午後三時、突然のチャイム。玄関を開けると、そこには見たことのない女が立っていた。開口一番、彼女は言った。「あなたの夫、私と浮気してるんだけど。慰謝料、払ってもらうわよ」……私はただの新築祝いの日だと思ってた。週末の午後の光が差し込む、まだダンボールの匂いが残るリビングの窓から、この家のために八年間必死で働いた日々が走馬灯のように蘇った。押さえつけられた呼吸の中、彼女がスマホで撮った動画を見せ…

午後三時、突然のチャイム。玄関を開けると、そこには見たことのない女が立っていた。開口一番、彼女は言った。「あなたの夫、私と浮気してるんだけど。慰謝料、払ってもらうわよ」……私はただの新築祝いの日だと思ってた。週末の午後の光が差し込む、まだダンボールの匂いが残るリビングの窓から、この家のために八年間必死で働いた日々が走馬灯のように蘇った。押さえつけられた呼吸の中、彼女がスマホで撮った動画を見せ...

「ねえ、お父さんの遺産の件だけど、あなたはもちろん放棄するわよね。」

義姉のカナは、私の顔を見るなり第一声でそう言った。

「いきなり何ですか。放棄なんてしませんよ」

「どうしてよ。あなたは末っ子で女でしょ?長男である夫のために権利を放棄するべきだわ。お姉さんだって放棄してるのよ」

「姉は元々実家との仲が良くないから、前々から放棄するって決めてたそうです。でも私は実家とやり取りがありましたし、父が体調を崩してからはお見舞いにも行って、身の回りのお世話もできる限りしてきました。カナさんは長男の嫁として何かしたんですか?」

「お世話は嫁の義務でしょ。私が欲しくて遺産の権利を主張してるんじゃないの。長男が優遇されるべきだって言ってるのよ」

「言ってることがめちゃくちゃですね。で、兄から言えって言われたんですか?」

「兄からは何の連絡も来てませんけど。政治は優しいから、私が代わりに行ってあげてるの。非常識な女に挟まれて政治がかわいそう」

「私が嫁として夫を守ってるのよ。分からないの?」

もう何を言っているのか、1ミリも理解できなかった。

「時間の無駄なので、完結に話を進めさせていただきます。遺言書の内容、確認しましたよね。遺産は妻と子三人に譲るって明記してありました。一緒に確認したはずです。だからそれを覆すためにはあなたの同意が必要なんですよ。でも結婚しただけのあなたと父は血のつながりのない人間です。あなたから放棄に関してとやかく指示される言われはありません。知子である私が権利を放棄することはありませんので」

私はそう言い切って、話を終わらせた。

――半年後。

「久しぶり。ねえ、あんた、どんな手を使ったの?」カナは開口一番、睨みつけるように言った。「お父さんから相続した遺産を頭金に全部突っ込んだりしたのかしら?」

「何を言ってるのかさっぱりなんですけど。ちゃんと句読点を入れて話してもらえますか?」

「とぼけてんじゃないわよ。お母さんに自慢したらしいじゃないの。世田谷に家を買ったってね」

「確かに世田谷に家は買いましたけど、遺産には手をつけてません。私と夫で働いてコツコツ貯めたお金です。二十代から積み立て投資をやってたので、それなりの資産がありますから」

「嘘つきなさいよ。それかお母さんに援助してもらったんでしょ? 女のくせに図々しい。私ももらうからね」

「それはもうお好きにどうぞ」

数分後、カナから電話がかかってきた。

「援助するほど余裕がないって断られたわ。あんたに援助したせいよ。どうしてくれるの? 政治が援助してもらえるはずだったのに。許さないからね」

もう何を言っているのか分からない。私は兄に電話をした。

「ちょっと兄さん、奥さんの暴走をどうにかしてほしいんだけど。世田谷に家を買ったのは母さんの援助だって決めつけて怒ってるの。援助なんて受けてないのに何なの?」

「カナは俺が言えない分を強く言ってくれてるだけで、普段は優しい人だよ。あみ美が俺らより先に家を買うから、気に障ったんじゃない? きっと父さんが生きてたら反対してたと思うよ。長男を差し置いてさ」

「まあいいわ。話にならない。とにかくうちは援助なんて受けてないし、今後も実家から援助を受けるつもりはないから」

「妹のくせに名前で呼ぶなよ。援助受けてないって言ったって、旦那の金で買った家に住んでるくせに偉そうに」

「へえ。じゃあ兄さんは自分が家を買ったらカナさんに対して、『俺が買った家に住んで偉そうに』って言うのね。そういうこと?」

「カナは別だろ。減らず口言うな。これだから気の強いヒステリックな女は嫌いだよ。くだらないことで連絡してくるな」

そう言って、兄は一方的に電話を切った。

――姉に電話をした。

「ごめん、姉さん。今時間ある?」

「どうしたの? 何かあった?」

「いやさあ、兄さんの奥さんがまあ強烈で」

「そうなの? 私は一度も会ったことないから知らないけど、そんな強烈な人なの?」

「あのやばい実家で生きていけるの? 多分やばいのベクトルが同じなんだと思う。激長男でさ、私に『女で末っ子なんだから遺産放棄しろ』とか『長男より先に世田谷に家を買うなんて』とか『どうせ実家に援助されたんだろ。長男の政治が援助を受けるはずだったのに』とか……もう同じ日本語を喋ってるとは思えない強烈さよ」

「やっぱ。近年稀に見る思想の強さね。ごっちゃんです」

「笑うから」

「でも本当、どこでそんな人を鍛えてきたのって感じね。いつもあみに丸投げで申し訳ないね。愚痴ならいくらでも聞くから、いつでもLINEしてきてよ」

「うん、ありがとう。姉さんがいてくれると思うだけで心強いよ」

「それにしても、そのカナって女は要注意ね。もしまた家について何か聞かれたら、ちょっとやってほしいことがあるんだけど」

「何? 何でも言って」

――数日後のことだった。

「あみさん、ちょっと聞きたいことがあって」カナがにこやかに話しかけてきた。「お母さんがあみさんの新居にお祝いを送りたいらしいんだけど、私もお金を出すことにしたから、私が発送の手配をするのね」

「そうなんですか。わざわざありがとうございます。お気持ちだけで結構ですので」

「いいから住所を教えなさいよ」

「はあ……」

数分後、カナからLINEが届いた。

「調べたけど、駅近の住宅街じゃないの。これ」

「そうですね。駅から徒歩八分、かなりいい立地かと思います」

「ふーん。この家って土地から買ったの? いくらしたのよ。参考までに教えてもらえるかしら。うちも長男として家の購入は考えてるし」

「ええ、そうだったんですか」

「当たり前でしょ。ほぼ連絡の取れない長女と、生意気で世間知らずな女なんて、お母さんも安心できないだろうし」

「それって、将来的に同居するってことですか?」

「当たり前じゃない? 何? 今更実家に戻りたいとか言わないでよ。あの実家は売りに出す予定なんだから」

「まだ母は頭も体も元気なのに、そんな先の予定を決めなくても」

「とにかく実家のことに口出ししないでよね。お祝いはありがたく受け取りなさい」

「はい、ありがとうございます」

私はそう返したが、カナが送ってきた住所は、私が教えたものではなかった。

――一週間後。

「これ、何の写真ですか?」

私はカナから送られてきた写真を見て、言葉を失った。庭でバーベキューをやっている大勢の大人たちの姿が写っている。空き缶やゴミが散らばっているのも見える。

「何って、見て分かんないの? バーベキューですけど。新築とか生意気だから、侵入してバーベキューしちゃった」

「すみません、何を言ってるのかよく分からないんですけど」

「ほら、写真送ってあげるわよ。見て、このカルビやばくない? 超いいお肉。政治にお友達とバーベキューするって言ったら、奮発して買ってもらっちゃった」

「そんな大人数で……何時から始めてるんですか? 空き缶が随分散らかってるように見えますけど」

「新築祝いに乾杯ね。最初は十二時くらいだったかな。朝、車が止まってたからさ、ちょっと食材を買い足すって嘘をついて時間を稼いで戻ってきたら、いなくなってて。確信犯じゃない? 最低ね」

「身内だからノーカウントでしょう」

――一時間後。

「やばい。今、火が燃え移ってる」

「あんたの世田谷の家が燃えてる」

「へ? それ、普通にやばいんじゃないですか? それとも酔っ払ってわけ分かんなくなってます?」

「嘘じゃないから動画送ろっか?」

数分後、動画が送られてきた。確かに、家の一部から煙が上がっている。

「ガチの火事じゃないですか。何でゲラゲラ笑ってるんですか? 近所の人も集まってきてる。早く警察と消防に通報してください。本気で今どこにいるんですか?」

「え? いや、普通に逃げるから。電話も出ないし、通報しません。あんたの家でしょ? 私たち関係ないし。生意気なバチが当たったのよ。いい気味」

「あの家はタワーマンションですけど」

「あ、いや、何言ってんの? ちゃんと住所調べたし。お母さんがあみから教えてもらった住所はここだって」

「確かに私の家は世田谷ですけど、タワーマンションだし駅近だし、住所も違います。それは私の姉の家です」

「はあ?」

「とりあえず姉の家が燃えても困るので、今、夫に警察へ通報してもらってます。逃げられると思わない方がいいですよ。この自白のライン、ちゃんと警察に見せますからね」

「いや、マジで待って。ちょ、マジでやめろ。おい、無視すんな。おいて!」

――数時間後。

「おい、なんだよ、この大量の着信とLINE。しかもカナが火事騒ぎを起こした? 意味が分からない。嘘はやめてくれ」

「嘘なわけないでしょ。警察からの番号も混じってたでしょ? 私はもう自宅に戻ってるけど、火事騒動のせいで姉さんたちは家に帰れないのよ。とにかく早く警察に折り返して。まだ現場にいるはずだから」

数分後、兄から電話がかかってきた。

「嘘だろ? どうなってんだよ」

「詳しい話は警察から聞いて。私はもう説明する元気がないから。あと、早めに姉さんに謝罪することね。ご近所さんにもかなり迷惑をかけてるから」

――数日後。

「今回のことは本当に申し訳なかった。カナが裕子お姉さんの家に侵入してバーベキューしたのは、世田谷に家を買った朝美への腹癒せで、ほんのちょっとしたいたずら心だったんだ。こんな大事になるなんて想定してなかったんだよ。頼む、許してやってくれ。この通りだから」

「そう、どうでもいいけど、私の家は結果的に無事だったわけだしね。被害を受けたのは姉さんでしょ。姉さんに謝るのが筋なんじゃないの?」

「大体なんで嘘の住所なんか教えたんだよ。本当のことを教えれば、こんなことにならなかったのに」

「何よ、逆切れ? 意味分かんない。それに今回のことは姉さんに言われたのよ。『絶対あのバカ女はおかしなことをするはずだから、私の家を教えるように』ってね」

「俺の妻をバカにするなよ」

「バカでしょ。実際に人の家に大人数で侵入してバーベキューでバカ騒ぎして、火事騒動まで起こしてるのよ。近所の人が証言してくれてるし。このまま姉さんが訴えを取り下げなければ、書類送検くらいはされるんじゃない? 不法侵入、器物損壊。あと何になるのかしらね」

「頼むよ。姉さんとの間に入ってくれ。俺があの人と仲が悪いの、知ってるだろ」

「兄さんどころか、実家丸ごと仲が悪いでしょ。二人とも長男で、姉さんと私は高校まで学費を出してもらえなかった。兄さんは良くて私たちはダメってことが、たくさんあった。それなのに兄さんは自分が甘やかされてることにも気づかないで、『お前らは気が強いから彼氏ができないんだ』なんて無神経なことも散々言ってくれた」

「そんなのお前らが気にしすぎなんだよ。父さんも母さんも、そんなひどいことしてないだろ」

「何も気づいてないし、分かってないし、分かる努力もしてくれない。だから姉さんは実家を見限って家を出て絶縁したの。でも介護とかで必ず連絡が来るだろうから、私は念のため母さんの連絡先を残して、姉さんの防波堤になったのよ」

「逆になんでそこまで姉さんの味方になるんだよ」

「父さんが出してくれなかった学費を、姉さんが負担してくれたから私は大学に行けたの。アパートにも入れたし、就職も困らなかった。その恩を返すのは当然でしょ」

「嘘だろ? 父さんたちが出したんじゃなかったのか」

「ああ、そういう風に言ってたんだ。だから兄さんは、私も大学に出してもらえたんだから扱いは同じだろうって思ってたわけか。本当に笑えるね」

「頼むよ。俺のことはどれだけ恨んでもいいから、カナのことは別問題だろ。許してやってほしいんだ」

「逆に兄さんが結婚した嫁は何なの? 失礼、脳みそから逆上型。典型的なドンキ。どこが良くて結婚したのかさっぱりだわ」

「お前、いい加減にしろよ。カナはお前なんかよりずっといい女だよ」

「あ、そう。とにかく私は中を取り持ったりしない。姉さんは示談に応じないで訴えるって言ってたわ」

「それだけは勘弁してくれ。頼むよ、許してくれって。カナも反省してるから」

「反省? 私たちに謝罪の連絡が一言もない時点で、謝罪してないことなんて丸分かりよ。姉さんの連絡先が知りたくなったら連絡して。それだけはやってあげるから」

――数日後。

「政治だけど。この度は申し訳ありませんでした。誠心誠意、カナとの示談に応じてほしいんだ。お願いだよ」

「やっと連絡してきたと思ったら、開口一番それ? 社会人としても加害者の夫としても最低ね。そもそもあんたが彼女をコントロールできてないから、こうなったのよ」

「それは、カナも俺のことを思ってというか……」

「あんた、本当に女を見る目がないわね。そもそも朝美から連絡をもらった時点で、何かあると思ってたのよ。私が買った家もちょうど同じ世田谷だったから、私の住所を母さんに教えるように言ったの」

「それは朝美から聞いたけどさ、お前が言うように、まさか庭で違法バーベキューに火事騒動まで起こすなんて想像もしてなかったよ」

「家が全焼にならなかったんだから、もういいだろ。カナも反省してるし、修理にかかるお金もちゃんと払うから」

「遺産から払うの?」

「馬鹿にするなよ。それくらいの稼ぎはちゃんとある」

「あのさ、私が何も情報を仕入れずにいると思ってるわけ? 証券会社を舐めてんの? まあ、証券会社は関係ないか。株の話じゃないし」

「いや、何の話だよ」

「高卒で家を出て、自力で大学を通って生活してきたのよ。行動力の鬼を舐めないで」

「だから何の話だって言ってるんだよ」

「カナさんねえ、朝美にしつこく遺産を放棄するよう絡んでたの。あんた、知ってる?」

「知ってるけど、それは長男が全部相続するべきだって、カナの優しさで……」

「ああ、もう一回言ってあげる。あんた、本当に女を見る目がないね。学生時代に付き合ってた女も、みんな狂ってたし」

「あんたに俺の何が分かるんだよ。いっつも俺に文句ばっかり。取っ組み合いの喧嘩になったこともあるし」

「気も強いし、力も強いし、マジでゴリラみたいだよな」

「カナも、付き合ってた子も、みんな女性らしくて素敵な人たちだよ」

「女性らしくて素敵な人が、朝美に対してこんなひどいLINEを送ってくると思うの? スクショを見せてあげるわよ」

数分後、私はLINEのスクリーンショットを兄に送った。

「これは……カナが俺のために演じてくれてるだけだ。俺に対してこんな言葉遣いをしてきたことはないし」

「ええ。じゃあ次は、バーベキュー当日にカナさんが朝美に送ったLINEのスクショね」

また数分後、私は別のスクリーンショットを送った。

「ねえ、これでもまだ庇うの?」

「これは酒も入ってたんだろう。酔った勢いとかもあっただろうし。そりゃカナが少しも悪くないとは言わないけど。でもあの件を事件にするのはやりすぎだろう」

「身内の話なんだし、示談に済ませれば……」

「随分洗脳されてんのね。かわいそうに」

「黙れよ。俺は俺の意思でカナと一緒にいるんだ。つーか仕入れた情報ってそれだけか。全部朝美経由で手に入れたもんだろ。何余裕ぶっこいてんだよ」

「もういいわ。とにかく示談にしてほしいんだったら、カナさんが直接私に謝罪しなさい。話はそれからよ」

――数日後。

「この度は示談に応じていただいて、本当にありがとうございます。もうこんなバカな真似はいたしません。本当に申し訳ありませんでした」

「分かってくださればそれでいいです。あなたが招待したお友達にもしっかりお伝えくださいね。騒音被害で、近隣の住民の方がかなり迷惑しましたから」

「はい。全て私の責任なので、後日夫と謝罪に回ります」

「分かりました。ご近所さんへの謝罪が確認できたら示談とします。修繕費百五十万円と迷惑料五十万、計二百万円を今月末までに一括で振り込んでくださいね」

「はい。この度は本当に申し訳ありませんでした」

カナが下がっていった後、夫の政治が私に言った。

「お願い、離婚しないで。全部、政治のためにやったの」

「本当なの?」

「ちょっとやりすぎちゃったなって反省してる。本当にごめんなさい」

「もちろん信じるよ。こっちこそ謝らせちゃってごめんね。カナのことは分かってるから」

「本当に離婚しない?」

「するわけないだろ。大好きだよ、カナ」

――一週間後。

「ちょっと出なさいよ。ふざけないで。朝届いた書類は何なの?」

私は封筒を机の上に叩きつけた。

「何なのよ、これ。あんた何したの? おい、答えろよ」

「あらあら、慌てすぎて本性が漏れてるわよ。それともう取り繕う必要もないのかしら」

「あのね、誰が素直に示談に応じると思った? 一度示談に応じて安心させて油断したところに、もう一発本命を打ち込む。週刊誌のリークの鉄板なんだけど、ご存知でない?」

「うるさいうるさいうるさい。こんなの全部でっち上げよ」

「でっち上げじゃないわよ。ちゃんと信頼できる興信所に依頼して手に入れた。あなたがごまかしつつパパ活までやってる。確固たる証拠ですけど、何か?」

「してない。そんなことしてない」

「こんだけばっちり写真撮られてて、よく言うわ。まあ、あなたにとって政治はいい隠れ蓑だったんでしょうね。妻の言うことを何でも信じるバカな男だから。浮気なんて疑わないし、稼ぎもあるし、子供もいないから妻にお惜しみなくお金を使ってくれる。でもあんたはその裏でごまかしにパパ活、借金三枚。遺産を全部欲しがったのも、借金を返したかったからじゃない」

「なんでこんなことすんのよ。私が何をしてたって、あんたに関係ないでしょ。そもそも家族と仲悪かったくせに、今更何しに来ないでよ」

「あんたが朝美に噛みつかなければ、放っておいたわよ。正直、親も政治もどうでもいいからね。むしろ長年苦しめられてきたから大嫌い。でも、政治に寄生して甘い汁を吸ってる女が、朝美からも吸い上げようとするかもしれない。それを愉しみにしてるのは、悔しいから」

「だからね、このまま消えてもらえる? 政治にはもうデータを送ってあるから」

――数分後。

「今、カナさんからの鬼LINEに対応したわよ。この前、グループLINEで話してた人間とは別人だったわね。私とのやり取りも見たい?」

「見たくない。もう何も聞きたくない」

「目をそらしてんじゃないわよ。あんたがあんたの意思で選んだ嫁の正体よ。あんた、この前私が仕入れた情報が朝美経由ばっかりのものだって、随分馬鹿にしてくれたわよね。それだけで終わるわけないでしょ。これからたっぷり地獄を見てもらうからね」

――数分後。

「お願い助けて。このままじゃ私、離婚になる。家を追い出される」

「ねえ、あんた、お姉さんに気に入られてんでしょ。何とかしてよ」

「何なの、あの人?」

「姉さんは奨学金とバイト代で大学を出て、証券会社に就職した優秀な人ですよ。私の学費や生活費もサポートしてくれて、私が二十歳になった時、株を始めるようにアドバイスしてくれました。私がこの年齢で世田谷のタワーマンションを購入できたのも、姉のアドバイスのおかげです。それに、コロナ禍で買ったマンションが今、めちゃくちゃ高騰して。一億で買ったマンションが四億で売れて、三億の利益になりました。だからこれを機に世田谷にも、と思ったんですよ」

「そんだけお金があるなら、私なんてどうでもいいじゃん。見逃してよ」

「示談になって見逃してもらったんじゃないですか。浮気してパパ活して借金もあって、その状態で世田谷の家を持つ義妹を羨むなんて、ちょっと生意気なんじゃないですか? 生意気っていうか、不満っていうか」

「ふざけんじゃねえよ。あんたら姉妹のせいで人生台無しだよ」

「これからもっと大変なことになるでしょうから、せいぜい頑張ってください。だってあなた、既婚者にも手を出してますもんね」

「なんでそんなことまで……」

「興信所ってすごいんですね。カナさんの浮気やパパ活はもちろん、その相手が既婚か独身か、どこに勤めてるかまでパパっと調べてくれるんですから。依頼金は確かに高いですけど、払う価値はありますね。それを元に姉があちこちにタレ込みしてるから、きっと素敵な連絡が鬼のように届くと思いますよ」

――一ヶ月後。

「じゃあ、離婚になるのね。もう俺の知ってるカナが幻想だったことは分かったから。それに既婚者にまで手を出してるなんて、生きる話じゃないよ」

「で、私たちへの謝罪はないわけ? 兄さんの奥さんのせいで随分嫌な思いをさせられたんですけど」

「俺はそんなに二人を苦しめてたか?」

「別に今その話はどうでもいいわ。ぶっちゃけ、親が政治を優先してたせいだし、今の収入でも人生でもあんたに負けてるところなんて一つもないから、羨ましい気持ちも嫉妬する気持ちもゼロだし」

「そうだな」

「母さんから、家に帰ってこいって言われてる。父さんも死んだし、長男なんだから同居しろって」

「いいじゃん。あんだけお母さんに大事にされてたんだから。そりゃ嬉しいでしょ」

「俺が何もかも失ってざまあみろって思ってんだろ」

「私は一切帰らないし、介護もノータッチだからね」

「カナは離婚に応じないってごねまくってるし。カナの不倫相手とか、不倫相手の配偶者から毎日連絡が来て、ノイローゼになってさ」

「マジでどうでもいいわ。ちなみに、世田谷の家は修繕が終わったら賃貸に出すし、私から金をせびろうとしても無駄だからね」

「示談金が振り込まれてから行動するなんて、本当に性格が悪いよな、あんた」

「嫁が妹をいびってるのを見て見ぬふりして止めなかったあんたに、言われたくないわよ。とにかくこの後のことに関して、私たちは何もしないから、せいぜい一人で頑張りなさい」

――数分後、私は姉に電話をした。

「姉さん、助けてくれて本当にありがとう。さすがに一人じゃ対応できなかったよ」

「これくらい当然よ。あみに実家とのパイプ役を丸投げしちゃってるしね。これからも私にできることは何でも相談して。それに、これからあみは出産だし、ストレスになるものは早めに除去しないとね」

「本当に心強いよ。姉さん、世田谷の家は賃貸に出すんでしょ? 次はどこに住むの? 何件か物件持ってるんでしょ?」

「何と、あみが住んでるマンション。一部屋空きが出たから買ったのよ。今度から同じマンションね」

「本当? やった。さすが姉さん。末永くよろしくお願いします」

――半年後。

兄からの連絡で、カナさんとの離婚が成立した。カナさんは、不倫相手の五人のうち二人の既婚者の配偶者から訴えを起こされ、それぞれ八十万円ずつの慰謝料を支払うことに。さらに兄への慰謝料百二十万円も支払わなければならなかったから、慰謝料だけで合計二百八十万円。元々の浪費生活で作った借金二百十万円も合わせて、四百九十万円。ブランド品やアクセサリーを全て手放しても、三百万以上の借金が残った状態だった。

兄は貯金で姉への示談金二百万円を支払った後、マンションを引き払って実家に戻り、母と静かに暮らしている。しかし母からの連絡によると、部屋から出てこず、ご飯も食べず、引きこもり状態だという。

泥沼が相当なダメージだったんだろうね。まあ私からすれば、散々甘やかされてきた男の末路という感じだけど。兄弟一人を甘やかしていいことは、一つもないんですよ。

一方、私は娘を出産し、夫と穏やかにタワーマンション暮らしを満喫中。姉一家も近くに住んでくれているから、これからますます賑やかになりそうだ。

Thumbnail