「息子の家に入るなら、入場料を払いなさい」—…

「息子の家に入るなら、入場料を払いなさい」—...

家を建てたあと、母を新居に招んだ。ところが、到着してすぐに義母が玄関で立ちはだかり、こう言った。「息子の家だから、入るなら入場料を払いなさい」と。義母は母が中に入るためには入場料が必要だと言い放った。しかし、義母はまもなく、衝撃の真実を知ることになる。

私は青山リノ、三十歳。一年前、夫の悠吾と結婚した。悠吾とは同じ大学の同級生だったが、当時は特に親しい間柄ではなく、顔見知り程度だった。二年ほど前、大学時代の共通の友人が結婚し、その結婚式で再会した。大学時代はあまり話したことがなかったのに、再会した私たちは旧友のように自然に会話が弾んだ。意気投合し、なぜ大学時代に友達にならなかったのかと不思議に思うほどだった。

それから私たちは頻繁に会うようになり、仕事の愚痴や悩みを共有し合った。しばらくして、悠吾から告白され、付き合い始めた。順調に交際を続け、友人たちが次々と結婚していく中で、私たちも結婚の話をし始めた。実は、私は若いうちに結婚したいと強く願っていた。理由は、少しでも早く母を安心させたかったからだ。

父は私が幼い頃に交通事故で亡くなった。それ以来、母は女手ひとつで私を育ててくれた。近くに頼れる親戚もなく、母の苦労は並大抵のものではなかったはずだ。それでも母は、私に不自由を感じさせないよう必死に働いた。父を亡くした悲しみに暮れる私を、忙しい中でも休みの日にはあちこち連れ出してくれた。

父が早くに亡くなったため、私は父の記憶をほとんど持っていない。友達が父親と過ごす姿を見て、羨ましく思ったことも何度もあった。それでも、母のおかげで私は不自由なく幸せに育った。本当に母には感謝しているし、少しでも早く恩返しをしたいと思っていた。たまに旅行に連れて行くこともあったが、やはり結婚して安心させてあげるのが一番だと思った。母は決して急かすことはないが、私が結婚して子どもを産むことを楽しみにしてくれていた。

だからこそ、私は早く結婚したいと強く願った。悠吾は私の家庭事情を理解し、母のことをすごい人だと褒めてくれた。そして、交際一年が経った時、彼は私にプロポーズしてくれた。これからは二人で母を幸せにしよう、と。本当に嬉しかった。

私たちはすぐにお互いの両親に挨拶に行くことにした。悠吾は何度か私の母に会ったことがあった。母はいつも通りに遊びに来たのだと思っていたため、私たちの報告に驚いていた。目のに涙を浮かべて、今まで見たことがないほど嬉しそうだった。その顔を見て、二人で苦労した日々を思い出し、私は胸が熱くなった。悠吾はそんな私たちを優しく見守っていた。

数日後、いよいよ悠吾の両親に会いに行く日がやってきた。彼の両親に会うのは初めてだった。悠吾に家族のことを聞いても、彼はあまり詳しく話してくれなかった。仲が悪いという感じではなかったが、どんな人たちなのか想像ができなかった。それでも、悠吾の両親ならきっといい人たちに違いないと思っていた。

手に手土産を持ち、緊張しながら悠吾の隣に立ってドアが開くのを待った。そして、最初に玄関に出迎えてくれたのは悠吾の父だった。とても穏やかな笑顔で、その笑顔だけで温かい人だと感じた。家の中へ通されたが、玄関には悠吾の母の姿はなかった。台所にいるのかと思いきや、リビングへ行くと、彼女はソファに座っていて、私たちの方を一度も見ようとしなかった。悠吾が声をかけると、彼女は嬉しそうに抱きついたが、私には一切目をくれなかった。まるで私の存在など無視しているかのようだった。

慌てて私が挨拶をしても、義母はろくに返事もしなかった。その日は深く考えないようにして、時間をかけて仲良くなれればいいと思った。帰り道、私は悠吾に彼の母のことを尋ねた。彼は少し躊躇した様子だったが、母親は過保護なところがあると教えてくれた。それを聞いて、義母の態度の理由がわかった気がした。愛する一人息子が結婚するのが面白くないのだろう。ただ、彼はあれはただの拗ねているだけだと断言し、すぐに元に戻ると言った。私は彼の言葉を信じ、その日のことを気にしないことにした。

その後、式は無事に執り行われ、悠吾と私は夫婦になった。夢だった家を建てるために、まずは私が住んでいたアパートで二人の生活を始めた。しかし、義母の態度はその後も一切変わらなかった。普通に話してくれるようになったが、時々言葉に棘を感じることもあった。彼女は相変わらず悠吾を甘やかし、何かと理由をつけては家にやって来た。そして、悠吾の好物を作って持ってきたりするのだ。

その頻度に驚かされた。私たちは交際中、お互い仕事が忙しくて平日はほとんど会っていなかった。だから、悠吾の母がこんなに頻繁に会いに来ていたとは知らなかった。夫はおっとりした性格なので、母親が頻繁に来ることを何とも思っていないようだった。多分、私が不快に思っていることにも気づいていないだろう。息子に会いたいという気持ちはわからなくもないが、狭いアパートに義母が頻繁に来るのは正直辛かった。

さらに、義母はしばしば我が家について文句を言った。「ここ、なんとなく落ち着かないわね」「家具のセンスもあまり良くないみたいだし」と、義母は常に皮肉を言い、私を嘲笑った。頻繁な訪問については文句の一つも言いたかったが、私は耐えていた。しかし、私を侮辱されると黙っているわけにはいかない。仕事で疲れて帰ってきているのに、そんな話を聞かされるのは耐え難かった。

それに、義母は夫のいない時を見計らって皮肉を言う。だから、夫は私がひどい扱いを受けていることに気づいていない。何度か彼に相談しようと思ったこともあった。だが、おっとりした夫が事態を収拾してくれるとは思えなかった。そうして耐えている間にも、義母はとうとう私の母を悪く言い始めた。「ねえ、あなたって料理があまり上手くないわね」「片親に育てられたから、まともな食事を食べたことがないんでしょうね」と、断りもなく私の作った料理を味見しておいて、そんなことを言うのだ。

その言葉に怒りが込み上げてきた。確かに私は片親に育てられたが、母はいつも美味しい料理を作ってくれた。一度も不自由な食事をしたことはない。黙っているわけにはいかないと思い、私は言い返した。「母の悪口を言うのはやめてください」と強く言うと、義母は私の顔を見てケラケラと笑い出した。「やっぱりまともな親に育てられていないとそうなるのね。うちの息子も結婚相手を間違えたみたい。哀れだわ」と言って、義母はその場を立ち去った。私はしばらくその場に立ち尽くし、怒りで震えが止まらなかった。

そして、私は夫に相談する決意をした。「あなたのお母さんのことについて話したいの」と時間をもらい、今まで言われたことを全て話した。夫は彼女がそんなことを言っていたとは想像していなかったようで、驚いていた。彼に厳しく注意してほしかったが、返ってきた答えは予想外だった。「まあ、そのうち言わなくなるんじゃないかな」

私が明らかに怒っているのに、彼はそんなことを軽い口調で言った。私は肩を落とし、最後の頼みの綱が頼りないことを思い知った。この件は自分で何とかするしかないと悟った。そして、できるだけ早く一軒家に引っ越すことを決めた。義母と夫の関係が変わらないなら、離れて暮らすしかないと思った。家が広ければ、義母が突然来ても逃げ込む場所ができる。それに、家が広ければ、自分の母も遊びに来られる。

義母が夫に会いに来る時は、いつも我が家は狭いと言い、母を呼んでくれなかった。もし母がいたら、義母は好き放題私の悪口を言えないだろう。そう考えて、私は家を建てることにした。もっとゆっくり貯金してからと思っていたが、待っている余裕はないとすぐに動き始めた。考えなければならないことは多いし、大変だったが、長年の夢である家を建てられると思うと気持ちは高揚した。

そして、私たちは夢のマイホームを建築することができた。引っ越しの荷物が片付いた週末、母を新居に招くことにした。念願の新居を見せたかったし、夫もそれに賛成してくれた。当日、約束の時間より早くインターホンが鳴った。少し早いなと思いつつ、母が楽しみにして早く来たのかもしれないと、慌てて玄関に駆け寄った。しかし、そこに立っていたのは意外な人物だった。義母が、作り笑いを浮かべて立っていたのだ。

突然の訪問者に驚き、私は固まってしまった。義母は私を無視してずかずかと家の中に入ろうとした。「お、お義母さん、急にどうしたんですか?」と慌てて呼び止めると、義母は「急に?」「ここは息子の家だから、私がいつ来ようが自由でしょ」と、「息子の家」という言葉を殊更強調した言い方で放った。何と答えようか迷っているうちに、義母はさっさと家の中へ上がり込んだ。夫は驚きもせず、嬉しそうに彼女を部屋の中へ案内していた。義母の反応はアパートに来た時とは全く違い、家の中を見て回りながら喜んでいた。「まあ、本当に素敵なお家ね。私も嬉しいわ」と、義母は満足そうに夫に囁いた。

呆然と二人を見ていると、再びインターホンが鳴った。今度は母に違いないと思い、慌ててモニターを確認した。画面越しに、母が少し緊張した面持ちで立っているのが見えた。呼びかけて家に入れようとすると、後ろから義母がモニターに顔を寄せてきた。「リノ、どうしてあなたの母が来るの?」と、夫に話す時とは全く違う、冷たく鋭い声で睨みつけられた。「今日、母を招待しているんです」と答え、すぐに玄関へ迎えに行った。ドアを開けると、母が嬉しそうな笑顔で立っていた。「母さん、来てくれてありがとう」と声をかけた。家を建てる間、母にはいろいろ相談していたので、新居を見せられるのが本当に嬉しかった。母は、私の夢が叶って良かったねと優しく言ってくれた。

そんなふうに話していると、後ろからドスドスと重い足音が近づいてきた。「あら、お久しぶりね」義母はそう言いながら近づき、母を頭の先からつま先まで品定めするように見て、ニヤリと笑った。「せっかく来てもらったけど…申し訳ないけれど、中に入れられないのよ。何しろ、ここは息子の家だから」と、義母はとんでもないことを平然と言い放った。母も私もその意味が理解できず、呆気に取られた。すぐに私は言い返した。「お義母さん、ここは私と悠吾さんの家です。そんな言い方はやめてください」すると義母は私を見て嘲笑した。「片親で育ててもらえないような家に、見せてあげたかっただけよ」と、また母を侮辱し始めた。

母はうつむいてしまい、表情が見えない。「もう十分です。母を悪く言うのはやめていただけませんか」私は黙っていられず、声を荒げてしまった。騒ぎに気づいた夫が、リビングから玄関に走ってきた。「いいわ。入って良いわよ。ただし、ここは悠吾の家だから、先に入場料を払ってちょうだい」という義母の言葉を聞いて、今まで溜め込んでいたものが全て溢れ出した。「そうですか。それなら、お義母さんが自分で払ってください」そう言うと、義母は鋭い目つきで私を睨んだ。「どうして私が払わなきゃならないの?この家は私の息子のお金で建てたんでしょ」と義母が声を荒げると、私は落ち着いて真実を告げた。

「何をおっしゃっているんですか?ここは私と母が建てた家です」そう私が言うと、義母の目が驚きに見開かれた。実は、この家は私の貯金と母からの資金で建てたのだ。義母には伝えていなかったので、彼女はずっと夫の金で建てたものと思い込んでいた。「そ、そんなはずはない。悠吾、この人の言うことを黙って聞いているの?」義母は夫に詰め寄ったが、夫はただ青ざめた顔で固まっていた。これは全て話す絶好の機会だと思った。「悠吾さんはこの家の建築費を一円も払っていません。だから、入場料を払うべきなのはお義母さんの方です」

そう言っても、義母は信じず、嘘だ、と叫んだ。「何を言ってるの?悠吾は一流企業に勤めているのよ。あんたみたいな人間が、そんな立派な家を建てられるわけがない」と。義母の言葉に、私は夫に真実を話すよう促した。「実は…その会社、ずっと前に辞めてるんだ」その告白を聞いて、義母は驚きのあまり、一瞬よろめいた。実のところ、夫は以前一流企業に勤めていた。だが、私たちが付き合い始めてすぐに、上司に叱られたことをきっかけに衝動的に辞めてしまった。当時は私も驚いたが、彼を信じて支え続けた。しかし、その後はなかなか定職に就けず、派遣社員として働き始めたが、契約を更新してもらえず、辞めざるを得ない状況が続いていた。母を心配させたくないという理由から、夫は自分の母にはこのことをひた隠しにしていた。彼の母は、息子が一流企業に勤めていることを誇りに思っていたのかもしれない。

真実を聞かされ、義母は肩を落としてがっかりした様子だった。しかし、すぐに顔を上げ、再び私に怒鳴り始めた。「事情はわかったわ。でも、あんたとあんたの母にそんなお金があるわけがない」と、また馬鹿にした口調で言い放った。「あんな母親が何ができるっていうのよ?それに、専業主婦のあんたにいい仕事なんて務まるわけないでしょ」私は怒りを通り越して、この状況でそんなことをよく言えるものだと呆れてしまった。「母は長い間会社を経営している身です。あなたに軽んじられるような人ではありません。実は、両親が私が小さい頃に会社を興し、父が亡くなってからも母が一人で会社を守り続け、今では大きな企業に成長したんです」そう説明しても、義母は嘘だ、と叫ぶばかりだった。

その時、突然声がした。「もう十分だ。帰るぞ」そう言って義母の腕を掴んだのは、義父だった。実は、義母が来た時、私から連絡して義父にも来てもらっていたのだ。義父は物陰に隠れて一部始終を聞いていたようで、その顔は厳しく、明らかに怒りを顕にしていた。義母は義父にあっさりと連れ去られてしまった。それ以来、義母は義父にこってりと叱られたらしい。私は義父にこれまでの経緯を全て話し、彼は何度も何度も詫びてくれた。

義父が義母を叱ってくれたおかげで、義母は頻繁に家に来ることはなくなった。今でもたまに会うことはあるが、態度はすっかり変わり、ずいぶんおとなしくなった。母が会社の社長だと知ってからは、侮辱の言葉もぱったりと止んだ。そして、夫もあの日以来変わり始めた。ようやく、自分がこれまで私や母、そして父に頼りすぎていたことに気づいたのだ。彼は今まで見たことがないほど真剣に就職活動をし、ついに正社員として働き始めた。

今、私は新居でストレスなく、幸せに暮らしている。母も頻繁に遊びに来てくれて、毎日が楽しい。私がこれまでたくさん心配をかけたのに、母は「そんなこと気にしなくていいのよ」と笑ってくれた。母のその姿を見て、私はこの人が私の母で本当に良かったと心から思う。そして、もっと母に恩返しをしたいと願っている。夫と私は、これからも二人で力を合わせて、頑張り続けていくつもりだ。

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