「こねちゃん、何度も言ってるでしょ。うちに勝手に入らないでって。」その日も、いつもと同じようにこねちゃんが庭で写真を撮っていた。まさか、この何気ない一言から、私の人生がこんなにも変わるなんて思ってもみなかった。「ねえ、聞いて。私、勇氣の子供を妊娠したから。」え?何て言ったの?頭が真っ白になった。一時間後、夫の勇氣に電話した。「そのまさか。こねが俺の子供を妊娠してるんだ。」「笑い事じゃないでし…

「こねちゃん、何度も言ってるでしょ。うちに勝手に入らないでって。」その日も、いつもと同じようにこねちゃんが庭で写真を撮っていた。まさか、この何気ない一言から、私の人生がこんなにも変わるなんて思ってもみなかった。「ねえ、聞いて。私、勇氣の子供を妊娠したから。」え?何て言ったの?頭が真っ白になった。一時間後、夫の勇氣に電話した。「そのまさか。こねが俺の子供を妊娠してるんだ。」「笑い事じゃないでし...

「こねちゃん、何度も言ってるでしょ。うちに勝手に入らないでって。」
「かほさん、ヤッホー!」
「ヤッホーじゃないの。それに、勝手に入ってないでしょ?」
「嘘。SNSにあげてたじゃん。うちの庭で撮った写真。」
「庭は家の中じゃないからセーフでしょ。」
「アウトよ。庭も私有地だから、不法侵入。」
「いいじゃん。私たち家族じゃん。」
「家族って、こねちゃんと勇氣のはとこでしょ。勇氣はかほさんの夫だし、私と勇氣は血が繋がってる。だから家族。」
「知ってる? 勇氣の親のいとこの子供って、他人なんだよ。」
「ひどい。寂しいこと言わないでよ。」
「いや、実際そういうもんよ。私だって自分のいとこがどこで誰か知らないし。」
「私はそんな雑魚とは違うから。レベルが違うの。」
「何よ、レベルって。目があったらバトル始まっちゃうの?」
「何それ。受ける。てか、やっぱりログハウスっていいね。一面芝生の庭も最高。」
「別に、こねちゃんのために住んでるわけじゃないんだけど。」
「いや、これを有効活用しない手はないでしょ。実際、かほさんとこで撮った写真はすぐバズるんだから。同じ写真でも、やっぱりスタジオは大事よ。」
「うちはスタジオじゃないんだけど。」
「無料で使えるスタジオ。助かる。」
「勝手に助かるのやめて。」
「いつもいつも、呼んでもないのに来て、ぱしゃぱしゃ撮って。いい迷惑よ。」
「怒んないでよ。うちのマロンも気に入ってるんだから。」
「マロンちゃんは可愛いから許可。こねちゃんは迷惑だから却下。」
「犬のマロンの方が、私より扱いがいいの、笑っちゃう。」
「そのマロンちゃんにしたって、こねちゃんがちゃんとしつけてないからでしょ。あの間は笑ったわよ。」
「何が?」
「家の中で写真撮ってたら、すみっこで動かなくなって。何してるのかと思ったら、大放尿。」
「その勢いで許されるのは、しょんべんだけだよ。」
「あれ掃除したの私だからね。」
「あざす。」
「そんな適当な。ログハウスの管理は大変なの。犬のおしっことかで木材が腐るかもしれないんだよ。」
「私の家じゃないから知らない。」
「あのね、庭の芝生だってしっかり手入れしてるの。トイレみたいにそこら中でされたら困るの。」
「だから知らないって。てか、そんなに大変なら業者でも呼べば?」
「ログハウスの防腐処理やら防虫処理、加えて芝生の管理を全部任せたら、200万くらい飛ぶのよ。」
「うわ、やば。」
「だから、できることは自分でやってるの。それを台無しにされたら、誰だって怒るわよ。」
「ぶち切れじゃん。」
「まあでもさ、あの家はすぐに私のものになるし、別にいいでしょ。」
「いや、ならないでしょ。頭、大丈夫か?」
「なるんだよ。だって、私、勇氣の子供を妊娠したから。」

一時間後、かほの電話が鳴った。
「悪い悪い。ちょうど取引先にいてさ。今は会社戻ってる途中。用があるなら、今のうちに聞くわ。」
「いや、それがさ。なんかこねちゃんがつまらない冗談を言ってて。」
「こねが何?」
「勇氣の子供を妊娠した、とか。」
「ああ。」
「ね。つまらない冗談だよね。」
「まあ、こねが言ったんならしゃあないか。これから腹が出てくれば隠しようもないしな。」
「勇氣? 何その感じ? まさか。」
「そのまさか。こねが俺の子供を妊娠してるんだ。」
「マジ? 嘘でしょ?」
「嘘じゃないんだよ、これが。いや、俺もまさかでビビったけどさ。」
「笑い事じゃないでしょ。あなた、私の夫だよね。これ、不倫だよ。しかも相手がこねちゃんで、妊娠。あれ、かほ、知らないの?」
「何が?」
「いとこ同士って結婚できるんだぜ。」
「いとことか興味ないよ。問題は不倫の方でしょ。」
「何言ってんの?」
「何その態度。勇氣は私に悪いとか、そういうのはないわけ?」
「悪いとは思ってるよ。お前みたいな気分屋で機嫌の悪いばばあを独り身に放つのは忍びなかったしな。」
「私、33。お前、34。大差ないだろ。」
「男と女は別だろう。つまらないからって切れるなよ。」
「だから、そういう問題じゃないって。」
「あーうるせえ。とにかく、こねが妊娠したから、ばばあのお前とは離婚だ。その家はこねが住む。荷物まとめて出ていけ。」
「あのさ、本当にさ、意味が分かりすぎて頭痛くなってきたよ。」
「その頭痛はどこから?」
「てめえからだよ。」
「そんだけ元気なら、離婚しても大丈夫そうだな。じゃあ、そういうことだから。」
「そういうこととかじゃなくて、本気で離婚する気なの?」
「逆に聞くけど、お前は離婚する気ないの? それはそれでやばいだろ。不倫されて、不倫相手が妊娠してますけど。」
「ごめん。本当に、なんでその態度で来れるの? 自分が悪いって自覚ないの?」
「お前こそ、自分が悪いって自覚ないの?」
「は? 私が悪いって何が?」
「ばばあでごめんなさい、的な。」
「なら、なんでごめんなさいって言わないの?」
「口が悪い。そんなんだから捨てられるんだよ。諦めて、さっさと出ていけよ。」

一週間後。
「ちょっとかほさん。一体いつになったら出ていってくれるわけ?」
「いや、そんなこと言われても。」
「もう一週間なんですけど。」
「こっちとしても、いろいろと急だったの。引っ越しって時間がかかるし、我慢して。」
「捨てられたばばあが偉そうに。財産分与で家は勇氣のものになったんでしょ?」
「なったよ。」
「だったらさっさと出ていけよ。」
「話、聞いてた?」
「聞いてたけど。一週間は長すぎ。」
「こっちだってすぐに出ていきたいけど、家の管理に使ってたものとかがたくさんあるのよ。」
「は? 何それ?」
「防腐処理に使う塗料とか、防虫剤とか。芝生用の芝刈り機もあるし。意外と持っていくものが多くて困ってるわけ。」
「そんなの置いてけばいいじゃん。どうせもう使わないんだし。」
「使わないけど、使われるのは嫌ってやつ。こういうのは気持ちの問題だから。」
「うわあ、心が狭い。」
「むしろ心が広すぎてビビるレベルでしょ。」
「は? どこが?」
「不倫、妊娠からの家も奪われて、それで素直に出ていくって言ってるんだから。心の広さは東京ドーム級だと思うけど。」
「そうなの? なんでもいいけど、さっさとしてよね。いつまでも狭いアパートとか嫌だから。」
「その狭いアパートが妥当なだけでしょう。」
「うるさいな。」
「まあ、今月中には出ていくから安心して。」
「当たり前。」

「ああ、これでようやく始まるんだ。私の夢のログ生活が。」
「ああ、無理。無理。」
「何が?」
「そんなもんじゃないから。」
「だから、何が?」
「ログハウスでの生活が。」
「そんなわけないもん。今からいろいろと考えてるんだから。」
「考えてるって、何よ?」
「あんたが買った家具は全部捨てて、家の雰囲気に合うように木製の家具で揃えて。勇氣とマロンと一緒に、幸せで穏やかな生活。」
「うわ、何も知らないんだね。受ける。」
「前にも言ったけど、ログハウスの管理って大変だから。勇氣は全部私に丸投げだったし、こねちゃんたちがまともに管理できるわけないでしょ。」
「できます。なんだったら業者を入れればいいし。」
「財産分与で家を譲ったんだよ。その分のお金は私がもらいました。」
「だから何?」
「業者を呼ぶお金なんてないって言ってるの。ましてや、家具を全部買い換えるならなおさらね。」
「それなら、自力でやります。あんたにできたなら、余裕でしょ。」
「まあ、やってみたらいいんじゃない? マロンちゃんのしつけもできないやつには無理だと思うけどね。」
「負け惜しみですか? おばさん。」
「はいはい。てか、ニュース見た? 来週、台風が来るって。」
「は? 急に何?」
「別に、ただ夢の生活がいつまで続くかなって思っただけ。せいぜい頑張りなさい。」

数日後。
「ねえ、今日の帰りにホームセンターに寄ってくれない?」
「ああ、なんで?」
「なんか、かほさんが言ってたじゃん。」
「ああ、家のメンテがどうのって話?」
「そうそう。うちらには絶対無理とか言われたから、腹が立って。」
「それでやろうってこと?」
「まあ、時期的にそろそろだもんな。」
「そろそろって、何が?」
「いや、かほが家の手入れしてた周期からすると、そろそろ防腐処理とかしておかないとなっていう感じ。」
「なるほど。で、防腐処理って何を買えばいいの?」
「さあ。わかんないな。」
「俺も、まあ、Google先生に聞けば一発だろ。」
「確かに。庭の芝生もいろいろやらないといけないっぽいけど、また今度でいっか。」
「大丈夫だろ。家にしろ、庭にしろ、そんなすぐにどうこうなるはずないよ。」
「だよね。ああ、そういえばさ、今日、マロンが家の柱に放尿してて笑った。」
「放尿? ちゃんと掃除しといてくれよ。」
「大丈夫。ちゃんと拭いたよ。しかも、その時の写真が最高に映える。」
「映えってやつ? おしっこが映えるとか。ログハウス、やばいな。」
「そりゃ良かったな。てか、風呂はちゃんと洗ってくれた?」
「洗ったよ。ログハウスの木の風呂って、おしゃれだよね。」
「おしゃれかどうかは置いといて。なんか、かほが言ってたんだよ。木の風呂って腐りやすいって。」
「何が腐るの?」
「さあ。でも、洗ったんだろ?」
「うん。」
「なら、大丈夫か。」
「かほのやつがまめにやってたから、ちょっと心配だったけど。あいつが気にしすぎなだけだったかもな。」
「かほさんって潔癖っぽいもんね。絶対A型だよ。」
「じゃあ、今日の帰りにホームセンターに寄ってくわ。」
「よろしく。」

二週間後。
「ちょ、これ、やばいって。」
「何が?」
「うちの芝生、虫が大量発生してる。」
「この前の台風の影響でしょ。」
「そうそう。そうなんだよ。」
「で、殺虫剤をまいたんだけど。」
「今度は芝が枯れた。」
「なんでそうなるんだよ。」
「殺虫剤、どれくらいまいたの?」
「虫が多くて気持ち悪かったから、こう、全面的にばーっと。」
「多分、まきすぎ。」
「ああ、芝の根元まで薬剤が入ったんじゃない?」
「そんな。」
「あと、台風の後にできた水たまりとか、その辺、ちゃんと処理した?」
「水たまり? 放置してたけど。」
「ばっかじゃないの?」
「あ、ただの水たまりだよ。」
「天然芝だから、水のやりすぎも良くないの。殺虫剤だけが原因じゃないね。水はけが悪くて、根腐れしてると思う。」
「それって、何? どうなるの?」
「そのまま放置してたら、芝は全滅するよ。」
「嘘だろ? どうしたらいいんだよ。」
「根腐れしてる芝を剥がして、張り直すしかないよ。」
「そんなこと言われても。根腐れしてるかどうかなんて、見てもわかんないし。」
「なら、業者にやってもらったら? 広めの庭ではあるけど、天然芝は人工芝より安いし、10万はかからないでしょう。」
「たっか。家具とかを入れ替えたばっかで、今、金がないよ。」
「払えないなら、それで終了。」
「あとさ、マロンのフンとか、ちゃんと処理してる?」
「え? わかんない。」
「フンを放置してたら、虫が湧くよ。芝にも悪影響だし、最悪、ハウスの方にも影響が出る。」
「マジかよ。」
「マジだよ。いや、でも、今そんな出費は。」
「まあ、無理なら放置しとけばいいよ。緑の絨毯どころか、茶色の砂漠になるだけでしょ。」
「わかった。払う。業者を呼ぶよ。」
「勝手にしなさい。私はもう関係ないし。」
「あ、でも。」
「なんだよ。まだ何かあるんのか?」
「あ、いや。やっぱりいいや。」
「気になるんでしょ。言いなさいよ。」
「なんか、家の中が臭い気がするんだよね。前から、なんとなく。」
「ああ、元々大きなメンテナンスをしようと思ってたからね。離婚して家を追い出されたから、何もしてないけど。」
「それって、やばいの?」
「割とやばいわよ。」

一週間後。
「くさい。この家、何なの?」
「は?」
「ちょっと前から、なんか、もう何て言ったらいいかわかんない匂いがするの。家のどこにいても臭いの。無理。」
「ああ、それはね。」
「何?」
「お前たちが掃除もせずに、換気もせずに、犬に好き放題させてるからだよ。」
「え? 掃除?」
「掃除って、週に何回してる?」
「え? したり、しなかったり。」
「じゃあ、換気は?」
「換気? 換気は、意識したことはないけど。」
「マロンちゃんのトイレは? しつけたんでしょ?」
「え? それは、その。外でさせてるから。」
「なるほどね。今も自由なおトイレを楽しんでるわけだ。」
「いや、ほら、マロンにはのびのび育ってほしいから。」
「野生じゃないんだからさ。家の中くらい、ちゃんとトイレシートでさせなよ。」
「てか、それが何? 掃除とか換気とか、匂いと関係あるわけ?」
「あるでしょ。アホ。」
「アホって。」
「ログハウスとか関係なく、匂いの原因でしょ。」
「いや、でも、私がアパートに住んでた時は、そんなことなかったし。」
「そういえば、前から聞きたかったんだけど、マロンちゃんって前の家でもああだったの?」
「え? ちゃんとトイレシートでしてたよ。」
「じゃあ、なんであの家だとできないわけ?」
「それは、その。ちょっとした嫌がらせだったっていうか。」
「わざとやらせてたの? 私への嫌がらせのために?」
「それはもういいじゃん。昔の話なんだし。」
「昔ってほど昔じゃないけどね。で、その時の癖が抜けなくなってると。やっぱりアホじゃん。」
「それはいいから。なんか、原因とか理由とかわかる?」
「まあ、なんとなくはね。」
「何? どうしたらいいの?」
「多分、ログハウスの木材が腐ってるんじゃないかな。」
「え? 腐ってる? 防腐スプレーを買ってきて、ぷしゅーってしたけど。」
「ぷしゅーする前に、掃除した?」
「え? してないかも。」
「ほこりとかを巻き込んだら、意味がないでしょ。」
「あと、あのハウスってヒノキでできてるからね。他の木材よりも湿気に弱いの。」
「そうなの?」
「ちょっと前の台風の後、特に何もしなかったんでしょ? 芝生がああだったんだから。湿気が溜まってて、木材自体が収縮してるはずよ。雨漏りとかもあったんじゃない?」
「あった。」
「なら、隙間にほこりやらカビやらも溜まってるはずね。」
「でも、見えてる部分は別に腐ってないし。」
「内側から腐るに決まってるでしょ。床下とか、屋根裏とか。あとは木の風呂とか、見えないところが腐ってるわよ。」
「へえ。風呂掃除はしてたのに。」
「洗ってそのままじゃ意味ないから。乾かすまでちゃんとしないとだめよ。」
「ああ、そうなの。」
「あと、あれだ。シロアリ。」
「シロアリ?」
「私が住んでた時から対策はしてたけど、ちょっと前からちょいちょい見てたのよ。多分、どっかに侵入経路が残ってたっぽい。素人の知識じゃ限界だし、業者を呼ぼうと思ってた。」
「なんで呼んでないの?」
「呼ぶ前に、追い出されたから。」
「はあ、やば。」
「やばいよ。シロアリがいる家なんて、誰も住みたくないし、売るにしても価値が下がる。」
「そんな家じゃ、映えないじゃん。」
「知らないけどね。」

「ちょっと、かほさんが管理してたんでしょ? なら、ちゃんとアフターフォローもしてよ。」
「私は業者じゃないんだよ。本物の業者を呼んでください。」
「それっていくら?」
「外壁も再塗装しないといけないだろうから。それだけで150万でしょ。」
「はあ。」
「屋根の点検と補修で、50万くらい。」
「え。」
「床下の点検と防腐処理で、30万だったかな?」
「なにそれ。合わせて230万じゃん。」
「加えて、状態も全体的に悪そうだから、多分300万はいくんじゃない?」
「この間、芝生を張り替えたばっかなんですけど。」
「それと、これは別問題でしょ。夢のログハウス生活を守るために、頑張りなさい。じゃないと、映えじゃなくて、恥がかかる家になるよ。」

数日後。
「かほさん。いや、かほ様。」
「何気持ち悪いの。」
「そのですね。お金を貸してください。」
「私は金融じゃないんだよ。」
「それは知ってる。」
「ついでに言えば、カスタマーサポートセンターでもないし、家の修繕業者でもないのよ。」
「それも知ってます。なら、どういう用件なわけ?」
「お前から言われて、業者に家の修繕の見積もりを頼んだんだよ。」
「それで?」
「そしたら、300万だって言われて。」
「300万?」
「そう、300万。でも、そんな大金、払えないし。」
「あなたのご両親に頼んだら? それか、こねちゃんのご両親。」
「不倫して妊娠して再婚だぞ。しかも、はとこ。もう親を含めて親族全員から総スカン食らってるよ。」
「ああ。はい。わかってたことではあるでしょ?」
「それでもいいと思ってたんだよ。なのに、こんな大金を払うはめになるなんて。もう、頼れる相手はお前しかいないんだ。頼む。」
「なんで、この状況で私を頼れると思ったの? 普通の神経してたら、無理だってわかるよね。」
「いや、かほはなんだかんだ言って、俺の言うことを聞いてくれるし。」
「それは、夫婦だったからに決まってるでしょ。とはいえ、こうなると運命的なものを感じるわ。」
「あ? 運命? 何が?」
「だって、私が請求する慰謝料と同じ金額だもん。」
「えっと、ちょっとごめんな。頭の処理が追いついてないかも。誰が誰に慰謝料を請求するって?」
「私が、あなたに。300万。」
「はあ。嘘だろ。」
「さっき、自分で言ってましたよね。不倫して妊娠して再婚。しかも相手ははとこ。」
「言ったけど。」
「遠いとはいえ親族が不倫相手で、こねちゃんは週に数回はうちに来るほど近しい人物。こりゃ悪質ですわ。」
「だからって、このタイミングでこの金額は。」
「それは決めるの、あなたじゃないから。」
「それはそうなんだけど。払えないんだよ。」
「請求されても、家を売ったら払えるでしょ?」
「いや、それは。」
「ちょうどいいんじゃない? 郊外で土地は安いし、家もボロボロだし。300万になるかはわかんないけど。」
「なるだろ。300万には。」
「元々中古で買ったのを忘れたの? どっかの金持ちの別荘だかなんだかで、購入費用が500万とかだったでしょ。」
「半分くらいは無理かな?」
「無理だと思うよ。不動産じゃなくて、不動産『産』だからね。マイナスにならなかったら、儲けものよ。」
「なら、どっちみち払えないだろ。」
「家具も全部売りなさいよ。」
「何も残んないじゃん。」

「私さ、あの家を買った時のこと、まだ覚えてるよ。」
「急に何だよ。」
「勇氣がログハウスがいいって言って、買ったよね。私ものんびりしてて、好きだった。」
「そうだったっけか。」
「毎週丁寧に掃除して、毎月メンテナンスして、数年に一回は業者レベルのことまでしてさ。金がかかるから自分でやるって言ってたな。芝生の維持のために、慣れない土いじりも随分したな。かほ、大変だったけど、勇氣が喜んでくれるから頑張れたよ。」
「今思えば、あの生活もいい思い出か。」
「なんて言うわけないでしょ。」
「え? 俺は仕事が忙しいから、そういうのは無理だったんだよ。」
「素人が手伝うくらいなら、何もしない方がいいって言ったの、勇氣でしょ。」
「いや、俺はその、邪魔になるかと思っただけで。」
「力仕事でも、何でも手伝えたでしょ。言い訳を並べて、楽してただけじゃん。」
「ごめんなさい。」
「そこまでして頑張ってたのに、何も知らないガキがスタジオ感覚で来て、犬の世話までさせられてたんですけど。」
「それは俺は悪くないっていうか。あの時から不倫してたから、見逃してたんでしょ?」
「なら、お前が悪いに決まってるでしょ。」
「ま、もう終わったことだしな。そのことは水に流して。」
「流せるようになる前に、問題を追加したのはそっちでしょ。何が『金を貸してください』だよ。こっちが今までの分を払ってほしいわ。」
「それは、その。」
「払いなさいよ。はい。」

「ああ、すっきりした。言いたいことも言えたし、もう思い残すことはないわ。」
「あなたは思い残すことというか、残ってるものが何もないって感じだけどね。」

数日後。
「かほさん。お願いがあります。」
「夫婦揃って、何なの? 不倫した分際で、よくも『お願い』なんて言えるわね。神経を疑うわ。」
「お願いできる相手が、他にないんだもん。」
「だもんじゃないよ。言っておくけど、私はランプの精霊じゃないから。三回どころか、一回もお願いを聞く気はないよ。」
「そんなこと言わないで。」
「言います。」
「今回のお願いは、かほさんが原因なんですけど。」
「私が?」
「そう。かほさんが慰謝料を請求したせい。」
「え? 当然の権利を行使しただけなんですけど。」
「勇氣が家を売ろうとしてるの。」
「そうするしかないからね。」
「でも、私は嫌。」
「そうですか。」
「で、だから、慰謝料を取り下げて、ついでに家の修繕も払って。」
「嘘だろ? おい、何だこいつ。自己中の化身か?」
「自己中でも、タコ中でも、何でもいいの?」
「あ、いや、むしろ元タコ夫人を持ち出しなさいよ。びっくりするわ。」
「もう、こうするしかないんだから。」
「お前はな、こっちは違うから。」
「だって、ログハウスで暮らすのは私の夢だったんだもん。なのに、こんな形で失うなんて嫌。」
「でも、そのまま放置しても失うよ。ログハウスの寿命で、物理的に。」
「それが嫌だから、修繕も出せって言ってんの。」
「不倫したのはそっち。ずさんな管理で家と庭をボロボロにしたのもそっち。家が臭いのもそっちの責任。あれ? なんで私がお金を出すの?」
「他に頼れる人がいないから。」
「バカかよ。」
「バカじゃない。」
「ちなみにさ、あれから家の掃除とかしたの? 自分たちでできる範囲で修繕しようとした?」
「してない。」
「勢いがあれば許されると思ってるの?」
「だって、この家の管理はかほさんの仕事でしょ。なのに、私たちがやるっておかしくない?」
「おかしいのはお前の頭だよ。びっくりしたわ。この短時間で何回、びっくりさせるの? びっくり箱かよ。」
「だって、だって、この家を手放すなんて嫌なんだもん。」
「なるほど。腐ってたのは、家だけじゃなかったみたいね。」
「どういうこと?」
「こねちゃんの中身が、私の想像よりも腐ってたって話。」
「そういう意味では、いいんじゃない?」
「いいって、何が?」
「そのまま、その家に住み続ければいいでしょ。」
「でも、修繕が。」
「直さなくてもいいでしょ。腐った家と、腐った住人で、お似合いよ。」
「ひどい。」
「ひどいのはそっちでしょ。」
「夢のログハウスだから、何? その家に住み続けるってことが、どういうことか分かってる?」
「は? 何の話?」
「あなた、妊婦でしょ?」
「そうだけど。」
「カビやら、シロアリやら。普通に考えて、体に悪いでしょ? それでお腹の子供に悪影響があるかもしれないって、思わないの? マロンちゃんにも悪いって、考えない?」
「それは、思うけど。」
「思うけど、何? じゃあ、掃除するなり、手放すなり、あるでしょ。なのに、そうしない。子供や愛犬よりも自分優先とか、終わってるよ。」
「でも、この家がないと、SNS映えが。」
「映え。そんなものが、子供や愛犬の命よりも大事なの? 自分がやった不倫への慰謝料よりも、大事なの?」
「そこまで言わなくてもいいじゃん。」
「そこまで言われることをやってるんでしょ。お願いできる立場じゃないでしょ。」
「それは。」
「分かんないなら、分かるまで考えてから発言しなさい。私から奪っただけで満足しときなさいよ。自分の子供や愛犬から奪うんじゃない。じゃないと、違う意味でバズることになるよ。」

その後、こねちゃんは泣く泣くハウスを売却した。かほたちが思っていた通り、大した金額にはならず、むしろログハウスの解体費を払うはめになった。一応、土地代で解体費は払えたようだが、慰謝料までは届かず、家具なども売り払った上で、100万ほどの借金が残った。お金がないと言っていた通り、この100万は今の二人には重い金額だ。頼れる親も、親族もない。せいぜい、しっかりと責任を持って払ってほしいものだ。

こねちゃんのお腹の子については、生まれたらこねちゃんのご両親が引き取ることになった。出産はまだ先だが、今回の件で孫を育てさせるのは危険だと考えたそうだ。マロンちゃんについても、生活費が苦しくなったことで手放すことになり、親戚の中に犬の多頭飼いをしている方がいて、その方が引き取った。なんだかんだ、こねちゃんはマロンちゃんに愛着があったらしく、離れることになって、それはもう号泣していたそうだ。自分の子供と、それ以上に可愛がっていた愛犬。両方を失ったのは、こねちゃんが欲をかいたからだろう。ログハウスなんかよりも、よっぽど大事なものだったはずなのに。

私は、自分の大事なものを間違えないようにしたいと思う。

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