夕方、スマホが震えた。見覚えのない番号。出てみると、声の主は二年前に離婚した元夫だった。「おい、息子の入学式が始まるのに母親が来ないのはどういうことだ」—でも私たちの子供はまだ一歳。混乱しながら「うちの子、赤ちゃんなんですけど」と言うと、彼はこう返した。「あれ?…

夕方、スマホが震えた。見覚えのない番号。出てみると、声の主は二年前に離婚した元夫だった。「おい、息子の入学式が始まるのに母親が来ないのはどういうことだ」—でも私たちの子供はまだ一歳。混乱しながら「うちの子、赤ちゃんなんですけど」と言うと、彼はこう返した。「あれ?...

携帯が震えた。見慣れた番号じゃない。出ると、元夫だった。開口一番、彼は怒鳴った。

「おい、息子の入学式が始まるのに、母親がなぜ来ないんだ!」

「もう離婚したのに、今さら何の用?」

「離婚しても、子供の母親だろうが。今すぐ来い」

「うちの子、まだ一歳ですけど」

「え? あれ? まゆみの方か?」

「真弓の方って何? どういうこと?」

「打ち間違いだ。気にするな」

「久しぶりに連絡してきたかと思えば、入学式って何の話?」

「この際、お前でもいいや。今からA小学校に来れないか?」

「さっきも言ったでしょ。今日は息子の入学式なの。それで、なんで私が行かなきゃいけないのよ」

「勇気に小学生になる子供がいたの?」

「六年前に子供が生まれたってことになるわよね。それ、おかしくない?」

「何がだ」

「だって私と結婚したのは十年前。離婚したのは二年前よ。婚姻中にできたことになるんだけど。俺が不倫してたって言いたいのか?」

「それ以外、考えられないでしょ」

「再婚相手の連れ子だよ」

「なんだ。だったら早くそう言ってよ。紛らわしいわ」

「まあ、そいつとも離婚したんだけどな」

「なのに、入学式に行くの?」

「一応、息子の父親をやってたしな。俺にも懐いてたから、入学式くらいは参加してやろうと思って」

「じゃあ、私じゃなくて、その再婚相手に連絡すればいいじゃない」

「連絡が取れないんだよ。息子も遅れてるし。何やってんだか。やっぱりダメな母親だな」

「急に来られなくなった理由があるのかもしれないでしょ。それか、あなたより先に着いて、中に入ってるのかもよ」

「いなかったら、お前、学校まで来て謝罪しに来いよ」

「なんでそうなるの? まず私、一歳児の育児中だから無理。まだ授乳も昼寝も必要な子で、ぐずっちゃうから、そんな気軽に出かけられないよ」

「お前、再婚したのか?」

「離婚したんだから自由でしょ」

「離婚して、たったの二年だぞ。一歳ってことは……お前も浮気してたな」

「悪いけど、あなたとは最後の三年くらい、ほとんど会話もなかったじゃない。だからって早すぎるでしょ。離婚後に出会った人がすごくいい人で、すぐに子供に恵まれただけ。浮気なんてしてない」

「怪しいが、まあいいか。お前と不毛なやり取りしてたら、もう始まる時間だ。もし来てなかったら、絶対に謝れよ」

「知らないわよ。子供が泣いちゃったから、これで終わりね。もう連絡してこないで」

入学式が終わったあと、中に入ってみたら、元妻も息子もいなかった。

「私に報告する必要ないんだけど。でも心配ね。入学式に来れないなんて、何かあったのかしら」

「いや、俺の方を心配しろよ。ずっと探してたら、教師に声を掛けられてさ。関係者以外はお引き取りください、だとよ。保護者だって言ったのに。おかげで他の奴らから変な目で見られたんだぞ」

「自分のことより、心配すべきことがあるでしょ。あなたって、本当に思いやりのない人ね」

「そんな話をしてるんじゃないんだよ。俺が変な父親だと思われたらどうすんだ?」

「離婚してるなら、どうだっていいじゃない?」

「良くないんだよ。俺たちの子が同じ小学校に通うことになったら、あの教師が担任かもしれないんだぞ」

「はあ。何の話をしてるの?」

「この二年で気づいたんだ。やっぱりお前がいい」

「あのさ、この間も言ったよね。私は再婚して、子供まで産んでるの」

「じゃあ、俺がその子の父親になってやる」

「何言ってるのか、よくわからないわ。お互い嫌になって離婚したのに、なんで戻らなきゃいけないのよ。今の旦那は、あなたみたいな人じゃない」

「お前に何がわかるんだよ。自分のこともまともにできないあなたに、育児なんて高度なことができるわけないでしょ」

「二年前までの俺はそうだったかもしれない。だけど、今の俺は違う。俺は変わったんだ」

「あれだけ何一つやらなかった人が、今さら変わる? 料理や掃除、洗濯などの家事はもちろん、妊活にも非協力的だったじゃない」

「お箸やスプーンは自分で持てるようになったし、お皿だってちゃんと流しに持っていくようになった」

「それ、三歳児でもできるお手伝いなんですけど。当然、洗い物までしてたんでしょうね」

「それは女の仕事だろうが」

「それで離婚するわ。再婚相手の人も、あなたと結婚して苦労したでしょうね。でも、今は離婚したみたいだし。よかったわ、よかった」

「バカにしてるのか? 言っとくけど、バツがついた男ってのは、魅力的らしいぞ」

「バツがついた数イコール、結婚に失敗した数よ。それの何が自慢になるの?」

「離婚してから二年経っても、俺の魅力がわからないとはな」

「今は幸せよ。そのうち、今の旦那もお前に愛想を尽かすぞ」

「ご心配なく。あなたと違って、家事も育児も協力的なの。家事全般をやってくれるし、子供の面倒まで見てくれるのよ」

「女の腐ったようなやつだな。その旦那、かわいそうだわ」

「そういう古い考え方を持ってない、素敵な人よ。おかげで、あなたといた頃よりすごく幸せ」

「はあ、当て付けか」

「そんなんじゃないけど、あなたには感謝してるの。私と離婚してくれなければ、今の旦那にも会えなかった。私と離婚してくれて、ありがとう。それじゃあね」

三十分後、スマホが再び震えた。今度は夫の啓一からだった。

「おい、真弓。返信がないけど、何かあった?」

「何もないわよ。元夫から連絡が来てただけ」

「え? 大丈夫? 何の連絡だったの?」

「うん、なんかね、息子の入学式に母親として来てくれって。意味不明な話だったわ」

「はあ? そいつ、俺の妻に何かって言ってるのか?」

「もちろん、ちゃんと断ったわよ。なんか、また再婚してくれって迫られて、少し怖かったな」

「話に聞いてた通り、本当に自分勝手なやつだな。だから離婚したんだな」

「まさか再婚を迫られるとは思わなかったけどね」

「心配だ。これから、一人で行動するのは控えよう。出かける時は、車で送るよ」

「ありがとう、啓一」

「お互い、念を入れよう。なんか嫌な予感がするんだ」

翌日、また電話が鳴った。番号を見て、ため息が出た。

「おい、真弓。なんで入学式に来なかったんだ?」

「ごめん、車で向かってたんだけど、行く途中で事故に遭って」

「え? 事故? 何やってんだよ。これだから運転が下手なやつは」

「私のせいじゃないわよ。赤信号で止まってたら、後ろからぶつかられちゃったの。ちゃんと学校には連絡しておいたから」

「俺はずっと待ってたんだぞ。なんで俺には連絡しなかったんだよ」

「着信は何度か入れたけど、出なかったんでしょ。ああ、金融会社の迷惑電話がうるさいから、着信音を消してたんだったわ」

「それより、子供のことは心配じゃないわけ?」

「逆だ。俺を入学式で一人にしたことを、二人で謝罪しに来るのが筋ってもんだろ」

「私は来なくていいって言ったよね。離婚しても父親だから行くって言い張ったのは誰?」

「父親がいた方が喜ぶと思ったんだよ」

「だったら、まず養育費を払ってくれる? あの子は勇気の子でもあるんだからね」

「子供一人育てるのに、金なんていらないだろうが。どうせ男でも作って、ほったらかしにしてるんだろ」

「彼氏なんていないし、作るつもりもないわよ。勝手に決めつけないでくれる?」

「そうやって気が強いから、俺に捨てられるんだ」

「やっぱり真弓の方が、何倍もいい女だったな」

「真弓って、前の奥さんよね。あなたに絡まれて、かわいそうだわ」

「お前に真弓の何がわかるんだよ」

「今ならわかる。勇気との結婚は、地獄でしかなかったって」

「お願いだから、もう誰とも付き合わないで」

「関係ないでしょ。ほっといて」

三日後、またメッセージが届いた。

「真弓、今日、空いてるか?」

「あなたのために空ける時間はありません」

「そんな冷たいこと言うなよ。一緒にどこか遊びに行こうぜ。もちろん、お前の子供も連れてきていいぞ」

「教育に悪いので、やめておきます」

「この間、お前に言われたことを振り返って、反省したんだ。悪いところは全部直すから、俺とやり直してほしい」

「幸せだって言ってるのに、なんでそうなるの?」

「俺には、お前が無理してるようにしか見えないんだよ」

「自分だけ不幸だからって、決めつけないで」

「頼むよ、真弓。本当に愛してるんだ」

「もうやめて。本当に気持ち悪い。ブロックするわ」

一週間後、スーパーの帰り道、啓一が車の中で言った。

「真弓、お会計終わった? 車の中、涼しくしといたよ」

「ありがとう。次はドラッグストアに行ってもいい? オムツも買っておきたいの」

「いいよ。じゃあ、駐車場で待ってるね」

車を走らせながら、真弓が少し迷ったように言った。

「悪いんだけど、店の前まで来てもらってもいいかな? 元夫に似た人が、ずっとこっちを見てて」

「え? ストーカーってこと?」

「多分、ここ数日で何度か見かけたから、間違いないと思う。今日は帰ろうか」

「いや、オムツは絶対に買いたいの」

「わかった。店の目の前まで車をつけるから、すぐに買ってきて」

「うん、わかった」

二時間後、家でくつろいでいたら、また電話がかかってきた。今度は、勇気だった。

「今日、俺のこと尾行してたでしょう」

「なんでそう思うんだよ」

「スーパーとドラッグストアで、似た人を見たの」

「ああ、俺もたまたま行ったんだよ。偶然だな。運命かも」

「ふざけないで」

「でも、やっと話せたな。お前がブロックするから、神様が引き合わせたんだよ」

「やっぱり朝からつけてたのね。いい年して、気持ち悪いことしないでよ」

「怒るなら神様に怒れ。てか、オムツとかお尻拭きとか、買いすぎだろう。金遣いの荒い女は捨てられるぞ。まあ、その時は俺が拾ってやるけど」

「ブロックするわ。次に現れたら、通報するから」

「たまたま会っただけじゃ、逮捕されねえよ。それに、ブロックしたら、俺、おかしくなって、お前の子供に何をするか、わからないな」

「何それ? 脅し?」

「仲良くしようぜってことだよ。まずは飯でもどう?」

「わかった。ブロックはしないけど、ご飯は無理」

「まあ、俺も焦りすぎたかもな。ゆっくり愛を取り戻していこうぜ」

三日後、買い物に出かけようとしたら、勇気が家の前に立っていた。

「また出かけてんのか。車は旦那の運転か。旦那に運転させて、帰るとか。いい御身分だな」

「いい加減にして。あなたのせいで、買い物に行くだけで夫に迷惑をかけるはめになってるのよ」

「たまたまだって言ってるだろ」

「遠くのスーパーに変えたのに、なんで一緒になるのよ」

「お前んちの近くにアパートを借りたから、出かける時は俺んちの前を通るんだよ」

「信じられない。仕事もせず、昼間から何してるの?」

「今は充電中ってやつ。ちゃんと働いて、面倒を見てやるから、心配すんなって」

「今から警察に行くわ。ストーカーされてるって、警察に相談するから」

「ストーカーって、大げさだなあ」

「本当に怖いし、困ってるの。実害は出てるわ」

「お前と一緒にいたいだけなのに、なんで警察に行くんだよ。自分のことを客観的に見れば、よくわかるはずだよ。お願い。もう連絡してこないで」

「照れるなって」

「あの夫が、話したいって言ってるんだけど」

「俺も話したかったんだよ。人のもの奪っておいて、挨拶もないからな。わかった。じゃあ、連絡させる」

五分後、啓一のスマホに、勇気からメッセージが届いた。

「真弓の夫、啓一です。これ以上、真弓に付きまとわないでください」

「何だお前? 正義のヒーロー気取りか?」

「メッセージだけなら、生返事をしようと思いましたが、付きまとい行為に関しては、警察に相談します」

「はあ? 俺を犯罪者にしようってのか? そうはいかないぞ。俺は最初の夫だから、お前より偉いんだよ」

「そんなものに優劣は付けようがないでしょう。とにかく、このことは警察に相談します。あなたと真弓のやり取りも証拠になりますので、これ以上メッセージを送らない方が、あなたのためかと」

「やってみろ。居場所を確認してるだけなのに、犯罪になるわけねえだろ」

「わかりました。では、今から警察に行きます」

翌日、真弓のスマホに、勇気からの着信が入った。泣きそうな声だった。

「真弓、助けてくれ」

「今さら何よ」

「元嫁にストーカー扱いされて、捕まりそうなんだよ。居場所を確認してただけなのに。警察から警告を受けてさ。次やったら、禁止命令ってやつが発令されるらしいんだ。こんなの、理不尽だよな」

「なんでそんなことになってるのか知らないけど、警察から警告を受けるって、よっぽどでしょ。それだけのことを自分がしたってことでしょ」

「俺は無罪だ。息子の父親が犯罪者とか、嫌だろ」

「いや、もう離婚してるから、関係ないし。悪いことしたなら、ちゃんと償ったら」

「ちょっと様子を見に行っただけなのに。ストーカーって勝手に騒がれる、こっちの身にもなれよ」

「真弓さんが嫌だと感じたら、それはもうストーカーなの。悪いけど、私は味方しないわよ」

「頼みがあるんだ。お前と会ってたことにしてくれないか」

「ありなし工作ってこと?」

「人聞きの悪い。嘘も方便って言うじゃん」

「嘘の使い方を間違ってるわよ」

「とにかく、そういうことにしといてくれよ。そしたら、元嫁の勘違いってことで終わるからさ」

「嫌よ。私は協力しないからね」

「協力しないなら、こっちにも考えがある。お前、実家にいるんだろう」

「なんでそれを知ってるのよ。まさか、私のこともストーカーしてたの?」

「だから、ストーカーじゃねえって言ってるだろう。元妻たちの様子を見に行くことが、そんなに悪いことか」

「普通は見に行かないのよ」

「とにかく、俺に協力してくれないなら、お前の実家に行って、息子を連れ去ってやる」

「は? あの子は関係ないでしょ」

「お前と引き離されたら、泣くだろうな。かわいそうに」

「最低ね」

「だったら、俺の味方をしろ」

「わかった。お願いだから、あの子には何もしないで」

「最初からそう言え」

後日、真弓のLINEに、知らない女性からメッセージが届いた。

「突然すみません。私、勇気の元妻の真実と申します。真弓さんでお間違いないですか?」

「勇気の……? どうして私のLINEを?」

「全てお話しします。あれは二年前。結婚したばかりで、私が育児に奮闘していた時、勇気は私に興味を示さなくなりました。もしかしたら不倫してるんじゃないかと思って、いけないと思いつつ、勇気の携帯をこっそり見たんです。結局、不倫はしてなかったんですけど、そこにあなたの連絡先があったんですね」

「はい、その通りです。会話の流れから、あなたが前の奥さんだってわかりました。このことは、勇気は知りません」

「そうでしたか。それで、何のようでしょうか?」

「単刀直入に言います。逃げてください。勇気は、息子が通う小学校の周辺を見張ってるみたいで、不審者情報として、保護者同士で共有されてるんです。あなたたち家族に、何をするかわかりません。どうか、何か起こる前に逃げてください」

「そのために、わざわざ連絡してくれたんですか? ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。警察にも相談して、本人に警告が行ったと思うので、知ってます」

「でも、全く反省していません。真弓さんと、身近な人の身の安全も確保してください」

「それは、命の危険があるということですか?」

「わかりません。ただ、あの人はおかしくなってます。あなたを尾行した日に、一緒にいたことにしろって」

「え? あなたは、大丈夫なんですか?」

「今のところは大丈夫ですが、ありなし工作に協力しないと、私の息子を連れ去るって」

「なんて卑怯な」

「勇気の実の息子ですが、親権は私にあるのに」

「ああ、お子さんと勇気は、血のつながった親子なんですか?」

「そうですけど、私には連れ子だと言ってたんですけど、紛れもなく勇気の子供です」

「なんてひどい嘘。ということは、あなたは勇気の不倫相手だったんですね」

「私と出会った頃は、離婚したばかりだって言ってました」

「お子さんが、今六歳なんですよね。今年七歳になると、計算が合いません」

「え? どういうことですか?」

「いつ頃、勇気と出会って、妊娠して、出産したか、お聞きしてもいいですか?」

「勇気と出会ったのは八年前です。その三ヶ月後に妊娠が判明して、出産したのが七年前です」

「結婚しようとは思わなかったんですか?」

「本当はすぐにでも結婚したかったけど、借金があるから、私に負担をかけたくないって。だから、完済するまで待っててくれって、待ってたんです」

「そうでしたか。……何か問題が。八年前だとすると、まだ私たちは離婚してません」

「え? 私に嘘をついてたってこと?」

「おそらく」

「信じられない。真弓さん、ごめんなさい。私、知らなかったんです。知ってたら、絶対に付き合いませんでした。本当にごめんなさい」

「過ぎたことは仕方ないです。それより、彼をどうにかしないと」

「でも、どうしたら。私たち、手を組みませんか?」

「え? どうするんですか?」

「私たちは被害者です。この苦しみを、勇気に、そして世間に知らしめましょう」

一週間後、勇気から、焦ったような電話がかかってきた。

「真弓、警察に相談したこと、取り消してくれよ」

「被害届けを取り下げるってこと? とにかく、なかったことにしてくれ」

「ストーカーに関しては、被害届けじゃなくて相談よ。記録に残るものだから、なかったことにはできないわ」

「あのな、あの日、俺は元嫁と息子と一緒にいたんだよ。お前なんかに構ってる暇はなかったの」

「何言ってるの? あの日、丸一日、私に付きまとってたよね。LINEでやり取りもしておいて、嘘だとは言わせないわよ」

「それ、お前の妄想だから。俺のLINEには、お前とのやり取りは残ってないけど」

「削除したんでしょ?」

「違うわ。お前、頭、大丈夫か? 病院に行った方がいいぞ」

「本気で言ってるなら、あなたが病院に行った方がいいわよ。だって、ちゃんとスクショしてあるもの。他にも証拠はあるのよ。店員さんによる、買い物客に見えない不審者情報。旦那の車のドライブレコーダーにも、尾行してるあなたが映ってる。言い逃れはできないわ」

「壮大で過激な妄想だな。警告を受けてわかってると思うけど、次やったら禁止命令。これを破ったら、今度は逮捕されるからね」

「勝手にしろ。俺は絶対にやってない。その日はアリバイがある。元嫁も証言してくれる。俺はストーカーなんかじゃない」

「そう思うなら、勝手にそう思ってればいいわよ。少なくとも、私と真実さんは、そう思ってないから」

「は? なんでお前が、真実の名前を知ってるんだよ」

「どうでもいいでしょ。それより、私にいくつか嘘をついてるよね」

「何の嘘だよ」

「あなた、本当は不倫してたでしょう」

「不倫してないけど」

「真実さんから、直接聞いたわよ。お子さん、本当は連れ子じゃなくて、あなたの子供だよね」

「俺の子なわけがないだろう。本当に頭、大丈夫か?」

「じゃあ、DNA鑑定でもする? 真実さんと連絡を取ってるから、頼んでみるわ」

「あっ」

「婚姻中に、あなたが真実さんと付き合ってた時のやり取り。お子さんが生まれた時、あなたが出した認知届。全部、揃えてもらえるけど」

「真実のやつ、余計な真似をしやがって」

「これで、よくわかったわよ」

「何がだよ」

「何かと必要な書類を揃える時、やたら私に戸籍謄本を取らせようとしなかった? そうだっけ? そうよ。そりゃそうよね。だって、戸籍謄本を見られたら、子供がいるのがバレちゃうもんね」

「ああ、そうだよ。お前と結婚してた時、真実とは内縁の関係だったんだよ。でも、不倫したのには、お前にも原因がある」

「はい?」

「女としての努力を怠った、お前が悪いんだ」

「仕事に家事。あなたのお世話に、さらに妊活。確かに、あの頃の私はボロボロだったかもしれない。でも、あなたならどんな私も受け入れてくれると思ってた」

「甘えんなよ。真実も、息子を産んだら女を捨ててたけどな。女ってのは、本当に根性がないんだよ」

「女を捨てたんじゃなくて、母親になったんだよ。子供のために頑張る妻を見て、何とも思わなかったの?」

「めっちゃ女を捨ててんな、としか。ボサボサの髪に、すっぴんは笑うだろ」

「そっか。そうなるくらい、真実さんは一人でも頑張ってきたんだね。あなたにはもったいないくらい、素敵な人」

「女を捨てた者同士、お前ら仲良くなれそうだな」

「そうね。おかげで、とっても仲良くなれたわ。あなたを追究するために」

「今さら、何を追究するんだよ」

「あなたに慰謝料を請求します。私からは、不貞行為をされたことによる慰謝料、三百万円。もちろん、真実さんからも、貞操権を侵害されたことによる慰謝料、二百万円」

「ふざけんな。もう時効だろ」

「残念だけど、慰謝料請求は、不法行為から二十年以内、かつ事実を知ってから三年以内であれば可能なの。だから、私も真実さんも、あなたに請求できるんだよ」

「ふざけんな。そんなの不当請求だろ。俺は絶対に払わないからな」

「そしたら、差し押さえてもらうから、大丈夫。素直に払った方が、あなたのためね」

「ちっ、払えばいいんだろ。払えば、この金の問題も終わりだな」

「あともう一つ、忠告しておくね」

「まだ何かあるのかよ」

「あなた、子供を利用して真実さんを脅したんだってね。そのことを、警察に相談したそうよ。だから、あなたはもう逃げられないね」

「は? 真実が? ふざけんなよ。俺のことを守らないばかりか、裏切りやがって。こんなの名誉毀損だ。訴えてやる」

「訴えても、あなたが真実さんに勝てる要素は、一つもないわよ」

「なんで、あの女の肩を持つんだよ。不倫相手だぞ。俺には慰謝料請求しといて、真実には何もしないって。そりゃ、不公平だろうが」

「あなたが真実さんに独身だって騙してたからよ。既婚者であることを知らなかったのは、仕方ないし。聞けば、家事も育児も全く手伝わないらしいじゃない。そんなの聞いたら、味方するしかないでしょ。私には、真実さんの気持ちも苦労もわかる。だから、味方することにしたの」

「これだから女は嫌なんだ。共通の敵を見つけたからって、結束しやがって。そんな女の元で育てられる息子がかわいそうだ。息子は俺が育てる」

「残念だけど、育児してきたっていう実績はないでしょ。なら、親権は間違いなく真実さんになるね」

「俺の子なのに。そんなの納得できるか?」

「結婚した過去があるからって、子供と血が繋がってたって、父親としての資質がなければ、誰も味方してくれないわ。さようなら。あなたが変わらない限り、あなたはずっと一人よ。もう二度と、私たちに関わってこないでね」

「待って。真弓。俺を一人にしないでくれ。二度と結婚せず、子供なんか作らないように」

その後も、勇気は真弓と真実に付きまとい続けた。禁止命令を受けるも、また付きまとい、今度こそ禁止命令違反罪で捕まった。罰金五十万円の判決を受け、渋々支払ったものの、それでも必要なストーカー行為をやめなかったため、今度は懲役二年という実刑判決となった。

どうしてここまで執着するのか。その答えは、裁判所にて明らかにされた。

「自分のことを見ていてほしかった。誰も俺のことを見てくれない」

どこまでも自己中な人だ。

満期を迎えて出所した後の勇気は、実家からは勘当され、帰る家もなくなったそうだ。噂になり、地元にいられなくなった勇気は、遠くの町へ引っ越していった。日雇いで雇ってくれる工場に就職するものの、前科持ちであることがバレ、冷遇されているそうだ。無視されたり、仕事のミスをなすりつけられたり。他に働ける場所もないため、耐えて働いているようだが、いつまで持つだろうか。

真実さんは、知らなかったとはいえ、幸せを壊したのは事実だからと、自分から百万円の慰謝料を支払ってくれた。私はいいと言ったのだが、払うと言って聞かなかったので、いただくことにした。いただいたお金は、子供の将来のために貯蓄しようと思う。

大変そうではあるが、勇気といた頃はワンオペだった真実さん。今は実家の助けを借り、お子さんと暮らして、幸せそうだ。私は以前のような平和な日常を取り戻した。勇気との頃には得られなかった、幸せな家庭。それを今は、啓一と子供と築いている。

今度こそ、人並みの幸せを手に入れた私。この平穏な日々が、これからも続きますように。

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