結婚式当日、新郎が姿を消した。控室のドアを開けた瞬間、私は凍りついた——部屋は荒らされ、財布から現金が抜かれていた。監視カメラに映っていたのは、周囲を窺いながら部屋に入る、信じていた男の姿。二年後、突然彼からLINEが届いた。「会って話したい」。再会した彼が言った言葉に、私は怒りで震えた。「ホテル代を貸して欲しいんだ」。彼は私の貯金を盗み、別の女と暮らしていた。なのに、平然と金の無心をしてき…

結婚式当日、新郎が姿を消した。控室のドアを開けた瞬間、私は凍りついた——部屋は荒らされ、財布から現金が抜かれていた。監視カメラに映っていたのは、周囲を窺いながら部屋に入る、信じていた男の姿。二年後、突然彼からLINEが届いた。「会って話したい」。再会した彼が言った言葉に、私は怒りで震えた。「ホテル代を貸して欲しいんだ」。彼は私の貯金を盗み、別の女と暮らしていた。なのに、平然と金の無心をしてき...

結婚式当日、新狼の啓介がいつまで経っても姿を現さなかった。私は控室に置いたままのスマホを取りに行こうと足を速めた。あの時、確かに鍵をかけて出てきたはずだった。なのに、控室のドアは鍵がかかっていなかった。

恐る恐るドアを開けると、室内は荒らされていた。私の荷物は無惨に床に散らばり、鞄はひっくり返されて中身がぶちまけられている。財布からはクレジットカードと現金が抜き取られていた。場内の監視カメラには、周囲を窺いながら控室に出入りする啓介の姿がはっきり映っていた。

私の名前はさやか、32歳。大手広告代理店で働いている。啓介とは友人の紹介で出会った。周りが次々と結婚していく中で焦りを感じた私は、友人に泣きついて紹介してもらったのが彼だった。

私が結婚にこだわったのには理由があった。職場の上司から、「結婚もしていないどころか恋人すらいないなんて」「仕事ができても気が強いだけの女は売れ残るぞ」と、嫌みを言われることが増えていたのだ。最初は無視していたが、その言葉が夜になると胸に突き刺さるようになり、私はどうにかして恋人を作ろうと必死になった。

啓介は爽やか系のイケメンで、私にとても優しかった。私のアパートで半同棲状態で暮らしながら、仕事で疲れ切って帰宅する私をいつもねぎらってくれた。帰宅時間に合わせて料理を作ってくれたり、平日に溜まった家事を進んでやってくれたりして、私は頭が上がらない思いをしていた。

ただ、ひとつだけ気がかりがあった。啓介がどんな仕事をしているのか、私には分からなかったのだ。彼いわく、付き合う前は就職していたが、長年溜まっていた職場への不満が爆発して退職したらしい。今は私が忙しいことを配慮して、家事を率先してやってくれているという。

友人とランチをしている時、恋人の話になった。

「半同棲してるなら結婚も視野に入れてるんじゃないの?」
「でも、正直就職しないままプロポーズされたら怖いよね。働く気があるのかなって思っちゃう」
「まあ、まだ正式にプロポーズされたわけじゃないしね」

友人の言うことはもっともだった。私が逆の立場なら、同じことを言うだろう。

それから一週間後、仕事終わりに啓介からディナーの誘いが来た。指定された待ち合わせ場所は、テレビでも紹介されるほどの超高級ホテルだった。最初は何かの間違いだと思った。

ホテルのロビーに行くと、ソファに座った啓介が嬉しそうに手を振ってきた。

「ちょっとどうしたの?こんな高級ホテルで待ち合わせだなんて」
「実はここの最上階のレストランに予約を取ってあるんだ。さやかの喜ぶ顔が見たくて」

驚きよりも、ディナーの値段の方が心配になってしまった。まさか私が払うことになるのだろうか。仕事終わりの格好のまま浮かないかも不安だったが、啓介は「さやかは何を着ても可愛いから大丈夫だよ」と言ってエスコートしてくれた。

夜景が見える窓際の席に案内され、ワインで乾杯した。運ばれてくる豪華な料理に舌鼓を打ちながら、私は話題を切り出した。

「どうしたの?こんな高級レストランで食事なんて。予約はともかく、値段だって相当でしょ」

すると啓介は真面目な顔つきになって口を開いた。

「さやかには黙ってたけど、俺、実は転職活動が終わりそうなんだ」
「え、そうなの?お祝いされるのは啓介の方じゃん」
「いや、さやかには散々心配かけたし、サプライズで報告したかったんだ。実は、それとは別で言いたいこともあったし」

そう言って、彼はジュエリーショップの紙袋から小さな箱を取り出した。

「俺はさやかと一緒にこの先も暮らしていきたいと思ってる。就職していないうちにプロポーズするのはさすがにまずいと思ってさ。来週からまた出勤するから、さやかと一緒にいるために俺は頑張って働くよ」

私は彼の顔をまっすぐ見つめながら、「こちらこそよろしくお願いします」と伝えた。断られたらどうしようかと昨日から気が気じゃなかったという啓介の安堵した顔を見て、今度は私が彼を支える番だと思った。

ただ、啓介は元々の自宅が新しい会社に近いということで、私の家に来る頻度は前より少なくなると申し訳なさそうに伝えてきた。その代わり、結婚式の準備があるから週末は一緒に過ごそうと約束した。

月日はあっという間に過ぎ、結婚式当日になった。式には職場の同僚やお互いの両親、友人を招待したが、啓介はまだ新しい職場の人と知り合って間もないため、今回は招待しなかったと説明していた。

控室で支度を整え、貴重品はとりあえず見えるところに置いたままにし、鍵をかけて部屋を後にした。結婚式当日に盗むなんて人がいるはずがないと過信していたのも、正直なところだった。

支度が終わっても、一向に啓介の姿が見えない。式の時間は迫り、招待客も私も不安になってきた。

「啓介君、どうしたんだろう」
「朝は元気そうだったけど、まさか急に体調が悪くなったのかしら」

式場のスタッフが控室を見に行ってくれるというので、その背中を見送った。十分後、スタッフが顔色を変えて戻ってきた。

「すみません。新郎の杉原様ですが、お手洗いにも控室にもお姿がなく」
「どういうことだ?啓介君の荷物は部屋にないのか?」
「杉原様のお手荷物も全くなく、スタッフに伝言も預かっておりません」

もしかしたら何か緊急事態が起きて、急遽式場を出たのかもしれない。しかし、一言でも連絡をくれてもいいのではないか。啓介を案じる気持ちはもちろんあったが、少しだけ彼を責める気持ちも湧き上がってしまった。

「さやか、スマホに連絡は入ってないの?」

母に言われ、私は急いで控室にスマホを取りに行くことにした。当初は鍵をかけて出てきたはずなのに、鍵が開いていた。不審に思いながらドアを開けると、目の前には荒らされた部屋が広がっていた。まるで強盗でも入ったかのように。

床には私の鞄の中身がばらまかれ、鞄自体も無惨に投げ捨てられていた。状況を飲み込めずに固まっていると、心配して追いかけてきたスタッフが室内の荒れ具合を見て息を飲んだ。

「すぐに警察に連絡します」

当然、結婚式どころではなくなった。到着した警察による現場検証と事情聴取が行われることになった。鞄の中身を確認すると、なくなっていたのは財布の中の現金と銀行のキャッシュカードなど金目のものだった。窓が施錠されていたこと、窓が割られていないことから、外部の人間による犯行は真っ先に否定された。次に疑われるのは、控室の鍵を持っている人たち。一応私も事情聴取を受けたが、式場に設置された防犯カメラの映像を確認することになった。

新狼の控室前のカメラ映像に、衝撃的な人物が映っていた。周囲の様子を注意深く見回しながら、鍵を使って控室の中に入っていったのは、啓介だったのだ。数分後、啓介は急いで部屋を出ていき、その後は式場のどこに姿をくらましたのか分からない。

警察は、啓介が何らかの事情を知っているか、もしくは私の金品を盗んだと見て間違いないだろうと告げた。式場内部だけでなく周辺のカメラも確認したが、彼の行方は全く掴めなかった。啓介の両親は気が動転しており、何度も頭を下げて謝ってきた。

これには私の管理能力の甘さにも問題があるだろう。鍵さえかけておけば誰も金品を取らないと過信していた自分に落胆した。啓介と半同棲していたことを伝えると、警察は念のため通帳なども確認しておくように言ってきた。

家に帰って確認してみると、案の定、私が保管していた場所から通帳が綺麗になくなっていた。こんなことをできるのは、当然啓介しかいない。ダメ元で彼のスマホに連絡してみたが、当然繋がるはずもなかった。

警察の捜査により、啓介について知らなかった情報が出てきた。彼は新しい会社に転職したと私に話していたが、実際にはその会社に在籍していないことが明らかになった。つまり啓介は、結局私に嘘をついたままプロポーズしてきていた。金品を強奪し、姿をくらますことが当初の目的だったのだろう。

警察があらゆる手段を尽くしても手がかりが得られず、私は次第に啓介のことに関心がなくなっていった。もう過去に囚われず、自分のこれからの人生について考えよう。そう思って、しばらくは実家で暮らすことにした。

あっという間に二年の月日が流れた。そんな中、音信不通だった啓介から突然LINEが来た。

「会って話したい」

私はそのLINEには返信せず、そのままにしておいた。

ある日、会社の最寄り駅で懐かしい人影が見えた。二年ぶりの啓介だった。二年前よりもだいぶ雰囲気が変わっており、髪と髭がボサボサで、元々のイケメンぶりはかなり損なわれているように見えた。彼は私の姿を確認すると、必死の形相で近づいてきた。私は恐怖心を抱き、後ずさったが、それよりも早く啓介が私の腕を掴んだ。

「さやか、話がしたいんだ。逃げないでくれ」

会社の最寄り駅ということもあり同僚も何人かいたため、私は仕方なく彼について行くことにした。

喫茶店に入り、コーヒーを一口飲むと啓介が重い口を開いた。

「さやか、本当にごめん。俺、さやかに色々嘘をついていた」
「もういいよ、そんな話は」

すると彼は、予想外の言葉を口にした。

「それで、今日はホテル代を貸して欲しいんだ」

私は愕然とした。この男は今、何と言った?私の金品を盗んでおいて、再開するなり金の無心に来たというのか。

「さやかに会いにわざわざ駅前のホテルに泊まってるんだよ。だけど、お金が足りなくなっちゃってさ。さすがにもう連絡するお金もないんだよ。だからお願い、婚約者を助けると思って」

私はコップの水を彼の顔にかけたくなるほどの怒りを感じた。しかし、その気持ちを必死に抑えて、私は笑顔を浮かべながら言い返した。

「そんなにお金がないなら、手頃な宿泊場所を紹介してあげるわ。今調べるからちょっと待ってて」

そう言ってスマホを操作し、「トイレに行きたくなってきたから少し席を外す」と伝えて店の奥へと入っていった。五分後、コーヒーを呑気に飲んでいる啓介の前に現れたのは、当時の捜査に関わっていた警察官数人だった。啓介が状況を飲み込めない表情を浮かべた時、私は笑いを堪えるのに必死だった。

「警察です。杉原賢介さんですね。一緒に来ていただけますか?二年前の金品窃盗事件について、重要参考人としてお話を聞かせてください」

突然現れた警察官に顔面蒼白になりながら、啓介は私を見た。

「実はさっき連絡していたのは警察だったの。それなら無料で泊まれるでしょ」

そう言った私に対して、啓介は逆上し始めた。

「なんでだよ。俺が何をしたって言うんだ?」
「杉原さん、あなたが結婚式当日に新狼の控室に出入りしていた姿はカメラにはっきり映っているんですよ。さらに、被害者の通帳を盗んだ疑いもあります。一緒に来てください」

警察官が数人、店の外にも待機していることを確認した啓介は、ようやく諦めがついたのか、がっくりと肩を落として連れて行かれた。

ようやく私のカードや通帳が、二年の時を経て手元に戻ってきた。逃走していた二年間、啓介が何をしていたのかは、警察の事情聴取によって明らかになった。

啓介は元々、私以外にも恋人を作っていた。マッチングアプリで知り合った、年下の可愛らしい女性だという。その恋人にも働いていると嘘をつき、私の貯金やクレジットカードを使って、二人で半同棲状態で暮らしていたらしい。しかし、私が必死に貯めてきた貯金が底をつきそうになったため、金の無心をしに私に会いに来たというのが今回の経緯だった。

さらに啓介は、自分が何をしても謝れば最終的に許されると思っており、金も返すつもりだったと話していたという。当然、警察に逮捕されたことによって彼の悪行は白日の下に晒され、恋人にはこっぴどく振られた。そして事の全てを知った啓介の両親は、「本当にきちんと謝らないと気が済まない」と言って、私の実家まで押しかけてきた。私は謝罪を受け入れたが、今回の件で二度と関わりを持たないことを相手の両親に約束してもらい、帰ってもらった。

そして私は、過去の事情を話した上で分かってくれて、そんな私を支えたいと言ってくれた恋人と半同棲をしている。その恋人は私の会社の後輩で、私が教育担当として指導しているうちに自然と親密になっていった。最初は結婚式当日に逃げられたトラウマもあり、なかなか信用できなかったが、彼は辛抱強く私を待ってくれていた。順調に一年間の交際期間を過ごし、実際に二ヶ月後には彼との結婚式を挙げるための計画を立てている。

ようやく本当の意味で啓介との過去を清算できて、私も安心したし、前を向いて生きていくことができるようになった。あの件から、私は貴重品に関する自己管理の甘さを反省し、なるべく目立つ場所に鞄を置かないようにしている。二年前、どん底だった私がここまで立ち直れたのは、今の彼氏のおかげだ。私はこれからの幸せな生活を、この人と守っていきたいと思う。

Thumbnail