式の当日、私の席がどこにもなかった。「あなたの席は床よ。片親のババアは地面に座って、犬みたいに飯を食べなさい」。頭が真っ白になった。そんな中、別室では娘のさやかが婚約者の浮気を目撃していた。「ママみたいに何でもやってくれるから、介護を任せられるのはさやかだけだと思った」。その言葉に、娘は静かに式を中止すると告げた。参列者が次々と帰り始め、会場は凍りついた。二人で帰ろうとした矢先、相手の母親が…

式の当日、私の席がどこにもなかった。「あなたの席は床よ。片親のババアは地面に座って、犬みたいに飯を食べなさい」。頭が真っ白になった。そんな中、別室では娘のさやかが婚約者の浮気を目撃していた。「ママみたいに何でもやってくれるから、介護を任せられるのはさやかだけだと思った」。その言葉に、娘は静かに式を中止すると告げた。参列者が次々と帰り始め、会場は凍りついた。二人で帰ろうとした矢先、相手の母親が...

「すみません、私の席がないんですけど」「何ですって?式の直前にトラブルなんて、非常識な人ね。だから母子家庭の子は嫌だって言ったのよ。こんな人の娘を嫁にもらうなんて、絶対に嫌だわ」

「ごめんなさい。でも本当に席がなくて、どこにも座れないので困ってるんです」

「席ならちゃんとご用意したわよ。見えなかったのかしら?」

「老眼の問題じゃなくて、そもそもないんです。私が座る椅子とテーブルが」

「それは当たり前じゃない。あなたの席は床よ」

「え?そんな、ご冗談でしょう?」

「本当よ。片親のババアが結婚式に来るなんて、図々しいにもほどがあるわ。片親のババアは地面に座って、犬みたいに飯を食べなさい」

「どうしてそんなに私を目の敵にするんですか?」

「片親とその子供は、常識がない人が多いからよ。事実、たけちゃんが高校生の頃の彼女はすごく頭が悪くてね。聞けば片親で暮らしが大変だから、勉強せずにバイトばっかりしてたんですって」

「お母さん思いのいい子じゃないですか」

「学校はバイト禁止だったのよ。信じられない」

「事情によっては、学校の許可を取ればバイトできると聞いたことがありますよ。その子も許可を取ってバイトしてたんじゃないですか?」

「いいえ。絶対に無許可に決まってるわ。そんな子を持つなんて、やっぱり清子さんもそっちの人なのね。そういう頭の悪い人とは付き合いたくないわ」

「そういうことですか。なら私がいても不愉快でしょうし、もう帰ります」

「帰れ帰れ」

その頃、式場の別室でさやかは信じられない光景を目にしていた。

「ちょっと、たけ君。今、何してたの?」

「あ?何のことだよ」

「信狼の控え室で、他の女の人と一緒にいたでしょ。そういうことしてたでしょ」

「何言ってんだよ。緊張しすぎて頭おかしくなっちゃったのか?」

「頭がおかしいのはそっちでしょ。結婚式当日に浮気するなんて」

「落ち着けよ。マリッジブルーだからって、婚約者の浮気を疑うなんてひどすぎるぞ。安心しろ、俺はちゃんとさやかを愛してる」

「あんなことしておいて、よくそんな言葉が出てくるね。もう何も信じられないよ」

「なんで信じてくれないんだよ。大体、そんな証拠もないのに」

「証拠ならあるよ。動画に収めたから」

「ああ、もう。そんなの持ってるだけで気持ち悪い。俺の肖像権の侵害じゃんか」

「ママに言いつけるからね」

「ま、ママ……たけ君、お母さんのこと『ママ』って呼んでなかった?」

「そりゃ他人の前では『お母さん』って呼ぶよ。でもさやかはもう婚約者で、家族になるんだろう。なんか変だよ。大人の男性が『ママ』って呼ぶのは、あんまり聞いたことないかな」

「愛してるなら、俺のそういうところも受け止めてくれるよね?」

「いや、『ママ』って呼ばれるのも、浮気されたのも、もう無理だよ。なんで浮気相手じゃなくて私と結婚しようとしたの?」

「そんなの決まってるだろ。俺のママみたいに何でもやってくれるし。ママの老後の世話を任せられるのは、さやかだけだと思ったからだよ」

「何それ?介護しろってこと?」

「お嫁さんになるんだから、当たり前だろ。だから彼女はいるけど、あくまで彼女であって、婚約者じゃない。結婚するのは、うちのために何でもやってくれるさやかだ」

「そんな理由で私にプロポーズしたの?」

「何か問題あった?」

「ありまくりだよ。たけ君が私に優しかったのは、介護要員を失いたくなかったからだったんだね」

「違うよ。さやかなら俺とママのお世話をちゃんとしてくれると思ったから」

「同じことだよね。お世話してくれる人が欲しいだけじゃない。この式は中止にしよう」

「いやいや、何言ってるんだよ。参列者に失礼だろう」

「そう思うなら、浮気相手と結婚式を挙げれば?」

「そんなこと言うなよ。彼女は気持ちよくしてくれるけど、お世話はからきしでさ。料理も掃除も洗濯も上手なさやかじゃなきゃダメなんだよ」

「ふざけないで。私はたけ君の家政婦じゃない。そんなものが欲しいなら、浮気相手と結婚して家政婦でも雇えばいいでしょ」

「ああ、その手があったか。さすがさやか、俺の悩みが解決したよ。ママも彼女の方がいいって言ってたし。本当に彼女と式を挙げよっかな。さやかはごめんな。さやかも幸せになれよ」

「勝手にすれば」

十分後、さやかは母親の清子のもとへ駆け寄った。

「お母さん。たけ君、浮気してた」

「何それ?結婚式当日にそんなこと、許せないわ」

「私、参列者のみんなには悪いけど、帰ろうと思ってる」

「いいわよ。参列者の方々には私が説明しておくから、私と一緒に帰りましょう」

「え、いいの?」

「当たり前じゃない。娘が傷つけられてるのに、放っておけるわけないでしょ。それにね、私もひどい目に会ったの。たえさんに、片親がどうとか散々言われてね。挙げ句の果てに、結婚式に私の席も用意されてなくて、地面に座って犬みたいに飯を食えって言われたのよ」

「信じられる?ひどい。私の大切なお母さんにそんなこと、許せない」

「そういうわけだから、二人で帰りましょう。私、着替えてくるから待っててね」

さらに十分後、たえことたけ君の母親が清子たちの前に立ちはだかった。

「聞いたわよ。あなたたち二人とも帰るんですって。ちょっと浮気されたくらいで結婚をやめるなんて。さやかさんって、こらえ性がないのね」

「こらえ性とか、そういう問題ではないでしょ」

「参列者にはなんて説明するの?」

「浮気されたから帰りますって。正直に言うだけです」

「やめた方がいいわよ。浮気された方が悪いんだから」

「ご心配なく。私が帰ると、他の参列者の方々もお帰りになると存じます」

「なんて自意識過剰なのかしら。最後に確認します。本当に帰っていいんですね?」

「帰れって言ってるでしょ。ただし、そんなことしたら、たけちゃんとの出会いをなかったことにはなってもいいのかしら」

「これで縁が切れるなら、喜んで帰りますわ」

「は?たけちゃんをバカにしてるの?」

「どこをどう読んだら、そう思うんですか?私はたけ君のことをバカにするようなことは一言も言ってませんよ。それなのにそう聞くということは、たえさんの方がたけ君をバカにしているのでは?」

「はあ。私がたけちゃんをバカにするわけないでしょ。たけちゃんのどこが悪いのよ」

「そうですね。ちょっと母親離れできていないところや、お金遣いが荒いところ。何より、さやかという婚約者がいながら浮気をしたところですね」

「浮気をされるってことは、さやかさんに悪いところがあるってことでしょ。たけちゃんの彼女ちゃんはいい子よ。なんせ両親がいるから。だからさやかさんなんかより、ずっとしっかりしてるの」

「ああ、さやかさんの前に出会ってればこんなことにはならなかったでしょうね。しっかりした女性は、婚約者に手を出したりしませんから。たけ君もたけ君です。他に好きな人がいるなら、結婚前に言うべきだったのでは?そしたら結婚式の費用はともかく、参列者の方々にご迷惑をかけることはなかったはずです」

「男の子なら仕方ないじゃない。女の子しか育てたことないあなたには分からないだろうけど、男の子ってのはいつまでもママ大好きで、好きなものは必ず手に入れたいし、他の女の子にもモテたい生き物なのよ」

「小さいうちはお母さん大好きで、欲しいものがたくさんあるのはいいことです。モテるのも、本人が魅力的だからこそでしょう。でも、けじめや線引きは教えるべきです。たえさんはまるで大きな子供のようですわ」

「ここが可愛いんじゃない?さやかさんも、たけちゃんのそんなところが好きで婚約してくれたんでしょ?」

「たけ君の本心を知った今、さやかがたけ君と一緒になることはもうありません。この話はなかったことに」

「どうぞどうぞ。そうしてくれるなら、こっちも嬉しいわ」

「今後のことは弁護士を通してお話しすることになると思います。では」

「弁護士ってどういうこと?ねえ、ちょっと、無視するな!」

三十分後。清子はバス停でさやかを待っていた。

「遅くなってごめんね。着替えてた。今どこにいるの?」

「式場の前のバス停にいるわ」

「了解。ねえ、聞いてよ。スタッフさんに嘲笑されちゃった」

「まあ、無理もないか。式当日に浮気が発覚して中止って、笑えるもんね」

「さやか、無理しなくていいのよ」

「無理してないけど。私を誰だと思ってるの?」

「あなたの母親よ」

「あ、お母さんにはお見通しか。お母さん、本当にごめんなさい。せっかくの結婚式だったのに、お母さんを傷つけることになって」

「私は気にしてないわ。それよりもさやかよ。あんなところを目撃して、悲しかったでしょう。大丈夫。私が絶対にさやかの敵を取るわ。どんなことがあっても、私はいつでも絶対にさやかの味方だからね」

「お母さん、ありがとう。じゃあ今からそっちに向かうね」

「ええ、待ってるわね。そうだ。昔お父さんが仕事帰りによく買ってくれたケーキ屋さんに行きましょう」

「いいね。ウェディングケーキは食べられなかったし」

二時間後。たけ君からさやかに電話がかかってきた。

「さやか。式場がもったいないから、彼女と式を挙げようと思ったんだけどさ。なんかさやかとお母さんが帰ったら、みんなも帰っちゃったんだけど」

「なんでって、当たり前じゃない。誰が浮気した新郎と略奪した女の人の結婚を祝いたいと思うの?」

「浮気は男の甲斐性でしょ。婚約者として、浮気の一つや二つは見逃して、どんと構えればよかったじゃん。自分の婚約者がモテたら嬉しいでしょ」

「って、もう婚約者じゃないんだった。嬉しいわけあるか。浮気はただの裏切り。いいことでも何でもない。私は見逃さないから、今後のことも含めて弁護士に相談します」

「ちょっと待てよ。それって別れるってこと?」

「そうだよ」

「待て待て。なんでそんな話になるの?俺は別れるつもりなんかないんだけど。婚約者はやめたけど、俺の彼女であることはやめてないでしょ」

「何言ってるの?婚約者をやめるってことは、別れることと同じ意味だよ。何より、不貞行為した男と付き合い続けるなんてできるわけないでしょ」

「いや、だって部長が言ってたよ。浮気ができる男は金も魅力もあるってこと。浮気はステータスでの遊びなんだって」

「ステータス?遊び?何バカなこと言ってるの?そんなの、自分から『俺は信用できない男です』って暴露してるようなもんじゃん」

「いや、だからそれはさ……とにかく、結婚式の費用込みで慰謝料請求するから、ちゃんと支払ってくださいね」

「大げさな。あ、ねえ、今日の夜ご飯は何作ってくれるの?」

「別れるって言ってるよね。彼女に作ってもらって。私はもう実家に帰るから」

「あ、そうなの?いつ帰ってくるの?あんまり長いと洗濯物が溜まって着るものがなくなるから、早めに帰ってこいよ」

「もうたけ君のところには帰りません。今後は弁護士を通して連絡してください。さようなら」

五分後、たけ君は母のたえに愚痴っていた。

「まさかさ、さやかに結婚式の費用と慰謝料を請求されたんだけど。本当になんて非常識なのかしら。やっぱりあの母親にしてこの子ありね。払うべきは、婚約者としての務めを果たさなかったさやかさんの方なのに」

「そうだよね。俺、何も悪くないよね」

「そうよ。たけちゃんは何にも悪くないわ」

「じゃあさ、俺が払わなくてもいいよね」

「いいわよ。むしろ不当請求で訴えられるんじゃない?」

「確かに。じゃあこっちも弁護士を立てて訴えてやろうぜ」

「やりましょう。うまくいけば、お金が手に入るわよ」

翌日。たけ君が清子の家に押しかけてきた。

「お母さん、さやかいます?」

「何の用かしら?あなたみたいな男なんて知らないし、お母さんなんて呼ばれる筋合いもないけど」

「何の用かしら、じゃないんですよ。さやかが朝になっても帰ってこないんです。連絡しても既読無視で……で、もしやと思ってスタンプをプレゼントしようとしたら、できないんですよ」

「それが何?」

「本当に察しが悪いな。ブロックしたんだろって聞いてるんですよ。婚約者なのに連絡を取れなくしてどうするんですか」

「昨日、さやかから別れるって聞いたわよ。別れたなら連絡を取る必要もないでしょ。ましてや浮気男になんか」

「ああいうの、よくあるカップルの夫婦喧嘩ですよ」

「浮気がよくあってたまるものですか?」

「ああ、そっか。お母さん、旦那さんに捨てられたんでしたっけ?」

「いいえ。病気よ。仮にその通りだとしても、その言い方は失礼だと思わない?」

「失礼って、笑いに変えてあげようと思ったんですけど。言っていいことと悪いことがあるでしょ。たけ君のお父さんとお母さんは、そういうことも教えてくれなかったの?」

「ああ、もう。冗談が通じなくてめんどくさいっすね。まあ、旦那さんがいないんじゃ、分からなくても仕方ないか」

「わざわざそんなことを言うために連絡してきたの?」

「ああ、そうそう。俺はもう怒ってないんで、帰ってきてって伝えてくれません?」

「たけ君に怒る権利があると思ってるなら、とんだ勘違いね」

「いや、当たり前っしょ。だって俺、さやかの婚約者で、夫になる男っすもん。だから本当なら女のさやかの方が謝らなきゃいけないんですよ」

「どんな思考回路してるのか、一度たけ君の頭の中を見せてもらいたいものだわ。謝るのはたけ君の方よ」

「はあ。なんでそうなるんすか?」

「とにかく、たけ君にさやかは合わせられない」

「なんすかそれ?ロミオとジュリエットですか?むしろ燃えるわ。さやかの方にもう愛はないから、ロミオにはなれないわよ」

「親の言うことなんて関係ない。ロミオもそうだった。待ってろよ、ジュリエット」

「あの、ロミオとジュリエットの結末が悲しいのって、知ってる?」

一週間後。たえが清子の家に怒鳴り込んできた。

「ちょっと、清子さん。よくもやってくれたわね」

「何のことでしょうか?」

「すっとぼけるんじゃないわよ。たけちゃんに五百万円ってどういうことなの?」

「どういうことも何も、内容証明の通りです。慰謝料として二百万円。たけ君の浮気が悪いとして、なんでこんなに高いのよ」

「婚約者のパートナーが浮気した場合、慰謝料の相場が二百万円前後。結婚式の費用三百万円は、浮気した側が全額負担。これで合計五百万円です」

「高すぎでしょう」

「ああ、こっちも弁護士を頼んどいてよかったわ。こっちは不当請求で訴えるから」

「どうぞ。こちらは正当な理由で慰謝料を請求しているので、不当請求の訴えが通るかは分かりませんが。それにしても、偉そうに。そんなお金を払うくらいなら、新しいお嫁さんの結婚式に使う方がましよ」

「もしかして払えないんですか?そちらの態度次第では減額も考えますよ」

「舐めるんじゃないわよ。五百万円ぐらい余裕だけど、あんたらに渡す金はないわ。こっちは一千万円請求してやるから、覚悟しなさいよ」

五分後。たけ君が清子に電話をかけてきた。

「お母さん、お願いします。さやかに合わせてください」

「この間、合わせないって言ったわよね」

「実は彼女に振られたんす」

「あら、残念。あなたみたいな最低男を捕まえておいてくれると思ったのに。これじゃあ、また被害者が出てしまうわね」

「そこで俺、気づいたんですよ。俺にはさやかしかいないってことに」

「大丈夫よ。さやかはあなたがいなくても生きていけるから。それに、はたしてさやかは本当に別れたがってたのかね。あんたが無理やりさやかを連れ帰って、監禁して、ついでに俺と別れるように洗脳したんじゃないだろうな」

「まあ、想像力が豊かなのね。それだけの想像力があるのに、どうしてさやかの気持ちは考えられないのかしら」

「お前に言われたくねえわ。いいか、俺はこんなの絶対に認めねえからな」

「どう認めないっていうの?」

「この引き裂かれた恋を取り戻すため、さやかに会いに行く。止めたって無駄だからな」

「さやかを思うのは勝手だけど、さやかにまとわりついたら警察を呼ぶからね」

「やってみろよ。そしたらさやかの監禁がバレて、お前が捕まるからな。そしたら俺とさやかがまた元通りになってハッピーエンド。さやか、待ってろよ」

「だから、待ってないってば」

一週間後。清子がたえに言った。

「うちの弁護士から内容証明と通知書、届いたかしら?」

「そんなもの、届いてませんけど」

「おかしいわね。三百万円、先払いしたはずなのに」

「先払い……着手金のことですか?」

「そう、それよ。いい先生だから高いの。その代わり、絶対に負けないんですって。これであんたの負け確定よ」

「えっと、それ、詐欺だと思いますよ」

「はあ?何?負け惜しみ?」

「いえ、心配して言ってます。着手金の相場って、相談内容にもよりますけど、高くても五十万円ぐらいで、百万円単位は聞いたことないです」

「騙そうたって、そうはいかないわよ。そういうあんたはいくら払ったの?」

「私は示談交渉で済ませるつもりでしたので、十万円ほど」

「十万円?そっちの方が信用ならないわね。あんたの方こそ詐欺にあったんじゃない?電話をかけて聞いてみた方がいいかもしれませんよ」

「そんなに疑うならいいわよ。かけてみてあげる」

十分後。

「ちょっと、繋がらないんだけど」

「やっぱり、いわゆる着手金詐欺ですね」

「着手金詐欺?何よそれ」

「お金を払ったにも関わらず、仕事してもらえないことですね。その弁護士も本物かどうか」

「あんたのせいだ。どうして私のせいなんですか?」

「あんたが結婚式をめちゃくちゃにしなければ、弁護士に相談することもなかった。自分の非を認めず、弁護士のこともよく調べもしない。先の利益に飛びついて依頼した、ご自分のせいでしょ」

「私より年下で、旦那もいないくせに、私に説教するな」

「いいえ。社会的な立場でアドバイスしてるんです」

「社会的な立場って、あんた週三日だけ勤務してるパートでしょ?私は専業主婦だけど、夫は大企業勤めだから。あんたは知らないだろうけど、大企業勤めの社員の奥さんってのは偉いのよ」

「あれ、ご存知ないんですか?私、たえさんのご主人が勤務してる会社の相談役をやらせてもらってます」

「はあ?相談役って何よ」

「簡単に言うと、会社の経営についてアドバイスする役職でしょうか。その前は社長でしたが、知り合いに引き継いで、今は私の兄に任せています。ご主人から何も聞いてなかったんですか?」

「え、あんた元社長だったの?相談役っていうのは聞いてたけど……」

「嘘だと思うなら、ご主人に聞いてみてわ」

十分後。

「ごめんなさい。知らなかったのよ。元社長ってことも、相談役ってのが偉い人ってことも」

「ご主人は結婚式の時、あなたに何も注意してくれなかったんですか?例えば、相談役を床に座らせるなとか」

「えっと、確かにそう注意されたけど。その時は相談役の意味を知らなくって、何だと思ったんですか?」

「みんなの相談に乗って悩みを解決するお仕事をするパートみたいな、面白いお仕事ですねって思ったの」

「ご主人はご立派に働いてらっしゃるのに、奥さんであるたえさんの方は、こんな簡単な常識もご存知ないんですね」

「知らなかったんだから、仕方ないじゃない」

「知らなかったで済むなら、こんなことにはなってないですよ」

「分かってるわよ。だから参列者も帰ったんでしょ。ちゃんと理解したわ。元社長である私の娘が結婚するわけですからね。それなのに私の席は床だなんて、たえさんがおっしゃるものだから、皆さんとっても怒ってらっしゃいましたよ」

「それは、だから……」

「下手したら、ご主人の立場も危うくなりますよ。そしたら大企業の社員の奥様ではいられなくなりますね」

「本当にごめんなさい。あの、心から反省してるから、夫のことは解雇しないでくれる?」

「ご主人が失礼を働いたわけではないので、解雇にはしませんよ。ただ、周りの方はご主人に対して見る目を変えるでしょうね」

「私が悪く言われてないなら、別にいいわよ」

「ですね。普通の旦那さんは、奥さんと息子の行いを止めると思いますよ。あれだけのことをして何も言わないなんて、呆れられてるとしか思えません。今回の件で愛想を尽かされて、離婚されないといいですね」

「私が離婚されるわけないじゃない。これだから旦那がいない片親は」

「どうでしょうね。いずれ同じ仲間になれるかもしれませんよ」

「誰があんたの仲間になんかなるか」

翌日。清子にさやかから電話が入った。

「お母さん。たけ君がうちに来て、何回もインターホンを鳴らしてる。どうしよう」

「絶対に家から出ないで。私が警察を呼ぶわね。私もすぐに帰るから」

「分かった」

二時間後。たけ君が清子に食ってかかった。

「おい、本当に警察を呼ぶとか反則だろ?お前のせいで警察に怒られたじゃねえか」

「怒られるようなことをしたからでしょ。今後もさやかにしつこくまとわりつくなら、また警察を呼ぶわよ。今度は警告だけで済むといいわね」

「ふざけんな」

一ヶ月後。たえが清子の家に土下座しに来た。

「清子さん、本当にごめんなさい。謝るから、たけちゃんを警察から解放してあげて」

「たえさんからの謝罪に、何の意味があるのでしょう?」

「たけちゃんにも謝らせるから」

「結構です。接近禁止命令まで命じられたのに、この一ヶ月間ストーカー行為をやめなかったのですから。捕まって当然です」

「悪気はないんだから、あの子を解放してって。警察に行って、お願いします」

「罪は罪なので、私の一言でたけ君が解放されることはありません。せっかくたけちゃんに愛されてるのに、それを突き離すなんて、ひどいわよ。つい最近まで他の女性と浮気してたのに」

「別にさやかさんへの愛がなくなったわけじゃないの。好きな人がたくさんいたら、一人に決められるわけないでしょ」

「ここは日本ですよ。一夫多妻制じゃないんです。そんなに多情多欲なら、セネガルやガーナ、ナイジェリアなどに行かれては?一緒のことを言ってるんです。あっちへ行ってくれた方が、日本の女性は平和かもしれませんね」

「でも、たけちゃんの気持ちはちゃんとさやかさんのところへ戻ってきたでしょ」

「一方的な愛は迷惑でしかありません。この一ヶ月間ずっとまとわれて、娘はとても怖い思いをしたんですよ。男にまとわれる恐ろしさ、同じ女なのに分かりませんか?」

「お願いよ。このままじゃ、私も離婚されちゃう。今まで私の言うことを聞いてたのに、ここに来て反抗してきたの」

「当然の結果では。ご主人は長年よく耐えたと思います。ご主人が幸せになるといいですね」

「私とたけちゃんを不幸にしておいて、自分だけ幸せになろうなんて。旦那もお前も、お前の娘も、みんな許さないからな」

「許してもらわなくて結構。不幸になったのは、あなた自身のせいです。幸せは無償じゃありません。それなりの代価があるからこそ得られるんです。そのことをよく胸に刻み、しっかり罪を償ってください」

「片親のくせに、偉そうに」

「あら、離婚したら私と同じ片親になるじゃないですか。どうぞ、お好きなだけ片親の食事を堪能してくださいね。では」

その後、たけ君は懲役二年の判決となった。本来なら罰金で済むかもしれないところを、反省の色が見られないこと。さやかへの気持ちを諦めきれないその執着性。何より接近禁止命令を出されたにも関わらず違反したため、懲役二年という判決に至った。長年たえさんの言いなりにされてきたご主人だが、これが決定打となったようで、たえさんに離婚を言い渡した。そして一人になってしまったたえさんは、数十年ぶりにパートを始めた。さやかへの慰謝料を、最愛の息子に代わって支払うためだという。たえさんの勤務先は、清子の知り合いが働いているファミリーレストランだった。知り合いに様子を教えてもらったところ、毎日お皿を割るわ、熱いコーヒーを落としてお客様に火傷をさせてしまうわ、挙げ句の果てには高校生のバイトにまで怒られるというポンコツぶり。失敗ばかりで解雇も時間の問題だそうだ。生活には苦労しているようだ。

一方でさやかは、新しいパートナーと結婚を前提にお付き合いを始めた。今度の人は、清子の目から見てもとても素敵な人だ。きっとさやかを幸せにしてくれるだろうと、確信している。清子も一人になってしまったが、寂しくはない。清子には夫が残した会社があるから。夫の会社を守るため、清子は今日も相談役として頑張って仕事をする。

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