営業部長が「どうせ顔だけで育ててきた親なんて、ろくなもんじゃないだろう」と百人の前で言い放った瞬間、会場が静まり返った。私は新卒の川村美咲、二十二歳。「見た目だけ良くて中身空っぽ。そんな親に育てられたから、お前もこうなんだろう」その言葉に、私は「私を悪く言うのはいいです。でも、父を侮辱するのは許せません」と震えながら立ち上がった。すると黒崎部長は「そこまで言うなら親を呼んでみろよ」と笑った。…

営業部長が「どうせ顔だけで育ててきた親なんて、ろくなもんじゃないだろう」と百人の前で言い放った瞬間、会場が静まり返った。私は新卒の川村美咲、二十二歳。「見た目だけ良くて中身空っぽ。そんな親に育てられたから、お前もこうなんだろう」その言葉に、私は「私を悪く言うのはいいです。でも、父を侮辱するのは許せません」と震えながら立ち上がった。すると黒崎部長は「そこまで言うなら親を呼んでみろよ」と笑った。...

「どうせ顔だけで育ててきた親なんて、ろくなもんじゃないだろう。」

営業部長の黒崎武志がそう言い放った瞬間、百人が参加する新人社員の歓迎会の会場が静まり返った。言葉を浴びせられたのは、川村美咲、二十二歳の新卒社員。容姿端麗なだけで実力はない——黒崎はそう決めつけていた。「見た目だけ良くて中身空っぽ。そんな親に育てられたから、お前もこうなんだろう。」

その言葉を聞いた瞬間、美咲の中で何かが弾けた。

「待ってください。」

「はあ?」

「私のことを悪く言うのはいいです。でも、父を侮辱するのは許せません。」

「何なってんだ?そこまで言うなら、親呼んでみろよ。」

だが黒崎は知らない。この先に、ある秘密があることを。

「わかりました。呼びます。」

「はあ、呼んでみろ。」

黒崎は酔った目で美咲を見下ろし、下卑た笑いを浮かべた。美咲はスマートフォンを取り出し、電話をかけた。

「マジで呼んでんのかよ。パパに泣きついてダっさ。」

数秒後——

「お父さん、ルカの方が呼んでるよ。」

「え?」

その瞬間、会場の扉が勢いよく開き、一人の男性が入ってきた。部長という権力を盾に好き放題してきた男の顔が、みるみる青ざめていった。

山崎宗介、五十二歳。劇場カンパニー代表取締役社長。従業員三百人を抱える精密部品メーカーを、一代で築き上げた男。しかし宗介には、二十二年間抱え続けてきた後悔がある。

妻・良枝が亡くなった日のこと——あの日、宗介は海外出張中だった。妻は出産後の体調不良で入院しており、容体が急変したと連絡があったのは、重要な商談の真っ最中だった。契約が取れなければ、妻の治療を続けられなくなる——宗介はそう思い、交渉を続けた。

結局契約は取れた。だが病院に駆けつけた時には、良枝はもう息を引き取っていた。生まれたばかりの娘、美咲だけが保育器の中で、小さな手を握りしめていた。

宗介は途方に暮れた。海外出張が多い自分では、生まれたばかりの娘を育てることはできない。悩んだ末、宗介は妻の母、つまり義母に娘を預けることにした。

だが義母は宗介を許さなかった。

「あなたが仕事を優先したから、娘は亡くなったのよ。」

義母はそう言って宗介を攻め続けた。そしてこう宣言したのである。

「この子は、うちの娘の姓、川村で育てます。あなたの姓は名乗らせません。」

宗介は何も言い返せなかった。妻の最期に立ち会えなかった自分に、娘を育てる資格などない——そう思っていた。

それから二十二年間、宗介は娘とほとんど会わずに生きてきた。年に二度、義母の家を訪ねて娘の顔を見る程度。

娘は宗介を見ても、何も話さなかった。ただ冷たい目で見つめるだけ——「お母さんの最期にいなかった人」——その目は、そう語っていた。

宗介は仕事に逃げるように海外を飛び回った。娘に会うたび胸が痛んだ。だがどうすることもできなかった。

そして三ヶ月前——宗介は新入社員の採用リストを見て、ある名前に目が止まった。

川村美咲、二十二歳、新卒——年齢も間違いない、自分の娘だ。

宗介は驚いた。娘が自分の会社に入社してくることなど、聞いていない。義母からも何も連絡はなかった。

宗介は娘を社長室に呼んだ。二十二年間、まともに会話をしたことがない父と娘が、初めて向き合った。

「美咲、なぜこの会社に?」

美咲は少し間を置いてから、静かに答えた。

「御社の製品に感動したからです。品質の高さ、技術力の高さ、ものづくり企業として本当に素晴らしいと思いました。」

「そうか。」

「しかし——お願いがあります。誰にも、私が社長の娘ということを言わないでください。」

「どうして?」

「私、お父さんの七光で評価されたくないんです。自分の実力だけで、この会社で認められたい。」

宗介は娘の強い意思を感じた。

「分かった。」

「ありがとうございます。」

美咲は頭を下げ、社長室を出ていった。宗介は娘の背中を見送りながら、複雑な思いを抱えていた。

「娘は製品に感動したから入社した——そう言った。だが、本当にそれだけだろうか。二十二年間、自分を憎んでいたはずの娘が、なぜ今になって自分の会社に入ってきたのか——宗介には分からなかった。だが何か理由があるはずだ。」

そう思った宗介は、娘を見守ることにした。影ながら、娘の成長を——そして、いつか娘の本当の思いを知りたいと思った。

入社初日、美咲は営業部に配属された。容姿端麗な美咲に、男性社員の視線が集まる。

「新人の子、めちゃくちゃ可愛いぞ。」「あんな子がうちに入ってくるなんてな。」

ざわめきの中、営業部長の黒崎武志が近づいてきた。身長百八十センチを超える大柄な体格に、高級そうなスーツをまとい、周囲を見下すような目つき——まるで自分がこの世界の支配者であるかのような傲慢さを漂わせていた。

黒崎は美咲のデスクの前で足を止めると、履歴書を手に取り、鼻で笑うように息を漏らした。

「ええ、お前が新入社員か。川村美咲ね。」

「はい、よろしくお願いします。」

美咲は立ち上がって頭を下げたが、黒崎の表情は曇った。

「まあ、新人なんて使えないのが当たり前だからな。期待はしてないけど。」

その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が一変した。平社員たちは目を伏せ、誰もが黒崎の視線から逃れるように自分の仕事に集中するふりをしている。

黒崎は取り巻きの社員たちに囁いた。

「あいつ、どうせ顔採用だろ。」

「そうですね。部長、俺は顔だけで評価されるやつが一番むかつくんだよ。」

黒崎は美咲のデスクにやってきた。

「おい、川村。倉庫の在庫整理しておけ。」

「承知しました。」

「それから会議室の清掃と、車両者の洗車もな。」

「標準にやっておけ。」

「車両者の洗車も、かしこまりました。」

営業部に配属されたはずなのに、与えられる仕事は雑用ばかり——

昼休み、倉庫で在庫整理をしていると、若い社員が通りかかった。沢村司という名札をつけた二十八歳の男性で、美咲と目が合うと申し訳なさそうに会釈をして去っていった。

美咲は黙々と作業を続けた。

「お父さんには、絶対に心配かけたくない。自分の力でなんとかする。」

その日の夕方、黒崎が美咲のデスクにやってきた。

「川村、仕事遅いな。」

「すみません。」

「新人なんてこんなもんか。使えないなあ。」

そう言い置いて立ち去る黒崎——美咲は拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込むほど強く——

「絶対に見返してやる。」

帰宅後、父から電話がかかってきた。

「美咲、仕事は順調か?」

「はい。順調です。」

美咲は嘘をついた。父に心配をかけたくなかったからだ。

「そうか——無理するなよ。何かあったらすぐに連絡してくれ。」

「大丈夫です。」

冷たい口調で返す美咲——

「ああ。」

電話を切った後、美咲は一人で呟いた。

「お父さん、私、強くならなきゃいけないの。」

窓の外には夜の街が広がっている——美咲は決意を新たにした。

入社から一ヶ月が過ぎた頃、美咲は初めてまともな仕事を任されることになった——いや、正確には、任されたのではなく、押し付けられたのである。

黒崎がめんどくさがって丸投げしてきた——商談資料の作成。本来なら部長自身がやるべき仕事だった。引き合い先との重要な会議に使う資料で、期限は明後日。

黒崎は美咲のデスクに書類の束を放り投げた。

「これ、明後日までに仕上げておけ。」

「承知しました。内容を確認させていただいても?」

「好きにしろ。」

そう言って美咲の肩を掴む——その手には、嫌味な力が込められていた。

「だしできなかったら知らないぞ。新人に任せた俺がバカだってことになるからな。」

黒崎が去った後、美咲は資料を確認する——製造工程の改善提案に関する企画書——専門的な知識がなければ、到底作成できない代物だ。

だが美咲は諦めなかった。

「このぐらいでなんてことないわ。絶対に完璧に仕上げる。」

深夜まで残業を重ね、美咲は完璧な資料を作り上げた——大学で学んだ経営学の知識と、必死に調べた製造現場の情報を駆使する——具体的な改善策を数値と共に提示した企画書は、自分で言うのもなんだが、かなりの出来栄えだ。

翌朝出社してきた黒崎に資料を渡すと、黒崎は一瞬だけ目を見開いた。

パラパラとページをめくり、内容を確認する黒崎——その表情が、少しずつ歪んでいく。

「ふうん。」

すぐに何食わぬ顔で書類を鞄にしまい込む——認めたくない——その感情が黒崎の表情に滲んでいた。

「まあ、使えるレベルだな。」

そして嫌味に付け加えた。

「誰かに手伝ってもらったんだろ?新人がこんなの作れるわけないからな。」

周囲の社員たちが凍りついた表情でこちらを見ている——美咲は何も言わず、ただ黙って頭を下げた。

商談前日の夕方——

「おい、川村、ちょっと来い。」

「はい。」

美咲は黒崎の後について会議室に入った。そこには、美咲が作成した資料が広げられていた。

「この資料だがな。」

黒崎は資料を手に取り、美咲の前で破り捨てた——ビリビリという音が会議室に響く。

「ええ、使えない。全部やり直しだ。」

「どこが問題でしょうか?修正します。」

「いや、全部だ。コンセプトから何から、全部気に入らない。」

美咲の顔が曇る——明日が本番なのに、今から全部やり直しを命じられる——

「今夜中に作り直せ。できなかったら、お前のせいで商談が台無しになったってことだからな。」

「で、でも——」

「文句あるのか?新人のくせに。」

黒崎は美咲を睨みつけた。

「それとも、できないって最初から白旗か?まあ、顔だけの女には無理だろうけどな。」

美咲は拳を握りしめた。

「やります。」

「そうか——じゃあ頑張れよ。」

黒崎はニヤリと笑って、会議室を出ていった。美咲は破られた資料を見つめた——徹夜で作り上げた資料が、今目の前でバラバラになっている——涙がこぼれそうになったが、美咲は耐えた。

「泣いてる場合じゃない——やるしかない。」

朝、美咲は徹夜で作り直した資料を黒崎に提出した——目の下には、深い隈ができている——黒崎は資料をパラパラとめくり、鼻で笑った。

「ふ、まあこんなもんか。」

そして何食わぬ顔で鞄にしまい込んだ。

「商談行ってくるわ。」

「はい。」

その日の夕方、黒崎は取引先から高評価を得たことで機嫌がいいのか、珍しく上機嫌な様子である。

「川村。」

黒崎は資料を美咲の前に置いた。

「お前の資料、まあまあ良かったぞ。」

「ありがとうございます。」

「まあ、新人にしては頑張った方だ。次はもっといいものを作れよ。」

そして新しい書類の束を、美咲のデスクに置いた。

「これ、来週までに頼むわ。お前、資料作成みたいだからな。」

「承知しました。」

「期待してるぞ。」

黒崎はニヤリと笑って去っていった——美咲は新しい書類を見つめた——また膨大な量の仕事だ——黒崎は美咲の実力を認めたわけではない——ただ都合のいいように使おうとしているだけだ——褒めるふりをして、さらに仕事を押し付ける——そして失敗したら責任を押し付ける——美咲はそのことに気づいていた——周囲の社員たちも、哀れむ目で美咲を見ている——だが誰も助けてくれない——

「なんで私だけ?」

拳を握りしめ、唇を噛みしめる——昼休み、休憩室で一人でいると、美咲の耳に女性社員たちのひそひそ話が聞こえてきた——廊下の向こうから、小声で話している声が漏れてくる——

「ねえ、川村さん見た?また徹夜させられてたみたいよ。」

「黒崎部長、ひどいよね。なんか美人の新人には特に当たりがきついっていうか……前の子も、結局やめちゃったもんね。」

「あの時もひどかったし。」

誰もが黒崎のやり方に疑問を感じている——だが、声をあげることはできない——次は自分が標的になるかもしれない——その恐怖が、社員たちの口を封じていた——

「来月の歓迎会、怖いよね。」

「去年、新人の子が泣かされてたじゃん。」

「ああ、あれね——部長、酒入るとさらにひどくなるから。」

「今年もきっと——」

女性社員たちの声が遠ざかっていく——美咲は休憩室で一人、コーヒーカップを握りしめていた——

「誰も自分を助けてくれない——助けられない——それが現実なのだ。」

美咲は孤立していた。

入社から二ヶ月が経った頃、会社に激震が走る出来事が起きた——主要取引先との間で、製品の品質に関する重大なトラブルが発生したのである——納品した部品の一部に不具合が見つかり、取引先は激怒——担当していた黒崎は青ざめた顔で会議室に呼び出され、経営陣からの厳しい追求を受けることになった。

美咲がその事態を知ったのは、会議室から飛び出してきた黒崎が、廊下の行きがかりでこちらに向かってきた時だった——

「おい、川村——お前のせいだぞ——お前が作った資料に問題があったから、こんなことになったんだ。」

周囲の空気が凍りついた——社員たちは顔を見合わせる——「また始まった——黒崎の責任転嫁だ——新人がまたやられている——」そんな空気がフロア全体に漂った——

だが美咲は冷静だった。

「黒崎部長——お時間をいただけますか?この問題について、私なりの見解をお伝えしたいのですが。」

「はあ?新人のくせに、何が分かるんだ?」

「私の資料を見ていただければ分かりますが、温度管理の重要性は明記してあります——しかし、実際の製造指示書には、その部分が省略されていました。」

黒崎の顔が引きつった——美咲の提案書も読みもせずに、自分の都合のいいように改変していたことが、今まさに露呈しようとしていた——

「それは、現場の判断で省略したんだ。」

「では、今回の不具合の原因は、その判断ミスということになるのでは?」

黒崎は言葉に詰まった——

「幸い、解決策があります——温度管理を適正化し、検品工程を追加すれば、不具合は防げます。」

黒崎は一瞬美咲を睨みつけたが、すぐに表情を変えた。

「なるほど——お前、意外と使えるな。」

そして小声で囁いた。

「今夜中に対策案の詳細資料、作っておけ——明日、俺が取引先に説明するからな。」

「え——」

「文句あるのか?お前の案を採用してやるんだぞ——感謝しろよ——あ、あと——今回のミスな、省略してはいけないんだったら、最初からそう明記しとけ——そうすれば未然に防げたはずだ——つまり、結果としてお前のせいだってことだ——資料と一緒に始末書も書いとけよ。」

黒崎はめちゃくちゃな理屈を並べ立てた後、ほくそ笑みながら笑って去っていった——周囲の社員たちは、哀れむ目で美咲を見ている——だが誰も何も言えない——沢村が、小さく息を飲んだ——また黒崎が手柄を横取りしようとしている——それが分かったからだ。

その夜、美咲は再び深夜まで残業し、詳細な対策案と始末書を作成した——黒崎は、美咲が作成した対策案を持って、取引先へ向かった——

昼過ぎ、黒崎が会社に戻ってきた時には、取り巻きの社員たちが出迎えた。

「部長、どうでしたか?」

「完璧だったよ——取引先も納得してくれた。」

「さすがです。」

午後、専務が営業部にやってきた。

「黒崎君、取引先から連絡があった——君の対策案、非常に高く評価されているそうだ。」

「ありがとうございます。」

「今回のトラブルは君の責任でもあるが、迅速な対応で事態を収拾した——その手腕は評価に値する。」

専務は満足に頷き、去っていった——周囲の社員たちが黒崎を賞賛する——美咲は自分のデスクで、黙々と雑用をこなしていた——

「自分が考えた対策案が、全て黒崎の手柄になっている——その現実があまりにも理不尽だった——なんで私が考えたのに——」

どこにもぶつけることができない怒りをこらえながら——美咲の目には涙がこぼれた。

トラブル解決の翌日、美咲は再び深夜まで残業していた——黒崎から押し付けられた新しい仕事を、一人で片付けている——午後十一時を過ぎた頃、沢村が美咲のデスクにやってきた——フロアには、もう誰もいない——

「川村さん、またこんな時間まで。」

「あ、沢村さん——すみません——まだ終わらなくて。」

沢村は椅子を引いて、美咲の隣に座った。

「昨日のこと——あの対策案、川村さんが考えたんですよね。」

「はい。」

「僕、全部見てました——黒崎部長が川村さんの案を横取りしたこと。」

美咲は何も言えなかった——

「ひどすぎます。」

「いいんです——トラブルが解決したなら、それで——」

「そんなの、いいわけがない——このままじゃ、川村さんが潰されてしまう——これは嫌がらせのレベルを超えてますよ——明らかな権力乱用だ——労働基準監督署に相談すれば、なんとかなるかも——それと——黒崎部長の発言を録音しておいた方がいいです——証拠があれば、後で役立ちます。」

「録音?」

「はい——実は僕も、少しずつ証拠を集めているんです——不正経費とか、黒崎部長が会社の金を私的に使ってるんです。」

美咲は驚いた表情を浮かべた——

「録音アプリの使い方、教えますよ——すごく使えるのがあるんです。」

「ありがとうございます——録音はやってみます——労働基準監督署は——」

美咲は少し考えてから答えた。

「そっちは、今は検討させてください。」

「どうしてですか?」

「だって——これ以上、負けたくないんです——自分で解決したい。」

「わかりました——でも、無理だけはしないでください。」

「はい。」

沢村は美咲の強い意思を感じたが、同時に不安も感じていた——このままでは、今まで辞めていった新人たちの二の舞になる——そう直感していた——沢村はスマホを取り出し、録音の使い方を説明し始めた——美咲は真剣にメモを取る——

説明が終わった後、美咲は手帳を取り出してメモを整理しようとした——その瞬間、手帳から一枚の写真が滑り落ちた——沢村がそれを拾い上げる——写真には、幼い美咲と、三十代ぐらいの男性が映っていた——男性は美咲を抱き抱え、ぎこちない笑顔を作っている——

沢村は男性の顔に見覚えがあり、反射的に写真の裏を見た——そこにはこう書かれていた——

「三歳、お父さんと」——そして手書きで「日山美咲」という名前が記されていた——

「ひ——山——」

美咲の顔が一瞬で青ざめる——

「あ、川村さん、これ——」

沢村は写真をじっと見つめた——若い頃の男性の顔——どこかで見たことがある——会社の王座に飾られている創業者の写真だ——

「もしかして——社長の娘さんですか?」

美咲は観念したように、小さく頷いた。

「はい。」

沢村は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに穏やかな笑みに変わった。

「そうだったんですか。」

「お願いします——誰にも言わないでください。」

「わかりました。」

沢村はそう言うと、写真を美咲に返した。

「でも川村さん、それならなおさら、社長に相談した方がいいんじゃ——」

「いえ——お父さんには頼りたくないんです。」

美咲の目に複雑な感情が浮かぶ——

「私——お父さんとはずっとギクシャクしてて——だから、自分の力でなんとかしたいんです。」

沢村は美咲の思いを聞き、胸が痛んだ——社長の娘でありながら、誰にも頼れずに一人で戦っている——その姿があまりにも痛々しかった——

「そうですか——わかりました。」

だが沢村は、心の中で決めていた——前に辞めた新人も、同じように頑張って耐えていた——何かあってからじゃ遅い——美咲は一人で抱え込もうとしている——だが黒崎の悪さを知っている沢村は分かっていた——このままでは、最悪の事態が起きる——

その週の月曜日、総務部から全社員にメールが届いた——新入社員歓迎会を開催するという内容である——入社二ヶ月後の合同歓迎会で、今週末に開催される——社長が珍しく歓迎会に出席する予定との噂が流れた——美咲は少し不安になった——父が来ることで、正体がバレるのではないか——だが約束をした父を信じることにした——

しかしその翌日、総務部から訂正メールが届いた——「社長は海外出張からの帰国便が遅れるため、歓迎会には間に合わない見込みです」——黒崎はそのメールを見て、ニヤリと笑った——取り巻きの社員に声をかける——

「社長は来ないってよ——飛行機が遅れるんですね——よし。」

黒崎は下卑た笑いを浮かべた——

「じゃあ今週末は——思う存分——あの女を追い詰めてやる——誰も止める者はいない。」

「部長、やりすぎないでくださいよ——前にも——」

「大丈夫だ——社長はいないんだから。」

その夜、美咲は一人で考えていた——ベッドに座り、スマホを握りしめながら——

「今週末の歓迎会——お父さんは来ないんだ——」

少しだけ安堵した——正体がバレる心配はない——だが同時に、不安も感じていた——美咲はスマホの録音アプリを確認した——沢村が教えてくれたアプリだ——

「録音は続ける——証拠を集めて、自分でなんとかする——私——負けない。」

美咲は決意を新たにした。

歓迎会当日——全てが動き出そうとしていた——

会場となったホテルの宴会場には、百人以上の社員が集まっていた——新入社員合同歓迎会——入社二ヶ月の社員全員を祝う社内行事である——華やかなシャンデリアの下、円卓が並び、社員たちが談笑している——美咲は末席に座り、周囲の喧噪を眺めながら、静かにウーロン茶をすっている——黒崎は神座に陣取り、取り巻きの社員たちに囲まれて、上機嫌で酒を煽っていた——

「いや——今日は楽しくなりそうだな。」

「部長、飲みすぎないでくださいよ。」

「大丈夫だ。」

黒崎はニヤリと笑った——酒に濡れた目には、獲物を見つけた漁師のような光が宿っている——沢村は、美咲の様子を心配そうに見守っていた——美咲はスマホを手元に置いていた——いつでも録音できるように——その準備は、すでに整っている——

宴もたけなわになった頃、黒崎が酔った勢いで立ち上がった——マイクを手に取り、会場全体を見回す——その視線は、最初から美咲を捉えていた——

「さあ——今回の新入社員を紹介するぞ。」

新入社員を紹介するという名目だったが、その目は最初から美咲だけを見ている——

「やっぱり部長は川村さんを——」

沢村は、悪い予感が当たったと息を飲んだ——過去に新人が辞めていったパターンと、全く同じだった——

「川村美咲——二十二歳——新卒で入社したばかりだ。」

会場から拍手が起きる——しかしその拍手には、どこか気まずさを含んでいた——

「おい、川村——ステージに上がってこい。」

「え?」

「新入社員なんだから——みんなに挨拶しろよ——ほら、早く。」

美咲は立ち上がり、ステージに上がった——百人以上の社員たちの視線が、美咲に集中する——黒崎は店員に声をかけた。

「おい、ワイン持ってこい——一番高いやつ。」

店員がワインを持ってくる——黒崎はグラスにワインを注ぎ、美咲に差し出した——

「ほら、飲め。」

「いえ、私お酒は——」

「新入社員のくせに、上司の進める酒も飲めないのか。」

美咲は何も言えず、ただ静かに立っている——社員たちは息を飲んで、この光景を見守っていた——「また始まった——黒崎の新人いじりだ——去年も、一昨年も、同じ光景を見てきた——だが誰も止められない——」

美咲はテーブルの下で、スマホの録音ボタンを押した——この瞬間も、証拠として残す——その冷静さが、美咲にはあった——

黒崎は美咲を見上げながら続けた。

「こいつ——顔だけはいいだろう。」

会場から乾いた笑いが起きた——社員たちは、黒崎の言葉に凍りついている——

「まあ——顔だけなんだけどな。」

会場の空気が少し冷える——美咲は拳を握りしめた——唇を噛みしめ、ただ耐えている——

「なんでこの人はここまでするの?でも——耐えるしかない——冷静に——全てを記録する——それが私が決めたことだった。」

「自己紹介したらどうだ?」

美咲は何も言わず、ただ静かに立っている——沢村が拳を握りしめているのが、視界の片隅に映った——

「まあいい——お前みたいに楽に生きてきた奴には分からないだろうけどな——俺はな——」

黒崎は酔った目で美咲を見下ろした——

「底辺から這い上がってきたんだよ——必死で勉強して、努力して——ようやくここまで来た——だから——お前みたいに、顔だけで評価されて、楽して生きてきた奴が——一番許せないんだ。」

美咲は黙って耐えている——涙がこぼれそうになるのを、必死で耐えた——

「お前の親も——どうせ同じだろう——見た目だけ良くて中身空っぽ——そんな親に育てられたから——お前もこうなんだろう。」

その言葉を聞いた瞬間——美咲の中で何かが弾けた——

「待ってください。」

「はあ?」

「私のことを悪く言うのはいいです——でも、父を侮辱するのは許せません。」

美咲の声は震えていなかった——その目には、強い意志が宿っている——

黒崎は美咲の言葉にさらに腹を立てた——

「なんだと?生意気な口を聞くな。」

「私の父は、立派な人です。」

「はあ——口では何とでも言えるだろうが。」

「あなたよりも、とても努力しています——そして、一生懸命な人です——私は父を尊敬してるんです。」

「何熱くなってんだ?そこまで言うなら——親呼んでみろよ。」

会場が静まり返る——息を飲む音すら聞こえてきそうなほどの静寂だった——

「何を言っても——顔だけで育ててきた親なんて、ろくなもんじゃないだろう。」

美咲は決意した表情で、黙って耐え続けた——

「ここで父を呼んだら負けだ——証拠を集めた——自分でコンプライアンス部門や労基に申請して戦う——父には、最後まで頼らない。」

黒崎は美咲の様子を見て、さらに苛立った——

「しかし——反抗的だな——ここまで追い詰めて折れない奴は、お前が初めてだ——そんな生意気な奴にはな——俺からの入社祝いだ。」

黒崎は手に持っていたワイングラスを美咲に向けた——そして——ぶしゃあ——ワインが、美咲の顔にかけられた——

会場全員が凍り着いた——

「ひどい——」「え、信じられないんだけど——」

美咲の顔を、赤いワインが滴り伝う——白いブラウスも赤く染まっていく——だが美咲は動かなかった——ただ静かに立ち尽くし、スマホで録音を続けている——

涙が頬を伝うが、美咲は耐え続けた——

「お父さん——私——負けないから——」

心の中でそう呟く——

その時——沢村が立ち上がった——

「やりすぎです——部長——いくらなんでも、これは——」

黒崎は沢村を睨みつける——会場の全員が、沢村を注目した——

「なんだお前?川村を庇うのか?」

「これは度が過ぎています——やめてください。」

黒崎はニヤリと笑った——

「ああ、そうか——お前ら、できてるんだろ——何を?顔のいい者同士、仲良くやってるんだろう——気持ち悪いなあ。」

黒崎は取り巻きに声をかけた——

「おい——ワインのボトル持ってこい。」

「え——」

「持ってこいったら、持ってこい。」

社員Aが、震えながらワインボトルを差し出す——黒崎はそのボトルを手に取り——どばあ——沢村の頭から、ワインをかけた——ボトルごと、容赦なく——

「うっ——」

ワインが沢村の頭から全身を伝う——スーツが赤く染まっていく——

「お前ら——二人揃ってクビだ——明日から来なくていい。」

会場が完全に凍りついた——誰も何も言えない——恐怖が、会場全体を支配していた——

しかし——ここまで沈黙を貫いていた美咲は——その光景を見て——ぶち切れた——

「黒崎部長。」

「はあ?」

「自分がどれだけ侮辱されても、耐えてきました——でも——自分を守ろうとしてくれた人を傷つけられるのは——許せません。」

美咲は震える手でスマホを握りしめた——

「さっき——親を呼んでみろって言いましたよね。」

「はあ——それがどうした?」

美咲は涙を拭い、まっすぐに黒崎を見つめた——

「呼びます。」

「はあ?」

美咲はスマホを取り出し、震える指で電話をかけた——

「お願い——出て——お父さん。」

心の中で必死に祈る——宗介が歓迎会に来ないのは知っている——飛行機が遅れているから——でも電話だけでも出てくれれば——この状況を止められるかもしれない——

プルル……プルル……

その様子を見て、黒崎は爆笑した——

「マジで呼んでんのかよ——パパに泣きついてダっさ——どうせ、ろくな親じゃねえんだろ——楽しみだな。」

その時——電話が繋がった——美咲は電話を耳に当てながら、静かに言った——

「お父さん——部下の方が——呼んでるよ。」

「え?」

その瞬間——バンッ——

会場の扉が勢いよく開いた——

扉の向こうから、一人の男性が入ってきた——スーツを着た五十代の男性——その男性の手には、スマホが握られている——会場の全員が、その男性を見つめた——呼吸すら忘れたかのように静まり返っている——百人以上の視線が、一斉にその男性に注がれる——

シャンデリアの光が、男性の姿を照らし出す——堂々とした歩み——揺るぎない威厳——存在感だけで、会場の空気が一変した——男性がスマホ越しに話しかける——落ち着いた声が、宴会場全体に響き渡る——

「もしもし——咲か?」

美咲の目から涙が溢れる——

「お父さん——」

宗介は美咲の元へ、ゆっくりと歩いていく——一歩一歩——足音とともに空気が変わっていく——黒崎の顔が、みるみる青ざめていく——

「え——社——社長——」

ざわめきが広がる——

「もしかして社長?あれ?来ないんじゃ——」

沢村も、目を見開いて驚いた——

「社長——まさか——本当に来てくれたのか?」

宗介は美咲の前に立ち、優しく肩に手を置いた——

「美咲——お父さん——よく呼んでくれた。」

「お父さん——ごめんなさい——」

「謝ることはない。」

宗介は、美咲のワインで染まった顔と服を見た——その瞬間——宗介の目が、氷のように冷たくなった——

「黒崎。」

その一言だけで、会場の空気が凍りつく——

「し——社長——いつ——」

「黙れ。」

黒崎の言葉を遮り切る——その声には、抑えきれない怒りが込められていた——

宗介は黒崎の前に立ち、見下ろした——

「お前は——今——何をした?」

「し、社長——これは、その——」

「聞いているんだ——何をした?」

黒崎の顔が、顔面蒼白になっていく——

宗介は美咲を見た——ワインで染まった娘の姿を見て——拳を握りしめる——

「——娘に——ワインをかけたな。」

「あ、そ、それは——む——娘?」

「部下にも、ワインをかけたようだな。」

宗介は沢村を見た——沢村の頭からも、まだワインが滴り落ちている——

「公衆の面前で新入社員を侮辱した——そして、それを止めようとした部下を暴行した——」

黒崎は床に膝をついた——もはや、立っていることすらできない——

「言い訳はあるか?」

「申し訳——ございません——」

「謝罪など不要だ。」

宗介の声が、さらに低くなる——黒崎は何も答えられなかった——ただ体を震わせている——

宗介は全員に向かって口を開いた——

「改めて紹介する。」

宗介は美咲の肩を抱き寄せた——

「この川村美咲は——私の娘だ。」

会場が一瞬で静まり——次の瞬間——大きなざわめきに包まれた——

「川村さんが——社長の娘——」

美咲は涙を拭いながら、全員に向かって頭を下げた——

「改めまして——川村美咲です——娘は母の姓で育った——娘の強い希望で、その姓のまま入社させた——美咲は——親の七光ではなく——自分の力だけで評価されたいと言った——私はそれを尊重した——だから——誰にも娘のことは明かさなかった。」

宗介の視線が、再び黒崎に向けられた——

「黒崎——お前は——この二ヶ月間——娘に——何をしてきた?」

美咲がスマホを取り出した——

「お父さん——これ——聞いてください——私——証拠を集めていたんです。」

美咲は録音を再生した——会場全体に、黒崎の声が響き渡る——

「どうせ顔がいいから採用されたんだろ。」

「新人のくせに——お前みたいな顔だけの女は——雑用係がお似合いだ。」

「親呼んでみろ——どうせ顔だけで育ててきた親なんて——ろくなもんじゃないんだろう。」

会場が、完全に凍りついた——

「そ、それは——」

「これが——お前のやってきたことか。」

その時——沢村が立ち上がった——

「社長——私からも——証拠があります。」

沢村は書類の束を差し出した——

「これが——黒崎部長の不正経費の証拠です。」

宗介は書類を受け取り、目を通した——その表情が、険しくなっていく——

「黒崎——お前は——即刻解雇だ。」

「そ、そんな——」

「不正経費については——法的措置を取る——パワハについても——しかるべき対応を取る。」

宗介の声には、一切の迷いがなかった——

「今すぐ——ここから出ていけ。」

黒崎は完全に力を失い、床に額を擦りつけた——

「申し訳ございません——」

「警備員を呼べ。」

「は、はい——」

警備員が黒崎を連れ出していく——その背中は、小さく縮こまっていた——会場が静まり——そして——

パチ——パチ——パチ——

一人の社員が拍手を始めた——それが合図となり——会場全体に拍手が広がっていく——最初は小さく——しかしすぐに大きなうねりとなって——会場全体を包み込んだ——百人以上の社員たちが立ち上がって拍手を送る——その拍手には、感謝と希望が込められていた——

黒崎が会場から去った後も、拍手は鳴り止まなかった——

宗介が美咲の方を向いた——その目には——涙が光っていた——

「美咲——よく耐えたな——そして——よく証拠を集めた——お前は——強い子だ。」

美咲は涙を流した——二十二年間——ずっと聞きたかった言葉——それが今——父の口から発せられた——

「お父さん——ごめんなさい——私——お父さんに頼らないって決めてたのに——」

宗介は首を横に振った——

「いいんだ——父親っていうのは——いつだって頼られたいもんさ——嬉しかったよ——初めて——頼ってくれて。」

「お父さん——」

宗介は美咲を抱きしめた——二十二年間——初めての抱擁——それが——全てを癒していく——

「美咲——お前は——一人じゃない。」

美咲は宗介の胸で——声をあげて泣いた——二十二年間——ずっと我慢してきた思いが——溢れ出した——会場のあちこちから、すすり泣きの声が聞こえてくる——この親子の和解を見守っていた社員たちが、それぞれの思いを胸に、涙を流している——

しばらくして——宗介は、沢村の前に立った——

「沢村君。」

「はい。」

「秘書から聞いたよ——お前が——娘のことを知らせてくれたこと。」

沢村は驚いた表情を浮かべた——

実は沢村は、美咲が社長の娘だと知った瞬間から、秘書に連絡を取り、美咲の状況を伝えていた——だが美咲と約束していた手前、密かに動いていたのである——

「ありがとう——お前が動いてくれなければ——私は娘の苦しみを——知ることができなかった。」

「いえ——私はただ——川村さんを助けたくて——」

「お前は——立派な社員だ——この会社の誇りだ。」

宗介は沢村の肩を叩いた——その手には、感謝の気持ちが込められている——沢村は涙を潤ませた——長年、同じように黒崎に苦しめられてきた自分が——やっと報われた——そう感じた瞬間だった——

美咲も沢村の前に立った——

「沢村さん——ありがとうございます——沢村さんのおかげで——私——救われました。」

「いえ——あなたは——驚くほど強かった——おかげで——この会社は——変われると思います。」

宗介が社員たちに向かって——口を開いた——その声は、会場全体に響き渡る——

「皆さんに——改めて謝罪したい——私はこの会社の社長でありながら——娘や社員諸君が苦しんでいることに——気づかなかった——黒崎のような人間が、長年この会社で好き勝手していたことにも——気づかなかった——これは——私の責任だ——この場を借りて——皆さんに謝罪します。」

宗介は深く頭を下げた——社員たちは、宗介の言葉に息を飲んだ——

「だが——今日この場で——私は宣言する——この会社から——嫌がらせを一掃する——人を評価するのは——学歴や容姿ではなく——その人の仕事ぶりと人格だ——今後、そのような差別的な言動があった場合は——厳正に対処する——そして評価制度も見直す——実力と人格を正当に評価する制度を——新たに導入する。」

社員たちから——再び拍手が起きた——それは——希望への拍手だった——

それから数週間後——黒崎武志の末路は——悲惨なものだった——

即刻解雇された黒崎は、不正経費の返還を求められ——法的措置も取られた——金額は数千万円に登り、黒崎の貯金は底をついた——さらに——新人を辞めさせていた件が業界内で広まり——黒崎を雇おうとする企業は皆無だった——東大卒のエリートとして築き上げてきたキャリアは——一晩にして崩れ去った——

黒崎は小さなアパートで一人——テレビのニュースを見ていた——画面には——劇場カンパニーの新しい評価制度導入のニュースが流れている——

「精密部品メーカー大手の劇場カンパニーが——新しい人事評価制度を導入しました——学歴や見た目ではなく——実力と人格を評価する——画期的な制度として——業界で注目を集めています——」

黒崎は拳を握りしめた——全てを失った今——黒崎には——何も残っていなかった——

「俺は——何のために——」

誰も答えてくれない——ただ静かな部屋に——黒崎の声だけが響いていた——

あれから半年が過ぎた——

美咲は——川村美咲として——営業部で活躍している——社長の娘だということはもう全社員が知っていたが——美咲を特別扱いしようとする者はいなかった——それは美咲自身が望んだことであり——宗介もその意思を尊重していた——

沢村は——嫌がらせ撲滅委員会の委員長として——新しい評価制度の導入に尽力していた——会社の雰囲気は大きく変わり——若手社員たちも——生き生きと働いている——

宗介は海外出張を減らし——娘との時間を増やすようになった——週末には一緒に食事に行き——仕事の話や——他愛もない話をする——失われた時間を取り戻すかのように——二人は寄り添っている——

ある休日——宗介と美咲は——母の墓を訪れた——二人は並んで手を合わせ——静かに語りかける——

「良枝——美咲が——こんなに立派に育ったよ。」

「お母さん——私——お父さんと——仲直りできたよ。」

秋の風が——優しく二人を包み込む——

「美咲——一つ——聞いていいか?」

「はい。」

「なぜ——うちの会社に入社したんだ?本当のことを教えてくれ。」

美咲は少し考えてから——静かに答えた——

「大学のゼミで製造業の研究をしていた時——春精密部品に出会ったの——その品質の高さに——本当に感動した——調べてみたら——それがお父さんの会社の製品だって——知って——正直——複雑だった——」

美咲の目に涙が光る——

「でもその時ね——おばあちゃんの家を整理していて——お母さんの手紙を見つけたの。」

「手紙?」

「——お父さんを恨まないで——この人は不器用だけど——あなたを守るために——必死だったの——って。」

宗介の目からも——涙がこぼれ落ちた——妻が残してくれた言葉が——二十二年の時を経て——娘に届いたのだ——

「その手紙を読んで——涙が止まらなかった——二十二年間——私——お父さんを誤解してたんだって——だから——お父さんがどんな人なのか——知りたくなったの——」

「美咲——」

「お父さんを許せないんじゃなくて——寂しかっただけなんだって——やっと分かった。」

宗介は美咲を抱きしめた——娘の思いを知り——胸が張り裂けそうになる——

「すまない——本当に——すまなかった。」

「でも——あの日——お父さんが来てくれて——初めて——お父さんに守られたって——感じた——お父さん——ありがとう。」

宗介は声をつまらせながら頷いた——

「これからは——もっと一緒にいよう。」

「うん。」

空を見上げると——渡り鳥の群れが、南に向かって飛んでいく——季節は巡り——人生は続いていく——そんな当たり前のことが——今は愛しく感じられた——

美咲はこれからも——この場所で働き続けるだろう——母に恥じない生き方をするために——そして父との絆を深めていくために——それが美咲が選んだ道だった——

親子は笑顔で歩いていく——その背中には——もう二十二年前のような距離はなかった——ただ——温かい絆だけがあった——

そして美咲は知っていた——どんなに辛いことがあっても——父は必ず守ってくれる——そして——自分も父を支えていくのだ——それが家族というものなのだと——

その真実を——美咲は今——心から理解していた——

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