お母さん、明日の披露宴には来ないでください。うちの親族は皆、医師や経営者の方ばかりなので、看護師さんがいると場の雰囲気が崩れます—スマホに届いたその文面を、私は震える手で何度も読み返した。夫を亡くしてから四十年、夜勤もこなしながら一人で息子を大学まで送り出し、退職金のほぼ全額である八百万円を結婚式のために振り込んだ。なのに、私を「恥ずかしい存在」として扱う。三十年間、自分の着る物も楽しみも全…

お母さん、明日の披露宴には来ないでください。うちの親族は皆、医師や経営者の方ばかりなので、看護師さんがいると場の雰囲気が崩れます—スマホに届いたその文面を、私は震える手で何度も読み返した。夫を亡くしてから四十年、夜勤もこなしながら一人で息子を大学まで送り出し、退職金のほぼ全額である八百万円を結婚式のために振り込んだ。なのに、私を「恥ずかしい存在」として扱う。三十年間、自分の着る物も楽しみも全...

スマートフォンの画面に、息子の婚約者リサからのメッセージが映った。

「お母さん、明日の披露宴には来ないでください。うちの親族は皆、医師や経営者の方ばかりなので、看護師さんがいると場の雰囲気が崩れます」

私は七十二歳になる。夫を失ってから四十年間、看護師として働き続け、夜勤もこなしながら、一人で息子を大学まで送り出した。その息子が今、私を看護師という職業で差別している。

画面には、二ヶ月前に振り込んだばかりの八百万円の記録が残っていた。退職金のほぼ全額だった。それなのに、私は披露宴に招待すらされない。

息子が七歳の時、夫を亡くした。それから三十年間、朝六時に起きて弁当を作り、夜勤明けに買い物に出かけ、月収十八万円から必死に教育費を捻出してきた。自分の着る物も、楽しみも、すべて削ってきた。そうして育てた息子が、今、私を捨てようとしている。

すべてが変わり始めたのは、二年前に息子がリサと交際を始めてからだった。初めてリサに会ったのは、高級レストランだった。息子が私を紹介すると、リサは上品ぶった微笑みを浮かべて言った。

「あら、お母さんって看護師さんなのね。うちの親族は皆、医師や経営者なんですよ」

その言葉には、隠しきれない見下すような響きがあった。だが、私はその時はまだ、それがただの若い女性の無作法だと思っていた。

二週間後、息子から電話があった。

「母さん、今度リサの実家に挨拶に行くんだけど、その時は看護師の話はしないでくれるか。リサの家族は皆、医師だから、看護師の話をすると変な空気になるんだ」

胸が締めつけられた。私は看護師であることを恥じたことは一度もない。人の命を救い、支える仕事に誇りを持ってきた。なのに、我が子に「隠せ」と言われる日が来るなんて。

リサの実家での顔合わせは、屈辱的な体験だった。

「まあ、隆君のお母様は看護師さんでいらっしゃるんですってね。お勤め、大変でしたでしょう」

リサの母親は同情するような口調で言ったが、その目は完全に見下していた。私はただ、うつむいて曖昧に笑うことしかできなかった。

結婚式の準備が始まると、私への扱いはさらにひどくなっていった。

「お母さん、式場での紹介の時は、看護師という職業は言わないでくださいね。うちの親族は皆、医師や経営者なので、看護師で披露宴の雰囲気が崩れますから」

リサが冷たく言い放つと、息子もうなずいた。

「母さん、リサの言う通りにしよう。彼女の親族は本当に立派な人ばかりだから、あまり目立たない方がいいと思うんだ」

私は何も言えなかった。言いたいことはたくさんあった。しかし、それを言えば、また息子を困らせることになる。そう思うと、言葉が喉の奥に引っ込んでしまった。

結婚式の二ヶ月前、息子から突然の電話があった。

「母さん、相談があるんだけど……結婚式の費用でリサの家と揉めてて、うちの貯金だけじゃ足りないんだ。八百万円、貸してくれないかな」

私は息を飲んだ。八百万円。それは退職金のほぼ全額だった。老後のための、大切な大切な蓄えだった。

「隆、それは私の老後の蓄えなのよ」

「分かってる。でもリサの家族に恥をかかせるわけにはいかないんだ。必ず返すから、お願い」

息子の必死な声に、私は折れてしまった。銀行で八百万円を振り込む時、手が震えた。それでも私は、息子の幸せのためだと思って振り込んだ。

一週間後、私の人生を決定的に変える出来事が起きた。

リサの実家に式の最終打ち合わせで呼ばれた時、少し早く着きすぎた私は、玄関先で中の会話を耳にしてしまった。

「隆君も大したものね。まさか、あんな看護師が八百万円も持っているなんて思わなかったわ。でも、お金だけもらって披露宴には呼ばないなんて、ちょっとかわいそうじゃない?」

「何言ってるのお母様? あんな看護師を披露宴に呼んだら、うちの親族に顔向けできないわ。お金だけもらって、招待しなければいいのよ」

私は凍りついた。まさか、最初から披露宴に呼ぶつもりがなかったなんて。八百万円は、騙し取られたのか。

次に聞こえてきた声が、私の心を完全に打ち砕いた。

「隆もそれでいいって言ってるし、問題ないでしょ」

「そうだね。母さんがいると、正直恥ずかしいし。リサの親族は皆、医師ばかりだから。看護師の母さんが披露宴にいたら、リサに恥をかかせることになる」

その声は、間違いなく息子のものだった。三十年間、朝から晩まで働いて、自分の人生を犠牲にして育てた息子が、私を看護師という職業で差別し、八百万円を騙し取ったも同然の行為を、平然と話している。

震える手で、玄関のチャイムを鳴らした。

「あら、お母さん、いらしてたの?」

リサが笑顔で出迎えた。息子も、何事もなかったかのように言った。

「母さん、来てくれてありがとう」

その瞬間、私の中で何かが静かに、しかし確実に切れた。

その日の打ち合わせは、無我夢中で終えた。帰宅した私は一晩中眠れなかった。布団の中で、息子のあの言葉が何度も何度も頭の中で繰り返された。「看護師の母さんが披露宴にいたら、リサに恥をかかせることになる」。それが、私が三十年間、すべてを捧げて育てた息子の本心なのか。

翌朝、私は決意した。このまま泣き寝入りはしない。

私は、古い同僚の娘がリサと同じ病院で働いていることを思い出した。連絡を取ると、驚くべき情報が次々と明らかになった。

リサは看護記録を改ざんした疑いで自主退職に追い込まれていた。借金は千八百万円。前の彼氏からも五百万円を借りたまま別れていた。実家は抵当権だらけで、借金まみれだった。

数日後、私は借金の督促状、看護記録改ざんの資料、不動産担保の書類、リサと息子とのLINEのやり取りなど、すべての証拠を手に入れた。

そして、あの屈辱的なメッセージが届いた。

「お母さん、明日の披露宴には来ないでください。うちの親族は皆、医師や経営者の方ばかりなので、看護師さんがいると場の雰囲気が崩れます」

このメッセージが、私の決意を最後に固めた。

披露宴当日、私は招待されていないにも関わらず、都内の高級ホテルに向かった。バッグには証拠のコピーを入れてあった。会場に入ると、受付で名前を告げた。係員が困惑した表情を浮かべた。

「申し訳ございませんが、お名前が名簿にありません」

「分かっています。でも私は、息子の母親です。席を用意してください」

係員が主催者に確認を取りに行くと、息子が慌てて現れた。

「お母さん、なんで来たの? 招待していないのに」

「隆、私はあなたの母親よ。披露宴に来る権利があるでしょう」

「お母さん、ここは医師や経営者の方ばかりです。看護師の方がいると、場の雰囲気が崩れます」

その言葉を聞いた瞬間、私はバッグから封筒を取り出した。

「リサさん、あなたについて、少し調べさせてもらったの」

リサの顔色が、見る見るうちに変わった。会場から、ざわめきが広がった。医師や経営者たちが、驚きの表情でリサを見つめている。リサの親族も、次々と青ざめていった。

「隆、あなたも同罪よ。『看護師の母親なんて恥だ』って、あなた自身がリサの実家で言っていたわ。三十年間、全てを犠牲にしてきた母親を、そんな風に扱うなんて、恥ずかしくないの?」

会場から、怒りの声が上がった。

「看護師を差別するなんて」「八百万円を騙し取ったのか」

息子は呆然としていた。

「母さん、ごめん。本当にごめん」

私の心は、動かなかった。

「謝罪なんていらないわ。三十年間の恩を、仇で返したのね。八百万円、今すぐ返してもらいます。返せないなら、今からここで、全ての親族の前で、この証拠を公開します」

「本当に申し訳ありませんでした! 何でもしますから!」

リサが土下座した。

「『何でも』? 今『何でもする』って言ったわよね。じゃあ、今すぐ八百万円を返して」

「それは……い、今は……」

「できないのね。じゃあ、予定通り全てを暴露します」

私は携帯電話を取り出し、会場のスクリーンに接続しようとした。

「待って! 待ってください! 三十分だけ時間をください!」

「いいわ。三十分。八百万円を用意するか、それとも全てを暴露されるか。選びなさい」

息子とリサは、必死になって電話をかけ始めた。リサの友人、息子の勤務先、ありとあらゆるところに借金の申し込みをしているようだった。

スピーカーから、リサの父親の声が聞こえてきた。怒鳴っている。

「うちにそんな金があるわけないだろう! 何を考えているんだ!」

三十分が経った時、息子が震え声で言った。

「母さん……なんとか、集まりました」

息子は複数の消費者金融から借りたらしく、いくつもの書類を見せた。リサも、知人から借りたようだった。

「これで八百万円です。今すぐ振り込みます」

その場で振り込みを確認した。

「確かに受け取ったわ」

二人はほっとしたように息をついた。しかし、私はまだ終わっていなかった。

「これであなたたちとの縁は切れたわ。もう、母さんと呼ばないで。あなたは私を、看護師だからと見下してきた。その通りの距離を置かせてもらうわ。だから、もう関わらないで」

振り返りながら、私は言い放った。

「この証拠、全てコピーを取ってあるから。もしまだ私に近づいてきたら、リサさんの元勤務先にも、隆の会社にも、親族全員にも届けるから。覚悟しておいて」

後ろから、二人の泣き声が聞こえてきた。しかし、私の心は晴れやかだった。会場の人々の同情するような視線を感じながら、私は背筋を伸ばして歩き出した。

披露宴はその場で中止となり、二人は即日、借金を背負った。

二ヶ月後には、息子は会社を辞め、リサとも破局した。看護記録改ざんの訴訟で、リサは医療業界から追放された。実家の抵当権も処理され、家族は離散した。リサは借金取りに追われ、違法すれすれの接客業で身を削りながら借金を返す日々。息子は損害賠償と借金に追われ、夜な夜な繁華街を走らされていた。

私は、駅近くの部屋で絵を描き、友人と笑って過ごしている。

そんなある日、駅前で息子を見かけた。やつれた顔で、コンビニの制服を着ていた。

息子は慌てて駆け寄ってきた。

「母さん、お願い。話を聞いて」

私は冷たく言い放った。

「あなた、誰?」

息子は膝をついた。

「本当にごめん。僕が間違っていた。リサに騙されて……」

「騙された? 自分の意思で、私を『看護師だから恥だ』と笑ったのは、誰? あなたが言ったのよね。『お金だけもらって、披露宴に呼ばない』。そう決めたのは、あなたでしょ?」

「母さん、今本当に困ってるんだ。借金取りに追われて、助けて。お願いだ。助けて」

「三十年間、私があなたを助け続けた結果が、これよ。もう、十分でしょう」

「でも、親子じゃないか」

「親子? あなたが切った縁を、都合よく持ち出さないで」

私は財布から千円札を取り出し、地面に落とした。

「これで最後よ。二度と、私の前に現れないで」

息子は、地面の千円札を拾った。私は、痛まなかった。

何も行動しなければ、八百万円を失い、息子には裏切られ、惨めな老後を送っていただろう。でも私は立ち上がり、尊厳を守ったからこそ、この充実がある。看護師として積み上げてきた年月が、私を支えている。

これが、理不尽に立ち向かった者の報いだ。次の一歩は、誰のためでもなく、私自身のために踏み出す。

私はそう心に決めて、静かに歩き出した。

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