茶碗を置いた瞬間、祖母が細めた目で静かに言った。「その妊娠、偽物だね。」隣でミキが凍りついた。一年前の秋、BBQで出会った彼女は明るくて、影があるようで惹かれた。付き合って半年後、「赤ちゃんができた」と泣きながら告げた。俺は結婚を決意し、祖母に挨拶に行った。なのに祖母は「借金を返すために、君を利用してるんじゃない?」と見抜いた。ミキは笑いながら「バレたならいいわ。あの超音波写真、プリントサイ…

茶碗を置いた瞬間、祖母が細めた目で静かに言った。「その妊娠、偽物だね。」隣でミキが凍りついた。一年前の秋、BBQで出会った彼女は明るくて、影があるようで惹かれた。付き合って半年後、「赤ちゃんができた」と泣きながら告げた。俺は結婚を決意し、祖母に挨拶に行った。なのに祖母は「借金を返すために、君を利用してるんじゃない?」と見抜いた。ミキは笑いながら「バレたならいいわ。あの超音波写真、プリントサイ...

祖母の家に着いて、居間で湯呑みを囲んだとき、俺はようやく切り出すタイミングを見つけた。祖母は昔から不思議な力を持つと噂される人だ。何かを見透かすような目をしている。俺は隣に座るミキを見て、握った拳を膝の上でほどいた。

「おばあちゃん、話したいことがあります。ミキとの間に子供ができました。それで、結婚しようと思っています」

そう伝えた瞬間、部屋の空気が変わった。祖母は穏やかな微笑みを浮かべたまま、ミキの方をじっと見つめた。その目には鋭い光が宿っている。

「子供ができたのではなくて、借金じゃないの?」

俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。呆然と祖母を見つめ返す。隣でミキがびくりと肩を震わせた。しかし次の瞬間、彼女は平然とした表情を作り、わざとらしい笑顔を浮かべた。

「おばあちゃん、冗談きついですよ。そんなわけないじゃないですか」

俺は真剣な顔でミキに問い詰めた。

「どういうことだ。本当は何か隠しているのか?」

ミキは一瞬目を泳がせたが、すぐに腕を組み直して言った。

「隠してるって、そんな大げさなこと言わないでよ。ただおばあちゃんって、そういう力があるんでしょ。ちょっと試してみただけじゃない」

祖母は目を細めながら、穏やかな声で告げた。

「ミキさん、嘘は良くないよ」

ミキはわざとらしくため息をつき、俺の方に体を向けた。

「ねえ、友明。どうして私が嘘をつく必要があるの? 妊娠の証拠ならあるじゃない。あの超音波写真だって見せたでしょ」

「あの超音波写真、本当に君のものなのか? はっきり言ってくれ。診断書を見せてくれてもいい」

ミキは一瞬だけ黙った後、急に笑い出した。その笑い声はどこか不気味で、俺の背筋を冷たくさせた。

「そんなに疑う? あれ、プリマサイトで買ったのよ」

その瞬間、部屋の空気が凍りついた。俺は言葉を失い、呆然とミキを見つめた。俺が知っているミキとは思えなかった。ミキは続けて、妊娠していると言えば俺が責任を感じて結婚すると言い出すと思ったと白状した。結婚すれば俺の預金を好きに使えて、借金もどうにかしてくれるのではないかと考えていたのだ。ミキは借金のために俺を騙そうとしていた。

「騙すとか、そんな大げさな話じゃないでしょ。私はただ自分が幸せになるためにベストな方法を選んだだけ。あんたって優しいし、こういう話に弱そうだから、簡単に結婚してくれると思ったのよ」

怒りが込み上げてきた。俺は拳を握りしめたが、言葉が出てこなかった。ミキは肩をすくめて続けた。

「そうね。利用したかったのは事実かも。でもそれが何? みんな誰かを利用して生きてるでしょう? だからしょうがないと思わない?」

祖母が静かに口を開いた。

「ミキさん、人は嘘をついて他人を傷つければ、必ずその報いを受けるものだよ」

ミキは鼻で笑い、立ち上がって俺を見下すように言った。

「まあ、どうせおばあちゃんの言うことは信じるんでしょ。いいよ。もう面倒だから、他の人当たるし。じゃあね」

そう吐き捨てて、ミキはそのまま部屋を出ていった。俺は黙ってミキの背中を見送った。許さない、と心の中で強く思った。

俺がミキと出会ったのは、ちょうど一年前の秋だ。紅葉が見頃を迎えた公園で開かれたバーベキューがきっかけだった。当時の俺は仕事が忙しく、友人の誘いを断ろうかと思っていた。しかししつこく誘われたため、しぶしぶ参加することにした。そこには十数人が集まっていて、ミキもいた。彼女は友人の知り合いで、明るく話しかけてくる女性だった。最初の印象は、よく笑う元気な人だなという程度だった。しかし彼女の自然な振る舞いがどこか魅力的に映った。

バーベキューが進むにつれ、ミキと話す機会が増えた。俺が焼き係として肉を焼いていると、ミキが近づいてきて笑いながら声をかけてきた。

「手伝いますよ」

その笑顔が妙に眩しく、俺は少し緊張しながらトングを渡した。そこから自然と会話が始まった。彼女は人と話すのが得意らしく、俺が不器用に答えてもうまく話を広げてくれた。明るく見えるのに、どこか影があるような印象を受けた。それが気になり、もっと彼女に興味を持つようになった。

その日のバーベキューが終わり、解散する直前にミキが言った。

「友明さん、楽しかったです。またどこかでお会いできたらいいですね」

その言葉に、俺はまた会いたいという気持ちが芽生えた。思い切って連絡先を聞くと、彼女は快く教えてくれた。その後、俺たちは何度か食事に行くようになった。彼女は明るくて、一緒にいると楽しい気持ちになった。仕事や趣味の話をしながら、少しずつ距離を縮めていった。

しかし今思えば、その明るさの裏には彼女なりの計算があったのかもしれない。彼女の過去について深く聞こうとすると、いつも話題をうまくそらされた。当時の俺は深く気に留めなかったが、今ではそれが伏線だったと思わざるを得ない。

半年後、俺たちは付き合うことになった。二人でいる時間が心地よく、ミキといるのが楽しかった。些細な喧嘩はあったが、大きな問題もなく付き合いを続けてきた。そんな平凡な毎日を送っていた中で、人生を大きく揺さぶる出来事が起きた。俺が一人暮らしをしているアパートに、ミキが「話がある」と言って訪ねてきた日だ。

珍しく緊張した表情でミキは部屋に入ってきた。俺はその様子に疑問を抱いたが、きっとあまりアパートに来たことがないせいだろうと思っていた。ミキはそわそわと落ち着かない様子で俺の前に座った。そしてお腹にそっと手を当て、上目遣いに俺を見つめて言った。

「ねえ、友明、聞いてくれる? あのね、私、赤ちゃんができたの」

ミキはまだ二十二歳になったばかりだ。まだまだやりたいことがいっぱいあると言っていた。俺だってまだ仕事で精一杯で、結婚はまだ先の話だと思っていた。正直、現実味がなくて頭が混乱した。

「本当に?」

「そうよ。お医者さんに言ったら、妊娠二ヶ月ですって言われたの。これ見てくれる?」

ミキが差し出した白黒の超音波写真を見た瞬間、これは本当に現実なんだと実感した。ミキは写真を握りしめ、微笑んだ。

「私、産んでもいいんだよね。結婚して二人で頑張ろうね」

こうなったら逃げも隠れもできない。俺は腹をくくり、ミキとお腹の子を大切にしようと思った。

「ミキ、結婚しよう」

結婚となると、家族への報告が必要だ。俺は素直に両親へ事情を説明した。両親は驚いた顔をしたが、父は黙って頷き、母は少し渋い表情を浮かべたものの、「責任を取るならしっかりやりなさい」と言ってくれた。その言葉に少しほっとした。ただ、一つだけ条件がつけられた。父方の祖母にミキを連れて挨拶に行くことだった。

俺の祖母は田舎に住んでおり、夏休みや正月に訪ねていくのが子供の頃は楽しみだった。祖母は小さい頃から頼りになる存在で、人生の節目で的確な助言をくれる人だ。地元では不思議な力を持つおばあさんと噂され、誰もが一目置く存在だった。その祖母にミキが気に入られるのかどうか、少し心配だった。ミキに田舎に住む祖母にも会ってほしいとお願いすると、ミキは少し驚いたようだったが「是非お会いしてみたい」と言ってくれた。

週末、俺たちは一泊の予定で祖母の家へ向かった。高速道路を走り、町の景色は緑豊かな田舎の風景に変わっていった。遠くに見える山々のシルエットが近づき、季節の変わり目を感じさせる心地よい風景が広がっていた。助手席のミキは最初のうちは楽しそうに窓の外を眺めていた。俺もその様子に少し安心して、結婚後の新居について尋ねた。

「うーん、明るいリビングがいいかな。でも友明君が決めてくれるなら、それでいいよ」

その答えに俺は少し嬉しくなり、家族の将来像を思い描きながら会話を続けた。しかし途中からミキの表情が曇り始めた。何かを考え込むように窓の外をじっと眺め、時々小さなため息をつく。俺がどうしたのかと尋ねると、ミキは一瞬だけこちらを見たが、すぐに目をそらして「何でもない」と短く答えた。その言葉にはどこか気まずさがあり、俺の中に小さな不安が芽生えた。

「疲れたなら途中で休憩するか」

俺の提案にも、ミキは首を横に振るだけだった。その後は会話が途切れ、車内にはしばらく気まずい沈黙が流れた。高速道路を降り、田舎道に入ると祖母の家まであと少しだった。稲穂が風に揺れる田園風景が広がり、秋の澄んだ空気を感じさせる。窓を少し開けると、草の匂いがふわりと車内に入ってきた。

「夏休みや冬休みになると、よく遊びに来てたんだ。おばあちゃんの作る料理がうまくてさ」

俺の言葉に、ミキは興味もなさそうに「へえ、そうなんだ」とつぶやき、また窓の外を眺め始めた。その横顔には緊張したような表情が浮かんでいた。

祖母の家に着いたのは午後二時頃だった。長い年月を経た古い日本家屋は、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。玄関先には小さな庭が広がり、手入れの行き届いた草花が並んでいた。ミキは少し緊張した面持ちで玄関を見つめていた。俺は大丈夫だという意味を込めて、ミキの背中にそっと手を当てた。玄関の引き戸を開けると、祖母が穏やかな笑顔で迎えてくれた。

「よく来たね、友明。それに、こちらがミキさんだね」

「初めまして」

祖母の柔らかい声が、少し張り詰めた空気を和らげた。ミキも小さく頭を下げた。

「初めまして。よろしくお願いします」

その声にはどこか緊張が混じっていた。祖母はミキを優しく見つめながら、ふっと微笑んだ。だがその目には一瞬だけ鋭い光が宿ったように見えた。それに気づいたのは俺だけかもしれない。

居間のテーブルを囲んで座ると、祖母はミキに温かいお茶を差し出し、ゆっくりと腰を下ろした。俺は話を切り出すタイミングを測りながら、何度も頭の中で言葉を組み立て直していた。

そして、冒頭の場面へと戻る。

ミキが去った後、俺は祖母にすべてを話した。祖母は静かにうなずきながら、俺の話を聞いてくれた。最後に、祖母はこう言った。

「人はね、自分のしたことの結果を必ず背負うものなんだよ。これからは、自分を大切にしてくれる人を見つけなさい」

その言葉に、俺は心から感謝した。そして、ミキに騙されていた件を正式に処理するため、弁護士に相談することにした。祖母の家でミキが妊娠は嘘だと自白した録音、プリマサイトで購入した超音波写真のデータ、借金の詳細まで徹底的に調べた結果、ミキの虚言はあまりにもひどいものだった。

借金の総額は三百万円以上。そのほとんどが高級ブランドや趣味に使われたものだった。それだけでなく、ミキが別の男性とも婚活アプリで連絡を取り合っていた証拠も出てきた。俺を騙しただけでなく、他の人にも手を出していたのだ。これだけの事実が揃えば、弁護士は「彼女の行為は立派な詐欺行為に該当する」と判断した。俺は彼女に婚約破棄の慰謝料請求を突きつけ、さらに嘘をついて俺を騙そうとした件についても追及する準備を進めた。

弁護士から通知を受けたミキは、すぐに俺に連絡してきた。電話越しに聞こえる声は、俺と付き合っていた頃とはまったく別人のようだった。

「何よこれ。あんた本当に私に慰謝料請求するつもり? ふざけないでよ」

「ふざけてるのはそっちだろう。嘘をついて俺を利用しようとした責任は取ってもらう」

ミキはさらに逆上し、俺に対して悪態の言葉を並べ立てた。根拠もなしに訴え返すとも言い出した。あまりの出たらめな思考に、俺はミキと話すのが嫌になった。

「詐欺ってどういうこと? 私はただ結婚したかっただけなのに。そんなひどいこと言うなんて。妊娠のことだって、少し行き違いがあっただけじゃない」

ミキはそう言うが、行き違いで済む話ではない。ミキがしたことは完全に犯罪だ。

「俺は冷静に弁護士に任せてるから。直接話す気はない」

結局ミキは裁判沙汰になるのを避けるため、婚約破棄に伴う慰謝料を支払うことに応じた。結婚詐欺の件でも罰金相当の額を請求され、結果として彼女の借金はさらに膨れ上がった。彼女の嘘はあっという間に周囲に知れ渡り、友人や知人からの信用を完全に失った。職場でも借金の問題が露見し、トラブルを起こした結果解雇された。実家に戻ったものの、親からも「自分で巻いた種だ」と冷たく突き放されたという。

さらに、ミキが婚活アプリで接触していたもう一人の男性からも追及を受けた。その男性にも妊娠を匂わせて金を借りようとしていたことが発覚し、二重のトラブルに追い込まれたミキは、周囲から完全に孤立した。

数ヶ月後、町で偶然ミキを見かけた。彼女の姿は以前の明るい笑顔などどこにもなく、やつれ疲れきっていた。俺の方を見つけると、ミキは一瞬だけ目を合わせたが、すぐに視線をそらして足早に去っていった。その背中には、かつての華やかさは微塵も残っていなかった。俺はその姿を見ても、何も感じなかった。ただ、祖母の言葉が頭をよぎった。

「人はね、自分のしたことの結果を必ず背負うものなんだよ」

祖母の助言がなければ、俺はまだミキに騙され続けていたかもしれない。家族の支えと祖母の洞察力が俺を救ってくれた。俺は新たな一歩を踏み出す決意をした。あのような人間に二度と関わらないと心に誓い、仕事に専念して穏やかな日常を取り戻していった。

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