「ねえ、来週の土日なんだけど、実家に帰っていいかしら?」
「別に問題ないよ。でもどうかしたのか?」
「ちょっとお店の手伝いをしようと思って。人手が足りないらしくてさ。」
「そうなの? お父さんの和菓子屋って店舗もたくさんあるって言ってなかったっけ。従業員もたくさんいるんだから、わざわざなお子が手伝いに行く必要もないんじゃない?」
「いや、それがそうも言ってられない状況なのよ。」
「え? どういうこと?」
「最近、原材料が高騰しているみたいでさ。以前ほどの利益が出なくなっちゃったのよ。だからどうしても人件費を節約しないといけなくて。それで人手が足りてないってことか。」
「そうなの。父さんも色々と考えてるみたいだけどね。」
「すごく人気の店だと聞いてたんだけどな。」
「人気は人気なのよ。父さんとか他の職人さんたちが作るお菓子は絶品だから。全国からお客さんが買いに来てくれるくらいなの。でも、売れたからって儲かるわけじゃないっていうこの状況が悩ましいところではあるのよね。」
「そうか。でも、それならもっとたくさんの人に来てもらうしかないんだろうな。うん。それしか思いつかないよね。」
「これどうだ? 例えば動画配信をして多くの人に知ってもらうとか、職人さんたちの仕事の様子を配信するとかどうよ?」
「宣伝に力を入れるってことね。」
「そう、そう。俺はそれがいいと思ってるんだよ。動画配信とかだったら俺も知識はあるし協力できるぜ。」
「父さんがなんて言うかな。昔気質な人で、そういうのは嫌いそうだし。とはいえ、今のまま手をこまねいている場合じゃないんだろ。何かを変えないといけないわけだし。」
「もちろんそうよ。私も色々と考えてるわ。」
「だよな。ゆくゆくは俺たちが会社を継ぐわけだから。」
「あなたはいいの? 会社で頑張って仕事してるのに。」
「こんなのはつなぎくらいにしか思ってないよ。俺はなお子と結婚した時点で後継ぎになる気持ちを持ってたんだから。」
「それ本当なの?」
「当たり前だろ。なんで疑うんだよ。」
「いや、そう言ってくれてたのは知ってるんだけどね。とにかく、会社のためにやれることはやった方がいい。」
「うん。それじゃあ私はお手伝いに行くから。あなたはどうする?」
「俺は遠慮しておくよ。ちょっと所用があってな。」
「分かった。それじゃあ土日はよろしくね。なあ、お父さんにもよろしく言っておいてくれ。」
それから半年が過ぎた。なお子はふと気づいた。たかしが妙にそっけない。最近は会社から帰ってくるとすぐにスマホをいじっていて、会話も少なくなっていた。だが、そんなことを確かめる間もなく、ある日、彼女のスマホに実家の父から連絡が入った。
「なお子、近々うちに帰ってこれる時間はあるか?」
「うーん、ちょっと厳しいかもね。仕事も忙しいし、他にも色々とやってることがあるから。でも、なんでまた手伝い?」
「いや、将来のことについて話をしておきたくてな。」
「将来? うちの店のことだよ。」
「ちょっとやめてよ。利益がどうやっても上がらないんだ。」
「だとしても諦めちゃだめよ。うちの作るお菓子は絶品なんだから。これをなくすなんてことはあってはいけないわ。」
「俺も父親から受け継いだからな。どうにかして続けようと上を向いてきたよ。しかし、この先続けても先細りしていくのが目に見えている。従業員のみんなに退職金を渡せる今のうちに店を全て畳んだ方がいいと思ってるんだよ。そうすればお前たちに借金を背負わせることもない。」
「私はそんなことを全く思ってないわ。私はずっと父さんの店を継ぐことが夢だったのよ。それがなくなってしまったら、私がどうしたらいいか……」
「そう思ってくれてたのは嬉しいよ。でもなあ、これからどうやって利益を出していいのかが分からなくなってしまったんだ。新しく店を出して売上を伸ばすという方法も考えたが、銀行からは融資を断られてしまった。だから八方塞がりの状況なんだ。」
「だからもう畳む。そうしようと思っている。なお子はうちの店のことなんて忘れて、たかし君と2人で幸せな生活を送ってほしい。」
「たかしも店を継ぐことが目標だって言ってたわよ。」
「気持ちはありがたいがな。」
「父さん、まだ諦めたりしないで。」
「だが、何か策がないと。」
「私はね、何か父さんの力になれないか考えていたの。今の状況で続けるのが難しいってのも分かってたから。」
「そうなのか。」
「うん。そのために勉強もやってきてたからさ。もうちょっと粘ってほしい。そうしたら必ず好転できると思う。私にはその自信があるんだよ。」
「分かった。お前は昔から優秀だったからな。そのなお子が言うのなら信じてみるよ。」
「ありがとう。お願いだから潰すのだけはやめてね。」
「ああ、分かった。ただ、俺のようなロートルは早いとこ引退した方が良さそうだ。すぐにでもなお子にバトンタッチをしたいよ。」
「うん。私もその覚悟はあるわよ。」
それからさらに1年が過ぎた。ある日、なお子は帰宅したたかしをリビングで待っていた。
「たかし、ちょっと話をしたいことがあるの。仕事が終わったら早めに帰ってきてくれる?」
「それがちょっと残業を押し付けられちゃってさ。」
「断れないの?」
「無理だよ。そんなことできるわけがないだろう。仕事はちゃんとやらないと首を切られてしまう。早くお父さんの店の後を継ぎたいよ。そうしたら俺もさっさとこんな仕事やめられるのにな。」
「ちょっと、そのことについて大事な話があるのよ。お父さんの店について。」
「そうなのか? だったら今してくれよ。」
「でも、大事な話だから直接言いたくて。」
「こんな焦らされたら仕事が手につかなくなるって。だから今言ってくれって。」
「そう。分かったわ。実はね、お店を畳むことになったのよ。」
「は? なんだって?」
「長い間利益を出せてないって話はしてたでしょう。ここ最近さらに原材料の値段が上がっちゃってね。これでもう値上げをするかどうかって話になったんだけど、それもできないってことになってさ。」
「なんでだよ。値上げすればいいじゃん。」
「ちょっとずつ値上げはしてたのよ。でもそれでも追いつかなくなって、また値上げをしなくちゃいけなくなったの。でも、これってもういたちごっこじゃない? どうせ今値上げをしても来年にはまた同じことをしないといけない。この状況に父さんは疲れたって言ってね。」
「なんだよそれ。」
「でね、これから先の話をしたいなって思ってる。これはさすがにLINEではできないことだから、早めに帰ってきて色々と話をさせて欲しいのよ。」
「いいよ。もうそんなの聞いてられるか。」
「え? どうしたの?」
「お前たちにはがっかりだよ。」
「ちょっと待ってよ。急に変よ。こっちは時期社長を狙って入り込んで結婚したのに……」
「何を言ってるの? 社長になりたいって思ってたのは知ってるわよ。だからってなんでそんなに怒ってるのよ。」
「お前の実家は人気の和菓子屋で売上もすごいってのは聞いてたんだよ。実際にかなり羽振りのいい感じも見えてたからな。それで俺もその甘い汁を吸いたくて結婚したんだよ。それなのに潰れるなんて最悪だよ。」
「ちょっと待って。そんな下心を持って結婚したの? 私のことが好きで結婚したとかじゃなく。」
「そんなわけあるか。お前のことなんて全然好きじゃない。それならもっと他のいい女と結婚してるって。」
「な、なんですって……。」
「マジで10年という時間を無駄にしたよ。ああ、これってお前らのことを訴えたりできないわけ? 社長になれるって騙して結婚させたわけだからさ。立派な結婚詐欺じゃねえの。」
「それはこっちのセリフよ。私のことを騙してたなんて。」
「お前みたいにいつも机にかじりついてネットを見たり勉強したりしてるつまらない女と、誰が好き好んで一緒にいると思う? その時点で気づかないとやばいんじゃねえか。」
「あんたって相当なクズ野郎だったのね。私は経営やネット通販について勉強してたのに、そのことを理解してなかったなんて。あなたこそ自分がやばいやつだって自覚はあるの?」
「俺はまともだよ。自分の幸せのために金を得ようとするのは当然だ。甘い汁を吸おうとしてただけでしょ。でもそれもできなくなってしまったわけだ。マジでお前の親父って無能なんだな。あれだけ繁盛していた店を潰すって逆に才能があるとしか思えないぜ。」
「父さんのことを悪く言うのはやめてよ。父さんはできる限りのことをやったんだから。」
「それでこの結果かよ。だったら無能ってことだよ。この世界は結果が全てなんだからな。」
「会社員のあんたに何が分かってるっていうのよ。舐めた口を聞くな。」
「とにかくもうお前とは終わりだ。」
「社長になれないから別れるっていうの?」
「会社が潰れたのなら、お前らと縁がある意味もない。今すぐ離婚しろ。」
「あんたのしょうもない本性が分かってよかったわ。」
「はっ、それじゃあもう俺はそっちには帰らねえよ。実家にでも帰ることにすりゃいいんだ。」
「はい。マジで使えねえ一家だったよ。」
「それじゃ、離婚の手続きを早めにした方がいいわね。」
「当たり前だろ。こっちは色々と忙しくなるから、あなたも変にごねたりしないでね。」
「するか。」
翌日、なお子のスマホに義母からの着信があった。出ると、最初から怒声が飛んできた。
「なお子さん、あなた、とんでもないことをやってくれたわね。たかしから話は聞きましたわ。私たちは離婚をすることになりました。別に離婚すること自体を怒ってるわけじゃないの。ただ、私たちを裏切るようなことをしたことは許しておけないわ。」
「裏切るって何ですか。私たちがどんな思いで大切な息子を養子に出したと思ってるの? あなたたちが息子を後取りにしてくれると思っていたからよ。それなのにこんな裏切りをしてくるなんてね。」
「別に私たちは後取りにするということを約束したわけではありません。無理だってあなたたちの方から言ってきたんですよ。私や父はそんなことをして欲しいとは思ってなかったんです。」
「今更そんなことを言わないでよ。あなたたちに騙されたせいで、うちの息子は大事な時間を奪われたのよ。」
「親子揃って同じようなことを言ってくるんですね。本当に似た親子って感じです。」
「なにを言うのよ! あんたの父親が無能なせいでこんなことになったのよ。」
「ですから父は何も悪くありません。勝手に勘違いをしておいて、こちらを責めるようなことはしないでもらえますか? それに、もう離婚するんですから関係ないでしょう。」
「こんなことになるのなら、もっと他の女と結婚させておけばよかったわ。もう今すぐに婚活をさせて新しい奥さんをもらわないといけないから、さっさと離婚してよね。」
「40でさらにその性格では再婚は難しいと思いますよ。」
「うるさい。とにかくグダグダ言ってないでさっさと離婚しなさい。」
「そんなの言われなくてもそうしますよ。」
それから2年が過ぎた。なお子のスマホに、思いもしない相手から着信があった。それは、元夫の母親だった。
「ちょっと、これはどういうことなの?」
「え、なんですか? いきなりどうして急に連絡なんてしてくるんですか? もうたかしと離婚してるから、あなたとは無関係なはずですよ。」
「そんなの今はどうでもいいのよ。」
「何かあったんですか?」
「あなたがテレビでインタビューを受けてたのを見たのよ。社長として大成功をしてるってね。」
「ああ。ありがとうございます。なんかテレビの人が取材をしたいと言ってくれまして、反響も結構来てるんですよ。」
「成功してるってあれはどういうこと? 潰れたって言ってたじゃない。」
「そうですね。一度会社自体は畳んだんですよ。店舗も全て売却してね。ですけど、完全に終わらせるということではなくて、生まれ変わるために一度畳んだだけなんです。」
「生まれ変わる?」
「原材料の高騰で利益が出づらくなってることを父はとても悩んでいました。私もそれをどうにかして改善できないか考えてたんです。そこで、完全に通販に切り替えるという案が思い浮かんで、それに向けて準備をしてたんです。店舗だと店の維持費とか人件費がかかりますけど、ネットなら全くかかりませんからね。それで通販に完全に切り替えたんですよ。」
「その時に父は引退をして、私が会社を引き継いだんです。名前も変わってたでしょ。昔ながらの名前は渋いんですけど、ネットでより検索しやすくしようと思って今の名前に変更をさせてもらったんですよ。おかげ様で順調にいって、かなりの利益を出せているんです。元々常連さんがたくさんいたりして味には自信がありましたから、ネット販売にすることで、より多くの人の手元に届けやすくなれてよかったと思います。」
「まさかこんなことになってたなんて。どうして言ってくれなかったのよ。」
「説明をするつもりでしたよ。一度店を畳んで復活するための準備をするってね。でも、その前にそちらさんがボロクソに親父さんを罵られたのでね。それに離婚をすると言ってきたのもそっちですよ。だとしたら、他人に事業の話をすることはないなと思ったんです。」
「そ、それではもうこれでいいですか?」
「ちょっと待ってよ。たかしとは話はした? あの子はまだ独身なのよ。」
「だから何ですか? たかしのことなんて、私はここ2年で一度も考えたこともなかったですよ。あの人が今どうしてるかなんて私には関係ありません。」
「そんなこと言わないで、一度会ってあげたら。」
「嫌です。あんな人の顔も見たくない。では、もう二度と連絡が取れないようにブロックをさせてもらいますから。」
だが、3日後。今度は元夫本人が現れた。正確に言えば、彼の父親と義母が、なお子の実家の父のもとに押しかけてきたのだった。
「お父さん、どうして俺に言ってくれなかったんですか?」
「誰だ? 俺のことを父親呼ばわりできる人間なんていないはずだがな。」
「たかしですよ。もう忘れたんですか?」
「ああ、お前か。忘れるわけがないだろう。社長になることを目当てで娘に近づいたクズのことを、俺が忘れるわけがない。」
「社長目当てっていうのは誤解ですよ。」
「違うとでも言うのか。」
「俺は自分がやった方がいいかなって思ったんです。正直お父さんのやり方は古いなって思ってました。もっと動画配信とかSNSとかそういうのを駆使して、バンバン宣伝した方がいいのにと考えてたんです。自分が社長になったらそういうことをやるのになってね。だから会社が潰れるってなった時は正直怒りとか失望が大きかったんですよ。自分が社長になってたらこんなことにはならなかったのにって。それで感情的になって離婚とか言ってしまったんです。」
「そうか。だとしても、現在はなお子が社長になって会社はうまく回ってるよ。だからもう気にする必要はない。」
「なお子がまさかこんなにできるとは思わなかったです。ですけど、それでも俺はまだ弱いと感じてるんですよ。今は勢いがあるからなんとかなってるのかなって感じです。でも俺ならもっとこの売上を盤石のものにできます。」
「口では何とでも言えるよ。」
「だったら実践して見せますよ。そのためにも、お父さんから俺に連絡をするようになお子に行ってもらえませんか。俺はブロックをされてて連絡ができないんですよ。」
「ふざけるな。なんでそんなことを。」
「感情的にならないでください。冷静に判断をしてくださいよ。会社をさらに大きくするためには絶対に俺の力が必要なんです。そのためにはまずあいつと話をしないといけないのに、なお子も感情的になって連絡を取ろうとしてこないです。似たもの親子なのはいいことですけど、こればかりは悪影響ですよ。だからお父さんの方からなお子を説得してほしいんです。」
「貴様は何を勘違いしている?」
「何がですか?」
「お前に何ができて、会社の経営なんてできるわけがないだろう。」
「何を言ってるんですか? 俺はそれなりの大学を卒業してるんですよ。会社でも仕事はできる方ですし。」
「それが何だ? それで何が分かるんだ? 少なくともなお子には熱意があるんだ。何としても会社を守るという思いがあるんだよ。幼い頃から私のそばで店を見守ってきたのはなお子なんだ。なお子は子供の時からうちの後を継ぎたいと言ってくれた。そのために経営の勉強だってしていたんだ。あいつには覚悟がある。お前のような肩書きだけを欲しがってるような人間とは大違いなんだよ。」
「失礼な……。」
「二度とうちの娘に近づくな。もしなお子に何かあったら、俺はお前を許さないからな。」
それからさらに半年後。なお子のもとに、今度は直接たかしから連絡が来た。
「たかし、ちょっといいかしら?」
「なお子、久しぶりだな。まさか連絡をくれるなんて嬉しいよ。」
「できればこんなことは私もしたくなかったけどね。」
「それでどうしたんだ? もしかして会社の経営に行き詰まってるのか? 俺に聞いてくれたらどんなことでもアドバイスできるよ。」
「あなたって、どうしてそんなに自分ができるって勘違いしてるの?」
「何が?」
「父さんから話を聞いたけど、たかしって経営をした経験とかあるの?」
「いや、そういうのはないよ。」
「経営の勉強はしてた?」
「大学では法学部だったから。」
「じゃあ、なんで自分が社長になったらうまくいくって思い込めるわけ?」
「そんなの見てたら分かるんだよ。商品を売るんなら動画配信とかでたくさんの人に知ってもらうとかさ。俺はそういうアイデアがすぐに浮かぶんだよ。」
「そんなの誰でも浮かんでるよ。その上で、じゃあどんな動画にしたらいいとか、投稿する内容はどうしたらいいとか、具体的な案はあるわけ?」
「いや、まだ浮かんでないけどさ。」
「その程度のやつが社長になったらうまくいくとか口にしないでよ。父さんも私も命がけでやってるの。あんたのやってることはそれを壊かしてるだけ。そういうのが一番ムカつくんだよね。」
「俺はマジでやれると思ってるんだよ。」
「思ってるだけに委嘱するなら別にいいわ。あんた、そのことを動画でペラペラ喋ってるでしょ。」
「え?」
「うちの会社が通販に切り替えたのは、さも自分がアドバイスをしたかのようなことを喋ってたでしょ。その動画を私は見たんだからね。」
「そんなことは言ってないって。」
「じゃあ見返したら、私が言った通りのことをあんたは喋ってる。その上で、私が経営権を奪って家から追い出したとか、わけのわからないことを言ってたわね。何が令和の黒田官兵衛よ。黒田官兵衛はもっと優秀な人だっての。」
「いや、それはさ……」
「あんたのやったことは営業妨害と名誉毀損なんだから。あんたのことは訴えさせてもらうわ。動画もすぐに消しておいてもらえる? あんたのせいで私に対して誹謗中傷してくるやつもいて困ってんのよ。店の売上にも悪影響だし、その分の損害賠償も請求させてもらうから。」
「いや、ちょっと待てよ。落ち着けって。」
「落ち着いてなんていられないわよ。こっちはようやく念願叶って父さんの後を継いで社長になったのよ。順風満帆に見えてるかもしれないけど、正直ずっと綱渡り状態なの。お店の味を守るためにこっちは必死で戦ってるのに、あんたみたいなやつの対応をしないといけないのがめちゃくちゃストレスなのよ。自意識過剰の勘違いは結構だけど、他人に迷惑をかけるようなことだけはやめてよね。」
「でも、俺は本当に社長になりたくて……」
「待ってるだけで社長になれると思ったの? そのためにあんたは何をしてたのよ。私は足しげくお店に顔を出して、どういう状況かを見ていたのよ。うちの和菓子の味を残していくためにどうしたらいいかの案を練っていた。そこでネット通販を思いついたけどノウハウがないから、机にかじりついて勉強していたの。それに比べてあんたは何をしてた? ただ家でだらだらとしてただけじゃない。あんたはただ社長になれる日が来るのを待ってただけ。私は社長になるために努力をし続けてたの。だから、あんたと私は大違いってこと。それは分かるわよね。」
「いや、俺もさ、動画配信とかに向けた勉強とか……」
「あんたがかわいそうだから否定してあげなかっただけ。あなたが思いつきそうなことは、お父さんも全部やってたから。もちろん今もね。」
「それは分かったよ。俺が悪かった。だから訴えるとかそういうのはやめてくれ。」
「嫌よ。あんたのことは絶対に許さないから。」
「俺にそんな損害賠償とか払える金なんてねえって。」
「だったらあんたも会社を起こしてお金を稼いでみたら? 自信があるんでしょ。だったらやってみなさいよ。まあ、無理か。あんたはただ甘い汁が吸いたいだけだったんだもんね。そんなに甘い汁が好きなら、お汁粉でも飲んでればいいのよ。私の店では買えないけど、冬なら自販機でも買えるわよ。」
その後、なお子は宣言通りにたかしを訴えた。当然、全ての訴えが認められ、たかしは高額の損害賠償を払わないといけなくなった。さらに、その過程で分かったのは、たかしがなお子と別れてから会社を首になっていたということだった。元々なお子の実家の会社を継ぐと思っていたので仕事に身が入っておらず、それで首になっていたらしい。
収入源としていた動画もなくなり、たかしはアルバイトをしながら実家で生活をしていたようだが、そこから一発逆転をしようと自分でお菓子の会社を起こそうとした。しかし、相変わらずのノープランで何もうまくいかず、借金を作る結果に。それからは別の和菓子工場でライン作業のバイトをして、年下の先輩に怒られながら仕事をしているということだった。
また、元義母が何度かなお子の会社に泣きついてきたこともあった。金銭的な援助を求めてきたようだが、もちろんなお子は追い返した。どこにも頼ることができず、貧しい生活を送っているのだろう。それから、あの人たちがどうなったかは分からない。
一方のなお子は、今も会社を切り盛りし続けている。大切な看板を守るために、今もなんとか戦い続けていて、大変ではあるが充実した毎日を過ごしている。たかしのように口だけで何もしない人間にはなりたくないので、何事にも果敢に挑み続け、父が守ってくれた最高のお菓子が、多くの人の手に届くように頑張っていきたいと思っている。
