買ってきた雑誌が違うだけで、姉は病室で私を「妹と思ったことない」と怒鳴った。数時間後、母からも電話で「検査結果なんてどうでもいい」と言われた。検査は、姉のドナー適性検査だった。私はずっと家族のために尽くしてきた。なのに、誰も私をひとりの人間として見てくれなかった。そして今、私はドナーを拒否したことを姉に伝えた。電話の向こうで姉は泣いている。でも私は、ひとつだけ秘密を知っている。母が本当はドナ…

買ってきた雑誌が違うだけで、姉は病室で私を「妹と思ったことない」と怒鳴った。数時間後、母からも電話で「検査結果なんてどうでもいい」と言われた。検査は、姉のドナー適性検査だった。私はずっと家族のために尽くしてきた。なのに、誰も私をひとりの人間として見てくれなかった。そして今、私はドナーを拒否したことを姉に伝えた。電話の向こうで姉は泣いている。でも私は、ひとつだけ秘密を知っている。母が本当はドナ...

姉が突然、私が頼んだのと違う雑誌を買ってきた。それだけで彼女は激怒した。「いきなり太るなんてどうかしてるわ」「うっさいわね。あんたが悪いのよ。私が頼んだのと違う雑誌を買ってきて。今日は気分が悪かったから、気分転換に楽しみにしてたのに」

謝っても無駄だった。「ごめん。でも本屋にはそれしかなかったのよ。欲しいって言ってたのは先月のものだったし」

「うるさい。もうあんたのせいで余計に具合が悪くなる。本当に最低。人の気持ちを踏みにじりやがって」

私は必死に言葉を続けた。「そんなつもりはなかったの。ちょっと落ちいて」

「なれなれしく姉さんとか呼ばないで。あんたみたいなどん臭いやつを妹と思ったことない」

その言葉に声が震えた。「へ……? なんでもそれは言いすぎでしょ」

「うるさい。私より健康に生まれたくせに、こんな嫌がらせをして私の気分を悪くさせて、早く殺したいわけ?」

「そんなつもりはないって……」

「もううんざり。入院中で気分が悪い私に、その辛そうな顔を見せるなよ。二度と見舞いに来るな」

どうしてそこまで言われなければならないのか。涙がにじんだ。「なんでそんなひどいことを言うの? 私、あなたのために頑張ってきたのに。お世話だって、これまでずっと私がやってきたのに」

「そんなの当たり前でしょ。あんたは私と違って丈夫で、風邪も引かない。それなのに私は入院ばっかり。何? 雑誌なんて自分で買いに行けって言うの?」

「そんなこと言ってない」

「行動でそう伝えてるんじゃん。あんたは本屋に行けるもんね。だからこれで我慢しろってさ」

「違うの、聞いて」

「もう本当にむかつく。話しかけてくるな」

「……分かった」

「さっさと消えろ。ああ、あんたのせいで今日一日の気分が台無しよ」

私は何も言わずに病室を出た。数時間後、母から電話がかかってきた。「ちょっとみさ、お姉ちゃんは今日は具合が悪くて疲れてるのよ。怒らせてどうするの? 何をしたか知らないけど、後でお姉ちゃんに謝りなさい」

「私は悪いことしてないってば。何も聞いてないのに、頭から私が悪いって決めつけるの」

「お姉ちゃんの機嫌が悪い時は、大抵あなたが機嫌を損ねた時でしょ」

「検査結果が出たから、それを聞きに急いでたの。だから欲しいって言われたものを探す時間がなかったのよ」

「はあ。そんなくだらないことでお姉ちゃんのお願いをないがしろにしたの?」

「くだらない? あなたの検査結果なんてどうでもいいの。どうせ定期健康診断でしょ。それよりお姉ちゃんは大変なのよ。もう少し寄り添いなさい」

「そんな言い方、ひどくない? 私のことはどうでもいいって」

「何それ? 私のこと愛してくれてないんだね。やっぱり」

「愛してるわよ。お姉ちゃんの次に私だって、母親なんだから子供に愛情はあるわよ」

「……そう」

母は話を続けた。「大変といえば、さっき先生からドナーが見つかったって聞いたのよ」

「そっか。もう伝えられたんだ」

「え、何、知ってたの?」

「病院で聞いて」

「それならあなたも言われたでしょ? 手術できるかもしれないって」

「ドナーが誰か聞いたの?」

「匿名提供者に感謝したいけど、守秘義務があるから教えてもらえなかったのよ」

「そう。誰か知らないんだ。それは良かった」

「え? いや、こっちの話。生きてる人から臓器をもらったら気が引けるでしょ」

「まあ、確かにね。その人には一生感謝するものね。でも手術費が高くて、あなたが半分負担してくれるわよね」

「私が? 家族なんだから当然でしょ」

「公的医療制度を使ってもやっぱりね、私の収入だけじゃ厳しいのよ。家にもお金を入れてるんだし」

「お姉ちゃんのためなのに情けないわね。とにかく頼むわよ。お姉ちゃんを見殺しにするような、そんなひどい人間じゃないでしょ」

「……分かった。なんとかする」

数時間後、姉からLINEが来た。「ねえねえ、みさ、聞いて聞いて。今日は検査結果がいいって先生に褒められたの」

「よかったね。それはそうと、よく連絡してこれたわね。私のこと嫌いなんでしょ?」

「え? もしかしてさっきのこと気にしてるの? あんなの嘘だって。本気にした? ごめん、ごめん」

「嘘とは思えない剣幕だったけど」

「LINEでも相当怒ってるの伝わったし、こっちは謝ったんだけど。喧嘩くらい姉妹でよくあることでしょ」

「喧嘩って言えるの? あれは」

「怒ってるなら謝るってば。ごめんね。でもみさは許してくれるでしょ? だっていつも私のこと心配してくれるもんね」

「私に散々ひどいことを言っておいて、虫が良すぎる。さすがに私だって悲しいって感情はあるのよ」

「でもみさは私のこと心の底から大事に思ってくれてるじゃない。照れ隠しは分かってるよ。みさの気持ちは、好きでもないやつのためにお世話とかできないじゃん。なんやかんや言って、みさは私のこと大好きなの知ってるもん」

「大好きって、そんな一方的な……」

「とにかく仲直りしようよ。私たち姉妹なんだし」

私は何も言えなかった。また振り回されてばかりだ。

数時間後、親友のメイに愚痴をこぼした。「もう振り回されてばっかり。毎回、口を聞いてもらえなくてごめんね」

「気にしないで。それにしても、あんたの家族は酷くない?」

「そんな家族、見捨てればいいのに」

「できないよ。昔から姉さんのことで家族が疲弊してるのを見てたし。姉さんだって何度か本当に危ないこともあったわ。もう二度と会えなくなるかもってなった途端にさ、いつも思うの。もっと大切にすればよかった、そばにいればよかったって。でも、わがまますぎるよ。言いなりになってるみさも、みさだって」

「私さ、家では空気みたいな扱いだったの。両親は姉さんにかかりきりだったし、小さい頃は本当にずっと入院してたこともあった。だから仕方なかったんだけど……姉さんのお世話をしている時は、親も私を見てくれたの。お世話をすればするほど褒められて、認められて、愛してもらえたの」

「みさ……」

「分かってるの。最初は感謝してた。でも今は、両親も私が世話をするのが当たり前だと思ってる。本当の意味で私のことを愛してないことも。もう、なんか疲れちゃった。認めてもらいたくて年収の高い仕事に着いたのに、今じゃ都合のいいATM。検査を受けてもどうでもいいって言われちゃうんだから」

「あのさ。この際だからはっきり言ってもいい?」

「何?」

「そんなクソみたいな家族、捨てて逃げよう。みさは今、一人で生きていける。確かに子供の時はどうしようもなかったかもしれないけど、今は違うでしょ。こんなの異常だよ。あなたの家族は、あなたを都合よく使ってるだけ。こんなの悲しすぎる」

「ありがとう。私のためにそんなに怒ってくれて」

「あんたが怒らないからでしょ。最初は何も話さなかったけど、毎回愚痴を言うようになって、少し安心したよ。でも状況は悪くなる一方で、私はあんたが潰れるんじゃないか心配なのよ。ねえ、本当に逃げようよ。引っ越し先が見つかるまで、私の家に泊まればいいし」

「それは……できないの」

「なんで?」

「姉さんのドナーは、私なの」

メイは息を呑んだ。「……え? ドナーがみさ?」

「今日はドナーの適性検査の結果を聞きに来たの。それで、ドナーになるって言っちゃって。手術が成功して姉さんが元気になれば、もう私も解放されるし、感謝される」

「甘いのよ。考えが」

「へ?」

「ここまでずっとあんたに依存してた人たちよ。そんな簡単にあんたを手放すはずないし。そもそもあんた、めちゃくちゃおかしなこと言ってんの気づいてないわけ?」

「おかしなこと? どこが?」

「臓器提供者だから感謝されるって、そもそもおかしいのよ。家族っていうのは、臓器提供者だからとか関係なく大切に思ってるものよ。分かる? あんた、今、自分の家族がおかしいって自分で自覚してたの。それはいい加減目を覚ましなさい。自分の臓器を上げて解放されたいなんて、絶対にダメ。他にも方法はあるわ」

「なんで、そこまで言ってくれるの?」

「友達だからに決まってるでしょ。大切な人が自分をないがしろにしてるのを見て、悲しくないわけないでしょ」

「ありがとう。確かに、私は家族に愛されなかったかもしれない。でもね、あんたの周りには、あんたを大事にしてくれる友達がたくさんいる。家族のことを諦めるのは大変かもしれないけど、家族以外であんたを愛してくれる人はいる。それを忘れないで」

「……うん。ごめんね。私、大切なこと忘れてた。家族への希望も捨てきれないし。親を大切にするって、幼少期からのすり込みもあるだろうから」

「でもドナーを拒否したら、姉さんは」

「確かにその点は気になるわよね。でもあなたがドナーになるのも、ちょっと引っかかるのよ。そもそも、ドナーの適性検査って、みさが受けたくて受けたの?」

「違うわ。母さんに言われて」

「なんて言われたの?」

「えっと……『お姉ちゃんのためにドナー検査を受けて』って」

「なるほどね。あのさ、もしかしたらあんたがドナーにならなくても、お姉さんは助かるかも」

「どういうこと?」

「あくまで憶測なんだけど、普通は……」

その時、電話が鳴った。母からだった。「みさ、昨日の治療費の話だけど、やっぱり全額あなたが負担してくれる? お母さんのパート代じゃ足りないの」

「全額は無理よ。半額でもきついのに」

「ああ……お姉ちゃんがかわいそう。あなたって冷たいのね」

「冷たい? 私だって限界があるって言ってるだけでしょ。なんでそんな風に言われないといけないの?」

「あなたはお姉ちゃんの分まで健康に生まれたんだから、稼ぐのは当然よ。だって元気なんだから」

「そんな理屈、おかしいでしょ。それなら元気なお母さんが稼げばいいじゃない」

「私は年だから無理よ。あなたは自由に出歩けるんだから。お姉ちゃんのために尽くすのは当たり前なの」

「私も一人の人間なのに。私のこと何だと思ってんの?」

「何って? 妹でしょ? お姉ちゃんの妹なんだから、お姉ちゃんを支えてちょうだい」

「もう無理」

「はい?」

「もう無理って言ってるの。私はもう大人だよ。いつまでも家族のために献身的になると思ってるの? 私のことを大切にしてないくせに」

「大切にしてるわよ。失礼ね。だから大学にも行かせてあげたじゃない。ちゃんと食事を与えたし、安心して眠れる家だってある。いい? あなたは贅沢を言ってるの。私たちはちゃんとあなたを愛してる。それが見えてないだけ」

「分かった。愛してる? どこが?」

「どこがって、伝わってないの?」

「伝わらないよ。姉さんの世話をせずに友達と遊びに行ったら、家で全く口を聞いてくれない。私が風邪で寝込んでも、姉さんが最優先。大学だって奨学金だし、入学式にも卒業式にも来てくれなかった。これでなんで愛してるって言えるの?」

「そんな昔のことをネチネチと持ち出すんじゃないわよ。嫌な子ね。こんなに性格が悪いなんて、誰に似たのかしら」

「お母さんでしょ」

「平気で口を叩かないの! とにかく治療費はあなたがなんとかしなさい。じゃないとお姉ちゃんは手術できないのよ。お世話が嫌なら、最後くらい面倒を見なさい」

「いつも面倒を見させてるくせに、何言ってんのよ。もう本当に馬鹿らしい」

「何か言った?」

「何も。ただ諦めただけ。もうあなたには何も期待しないわ」

数時間後、また姉からのLINE。「みさ、今日もお見舞いに来てくれるよね。お菓子が食べたくってさ、こっそり持ってきてよ」

「仕事もあるし、今日は難しいかも。それにお菓子だって、ダメって言われてるなら持っていけないわ」

「はあ、なんでよ。それくらいいいじゃん。見舞いだって、何時間もいろって言ってるわけじゃないんだし」

「でも『辛そうな顔を見せるな』って言ったよね」

「え? ああ、あれはだから嘘だって。ていうかみさは、私より仕事が大事なの? ひどい。私は仕事もできないのに」

「仕事も大切だよ。生活がかかってるし」

「私の方がもっと大変なの。とにかく今日も来てね。約束よ」

「自分勝手すぎる。私の気持ちはどうでもいいの?」

「どうでもよくはないけど、最終的に私のために動いてくれるじゃん」

「……そう。そういう考えなのね。よく分かったわ」

一週間後、姉から驚くべき言葉が届いた。「聞いたよみさ。手術は、あなたが私を助けてくれるんだよね。感謝してる。本当にありがとう」

「助ける? 何のこと?」

「とぼけちゃって。手術費とか出してくれるんでしょ? お金の面での助けも必要だしさ」

「手術するの?」

「え、まだ決まってないけど、ドナーが見つかったって聞いたから、きっとするに決まってる」

「そう。するって確定してるわけじゃないのね。見つかったとは言ってくれたのに、それ以降ずっと立っても手術の話をしてくれないのよね。もう早くしてくれたらいいのになあ。ところで今日はいつ来てくれるの?」

「病院には行かないわよ」

「え、なんで?」

「もう病院には行かないことにしたの。先生にも事情は話したし、手術もしないと思うわよ」

「ねえ、ちょっと本当に何の話?」

「私がドナーだったの」

「え?」

「ここ数日、病院に通ってたのは検査や説明を受けてたから。でも途中でドナーを拒否したの。最終確認があって、その時に全部話したわ」

「みさが私のドナーだったの?」

「ええ。先生には、手術が終わるまで黙ってて欲しいって頼んでたわ。自分の口で伝えたかったから」

「なら、なんで言わなかったの?」

「言う気がなくなったのよ。だって姉さんは、私のことを『妹と思ったことない』って言ってたし」

「あ、あれ。そんなことを言ったっけ?」

「覚えてないのね。機嫌が悪い時だったから。姉さんっていつもそう。機嫌が悪いと本音が出るのよね」

「それは、気を使う余裕がなくて」

「余裕がなかったら何を言ってもいいの? それなら私も余裕がないから何を言ってもいいよね。私も、姉さんのことを姉と思わないことにするから」

「ちょっと待って。何それ? 急に。それじゃあ私の手術は?」

「他人に臓器なんてあげられないもの」

「あれは本気で言ったんじゃないの? みさは私の大切な妹よ」

「今さらそんなこと言っても遅いわ。姉さんの言葉をそのまま返してるだけ。おかしいかな? 私のことをどん臭い、妹と思ったことないって言ったけど、そんな相手に命を預けるの?」

「それは、その時はイライラしてて」

「でも本音でしょ。だから私も本音で行動するね。嫌いな相手のために危険な手術は受けない。あと先生にも言われたわ。ドナーはあくまで拒否権がある。適合したからと言って、家族から強要されてなるものではないって。きっと家族にバレてたら拒否なんてできなかった。それは本来おかしなことだって」

「でも、私のことを見捨てるの?」

「長年の思いを踏みにじったのはそっち。何度も何度も私の気持ちを踏みにじったのなら、私も一度くらいそうしてもいいでしょ」

「そんなことしてない! そりゃ強く当たることもあったけど、みさは私のこと大切にしてくれるから。だから何を言っても離れないって……ふざけんじゃないわよ」

「姉さんは、大切に思われることを当然だと思ってた。だから感情もそのままぶつけてたものね。私はサンドバッグじゃないの。家族なら相手を思いやるものよね」

「あ、思い合ってたじゃない」

「どの口がそれを言うのよ。私が受験で忙しい時も、勉強なんかより私の世話をしろって。私が就職活動してる時も、面接より病院に付き添えって。私が体調悪い時も、『私の方がもっと辛い』って。私より自分を大事にしてるものね」

「あの時は、体調が」

「そうやって言い訳ばっかり。もう疲れたわ。姉妹としての情は確かにあったの。でも、それももう尽きた。愛しているともう言えない」

「待ってみさ、お願い」

数時間後、姉から泣き言の電話がかかってきた。「お願い、みさ、考え直して。私、ドナーがいないと死んじゃうかもしれないのよ」

「今さら泣いても遅いっての。私の気持ちは伝えたのに、まだしがみついてくるなんて」

「でも、でも」

「でもじゃないわよ。私がどれだけ苦労してきたと思ってるの? 小さい頃から姉さんの世話ばかりして、友達とも遊べなくて。でも母さんに喜んでもらえたから、我慢してたのよ」

「何それ? 私のことが大好きだから世話してるんじゃん」

「そんなわけないでしょ。そりゃ最初はかわいそうって同情はあったけどさ、もう今じゃ重荷にしかなってなかった。もう限界なの。私が何をしても、いつも助けてくれると思ってたでしょ。でも、立場が変わったのよ。私がいなければ姉さんは助からない。つまり、姉さんの命は私が握ってるの。今度は私が選ぶ側よ」

「そんな、あなたがそんなこと言うなんて」

「姉さんが教えてくれたの。家族でも相手を選べるって。『妹と思ったことない』って言葉でね」

数時間後、姉はまた電話をかけてきた。「悪かった。お願い助けて。先生に確認したの。誰かは言われなかったけど、拒否されたから手術もしないって」

「そもそも姉さんの病気は移植が必要だけど、薬で症状は抑えられる。よっぽどのことがない限り、死んだりしないわ」

「でも苦しいの。本当にごめん。みさ、私、反省してる」

「姉さん、本当に反省してる?」

「本当に反省してる。これからはあなたを大切にする」

「でも姉さんって、いつも口だけだよね。体調が悪くなったらまた同じことを繰り返す。暴言ばかりで理不尽なことを言って。もう何年も繰り返してきたんだもの。すぐには治らないわ。その証拠に、こうして本音を話したのに、さっきからあなたは私の気持ちなんて考えず、自分の気持ちばかり言ってるよね。気遣って一日置くとか、そういうこともしない。結局、自分のことだけ。これでよく分かったわ。口だけの反省だって」

「待って、待ってよ、みさ」

「さようなら、姉さん。姉さんと呼ぶのもこれが最後。これからは寂しい病室で一人で過ごしてね」

電話を切った直後、母から怒鳴るような電話がかかってきた。「どういうこと? みさ、聞いたわよ。あなた、お姉ちゃんのドナーだったって」

「ああ、本人から聞いたの?」

「どうして手術を受けないのよ。家族でしょ。これでお姉ちゃんは治るのよ」

「あのさ、母さん。母さんは、私の検査結果なんてどうでもいいって言ったよね」

「何よ、急に。根に持ってこんな嫌がらせをしてるって言いたいわけ?」

「違うよ。あの時の検査。あれ、ドナー適合検査だったんですよ」

「え、そうだったの?」

「でも、どうでも良かったんだよね。大事なお姉ちゃんのドナー適性の結果だったのに」

「知らなかったのよ。そんな大事な結果だったなんて」

「そうだね。私個人のものだと思ってたもの。でもならなおさら、私個人はどうでもいいんだよね。だから、私個人の臓器をどうするかも、口出しされたくないんだけど」

「そんな、口を叩かないの。あなたがドナーにならないと、お姉ちゃんは助からないのよ」

「助からないじゃなくて、治らないだけよ」

「なんてひどいことを言うの」

「確かにひどいかもね。でも、私以外に別のドナーがいるかもしれないじゃない」

「いないわよ。今までなかったのに」

「本当に? それならさ、母さんのドナー適性結果、どうして私に教えないの?」

「それは……」

「友達がね、不思議がってたわ。なんで私に検査結果も言わずに強要したのかって。もし親に適性がなかったら、そのことを言うはずよね。だって、あなたしかドナーになれそうな人がいないって言った方が、提供も強要もしやすいもの」

「えっと、そういうのは個人情報で」

「あのさ、はっきり言うね。母さん、本当は適合してたんでしょ。だから姉妹の私の適合率も高いと思って、私に検査させた。そうじゃない?」

「その、えっと……」

「このままじゃ大事な娘が死ぬかもしれないんでしょ。こんな時まで嘘をつくの? 死にはしないわよ。ほら、死なないって分かってるじゃん。私をドナーにさせたいから大げさに言ってるの、確定だね」

「あんたね」

「それでどうなの? お母さんも適合してたんだよね」

「……そうよ。私も適合はしてたの。でも、私じゃ体力的に厳しいし、年齢も考えて」

「結局、母さんは自分が提供するのは嫌で、妹の私ならいいと思ってるんだよね。私は姉のパーツってわけ。ふざけんじゃないわよ」

「そんなこと思ってないわ。でも、あなたの方が年も近いし、お姉ちゃんの負担かと思ったの」

「ここまで来ても、まだ姉さんのことしか考えてないんだね。あのさ、私だってリスクがあるんだよ。母さんは『家族なんだから当然』って何度も言ったよね。でも自分が手術するのは嫌なの。家族なのに」

「母親としてあの子を支えないといけないから。私がいなくなったら、大変でしょ」

「じゃあ、私の年齢や将来は考えてくれないの? 私なら犠牲になってもいいってこと? 姉さんの未来は考えて、私のことはどうでもいいだもんね」

「そんなつもりじゃ」

「何なのよ。さっきから。もう家族やめるから」

「は? 何言ってるの?」

「母さんは最初から自分は安全なところにいて、私に全部押し付けるつもりだった。それが家族愛なの? お金も時間も何もかも犠牲にさせといて、私だけはそれが当たり前って、おかしいよね」

「それは、仕方がなくて」

「母さんは私のお金を当てにしてた。私が支えてくれるのを当然だと思ってた。なんで私が今まで姉さんのお世話をしてたか、考えたことある?」

「それは、お姉ちゃんが好きだからでしょ?」

「違う。私は母さんに大切に思われたかったのよ。だから姉さんの世話をしてた。世話をしている時は母さんが私を見てくれたから。家で孤独の中で過ごしたくなかっただけ。姉さんのことなんて好きじゃなかったわ。ただ母親から愛してもらいたかった。それだけだったのに」

「私だって、あなたのことはちゃんと愛してたわ」

「どこが? 母さんは私を、姉のお世話係とATMとパーツ提供者としか見てなかったくせに。自分は何もしないで、私に全部犠牲にしろって。それのどこが愛してるのよ」

「ねえ、お願いよ。あなたのこと、これからは大切にする。だからお姉ちゃんに臓器提供して」

「まだ言うの? 呆れた。母さん、最初に私に言った言葉を覚えてる? 『あなたの検査なんてどうでもいいの』って。あの時は状況が状況で……」

「私も同じ気持ちになったよ。母さんの気持ちなんてどうでもいい。私を家族として見てくれなかった人を、私も家族として見る必要はないよね。お望み通り、私はどうでもいい存在として消えますから」

「待って、みさ。家族を見捨てるって言うの?」

「最初に私を見捨てたのはそっち。二度と顔を見せないから、安心してね」

その後、私は家を出た。半年後、母は私からの経済的支援を失い、姉の治療費と生活費で窮地に陥った。結局、母自身がドナーとなって手術を受けることになり、姉の病気は無事に治った。しかし、年齢的なリスクで軽度ながらも合併症を患い、母自身も継続的な治療が必要になった。

姉は命は助かったものの、ずっと支えにしていた私を失った罪悪感と、母の介護で精神的に参ってしまったようだ。働いたことのない姉では家計を支えるのは難しく、ギリギリの生活で保険や手当てを使い、頑張って生活しているそうだ。あれだけ私に甘えていた姉だから、自立した生活を送るのは相当のストレスだろう。

一方、私はほんの少しだけメイの家でお世話になった。今まで礼遇されていたこともあり、普通の生活というものがよく分かっていなかったが、メイは私に一般家庭がどんなものか教えてくれた。おかげで心の傷を癒すことができた。メイは私にとって友人以上に大切な人だ。家族じゃなくても大切な人がいる。それを教えてくれたメイには感謝している。

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