光の初めての誕生日、私は朝からキッチンに立って豪華な食事を用意し、リビングにはカラフルなバルーンを飾った。義母から届いた包みを開けると、小さなピンクのドレス……その隣にもう一つ箱があった。開けた瞬間、手が震えた。中には男の子用の白いベビードレスと紺色の蝶ネクタイ、そして「次の子は男の子でしょ。先に用意しておいたわ」と書かれた紙。光の誕生日に、次の男の子のための贈り物。頭の中で何かがぷつりと切…

光の初めての誕生日、私は朝からキッチンに立って豪華な食事を用意し、リビングにはカラフルなバルーンを飾った。義母から届いた包みを開けると、小さなピンクのドレス……その隣にもう一つ箱があった。開けた瞬間、手が震えた。中には男の子用の白いベビードレスと紺色の蝶ネクタイ、そして「次の子は男の子でしょ。先に用意しておいたわ」と書かれた紙。光の誕生日に、次の男の子のための贈り物。頭の中で何かがぷつりと切...

娘の光が生まれて、初めての誕生日。私は朝からキッチンに立って、普段よりずっと豪華な食事を用意していた。リビングにはカラフルなバルーンを飾り付け、手作りのガーランドも壁に掛けた。大輔も今日は仕事を早めに切り上げてくれると言ってくれている。光が私たちのところに来てくれて、丸一年が経ったのだ。

プレゼントを開ける時間になり、私は義母から届いた包みを手に取った。リボンを解き、中から出てきたのは小さなピンクのドレス。一見すると普通の贈り物だ。でも、その隣にもう一つ、箱が入っていた。開けた瞬間、私の手は震えた。

中に入っていたのは、真っ白なベビードレス。男の子用の、紺色の蝶ネクタイ付きのだ。添えられた紙にはこう書いてあった。「次の子は男の子でしょ。先に用意しておいたわ。」

信じられなかった。光の誕生日プレゼントとして送ってきたのが、次の男の子のための贈り物。私の目に入ってきた瞬間、何かがぷつりと切れる音がした。感情が爆発する前に、私はその箱を握りしめ、力一杯ゴミ箱に叩きつけていた。中身のベビードレスが床に零れ落ちる。

「おい、何してんだよ! 」

大輔が驚いた声を上げる。私は振り返ることなく、震える声で呟いた。

「これ、見てよ」

床に落ちた白いドレスと、机の上に置かれたままの色紙。大輔がそれを手に取り、目を通す。一瞬、彼の顔が強張り、何も言わずに拳を握りしめた。やがて、低い声で言った。

「……行くぞ。母さんのところへ」

痛むお腹を抱えながら、私は大輔の後を追った。玄関を飛び出し、車に乗り込む。娘の光は大輔の母、つまり義母に預けたくはなかった。幸い、光はお昼寝中で、隣人の佐藤さんが少しの間見てくれると言ってくれた。私たち夫婦はそのまま義母の家へと車を走らせた。

車の中、大輔は何も話さなかった。私はただ窓の外を眺めながら、あの日のことを思い出していた。

私たちは同じ職場で出会った。大輔は私の二つ年上で、上司と部下という立場だった。何年かの交際を経て結婚が決まった時、一緒に働くのはどうかと思ったけれど、それ以上に彼の誠実な人柄に惹かれていた。夫婦で同じ会社にいるのもどうかという話になり、私が退職して専業主婦になると決めた。二人とも子供が欲しかったから、それも自然な流れだった。

結婚してから数ヶ月、なかなか赤ちゃんを授かれなかった。病院に通い始めた。不妊治療は精神的にも体力的にもきつかったけれど、大輔がいつもそばにいてくれた。あの時は焦らず、気長にやろうと二人で支え合っていた。

そして、治療を始めてから数ヶ月後、待望の妊娠が分かった。あの日の大輔の泣き顔は今でも忘れられない。病院の待合室で、検査結果を見せた時、彼は声を上げて泣いた。嬉しそうに、何度も何度も私を抱きしめた。

出産は壮絶だった。丸一日以上かかった陣痛。死んでもいいと思った瞬間もあった。けれど、産まれてきた娘を抱いた時、あの痛みも苦しさも全部忘れてしまった。光のような存在だと思った。毎日が光に照らされているようで、そう名付けた。

大輔も育児休暇を取ってくれて、夜泣きが続く時は代わりに抱っこしてくれた。オムツ替えも、沐浴も、最初はぎこちなかったけれど、彼なりに必死に覚えてくれた。仕事で疲れているはずなのに、私がへとへとでベッドに倒れ込むと、何も言わずに光をあやしに行ってくれた。

健やかに育つ娘の姿を見るたび、この幸せがずっと続けばいいと心から願っていた。

でも、義母がいた。

義母は大輔が学生の頃に夫を亡くし、女手一つで大輔を育て上げた。だから息子への愛情が深いのは仕方ない。私だって気持ちは分かる。私たち夫婦は義母の家に近いけれど、同居はしていない。最初のうちは、それで何とかやっていけると思っていた。

私の考えは甘かった。

義母は毎日のように私たちの家にやって来る。大輔がいない時間帯を狙って。そして、決まってこう言うのだ。

「早く男の子を産みなさい。うちは代々続く家柄なのよ。跡取りを産むのが嫁の務めでしょ」

初めて言われた時、私は言葉を失った。笑ってごまかすこともできず、ただ立ち尽くしていた。

「男の子を産まなきゃ、あなたのような嫁は必要ないんだからね。離婚も覚悟しておきなさい」

「お母さん、そんな言い方しないでください。娘だって……」

「あの子は関係ないわ。女の子なんて、どうせ他所にやる子でしょ。私は孫が欲しいんじゃないの。跡継ぎが欲しいの」

義母は本気だった。義父は普通のサラリーマンだったと大輔から聞いている。特別大きな家柄でもない。ただ、義母の出身家系がそこそこ古い家だったらしく、男系で続いてきた家なんだという。「男の子を産むのが義理の娘の役目」という考えが、義母の中で完全に固まっているようだった。

私は耐えきれず、ある日大輔に打ち明けた。最初は信じてもらえなかったのかもしれない。でも、私が憔悴しきった姿を見て、大輔はすぐに義母に話しに行ってくれた。

大輔が言ってくれた後、数日は収まっていた。けれど、それも束の間だった。翌週にはまた同じことが始まった。しかも、今度は前よりもひどい内容で。

「あの子、本当に愛想のない顔してるわね。きっと中身も愛想がないんだわ」

「産むのが遅かったからでしょうね。もう30歳手前の年増女に、まともな子が産めるはずがないわ」

光を抱こうともしない。いつも男の子の話ばかりしている。「女の子に価値はない」と、面と向かって言われる日々。私の心は少しずつ擦り切れていった。大輔はいつも気遣ってくれるけれど、義母の前では何も言えないようだった。一人で育ててくれた母を、簡単に傷つけられないのだろう。私も、それを強く求める気にはなれなかった。

もう限界だった。

義母の家に着くと、大輔が力強くインターホンを押した。数秒後、のんびりした様子で現れた義母は、私の顔を見るなり嫌な笑みを浮かべた。

「あら、どうしたの。いきなり押しかけてきて。もしかして、光の誕生日パーティー、私を呼び忘れたんじゃなくて?」

「母さん、これだよ。これを見てください」

大輔がドスンと机の上に箱を置いた。義母は一瞥し、笑みを消した。

「あら、もう届いたのね。早いわね。ちゃんと包装されてるかしら」

「中身を出して。あなたが自分で書いた紙を見るんだ」

大輔の声に険が混じる。義母は渋々箱を開け、白いベビードレスと色紙を取り出した。そして、「次の子は男の子でしょ」と書かれた自分の筆跡を見て、一瞬たじろいだように見えた。けれど、すぐに開き直って言い放った。

「何よ。別に間違ったこと書いてないじゃない。光にはもう少ししたら、ちゃんと男の子って名前を付けてあげるって」

「光の名前はもう決めてあるんです。お母さんが付けた名前じゃない」

「そんなこと言わないで。女の子なんて、生まれて早々に名前を付けるのはもったいないわ。どうせ大きくなったら嫁いでいって、うちの姓を捨てるんだから」

「母さん! 」

大輔が怒鳴った。初めて聞く声に、私も体を強張らせた。義母も驚いたのか、一歩後退る。

「お母さん、よく聞いてください。光は私の娘です。大輔の娘です。私たちの大切な子どもです。女の子だろうが男の子だろうが、関係ない。光は私たちの光です」

そう言って、私は涙をこらえながら続けた。

「私、あなたに言われたこと、全部覚えています。『次は男の子よ』『女の子なんて役立たず』『早く跡取りを産みなさい』。光が生まれる前から、ずっと言われ続けてきました。私、悲しかった。悔しかった。光には何の罪もないのに。おばあちゃんに可愛がってもらえないんです。私たちがせっかく授かった宝物なのに」

義母は何も言わなかった。しばらく沈黙が続き、やがて大輔が口を開いた。

「母さん、もう終わりにしよう。光にこれ以上傷つく思いをさせたくない。僕たちはこれからも、光を愛して育てていきます。母さんが光を可愛がってくれなくても、僕と彩佳がいます。光にとっての『お母さん』と『お父さん』は、僕たちだけです」

義母の顔が歪んだ。怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない表情。彼女は机の上の色紙をしわくちゃに丸めると、何も言わずに奥の部屋へと消えていった。

私たち夫婦は顔を見合わせた。何と声を掛けていいのか分からないでいる私の手を、大輔が強く握った。

「……帰ろう。光が待ってる」

家に帰ると、佐藤さんがオロオロしながら玄関で待っていた。

「彩佳さん、光ちゃんがギャン泣きで目を覚ましちゃって。抱っこしたら治ったんだけど、何か心細かったみたいで……」

「すみません、ありがとうございます」

慌てて光を抱き上げると、娘は私の胸に顔をうずめて、にっこり笑った。その笑顔を見た瞬間、涙が溢れ出した。さっきまで義母と向き合っていた時の強張りが、一気に解けていく。

大輔も隣にいて、私と光をそっと抱きしめてくれた。

「おかえり、二人とも。もう大丈夫だよ」

その言葉に、私はこくりと頷いた。光の小さな背中をリズムよくトントンと叩きながら、窓の外を見た。今日は、光が生まれた日。私たち家族の、新しい一年の始まりだ。

義母のこと、まだこれからどうなるか分からない。また何か言ってくるかもしれない。でも、もう怖くない。何かを期待することも、がっかりすることもない。私は光の母であり、大輔の妻だ。それだけで十分だった。

その夜、私たちは光の誕生日ケーキを囲んで、ろうそくの火を消した。光は何も分かっていないけれど、嬉しそうに手をパチパチ叩いている。私と大輔、二人の声が重なった。

「光、おめでとう」

「生まれてきてくれて、ありがとう」

ろうそくの炎が揺れて消えた。光が大きなあくびをする。大輔がはにかんで、光の頭をそっと撫でた。私は、娘の小さな手を握りながら、心の中で誓った。この子を、絶対に幸せにする。誰が何と言おうと、この子は私たちの大切な光なんだ、と。

義母が何を言おうと、この積み重ねた日々が私たちの答えだ。

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