一瞬の静寂が、病室に重く漂った。点滴の音だけが聞こえる中、姉の震える手が私を掴んだ。「ねぇ姉さん、カズさんには連絡した?」その質問に首を振った瞬間、彼女の目から涙が溢れ、「違うの。姉さん、お願い、助けて」と絞り出すような声が響いた。あの日、たまたま両親と家でくつろいでいる時に電話が鳴らなければ、私はもう二度と妹に会えなかったかもしれない。結婚して1年、彼女からの連絡は素っ気ないメールだけ。「…

一瞬の静寂が、病室に重く漂った。点滴の音だけが聞こえる中、姉の震える手が私を掴んだ。「ねぇ姉さん、カズさんには連絡した?」その質問に首を振った瞬間、彼女の目から涙が溢れ、「違うの。姉さん、お願い、助けて」と絞り出すような声が響いた。あの日、たまたま両親と家でくつろいでいる時に電話が鳴らなければ、私はもう二度と妹に会えなかったかもしれない。結婚して1年、彼女からの連絡は素っ気ないメールだけ。「...

「姉さん、お願い。助けて」

その電話の声は、電話越しに伝わる緊迫した医師の口調で始まった。私は姉のリナ・ハマダ。31歳の独身で、28歳で司法試験に合格し、29歳から弁護士として働いている。両親の家で気ままに暮らしながら、法律事務所に通う毎日。仕事は充実していて、今の生活に不満はなかった。

兄のリョウタは二つ年上で、近くのワンルームに住んでいる。真面目な性格で、私が困っているといつも駆けつけて話を聞いてくれる。妹のサワは6歳年下で、とても優しくて、私が仕事で忙しいときには健康的なお弁当まで作ってくれた。私たちは仲の良い家族で、みんなが私の宝物だった。

妹は結婚して実家を出た。彼女の幸せな結婚は嬉しかったけれど、同時に寂しさも感じた。車で20分ほどの距離に住んでいるのに、結婚してからはなかなか会えなくなっていた。夫のカズさんは30歳で、妹より5歳年上。両親に挨拶に来たとき、穏やかで物静かな印象を受けた。仕事熱心で結果を出しているとも聞いていた。

結婚式で初めてカズさんの両親に会った。緊張したけれど、初対面なのに親切で、結婚を心から喜んでいた。妹を大事にすると約束してくれた。妹も「みんな優しい人たちで、一緒に暮らしていけると思った」と話していた。それを聞いて、私たち家族は安心して彼女を送り出せた。

しかし、その安心は長く続かなかった。

妹とは以前は些細なことでも頻繁に連絡を取り合っていたのに、結婚後はそれが激減した。電話すれば出はするが、声は明るいのに会話は必要最低限のことしか話さない。私からかけることはあっても、彼女からかかってくることはまったくなくなった。メールのやり取りも、よそよそしくて、まるで他人みたいだった。

「新婚生活で忙しいだけかな」

嫌な予感がして、不安でたまらなかった。兄に相談すると、兄は笑いながら「シスコンだな」と言った。「妹は永遠に子供じゃないんだぞ」と。でも、何かあれば手を貸すと言ってくれた。私と妹は昔から本当に仲が良かったから、関係が変わるのは仕方ないのかもしれないと、自分に言い聞かせた。

それでも、不自然な態度に違和感は消えず、直接電話して確かめることにした。妹は「パートを始めて忙しかった」と説明した。体を壊さないようにと言うと、「心配しすぎだよ」と笑い飛ばされた。夫も義父母も優しくて、楽しい毎日を送っていると言う。何かあったら必ず連絡するように言って、電話を切った。

両親にも確認してみたが、妹からの連絡は短い返信だけだった。長い話もなく、ただの形式的なやり取り。私が心配しすぎているのだろうか。言葉にできない不安を抱えたまま、日々を過ごした。

結婚して1年が経つ頃には、実家に帰ってくる回数も激減していた。心配になって、久しぶりに会おうと連絡を試みたが、つながらなかった。そして、その直後に信じられない出来事が起きた。

ある日、仕事が休みで両親と家でくつろいでいると、家の電話が突然鳴った。受話器を取ると、妹が緊急搬送されたという知らせだった。あまりの衝撃に、信じられないまま家を飛び出した。両親を連れて車に乗り込み、病院へ向かった。

病院に着くと、妹はベッドに横たわっていた。げっそりと痩せて、点滴がつながれ、完全に疲れ果てた様子だった。よく見ると、あちこちに青あざや切り傷がある。交通事故ではなさそうで、転んで頭を打ったようだった。それにしても、あれだけ痩せているのは明らかにおかしい。

医師に話を聞くと、極度の栄養失調だと告げられた。妹は太りにくい体質で、ダイエットをしたこともなかった。「そんなに忙しくて、食事もできなかったのか」としか考えられなかった。どうして、こんなに優しい妹がこんな目に遭わなければならないのか。何かおかしいと気づいていたのに、行動に移さなかった自分を責めた。

目を閉じた妹に何度も謝り、泣きながら目が覚めるのを待った。

しばらくして、妹が目を薄く開けて、私と視線が合った。何があったのか尋ねると、彼女は激しく泣き崩れた。急に倒れて怖かったのだろうと思い、手を握って深呼吸するように言った。背中をさすり、水を渡した。少し落ち着いた様子で、少しずつ話し始めた。

しかし、突然、彼女は息を呑み、慌てて尋ねてきた。

「ね、姉さん、カズさんには連絡した?」

「あ、ごめん」

「心配で誰にも連絡してなかったの。今すぐ電話するね」

そう言って立ち上がろうとしたが、妹は苦しそうな顔で私を止めた。

「違うの。姉さん、お願い、助けて」

その必死な様子に、何か深刻なことが起きていると感じた。両親も交えて、話を聞くことにした。

妹は涙ながらに、ゆっくりと全てを語った。

その話があまりにも恐ろしくて、私たちは言葉を失った。両親も涙し、早く気づけなかったことを詫びた。私も助けられなかった深い後悔と、内側から湧き上がる激しい怒りを感じた。拳を握りしめ、爪が手のひらに食い込むほどだった。

それでも妹を安心させるため、無理に笑顔を作り、優しく話した。

「もう大丈夫よ。後は任せて。何も心配しなくていいから、ここで待っていて」

そう言って、私は病室を飛び出した。

「お話があります。時間はありますか」

妹の夫にメッセージを送ってから、返事が来るまで3日かかった。日時と場所を決め、兄にも連絡した。兄には全て話してあるので、協力してくれることになっていた。その頃には妹も少し回復し、顔色も良くなっていた。安心して事を進められる。

当日、私たちはカズさんの両親の家に向かった。リビングに通されると、両親は何事もなかったかのように、どうして来たのかと尋ねてきた。私はあの不気味な仮面を剥がしてやるつもりだった。

怒りを抑え、笑顔で挨拶した。

「妹に伝えたいことがあるんですが、最近連絡がつかなくて。ここにいますか」

カズさんは間抜けな笑みを浮かべ、パートに行っているから、帰ってきたら電話するように伝えると言った。すぐにバレる嘘をつくとは。真実を伝えることにした。

「パートですか? おかしいですね。今、私たちと一緒にいますから」

その言葉を聞いた瞬間、カズさんと両親は急に慌てふためき、言い訳を並べ始めた。なんて人たちだ。妹がこんな人たちと一緒に暮らしていたのかと思うと、怒りが再燃した。しかし、平静を装って問い続けた。

「私たちは全て知っています」

そう言っても、三人は知らないと白を切り続けた。目の前で、妹から聞いた話を語り始めた。

結婚後、妹は義家族に召使のように使われ、人権がないかのような生活を強要されていた。義母からは早く子供を作れと迫られ、できないことを責められた。家事は全て妹の仕事で、三人は何もしないのに、少し休もうものなら叱責され、時には暴力まで振るわれた。言葉の暴力だけではなく、実際に暴行されていて、病院にあった青あざはそのせいだった。さらに、逃げられないように家に閉じ込め、買い物に行くときも誰かが付き添って監視していた。日ごとにエスカレートしていった。

外とつながる唯一のスマートフォンも、義母に常にチェックされていた。私との電話も盗聴されていた。メールの返信が素っ気なかったのは、義母がチェックして返信していたからだった。つまり、助けを求める手段が完全になかったのだ。そして、食事も徐々に減らされ、「子供も産めない嫁に食う資格はない」と言われ、おにぎり一つだけしか与えられなかった。

そんな過酷な日々を送っていたが、ある日、三人は家族旅行に出かけた。その時、妹は逃げないように部屋に閉じ込められていた。チャンスはこれしかないと思い、妹は窓ガラスを割って部屋から脱出した。しかし、お金も電話も移動手段もなく、近くの交番に向かって歩いた。だが、食事が足りずに弱りきった体は力が入らず、路上でふらついて倒れてしまった。

幸運なことに、通りかかった車が倒れている妹に気づき、救急車を呼んでくれた。意識が朦朧とする中、妹は必死に実家の電話番号を伝えた。最後まで諦めなかった妹のおかげで、私たちは再会できたのだ。

話を終えて、三人の顔を見つめた。しかし、彼らは反省の色を見せず、知らないふりを続けていた。

「そんな馬鹿げたことが起きるはずがない」

「そ、そうだそうだ」

「彼女が子供を産めないことを苦にしていただけだ」

「彼女の行動も少しおかしかったしね」

反省の欠片もなく、妹が間違っていると主張した。それを見て、我慢の限界だった。立ち上がり、手を上げた。二人は恐怖で怯えたが、隣にいた兄が私を制した。何とか踏みとどまった。

深呼吸して冷静さを取り戻し、証拠を見せた。妹のスマートフォンだ。そこには、彼らの暴言と暴力の録音が保存されていた。義母がスマホを取り上げても、妹は返ってきたときにこっそり記録していた。義母は機械に疎くて気づかなかったらしい。弁護士という職業柄、不審なことは記録するように妹に言っていたのも良かった。

音声を再生すると、カズさんは信じられないことを言い放った。

「こんな証拠を残しやがって……言っておくが、離婚はしないぞ」

「そうよ、誇張してるだけよ」

「私たちはただ、しつけをしていただけでしょう」

彼らは繰り返される暴力と虐待を「しつけ」と呼んでいた。自分たちの行動を正当化しようとしている。妹は全て自分のせいにされ、普通の生活も送れず、ただ耐え続けていたんだ。気づけなかった自分が情けない。

一息ついて、バッジを襟に付けて話した。

「私は弁護士です。この件は私が担当します。ちなみに、隣にいる兄は警察官です」

その言葉を聞いた瞬間、彼らの攻撃的な態度は一変し、慌てふためき始めた。暴行や監禁など、重大な犯罪に当たると説明すると、三人の顔は青ざめ、見るからに震え始めた。

そんな反応を無視して、冷静に続けた。

「彼女の代理人として、損害賠償を請求します」

彼らは涙声で首を振り、お金がないと懇願した。

「これは重大な犯罪です。支払えないのであれば、社会的な制裁を受けることになります」

観念したカズさんは唇を噛み、離婚と損害賠償に同意した。二度と妹に近づかないという書面にも署名させた。

記入済みの離婚届を見て、結婚式での二人の幸せそうな姿を思い出した。結婚当初は幸せだったに違いない。何がきっかけでこんなことになってしまったのか。可能なら、彼らには自分の過ちを反省し、罪を償ってほしいと思った。

しかし、妹は怖い思い出が蘇るから、二度と三人に会いたくないと言う。この離婚と示談で、彼らが自分の非を認めてくれることを願うばかりだ。

妹の荷物を引き取り、彼らに近づくことを禁止した。兄が警察官であることを再度伝え、約束を破ったらすぐにでも対処すると警告した。

最後にカズさんが「せめて謝罪の連絡をさせてほしい」と言い出したが、もちろん承諾できるはずもなく、伝言を預かると伝えた。カズさんは「こんなことになるつもりはなかった」と泣き始めた。後悔の言葉を涙ながらに話したが、妹の心の傷はそう簡単に消えるものではない。どんな理由があろうと、妹を傷つけ虐待した事実は変わらない。その涙を見ても、私は彼らを許せなかった。

その後、記入済みの離婚届を妹に渡した。妹は震える手で、すぐに署名した。

離婚が成立すると、妹は精神的に安定し、徐々に明るさを取り戻していった。退院後は実家に戻り、私たち家族四人での生活が再開した。妹のいつもの明るい姿を再び見ることができて、心の底から安心した。無事に帰ってきてくれて、本当によかった。

しばらくして、妹は働けるまでに回復し、結婚前と同じように生活できるようになった。カズさんたちは「払えない」と言っていたが、結局、賠償金は全額支払われた。妹は賠償金を受け取り、涙ながらに何度もお礼を言った。「少しでも恩返しがしたい」と言って、今度は家族五人での旅行を計画している。

本当に優しくて愛おしい妹だ。

カズさんたちは、何かを察した近所の人々から冷たい視線を受けるようになり、肩身の狭い思いをしていたらしい。妹が逃げる時に割った窓ガラスを誰かが見ていたのかもしれない。離婚が成立してしばらくして、カズさんが一度だけ私に相談してきたことがあった。私は「間違ったのはあなたたちだから、受け入れて反省の日々を過ごしなさい」と伝えた。

それ以来、彼らから連絡はない。その後、引っ越したらしい。近所の冷たい視線に耐えられず、誰も知らない場所へ移ったのだろう。今どこで何をしているのかは知らないが、自分たちの行動で誰かを傷つけたことを理解し、反省の日々を送ってほしいと願うばかりだ。

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