「残念ね。お料理が全部台無しだわ。」娘の誕生日会、私が心を込めて作った料理が畳の上に散乱していた。義母はニヤニヤしながら「折りたたみ机が突然倒れたのよ」と言うけれど、机のロックはしっかりかかったまま。指の一本も汚れていない。怒りで振り返った瞬間、義母の後ろに立つ鬼のような表情の人物が目に入った。パート先で知り合った王じっとだ。義母が「こんな煮物は誕生日にふさわしくない」と笑った料理は、王じっ…

「残念ね。お料理が全部台無しだわ。」娘の誕生日会、私が心を込めて作った料理が畳の上に散乱していた。義母はニヤニヤしながら「折りたたみ机が突然倒れたのよ」と言うけれど、机のロックはしっかりかかったまま。指の一本も汚れていない。怒りで振り返った瞬間、義母の後ろに立つ鬼のような表情の人物が目に入った。パート先で知り合った王じっとだ。義母が「こんな煮物は誕生日にふさわしくない」と笑った料理は、王じっ...

「残念ね。お料理が全部台無しだわ。」

娘の誕生日会当日、私は張り切って用意した料理がすべて畳の上にひっくり返っている光景を目の当たりにしていた。怒りで言葉を失い、義母を振り返ろうとしたその瞬間、ある人物の登場で私は思わず言葉を飲み込んだ。

私は田村み、29歳。家の近くのスーパーでパートをしながら、仕事に家事に子育てにと忙しい毎日を送っている。結婚当初から住んでいるアパートは広くはないけれど比較的新しく、娘の荷物が増えた最近は少し手狭になりつつあった。この物件を選んだのは、夫の職場から家賃補助が出るエリアだったことと、知らない土地で生活を始める私への夫の気遣いがあったからだ。夫の実家はこの土地にあり、義家族や親戚が近くに住んでいる。何かあれば頼れるようにとの提案だったが、娘が小さい頃は皆が私たちを気遣ってくれて本当に助かった。

中でも義実家は徒歩で十分もかからない距離にある。しかし、私にとってそれは少し悩みの種でもあった。義父はとても優しい人なのだが、正直なところ義母とはあまりうまくいっていない。義母は結婚当初から私のことが気に入らないようで、会えば嫌味を言われるし、小さな嫌がらせなんかは日常茶飯事だ。

とはいえ、義母は根っからの気難しい人というわけではない。夫や娘のユナには好かれたいようで、二人に接する時は私に見せる顔とは百八十度違う優しいおばあちゃんなのだ。特にユナのことは目に入れても痛くないほどに可愛がっていて、本当によくしてくれる。そのため、私に嫌がらせをする時は決まって人目のない時で、内容も小さなことばかりだった。

あげればキリがないが、近所から野菜をもらったからと言っては漬け物を渡されたり、パートの出勤前の忙しい時間に「急用だ」と呼ばれたら洗面所の電球交換が用事だったなんてこともある。少しイラッとする程度のことばかりでも、近所だから頻度が高く、私はだんだんと不満が溜まっていった。最近は、いちいち相手にしていたらこちらが疲れるだけだと考え、こんなものだろうと極力受け流すようにしている。

義母はそんな私の態度も気に入らないようだが、表面的には問題なくやれているので気にしていない。そんな私にとって厄介な義母だが、最近はユナを自分の味方につけようとあれこれ画策しているようだ。義母の作戦は分かりやすく物で釣るようなやり方で、夕方や休みの日に大量のお菓子を抱えてやってきてはユナに渡して機嫌を取ろうとする。お菓子ばかりではなく服を渡すこともあり、義母は何かとプレゼントを渡しては「ママよりバーバの方が好きだろう」と言ってユナを困らせた。

義母には娘がいないので、「女の子と言えばこれ」というような固定観念でプレゼントを選んでくれるのだが、残念ながらユナの好みとはかけ離れたものばかりだ。ユナは保育園でお友達と過ごす中で、相手の気持ちを考えることができるようになりつつある。義母が自分のために選んでくれたものだと理解しているので「ありがとう」とは言うのだが、義母に自分の気持ちを正しく伝えることはまだできそうにない。

私は何度か義母にユナの好みを伝えようと話したのだが、義母が私の意見を聞き入れてくれることはなかった。

「あなたには聞いてないの。女の子はこっちの方が好きなはずよ」

もちろん、夫から言ってもらったこともあるが、「男親のあなたには分からないでしょう」と返されるばかりでやはり通じない。ユナがはっきり拒否するか、大きくなって義母が飽きるまでお手上げという結論に終わった。

ユナの誕生日まで十日に迫ったある日曜日、穏やかな朝にふさわしくない玄関の呼び鈴が鳴った。時刻はまだ朝の八時過ぎだが、やってきたのはもちろん義母だ。今日は出かける予定がなかったからいいものの、連絡もよこさずにやってくる義母にはほとほと困っている。出かける前に突然来るものだから、夫が帰ってもらおうと断っても、玄関を塞いで立ち話をすることは何度もある。そればかりか、早く行こうとせかすユナに「バーバと一緒がいいだろう」と言って、外出についてくることもあった。夫とユナは予定通り目的地に行けさえすればいいのだが、出先で関係ない子を言われる私はうんざりする。

今日もユナは、もうすぐ放送が始まるお気に入りのアニメを見るために起きていたのだが、残念ながら夫はまだ夢の中だ。私は仕方なく一人で義母の相手をする。コーヒー派の義母のためだけに買い置きしているドリップコーヒーを入れて、私は気合いを入れようと意識的に口角を持ち上げた。

義母はいつものように、じろじろと遠慮もなく部屋の中を見回している。私が「来るぞ」と身構えたのと同時に、得意のダメ出しが始まった。部屋が乱雑だの、窓ガラスが汚れているだの、まだ掃除機をかけてもいない時間に訪ねてきておいて、義母は私を無精者だと笑う。まだ夫が寝ているから静かにしていたいのだと少し反論すると、義母は面白くなさそうにコーヒーをすすった。コーヒーがぬるいとか、香りがいまいちだとか、義母の文句は尽きることがない。

私は表情だけは笑顔を保ったまま、心の中でため息をついた。ひとしきり私にダメ出しをした義母は、やっと気が済んだのか、パンと笑顔で手を叩いて本題を切り出す。

「もうすぐユナちゃんの誕生日でしょう」

どうやら義母は、ユナの誕生日会を我が家で開くことを提案しに来たらしい。去年まではユナも小さかったので、誕生日当日は家族だけで祝っていた。義母はもうすっかり開催する気満々で、料理やケーキは自分に任せろと張り切っている。本当に、ユナのことになると孫を甘やかしたいおばあちゃんそのものだ。誕生日会自体はユナが喜びそうだし、私も我が家に集まることには賛成できないこともない。

義母が話の流れで楽しそうに友人の孫の誕生日会の話をけなしていると、ちょうど夫が起きてきた。簡単に事情を説明すると、夫も誕生日会の提案に賛成で、ユナの誕生日当日に我が家で開催することが決定した。しかし、ケーキはすでに予約済みだし、料理も当日のメニューは決まっている。

「料理やケーキはもう決めてありますから。気持ちだけで十分だから、義父と一緒にお祝いに来てほしい」

そう義母に伝えると、義母はどうやら自分が好きな店でケーキを買いたかったようで残念そうだったが、話を聞いていたユナが「自分で選んだのだ」と嬉しそうに言うものだから、諦めるしかなかった。

「それならば、料理は何を作る予定なの?」

と聞かれて、私は予定していたメニューを答えると、義母は「ふん」と何か含みがあるような返事を返してきた。夫やユナがいるからか、義母が何かを言うことはなかった。話が大体まとまると、義母はアニメを見始めていたユナにお菓子を渡して、横から散々話しかけ、用事があるからと嵐のように去っていった。

「最高の誕生日会にしましょうね」

誕生日会の当日、私はパートの休みを申請して朝から腕を振るっていた。最初の予定より人数が増えた分、準備は大忙しだ。ケーキは夫が仕事帰りに受け取りに行く予定になっているし、せっかくだから部屋の飾り付けもしようと思い立って、あっという間に時間が過ぎていく。準備が整った十六時過ぎにユナを保育園へ迎えに行くと、先生からも「誕生日会が楽しみだね」と言われるほど、ユナはそわそわしながら過ごしていたようだ。家に帰って部屋の飾りを見ると、大喜びで飛び跳ねた。

そして、誕生日会に来てくれる皆のために「参加のメダル」を作ってプレゼントするのだと、工作を始める。私はその様子を見守りながら、誕生日会の用意を進めていった。

しばらくするとインターホンが鳴り、義両親が二人して大きな荷物を抱えてやってきた。義母が持っているのはおそらくユナへのプレゼントだろうが、私は義母の持つ風呂敷に包まれた荷物が少し引っかかる。しかし、素早く中に入った義母に中身を聞く暇はなくて、二人がユナの相手をしてくれているうちに用意を済ませてしまおうとキッチンへ戻った。今日はユナの好きなメニューばかりで、今から喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

そろそろ帰宅するだろうと、私は和室に用意した机に料理を並べ始めた。人数が多いからと、普段は使っていない折りたたみ机まで出しているが、その上はすぐにユナの好物で埋め尽くされた。私は料理に続いて取り皿やグラスを用意しようと、再びキッチンへ戻る。

すると、和室の方から「ガチャン」と大きな音がした。それも一回ではなく、まるでお皿が何枚も落ちるような音だ。私が嫌な予感を感じて小走りに戻ると、義母がニヤニヤしながら和室から出てくるところだった。

「残念ね。お料理が全部台無しだわ」

義母は自分がプレゼントを置こうと部屋に入ったら、折りたたみ机が突然傾いて料理が落ちてしまったという。さらに、慌てて支えようとしたばかりに隣の机に当たって、全部落としてしまったと、わざとらしく眉を八の字にして続けた。ふと見る和室の中は散乱し、机は二つとも向こうに倒れて、料理がことごとく畳にひっくり返っている。

あまりのことに私が呆然としていると、義母は私の肩を叩き、「大丈夫よ」と間違いなく明るい声で言ってその場を離れた。私がユナに何て言おうとか、夕食をどうしようとか頭をフル回転させていると、義母の呑気な声が聞こえてくる。どうやらダイニングテーブルに自分が持ってきた料理を並べ始めたようだ。

「四人がけのテーブルだけど、ユナは子供椅子だから大丈夫だわ」

と言いながら、唐揚げやハンバーグを広げては紹介している。義母が持ってきた大きな風呂敷の中身は、やはり大量の料理だった。

「大体、煮物なんて誕生日のメニューじゃないわ。それに、バーバの方が美味しいわよ」

義母は自分が作った料理なら友達にも自慢できるだろうと、ユナに上機嫌で話しかける。夫とユナは何が起きたのか理解できず、一人でペラペラと喋る義母を呆然とリビングから見ていた。

私は仕方なく料理を片付け始めたが、すぐに怒りが湧いてきた。「いらない」と言っておいたのに料理を作ってきたこと。そして、料理を落としたという割に指の一本も汚れていないこと。何よりも、勝手に倒れたという折りたたみ机の足だって、きちんとロックがかかったままなのだ。自分に嫌がらせをするためならば、祝いの席でも関係ないのか。怒りが込み上げた私は、もう我慢できないと思い、文句を言うために義母を振り返った。

しかし、同時に義母の後ろに立つ鬼のような表情の人物が目に入って、私は口をつぐんだ。

「あなた、何をしているの?」

髪の毛が逆立つばかりに怒った王じっとに声をかけられて、義母は真っ青になって目を見開いた。実は、今日のお客様は義両親だけではない。私のパート先のスーパーによく買い物に来る王じっと、その娘も誕生日会に招いており、ケーキを受け取った夫が車で迎えに行く手はずになっていた。

そして、先ほど義母が「ふさわしくない」と笑った煮物は、王じっとが作ったもので、ユナがお正月に食べさせてもらって以来大好きな一品だ。「可愛い孫の頼みなら」と昨日から用意をしてくれた王じっとが、同居する夫のおばに今朝届けさせていた。義母の話の途中から後ろで聞いていたらしい王じっとは大激怒で、ちらりと見える和室の惨状も義母の仕業だと確信しているように見える。

王じっとは義父にユナを連れて別の部屋に行くよう指示をして、義母に説教を始めた。後から話してくれた内容によると、義母は義父の姉、つまり義母にとっての義姉と折り合いが悪く、昔は義姉に嫌がらせをして落としいれようとしたことがあったらしい。

「まだそんなことをしているのか」

と声を荒げて怒る王じっとに、義母はうろたえながら私を指さした。

「お嫁さんが悪いの。この子が何も私の言うことを聞かないんです」

義母が自分がしたことだと認めたことに私は驚いたが、もっとびっくりしたのは夫だろう。義母が怒られて小さくなっているのを見ても、未だに「母が他人に嫌がらせをするなんて」信じられない様子で、王じっとの話に耳を傾けている。王じっとはぼそぼそと言い訳をする義母に、「いい加減にしなさい」と子供を叱るように一括した。

そして、王じっとは自分は義母に「言うことを聞け」と言ったことはない。価値観を嫁に押し付けるなと、厳しい口調で義母に言う。それを聞いた義母はさらに小さくなって、よほど王じっとも怖いのかと震え始めた。私は普段優しい王じっともがこんなにも怒るところを見るのは初めてだったので、自分の怒りも忘れて二人の様子を見ていた。

しばらく続いた説教だったが、夫が思い出したようにケーキの箱を冷蔵庫に入れると、王じっとは一つため息をついて話を切り上げた。そして、私たちに王じっとと義母を残して外食に行くよう言って、お金を渡してくれた。ユナの好きなお店で誕生日会を仕切り直すためだ。楽しみにしていた予定とは違ってしまったが、ユナは大好きなファミリーレストランで義父に自分がおすすめのジュースを飲んでもらい、楽しそうに食事を終える。そして、こちらも楽しみにしていたケーキを食べようと自宅に帰った。

私は部屋に入るまで、任せてしまった後始末がどうなったかドキドキしていたのだが、和室は王じっとの監視のもと、義母によってすっかり片付けられている。義母は私たちがいなくなった後でこってり絞られたのか、床に手をついて号泣しながら謝罪してきた。だからと言って今日の出来事が帳消しになるわけではないが、私は胸がすくのを感じる。

ユナは皆でケーキを食べようと誘ったのだが、王じっとはそれを丁重に辞退して、義両親を連れてそのまま帰宅した。義両親は来た時と同じく大荷物で、どうやら義母の料理はもちろん、ダメにしてしまった私の料理も袋に片付けて持ち帰ったらしい。おそらくは王じっとの言いつけだろうが、義母は両手に持ったゴミ袋の重みをどう感じただろうか。

今日はなんだか慌ただしい誕生日になってしまったが、ユナは義父母からプレゼントをもらったり、後日また煮物を作ってもらう約束をしてご機嫌でケーキを頬張る。私と夫はユナの誕生日自体が台無しになってしまわなくて本当に良かったとほっとした。

その後、義父から畳のクリーニング代と改めての謝罪をいただいた。義父は義母と義姉の件は詳しくは知らなかったらしいが、実は義母が義父の弟の嫁にも嫁いびりをしていたことがわかったそうだ。次々と発覚する内容と言い訳ばかりの義母に、「そんなに人が嫌いなら一人で生きていけ」と義父は離婚を言い渡したらしい。まだ成立はしていないのだが、義母は姉が継いだという自分の実家に返されている。

私たちは後日、王じっとのところへお礼と巻き込んでしまったことへの謝罪に出向いた。王じっとはお土産にと美味しい煮物を持たせてくれて、「可愛い孫を守れる強い人になりなさい」と私たち夫婦を励まし、私たちもその言葉を胸に刻む。

実は以前からユナに子供部屋を作ってあげたくて、私たちは引っ越し先の物件を探している最中だ。引っ越しが決まれば王じっとに合う頻度は減るだろうし、義母に至ってはもう会うこともないかもしれない。けれど、人の気持ちを考えることの大切さを、これからもユナに教え育てていこうと思う。

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