「ねえ、お父さんの遺産の件だけど、あなたはもちろん放棄するわよね。」
義姉のかなは、私の顔を見るなり開口一番にそう言った。いきなりすぎて、一瞬言葉が詰まった。
「いきなり何ですか。放棄なんてしませんよ」
「なんでよ。あなた末っ子の女でしょ?長男である夫のために権利を放棄するべきだわ。お姉さんだって放棄してるのよ」
「姉は元々実家と仲が良くないから、父の遺産は放棄すると前々から決めてたそうです。でも私は実家とやり取りがありましたし、父が体調を崩してからもお見舞いに行ったり、身の回りのお世話はできる限りしてきました。かなさんは長男の嫁として何かしたんですか?」
「それはお世話は実施の義務でしょ。私は欲しくて遺産の権利を主張してるんじゃないの。長男が優遇されるべきだって言ってるのよ」
「言ってることがめちゃくちゃですね。で、兄から言えって言われたんですか?」
「兄からは何の連絡も来てないわ。政治は優しいから、私が代わりに行ってあげてるの。非常識な女に兄弟が挟まれて、政治がかわいそう」
「私が嫁として夫を守ってるのよ。分からないの?」
「ああ、何を言っているのか、一ミリもさっぱり理解できません」
私は深呼吸をして、できるだけ冷静に話を進めることにした。
「時間の無駄なので、簡潔に話を進めさせていただきますが、遺言書の内容は確認しました。父の遺産は妻と私を含む子供三人に譲るって明記してありましたよね。一緒に確認しましたもんね。だからそれを覆すためには、あなたの同意が必要なんですって?」
「結婚したとあなたと父は血のつながりのない人間です。あなたから放棄に関してとやかく指示される筋合いはありません。相続人である私が、権利を放棄することはありませんので」
半年後。
「久しぶり。ねえ、あんた、どんな手を使ったの?お父さんから相続した遺産を頭金に全額突っ込んだりしたのかしら?」
かなはまたもや私の家に来て、いきなりそんなことを言い出した。
「何を言ってるのかさっぱりなんですけど。ちゃんと相手を敬って話してもらえますか?」
「とぼけてんじゃないわよ。お母さんに自慢したらしいじゃないの。世田谷に家を買ったってね」
「確かに世田谷に家は買いましたけど、遺産には手をつけてません。私と夫で働いて、コツコツ貯めたお金です。二十代から積み立て投資をやっていて、それなりの資産がありますから」
「嘘つかないで。それかお母さんに援助してもらったんでしょ?末っ子の女のくせに図々しい。うちももらうからね」
「それはもう、お好きにどうぞ」
数分後、かなは携帯を睨みつけながら、歯ぎしりするように言った。
「援助するほど余裕がないって断られたわ。あんたに援助したせいよ。どうしてくれるの?政治が援助してもらえるはずだったのに。許さないからね」
今度は兄に連絡を入れた。
「ちょっと兄さん、奥さんの暴走をどうにかして欲しいんだけど」
「何があったんだ?」
「世田谷に家を買ったのは母さんの援助だって決めつけて、怒ってるの。援助なんか受けてないのに。何なの?」
「かなは、俺が言えない分を強く言ってくれてるだけで、普段は優しい人だよ。あみ美が俺らより先に家を買うから、癪に触ったんじゃないか。きっと父さんが生きてたら反対してたと思うよ。長男を差し置いてさ。まあいい。話にならない。とにかくうちは援助なんて受けてないし、今後も実家から援助を受けるつもりはないから」
「兄さんも、そんなに長男言うなら、いつまでも母さんの負担になるようなことは控えた方がいいんじゃないの?」
「妹のくせに偉そうに言うなよ。援助受けてないって言ったって、旦那の金で買った家に住んでるくせに。偉そうに」
「へえ。じゃあ兄さんは、自分が家を買ったら、かなさんに対して『俺が買った家に住んで偉そうだ』って言うんですね。そういう人なんだ」
「かなは別だろ。理屈言うな。これだから気の強いヒステリックな女は嫌いだよ。くだらないことで連絡してくるな」
そのまま一方的に通話を切られた。
私は姉のゆう子に連絡を入れた。
「ごめん、姉さん。今、時間ある?」
「どうしたの?何かあった?」
「いやさあ、兄さんの奥さんが、まあ強烈で」
「そうなの?私は一度も会ったことないから知らないけど、そんな強烈な人なんだ」
「あのヤバい実家で生きていけるの?」
「多分、ヤバいベクトルが同じなんだと思う。激烈な長男でさ、私に『末っ子の女なんだから遺産放棄しろ』とか『長男より先に世田谷に家を買うなんて』とか『どうせ実家に援助されたんだろ』とか『長男の政治が援助を受けるはずだったのに』とか。もう、ジェンダー思想のオンパレードよ」
「やっば。近年まれに見る思想の強さね。思想のぶつかり稽古にでも通ってるのかしら」
「ごっつぁんです。笑うから。でも本当、どこでそんな人を鍛えてきたのって感じ。同じ日本語を喋ってるとは思えない強烈さだよ」
「いつも姉さんに愚痴ばかりで申し訳ないね」
「愚痴ならいくらでも聞くから、いつでもLINEしてきてよ」
「うん。ありがとう。ゆう子姉さんがいてくれると思うだけで心強いよ」
「それにしても、その『かな』って女、要注意ね。もしまた何か家について聞かれたら、ちょっとやってほしいことがあるんだけど」
「何?何でも言って」
数日後。
「ねえ、あみさん。ちょっと聞きたいことがあって」
かなは、にこやかな笑顔を貼り付けて私に話しかけてきた。
「何ですか?」
「お母さんがあみさんの新居にお祝いを送りたいらしいんだけど、私もお金を出すことにしたから、私が発送を手配するのね」
「そうなんですか。わざわざありがとうございます。お気持ちだけで結構ですので」
「いいから、住所を教えなさいよ」
「はあ」
彼女は住所を受け取ると、数分後にまた連絡をよこした。
「調べたけど、駅近の住宅街じゃないの、これ?」
「そうですね。駅から徒歩八分、かなりいい立地かと」
「ふーん。この家って、土地から買ったの?いくらしたのよ。参考までに教えてもらえるかしら。うちも長男として、家の購入は考えてるし」
「ええ、そうだったんですか」
「当たり前でしょ。ほぼ連絡の取れない長女と、生意気で世間知らずな末っ子の女なんて、お母さんも安心できないだろうし」
「ってことは、将来的に同居するってことですか?」
「当たり前じゃない?何?今さら実家に戻りたいとか言わないでよ。あの実家は売りに出す予定なんだから」
「まだ母は頭も体も元気なのに、そんな先の予定を決めなくても」
「とにかく、実家のことに口出ししないでよね。お祝いはありがたく受け取りなさい」
「はい、ありがとうございます」
一週間後。
「これ、何の写真ですか?」
「何って、見て分かんないの?バーベキューですけど」
「新築とか生意気だから、侵入してバーベキューしちゃった」
「すみません。何を言っているのか、よくわからないんですけど」
「ほら、写真送ってあげるわよ。見て、このカルビ、やばくない?超いいお肉。政治にお友達とバーベキューするって言ったら、奮発して買ってもらっちゃった」
「そんな大人数で、なんかお酒も飲んでます?空き缶が散らかってるように見えますけど」
「新築祝いに乾杯、ね」
「何時から始めてるんですか?」
「え、何時だろう?多分、十二時くらい。朝は車が止まってたからさ。ちょっと食材を買いたすって嘘をついて時間を稼いで戻ってきたら、いなくなってて」
「確信犯じゃないですか?最低ですね」
「身内だから、ノーカウントでしょ」
一時間後。
「やばい、今、火が燃え移ってる」
「あんたの世田谷の家、燃えてるわよ」
「へ?それ、普通にやばいんじゃないですか?それとも酔っ払って、わけわかんなくなってます?」
「嘘じゃないから、動画送ろうか?」
数分後、届いた動画には、確かに私の家とは違う家から炎が上がっている様子が映っていた。
「ガチの火事じゃないですか。何でゲラゲラ笑ってるんですか?」
「なんかご近所さんが集まってきて、やばい」
「ちょっと、よその家に燃え移ったらどうするんですか?早く警察と消防に通報してください。本気で、今どこにいるんですか?」
「え?いや、普通に逃げるから。電話も出ないし、通報しません。あんたの家でしょ?私たち、関係ないし。生意気なバチが当たったのよ。いい気味」
「あの、うちはタワーマンションですけど」
「あ、いや、何言ってんの?ちゃんと住所調べたし。お母さんがあみから教えてもらった住所はここだって」
「確かに私の家は世田谷ですけど、タワーマンションだし、駅から徒歩八分の住宅街じゃないし、住所も違います。これは私の姉の家です」
「はあ?」
「とりあえず、姉の家が全焼しても困るので、今、夫に警察へ通報してもらってます。逃げられると思わない方がいいですよ。この自白、ちゃんと警察に見せますからね」
「いや、マジで待って。ちょ、マジでやめろ。おい、無視すんな。おいて」
数時間後。
「おい、なんだよ、この大量の着信とLINE。しかも、かなが火事騒ぎを起こした?意味がわからない」
兄から電話がかかってきた。
「嘘はやめてくれ。そんなわけないだろ」
「嘘なわけないでしょ。警察からの番号も混じってなかった?私はもう自宅に戻ってるけど、火事騒動のせいで姉さんたちは家に帰れないのよ。とにかく早く警察に折り返して。まだ現場にいるはずだから」
「しかし、どうなってんだよ」
「詳しい話は警察から聞いて。私はもう説明する元気がないから。あと、早めに姉さんに謝罪することね。ご近所さんにもかなり迷惑をかけてるから」
数日後、兄は姉に土下座をしていた。いや、実際に土下座をしたかは知らないが、頭を下げて謝罪してきた。
「今回のことは本当に申し訳なかった。かながあみの家に侵入してバーベキューしたのは、世田谷に家を買ったあみへの腹いせで、ほんのちょっとしたいたずら心だったんだ。こんな大事になるなんて想定してなかったんだよ。頼む、許してやってくれ。この通りだから」
「そう。どうでもいいけど、私の家は結果的に無事だったわけだしね。被害を受けたゆう子姉さんに謝るのが筋なんじゃないの?大体、何で嘘の住所なんか教えたんだよ。本当のことを教えれば、こんなことにならなかったのに」
「何?逆ギレ?意味わかんない。それに今回のことは、姉さんに言われたのよ。『絶対あのバカ女はおかしなことをするはずだから、私の家を教えるように』ってね」
「俺の妻をバカにするなよ」
「バカでしょ。実際に他人の家に八人で侵入してバーベキューでバカ騒ぎして、火事騒動まで起こしてるのよ。近所の人が証言してくれてるし。このまま姉さんが訴えを取り下げなければ、書類送検くらいはされるんじゃない?不法侵入、器物損壊。あと、何になるのかしらね」
「頼むよ。姉さんとの間に入ってくれ。俺があの人と仲が悪いの、知ってるだろ」
「兄さんどころか、実家丸ごと仲が悪いでしょ。育ちも、兄さんは長男で、姉さんと私は高校までの学費を出してもらえなかったし。兄さんは良くて、私たちはダメ。そういうことがたくさんあった。それなのに、兄さんは自分が甘やかされてることにも気づかないで、『お前らは気が強いから彼氏ができない』だの、無神経なことも散々言ってくれた」
「そんなのお前らが気にしすぎなんだよ。父さんも母さんも、そんなひどいことしてないだろ」
「何も気づいてないし、分かってないし、分かる努力もしてくれない。だから姉さんは実家を見限って家を出て、絶縁したの。でも介護とかで必ず連絡が来るだろうから、私は念のため母さんの連絡先を残して、姉さんの防波堤になったのよ」
「逆に、何でそこまで姉さんの味方になるんだよ」
「父さんが学費を出してくれなかったから、姉さんが負担してくれたおかげで、私は大学に行けたの。アパートにも入れたし、就職も困らなかった。その恩を返すのは当然でしょ」
「嘘だろ?父さんたちが出したんじゃなかったのか」
「ああ、そういう風に言ってたんだ。だから兄さんは、『私も大学に出してもらえたんだから、扱いは同じだろう』って思ってたわけか。本当、笑えるね」
「頼むよ。俺のことはどれだけ恨んでもいいから、かなのことは別問題だろ。許してやってほしいんだ」
「逆に、兄さんが結婚した嫁は何なの?失礼、脳みそから逆上質。典型的なドッキン。どこが良くて結婚したのか、さっぱりだわ」
「お前、いい加減にしろよ。かなはお前なんかよりずっといい女だよ」
「あ、そう。とにかく私は間を取り持ったりしない。姉さんは、時代に応じないで訴えるって言ってたわ」
「それだけは勘弁してくれ。頼むよ。許してくれって。かなも反省してるから」
「反省?私たちに謝罪の連絡が一言もない時点で、謝罪してないことなんて丸わかりよ。姉さんの連絡先が知りたくなったら連絡して。それだけはやってあげるから」
数日後、ようやく兄から正式な謝罪の連絡が入った。
「政治だけど、この度は申し訳ありませんでした。誠心誠意、かなとの示談に応じてほしいんだ。お願いだよ」
「やっと連絡してきたと思ったら、開口一番それ?社会人としても、加害者の夫としても最低ね。そもそも、あんたが彼女をコントロールできてないから、こうなったのよ」
「それは、かなも俺のことを思ってというか」
「あんた、本当に女を見る目ないわね。そもそも、あみから連絡をもらった時点で、何かあると思ってたのよ。私が買った家も、ちょうど同じ世田谷だったから、私の住所を母さんに教えるように言ったの」
「それはあみから聞いたけど」
「案の定だったじゃない。まさか庭で違法バーベキューに、火事騒動まで起こすなんて想像もしてなかったけどね」
「火事にならなかったんだから、もういいだろ。かなも反省してるし、修理にかかるお金もちゃんと払うから」
「遺産から払うの?」
「馬鹿にすんなよ。それくらいの稼ぎ、ちゃんとあるわ」
「あのさ、私が何も情報を仕入れずにいると思う?証券会社を舐めてんの?まあ、証券会社は関係ないか。株の話じゃないし」
「いや、何の話だよ」
「高卒で家を出て、自力で大学に通って生活してきた。行動力の鬼を舐めんなよ」
「だから、何の話だって言ってんだよ」
「かなさんねえ。あみにしつこく遺産を放棄するよう絡んでたの。あんた、知ってる?」
「知ってるけど、それは長男が全部相続すべきだって、かなの優しさで」
「ああ、もう一度言ってあげる。あんた、本当に女を見る目がないね。学生時代に付き合ってた女、みんな小悪だったし」
「あんたに俺の何が分かるんだよ。いつも俺に文句ばかりで、取っ組み合いの喧嘩になったこともあるし。気も強いし、力も強いし、マジでゴリラみたいだよ。かなも、付き合ってた子も、みんな女性らしくて素敵な人たちだよ」
「女性らしくて素敵な人が、あみに対してこんなひどいLINEを送ってくると思う?スクショ見せてやるわよ」
数分後、姉はスマホの画面を私に向けた。
「これは、そのかなかが俺のために演じてくれてるだけだ。俺に対してこんな言葉遣いをしてきたことないし」
「ええ。じゃあ次は、バーベキュー当日にかなさんがあみに送ったLINEのスクショね」
数分後。
「ねえ、これでもまだかばうの?」
「これは酒も入ってたんだろう。酔った勢いとかもあっただろうし。そりゃかなかが少しも悪くないとは言わないけど、でも、あの件を事件にするのはやりすぎだろう」
「身内の話なんだから、示談に済ませれば十分だって?」
「そうじゃなくて、そこまで大きな問題にするほどのことじゃないだろうって」
「随分洗脳されてんのね。かわいそうに」
「黙れよ。俺は俺の意思でかなと一緒にいるんだ。っていうか、仕入れた情報ってそれだけか?全部あみ経由で手に入れたもんだろ。何が行動力の鬼だよ」
「もういいわ。とにかく示談にしてほしいんだったら、かなさんが直接私に謝罪しなさい。話はそれからよ」
数日後、ようやくかな本人が私の家の前に現れた。
「この度は、示談に応じていただいて、本当にありがとうございます。もうこんなバカな真似はいたしません。本当に申し訳ありませんでした」
「分かってくだされば、それでいいです。あなたが招待したお友達にも、しっかりお伝えくださいね。騒音被害で近隣住民の方がかなり迷惑しましたから」
「はい。全て私の責任なので、後日、夫と謝罪に回ります」
「わかりました。ご近所さんへの謝罪が確認できたら、示談とします。修繕費百五十万円と、迷惑料五十万円。計二百万円を、今月末までに一括で振り込んでくださいね」
「はい。この度は本当に申し訳ありませんでした」
数分後、兄のLINEが届いた。
「政治、お願い、離婚しないで。全部、政治のためだったの。本当なの?ちょっとやりすぎちゃったなって反省してる。本当にごめんなさい」
「もちろんだよ。こっちこそ、謝らせちゃってごめんね。かなのことは分かってるから」
「本当に離婚しない?」
「するわけないだろ。大好きだよ、かな」
一週間後。
「ちょっと、出てきなさいよ。ふざけないで」
今度はかなの怒号がドアの向こうから聞こえてきた。しかも、夫まで一緒にいるらしい。
「朝届いた書類は何なの?何なのよ、これ。あんた、何したの?」
「おい、答えろよ、バカ」
ドアを開けると、かなはプリントアウトした写真や書類を手に怒り狂っていた。姉は、それを涼しい顔で見ている。
「あらあら、慌てすぎて、書類が漏れてるわよ。それともう、隠し立てする必要もないのかしら」
「あのね、誰が大人しく示談に応じると思った?一度示談に応じて安心させて、油断したところにもう一発、本命を打ち込む。週刊誌のリークの鉄板なんだけど、ご存知でない?」
「うるさい、うるさい、うるさい。こんなの、全部でっち上げよ」
「でっち上げじゃないわよ。ちゃんと信頼できる調査所に依頼して手に入れた。あなたがごまかしつつ、パパ活までやってる。かたる証拠ですけど、何か?」
「してない。そんなことしてない」
「こんだけばっちり写真撮られてて、よく言うわ。まあ、あなたにとって政治はいい隠れ蓑だったでしょうね。妻の言うことを何でも信じるバカな男だから。浮気なんて疑わないし、稼ぎもあるし、子供もいないから、妻にお惜しみなくお金を使ってくれる。でも、あんたはその裏でごまかしにパパ活で、合計三枚。遺産を全部欲しがったのも、借金を返したかったからじゃないの」
「何で、こんなことすんのよ。私が何をしようと、あんたに関係ないでしょ。そもそも家族と仲が悪かったくせに、今さら何をしてこないでよ」
「あんたがあみに噛みつかなければ、放っておいたわよ。正直、親も政治もどうでもいいからね。むしろ、長年苦しめられてきたから、大嫌い。でも、政治に寄生して甘い汁を吸ってる女が、あみからも吸い上げようとするかもしれない。それは、私にとっての義理としてほっとくわけにはいかないと思ったの。だからね、このまま消えてもらえる?政治には、もうデータを送ってあるから」
数分後、かなは消えるように家を去っていった。
「今、かなさんからの鬼LINEに対応したわよ。この前グループLINEで話してた人間とは別人だったわね。私とのやり取りも見たい?」
「見たくない。もう何も聞きたくない」
「目をそらしてんじゃないわよ。あんたがあんたの意思で選んだ嫁の正体よ。あんた、この前私が仕入れた情報があみ経由ばかりのものだって、随分馬鹿にしてくれたわよね。それだけで終わるわけないでしょ。これからたっぷり、地獄を見てもらうからね」
数日後、かなは泣きながら私に電話をかけてきた。
「お願い、助けて。このままじゃ私、離婚になる。家を追い出される。ねえ、あんた、お姉さんに気に入られてんでしょ。何とかしてよ。マジで。何なの、あの人?」
「ゆう子姉さんは、奨学金とバイト代で大学を出て、証券会社に就職した優秀な人ですよ。私の学費や生活費もサポートしてくれて、私が二十歳になった時、株を始めるようにアドバイスしてくれました。私がこの年齢で世田谷のタワーマンションを購入できたのも、姉のアドバイスのおかげです。それに、コロナで買ったマンションが今、めちゃくちゃ高騰して、一億で買ったマンションが四億で売れて、三億の利益になりました。だからこれを気に、世田谷にも、と思ったんですよ」
「そんだけお金があるなら、私なんてどうでもいいじゃん。見逃してよ」
「示談になって、見逃してもらったんじゃないですか。浮気して、パパ活して、借金もあって。その状態で世田谷の家を持つ義妹を羨むなんて、ちょっと生意気なんじゃないですか?生意気っていうか、不貞腐れっていうか」
「ふざけんじゃねえよ。あんたら姉妹のせいで、人生台無しだよ」
「これからもっと大変なことになるでしょうから、せいぜい頑張ってください。だって、あなた、既婚者にも手出してますもんね」
「何で、そんなことまで」
「調査所ってすごいんですね。かなさんの浮気やパパ活はもちろん、その相手が既婚か独身か、どこに勤めてるかまで、ぱっぱと調べてくれるんですから。依頼金は確かに高いですけど、払う価値はありますね。それを元に姉が、あちこちに垂れ込んでるから、きっと素敵な連絡が鬼のように届くと思いますよ」
一か月後。
「じゃあ、離婚になるのね」
兄は電話越しに、ひどく疲れた声を出した。
「もう、俺の知ってるかなは幻想だったことは分かったから。それに、既婚者にまで手を出してるなんて、生きる話じゃないよ」
「で、私たちへの謝罪はないわけ?兄さんの奥さんのせいで、随分嫌な思いをさせられたんですけど」
「俺はそんなに二人を苦しめてたか?」
「別に、今その話はどうでもいい。ぶっちゃけ、親が政治優先してたせいだし、今、収入でも人生でもあんたに負けてるところなんて一つもないから、羨ましい気持ちも嫉妬する気持ちもゼロだし」
「言えてる。母さんから、家に帰ってこいって言われてる。父さんも死んだし、長男なんだから同居しろって」
「いいじゃん。あんだけお母さんに大事にされてたんだから。そりゃ嬉しいでしょ」
「私は一切帰らないし、介護もノータッチだから」
「俺が何もかも失って、ざまあみろって思ってんだろ。かなは離婚に応じないってごねまくってるし。かなの不倫相手とか、不倫相手の配偶者から毎日連絡が来て、ノイローゼになってさ」
「マジでどうでもいい。ちなみに、世田谷の家は修繕が終わったら賃貸に出すし。私から金をせびろうとしても無駄だからね」
「示談金、振り込まれてから行動するって、本当に性格悪いよな、あんた」
「嫁が妹をいびってるのを見て、止めなかったあんたに言われたくないわよ。とにかく、この後のことに関して、私たちは何もしないから、せいぜい一人で頑張りな」
数分後、姉に連絡を入れた。
「姉さん、助けてくれて、本当にありがとう。さすがに一人じゃ対応できなかったよ」
「これくらい当然よ。あみには実家とのパイプ役を丸投げしちゃってるしね。これからも、私にできることは何でも相談して」
「それに、これからあみは出産だし、ストレスになるものは早く除去しないとだったから、本当に心強いよ」
「姉さん、世田谷の家は賃貸に出すんでしょ?次はどこに住むの?何件か物件を持ってるでしょ?」
「なんと、あみが住んでるマンション。一部屋、空きが出たから買いました。今度から、同じマンションだよ」
「本当?やった。さすが姉さん。今後とも、よろしくお願いします」
それから半年後、兄からの連絡で、かなとの離婚が成立した。
かなは、五人の中の二人の既婚者の配偶者から訴えを起こされ、それぞれ八十万円ずつの慰謝料を支払うことになった。さらに、兄に対する慰謝料百二十万円も支払わなければならなくなったので、慰謝料だけで合計二百八十万円。元々の生活で作った借金二百十万円も合わせて、四百九十万円。ブランド品やアクセサリーを全て手放しても、三百万円以上の借金が残った状態だった。
兄は、貯金で姉への示談金二百万円を支払った後、マンションを引き払って実家に戻り、母と静かに暮らしている。しかし、母からの連絡では、部屋から出てこず、ご飯も食べず、引きこもり状態だそうだ。泥沼の離婚が、相当なダメージだったんだろう。
まあ、私からすれば、散々甘やかされてきた男の末路という感じだ。
兄弟を一人だけ甘やかしていいことは、一つもない。
一方、私は娘を出産し、夫と穏やかにタワーマンション暮らしを満喫中。姉一家も近くに住んでくれているので、これからますます賑やかになりそうだ。
