「ねえ、あんた浮気してるでしょう。」
「はあ? いきなり何言ってんだよ。」
「言い逃れできると思わない方がいいわよ。証拠は全部揃ってるんだから。データで送ってあげようか。」
数分後。スマホに送られてきたのは、彼の不倫相手とのやり取りをまとめた詳細な記録だった。ホテルの予約、デートの日時、プレゼントの履歴。何ひとつ抜けがない。
「なんだよこれ。ストーカーかよ。気持ち悪いな。」
「気持ち悪いのはどっちよ。なんでこんなことしたの?」
「ああ、もううるせえな。お前のそういうところが嫌いなんだよ。ちまちま細かいし口うるせえし。女ってより母親みたいでさ、一緒にいて楽しくねえのよ。分かる?」
「なら浮気しないでさっさと離婚すればよかったでしょ。都合のいい女を手放したくなかっただけじゃないの?」
「ああ、まあ前は家事はできたしな。でもそれも愛想が尽きたわ。さっさと離婚しようぜ。」
「まさかこのままするっと離婚できると思ってるの? そっちが有責なんだから、しっかり慰謝料請求させてもらいますからね。財産分与もそうだし、今住んでる家や家具だってそう。決めなきゃいけないことは山積みなのよ。離婚届を一枚出せば済む話だと思わないでよね。」
「めんどくせえな。これなら結婚しねえ方が良かったわ。マジ失敗した。」
数日後、彼の元に弁護士が作成した合意書が届いた。不倫の慰謝料として彼と不倫相手の双方にそれぞれ120万円。夫婦共有の口座はないため、貯金はそのまま妻が受け取る。生命保険は解約し、解約金40万円は妻が引っ越し費用を含めて受け取る。今の家は彼が住み続け、家具も丸ごと譲る。光熱費の契約は今月末で切るので自分で契約すること。慰謝料は月3万円の分割払いで、遅れないこと。
「はいはい、弁護士から来た書類で知ってるっつうの。マジで口うるせえな。」
翌月末。元妻からのメッセージが届いた。
「ねえ、慰謝料の振り込みはまだされてないんだけど。今日が振込日だからね。振り込まないなら弁護士にも相談するわよ。」
翌日。
「既読もつかないって何なの? まさかブロックした? 分かってたけど、本当に最低ね。」
数分後、元妻は友人であり彼の祖母代わりでもあるたまきさんに連絡を入れた。
「たまきさん、ご報告が遅くなってしまってすみません。先月、げ太さんとの離婚が成立しました。」
「そうだったの。心配してたのよ。教えてくれてありがとう。」
「あのバカ、連絡がつかなくてね。」
「え、たまきさんもですか? 職場に連絡したんだけど、先月末で退職しててね。家も引っ越してるし、逃げられたよ。」
「まなほちゃんに何か迷惑かけてないだろうね?」
「慰謝料が振り込まれていないんです。3万円の40回払いの予定だったんですけど。」
「はあ、あのバカ、どこまでまなほちゃんをバカにすれば気が済むんだ。」
「ごめんなさい。たまきさんを巻き込む話じゃないんですけど、他に連絡できる人もいなくて。」
「げ太の両親は早くにいなくなってるからね。親代わりの私に連絡してくるのは当然よ。ひとまず、その慰謝料は私に肩代わりさせてくれない? あのバカの居場所も徹底的に調べ上げて、必ず突き止めるわ。」
「いえ、たまきさんにこれ以上迷惑はかけられません。あのバカが慰謝料を踏み倒す可能性なんて、考えれば分かることだったのに。最後の最後に情が出て、分割払いに応じてしまったんです。全部、私の心が甘かったせいというか、自業自得というか……」
「そんなことない。まなほちゃんに落ち度なんてないわ。」
「たまきさん、慰謝料の肩代わりも何もいらないです。代わりに、今まで通り私と仲良くしてくださいませんか? 私、本当にたまきさんが大好きだから。本当のおばあちゃんみたいに、これからもやり取りできたら、それ以外何もいらないです。」
「もう、まなほちゃんはいい子すぎるよ。そんなの頼まれなくたって当然じゃないか。まなほちゃんは私の自慢の孫娘だよ。」
三年後、月曜日。
「お前さ、マジでどういうつもりなんだよ。そんなに俺が好きか?」
三年ぶりに連絡をしてきた元夫、げ太からのメッセージは、いきなりそんな内容だった。
「三年ぶりに連絡してきたと思ったら、頭でも打った? 届けんなよ。」
「離婚してからお前、毎日俺の家に来てるだろ。復縁したきゃ素直に言えよ。未練たらたらじゃん。」
「そもそも私、日本に住んでないけど。」
「あ、いや、そっちが何言ってんだよ。」
「マジだけど。一年前からアメリカに住んでるし。」
「フリーのライターがアメリカなんか行く用事ねえだろ。とにかく、復縁したいなら考えてやらないこともないから。ストーカーはさすがにやめにしろ。分かったな。次の金曜日、八時に俺の家に来て話し合いするぞ。」
「毎日ストーカーしてる相手なら、今日でも明日でもいいんじゃないの?」
「うるせえな。俺にだって予定があるんだよ。」
「あっそ。どうでもいいけど。それまで家の周りをうろうろするんじゃねえぞ。」
数分後、まなほはたまきさんにLINEを送った。
「たまきさん、あの、ちょっとこれ見てくれますか? げ太とのやり取りなんですけど。」
数分後。
「はあ、なんだこれ? まなほちゃんがストーカー? ついに現実と妄想の区別がつかなくなったのかしら。」
「私もちょっと何言ってるか分からなくて。」
「ああ、でも、これ、もしかして私のブロックも解除されてる可能性ない? ちょっとLINEしてみるわ。」
数分後、たまきさんからげ太に連絡が通った。
「あんた、三年ぶりに連絡が通じるようになったと思ったら、まなほちゃんがストーカー? バカも休み休みに言いなさいよ。」
「ばあちゃん、まだまなほと繋がってんの? じゃあまなほに変なことしないように注意してくれよ。ストーカーの件はマジだから。俺が引っ越した後、すぐに毎日手紙が入るようになったんだよ。内容も、俺の体を心配したり、ずっとそばにいるからみたいなポエミーなやつばっかりだし。しばらくしてからは、結婚したいとか、愛してるって、未練たらたらじゃん。思ってさ。」
「あのげ太が見てる妄想の話かしら。それとも、最近流行ってるギャルゲーか何か?」
「ばあちゃんからギャルゲーなんて単語聞きたくねえ。つうかマジでガチだから。まなほに証拠として突きつけてやろうと思って、手紙は全部ダンボールにまとめてあるんだよ。写真送ってやろうか。」
数分後、送られてきたのは、ぎっしりと手紙の詰まったダンボール箱の写真だった。
「これを取っておいてる事実にもドン引きなんですけど。」
「ええ、何これ? 気持ち悪い。」
「だからまなほ、未練たらたらなの。三年もストーカーしてきてさ。ま、俺も他に付き合ってるやついねえし。まなほがそこまで言うなら、付き合ってやろうと思って連絡してやったんだよ。」
「いや、本当に百パーセントありえないから。まなほちゃんはアメリカに引っ越して、日本にいないのよ。もし仮にストーカーをしていた時期があったとしても、一年前からアメリカに住んでるのよ。」
「あのさ、嘘つくならもっとマシな嘘つけよ。まなほとばあちゃん、仲良かったもんな。どうせグルなんだろ。騙そうたってそうはならねえから。金曜日の八時に約束してっから、嘘だと思うならばあちゃんも来ればいい。俺の住所送っといてやるからさ。」
数分後、まなほは同僚の高田さんに連絡をした。
「高田さん、こんばんは。今ちょっと大丈夫ですか?」
「はい。どうしました?」
「煮物を作りすぎてしまって、よかったら明日会社でもらってくれませんか? タッパーに詰めていこうかと。」
「わあ、嬉しいです。ありがとうございます。一人身なんで、煮物とか家庭的な料理はマジで助かります。」
「そういえば、飲み会で離婚してから外食ばっかりみたいな話してましたもんね。」
「え、うわ、恥ずい。俺、ベラベラ喋って痛いやつっすね。」
「そんなことないですよ。私なんて結婚したことないですし。高田さん、いい人だし、相手なんていくらでもいるでしょう。あ、てか、聞いてくださいよ。マジで元嫁のストーカーがありえなくて、もう我慢できねえから、直接行ってやることにしたんすよ。」
「え、元奥さんとお話されるんですか? ストーカーが元奥さんって特定できたとか?」
「特定するまでもないっすよ。あいつ、俺にベタ惚れなんで、未練たらたらなだけっすよ。だって毎日手紙入れたり、俺が出したゴミ袋の中身とか見てんすよ。マジありえないっすよ。」
「なんでゴミ袋の中身を見てると思ったんです?」
「手紙に書いてあるんすよ。『もっと食生活に気をつけないとダメですよ』とか『野菜もいっぱい食べてくださいね』とか。あいつ、結婚してる時から母親みたいなところがあったし。」
「その元奥さんとは、いつお会いするんですか? あ、言いたくなかったら大丈夫です。ちょっと心配で。」
「次の金曜日の夜っす。それまで俺の家の周りはうろつくなって言っておきました。飲み会続くから家に帰るの遅くなるだけっすけど。高田さんに話聞いてもらえて、ちょっとすっきりしましたわ。明日楽しみにしてますね。」
同時刻、たまきさんはまなほに言った。
「げ太に話を聞いてみたんだけど、本気でまなほちゃんをストーカーだと思い込んでるみたい。」
「ええ、毎日手紙がポストに入ってて、それをダンボールに保存してるとか。意味が分からないわ。証拠がどうのこうのって言ってたけど、手元に置いておくの嫌すぎない?」
「げ太って、世の女性はうっすら自分のことが好きだと思ってるところがありまして。」
「何それ? 自意識過剰すぎない?」
「ええ。よく自慢してましたよ。会社の後輩に俺のこと狙ってる子がいるとか、個別で相談してくる後輩は俺のことが気になってるとか。」
「何それ? ねえ、なんでげ太なんかと結婚しちゃったの? どんなトキメキがあったの?」
「うん。今思えばですよ、今思えば。それぞれ知り合いに誘われて登山サークルみたいなのに参加してたんですよ。私は登山初めてだったけど、げ太は何回か登ったことがあったみたいで。私、ペース配分間違えて疲れて、一人で休んでたんです。そしたらげ太が、お茶の入った水筒を差し出してきて、『全部飲んでいいっすよ』って笑って隣に座ってくれたんです。あの時のげ太がめちゃくちゃかっこよく見えて、それで登山しながら色々話してるうちに、なんか好きかもみたいな。」
「ああ、登山マジックですね。」
「ああ、分かるわ。山ってとんでもない恋愛のスパイスよね。私もじいさんと付き合ってた時は盲目だったもの。懐かしい。懐かしいと共に黒歴史だわ。墓まで持っていくわよ。」
「冗談でもそんなこと言わないでください。まだまだ長生きしてもらわないと。」
「そうね。人類のギネス記録を目指していかないと。」
「あの、ちなみにギネスって何歳くらいですか? 人類史上最も長く生きた人は、フランスのジャンヌ・カルマンさんで122歳。」
「つまり、私は高田125歳で新記録更新ね。やるわよ。なんたって、私、昨年からプールも通い始めたし。」
「ああ、そうそう。そんなことより、げ太のボケナスだったわね。金曜日って言ったって、そんな都合よく帰国予定もないでしょ。」
「それが、ちょうどあるんですよ。たまきさんに今朝連絡しようと思ってたのに、げ太のせいで予定が狂っちゃって。」
「そうなの?」
「そうなんです。昨日、急遽決まりまして。三日後の木曜日なので、ぎりぎり間に合っちゃうんですよ。ほら、たまきさんと話してた計画、そろそろだから。」
「ああ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ。あら、じゃあ、まとめて話が進んで、むしろラッキーね。ボケナスげ太。今に見てなさいよ。」
金曜日。げ太の家のドアを、誰かが激しく叩いていた。
「おい、さっきから家のドアをガンガン叩くのをやめろ! 警察呼ぶぞ!」
ドアスコープを覗くと、そこに立っていたのは見知らぬ女だった。げ太が叫ぶ。
「おい! ドアスコープ見たの? それ、私じゃないわよ。本当のストーカーだから。」
「はあ? は? 嘘だろ? なんでお前、今どこにいるんだよ?」
「あんたの家の近くのファミレス。家じゃなくてここに呼び出そうと思ってたの。毎日ストーカーが来てる状態で、元嫁の私が行ったら絶対まずいことになるでしょ。案の定だったわね。っていうか、ストーカーって結局誰だったの? ドアスコープ見れば顔分かったでしょ?」
「ちょっ、げ太! 大丈夫!? げ太!」
同時刻、ドアの前の女が楽しそうに語りかけていた。
「やっと私に気がついてくれたのね。三年間、ずっとずっとずっと、あなただけを見てきたのよ。それなのに、私のことを元嫁と勘違いするなんてひどい。だから、あなたの運命の人は私だって教えに来たの。開けて。入れて。早くしてよ。なんで入れてくれないの? 手紙、大事に取っといてくれたんでしょ? 知ってるのよ。ねえ、私の作った煮物、美味しいって食べてくれたよね。私と結婚したら毎日作ってあげる。もうコンビニでご飯なんて買わなくて済むのよ。それに、他に彼女なんて作らなくていいから。ねえ、開けて。これからは私が彼女に、うん、奥さんになってあげるから。結婚しましょう、げ太さん。」
数分後、げ太はまなほに電話をかけていた。
「まなほ、頼む。助けてくれ。俺、このままじゃ高田さんにやられる。近くにいるんだろ。」
「警察は呼んだの?」
「通報したよ。そしたら『痴話喧嘩で通報するな』って切られたんだ。なんなんだよ。マジで。税金泥棒どもめ。まなほからも通報が入れば、きっと対応してくれるから、頼む。」
「どうにかして欲しいなら、以下の内容に合意して。一、滞納している慰謝料を延滞金含めて一括で支払うこと。二、振り込み後、二度と接触・連絡をしないこと。どうする?」
「なんでだよ。お前だって、まだ俺に未練があるんだろ。俺、お前と別れたこと後悔してたんだよ。お前と別れてから悪いことばっかりだ。不倫相手とは結局別れたし、他の女とは続かないし。」
「あんたが原因ってのもあるんだろうけど、単純にストーカーが妨害してたんじゃない?」
同時刻。ドアの前の女はさらに声を大きくした。
「ほら、早く開けてくれないと騒ぎになっちゃうよ。げ太さんって、照れ屋さんなのね。前の彼女には優しくしてたのに。ああ、げ太さんの彼女なんて、みんな遊びだったもんね。だって、私が雇った別れさせ屋に、あっさり靡くんだもん。げ太さんのことを本気で好きなのは、私だけよ。ほら、早く開けて。美味しい夜ご飯、作ってあげるから。」
同時刻。まなほがたまきさんに連絡を入れた。
「げ太、既読つかないし、電話も出てくれなくて。もしかしたらストーカーと何かあったかも。」
「あら、じゃあ作戦Bね。たまきばあちゃん、動きます。」
一時間後、たまきさんから連絡が入った。
「げ太のストーカーさん、回収したわよ。」
「本当ですか? よかった。警察は呼びましたか?」
「いいえ。警察にすぐ頼るよりも、一度話を聞いた方がいいと思って、後輩に頼んで、私が働いてる会社の会議室に移動して話を聞いてるところ。ストーカーの名前は高田さん。げ太が離婚後に転職した会社の同僚で、一目惚れして、それですぐにストーカーし始めたって自白したの。」
「うわ。自白した内容をまとめて、弁護士と警察、どっちに相談するべきか考えるわ。」
「ちなみに、げ太たちの会社の役員さんとは繋がってるし、全部報告しておくから安心してね。」
「本当にありがとうございます。そしたら、私は一度帰宅させてもらいますね。」
「ええ、お帰り。ちょうど帰国したばっかりで疲れたでしょう。ゆっくり休みなさい。」
数時間後。
「高田さんは、とりあえず家に返したけど、話し合いが終わるまでは接近しないように言ってあるし、しばらくは安心していいわよ。」
「ばあちゃん、マジで何者なんだよ、なんなんだよ。」
「別に。私、八十歳のベテランで、現役バリバリで働いてるだけだけど。あんたは私に興味ないから知らなかったんだろうけど、こう見えて顔も広いし。二人を回収してくれた後輩たちは、私の部署の子たちよ。SNSで顔出し広報活動もしてて、ちょっとは有名よ。検索してごらん。」
「たまきばあちゃんのSNS日報ってやつ、知らねえよ。なんなんだよ、くそ。」
「まあ、あんたのストーカーは片付いた。本番はここからよ。」
「どういう意味だよ。」
「三年間、踏み倒しまくったまなほちゃんへの慰謝料。きっちり支払いなさい。踏み倒してることも会社に連絡済み。逃さないからね。」
「はあ? なんてことしてくれてんだよ。」
「社長さん、すごく怒ってたわよ。社長も、娘さんが浮気が原因で離婚になって、慰謝料と養育費で随分揉めたそうだから、支払わないなら、あんたの給料から天引きしてもいいって言ってたよ。」
「なんでババアにここまでされなきゃならねえんだよ。まなほ出せ! あいつら無視しやがって!」
「私が返さなくていいって言ったんだよ。まなほちゃんはね、一年ぶりに帰国して疲れてるんだ。旦那さんも仕事の忙しい人だから、久しぶりに夫婦水入らずでゆっくりできるっていうのに、こんなことに巻き込んじゃって、逆に申し訳ないよ。」
「は? 旦那? 嘘だろ? なんだよそれ。再婚したのか? 俺以外のやつと。」
「何、当たり前のこと言ってんだい? このボケナスは。結婚してた時も、残業って嘘ついて飲み会三昧。まなほちゃんがインフルエンザになったら、自分はホテル泊。あんたの悪業は、全部私にも届いてるんだ。不倫までされて、離婚しない選択肢を取っていたまなほちゃんが、我慢しすぎてたんだよ。早くに親をなくしたあんたを甘やかしすぎた、私の責任だ。」
「慰謝料の支払いが遅れていたって聞いた時からね。三年後に徴収しようって言ったのは、私なんだよ。」
「なんでだよ。」
「忘れた頃に追徴金を請求される方が、あんたにはきついだろうと思ってね。それに、延滞金も上乗せで請求できる。合意書にも延滞金の記載は載ってるよ。一ヶ月延滞で一万円の上乗せ。三十六ヶ月分だから三十六万円。当初の百二十万円にプラスして、百五十六万円なりよ。」
「ふざけてんのか。そんな金、誰が払うかよ。」
「書面に残ってるから、口約束じゃないし、諦めてくれる? 逃げたとしても、人脈を駆使すれば、げ太がどこで働いてるか、社員さんとお近づきになることだって難しくないし。私が、あんたの会社の役員さんと仲良くなったのは、げ太がまなほちゃんと離婚して行方をくらませた半年後。まさか、全部計画してたってのかよ。」
「気色悪すぎだろ、このババア。」
「褒め言葉として受け取っておくわ。バカ孫が散々まなほちゃんに迷惑をかけた時にね、決心したんだよ。『おいらが行くしかねえな』ってね。」
「何言ってるか意味わかんねえよ。とにかく、まなほと話をさせてくれ。頼む。」
「もうそのチャンスはない。あんたにできることは、まなほちゃんに慰謝料を払って、二度と近づかないこと。幸せを邪魔しないこと。あんたみたいな大バカ野郎は、一人で寂しく生きていきな。それか、高田さんとくっつけば? やべえやつ同士、その方がお似合いかもね。」
一週間後、まなほはたまきさんに連絡をした。
「なんとか、まなほちゃんが日本にいる間に片付きそうだよ。げ太は、会社からの正式な処分として、慰謝料と延滞金を給料から強制的に天引きされることになったわ。高田さんは、ストーカー被害を起こしたことで、今は自宅謹慎中だけど、近く退職することになるんじゃないかって話よ。」
「本当に、何もかもありがとうございます。全部、たまきさんのおかげです。夫も感激してましたよ。なんて頼りになる素敵な人だろうって。」
「照れるわ。まなほちゃんも、あと一週間で帰るでしょ。箱根日帰り旅行が、日本で一緒に過ごせる最後の時間だし、楽しみにしてるわね。」
日帰り旅行の日。まなほのスマホに、げ太からLINEが入った。
「まなほ、助けてくれ。」
「何? LINEしない約束でしょ?」
「そんなこと言ってられねえんだよ。高田さん、自宅謹慎中なのに、昨日の夜から俺の家の周りをうろうろするようになったんだよ。夜中、なんか窓の外が光ったと思ったら、あいつ、スマホのライトで俺の部屋の窓を照らしてんだよ。目があったら、にやっと笑って。マジ怖えんだって。警察には、今朝電話したし、自白した音声まで聞かせたよ。なのに、『障害事件になるほどじゃない』とか言って、相手にされねえ。あいつらマジでどうかしてんだろう。俺に何かあったら、どうしてくれるんだ?」
「そうかもしれないけど、私にはどうにもできないわよ。」
「もう、まなほしか頼れる人がいないんだよ。俺とやり直してくれ。誰と再婚したのか知らねえけど、最初にまなほと結婚したのは俺じゃん。俺のこと、見捨てないでくれよ。」
「見捨てたのは、そっちが先でしょ。助ける義理なんてない。」
「そんな、そんな冷たいこと言うなよ。元夫婦だろ。」
「壊したのはあなた。もう夫婦じゃない。『何が離婚してから毎日俺の家に来るよ』って、本当に私が家に来てると思ってたわけ? 馬鹿馬鹿しいでしょ。なんで自分が好かれてると思ってんのか、理解に苦しむわ。未練たらたらな男は、こちらから願い下げです。二度と連絡してこないで。」
その後。あれから一ヶ月。高田さんは結局自主退職することになった。さすがに会社も問題視して、厳重注意をしてくれたらしい。それでもげ太へのストーカー行為は止まらなかったようで、げ太は精神を病んで退職。出戻る実家もないため、一時的にたまきさんが預かり、働き先を紹介。積み込みで働ける旅館の経理として、細々と働きながら慰謝料を返済している。高田さんは、たまきさんの会社にまで突撃してきたため、威力業務妨害で逮捕。げ太との接触禁止や、破った際の罰金が言い渡されることになった。
私は現在、アメリカに戻り、夫と平和に暮らしている。今度、たまきさんが人生で初めての長期休暇を取って、アメリカに遊びに来てくれる。観光案内するために、あれこれ計画を立てているところだ。もちろん、アメリカでの休暇の様子も「たまきばあちゃんのSNS日報USA」で投稿予定なので、楽しみにしていてほしい。
