みさが「お願いだから母親面しないで。血も繋がってない赤の他人でしょ」と言い放った瞬間、私は手元の親族紹介シートを見つめた。実母であるかすみさんの名前の横には「新婦の母」、私の名前の横には「新郎の父の妻」と書かれていた。小学2年生だったみさを21年間育ててきた私の立場は、たったそれだけの言葉に置き換えられていた。
私の名前は王野まり子。58歳になる。夫の修二と再婚した時、みさはまだ8歳だった。修二の元妻で実母のかすみさんは遠方で暮らしており、みさとはほとんど会っていなかった。私は無理に母親になろうとはしなかった。それでもみさが熱を出せば朝まで枕元に座り、学校で嫌なことがあれば話が終わるまで隣で聞いた。反抗期に修二とぶつかった夜は、二人の間に入って何度も言葉をつなぎ直した。みさが初めて私を「お母さん」と呼んだのは中学生になった春だった。その日から私はこの子を本当の娘だと思って生きてきた。
29歳になったみさは、31歳のけいとさんと結婚することになった。けいとさんはみさの婚約者で、初めて会った時は礼儀正しく穏やかな青年に見えた。この人とならみさも幸せになれる。私はそう信じて、二人の結婚式の準備を手伝い始めた。会場との連絡も親族への案内も、着物の調整もほとんど私が引き受けた。みさが父にも実母にも直接言えない希望を、角が立たないように伝える。それもいつの間にか私の役目になっていた。
その日の打ち合わせには、みさ、けいとさん、修二が揃っていた。私はかすみさんが来ることをその場で初めて知った。ところがけいとさんはかすみさんを見るなり自然に頭を下げた。「かすみさん、お久しぶりです」。私は思わずけいとさんを見た。「お久しぶりって、どういうこと?」みさは悪びれもせず答えた。「けいとには3ヶ月前にかすみさんを紹介したよ。本当のお母さんなんだから当然でしょ」。かすみさんも当然のように頷いた。「結婚式では私が母親としてみさの隣に立つことになっているの」。それは相談ではなかった。私の知らないところで、すべて決められていたのだ。
式場担当者が親族紹介シートを読み上げた。「新婦の母、かすみ様。新郎の父、修二様、その奥様、まり子様」。私は聞き間違いかと思った。「みさ、私はお父さんの妻として式に出るの?」みさは面倒そうに視線をそらした。「そうだよ。だって本当のお母さんはかすみさんだから」。かすみさんが私をなだめるように見た。「まり子さんには感謝しているわ。でも育てたことと母親であることは別でしょ」。私は言葉を失った。するとけいとさんまでみさの味方をした。「僕も式では実の両親が前に出る方が自然だと思います。まり子さんはお父さんの奥様として出席すればいいんじゃないですか」。修二も私を見ずに言った。「みさの結婚式だ。お前が我慢すれば丸く収まる」。
私は四人の顔を順番に見た。「では私はお父さんの妻として式に出て、これまで通り母親として準備を続けるのね」。みさは眉をひそめた。「そういう言い方、やめて」。私はみさから目をそらさずに答えた。「確認しているだけよ」。その時、みさが吐き捨てるように言った。「お願いだから母親面しないで。血も繋がってない赤の他人でしょ」。胸の奥で何かが切れた。高熱を出した幼いみさが私の服の袖を離さなかった夜。高校受験に失敗したと思い込み、玄関で泣くみさを朝まで抱きしめた日。けいとさんを初めて私に紹介した夜。みさが笑いながら言った言葉。「私もお母さんみたいな家庭を作りたい」。その全てが「赤の他人」という一言で消されたように感じた。
私は式場担当者へ向き直った。「今後の連絡窓口をみさ本人へ変更してください」。みさが勢いよく椅子から立ち上がった。「ちょっと待って。まだ衣装も親族への説明も終わってないよ」。私は親族紹介シートを静かに閉じた。「赤の他人に母親の仕事だけを押し付けるのはおかしいでしょ」。今度はかすみさんが口を挟んだ。「今までやってきたのなら、式が終わるまでは責任を持つべきじゃない」。かすみさんも冷たい声で続けた。「途中で投げ出すのは大人としてどうかと思います」。最後に修二が私を睨んだ。「くだらない意地を張るな。みさに恥をかかせる気か」。その瞬間、はっきり分かった。この人たちは私を家族だと思っていない。金と手間を出す、都合のいい人間として見ているだけだ。
「あなたたちが誰を家族と呼ぶかは自由に決めればいい」。私は四人へ告げた。「でも、私が何を差し出すかは私が決める」。私はそれまでの決定事項と連絡先をまとめたファイルをみさの前へ置き、打ち合わせ室を出た。
その夜、私は家計用の口座を確認した。結婚式の費用として修二に渡した200万円のうち、式場へ振り込まれていたのは120万円だけだった。残りの80万円はかすみさん名義の口座へ送金されていた。それだけではなかった。過去2年間、修二は毎月5万円から10万円をかすみさんへ送っていた。合計すると160万円を超えていた。その口座へ入れた金の大半は、私が経営する小さな弁当店の売上から出したものだった。私は通帳を持って修二の前に置いた。「この送金は何?」修二は最初こそ黙っていたが、やがて面倒そうに答えた。「かすみが生活に困っていたんだ。少しぐらい良いだろう」。「私には家の修繕費、みさの結婚費用だと言ったわね」。「お前は稼いでるんだから細かいことを言うな」。その言葉を聞いた時、怒りより先に体の奥が冷たくなった。「かすみさんとはいつから会っていたの?」修二は目をそらした。みさがかすみさんと再会してから、修二も何度も三人で会っていた。けいとさんをかすみさんへ紹介した食事会にも修二は同席していた。私だけが何も知らず、全員のために働き、金を出し、準備をしていたのだ。
翌朝、私は家計講座から自分の事業資金を全て引き上げた。式場にも連絡し、今後の追加費用を私が負担することはないと伝えた。修二には別居し、離婚の意思を告げた。さらに、通帳を偽ってかすみさんへ渡した金については、弁護士を通して返還を求めると伝えた。修二の顔色が変わった。「そこまですることか。赤の他人のお金を勝手に使ったんだろう」。修二は何も言えなくなった。
数日後、式場で最後の打ち合わせが開かれた。私は費用負担者から外れるための確認だけをするために出席した。担当者が残金分とキャンセル料について説明した。追加で必要な費用は180万円。今キャンセルしても80万円のキャンセル料が発生するという。説明が終わるとみさが私へ顔を向けた。「まり子が払うんでしょ」。私は静かに首を振った。「私は一切払わない」。みさの顔が歪んだ。「どうしてよ。今までやってきたじゃん」。「今までやってきたから、これからはやらないの」。かすみさんが口を挟んだ。「まり子さん、お門違いもいい加減にしてください。あなたはもともと赤の他人なんだから」。「その通りね」。私はかすみさんを見た。「だから私は赤の他人として、これ以上は責任を負わない」。修二が私に向き直った。「お前、本気で言ってるのか」。私は通帳を机の上に置いた。「これはお前がかすみさんに送金していた記録だ。ここ数年の間、私の稼いだ金が何百万円もかすみさんの口座に流れている。私は夫として信頼していた。みさの父親として、家族のために動いていると思っていた」。
修二は顔を赤くした。「かすみには借りがあったんだ。みさを産んでくれたことへの恩だ」。私は冷たく言い返した。「みさを産んだのはかすみさんだけど、育てたのは私よ。あなたは何もしていない」。その言葉に、部屋の空気が凍った。みさが立ち上がった。「もういい!結婚式は予定通りやる。費用はどうにかするから」。私は席を立った。「その言葉、忘れないで」。私は式場を後にした。
それからの日々は、予想以上に静かだった。修二は何度か電話をかけてきたが、私は出なかった。みさからの連絡もなかった。かわりに、けいとさんから一度だけ連絡があった。「まり子さん、本当にすみません。僕は何も知らなくて」。私は短く答えた。「あなたは何も気にしなくていいわ。ただ、みさを支えてあげて」。
一週間後、私はみさから呼び出された。喫茶店に着くと、みさはうつむいたままだった。「まりこ、話があるの」。私は黙ってコーヒーを注文した。みさはしばらく沈黙した後、声を絞り出した。「かすみさんと会い続けてたのは、自分から言い出したことじゃないの。向こうから連絡が来て、離婚してから貧乏で苦労してきたって言われて。お父さんもお金を渡してて…」。私は聞いた。「じゃあ、私があなたのためにしてきたことは、何だったの?」みさの目に涙が浮かんだ。「分かってる。私がひどいことを言ったのは分かってる。でも、かすみさんは本当のお母さんでしょ。血が繋がってるんだから…」。私はカップを置いた。「みさ、あなたの言う通り、私は血の繋がらない赤の他人よ。でもね、私があなたにしてきたことには血は関係なかった。今はそれを理解しなくていいわ」。
みさは何も言えなくなった。私は会計を済ませて立ち上がった。「結婚式のことだけど、あなたの好きなようにしたらいいわ。私はお父さんの妻として、式には出ない。ただ、あなたの幸せを祈ってる」。その言葉を残して、私は喫茶店を出た。
後日、みさから一通の手紙が届いた。そこには「今までありがとう。まりこがいたから、私はここまで頑張れた。結婚式は、かすみさんと一緒に進めることになったけど、あなたはずっと私の母親だと思ってる。これからも家族でいてほしい」と書かれていた。私はその手紙を何度も読み返した。胸の奥が熱くなった。でも、もう戻れないことも分かっていた。返事は出さなかった。私の中で、あの日「赤の他人」と言ったみさの言葉は、もう消えることはなかったから。
結婚式当日、私は式場の外からひっそりと教会を見つめた。白いドレスを着たみさが、かすみさんの腕に手を添えて歩いていく。私はそっと微笑んだ。あの子はあの子の道を行くのね。私は振り返らずに、その場を離れた。家に帰ると、机の上には修二からの離婚届が置かれていた。署名済みのものに、私はサインだけして送り返した。それで終わりだった。
数ヶ月後、私は弁当店を閉じた。少し寂しいけど、自由になった気分だった。貯金を崩して、小さなアパートに引っ越した。そこで静かに暮らそうと思った。ある日、アパートのポストに一通の封書が入っていた。送り主はみさだった。恐る恐る開けると、中には結婚式の写真と短い手紙が入っていた。「まりこへ。あの時はごめんなさい。あなたの言った通りだった。かすみさんは自分のことしか考えてなかった。今なら分かる。私はあなたに育てられて、あなたに母と認めてもらえたことで、ここまで来たんだって。もし、よかったら、今度お茶でも飲まない? 会いたいです。みさ」。私は写真を手に取り、そっと指でなぞった。写真の中のみさは幸せそうに笑っていた。涙が落ちそうになって、私は天井を仰いだ。返事はしばらくしてから書こう。それまでに、私の中の何かが少しでも整理できますように。私は写真を封筒に戻し、机の引き出しにしまった。そして、初めて静かに笑った。本当の家族になれた日があったんだな、と。
