新幹線を乗り継いで、産まれたばかりの我が子に一目会おうと義母の家を訪れたその瞬間、玄関先で夫に「無理だって言ってんだろ」と追い返された。お祝いだけ受け取って、孫には会わせない。理由を問い詰めると、夫は妻の言葉を盾に「おばあさんが、よぼよぼになった時に、世話するのは嫌だ」と言い放った。その場を離れた後、義母から届いた一言に、私はすべてを悟った。「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか」。涙が出…

新幹線を乗り継いで、産まれたばかりの我が子に一目会おうと義母の家を訪れたその瞬間、玄関先で夫に「無理だって言ってんだろ」と追い返された。お祝いだけ受け取って、孫には会わせない。理由を問い詰めると、夫は妻の言葉を盾に「おばあさんが、よぼよぼになった時に、世話するのは嫌だ」と言い放った。その場を離れた後、義母から届いた一言に、私はすべてを悟った。「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか」。涙が出...

リリカはスマホを握りしめたまま、義母の家のインターホンを押した。新幹線を乗り継いで、わざわざ来たのに、産まれたばかりの我が子を一目見せてくれないという。玄関先で立ちふさがったのは、夫のエトだった。

「どうして赤ちゃんに合わせてくれないの?わざわざ新幹線で来たのに」

「リリカが嫌がってるんだ」

「追い返すくせに、お祝いだけは受け取るのね」

「せっかく持ってきてくれたんだし、もらわないのも失礼かなと思ってさ」

「一目だけでいいから、孫に合わせてよ」

「無理だって言ってんだろ」

「どうしてなの?私が何かしたなら謝るわ」

「謝ったところで、合わせることはできないから」

「じゃあ、私が行くって言った時に、そう言ってくれなかったの?会えないなら、わざわざ来ることなかったわ」

「お祝いだけ持ってきて欲しかったんだ」

リリカは唇を噛んだ。この男は昔からこうだ。自分の感情をまるで出さない。エトが不機嫌になる理由なんて、きっと一つしかない。嫁の入れ知恵だろう。

「なんて子なの?」

「嫁に言われて気づいたんだよ。おばあさんが、今後よぼよぼになった時に、世話することになるのは嫌だなって」

「は?誰が世話してくれなんて頼んだ?」

「先の話かもしれないけど、あり得ることだろう。だから今のうちに絶縁するって」

「あ、嫁はそうしたいって言ってる」

「素晴らしい奥さんと結婚したものね」

「それ、嫌味?大なしな子だと思ってたけど、飛んだ猫かぶりだったみたいね」

「ハキハキしてて、俺は一緒にいて楽だよ」

「そう、あなたが幸せならいいわ。じゃあ帰る。元気でね」

数分後、リリカは夫の実家を出た。携帯の画面には、夫の母からメッセージが表示されていた。

「孫に会いに、勝手に貧乏人が来ちゃったか」

リリカは深呼吸をした。もっと早く気づくべきだった。姑はこういう人間だ。金持ちだとは思っていたが、まさか息子にすら隠しているとは。リリカは自分がどれほど無礼なことをしたのか、その時はまだ理解していなかった。

その後、リリカは夫の母を訪ね、詰め寄った。

「息子の言ったことは本当なの?」

「うん」

「何か怒らせるようなことをした?どうしても理由が知りたいの」

「別に、私は年寄りっていう全種が嫌いなだけ」

「あなたのご両親だってそうでしょ?それに、あなたもいずれ年を取るわ」

「身内は別だし。私だってエトにとっての身内じゃない。私からすれば他人だね」

「初孫なの?一目だけでいいから合わせてよ」

「汚い手で赤ちゃんに触るな。とっとと帰れ」

「そこまで言うの?」

「今後、あんたと付き合っててもメリットがなさそうだもん」

「は?」

「何万もするブランドのベビー服、買えないでしょ」

「子供服なんて、すぐに着れなくなるわよ」

「うっとい。そういう古臭いところがマジで無理。とにかく消えてほしい」

「……あなたが人だなんて思わなかった」

「改めまして、こんな感じの嫁です。二度と関わりたくないので、さっさと帰宅しろ」

「そう、じゃあ帰るわ。さようなら。今後は、孫も含め、あなたたちとも一生関わらない。そういう解釈でいいのね」

「もちろん。前言撤回はなしよ」

「するか」

「分かった。息子にもよろしく伝えて」

数日後、リリカの夫エトの母、宇美の下に、ある連絡が入った。

「宇美さん、毎月お貸しいただいていた分が、入金されておりませんが。弁護士から連絡が来ていませんか?」

「貸し付け終了の通知をお送りしたはずですが」

「そんなものを見てませんが。手続きが遅れてるのかもしれません」

「急に貸し付けを止めるなんて、あんまりです」

「うちの息子が、あなたの娘さんと結婚して親戚になったというだけの理由で、貸し付けをしていました。期限は決めず、私の権限でいつでも終了できると、契約書にも明記してありましたよねえ」

「娘はエト君と離婚したんですか?」

「いいえ。二人は仲良くやってるようですよ」

「では、なぜ?」

「私は絶縁されたんです」

「え、あなたはお孫さんに会いましたか?」

「はい。生まれたその日に病院に行きました」

「抱っこできました?」

「もちろんです。エト君に似た可愛い男の子でした。私は新幹線で会いに行きましたが、お祝い金だけ取られて、合わせてもらえませんでした。なぜ?」

「汚い手のババーに触られたくない、そうです」

「誰がそんなひどいことを言ったんですか?」

「リリカさんですよ」

「娘がひどい言われようでした。あんなに傷ついたのは、生まれて初めてです」

「それは大変申し訳ございません。ただ、公式に混動されるのは困るんです」

「先ほども言いましたが、関係がなければ私は、貴社に貸し付けはしなかったと思います」

「それはそうですが」

「逆恨みだと思われても構いません。心情的に、あなたたちとはお付き合いできないんです。申し訳ありません」

電話が切れた。数分後、エトの実家にリリカが乗り込んだ。

「このドアホ、いきなり何なのよ。子供が寝てないんだから、イライラさせないで」

「お前のせいで、うちの会社は終わりだ」

「はあ?私が何したって言うのよ」

「エトの母を怒らせただろう」

「あのばあさんね。わざわざ赤ちゃんを見に来たのを、追い返してやった」

「なんてことを。そのせいで、うちは終わりだ。来月には資金が尽きて潰れるだろう」

「どういうこと?ちゃんと説明してよ」

「エト君のお母さんは資産家なんだ」

「え、そうなの?あの地味なばあさんが?」

「普段はベンチャーなどに積極的に投資をしてる。知る人ぞ知る金持ちだからな」

「でも、エトとは普通の会社で普通の稼ぎよ」

「金持ちの息子だと知られれば、リスクが大きい。連れ去られたり、狙われたりするからな」

「確かに」

「だから、我が子にすら言ってないそうだ。実家も普通の一軒家だったし、騙されたわ」

「本来なら、あの人は成長を見込める企業にしか投資しない」

「すごいじゃん。認められたんだ」

「違う。うちは、お前が嫁だから特別に金を貸してもらえてたんだよ」

「へえ」

「この投資があるから、銀行への支払いもできてたんだ。でも、もう無理だろうな」

「やばいじゃん。パパから社長って肩書きを取ったら、何もなくなる」

「うるさい。お前のせいで、こうなったんだろ」

「は、逆切れやめてよ」

「とにかく、すぐに謝罪してこい」

「え」

「大体、目上の方に向かって、ブレーが過ぎるだろう。そんな風に育てた覚えはない」

「だって仕方ないじゃん。嫌いなもんは嫌いなんだから」

「お母さんに、何か言われたのか?」

「別に」

「それなのに拒絶したのかよ。そりゃ怒りもするぞ」

「だって、姑とか全員悪者だと思ってたし」

「あの方は、俺たちに手を差し伸べてくれたんだ。パパもママも、借金返済に追われることになれば、孫じゃなくなるんだからな」

「それは困る」

「だったら、すぐに謝ってこい」

「たるいなあ」

翌日、リリカは義母の家を訪れた。顔を合わせるなり、頭を下げた。

「お母さん、先日は本当にすみませんでした」

「お父様に、何か言われたのね」

「さて、何の話でしょうか。父とは連絡は取っておりませんが」

「そうですか。で、何の用?」

「産後でハイになっていたんだと思います。子供を産んだ私が、世界で一番偉い気分でおりました」

「そう」

「履歴を見返してみて、震え上がりました。大好きなエトさんのお母様に向かって、何という口を聞いてしまったのかと。大変申し訳ございませんでした」

「遅いわよ」

「え?」

「謝れるのは、子供まで。大人の世界では、取り返しのつかないことは多々あるの」

「大人でも、謝りはありますよね」

「そうね。ただ程度によるし、私は頑固だから、一度決めたことは絶対に覆らない」

「お母さん、私の子を抱っこしてください」

「今更、何を言ってるの?」

「息子には、おばあちゃんが二人もいるんだよって伝えなきゃならないのに、私は愚かなことをしました」

「伝えることはできるじゃない」

「会いたくないんですか?」

「もう結構よ」

「強がるんじゃないよ」

「はい?」

「孫に会いたくないなんてババーはいないんだよ。演技だとは分かってたけど、数分も我慢できないのね」

「うるさい。エトの前でも、そんな感じなの?」

「わけないだろ。女が本性を表すのは、女の前だけなんだよ」

「まあ、確かにそうかもしれないわね」

「パパに聞いたよ。あんた、金持ちなんでしょ?」

「だったら、何?」

「息子にまで、金持ちだってことを隠すなんてね。あの世には、お金なんか持っていけないのに」

「私には私なりの理由があって、そうしてるの」

「毎晩、札束数えて、その汚い顔でニヤニヤ笑ってそう」

「汚さでは、あなたに負けるわね」

「孫に会いたくてたまらないくせに、強がっちゃって。私から見たら、超痛々しいわ」

「そう見えるのね」

「別に、父の会社がどうなろうと、知ったこっちゃない」

「白々しい娘さんだこと」

「それよりも、私はあんたのあの世が楽しみで、仕方なくなってきたわ」

「どうして?」

「その莫大な資産は、全てエトが相続するからよ。まあ、私がいなくなった後のことは知らないから、好きにすればいいわ」

「なるべく早く、召されてくださいね」

「長生きできるよ。頑張るわ」

翌日、エトが妻に問い詰めた。

「どうだった?ちゃんと仲直りできたか?」

「どちらかといえば失敗。むしろ関係悪化って感じ」

「はあ。何をやってんだよ。父さんたちがどうなってもいいのか?」

「うん。ぶっちゃけ、関係なくない?」

「なんだと?」

「私はエトと一緒にいる以上、必ず大金が転がり込んでくる運命だよ。親の小さな会社がどうなろうと、知ったこっちゃないし」

「お前……」

「大体、自分だって卑怯者のくせに、よく偉そうに言えるね」

「俺のどこが卑怯なんだよ」

「娘の結婚に乗じて、姑の目を利用したじゃない」

「それは……」

「私は家を出るわ。これ以上、迷惑かけないで」

「親を見捨てるのか」

「お金のないじじばばなんて、用なしでしょ」

「こういうことを、エトの母さんに言ったんだな」

「もっとひどいこと言ったけどね」

「そりゃ切れられて当然だ。こんな娘に育てた俺たちが悪いんだもんな」

「だね」

「もういい。勝手にしろ」

翌日、リリカの父がエトの母のもとを訪れた。

「この度は、大変申し訳ございませんでした」

「今更、そんな必要はありません。私も、娘から縁を切られてしまいましたよ」

「そうでしたか。娘の無礼な態度は、全て私どもの子育ての失敗が原因です。不愉快な思いをさせてしまい、すみませんでした」

「それを言うなら、私も同じです。嫁と一緒になって、実の親を追い返すような息子に育ててしまった自分を、悔んでも悔みきれませんよ」

「子育てとは、何とも難しいものですね」

「はい。本当に、娘は宇美さんの資産を期待してるような発言をしていました。さすがに危険なことをするアホだとは思いたくありませんが、十分、気をつけてください」

「ありがとうございます。ただ、心配には及びません」

「そうはいかないでしょう。相当な資産をお持ちなのは、間違いないんですから」

「私は、お金を残すつもりはありません」

「はい?」

「私は夫を早くになくし、息子を育てながら、こう考えていました。父から受け継いだ資産を、託せる子に育ったら、全額を譲ろうって」

「そうだったんですね」

「でも、ダメでした。だから、あの子には残さずに、使い切ります」

「私が口を出すことではありませんが、それがいいですね」

「期待をさせたくないので先に言っておきますが、貴社への融資はしません」

「はい、分かっております。子育ても会社経営も、私には才能がありませんでした。もう、会社を畳むことにします」

「私が融資をしないのには、理由があります」

「何でしょう?」

「あなたの会社、ワクワクしないんですよ」

「え?」

「従業員の目も曇ってるし、誰も楽しそうじゃない」

「そう言われましても、事業を立て直すつもりで……いや、違うな。もう一度、出発してみませんか?事業計画書に、私がワクワクしたら、お金を出します」

「本当ですか?」

「ええ、実は私、昔からやりたい事業がありまして。ただ、儲ける自信がなく諦めたんです」

「いいですね。そういう話、大好きなんです。少しお時間ください。すぐに計画書を作ります」

「一つだけ、こちらからもお願いがあります」

「何でもおっしゃってください」

「私たちの子育ての失敗の責任を、一緒に取って欲しいんです」

「と言いますと?」

「次回、お会いした時にお話ししますね」

翌月、エトがリリカに電話をかけてきた。

「絶縁しておいて、ちょっと頼みにくいんだけど、十万くらい振り込んでくれない?」

「何を言ってるんだ?」

「あの時は調子に乗ってた。ごめん。会社は潰れた」

「え?」

「母さんはパートに出てる。俺も弁当屋に就職した」

「はあ。六十手前で、そんなことになってんの?かわいそすぎんだけど」

「俺は辛くないぞ。むしろ、毎日が楽しい」

「そんなわけないじゃん」

「そういうわけで、金は稼がない」

「これってさ、元をたどれば、義母さんのせいだよね」

「いや、義母さんのおかげだな」

「どうしたの?なんか宗教にでも入った?」

「本心でそう思ってる」

「会社さえ潰れなきゃ、私は今もお小遣いもらえてたし、今後も実家から援助してもらえたのに。あのばあさんのせいで、台無しよ」

「そうやって、何もかも人のせいにするな。自業自得だろ」

「遺産も、まだまだ先になりそうだし。早くあの世に行ってくれないかな」

「いい加減にしろ」

「百万でいいんだけど、どうにかならない?」

「三食後、家にいるのになんでそんな金が必要なんだ?」

「色々あんのよ」

「大体、絶縁したのによくも金の無心ができたな。今度こそ、本当に縁を切る」

「あっそ。社長でもないし、金もない。役立たずの親なんて、こっちから願い下げよ」

「そうか。お前にとって、親はもう不要なんだな」

「うん。その言葉に、後悔はないか?」

「ないない」

「分かった。じゃあな。幸せになれよ」

「はーい」

数日後、今度はリリカの母のもとに、息子から連絡があった。

「母さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

「縁を切った息子から連絡が来て。ああ、嬉しいわ」

「わざとらしいな。あの時は悪かったよ。本当に言いすぎたなと思って、反省してるんだ」

「で、いくらは?どうせお金でしょ」

「ありがとう。十万でいいんだ。必ず返すから」

「出産祝いで百万も渡したのにもうないの?」

「ちょっと入り用っていうか」

「あなたの稼ぎで、十分生活できるはずよ」

「出費が重なる時くらいあるだろう。大体、多額の資産を持ってることを隠してたくせに、偉そうに説教すんじゃねえよ」

「は?リリカに聞いたぞ。人に施すほど、金持ってんだろ」

「それが何?」

「なんで俺に言わなかったんだよ。言ったら、どうなってた?」

「ゲームも服も、我慢せずに買えたじゃないか。今だって、安い給料で苦労せずに、遊んで暮らせてたかもしれない」

「そんなくだらない大人になって欲しくなかったから。私の選択は、改めて正しかったと確信したわ」

「なんだよ、それ」

「お金は怖いものよ。人を変えてしまうものなの。実際に、私の資産を知ったリリカさんは、目の色変えてお金の話をしてるんじゃない?それは、私の存在すら疎ましく思ってるはずよ。早く消えろってね」

「そこまでは、ないと思うけど」

「いえ、あなたもそう。私が亡くなれば、多大な遺産を相続できると思ってるんじゃない?」

「そりゃ、まあ、いずれは俺が継ぐことになるだろうけど」

「そうかもしれないわね。その日を、どうかお楽しみに」

「いや、十万は、さすがに手持ちがないの。ごめんなさいね、母さん」

数ヶ月後、リリカが再び義母のもとを訪れた。今度は、一人ではなく、夫エトも連れて。二人は深々と頭を下げた。

「今回は、本当の謝罪です。お母様、数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした」

「あら、久しぶりね。お子さんは元気?」

「お母さんの孫です。どうか会って、抱っこしてあげてください」

「結構よ」

「そうおっしゃらず。孫に会うためだけに、いくら取られるか分かったもんじゃない」

「お金なんて……と言いたいところですが、実は生活に困窮しておりまして」

「らしいわね。息子の稼ぎではやっていけないなんて、どんな無駄遣いしてるのかしら」

「父からの援助を当てにして生活していた部分があり、そのせいでクレジットカードの支払いが苦しくなりました。分割払いやリボ払いにして、何とかしてきたんですが、支払い額がどんどん増えてしまいまして」

「分割にするほど苦しいのに、まだカードを利用していたってこと?」

「給料は支払いに消えますし、それを補填するために、仕方なく……」

「それは大変ね」

「またいい環境で子育てをしたくて、注文住宅を買おうと思ってるんですが」

「嘘でしょ?その状態で、ローンが通るわけないわ」

「今、審査中です」

「だったら安心ね。まず審査に通らないから」

「実家の援助があると思ってたんです。でも、潰れてしまったみたいで」

「前の会社はね。今は、新しく会社を起こして頑張ってらっしゃるわ」

「知らないんですけど」

「そりゃそうでしょう。絶縁したんだから」

「儲かってるんですか?」

「最初に聞くのはそれ?どんな会社なのかとか、そういうことは気にならないの?」

「はい。利益がいくらなのかが知りたいです」

「本当に、救いようのない人ね」

「ミルクも買えないんです。切羽詰まってるんですよ」

「ずるいわね」

「何がですか?」

「孫がお腹を空かせてるのに、一文も出さない祖母みたいな悪者にしようとしてる」

「そんなんじゃありません」

「じゃあ、カード明細を見せて。ちゃんと生活費に消えてるなら、ミルク代くらいあげるわ」

「それはちょっと、プライベートなことなんで」

「やましいから見せられないんでしょ」

「……分かりました。送ります」

翌日、エトが母のもとに現れた。

「母さん、リリカからカード明細が来ただろう。俺も、こんなに生活が苦しくなってるなんて知らなかったんだ。助けてくれよ」

「どこかの政治家塗りの明細ね。これで、何を判断しろって言うのよ」

「俺も知らなかったんだけど、結婚前からクレジットカード五枚くらいを、限度額まで使ってたらしいんだ」

「ええ」

「母さんが出資して、リリカの親父さんも新しい会社を立ち上げたんだろ。親同士が仲良くしてるなら、俺たちのことも許してくれるってことだよな」

「違うわ。私たちはビジネスの関係よ。理念に共感したから、お金を出した」

「それだけか?いつまでそうやって意地を張るんだよ。本当は孫に会いたくて仕方ないんだろう。いい加減、素直になれよ」

「何を言ってるの?私は、単に孫に会いたいだけじゃなかったのよ」

「嘘つけ」

「あなたが家庭を持てるまで立派になって、出産という辛くて尊い業を成し遂げたリリカさんに、感謝と祝いを伝えたかっただけ。孫なんて、二の次よ」

「じゃあ、もう和解したっていいじゃないか」

「私は、子育ての失敗の責任を取らないといけない。ここで甘やかせば、あなたの子供が不幸になる」

「ミルクが飲めないことが、不幸だろう」

「まずは、黒塗りしてない明細を見せなさい。話はそれからよ」

「分かったよ」

翌日、明細が届いた。母はため息をついた。

「明細を見たわ。子供を託児所に預けて、二人で飲み歩いてたみたいね」

「ストレスのせいで……」

「便利な言葉ね。ストレスといえば何でも通用するなんて、今の人たちは羨ましいわ。お酒を飲むから母乳が上げられなくて、ミルク代がかかるんですって?普通の母親は、酒を飲まずにミルクを買うのよ」

「でも、ストレスが……」

「見知らぬ人に預けられてる、我が子のストレスは考えたことないの?今は、どうせ何も分かってないし?」

「違う。子供はちゃんと分かってる。ママに触れられた分だけ、安心してスクスク育つの」

「子供が生まれたら、こんなに不自由だなんて思わなかったんです」

「そうやって愚痴って泣きつけば、誰かが助けてくれると思ってるわね」

「父の連絡先を教えてください。携帯も変わって、連絡も取れないんです」

「教えてもいいけど、助けてはくれないわよ」

「どうしてですか?」

「出資の条件は、娘に手を貸さないことだから」

「そこまでやる?こんなの、ただの嫁いびりじゃない」

「そう思うなら、思ってればいい。そして、私たちがここまで厳しく接しているか理解できる日まで、恨み続ければいいわ」

「お願い。今月でカードが使えなくなるんです。支払いができないと、ブラックリストに乗っちゃうの」

「おめでとう。その方が、あなたのためよ」

「十万でいいから、貸して」

「あなたに貸すお金はない。ミルクが買えないなら、今すぐ働きなさい」

「ケチ。早くあの世へ行け。そしたら、あんたの遺産で豪遊してやるんだから」

「言い忘れてたんだけど、お金はもうほとんどないわよ」

「は、嘘でしょ?」

「数え切れない企業や芸術家、各種団体に寄付してる」

「何やってくれてんのよ。私のお金でしょ」

「どこでどう勘違いしたのか知らないけど、私が父から相続した私のお金よ。どう使おうが、あなたに文句を言われる筋合いはない」

「どうしよう。あと数年も生きるわけないと思って、これも買おうって夢見てたのに」

「ごめんなさいね。お医者さんに褒められるくらい、健康なのよ。まあ、私が亡くなったとしても、遺産はほぼないけど」

「ひどい。訴えてやる」

「あら、退屈してるから、裁判なんてワクワクしちゃう。楽しみにしてるわね」

「ねえ、お願い、助けてよ」

「たかるんじゃない。金は稼ぐものなの。遺産で遊んでる奴に言われたくない」

「私も若い頃は、夫と二人で働いてたわ。貧しかったけど、毎日笑って楽しかった。夫が亡くなって父の遺産を相続したけど、あの大変だった日々の方が幸せだった」

「それでも、お金がある方が幸せよ」

「どうかしらね。それは自分で確かめなさい」

「お願い。見捨てないで」

「汚いババーは消えるわ。綺麗な世界でお幸せに」

数ヶ月後、リリカの父が宇美に連絡を入れた。

「宇美さん、おかげ様で事業は順調です。本当にありがとうございました」

「障害者を雇用したお弁当屋さんのフランチャイズが、素敵な事業だと共感したからです」

「はい。私の弟はダウン症でした。料理はすごく得意なのに、仕事につけなくて、ずっと辛い思いをしてきたんです。今は、弟も生き生きと働いてくれてますよ」

「素晴らしいことですね」

「野菜を切るなどの単純作業ならできるという障害者は、少なくないんです。先日、お店に行ったら行列ができてて、諦めました」

「来てくださったんですか?お弁当くらいなら、いつでもお届けしますよ」

「いいえ。ちゃんと並んで買います。ありがとうございます」

「娘さんや、お孫さんに会いたくなりませんか?」

「いいえ、と言ったら嘘になりますが。あいつが大人として、親として一人立ちできるまで、手を貸してはいけないんだと、妻とも話しています」

「親ですもの。心配ですよね」

「私だってそうです。たった一人の身内ですから。でも、私は思うんです。私たちは、愛情を込めて子育てをしてきましたよね」

「ええ、もちろんです」

「それは、きっと次の世代にもつながるんだと、信じたいんです」

「そうですね。私もそう思います。今頃は、きっと親子三人で笑ってる。そう信じましょう」

その後、息子夫婦はあれから五枚分のクレジットカード、合計三百万ほどの借金を返済するために、子供を保育園に預けて、夫婦共働きで働いているそうだ。夜は一日おきに、互いが子供の面倒を見て、エトは夜間の建設現場、リリカはスナックでダブルワークまでしているらしい。ミルクは買えているだろう。

しかし、最近の若い人は、こうして私生活を赤裸々にSNSに投稿するものなんだね。私は宣言通り、様々なところへ寄付や出資をし、あとは年金で細々と暮らしていくのみとなった。たまに寄付した全国の方々が、お礼の品を送ってくれるのが、密かな楽しみだ。我が子や孫に会えなくても、元気で笑顔でいてくれたらいい。お金を手放して、心からそう思えるようになった。

さて、今日もお気に入りのお弁当を買いに行くとしよう。

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