産後の疲労で意識がもうろうとしていた時、枕元のスマホが震えた。画面に表示されたのは、私と生まれたばかりの娘を病院に置き去りにした元夫・光からのLINEだった。「貧乏実家で暮らすお前には想像つかないくらい天国だよ。後継ぎの男の子も生まれたし、もう安泰だな」。あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は唇を歪めた。私と娘を捨てて手に入れた生活が、よほど自慢したかったのだろう。しかし、そのメッセージを読んだ私は、…

産後の疲労で意識がもうろうとしていた時、枕元のスマホが震えた。画面に表示されたのは、私と生まれたばかりの娘を病院に置き去りにした元夫・光からのLINEだった。「貧乏実家で暮らすお前には想像つかないくらい天国だよ。後継ぎの男の子も生まれたし、もう安泰だな」。あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は唇を歪めた。私と娘を捨てて手に入れた生活が、よほど自慢したかったのだろう。しかし、そのメッセージを読んだ私は、...

出産の疲れで意識がもうろうとする中、スマホが震えた。画面には、私を捨てた元夫・光からのLINEメッセージ。あの日、生まれたばかりの娘と私を病院に置き去りにした男が、今さら何を送ってきたのか。目をこらして開いたメッセージには、こう書かれていた。

「貧乏実家で暮らすお前には想像つかないくらい天国だよ。後継ぎの男の子も生まれたし、もう安泰だな」

あまりの馬鹿馬鹿しさに、私は唇を歪めた。どうやら光は、大きな農家の娘と再婚し、婿養子として大切にされているらしい。私と娘を捨てて手に入れた生活が、よほど素晴らしいのだろう。自慢したくてたまらないのだ。しかし、その自慢話を聞いた私は笑いをこらえることしかできなかった。天罰って、本当にあるんだな。

あの日、私は高野さや。いまは訪問介護員として働く、34歳のホームヘルパーだ。働き始めてまだ3年ほどしか経っていない。それまでは専業主婦として家庭を守っていた。働いたことなど、結婚してから一度もなかった。

大学生の頃、私は3歳年上の光と出会った。町でナンパされて付き合い始め、学校を卒業してすぐに結婚した。若くて世間知らずだった私は、何でも光の言う通りに生活していた。それが結婚というものだと思っていた。

しかし、その結婚生活は、徐々に私を社会から切り離していった。

最初に現れたのは、光の束縛だった。家にいてほしいと言われ、パートすら許されなかった。私はスーパーでの買い物などの必要最低限の外出しかできない。その時は、光に養ってもらっているのだからと、無理やり自分を納得させていた。だが気がついた時には、私は完全に世間から隔離された生活を送っていた。

しかも、光の仕事が終われば、毎日のように義実家に通って家事をさせられた。そこでは、当然のように嫁いびりを受けた。義父はサラリーマンで義母は専業主婦の、典型的な昭和の家庭。嫁はどんなに理不尽でも、夫の両親に逆らってはいけない。同居していないだけでも嫁の義務を果たしていないと、私はこき使われた。

しかし、決して同居しないと決めたのは、私ではなく光だ。それなのに、その八つ当たりのような不満をぶつけられるのは、全て私だった。義両親に言われるがまま、義実家の農作業を手伝わせられ、気に入らないことがあれば「所詮は他所の女」と陰口を叩かれた。

そして、何より辛かったのは、「早く跡取りを産みなさい」と言われ続けたことだ。結婚してから何年経っても、私の体は子供を授からなかった。義両親の命令で病院で検査をしてもらったが、私の体に異常は見つからなかった。医者には「ストレスが原因でしょう」と言われたが、そんなもの私にはどうしようもない。

頼みの光は、私の味方になってくれるどころか、年々義母に同調して私を責めるようになっていった。しまいには、私の実家を見下すような発言を繰り返すようになった。

「お前の実家は古い家だな。貧乏なのがまるわかりだ」
「親も親なら子も子だな。お前みたいなのが育つんだから」

光は、私が両親と連絡を取ることさえ禁止した。私が何か言おうものなら、機嫌を損ねて二、三日は口をきいてもらえない。そのうちに携帯まで解約されてしまい、私は誰にも相談することもできず、どんどん追い込まれていった。

「出来の悪い嫁だ」
「何の役にも立たない女だ」

義両親と光から毎日のように言われる言葉が、私の心をすり減らしていく。私はすっかり自分に自信がなくなっていた。自分は本当に何もできないダメな人間なんだと、本気で思い込んでいた。

しかし、そんな生活が終わりを告げる日が、唐突にやってきた。願い叶って、ようやく子供を授かることができたのだ。

「子供も産めない役立たず」

そう言われることがなくなったのは、せめてもの救いだった。その頃は、義両親も少しは私に優しくなったように思う。無茶な肉体労働を言いつけられることはなくなり、家事のやり方も多少は大目に見てくれるようになった。きっと、お腹の子のおかげだ。光も義両親も、これで機嫌を直してくれる。私の立場も少しは良くなるはずだ。

私は安堵し、希望を抱き始めた。お腹の子が、みんなを幸せにしてくれる。そう信じていた。

しかし、世の中はそう、うまくできていなかった。

お腹の子供が女の子だと判明した瞬間、光と義両親の態度は、かつてないほどに冷たくなった。産まれる前から、娘は「がっくりだ」と言われた。私に対しては、ため息混じりにこう言った。

「ああ、どうせ女かよ。俺の子じゃないのかもしれないな」

あまりの言葉に、私は震えた。それでも、万が一男の子が生まれるかもしれないという希望もあったのだろう。義両親は、それ以上の酷い仕打ちはしなかった。しかし、再び私への心ない言葉は増えていった。

「お腹で女だってわかってたんだから、ちゃんと産む前にわかってたでしょ」

悔しかった。だが、私はますます従順にならざるを得なかった。どこかで、自分のせいなんだと思っていた。男の子を産めない自分が悪いんだと。そう思い込むことで、心のバランスを保っていた。とにかく、お腹の子を守らなければ。私は今まで以上に、光や義両親の言いなりになった。

そして、迎えた出産の日。あの瞬間まで、私は祈っていた。どうか男の子でありますように、と。

産まれたのは、女の子だった。

医者から「女の子ですよ」と告げられた時、私は心の隅で深く落胆した。親として最低だとはわかっている。けれども、男の子を産めば、私も義家族の一員として認めてもらえたかもしれない。そういう思いがあったのも事実だった。

病室の公衆電話から、光に娘が生まれたことを報告した。期待していたわけではない。だが、光の返事は、私の予想をはるかに超えるものだった。

「ああ。……そうか」

苛立ったようなため息だけが、受話器越しに響いてきた。そして、その翌日。病院にやってきた光は、娘が眠っているベビーベッドをちらりと見ただけで、抱きもしなかった。枕元に置かれたピンク色のカードを見て、私を睨みつけた。

「ああ、どこまでも役立たずだな。やっと産んだと思ったら女かよ」

暴言と共に向けられた光の冷たい視線に、私は小さく縮こまった。彼の言う通りだ。結婚して何年も子供ができなくて、やっと授かったと思ったら女の子だなんて。私は何の反論もできず、ただただ光の嫌みを受け止めることしかできなかった。

光は、私の様子を一通り眺めると、満足したのか、来た時よりも少しすっきりした顔をして病室を出ていった。それきり、入院中に光の姿を見ることはなかった。

大部屋が空いておらず、個室が割り当てられた私は、ほとんどの時間を娘と二人きりで過ごした。改めて考えてみれば、結婚して以来、こんなに長い時間を光たちから離れて過ごすのは初めてだった。

夜、電気を消した病室で、すやすやと眠る娘の顔を見つめていると、自然と涙が溢れてきた。

「女の子だって、こんなに可愛いのに。どうして、男の子じゃないといけないんだろう」

生まれたばかりの娘は、産み月もすごく小さくて、でも確かに命の温もりを持って私の胸に抱かれている。その小さな命を守れるのは、この世で私しかいないのだ。

その瞬間、ふと何かが溶けていくような感覚がした。私は、何のために生きてきたんだろう。この子に幸せにしてもらおうとしていたんじゃない。私がこの子を幸せにしてやらなければいけないんだ。長年の洗脳が、ゆっくりと解けていくような、前向きな気持ちが湧き起こってくる。

心が晴れると、周りが見えるようになった。初めて気がついたのだが、病院の看護師も医者も、同じ病室の母親たちも、みんな私と娘に優しくしてくれた。義家族以外の人とたくさん話をするのは本当に久しぶりで、私はその温かさに急速に本来の自分を取り戻していく。

昔の自分を思い出した。学生の頃は、もっと明るくて活発だった。友人もいて、笑い合うこともできた。そんな感覚を、思い出させてくれた。

入院生活が終わろうとした頃、私は看護師から、光が病院代を払いに来たことを聞かされた。しかも、私と娘は病院で放置されたままだ。退院の手続きは、光の家族が来ない限り、私一人ではできない。私は意を決して、保険証すらない自分の置かれた状況を説明し、実家に連絡を取ることにした。何年も連絡を絶っていた両親に。

電話越しに聞こえてきた母の声は、驚きと心配に震えていた。私は言葉を詰まらせながら、娘が生まれたこと、そして離婚することになるかもしれないと伝えた。

入院中の出来事を通じて、私ははっきりと確信していた。この家でやっていくことはできない。このままだと、この子を光たちの考え方から守り通すことはできない。

退院の日、私はまだ生まれたばかりの愛しい娘を抱き、密かに決意を固めていた。光は病院に現れなかった。

実家は、さほど裕福ではなかった。しかし、私を迎え入れてくれた両親は、昔と変わらず温かかった。母は娘を抱きながら泣き、父は何も言わずに私の頭を撫でてくれた。それが、どれほど心強かったか。

私は光に離婚を伝えるため、義実家へと向かった。正直な話、もう光の顔も見たくなかった。だが、娘のためにも、しっかりとけじめをつける必要がある。義両親も同席する中、私はありのままの状況を伝えた。

「娘と二人でやっていくの。離婚してほしい」

光は、驚いた様子だった。自分がこんなに言いなりにしている、と思っていただろう女が、突然離婚を切り出したのだ。しかし、私の変わり果てた姿を見て、へたに引き止めることもできなかったのだろう。それでも一言、

「ふん。所詮女は所詮だな。出てけ」

と捨て台詞を吐いた。義両親は、両親が家を売ってでも作ってくれた二世帯住宅のことを持ち出して「言うことを聞け」と脅すだけだった。

私はもう、何も感じなかった。この人たちは、一生変わらない。人を踏みにじることしか知らない人たちなんだ。私は娘を連れて、何の未練もなくその家を出た。

離婚が成立したのは、それからほどなくしてのことだった。私は小学生の頃からの夢だったホームヘルパーの資格を取るために、専門学校へ通い始めた。娘は実家で両親が面倒を見てくれた。

あれから数年。私は今、訪問介護の仕事をしている。一人で暮らすお年寄りのもとを訪ね、身の回りのお世話をする。慣れないことだらけで、失敗ばかりの毎日だ。それでも、誰かの役に立てる仕事は、本当にやりがいがある。

あのまま光の下にいたら、私は一生誰かの役に立つことも、何かをやり遂げる喜びを知ることもなく、自尊心を失ったままの人生だっただろう。たまたま、バスに乗り合わせた私は、こんな生活を送っている光がいることを知った。あの態度は、やはり慢心していた男の成れの果ての姿だった。

その光が、今や「天国だ」と自慢している。大きな農家の娘と結婚して、後継ぎの男の子も生まれて、婿養子として大切にされている。確かに、彼の言う通りかもしれない。あの家は、昔から私がいたらうらやましい生活だったに違いない。

でも、今の私は違う。確かに、実家は貧乏かもしれない。それでも、私は今、あの人生よりもずっと尊い人生を歩んでいる。

「天罰」

大きな農家の娘は、私のようにこき使われていないのだろうか。光は私にしたように、あの優しい義家族に大切にされているのだろうか。想像するだけ無意味だ。

本当の幸福とは、裕福な実家で屋根付きの生活をすることでも、後継ぎの男子を産むことでもない。自分らしさを失わず、大切な人を守ることのできる強さ。そして、何があっても折れない自分の心を育ててくれる人との出会い。私は、自分を不幸にしか導かない人たちのもとを離れて、本当の幸せを手に入れたのだ。

後に残ったのは、やり直しの利く私の人生と、この世に生を受けた小さな愛おしい命。光が私の人生からいなくなって、私は初めて、自分が自由になったことを理解した。

今はただ、娘がスクスクと育ってくれることが、何よりの幸せだ。いつか、義父の施設に頼ることなく、娘にも苦労をかけることなく、老後を迎えられるように。そう願う毎日だ。

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