことだよ。母さんに生前贈与の話を勝手に持ち出したのか?まだ何もまとまってなかったのに」
「だってお母さんが累に直接出しゃばるから、累が反抗的にならないようにしただけよ」
「言い訳なんかどうでもいいんだ。このまま母さんの怒りが収まらなかったら、三千万払う羽目になるんだぞ。家もなくなるんだ。お前のせいでどうするつもりだ」
玲奈はスマホを握り締めて言った。「じゃあ、累に謝らせて取り入ればいいんだわ。お母さんは累に甘いし。ちょっと累にお願いしてくる」
数分後、累が母にLINEを送ってきた。「おばあちゃん、まだパパとママのこと怒ってる?お願いだから許してあげてくれないかな。僕もサッカー続けたいし、おばあちゃんが支援してくれたら、僕もっと頑張れるんだ」
母は小さく首をかしげた。「あら、どうしたの?パパとママなんて、人が変わったみたいね。今まで、お父さんとお母さんって言ってたのに。それに累、自分のこと『僕』なんて言ってたかしら?」
「僕でも俺でも、どっちでもいいでしょ。『お母さん』って呼んでたけど、この前ママから『ママ』って呼んでほしいって言われて直したんだ」
「ふうん。それより累、こんな風にLINEしていていいの?お母さんがLINEのやり取りを把握してるんでしょ?私とLINEしたら、怒られないかしら?」
累は何も答えなかった。母はスマホを見つめながら、小さく息を吐いた。累のLINEは、いつもの彼から来る文章とはリズムが違う。いつもは短く、要点だけを簡潔に送ってくる。今日の長文は、誰かが代わりに打ったものだとすぐ分かった。
その日、玲奈のLINEが母に届いた。「累から聞いたんですけど、累からどこまで話を聞き出してるんですか?過干渉です。気持ち悪いんですけど」
「それ、特大ブーメランって言うんじゃないの?過干渉で気持ち悪いのはあなただよ。今のLINEも、累のスマホを奪って、あなたが自作自演してるんでしょ?」
「そんなことしてません。言いがかりはやめてください」
「累は大事なことは必ず電話で話すようにしてたのよ。あなたに全部読まれちゃうからね。それで、あなたから累に宛てて送る『報告』のために、わざわざLINEにしたんでしょ。でも私は知らなかったから、あなたのつらつら長いLINEを、素直に読んでいたわ。そういうのを、毒親って言うのよ」
「ふざけないで。私がどれだけ累のために尽くしてきたと思ってるんですか?二十歳で産んで、それからずっと累に時間を注いできたの。あんたみたいなババアに分かるわけないでしょ」
「あなたのご両親は退職教師で、お兄さんは体操選手のスポーツ一家。でもあなたは運動の才能に恵まれなかった。あなたのご両親が言ってたわ。『あの子がスポーツを嫌いにならないか心配だった。水泳も成績が出せなくてやめてしまって』って。自分の子にスポーツを教えてるのを見て安心したって」
「そんなことない。勝手なこと言わないで。累には才能があるの。プロになる可能性があるの。邪魔したら許さないわよ」
「もうやめてあげなさい。累は、言いたいことが一度も言えなかったのよ。隣にいるなら、話を聞いてあげなさい。感情的になって、手を出すのはやめなさいね」
数分後、累から母に電話が入った。声が震えている。
「おばあちゃん、助けて」
「どうしたの?お母さんとの話し合いは?」
「お母さんが、サッカー選手にならないなら累なんていらないって。サッカー選手の親になれないなら生きてる意味がないって泣き叫んで、家中を暴れてる。父さんには連絡したけど、すぐ来てくれるか分からない。どうしよう。警察を呼んだ方がいい?」
「累は今すぐ裏口から逃げて、うちに来なさい。警察とかはおばあちゃんがやるから。累は何も悪くないのよ」
数時間後、俺が母の家に現れた。「家に誰もいないんだけど、母さん知らない?」
「玲奈さんは、私の知り合いにお願いして、実家に送り返したわ。泣き叫んで暴れて、話ができる状態じゃなかった。警察を呼んだら累がショックを受けるでしょう。だから、これが一番穏便だったのよ」
「母さんが間違ってたって、今なら分かる」
「とにかく、すぐに実家に行って話し合いなさい。私も累を連れて行くわ」
その後に、母は俺に告げた。「累はサッカー選手なんて、なりたくなかったのよ。玲奈さんが乱れたのは、そのせい」
「嘘だろ。あんなに熱心に……」
「押し付けられたら、嫌だって言えないでしょう。累は優しいのよ。それが分からないの?父親のくせに、何も見えてなかったのね」
一ヶ月後、累は母の家から高校に通うことになった。部屋は変わったが、心は軽かった。
「おばあちゃん、本当に変わっただけで最高だよ。パパとママには申し訳ないけどね」
「申し訳ないなんて思わなくていいの。あなたのお母さんは、自分の叶えられなかった夢を、息子に押し付けていただけ。話し合いでも言ってたわ。『自分だけ抜けないのがコンプレックスだった。累がプロサッカー選手になれば、私もパパとママに認められると思った』ってね。そんなことはないと思うけどね。向こうのおじいちゃんとおばあちゃんは、泣いて謝ってくれたわ」
「おばあちゃんが支援してたお金も、可能な限り返すって言ってたけど……」
「三千万なんて現実的じゃないだろうけど、今までの支援をローンとして、二人で返済していけばいいんじゃない?そのうちのいくらかを向こうの家が負担するかは、私の知ったことじゃないしね」
累は少し黙ってから聞いた。「ねえ、ずっと気になってたんだけど、おばあちゃん、どうやってそんなお金を出してたの?」
「二十代のとき、宝くじで一億二千万当てたの。それを全部株に投資して運用して、今は資産が五億円くらいかしらね」
「どこまで本当なの?」
「累は頭のいい子ね。ちなみに、この話を夫以外にしたのは、累が初めてよ。それくらい信用してるってこと。お金の話は、人を良くも悪くも狂わせるからね」
「うん。それだけは分かる。とりあれず、もしもの話として聞いとくよ」
「それがいいわね。三千万支援しても、私は困らないくらいお金があったの。夫は早くに亡くなってしまって、私は若くして結婚して、子供を育てると決めた。息子夫婦を応援したかった。どれも本当よ。でも、それがうまく噛み合わなかった。私にも反省するところはあったの。一番の被害者は累よね。本当にごめんなさい」
「そんなことないよ。サッカーができたのは、本当に楽しかったんだ。超恵まれた環境だったし。自分でも、なんでサッカー選手になりたいって思えないのか不思議だった。けど、やっぱり自分の夢に嘘はつけないっていうか」
「そういえば、本当にやりたいことって何なの?」
「実は、結構偏差値が高いところだったんだ。高校生のクイズ大会に出たいんだよね。テレビで全国放送されるんだけど」
「まあ、随分斜め上ね。累がクイズ好きだったかしら?雑学をいっぱい知ってる頭のいい子だとは思ったけど」
「テレビで流れてるのを見て、最初は流し見だったんだ。でも、みんなすごく一生懸命で、男女関係なく戦っててさ。なんか、無性にこれをやりたいって思ったんだよ。そこの高校はクイズ研究部があって、大会の常連なんだ。だめかな?」
「ダメなわけないでしょう。応援してるわ。あの家はこれから売りに出すから、累はこの家から高校に通うことになるけど、大丈夫?」
「もちろん。本当にありがとう。いつか、母さんたちとも普通に話せるようになるといいな」
「向こうの親御さんの話だと、玲奈さんはしばらく療養のために精神科に通うそうよ。まだまだ先の話になりそうね。でも、累がテレビに出てるところを見たら、きっと会いたいって言ってくれるんじゃないかしら」
「そうだね。頑張るよ」
その後、玲奈と拓海は離婚は選ばず、支援金三千万円の返済に向けて動き出した。拓海はアパートに引っ越し、本業に加えて副業を始め、月十五万円を母に振り込んでいる。玲奈はひとまず両親に五百万円を借りて、働ける状態になったら少しずつ返済するとのこと。累は母が保護者となり養育義務を負ったので、養育費や学費は請求されていない。母は言う。
「困らないだけの資産があるからね。三千万の返済は、若い夫婦へのけじめとして、何年かかっても支払ってもらおうと思ってる。親の願いを子供に押し付けることは、子供にとっても親にとってもいい結果にはならない。それを痛感したわ。玲奈たちが累にサッカー選手への夢を押し付けているのを、分かっていたのに、私は口出ししてはいけないと見て見ぬふりをしていた。だからこそ、彼らとは縁を切らず、最後まで向き合うつもりよ」
累は第一志望の高校に合格し、間もなく高校入学式を迎える。彼がクイズ大会で活躍する日を、母は今から楽しみにしている。
