夕方、いつも通りスーパーで買い物をしていたら、スマホに一通のLINEが届いた。差出人は弟の婚約者、冷奈さん。「明日の結婚式、来なくていいから」。私はてっきり、何かの間違いだと思った。結婚式は明日。招待状もちゃんともらった。しかし、あの日の朝、式場の受付に立って言われたのは、「あんたみたいな高卒女は、親族席にいるだけで恥ずかしいから、帰ってください」という一言だった。私はその場で凍りついた。「…

夕方、いつも通りスーパーで買い物をしていたら、スマホに一通のLINEが届いた。差出人は弟の婚約者、冷奈さん。「明日の結婚式、来なくていいから」。私はてっきり、何かの間違いだと思った。結婚式は明日。招待状もちゃんともらった。しかし、あの日の朝、式場の受付に立って言われたのは、「あんたみたいな高卒女は、親族席にいるだけで恥ずかしいから、帰ってください」という一言だった。私はその場で凍りついた。「...

「すみません、本日の結婚式は関係者以外お断りなんです。ですので、部外者はさっさと帰っていただけますか」

受付に立つ女性は、にこりともせずにそう言い放った。私の顔を見て、名前を確認するまでもなく「部外者」と決めつけたのだ。

「こんにちは。冷奈さん」

私はできるだけ穏やかな声を心がけた。

「『部外者』と言いながら、その部外者にわざわざ連絡してくるって、すごく矛盾してるってご自身でお分かりですよね」

「知り合いと関係者はまた別でしょ」

「では、言わせてもらいますけど。私は人狼の姉、つまりあなたの義姉になる人間です。それを部外者扱いするのはどういうことですか?受付で名前がないって言われて驚いたのに、話しかけても無視するし」

「いやいやいや、ちょっと図々しすぎますよ。エリート一家の結婚式に紛れ込んだ、このゴキブリ女」

「はい?」

さすがに言葉を失った。

「ちょっと、それは言いすぎじゃないですか?あなた方が私のことをよく思っていないのは前から知ってました。高卒だから偏見を持たれるのは慣れてます。でもさすがに『ゴキブリ呼ばわり』は初めてですよ」

「わあ、初体験おめでとうございます」

「全然嬉しくないわよ」

私は一度息を吐いて、気持ちを立て直した。

「とにかく、私が式に参加できない正当な理由を教えてください。私は弟からちゃんと招待状をもらって、その招待状を持って来てるんです」

「えー、招待状が来たから来たって?何それ?そんなの社交辞令に決まってるじゃん。高卒はそんなことも知らなくて、かわいそうでちゅねー」

「なんですって?」

「はっきり言ってあげる。低学歴女など誰が相手にするか。話しかけんな。匠は優しいから言えないだけ。本音では、姉が低学歴のバカで恥ずかしいと思ってるわよ。かわいそうに。きっと今までずっと白い目で見られて、バカな姉のせいで恥をかかされたんだわ」

「弟がそんなこと言うはずありません。あなたに私たちの何がわかるって言うんですか」

「本音はそうに決まってる。低学歴のバカなんて、親戚にいるだけで恥ずかしいじゃん。とにかく、いるだけで人に迷惑かけてるので、さっさと消えてもらえる?私は忙しいの」

「忙しいのに私に連絡してきたのは、そっちじゃないですか」

その頃、式場の受付では別の光景が広がっていた。

「ちょっと美沙さん、あなた、冷奈に意見したそうね。いいわ。外で騒がれても迷惑だから、会場には入れてあげる。ただしあなたは控室で待機よ。式には出ないでちょうだい」

これは義母になるはずだった女性、美沙からの宣告だった。

「これはこれは、お母さん。また随分なご要望ですね。せっかく式場に来たのに、結婚式には参加するなと?私は新郎の唯一の姉ですよ。親族席を空ける方がどうかと思いますけど」

「あなたみたいな人は、いない方がいいわ。だって、低学歴の人が親族席にいたら、うちのゲストに笑われるもの。高卒とか、この時代にありえない」

「お母さんが生きてきた時代は、片身が狭くて大変だったんですね。私の知らない世界線の話みたいです」

「同じ時代を生きてるわよ。失礼ねえ」

「同じ時代ですか?それはおかしいですね。実際、高卒で社会に出て活躍している人はたくさんいます。学歴関係なく成果を出している人も大勢いますよ。逆に、あなたたちのように学歴主義のくせに、その学歴を活かさず小さなプライドにしがみついている人も、確かにいらっしゃいますね。現に、お母さんもその類いですよね」

「はいはい。そういう安い挑発には乗らないわよ。低学歴だから、そういうことしか言えないのよね。どうせ頭が悪くて、真面目に勉強できなくてやめたんでしょ。全く恥ずかしいわ」

「恥ずかしいと思われるような生き方はしてません。匠だって、今は立派に成長しましたし」

「あら、何?弟の成功は自分の成功だと思ってるの?なんて浅ましいのかしら」

「いえ、そんなつもりはないです。あの子が頑張ったから、今があるんです」

「そう。匠が頑張ったのは私たち名家の教育のおかげよ。あんたみたいな低学歴女が何かしてあげたとか、本気で思ってるの?傲慢すぎ」

「ちょっと何言ってるのか分からないんですけど」

「そうね。直接教育したのは私じゃないし、自分の手柄のように言うのは違うわね。頑張ったのは匠よ。でも、私たちが支えたからこそ、結果を出せたの」

「ますます意味不明なんですけど」

その時、スマホの画面が光った。匠からだ。

「やっとスマホ返してくれた。冷奈、さすがにスマホ没収はひどくね?」

「前にスマホいじって電車乗り間違えて、私を一時間も待たせたのは誰だっけ?」

「うっ……それはそうだけど、昔の話だし」

「今回は大事な結婚式なんだから、没収されて当然でしょ」

「分かったよ。もうしないから、没収は勘弁してくれ」

匠の声は、それでもどこか柔らかかった。

「そういえば姉さんはもう式場に来てると思うんだけど……スマホ見たら着信があってさ。けど、メッセージが消えてるんだ」

「ああ、ごめん。それ、私」

「え?」

「操作ミスって消しちゃったの。本当ごめん」

「マジかよ。携帯は見てもいいって言ったけど、消すなよな。姉さんにちゃんと謝っとけよ」

「謝ったわよ。『もう一回送信してください』ってお願いしたの。でも送信してこなかったってことは、きっとどうでもいい用事だったのよ」

「そうなのか……にしては、姉さんの姿が見えないんだよな」

「トイレじゃない?」

その頃、私は式場の外に立っていた。

「姉さん、今どこにいるんだ?着信くれてたのに出れなくてごめん。冷奈にスマホ預けててさ。要件何だった?あいつがメッセージ消しちゃったから見れなくて」

「ごめんね、匠。もう式場にはいないわ」

「え?いない?どういうこと?もう式始まるんだよ」

「『低学歴はいるだけで恥ずかしいから参加するな』『部外者は消えろ』って、言われたの」

「は?誰に?なんでそんなひどいこと」

「これが全てよ」

私は、冷奈と義母に言われた言葉を、録画した画面で匠に見せた。

「確認して、メッセージはすぐに送信取り消ししてたみたい。スクショできないようにしてたんだけど……画面録画してるとは思ってなかったみたい」

「なんだよこれ……本当に冷奈なのか?」

式の開始を目前に控えた控室。匠が冷奈の前に立っていた。

「冷奈、聞きたいことがある」

「何?もうすぐ式でしょ。そんなの後でいいじゃん」

「姉さんに何をした?」

「お姉さんに?何もしてないけど」

「姉さんが帰ったんだって」

「そうなんだ。でも、勝手に帰ったんでしょ。あの人のことだから、空気読んで帰ったんじゃない?」

「これ、どういうこと?説明してもらおうか」

「え?なに?……スクショ?なんでそんなの持ってるの?」

「姉さんがくれたんだよ」

「そんなはずない。ほら、私、メッセージ消してるのよ。なんで消してるんだ?保護よ。とにかく、スクショなんて取れるはずない。これは偽物よ」

「動画だよ」

「へ?」

「送ってきた画像は、動画から切り抜いたものだ。スクショじゃないんだよ」

「動画……あいつ、そんなことしてたの?」

「とにかく説明してくれ。これは何だ?姉さんを侮辱して、式場から追い出すなんて」

「あ、あれは……冗談っていうか、私がお姉さんのこと嫌いなの知ってるでしょ?だから、ちょっと当たりがきつくなっちゃったっていうか」

「冗談で人をゴキブリ呼ばわりするのか。大体、メッセージを消してるのだって、後ろめたさがあるからだろう。姉さんがどれだけ傷ついたと思ってるんだ」

「だって、低学歴だし。匠だって恥ずかしい思いしてきたに決まってる」

「恥ずかしい?むしろ俺は姉さんを誇りに思ってるよ」

「なんで?」

「姉さんが高卒なのは、俺のためだ。姉さんは十八歳で就職して、自分の大学を諦めて、俺の学費を全額出してくれた。四年間で一千万円だぞ。大人になってよく分かる。そのお金を稼ぐのがどれだけ大変だったか」

「それは聞いたことあるけど、昔の話でしょ」

「昔の話?そのお金がなければ、今の俺はいないんだぞ。お前は『匠は自分の努力で成功した』って言ったらしいな。それはどういう意味だ?俺の大学の学費、さっきいくらか話したよな。十八歳の高校生が自力で用意できる金額か?できないよな。俺は努力で成功なんてしてない。姉さんのおかげで努力できる環境をもらっただけだ」

「でも、家族ならお金を出すのは当たり前でしょ」

「じゃあ、冷奈は自分の兄弟のために一千万円出せるのか?そこまで家族に尽くすことができるのか?」

「うっ……それは極端っていうか。私だって、ボーナスが出れば大きな金額を出せるわよ」

「姉さんは毎月十万円、四年間欠かさず俺の口座に振り込んでくれた。ボーナスとか関係なしにだ。俺が困らないようにって、自分のことは後回しにして。姉さんは働きながら俺を大学に行かせてくれた。自分は恋愛も遊びも全部諦めてだ。それを『自己満足』だの『恩着せがましい』だの、よく言えたな」

「でも、今は関係ないじゃん。結婚式なんだよ。もう終わった話されても」

「終わった話?俺の今の全ては姉さんのおかげなんだぞ。休みもほとんどなく、自分のために使う金もなく、全部俺のために働いてくれた。それをお前はゴキブリ呼ばわりして追い出したんだぞ。許せるわけないだろう」

「落ち着いてよ」

「落ち着けるか。お前は姉さんに何の恨みがあったんだよ。あれだけ侮辱して、人間として最低だ」

「だって、エリート一家のイメージがあるし。それに見るからに苦労してます、みたいな人が来たら、結婚式の雰囲気悪くなるじゃん」

「イメージだの雰囲気だの、そんなもののために姉さんを傷つけたのか」

「でも実際そうじゃない?確かに、そんなにお金を支援したのはすごいけど。それだって、低学歴で頭が悪かったから、肉体労働しかなかったんでしょ。美人じゃないし、教養もないし、私の周りの人と釣り合わないじゃん」

「姉さんのこと、低学歴ってバカにしてたよな。でも、姉さんは高卒でIT企業の営業部長まで昇ってるんだぞ」

「え?何よそれ。そんなわけないでしょ」

「今じゃ年収一千二百万円以上だ。それくらい活躍してる。姉さんは会社になくてはならない人なんだよ。それに比べて、君の年収って確か三百五十万円だったよな?それでエリートなら、姉さんは超エリートだよ」

「それは……えっと……でも、私だって最近成果が出てるの。この前、大きな会社と取引成立して、私のおかげだってめちゃくちゃ褒められたの」

「そうやって努力してるのに、なんで姉さんを否定したんだ?『学歴しか誇れるものがない人』が、実力で成り上がった姉さんを馬鹿にするとか、笑えるな。それに、ずっと思ってたんだ。一体、何を持ってエリートって言うんだ?」

「うっ……それは、有名な大学に入って、いい成績を収めることでしょ」

「でも、君が自慢してた有名女子大卒って、偏差値五十の大学だろ。有名なのは、その地域に大学が少ないからだ。よくそれでエリートを名乗れたな」

「やめて、馬鹿にしないでよ」

「他に誇れるところがないから、学歴にしがみついて、『大した学歴じゃない』って認められないんだろう。俺は冷奈に感謝してたんだ。家族が姉さんしかいなくて、相談相手もいなくて。それでも俺をずっと支えてくれてた。だから結婚するなら、人のことを思いやれて、俺も支えたいと思える人がいいと思ってた。だから、もう君とは結婚できない。式は中止だ。婚約も破棄する」

「婚約破棄って……なんで」

「今、理由を言っただろう。そこで『なんで』が出てくるのが、不思議で仕方ないんだけど」

「だって、お姉さんを追い出したからって、婚約破棄まで言われるなんて」

「ああ、そういう認識なのか。もういいよ」

「分かった、待って。匠、謝るから。お姉さんにも謝るから」

「今更遅い。姉さんをあれだけ傷つけておいて、謝れば済むと思ってるのか」

「お願い。結婚式中止なんて、ゲストも親戚もいるのに、恥ずかしいって」

「自業自得だろ」

「匠、お願いだから考え直して」

「もう二度と関わらない。君と一緒に未来を歩けないのが残念だ。ゲストはほとんど冷奈の関係者だから、君から説明してくれ。俺は俺のゲストに説明するから」

その直後、義母が控室に飛び込んできた。

「ちょ、ちょっと待って。匠君。冷奈から聞いたわ。婚約は考え直して。冷奈ちゃんは悪気があったわけじゃ……」

「黙ってください。言っておきますが、あなたも同罪ですよ」

「え、私?」

「『弟は自分の努力で成功した。あなたの自己満足に感謝する必要なんてない』と、あなたも同じことを言ったそうですね」

「それは、言い方が悪かっただけで……」

「言い方の問題じゃない。姉さんの今までの努力と思いやりを完全に否定したんだ。絶対に許しませんから。とにかく結婚式は中止します。後のことは後日話し合います。お金の問題とか、色々ありますから」

「待ってちょうだい。匠、お願いだから」

日が変わった翌日。私の家の前に、冷奈が立っていた。

「お姉さん、お話があります。あの、その……本当にごめんなさい」

「これはこれは、冷奈さん。今更何の用ですか?」

「あの時は本当に申し訳ありませんでした。許してください」

「えっと、すみません。高卒の低学歴には、何の話か分からないので、失礼しますね」

「ま、待って」

「あなたは高卒だからって私を馬鹿にしましたね。私には、あなたが今何に対して謝っているのか、高卒の私にも分かりやすく説明していただけますか?『エリート一家』のお嬢様」

「昨日は高卒と馬鹿にして申し訳ありませんでした。だから、許してください」

「許す?あなたは私に何をしたか、本当に理解していますか?」

「調子に乗って、ひどいことを言ってしまいました。反省してます」

「では、もう一度、あなたが私にしたことを確認しましょうか。どう言い訳してもいいですよ」

「それは……あの……本当に反省してます。そればっかりで」

「私に何を言ったか、覚えてないんですか?どの発言に対して謝ってるのか分かりません。一言一句、動画から文字起こしして送りましょうか?『エリート様』なので、会話も覚えてると思ったんですけどね」

「それは、その……」

「そういえば、冷奈さんって会社で大きな功績を残したんですよね。すごいですね。さすがエリート。それなのに、高卒に頭を下げるんですか?エリートなのに」

「もう本当にごめんなさい。許してください」

「それ、聞き飽きました。もういいですよ。ああ、そうだ。私はあなたより社会人経験があります。ですから、今からあなたが勘違いや思い込みで大きな失敗をすることを、教えてあげますね」

「え?」

「実は私の会社、この前大きな取引が成立したんですよ。えっと、確か大掛かり商事って、あなたの勤め先ですよね」

「そ、まさか」

「あなたの取引を最終的に決定したのは、私なんですよ。『高卒はいるだけで恥をかかせる』とおっしゃってましたけど、そんな偏見を平気で口にするような方が取引担当というのは、本社の社員を危険にさらす危険性があります。ですから、本日あなたの会社に全てご報告した後、担当を変えていただくように言いました」

「待って、本当にごめんなさい。お願いします。この取引に全部かかってたのに」

「ああ、あなた、会社で大きなミスをして地方に左遷されそうになってたんですよね。それで今回の取引で成果を上げて、なんとか本部に残った。でも、その大きなミスも、取引相手に失礼なことを言って怒らせたからですよね。同じことを、また繰り返したんです」

「もう、左遷……」

「そんなことって……」

「あなたは私を『低学歴女、誰も相手にするか』と言いました。確かに私は高卒です。でも、今のこの現状で、どちらが社会的に評価されていると思いますか?」

「それは……でも、学歴と収入は別で……」

「別では?学歴で人を見下すのはおかしいですよね。矛盾してませんか?」

「はぁ……」

「大掛かり商事との取引、私が提案すれば通ります。あなたの部署は大打撃ですよね。でも、それでは会社の迷惑になります。それくらい私の発言には影響力があることを理解してますから、しません。でも、『低学歴女、誰も相手にするか』とおっしゃっていたその低学歴女が、あなたの生活を左右する立場にいるなんて、皮肉ですね」

「本当にごめんなさい。もう二度としませんから」

「『二度としない』?そもそも、一度でもしてはいけないことでしたよね」

「お願い、許して」

「あなたは私を『ゴキブリ』『低学歴女』と呼び、存在しないことにしたと言いましたね。私がどれだけ傷ついたか、想像したことありますか?十八歳から弟のために働き続けました。大変じゃなかったと言えば嘘になります。でも、あの子が自分のしたいことを『お金がないから』という理由で諦めさせたくなかった。そのためなら、何だってできました。何の権利があって、あなたはそんなことが言えたんですか?」

「本当にごめんなさい」

「謝罪で済むなら、誰も傷つきません。あなたのしたことは、私の人生そのものを否定したんですよ。もう何を言っても、私の決心は変わりません」

結婚式場を出たあの時から数時間後のこと。今度は義母が私の家の前に立っていた。

「美沙さん。この度は本当に申し訳ありません。娘のことで謝罪させてください」

「今度はお母さんですか?でも、ちょうどいいです。あなたにも言いたいことがありましたから」

「この度は……」

「あなたは『あなたの自己満足に感謝する必要なんてない』とおっしゃいましたね」

「さ、そんなことは……」

「言い訳しても無駄です。証拠もあります」

「あ、えっと、それは言葉が過ぎました」

「『言葉が過ぎた』?あなたは私と弟の努力を完全に否定したんですよ。あなたは私が学費を出していたのは知っていましたよね。知ってて、それでも『私たちの教育のおかげ』とおっしゃった。面白い理屈ですね。でも、匠が立派に育ったのは、私が必死に仕事をし、そしてそんな私の思いを受けて、弟が自分のやりたいことのためにしっかり努力した結果です。あなた方は何もしていません」

「それは……」

「あなたは私のことを調べもせずに、低学歴と見下しました。あなた方が自慢していた『エリート一家』って、具体的に何がエリートなんですか?いい大学に入ることがステータスで、確かにそういう考え方で言うところのエリートでは、私はないですね。私はあの子のためだけに働き続けました。自分の青春も恋愛も、あの子を幸せにできるなら私には必要なかったからです。それを『自己満足』『恩着せがましい』と言いましたけど、あなたは自分の子供のために一千万円出せますか?自分の人生をかけて、大切な人を支えられますか?できないですよね。口では『家族なら当たり前』と言いながら、自分ではできない。それなのに私の犠牲を否定する。どれだけ傲慢なんですか?」

「ごめんなさい。本当に……」

「謝ったところで、何もかも遅いんですよ。それに、本当に謝罪したいなら、LINEではなく直接来るのが筋では?つまり、謝罪したい気持ちもその程度なんですよね」

「そんなつもりは……」

「まあ、家に来られても迷惑だったので、来ないでもらえた方がありがたかったです。弁護士の打ち合わせで忙しかったので」

「べ、弁護士?」

「匠の弁護士は私が探しました。婚約破棄に強くて、かなりのすご腕ですよ」

「どういうことですか?なんで弁護士が」

「婚約破棄の慰謝料を請求するからですよ。もちろん、原因を作ったあなたにも」

「そんな……私が原因って……」

「あなたと冷奈さんが私を侮辱し、式場から追い出したことが全ての原因です。証拠もあります。逃れられませんよ」

「お願いします。それだけは……」

「結婚式費用全額返金と婚約破棄に対する慰謝料。合計三百五十万くらいですね」

「勘弁してください。そんな大金払えません。たでさえ近所や親戚に全部ばれて、『娘の結婚を台無しにした母親』って影口叩かれてるのに。お願いします。許してください。匠にも謝ります。土下座でも何でもします。だから慰謝料だけは……」

「『いちいち報告するな』と言われたんですよ。ええ、あなたの娘さんから、報告は不要だと。ですから私もいちいち報告しません。弁護士が全て対応しますので、そのお願いは聞けません。それと、『存在しないことにした』と言われましたので、私もあなたを存在しないことにします。これ以降の連絡は全て無視させていただきます」

「待って。本当にごめんなさい」

「『エリート一家の結婚式に紛れ込んだゴキブリ』でしたっけ?でも知ってます?ゴキブリって、すごくしつこいんですよ。何度でも、気づいた時にはそこにいる。そのゴキブリに人生を壊されるなんて、すごく惨めですね。かわいそうに」

その後、冷奈さんは会社から問題行動を指摘され、今回の件も含め、最終的には解雇された。さらには婚約破棄の慰謝料三百五十万円を請求され、美沙さんも共同責任として百万円の支払いを命じられた。美沙さんは冷奈さんから「ママのせいで全部めちゃくちゃ」と攻められ、冷たくされる日々。二人は必死に匠に泣きついたそうだが、匠は聞く耳を持たず、最終的には二人揃って借金を背負い、本人たち曰く「誰でもできる」と言っていた肉体労働を強いられる日々を送っている。

一方、私は今、静かに暮らしている。弟のためにとがむしゃらに働いた日々を後悔はしていない。しかし匠から「もう少し自分の時間を大事にしてほしい」と言われたので、今は少しだけ趣味と言えるものを探している。仕事ばかりだった私の人生だが、これからは私個人の生活も大切にしていきたいと思った。

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