「3人も愛人がいたってどういうこと?何考えてるの?」
「怒ってるのか?」
「当たり前でしょ。結婚してまだ2年よ。ありえない」
「大丈夫だ。お前は選ばれた女なんだから。あの3人は妻の座を取れなかった。だがお前は制裁のポジションを得たんだぞ」
「それが何?戦いにも参加してないから、勝っても嬉しくないの。プロ野球だって2軍の試合なんて見ないでしょ。注目されるのはいつだって1軍の選手よ」
「じゃあお前は1軍ってことか?しかもエース。すごいじゃないか」
「褒めてるの?貶してるの?」
夫は平然と笑っていた。私にとっては冗談にもならない。
「今後はオープンマリッジでいこう」
「は?」
「夫婦が了承した上で、配偶者以外の人と恋愛したり関係を持つことを認め合うことらしい。YouTuberみたいな真似はやめてくれる?」
「俺はお前が誰と遊ぼうが許すぞ」
「私はそんなことするつもりはない。あなただけを愛すると決めて結婚したの」
「そっか。お前はそれでもいい。だが俺は自由にさせてもらう」
「一方的な思いなら関係は続かないわ」
「なんでだよ。このままでいいじゃないか」
「そんなに女遊びがしたいなら独身でいればいいでしょ。そうすれば慰謝料も請求されずに済むわ」
「お前、俺から金を取る気か?」
「当たり前でしょ。3人の女にも請求するわよ」
「やめろ」
「なんで?むしろ払うのはあんたの方よ」
「なぜだ?俺は離婚したくないと言ってるのに、お前が無理やり別れようとして俺を傷つけてるんだろう?」
「何その理屈。意味不明なんだけど」
「俺は徹底的に戦うからな」
「じゃあ調停になるわね」
「調停でも離婚でもかかってこい」
「じゃあ遠慮なく行かせてもらうわ」
「待て待て待て。一旦落ち着け。お前が正妻として堂々としていればいいじゃないか。お前は奥方のようなものなんだから」
「何時代の話をしてるの?」
「一晩寝れば頭も覚めるだろう」
「あんたが覚ましなさいよ。こっちは頭に血が上ってるのに、無理して冷静に話そうとしてるの。これ以上怒らせないでくれる?」
「アイスとトマトとケーキを食って寝ろ。女がご機嫌になる3大アイテムだ」
「女を舐めすぎでしょ」
数日後、電話が鳴った。相手は私の母だった。
「男の浮気ぐらいで離婚だなんて騒いでないのよ」
「お母さん、なんで知ってるんですか?」
「サトシに相談されたのよ」
「あの人が私の母に泣きついたの?」
「母親に相談するのは当たり前でしょ。あなたも男の浮気くらい許してあげなさいよ」
「1人でも許せないのに3人もいるんですよ。冷静に考えてください」
「息子が愛人を作ったのは、あんたに魅力がないからよ」
「お母さんまであの人の味方をするんですか?同じ女性として理解してくれると思ってました」
「私の夫は18人も女がいたわ」
「それが何の自慢になるんですか?」
「私は18人のハーレムの頂点に立ったのよ。その優越感は素晴らしいものだったわ」
「私には一切理解できない感情です」
「女が家庭をちゃんと守っていれば、男は最後に必ず戻ってくるものよ」
「お父さんと離婚したお母さんが言っても、何の説得力もありません」
「それはあれよ。15番目の女が妊娠して大騒ぎしたから、そいつにくれてやっただけ。結果的に取られたけどね」
「とにかく離婚はやめなさい」
「嫌です。こんな裏切り、許せません。絶対に離婚します」
「心の狭い女ね」
「何と言われようと無理なものは無理です。あの人が不潔すぎて、顔を見るのも嫌なんです」
「あんただって別に綺麗じゃないでしょ」
「他の誰かに触れた手で私を触られると思うだけで鳥肌が止まらないんです」
「汚れてるのはお互い様じゃないの?」
「私は結婚してから一度も裏切ってませんから」
母はため息をついた。
「とにかくサトシは離婚したくないと言ってるの。それでもするなら、あんたが慰謝料を払いなさい」
「なんでですか?私は悪いことなんてしてません」
「離婚したいって言い出した方が払うのよ。そんなことも知らないの?」
「そんな常識は存在しません。知りませんね」
「私だって可愛い嫁を失うことを考えたら、胸が引き裂かれそうに辛いのよ」
「可愛い?誰のことですか?」
「あなたしかいないじゃない」
「こんな状況で味方もしてくれないのに可愛い?」
「そうよ。だから離婚なんかやめましょ」
「嫌です。絶対に別れます」
「じゃあ離婚の慰謝料は私にも払いなさい」
「冗談やめてください。結婚の挨拶の時、私の目を見て『子供にあんたの遺伝子が遺伝するのは勘弁してほしいわね』って笑ったのはお忘れですか?」
「ああ。忘れた」
私は続けた。
「新居に招いて初めて手料理を振る舞ったら、『ザリガニを生で食べた方が美味しいわね』って大口開けて笑ったのは?」
「緊張をほぐそうと思って冗談を言っただけじゃない」
「緊張してる新妻がその冗談で笑うと思いますか?」
「笑うと思ったから言ったけど、笑わなかったからがっかりした」
「そもそもお母さんと私は笑いのツボも考え方も何一つ合いません」
「でも夫婦仲は良かったじゃない?」
「それはサトシが私だけを見てくれていると思っていたからです」
「あなた運転免許持ってる?」
「持ってますけど、何の話ですか?」
「正面だけを見て運転できる?」
「まあ、無理ですね」
「そうよね。右も左も後ろも見ないと安全な運転はできないわ。人間というのはよそ見をするものなの。30過ぎた大人なんだから、それくらい分かるでしょ」
「もういいです。これ以上話しても無駄ですね」
「離婚だけはダメよ。どうしてもするならお金を払って別れなさい」
その日、サトシは実家に帰った。母から一部始終を聞いたのか、彼は電話で叫んだ。
「お母さんに泣きつくなんて何考えてるんだよ?」
「女性のことは女性の先輩である母さんに聞くのが一番だと思ったんだ」
「さすが親子ね。全く同じ思考回路で遺伝の恐ろしさを感じたわ」
「母さんは俺の良き理解者だからな」
「お父さんは18人の女性と浮気してたらしいわね。サトシもお母さんも辛い思いをしてきたのに、どうして同じことができるの?」
「あ、誰が辛いって言った?」
「苦しい思いをしているお母さんを見てきたのよ。辛くないはずがないでしょ」
「綺麗なお姉さんたちに可愛がってもらえたし、俺は全く嫌なことはなかったんだよな」
「家庭環境が悪すぎたのね。ある意味あなたも被害者かもしれない。でもだからと言って許される問題じゃない」
「許さなくていいから黙ってりゃいいじゃん」
「なんで離婚したがらないの?」
「なんか既婚者の方がモテるんだよな。女ってのは徳感というか、人のものに手を出してる罪悪感で燃えるんだって。悪い女たちだよな」
「同意を求めるな」
「左手の指輪に興奮するっていう子もいるんだよ。揃いも揃って悪女だ」
しばらく沈黙があって、サトシは声を潜めた。
「なあ、頼むよ。離婚を考え直してくれないか」
「そこまで言うなら、仕方ないわね」
「本当?」
「家庭環境のせいでこうなったのだとしたら、あなたに責任はない気がしてきた」
「ありがとう。会社に報告するのが一番だるかったんだよ。マジ助かる。サンキュー」
私は笑顔を保ったまま電話を切った。
3ヶ月後、夫の元に内容証明郵便が届いた。
「なんだこれは?不倫の慰謝料請求?」
「そうよ」
「800万って何の数字だよ?」
「4人×200万。まさか探偵に依頼している間に1人増えてるとは思わなかったけどね」
「え?お前、探偵なんかつけてたのか?」
「そうよ。証拠がないと請求できないから。そのために離婚を考え直したふりをしたのよ」
「詐欺だ」
「詐欺の意味を調べてから出直してくれる?」
「ふざけやがって」
「ちなみに4人のバカ女たちにも請求するわ。探偵さんのおかげで全員の住所が特定できたし」
「かわいそうだろ。やめてやれ」
「人の旦那に手を出した人たちが?かわいそう?」
「皆いい女の子たちなんだぞ」
「じゃあ私は何?浮気されても平気な強情なメスゴリラにでも見える?私だって女なの。裏切られれば傷つくわ」
「ごめん」
「やっと謝ったね」
「そうだった。お前はゴリラじゃなくて、女だった」
「今気づいたのかよ」
サトシは首をかしげた。
「でも不思議なのよね。収入も顔も身長も全てが平均値のあなたが、どうしてこんなに持てるのか」
「俺も分からない。でも俺には女を惹きつけるホルモンが絶え間なく放出されてるんだと、2番目の愛人が言ってた」
「フェロモンじゃない?」
「そうとも言う。3番目の愛人が言うには、話してて心地がいいんだって」
「それは分かる気がするけど」
「1番目の愛人はガツガツしてないところが好きなんだって」
「お父さんも金持ちでもイケメンでもなかったけど普通だった。遺伝子ってあるのかもしれないな」
「そんなもの存在しないし、遺伝してるとしたら理性がないところだけだと思う」
「まあ命ってやつだよな。我ながら罪な男だ」
「ただちょっと慰謝料が多すぎるんで減額して」
「無理。1円も負けない。文句があるなら裁判でも何でもして」
「ええ、めんどくせえな」
「離婚の件も弁護士を通してください。ではさようなら」
「おい、金の話がまだだろ」
翌日、今度は義母から電話がかかってきた。
「この強欲な強情メスゴリラ」
「息子さんにLINEを見せてもらったとしか思えない発言ですね。見覚えのある悪口です」
「何が800万よ。払うのはあんたでしょ」
「なんでですか?私は被害者ですよ」
「あの女たちにも請求するなんて、かわいそうだと思わないの?」
「思考回路がお母さんと同じなんですね。さすが親子」
「男の浮気の1つや2つ、笑って許しなさいよ」
「3つや4つはさすがに無理でした」
「河童を見たことある?」
「また始まった。今度は何の話ですか?」
「答えなさい。河童を目撃したことはある?」
「ないですね」
「存在を信じる?」
「いえ、いるわけがないと思ってます」
「それよ」
「は?」
「この世に河童がいないのと同じで、浮気しない男ってのも存在しないのよ」
「お母さんの例え話は毎回極端すぎて理解に苦しむのですが」
「それでも別れると言うなら、離婚すると主張した方が慰謝料を払うのよ」
「すみません。どの国の常識ですか?」
「日本に決まってるじゃない」
「サトシにも言いましたけど、納得がいかないようでしたら裁判でも何でもしてください。受け立ちますので」
「そんなことして損するのはあんたなんだから、さっさとお金を払って終わりにしなさい。500万今すぐよ」
「はーい」
「え、本当?やっと折れたの?」
「はーい。そうよね。最後くらい、立つ鳥跡を濁さず綺麗に割りたいものね」
「素直でよろしい。じゃあよろしく」
「楽しみに待ってます」
数日後、今度はサトシが叫んだ。
「あんたの愛人たちは全員頭がおかしいのか?」
「どうしたの?」
「4人から1人当たり300万の慰謝料請求が来たんだけど」
「へえ、そうなんだ」
「不思議なことに思考回路がお母さんと一緒で驚いてるんだけど」
「俺に言われても分からないな」
「お母さんが先導したとしか思えない」
「そんなわけないでしょ」
「こっちが100万で勘弁してやったのに、その3倍請求してくるって何なの?」
「そうなの。大体、私が彼女たちに何をしたって言うのよ」
「知らないわよ。すっきりしないわね。あんたも絡んでるんでしょ?」
「違うって」
「そもそもどうして私の実家の住所を知ってるの?」
「なんでだろうな」
「あんたが教えたからに決まってるでしょ」
「そんなことするわけないし」
「何が嫌って、実家の住所を知られたことよ」
「何かするってことはないと思うよ。それなりに常識はある子たちだし」
「常識があったら人の旦那に手を出さないのよ」
私は電話を切ろうとした。
「まあまあ、そんなに怒るなよ。大体、母さんが私に慰謝料を要求するのが間違ってるんだけど。なんで?」
「お前は母さんを傷つけたからだろ」
「絶対に違うけど。仮にそうだとしても、愛人たちはどう傷ついたの?」
「慰謝料を請求されて精神的にダメージを受けたから、私に請求してきたってこと?」
「うん」
「はあ。慰謝料請求に対して慰謝料請求するなんて、30年生きてて初めて聞いたわ。弁護士から書類が届くのがどれだけストレスか分かる?」
「少し驚いてるわ」
「何が?」
「大人6人が集まってその結論に至ることがよ」
「さっさと金を払って終わりにしようぜ」
「やだ。この親子、同じことしか言わない。怖い。腹が立つのを通り越して恐怖だわ。無視しよ。もう無理。さようなら」
「おい待てよ。金の話が終わってないぞ」
「さっさと離婚届にサインしなさい。じゃないと調停になるわよ」
「受けて立ってやるぜ」
2年後、見知らぬ番号からの着信があった。
「まだ誰ですか?」
「もう忘れたの?サトシの母よ」
「ああ、そんな人もいましたね」
「調停で離婚が成立してから、挨拶にも来ないなんて。礼儀がなってないわよ」
「お金の話しかされないと思ったので行きませんでした」
「あなた今何してるの?」
「言いたくないです」
「知ってるのよ。再婚したんでしょ?」
「いや、してませんけど」
「なんで隠すのよ」
「隠してないです。仮に本当だとしても、あなたに詰られる筋合いはありませんよね」
「このメス豚が。離婚して2年も経たないうちに再婚ですって。風船より軽い女ね」
「婚姻中に他の女性に手を出した息子さんのことは一度も叱らなかったのに、なぜ私だけが軽さを責められるんでしょうか?」
「他人だからよ」
「他人の再婚に口出ししてる現状をどう思いますか?」
「うるさいわね。いいから早く降りてきなさいよ。今あんたの会社の受付にいるの」
「嘘でしょ?」
「このカウンターに座ってるブスが全然仕事しないから、今怒鳴りつけてやったところよ」
私は仕方なくロビーに降りた。
「なんでここまでするんですか?別に意味はないわ」と義母は言った。
「何かあったんじゃないですか?確かにすごく非常識で変人のクソババアですけど、ここまでするのには理由があるんじゃないかと思って」
「あなた今すごいこと言ったわよ」
「本当は事情があるんですよね」
「や、それが実はね。サトシがあの後、愛人4人を紹介してくれたんだけど、私今そいつらにいびられてるのよ」
私は思わず笑った。
「今笑ったでしょ?」
「失礼。気にせず続けてください」
「ご飯を作らされたり、4人のマンションの部屋を掃除させられたり、人気スイーツの行列に並ばされたり。毎日使われて疲れ果てるのよ」
「普通に断ればいいじゃないですか。お母さんなら言えますよね」
「サトシが気づいたハーレムを私が壊したら、あの子が悲しむと思って、何も言えないの」
「お母さん、その気遣いは間違ってますよ」
「正直に答えてください。お父さんに18人も女性がいて、本当に幸せでしたか?」
「それはねえ。人間というものは男女問わず嫉妬するものです。男性ですら『あいつは俺より稼いでる』とか嫉妬するし、ママ友の子供が自分の子よりいい学校に入ったとか。大抵の人はそういうものに囚われてるのよ」
「確かにそうね」
「本当は悔しかったんじゃないですか?」
「そうよ。嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。でもそれは最初の5人までで、あとはもう諦めるしかなかった。叩いても叩いても湧いてくる虫みたいに浮気相手がうじゃうじゃいたのよ」
「辛かったですよね」
「割り切るしかなかったわ。『私は浮気されても動じない制裁なのよ』って。強がっていれば強くいられたのかもね」
「お母さん、かっこいいです」
「え?ああ、ごめんなさい。もう離婚してるし、お母さんなんて呼んじゃいけないですよね」
「そんなことないわ。好きに呼んで。ただ、私がかっこいいってどういう意味?」
「強がりを貼るのは強くないとできません。自分は正妻なんだってプライドを最後まで守り通したこと、なかなかできることじゃないと思いますよ」
「ふふ。あなたは本当に一言多いのね」
「すみません」
私は少し考えてから言った。
「お母さんが電気屋さんで洗濯機を買ったとします。来週の日曜日に配達と聞いていたのに、いつまで待っても届かなかったらどうします?」
「そんなの怒るに決まってるわ。約束が違うもの」
「そうなんです。不倫は契約違反なんですよ。民法上も不法行為として扱われます」
「そうなの?」
「あなただけを愛するって、結婚式で誓いましたよね」
「そうね。神様の前で『誓います』って言ったわ。でもすぐに浮気されちゃったけどね」
「約束を守らず洗濯機を配達しない電気屋と同じです」
「確かにそうかもしれない。私が間違ってたわ。今更腹が立ってきた。夫にもだけど、息子に対しても」
「理解してくれて嬉しいです」
「結局、慰謝料は払われたの?」
「いいえ。時効が3年なんで、そろそろ裁判しようかと思っていたところでした」
「私、協力するわ」
「え?」
「女のプライドを守る戦いよ。浮気されて泣き寝入りなんてあってはならないの。男と愛人たちに報いを受けさせましょう」
「お母さん、私、いいこと思いついたわ。また連絡しますね」
「何をする気ですか?」
「いいから任せてちょうだい」
2週間後、義母から電話がかかってきた。
「愛人Aに本命の彼氏がいることが分かったわ。結婚間近で、近々ハーレムを抜けるそうよ」
「お母さん、一体どうやって?」
「今までは嫌々あいつらに使われてたけど、従順な下僕のふりをすることにしたの。そうしたらあっさり騙されてくれて、何でも話してくれるようになったわ」
「さすがです」
「探偵を使ったから、あいつらの素性は把握してるのよね。あなたも情報は持ってる?」
「はい。でもここまで詳細までは知らなかったです」
「Bはモデルの卵なんだけど、来週CMのオーディションがあるらしいわ」
「へえ」
「愛人Cは看護師で、委員長の愛人もやってる。委員長は既婚者で有名らしいわ」
「ほお」
「愛人Dはマネーの猿にも出てる女社長なんだけど、近々上場を目指してるらしいの。スキャンダルには敏感な時期よ」
「こんな大物たちが、妻の私が言うのも変ですが、どうしてあんな男に?」
「こういうタイプこそ、お金じゃない部分に価値を見出すのよ」
「なるほど。それにしてもすごいメンツですね」
「まずはハーレムの破壊よ。慰謝料も払わず、のうのうと暮らしてる女たちに、正義の鉄槌を食らわせてやりましょう」
「お母さん、頼もしいです」
その後、私は4人の愛人たちに直接会って話をした。
「私たちは過ちを犯したわ。本当に反省してる。息子可愛さにあなたを傷つけてしまった。今更だけど、償わせてほしいの」
「簡単に許しますとは言えないくらいには傷つきましたけど、お気持ちはありがたく」
「許す必要なんかないわ。これは私の戦いでもあるの。散々浮気して償いもせず逃げた旦那と、本当の意味で決別するための戦いよ」
「あれだけ嫌いだったお母さんが、今では最高に素敵に見えます」
「あなたは昔から一言多いよね」
「すみません」
「よし、早速ハーレムという名の砂の城を踏み潰してやりましょう」
「はい」
1週間後、サトシが電話をかけてきた。
「お前の仕業か?」
「はい」
「俺の元から女たちが去っていった。一気に4人全員だぞ。こんなのおかしいだろ」
「マジか。すごいな」
「お前が何か吹き込んだんだろ。離婚して2年も経つのに、まだ俺に執着すんのかよ」
「私は何もしてないけど」
「嘘つけ。俺が確実に嫌がることをするのはお前しかいないんだよ」
「それがさ、やったのはお母さんなんだよね」
「何を言い出すかと思えば、今度は母さんのせいか。母さんは俺の味方だぞ。裏切るわけがないだろう」
「正確には“味方だった”ってのが正しいかも。つい先日、私の方に味方してくれたから」
「どういう意味だ?」
「ようやく気づいてくれたみたい。浮気される側がどんなに辛いかってことに」
「アホを言うな。母さんは父さんに18人の愛人がいても動じなかった女だぞ」
「それすら間違ってたと、今になって分かったのよ。父さんと離婚してから10年以上経つのに、今更ね。10年だろうと20年だろうと、愛する人に傷つけられたことは忘れられないわ」
「女ってそういう生き物なの?」
「本当は嫉妬で苦しかったそうよ。でも割り切るしかなかったって、本音を教えてくれた」
「だからって、敵対してたお前と手を組むなんてありえない」
「私だって全てを許したわけじゃない。でも、こうして実際に動いてハーレムを破壊してくれた。その点においては信用に値すると思ってるし、心から感謝してるわ」
「でもお前、再婚したらしいじゃん。今更俺のことなんてどうでもいいだろう」
「再婚なんてしてないわよ」
「え?知り合いの知り合いからそう聞いたぞ」
「仕事で結婚式場に出入りすることが多いから、それを見た誰かが誤解して拡散したのかもね。人の噂なんてそんなものよ」
「そうだったのか」
「誰かを好きになって結婚するのが怖いのよ。また裏切られるんじゃないか。浮気しない男なんてこの世にいないんじゃないかって。どうしても疑ってしまうの」
「その通りだ。ようやく悟ったみたいだな」
「それでも、浮気しない人を求めてしまうのよ。それが女なの」
「くだらない。そんなもの叶わぬ願いだ」
「そうかもね。だからせめて、あんたらみたいなゴミからお金を取ってすっきりしたいってこと」
「俺は払わないぞ」
「彼女たちは100万ずつ払ってくれたわ」
「嘘だろ。2年も3年も付き合ってきたのに」
「100万円よりも守りたいものがあったみたいね」
「俺には守るものなんて何もない。女だってまた見つければ済むことだし」
「うん。それはどうかな?」
「どういう意味だよ」
「最近、あなたのお母さんがSNSを始めたのよ」
「それがどうした?」
「初心者だからネットリテラシーが低くて、書いてはいけないことの区別がついてないみたいなの。過去に夫が18人も愛人を作ってたこと、その遺伝子を息子が引き継いだことを赤裸々に書いて、結構人気があるみたい」
「別に個人が特定されるわけじゃないし、そのくらいなら自由に書かせておけ」
「言ったでしょ、ネットリテラシーが低いって。実名はやばいとか、顔は出さない方がいいとか、全く分かってないみたいでさ」
「はあ。まさか俺の顔も名前も出してるのか?」
「フォロワーに指摘されて焦ってたみたいだけど、初心者でしょ。消し方も分からないみたいで」
「嘘だろ?会社の人間に見られたらどうすんだよ。俺は独身で通ってるっていうのに」
「は?離婚したことまだ言ってないの?」
「結婚してる方が警戒心が薄れて女が寄ってくるから。指輪もしてる」
「まさか」
「もちろんだ。これがあるからモテるんだよ」
「ここまで来ると病気ね。一生そうやって女の尻を追いかけて、崖から落ちればいいわ」
「頼む。母さんにSNSを削除するよう言ってくれ」
「自分で言えばいいじゃない」
「それがLINEも既読にならないし、電話も出ないんだ」
「お母さんもあんたに見切りをつけたのね」
「お前なら連絡が取れるだろう」
「いいえ。私も着信拒否されてるみたい」
「なんで?」
「最後のLINEは『私の仕事はこれで終わり。幸せに』それだけだった」
「どういうことだ?」
「実の息子には理解できないかもしれないけど、他人の元嫁の私には理解できる。まさかこんな結末になるなんて、あの頃の私は思いもしなかったわ」
「意味が分からない」
「私に慰謝料を払うまで、お母さんはSNSの投稿をやめないわよ」
「そんなあ……新しい投稿がされてる。なんて書いてある?」
「『浮気する奴は地獄に落ちろ』」
その数時間後、私の口座に200万円が振り込まれた。残りは分割で支払うとのことだった。義母とは連絡が取れない状況なので、SNSの更新を止めるよう呼びかけることもできず、ひたすら更新されていくサトシの黒歴史を眺めるしかなかった。小学生の段階で二股をかけていたとか、高校の頃に親友の彼女を3人も寝取ったとか、最低なエピソードばかりだった。義母はその全てを知っておきながら止めることもせず、自分の息子を正当化してきた自分を罰するかのように、息子の最低エピソードを吐き出し続けた。
サトシは会社での居場所をすっかり失った。好感度ナンバーワン上司の地位から転落し、社員たちの生ゴミを見るような視線に耐えられず、3ヶ月後には会社を辞めたそうだ。SNSでもすっかり有名人になってしまい、飲みに行くこともできなくなった。今は知り合いの印刷会社に就職し、男ばかりの工場で帽子を深く被って働いているらしい。
義母とは今も連絡を取っていない。でもたまにSNSを覗くと、不倫に悩む女性の相談に乗ったりして、楽しそうにやっているみたいだ。
サトシの言う通り、浮気をしない男性なんて少ないのかもしれない。でも、そんな運命の人に出会える奇跡を信じて生きていくのも悪くないかと思って、私は気長に出会いが訪れるのを待ちたいと思う。
