夕べ、夫が突然言った。「明日、飲み会だから、お前、俺の代わりに検査結果もらってきてくれよ。委任状書けばいいんだろ?」――その時は、まさかあの診断書が私たちの人生を完全にひっくり返すなんて、思いもしなかった。翌日、病院でもらったのは、夫の水頭がんステージ4、余命半年という事実。震える手でその紙を握りしめ、必死に彼に伝えたのに、夫は「いやいや、俺めっちゃ元気だぞ。お前の勘違いだろ」と笑い飛ばした…

夕べ、夫が突然言った。「明日、飲み会だから、お前、俺の代わりに検査結果もらってきてくれよ。委任状書けばいいんだろ?」――その時は、まさかあの診断書が私たちの人生を完全にひっくり返すなんて、思いもしなかった。翌日、病院でもらったのは、夫の水頭がんステージ4、余命半年という事実。震える手でその紙を握りしめ、必死に彼に伝えたのに、夫は「いやいや、俺めっちゃ元気だぞ。お前の勘違いだろ」と笑い飛ばした...

明日、帰りが遅くなるから、夕食の買い出しはしてくるわね。何か食べたいものある?
「え? 遅くなるって、何かあるのか?」
ほら、この前、私とあなたで精密検査したでしょ。その結果を聞きに行くの。大きな病院だから、きっと時間がかかると思って。
「ああ、そういえばそんなのやったな。忘れてた」
もう、健康診断で引っかかったのよ。少しは危機感を持ったら?
「けど、あいつのって、ちょっとのことでも大げさに言うだろ」
そりゃ、病気の早期発見が目的だからね。ていうか、その様子だと、検査結果もあなた、聞いてないでしょ。早く行きなさいよね。
「それがさ、明日、飲み会なんだよ。しばらく忙しいし」
あ、そうだ。みさが俺の代わりに検査結果をもらってきてくれよ。
え、私が?
「今調べたけど、委任状と本人証明書があればいいらしい。診断書も見ていいから、結果だけ明日パパッと知らせて」
まあ、仕方ないわね。

翌日。
どうしよう。ああ、助けて。こんなの、私一人じゃ抱えきれない。
「え、ちょっと、どうしたの? みさ、何かあった?」
幸介が……だったの。健康診断で要検査になって、私と一緒に検査を受けてたの。今日、幸介の代わりに検査結果を受け取ったんだけど、診断書を見たら……ステージ4だったの。調べたら、余命半年とか、そのくらい。
「そんな……」
まだ六歳の息子もいるのよ。これから、っていうのに。
「まず落ち着いて。深呼吸して。動揺するのは分かるわ。相談してくれてありがとう」
こんなの聞いちゃったら、動揺しちゃうよね。ごめん、誰にも相談できなくて。
「身内になんて言えないよね、こんなこと。でも、ちゃんと旦那さんに伝えなきゃ」
どうやって伝えればいいの?
「ありのままを伝えるしかない。残酷だけど、遠回しな言葉を使えば伝わらない。一刻も早く伝えて、治療を開始しないと」
そうだよね。そうよ。治療しないと。
「余命半年って調べて、動揺しちゃったんだよね。私だって、家族ががんですって言われたら、同じようにみさに泣きつくもん」
ありがとう。ああ、少し落ち着いた。何かあったら、すぐに連絡して。いつでも味方だから。
うん。今から帰って、伝える。ちゃんと支えなきゃ。旦那も辛いはず。

三時間後。
今日は、何時に帰ってくるの?
「悪い。今日は上司がめちゃくちゃ来てて、俺だけ抜けるってできないんだよ」
検査結果が出たの。伝えたいから、できるだけ早く帰ってきて。
「ああ、昨日言ってたやつか。ならLINEで教えてくれたらいいだろう」
こんなところで言える内容じゃないわ。
「なんか悪いとこあったのか。なら、なおのこと、文字に残してもらった方がいいじゃん」
そう言うなら、言うけど。あなた……水頭がんのステージ4で、余命半年だって。
「はあ?」
ええ、動揺するのも分かるわ。私だって信じられないもの。
「いやいやいや、何言ってんだ? 俺、めっちゃ元気だぞ。余命半年の人間が飲み会とか無理だし」
でも、実際、あなたの精密検査の結果よ。診断書にも、あなたも再検査受けてたよな。
「お前が自分の結果と間違えたんだろう。へえ、こんな元気なのに、とかありえねえ。最近、お前の方が顔色悪かったし」
そんな……診断書には、前に母さんが俺に伝えた伝言を自分のと勘違いして買い物に行ったりしたし。きっと、何かの勘違いだよ。それか、疑いってだけかもしれないし。
ねえ、どうしてちゃんと話を聞いてくれないの? 受け入れられないのは分かるわ。でも、冗談でもこんなこと言わない。やっぱり明日、ちゃんと話し合いましょう。今は酔ってるし、私も話すタイミングではなかったわ。早い方がいいと思って。ごめんなさい。
「じゃあ、明日ちゃんと話そう。それでいいだろ」
分かった。気をつけて帰ってね。

二時間後。
「母さん、大変だ。みさが余命半年らしい。どうしよう」
え?
「余命半年なんか、俺の結果と勘違いしてるみたいなんだけど、先生からがんって言われたらしい」
「それ、本当に勘違いなのかい?」
「勘違いに決まってるよ。俺、すげえ元気だし。なんならさっきまで飲み会してたんだぜ。余命半年って、そんな体力ないだろう」
「みさ、最近疲れやすいって言って、家事サボってたし。きっと、あいつに違いないよ」
「本当? それなら、今すぐ離婚しなさい」
え? 離婚?
「病気で介護になれば、お金もかかるし、時間も無駄よ。遺産や保険は降りるでしょうけど、男のあなたじゃ、そこまで大きな金額はもらえない。働き盛りの大事な時間を無駄にするなんて、そっちの方が損だわ」
でも……
「いい。今、大丈夫。電話しましょう。私の話を聞けば、正しいって分かるはずよ」

一時間後。
あら、信じられない。あいつ、マジで最低だわ。
「みさ、どうしたの? 何かあった?」
あいつら、私を余命半年と勘違いした挙げ句、捨てようとしてる。
「は? どういうこと? 捨てる? ていうか、余命が短いのは旦那の方だよね」
へえ、本当に何がどうなってんの? 幸介に全部話したの。でも、酔ってて、俺は元気だから診断結果を見間違えたんだ、お前の方だとか言ってきて。
「うん。まあ、信じられないのは分かるわ」
そう。それなら、まだ許せたの。でも、幸介がお母さんと一時間も電話してて、それ聞いちゃってさ。ていうか、聞こえてきたの。あいつ、声大きいし、酔ってて聞こえにくいからか、スピーカーにしてたし。
「マジそれ。それで、なんて言ってきてたの?」
介護したくないから離婚するって。幸介も最初は渋ってて。でも、もう今は納得しちゃって、離婚する気満々。
「えっと、なみにですが、みささん、それ証拠ある?」
一応、録音してある。酔ってた幸介のスマホを確認して、お母さんとのやり取りは全部写真撮った。
「よし、完璧。さすがみさ」
あら、明らかに散々仕込まれたからね。なんか、こう怒りで逆に冷静になったというか。このまま、いいように捨てられるもんかって思ったら、こう勝手に手が動いて。
「それでいいのよ。使う使わないは置いといて、証拠がないと不利になることが多いんだから」
それにしても、病気は向こうなのに、勘違いしたまま離婚の相談って、本当に最低ね。これからいい父親になると思ってたのに。子供のことも考えてない。
「自分のことだけってところに怒りが」
けど、まずはきちんと話し合いよ。確認だけど、誤解を解く考えはある? ちゃんと伝えて。それでもダメなら、諦めるわ。正直、私はあいつの最後を見届けたくない。こんなことされて、添い遂げたいとか思えないもの。
「その気持ちを聞けて安心したわ。でも、一応、まだ面と向かって離婚って言われたわけじゃないんでしょ」
まだね。
「まだ言われたら、すぐ行ってね。私も動けるようにしとく。こういう話って、後手に回ると本当に不利になるから」
ありがとう。あら、何から何までごめんね。
「いいってことよ。普段、色々話は聞いてたからね。私はあなたの味方よ。それだけは忘れないで」

翌日。
みさ、速攻で離婚届を出したわ。
「半年間介護とか、マジ無理。介護頼まれる前に離婚できてよかった。これでお前とは他人」
ちょっと待って。昨日、病気の話はちゃんとしようって言ったわよね。
「そこで介護頼まれたら断りづらいじゃん。だから先手必勝的に、ささっと出してきた」
出してきたって。もしかして、前に書いた離婚届?
「そう。前に大喧嘩して書かされたあれ。寝室の机の中に入れてるの、知ってたんだ」
勝手に出すなんて。
「お前も、何かあったら出すって言ってたじゃん。何? 俺が同じことしたら怒るわけ?」
それは、いや……俺も悩んだんだぜ。介護するかどうか。けど、保険金入るけど、そんなにかけてないだろう。
「動力の無駄って? 私が病気だから捨てるって、何なの? ふざけないでよ」
母さんが、介護なんてやめとけって言うんだよ。でも、その通りだな。実際、お前との八年間、正直無駄だったし。
なんですって? 無駄? 私たちには息子がいるでしょ。あなたの子供よ。
「あいつも、お前に似て邪魔だったんだよな。可愛くないし、俺に懐かないし。いても意味ないっていうか」
今、なんて言った?
「だから、息子もお前も邪魔だって言ってんだよ」
あなた……信じられない。
「ああ、でも心配するなよ。お前がいなくなったら、母さんが育ててくれることになってる。最悪、施設に送るよ。その辺のけじめはつけるわ。じゃないと、俺が叩かれるし」
本当に最低。ああ、頭に来た。あなたがその気なら、私だって徹底的にやるわ。病気の件で、上場借料の余地はあるかと思ったけど、あんたなんて苦しんであの世に行けばいいのよ。
「は? 何? 恨み言? 呪いじゃん。こら」
とにかく、もう離婚したから、後でごねて頂底とかやめろよ。俺の家からさっさと出てけ。身の回り品を処分しないなら、全部捨てるからな。
分かったわ。離婚に応じる。でも、その前に、病院でもらった診断書だけ見てくれる?
「ああ、めんどくせえな。今更見せてどうすんだよ」
いいから、見て。あなたが病院に行かせたんだし。
「しつっこいな。お前の病気なんて知らねえよ」

同時刻。以前書いた離婚届を勝手に出されたわ。これで他人になったので、徹底的に潰すことに決めました。
「はあ。マジで最低じゃない。息子まで邪魔だって言われたわ。ふざけんじゃないわよ。自分の子供の面倒も見れない大きな子供の癖に、何が邪魔よ。私からすれば、あんたの方が家庭内では邪魔だっての」
あら、相当ご立腹ね。
当たり前よ。子供ができたから責任とって結婚って言って、家事も何もしないし、文句ばっかり。離婚したかったけど、子供がいたし、あいつ、稼ぎだけは良かったから我慢してたら、これよ。
「まあ、実際、夫に不満があっても経済的理由で離婚しない人は多いもんね。それにしても、自分ががんって言われても信じない。逆に嫁がそうだと決めつけて捨てるって、相当よ。例の準備、今すぐ開始するわ。法的に完璧に追い詰めるから、安心して」
ありがとう。もう我慢しないわ。
「任せなさい。地獄を見せてやるわ。まずは証拠集めね。昨日の分もあるけど、他に何かある?」
実は、全部揃ってる。
「え?」
普段、育児を全くしていなかった記録。子供が生まれてすぐの家での暴言。義母の嫌がらせ。出産後、一度本気で離婚を考えてたの。でも、子供には父親が必要だし、育休中で収入もなかったから。
「だから、離婚届を書かせてたのね。納得。ていうか、これ、私が考えたレベルで完璧じゃん。こんだけあれば徹底的にやれるし。法的面は私に任せてほしいの。それはそれとして、私は私でやるわ。あいつら、ボコボコにしてやる」

三日後。
荷物もまとめて、全部新居に送ったわ。
「ようやく荷造り終わったか。さっさと出てけよ」
最後に、寝室のクローゼットの中に、大切なものを置いてきたから、確認して。
「めんどくせえなあ。まあ、最後だし、見とくか」

十分後。
「なんだよ、この診断書。水頭がん、ステージ4、余命半年。これ、俺じゃねえか」
そうよ。あなたが病院に行かせたんでしょ? 私が代わりに聞いてきた、あなたの検査結果よ。委任状を見せて診断書をもらったんだから、そもそも間違えるわけないでしょ。
「嘘だろ? 嘘だって言ってくれよ」
病院の先生も、ご本人様に来ていただきたいって言ってたわ。
「今からでも行く。本当にマジなのか?」
マジね。名前もあなただし、そこに書かれてる個人情報も全部あなた。残念ながら、余命半年はあなたなの。
「助けてくれ。俺、このまま人生終わるのか?」
でも、あなた、言ったわよね。介護なんてごめんだって。
「それは……そんなつもりじゃ」
離婚届、もう受理されてるわよ。だから、私たち、もう他人なの。
「そんな、離婚取り消してくれよ」
弁護士に、調停するなって言われたからしてないわよ。それに、今更あなたと一緒にいるとか無理。あなたが望んだことだもの。他人の介護なんてする気ないわよね。
「で、でもいいのか、お前? 余命宣告された夫と離婚って、世間体考えれば、お前が悪く見えるんだぞ」
実はね、お母さんと電話してたの、聞いてたの。だから、その辺り、私が悪くならないよう準備してるわ。
「聞いてたのか?」
そりゃ、あんな大声で話してたらね。もしあなたが私を支えてくれるなら、離婚なんてしなかったわ。だって、私はあなたの介護をするつもりだったもの。でも、あなたは最悪の選択をした。だから、容赦しない。
「そんな罠にはめやがって。俺が養ってやってたんだぞ。恩を仇で返すのか」
俺が養ってた? あなたの年収は六百万円。今の私の年収は七百万円。生活費は月二十五万円。全部、私が払ってたわ。あなたが私を養ってたのって、育休の時だけよね。一体、何の話してんのだか。
「そんな嘘だろ」
それで養ってた? 笑わせないで。八年間、私があなたを養ってきたの。感謝もされずにね。でも、一度離婚するってなっても、その時は収入面で不安だったから、離婚しなかっただろう。あの時は、まだ子供も小さい上に、私も復職できるか分からなかったもの。けど、無事に保育園に入れたから、仕事にも復帰したし、それからは生活費も私が出してた。あなたの稼ぎは貯金に回ってたのよ。だから、ぶっちゃけ、いつでも離婚できたんだけど、子供もいるし、昔に比べて少しはマシになったかなって、私も観葉だったのよね。今回のことがなければ、だけど。
「そんなこと……それと、この家の名義、あなた自分のものだと思ってたでしょ」
当たり前だろ。結婚の時、お父さんがこの家はお前に任せるって言ってたじゃねえか。
「任せると、名義をあげるは違うわよ。勝手に自分のものだと思い込まないで」
え、じゃあ、この八年間……
「あなたはずっと、父の家に住ませてもらってただけよ。離婚したから、もう出てって。荷物をまとめたのは、その家を売るつもりだからだし」
売る? それじゃ、俺の住む場所は……
「実家にでも帰れば? それから、息子は私が育てるわ。あなた、息子のこと邪魔って言ったんだし、文句ないわよね」
それは、いいけど。
「いいって言ったわね。よし。離婚したから、もう赤の他人よ。養育費だけ払ってもらうわ」
え? 養育費?
「当たり前でしょうが。親の責任よ。慰謝料も含めて、結構請求するから、治療する余裕なくなるかもね」
なんだよ、それ。俺に死ねっていうのか。
「私に同じようなことしたのは、そっちでしょ。家から追い出して、一方的に離婚して、介護は嫌だから勝手にどうぞ、だもの。同じことされたのに、怒らないでくれない?」
くそ。くそ。

翌日。
「なんか書類来た。家を売るから出ていけって」
そりゃ、売却手続きが始まってるもの。
「そんな。頼む、やり直そう。俺が悪かった」
八年間、私があなたとお母さんを支えてきたのよ。感謝の言葉一つもなく、病気になったら邪魔って言われて、息子まで否定されて、どうしてやり直せると思うの?
「でも、俺たち夫婦だったじゃないか」
あなたが他人にしたのよ。忘れたとは言わせないわ。
「最後は家族に見送って欲しかった」
でも、離婚届を出したのはそっち。子供に突然別れを告げて、その理由も言わないで。あなた、最低よ。
「なら、子供のためにも一緒にいた方がいいだろう」
息子もね、最近はあなたのこと怖がってたわ。子供って、よく分かるのよ。自分のこと、どうでもいいと思ってる人間のことはね。あなたは、自分勝手な行動で、家族もお金も家も、何もかも失ったのよ。
「こんなことで……」
あとは、あなた一人で病院に行って、治療について相談してきて。
「一人で?」
お前は他人だから、関係ないわ。頑張ってね。
「治療費とか、どうすれば?」
さあ、あなたの問題よ。

一時間後。
「山田幸介様、佐藤法律事務所の佐藤明と申します。こちらでのご連絡、失礼します」
弁護士なんだ、これ?
「三崎様の代理人として、慰謝料請求及び法的措置についてご連絡いたします」
慰謝料? 法的措置?
「詳細は、ご自宅に送付した内容証明郵便をご確認ください。本日付けで到着しているはずですので」

同時刻。
「なあ、弁護士から連絡が来た。なんだよ、これ」
ああ、言い忘れてたわ。私の親友、弁護士なの。八年間のこと、全部相談してあるわ。相談というか、まあ、友人として愚痴ってただけなんだけど。
「弁護士まで用意してたなんて」
私に連絡するより、弁護士に連絡してくれない? これからは、弁護士を挟んでしか連絡しないから。

十分後。
「あの、俺、何のことか分からないんですけど、何かの勘違いじゃないですか? とりあえず、無視しますね」
無視でも構いませんが、幸介様が不利になるだけですよ。
「へえ?」
正直に申し上げると、幸介様は、これ以上悪くなることはないと言えるほど、かなり不利な状況です。絶望的なくらい。
「え、なんで?」
みさ様はずっと証拠を残していましたので、あなたが原因で離婚になったと証明が可能なのです。
「証拠って?」
育児をしていない。家庭内での暴言。また、余命半年と分かった瞬間に介護放棄。これらの証拠以外にも、まだたくさんあります。
「いやいやいや、ちょっと大げさだって」
でしたら、大げさだと思える証拠をお見せください。
「でも、ここまでする必要ないだろう」
みささんは、あなたが余命が短いと知って、介護する覚悟を持っていました。しかし、あなたは家族を裏切ったのです。息子様への思い、家族への思い。全部踏みにじったのですから、妥当な行動だと思いますよ。
「ふざけんじゃねえよ。金とか払わねえからな」
私にどれだけ怒りをぶつけても、結果は変わりません。
「友達だって聞いたぞ。講師藤だろ」
確かに、友人として話は聞いていました。しかし、その内容は、今お伝えしたことには含まれていません。
「なんだと?」
正直、追求し出したら切りがないほど、みささんからは色々お話を伺っています。しかし、それは友人として聞いた話。弁護士として伺っていませんし、使う気もありませんので、今は証拠がきちんと揃っている事柄しかお伝えしていませんよ。非常に残念ではありますが。
「証拠が揃ってるだけって……じゃあ、いつから準備してたんだよ」
私はご依頼通り、法的手続きを取り、あなたを徹底的に追い詰めてやるだけです。もう、後悔しても後の祭りなんですよ。

数日後。
「みささん、どういうことなの? 幸介が病気だなんて」
そうですよ。余命半年です。病院の診断書もあります。
「そんな。じゃあ、孫はうちに来るんじゃないの?」
残念ですが、離婚したので、無関係ですね。
「へえ。そんな。離婚取り消せないの? このままじゃ、誰があの子の面倒を見るの?」
介護は、お母さんがすれば良いのでは? 幸介さんが望んだことですから。
「この音知らずの稼ぎで生活していたのに、最後まで面倒見なさいよ」
お母さん、何か勘違いしてますね。幸介さんから聞きましたか? お母さんの月五万円のお小遣い、誰が払ってたか。
「え? 幸介じゃないの?」
いいえ。八年間で四百八十万円、全部私が払ってました。幸介さんが払ってると思ってましたよね。大嫌いな嫁が払っているわけないと思ってましたし。
「そんな……」
息子さんの年収は六百万円で、私は七百万円。生活費も全部私でした。じゃあ、息子はあなたに養われてたって。
「お母さん、お友達に、息子が私のために稼いでくれてるって自慢してましたよね。それは、全部嘘でしたね。幸介さんは私に養われてた。お母さんも私に養われてた。それなのに、随分、嫁いびりしてましたよね。私がまだ一歳にもなってない子供を抱えて逃げられない時に、ええと、何て言いましたっけ? ああ、そうだ。育休中の私を金食い虫呼ばわりしてましたよね」
それは、そんなつもりじゃ……。
録音してありますよ。お友達にも聞かせましょうか。
「やめてちょうだい。お願い」
遅いですね。それと、お母さんが私の悪口を言ってた件、全部記録してあります。親戚の集まりで、あの嫁は使えない。息子の足を引っ張ってる。早く離婚すればいいのに、って。それは冗談では済みません。弁護士に相談済みです。冗談って主張は通じませんよ。そういったことをしているあなたの元に、子供は預けられませんし、幸介さんが親権を取るのも難しいかと。
「そんな……」
お母さん、私のこと、嫁は家族のために尽くすもの。息子の稼ぎで生活してるんだから当然、って言ってましたよね。だから、夜中、睡眠不足でふらふらな私に家事もさせて。あの時、本当に離婚を考えましたよ。でも、思いとどまりました。子供のためと我慢していましたし、幸介さんも、少しだけ父親として行動し始めていたから。
「それなら、なんで?」
私があなたたちを養ってきたのに、感謝どころか見下されて、病気になったら捨てられて、息子まで邪魔って言われて。もう我慢しないと決めたからです。
「でも、息子は病気なのよ。看病するのは当然でしょ」
なら、お母さんが看病すればいいでしょ。でも、幸介さんの治療費、結構かかりますよ。保険で降りるにしても、最初は立て替えですし。
「そんなお金、ないわよ。家族でしょ。なんとかしなさいよ」
離婚したので、他人です。それに、私を家族扱いしなかったのは、お母さんですよね。
「それは、あの時は……」
幸介さんに離婚を進めたのは、お母さんですよね。でしたら、お望み通り、二人で暮らしてくださいね。私という金食い虫は、もういませんから。これからは、本当の親子生活を楽しんでくださいね。
「あんた、絶対許さないからね。呪ってやるから」
呪ってる暇があったら、今後の身の振り方とか考えた方がいいと思いますけどね。いい加減、現実逃避して甘えてないで、腹くったらどうですか? 慰謝料とかも、大変そうですけど、頑張ってくださいね。

その後。
私たちが離婚して一年後。あの夫は、慰謝料と養育費を一括で支払うことが決まり、治療費が払えず、余命は伸ばせたものの病状が悪化。アパートで一人、寝たきり生活を送っているとか。お母さんは、息子の介護と自分の生活費のために、七十歳を過ぎてもパートを続けているそうです。しかし、今回のことが友人たちにばれて、全員に絶縁され、孤立。勝手に離婚した二人は、勝手に自滅し、惨めな生活を送っています。
一方、私は実家に帰り、外資系IT企業に転職。そこからさらに三年後に、新しいパートナーと結婚し、息子も新しい父親に懐いて、幸せな家庭を築いています。
人間、いつかは最後を迎えます。その時に孤独で惨めな最後を送るかどうかは、その人の人生によって決まる。私は自分の最後をあんな惨めなもので終わりたくないので、誰からも愛してもらえるような生き方をしたいと思います。

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