夕方のニュースを見ながら、突然頭の中が真っ白になった。私のスマホに知らない番号からメッセージが届いた。「おい、なんでお前、来てないんだよ。娘の七子さんの晴れ舞台に来ないなんて、母親としてどうなんだ。今すぐ会場に来い。くず女。」うちの娘はもう大学生です。一体誰に送ったの?そう夫にLINEを見せたとき、彼の顔が一瞬で引きつった。「誤送信だ」と彼は言った。でも、その言葉に隠された理由を私は半年前か…

夕方のニュースを見ながら、突然頭の中が真っ白になった。私のスマホに知らない番号からメッセージが届いた。「おい、なんでお前、来てないんだよ。娘の七子さんの晴れ舞台に来ないなんて、母親としてどうなんだ。今すぐ会場に来い。くず女。」うちの娘はもう大学生です。一体誰に送ったの?そう夫にLINEを見せたとき、彼の顔が一瞬で引きつった。「誤送信だ」と彼は言った。でも、その言葉に隠された理由を私は半年前か...

おい、なんでお前、来てないんだよ。娘の七子さんの晴れ舞台に来ないなんて、母親としてどうなんだ。娘が泣いてるぞ。今すぐ会場に来い。くず女。

彩佳はスマホの画面を見つめ、眉をひそめた。何を言っているんだ、これは。

「七子さん?うちの娘は大学生よ。ていうか、あなた、誰に送ってるの?」

一瞬の沈黙の後、夫の声が慌てた。

「あ、いや、これはその…彩佳のLINEじゃなかった。誤送信だ。職場の後輩の話で、そこの奥さんが七子さんって名前でさ。」

「職場の後輩の奥さんを『お前』って呼ぶの?随分と親しいのね。」

「違うんだ。実はその…何度か飲みに誘われて、後輩の愚痴を聞いてたんだ。家庭を顧みない奥さんでさ、今日も娘の行事を体調不良って理由で休んで困ってるって相談されて。ずる休みに決まってるし、後輩が言っても聞かないから、俺がガツンと言ってやろうと思ったんだ。」

「それで『母親失格のくず女』ってわけね。その奥さん、かわいそうに。」

「俺も頭に血が上っちゃって。ほら、俺たちにも娘がいるだろ。子供を大事にしない親が許せなくて。」

「でも言っていいことと悪いことがあるわよ。今の発言、浮気を疑われても仕方ないわね。」

「誤解だ。俺がそんなことするわけないだろ。」

「じゃあ、その後輩の名前を教えて。娘さんが七子さんなんでしょ。お祝いを送りたいから。」

「いや、それは個人情報だし。お祝いは俺経由で渡すから。」

「そう。まあ、いいわ。信じてあげる。かなり苦しい言い訳だったけどね。次からは気をつけて。」

「ありがとう。ごめんな、嫌な思いさせて。」

その夜、彩佳は思い出したように言った。

「それにしても、あなたの会社に七子さんくらいの年齢のお子さんがいる家庭があったのね。確か、ほとんど独身か中学生以上の家庭が多かったと思うけど。」

「気のせいだよ。後輩も4年前に結婚してたし。」

「そうなの?私も会社の家族イベントに参加してたし、それなりに奥さんたちとは知り合いよ。全員は把握してないけどね。」

「とにかく、変な詮索はするなよ。」

数時間後、夫が気まずそうに謝った。

「本当に今朝はごめんな。変なメッセージ送って心配かけて。」

「心配?それよりも疑いの方が強いんだけど。」

「だよな。俺も逆の立場なら浮気を疑うよ。でも本当にそうじゃないんだ。俺は家族を大事にしてる。」

「そうね。あなたは家族思いよ。昔から行事にも参加してたし、子育てにも協力的だった。優香が熱を出した時は仕事を休んで病院に連れて行ってくれたものね。」

「だろ?それでさ、今日は残業で遅くなるから、明日お詫びにケーキを買うよ。だから許してくれよ。」

「あれ?今日も帰りが遅いの?最近残業が多いわね。疲れてるのよ、きっと。間違いを起こすくらい。」

「そうだな。ちゃんと休まないと。でもプロジェクトが大変でさ。社長が新しいことに挑戦しようって方針で、全く参っちまうよ。」

「そっか。大変ね。でも残業代、結構ついてるんじゃない?来月はちょっといいところでご飯食べましょ。」

「おいおい、俺の苦労を金換算するなよ。」

「大事なことでしょ。それに最近は家族サービスの時間も減ってるし。」

「まあ、そうだな。分かった。何かいいものを食べよう。」

数日後、彩佳は夫に言った。

「みささんが七子さんの写真を送ってくれたのよ。いい写真が撮れたって。見てくれた?」

「ああ、見たよ。俺だって写真はたくさん撮ったっての。」

「そうよね。たくさん送ってくれてありがとう。娘がやっと元気になって嬉しいわ。一時は3歳まで生きられないかもって言われてたから。こうしてお祝いできて、心から安心してるの。」

「そんな大事な日に来なかったくせに、何言ってんだよ。」

「あの日は本当にごめんね。高熱で行けなかったの。でも、あんな言われ方をするとは思わなかったわ。さすがに傷つく。」

「はあ。俺がお前を傷つけたとか、被害者ぶるなよ。確かに行事に参加できなかったのは良くなかったかもしれないけど、『くず女』とか『母親失格』とか、そこまで言うことはないだろ。」

「お前、俺に口答えするつもりか?」

「そんなつもりは…」

「俺の金で養ってるんだぞ。文句を言うな。捨てられたら困るのはお前らだろ。お前の娘の入院費を出したのは誰だ?生活費を工面してやったのは誰だ?よく考えろ。誰のおかげで生きてるんだ?」

「…あなたです。」

「お前は俺の金で生きてるんだよ。それなのに俺の気分を損ねるとか、何様のつもりだ。お前らを捨てることだってできるんだぞ。」

「お願いします。それだけは。」

「なら口答えするな、このくず女。いいか、俺の言うことは絶対だ。逆らったら子供が飢えるぞ。それはお前のせいだ。お前が俺の機嫌を損ねるから、子供が不幸になる。ひどい母親だな。」

「ごめんなさい。」

「分かったなら二度と口答えするな。今日はしっかり躾けてやるからな。」

翌日、夫が冷たく言い放った。

「おい、来月の生活費をちょっと減らすぞ。会社の業績が悪くて給料が上がらないんだよ。それに、そろそろ家族の機嫌取りもしないといけないしな。」

「でも、物価も上がってるし、今だってギリギリで…」

「あ?今、口答えしたな。」

「違います。ごめんなさい。そんなつもりじゃ…」

「俺だって大変なんだ。少しは自分で何とかしろ。俺がいなきゃ生きていけないくせに、文句を言うなよ。生活費が足りないなら、お前が飯を抜けばいいだけの話だ。昨日も躾けてやったのに、まだ反抗するなんて。こんなバカな女が母親で、子供がかわいそうだわ。」

数時間後、夫は帰宅するなり部屋にこもった。扉を閉める音が異様に大きく、彩佳はそっとノックした。

「どうしたの?何かあった?」

「あ、ごめん。ちょっとむしゃくしゃしてて。」

「珍しいわね。」

「仕事を覚えの悪いやつがいてさ。何度も指導してるのに、全然覚えないんだ。昨日もつきっきりで教えたのに、まだ学習してない。もう嫌になるよ。」

「それは大変ね。お疲れ様。」

「ありがとう。仕事のことを家に持ち込んでごめんな。あ、そうだ。この際だから相談なんだけど、来月、優香の誕生日だろ。今年は何を欲しがってるか分かるか?さすがに俺からは聞きづらくて。」

「そうね。最近は文房具に夢中みたいだけど、そういうのは自分で買うでしょうね。文具店の商品券の方が喜ぶかもしれないわ。」

「確かに、現金よりは使い道があるか。でも現金すぎないか?」

「それなら、一緒に買い物に行って欲しいものを買ってあげたらいいのよ。大学に行っちゃったけど、たまには帰ってくるし。一緒に行ってくれるかは分からないけどね。」

「怖いこと言うなよ。でもそれが確かにいいかもな。久しぶりに優香を買い物に誘ってみるよ。」

「いいと思うわ。でも優香の誕生日は再来月よ。」

「あ、そうだっけ?やべえ、間違えた。」

「誰の誕生日と間違えたの?」

「いや、なんでもない。ただの勘違いだ。」

「最近、勘違いが多いわね。大丈夫?しっかりしないと、いつか大きなミスをするわよ。」

「気をつけるよ。この年で物忘れとか、笑えないな。」

一週間後、彩佳は何げない口調で切り出した。

「ねえ、あの誤送信の件なんだけど、気になってママ友に聞いてみたの。」

「はあ?まだそんな話してるの?ていうか、ママ友?」

「うん。旦那さんがあなたと同じ会社に勤めてる人でね。優香と小学校が一緒だったお子さんがいるから、今でも交流があるの。」

「へえ、長い付き合いなんだな。」

「そうなのよ。それでね、この前会ったから話したの。『最近、残業続きで大変ですよね』って。でも変なのよ。『そんな話、聞いたことない』って言われて。」

「そ、それは部署が違うからだろう。俺の会社にはいくつか部署があるし。」

「そうかしら。ねえ、この際だからはっきり聞くけど、その後輩って本当に実在するのよね?」

「するよ。何言ってんだ、急に。」

「それじゃあ、お名前は?」

「だから、それはプライバシーで…」

「そう、それは言えないわね。残念だわ。みささんに七子さんのお祝いを送ろうと思ったのに。」

「あ、え?いま何て?」

「だから、みささんよね。娘さんが七子さんなのは。」

彩佳は静かに続けた。

「実はね、半年前からあなたのことを調べてたの。おかしいわね、あなたの部署に『みさ』っていう名前の女性はいないはずよ。」

「何の話だよ。半年前に調べただって?そんなことできるわけ…」

「探偵に依頼してたのよ。調べてもらうのは簡単だったわ。だってあなたが『残業』っていう日に動いてもらえば済む話だったから。」

「探偵?ちょっと待てよ。本当に何を言って…」

「あのね、もういいのよ。そういう猿芝居は。全部知ってたわ。あなたが誤送信する前から。あなたが残業って言って出かけた日、どこに行ってたか、誰に会ってたか、全部ね。」

「いや、待て。つまり俺のことを監視してたってことか?そんなの違法じゃないか。」

「違法?浮気の証拠を集めるのは正当な権利よ。弁護士もそう言ってるわ。」

「何かの勘違いだ。ああ、分かった。俺とよく似た人がいて、きっとその人と勘違いしてるんだ。」

「バカにしないでくれる?何年連れ添ったと思ってるの?簡単に顔を見間違えるくらいには、ちゃんとあなたの顔を見てきたわよ。」

「でも…」

「それじゃあ、決定的な証拠をあげるわ。あなたが残業で遅くなるって言った日、会社に電話してみたの。心配だったからよ。そしたら言われたわ。『佐藤は本日、休みました』って。それなのに、あなたはその日、朝帰りだった。おかしいわね。一体どこで何をしてたのかしら?」

「それは…急に呼び出されて…」

「誰に?どこで?何時まで?答えられないでしょう。でも私は答えられるわよ。証拠も写真付きでね。確か電話した日は10月10日。その日、あなたは会社から直接、駅前のマンションに行って、みささんとファミレスで食事をして、その後、始発までみささんの家で過ごした。全部、日付と時間付きでね。呼び出されたのはご自宅なんて、随分と積極的な呼び出しね。」

「それは仕事の関係で…」

「仕事で女性と子連れでファミレス?『残業』って嘘をついて、自宅で打ち合わせ?一体何をしてたのかしら。」

「何なんだよ、さっきから。俺を攻めて楽しいのか?そんなにネチネチ言いやがって。」

「逆切れしないでくれない?あんた、自分がやったことを理解してるの?私は毎日、笑顔で『おかえりなさい』『お疲れ様』って言ってた。あなたもずっと『家族の元へ帰る』って言ってたはずよ。でもその裏で、ずっと別の女性のところへ行ってたんだよね。娘の誕生日も間違えて、私には残業って嘘をついて。家族より大事な人ができたのね。」

「もういい。全部わかったわ。もう帰ってこなくていいから。」

「ちょっと待ってくれよ。話し合おう。」

三十分後、夫は玄関のドアを必死に押した。

「家に入れてくれ。なんで鍵が使えないんだ?」

「そりゃ、変えたからね。」

「勝手に変えるなんて…」

「あなたを家に入れたくなかったのよ。今、荷作りしてる最中だから。」

「とにかく入れてくれ。話し合おう。」

「あの女の家に行けばいいじゃない。俺の金で養ってやってるって偉そうに言ってたんでしょ。」

「なんでLINEのやり取りまで…」

「あなたのLINEを見たのよ。全部ね。さすがに探偵さんでもLINEの中身までは難しかったから。いつの間に見たかって?言う必要ある?でもメッセージを見て笑っちゃったわ。何が『養ってやってる』よ。私たちの家計、誰が多く出してるか知ってるよね。この家のローンだって、私の収入で審査が通ったのよ。」

「それは…その…」

「ああ、私にはマウントが取れないから、経済的に苦しいみささんに偉そうにしてストレスを発散してたのよね。だからあなたにはみささんが必要だったの。都合のいいサンドバッグとして。どう?これでも言い逃れできる?」

「分かった。認めるよ。確かに浮気してた。それは認める。だから、やり直させてくれ。」

「は?それ、あなたが言う権利ないから。ああ、そうだ。やり直して綺麗に丸く収まるとか思わないでね。」

「そんなつもりは…」

「あなたのことだから、よりを戻してみささんを切れば問題なしとか思ってそうだもの。でも残念。もう手は打ってあるの。」

「何したんだよ。」

「別に特別なことはしてないわ。ただ、証拠を親に見せたの。私のね。」

「親?なんで…」

「私の父の大学の後輩が、あなたの上司なのは知ってるよね。ああ、忘れてたか。親戚の集まりで一度言っただけだったものね。」

「え、はあ…じゃあ、会社にこのことがバレるってことか。」

「そう。父さんが話せばバレるんじゃない?父さん、すごく怒っててね。来週、人事面談があるかもしれないわ。」

「待ってくれ。頼む。話し合おう。俺が悪かった。本当に悪かった。」

「はいはい。何が悪かったと思ってるの?」

「それは…浮気してること。」

「今さら私が全部知ってるって言ったのに、苦し紛れに言い訳してきたのは誰だったんだっけ?これまで何度も話し合うチャンスはあったわよね。でもあなたは嘘をつき続けた。」

「俺はお前のことが大好きなんだ。頼む。やり直せないか?」

「無理。もう弁護士に依頼済みよ。半年前からね。離婚届の準備も整ってる。慰謝料とか財産分与、楽しみにしていてね。」

「そんな…」

「あら、絶望するのは早いわよ。ここからが本当の制裁の始まりなんだから。」

一時間後、みさのスマホに一通のメッセージが届いた。

「初めまして。佐藤彩佳と申します。佐藤泰の妻です。夫の携帯から電話番号を入手しました。アカウントはお間違いないですよね?」

みさは震える手で返信した。

「はい…」

「あなたと泰さんが浮気していることは知っています。知った上でご連絡しました。」

「ごめんなさい…」

「謝罪は不要です。どうせ許すつもりもないから。」

「そうですよね…」

「そんなに委縮しないでください。驚かせてしまって申し訳ないですけど、どうしてもあなたと話がしたくて。」

「私とですか?」

「あなた、夫から『くず女』『母親失格』って言われたことありますよね。」

「なんでそれを…」

「夫が私に誤送信したんですよ。『七子さんの日に娘の七子さんに来ないとか母親失格だ。今すぐ来い。くず女』って。うちの娘はもう大学生ですが、それであなたとの関係に気づきました。」

「…そうでしたか。」

「いいえ、それだけじゃない。半年前から調査していました。探偵に依頼して、あなたとの関係も全部把握してますよ。」

「全部…」

「あなたがシングルマザーで、娘さんの医療費を夫に頼っていたことも、夫があなたに暴言を吐いていたことも。探偵さんが言ってました。夜遅くに暴言が聞こえてきたって。近所の聞き込みでも有名な話で、何度か通報もあったけど状況は改善されなかったと。」

「はい…警察が来る時は決まって、あの人はいないので、私がごまかしてました。」

「共依存だったんでしょう。夫のスマホを何度か確認して、あなたとのやり取りを読みました。本当に同一人物なのかと目を疑いましたよ。あなたは経済的に困っていて、日常的にDVを受けていた。現状から抜け出せずに、夫に頼るしかなかったんでしょう。」

「はい。本当にごめんなさい。私の両親はもう年で、生活までは頼れなくて。悪いとわかりながら…あの人から逃げられないと思って、怖くて…」

「私に謝っても無駄です。言ったでしょう、許すつもりはないって。夫があなたに渡していたお金、あれは元は私の収入なんです。夫の収入だけじゃ、あなたを支援する余裕なんてなかったから。」

「つまり…あなたは私のお金で生活してたってことです。」

「そうよ。夫は『俺の金で養ってやってる』って偉そうに言ってたみたいだけど、実際は私の稼ぎを勝手に使ってただけ。あなたもそれに乗っかっていたの。LINEのやり取りからすると、最初は既婚者と知らなかったみたいだけど、途中で気づいたんでしょう。」

「はい…でも娘のためにもう離れられなくて…」

「法律上、あなたも不貞行為の相手として慰謝料請求の対象になります。既婚と知った時点で関係を続けた以上、言い訳は通用しません。それはわかりますよね。」

「慰謝料…それだけは…あの、払います。今すぐには難しいですけど、借金して働いて返しますので…」

「そんなお金がないのは知ってますよ。お金があれば、あなたはとっくに逃げていたでしょうし。でも、同情するつもりもありません。あなたは夫に依存して、私の稼いだお金で生活して、その上で私の家庭を壊した。娘のためだったのはわかる。でもね、それは私には関係ないのよ。私だって娘を守るために必死だった。あなたが夫にすがってる間、私は家族を守るために働いて家事をして、一人で全部やってきたの。」

「ごめんなさい…」

「『ごめんなさい』で済むなら、法律はいらない。あなたには責任を取ってもらいます。」

「でも…本当にお金がなくて…娘もまだ小さくて、仕事も見つからなくて…」

「条件を飲めば、今の生活から抜け出せるわよ、と言ったら?」

「条件…私に何をしろと…」

「まず、夫との関係を完全に絶つこと。二度と連絡を取らないこと。そして、夫の暴言の証拠を全て私に提供すること。」

「それで…許してもらえるんですか?」

「許す?甘いですよ。慰謝料は分割で必ず払ってもらいます。でも現実的に厳しいでしょうから、私の会社の人手不足の部署に就職してもらいます。肉体労働だし、私の監視付き。絶対に逃しませんよ。」

「え…でも…」

「嫌なら裁判で争ってもいいですよ。でもあなたに勝ち目はないし、弁護士費用も払えないでしょう。確かにすごく大変で多忙な部署です。でもお給料はきちんと出ます。あと、その部署の上司は昔DVを受けていた経験があるので、あなたの力になってくれますよ。」

「どうしてそこまで…私のために…」

「感謝されるようなことはしてません。あなたに慰謝料を払わせたいだけですから。でも結果的に、あなたは私に助けられようとしている。私はあなたに刺されても仕方ないことをしたのに…」

「だって、むかつくじゃないですか。夫はあなたに『俺がいなきゃ生きていけないくせに』って言って、ふんぞり返っていた。私のお金を使って。あいつはあなたを完全に見下していたんです。でも、そんなあなたが経済的にも自立して、誰の手も借りずに生きていけるようになる。長く伸び切ったその茎をへし折るには、ちょうどいいとは思いませんか?今度は自分の力で生きていけるようになってください。それが本当の制裁よ。」

翌日、泰のスマホにみさからのメッセージが届いた。

「泰さん、もう会えない。関係を終わりにする。だから家にも来ないで。」

「は?何言ってんだ?俺がいなきゃ生きていけないだろ。何考えてんだ?頭、大丈夫かよ。」

「あなたの奥さんから連絡があった。全部バレてるわ。」

「知ってるよ。だからなんだ。お前は黙ってればいいんだよ。あいつと俺の問題は、お前には関係ないんだから。」

「もう無理よ。この関係を続けてきた私も悪い。だから自分を被害者にするつもりはない。私は奥さんにとって、立派な加害者だから。その償いはするつもりよ。」

「おい、一体何の話をしてるんだ?」

「あなたが私に送った暴言のスクリーンショット、全部奥さんに渡した。あなたは浮気で離婚されるの。これであなたは言い逃れできないわよ。」

「は?何してんだ?勝手なことしやがって。くそ。お前ごときが俺を裏切ったっていうのか。」

「そう、裏切ったわ。バカよね。逃げようと思えば、なんでも方法はあったのに。あなたに『くず女』とか『子供がかわいそう』とか言われ続けて、本当に私は世界で一番ダメな人間なんだと思ってた。でも、違うって気づいたの。」

「実際そうだろう。俺を裏切るってことは、子供を食べさせられなくするってことなんだぞ。」

「いいえ、それはないわ。そうならないように道を示してもらえた。それに、あなたが『いなければ』って言うけど、子供の教育上、あなたといる方が何十倍も悪影響よ。そのことに気づいていなかったのは、確かに母親失格だったわね。あなたに言いたいことはたくさんある。でもそれを言う資格は私にはない。あなたの奥さんと違ってね。」

三日後、泰は彩佳に必死に電話をかけ続けた。ようやく繋がった声は、掠れていた。

「頼む。彩佳。もう一度、話し合わせてくれ。俺が悪かった。だからチャンスをくれよ。全部謝るから。」

「急にどうしたの?私があなたに鍵を投げつけて家を出ていった後も、連絡はなかったのに。」

「会社に匿名で通報があったんだ。社員の浮気についての情報提供って。上司から呼び出された。このままじゃ出向になる。お前が通報したんだろ。」

「私じゃないわよ。」

「じゃあ、お前の父親だろ。どうせ。」

「父さんは何も言ってないわ。ちょっと迷ったらしいけど、なかなかあなたの上司と会うタイミングがなくて、まだちゃんとは話せてないって。」

「それなら誰が…」

「あら、分からないわね。そうよね、だってあなたは彼女をすごく見下していたもの。自分がやられるとは考えもつかないわよね。」

「え…通報したのは…」

「みささんよ。みさが証拠を全部、会社に送ったみたい。私にくれた証拠も含めてね。」

「あの…二人にそんな行動力があるわけない…」

「あるのよ。今までその行動力を、あなたが力で抑え込んでいた。でもそれももうおしまい。追い詰められた母親って強いのよ。私も含めてね。」

「頼む。許してくれ。離婚だけは勘弁してくれよ。家族が大事なんだ。俺にとって、家族は心のよりどころだったんだよ。」

「そして、満たされない支配欲はみささんで発散してたと。笑わせないで。あなたの異常性に付き合うのはごめんよ。家族が大事?あなたは娘の誕生日すら間違えたのに。あなたの子供って、まだ七子さんよね。うちの子じゃなかったわ。」

「あれは…」

「それに、あなたの娘の優香は、あなたに会いたくないって言ってるわ。『二度と父の顔を見たくない』って。あなたは優香のことだけは本当に大切にしてたものね。でも、あなたは優香も傷つけた。」

「みささんに言ってたんでしょ。『俺がいなきゃ生きていけないくせに』って。その言葉、そっくりそのまま返すわ。あなたは私がいなきゃ生きていけなかったのよ。それを忘れて調子に乗った代償を払いなさい。」

「慰謝料は500万。払えないと言うなら、給料差し押さえでも何でもやってやる。出向になれば給料も減るわよね。でも、あなたのこれまでの年収で計算してるから、文句は言わないでね。」

「頼む。話を聞いてくれ。」

「娘の七子さんは二十年も前に終わってる。今さら何の話?あなたと話すことなんて、何もないのよ。」

その後、泰はごね続けたが、半年後に二人は無事離婚した。泰は慰謝料五百万円と財産分与で経済的に困窮し、狭いアパートでの一人暮らしを余儀なくされた。会社では地方の関連会社への出向が決まり、給料も大幅に下がった。同僚からは浮気で出向になったと後ろ指を指され、居場所を失っていった。

みささんは彩佳の紹介で、生産管理部門の現場作業員として就職した。肉体労働で彩佳の監視がある中だったが、毎月きちんと慰謝料を分割で支払っている。その都度謝罪してくるみささんに、彩佳はこう伝えている。

「謝罪よりも、自立して娘さんを育てることが何よりの謝罪になるわ。子供に罪はないんですから。」

一方、彩佳は一人穏やかに暮らしている。優香も大学から帰ってくるたび、何ら変わりなく家族として一緒の時間を過ごしている。泰は、かつては良き夫であり良き父親だった。しかしそれが嘘の上に成り立っていたと知り、正直悲しい気持ちもある。それでも彩佳は前を向いて、自分自身の人生を歩んでいくのだった。

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