幼なじみのひろから「なおちゃん、ちょっと大事な話があるの」と電話が来たのは、ごく普通の火曜日の午後だった。三十二歳になった私に、彼女はこう言った。「タクトさんと結婚するから、式に来てね」。タクトは、私の夫だ。あまりに突然で、私は言葉を失った。さらに彼女は続ける。「あんたみたいな地味な女が大物弁護士と釣り合うわけないでしょ。負け犬の顔を見せてほしかったのよ」。その夜、夫に問い詰めると「お前には…

幼なじみのひろから「なおちゃん、ちょっと大事な話があるの」と電話が来たのは、ごく普通の火曜日の午後だった。三十二歳になった私に、彼女はこう言った。「タクトさんと結婚するから、式に来てね」。タクトは、私の夫だ。あまりに突然で、私は言葉を失った。さらに彼女は続ける。「あんたみたいな地味な女が大物弁護士と釣り合うわけないでしょ。負け犬の顔を見せてほしかったのよ」。その夜、夫に問い詰めると「お前には...

「なおちゃん、ちょっと大事な話があるの」

「何よ、急に。改まって」

「昔から一緒にいるなおちゃんに伝えたいことがあるの」

「あら、そうなの? それで?」

「実は私ね、今付き合ってる人がいるのよ」

「ああ、そうなんだ。前の彼氏と別れたことは聞いてたけど、新しい人ができたんだ」

「しかもね、その人とは結婚っていう話にもなってて」

「え、おめでとう。本当に良かったね。ひろもそろそろ歳だしね」

「そうよ。私も三十二歳だから」

「あんなに小さかったひろがもう三十二か。そりゃ年を取るわけだ」

「そんな私にもようやく結婚を考えられるくらい素敵な人ができたってわけ」

「それは良かったわね」

「なおちゃんには絶対に結婚式に来てほしいのよ」

「もちろんよ。必ず行くわ」

「それでね、結婚する相手なんだけど」

「聞かせて。どんな人なの?」

「相手はね、タクトさんっていうの。弁護士をされてる方でね」

「え。ちょっと待って」

「どうしたの?」

「それって私の夫じゃない? たまたま名前なの?」

「なおちゃんが結婚してるタクトさんだよ」

「意味が分からないわ。タクトと結婚するってどういうこと?」

「つまりタクトさんはあなたと別れて、私と一緒になるってことよ」

「待ちなさいよ。そんなことが許されるとでも思ってんの?」

「許されるに決まってるでしょ。愛し合ってる者同士が一緒になるのよ。こんなのとってもおめでたいことじゃない」

「そんで、あんたから奪った弁護士の旦那の式に招待しますってわけ? そんなものに行くわけないでしょ」

「じゃあ来れないかな。ぜひ負け犬の顔を見せてほしかったわ」

「ふざけたことを言わないで。あんた、どういうつもり?」

「正直、あんたみたいな地味な女がタクトさんっていう大物弁護士と結婚できてること自体が変だったのよ。あれだけ優秀でお金を稼げる人となおちゃんは釣り合わないから。一緒にいるのは私みたいないい女じゃないと、タクトさんも恥ずかしいわよ」

「そんなわけないでしょ。あんた、そんなことして心が痛まないわけ? 小さい頃からずっと一緒に仲良くしてきたでしょ」

「いや、それが全然痛まないのよね。だって不公平でしょ。美人の私がこんなにずっと結婚できなくて、地味なあんたが金持ちと結婚して悠々自適な暮らしをしてるなんてさ」

「そんなこと……」

「とにかくこれから私たちは一緒になるから。あんたもタクトさんとの離婚に素直に応じてね。変にごねたり、時間稼ぎみたいなことをしたら許さないから。言っておくけど、タクトさんは怒らせたら怖いわよ。素直に応じるのをおすすめするわ」

その日のうちに、なおは夫のタクトに電話をかけた。

「さっきひろから連絡があったわ。ひろと結婚をするってどういうこと?」

「あのバカ、先走りやがって」

「どういうこと? ちゃんと説明してよ」

「ああ、そうだよ。俺たちはもう終わりだ。俺はひろと一緒になるから」

「どうしてよ」

「お前にはもう飽きたんだ。元々、家事ができて従順だから結婚をしたんだ。まあ、そういう意味ではお前は俺の想定通りの行動をしてくれたよ。男を二人産んでくれたし、それなりにやってくれたと評価してやる。ただ、もうお前と一緒にいることに飽きたんだ」

「飽きたですって?」

「お前は役割を果たした。だからもう用済みだよ。これから俺はひろと一緒になる。あいつはお前と違って家事やらなんやらはダメだが、見た目はいいからな。連れて歩くことを考えたらあいつの方がいいんだよ」

「そんな理由で家族を捨てるって言うの?」

「お前はやることはやった。評価してやるって言ってるんだろ。そんなのはいらないわ。子供たちはどうするのよ。修二もかずも中学に入ったばかりなのよ。どう責任を取るつもり?」

「ああ、それな。修二は俺が連れて行く。かずはお前が育てろ」

「何を言ってるのよ。あの子たちをバラバラにするつもりなの?」

「ああ、そうだ。修二は優秀なやつだ。第一志望の中学にも合格したしな。ただ、かずはダメだ。家に引きこもって勉強だって全然できないやつだ。同じ顔をしてるのに、このスペックに差があるとはな」

「あの子たちはそれぞれ違う個性を持ってるだけ。差なんてどこにもないわ」

「ふざけるな。俺の後継ぎとしてふさわしいのは優秀な人間だけだ。かずにはその要素が何一つないだろう。あんなやつを俺は息子として認めてない」

「ひどい……あなたはかずのことを何も知らないのよ」

「別に知る必要もない。それじゃあ親権については後で話し合いをしよう」

「離婚をするのなら、養育費や慰謝料は請求させてもらうから」

「養育費は払ってやるよ。ただ慰謝料は絶対に払わないからな」

「何を言ってるのよ。私たちのことを裏切っておいて、それは許されないわ」

「もし嫌がるというのなら、裁判で決着をつけるからな。お前が俺に裁判で勝てるわけがないだろ」

「私じゃなくて弁護士にお願いするに決まってるでしょ」

「なめるなよ。俺に歯向かう弁護士がいるとでも思ってるのか? 弁護士会で俺に意見できるやつなんて一人もいない。だからお前の依頼を受けるやつなんて、いないんだよ」

「そんな嘘でしょ」

「そう思うのなら試してみればいい。俺を相手にすると言った瞬間、全員が尻尾を巻いて逃げ出すぜ」

「そこまで恐れられてるなんて異常よ」

「俺はそれだけの力を持ってるということだ。それじゃあ裁判なんてバカな真似はするな。素直に俺の言う通りに動け。それがお前のやれることだからな」

タクトがそう言い捨てて電話を切った後、なおはしばらくその場に立ち尽くしていた。長年連れ添った夫の本当の姿を、初めてまともに見た気がした。

その日、なおは子供たちに離婚の話をするために、早めに帰宅するよう連絡を入れた。

「今日は大事な話があるから、すぐに帰ってきてね」

修二は学校から戻ってくるなり、第一声で言った。

「もしかして、お父さんと離婚することになった?」

「え? なんで分かったの?」

「それくらい分かるよ。父さんがずっと不機嫌だったからね。そろそろ終わると思ってさ。まあ、具体的な話も知ってるし」

「どういうこと?」

「まあ、それは別にいいじゃん。とにかく離婚なら、俺は全然気にしてないよ。むしろ良かったじゃんって感じだから」

「ごめんね。あなたたちにはいろいろと気を使わせて」

「俺たちは全然気を使ってなんてないよ。むしろ苦労してたのは母さんの方だろ。母さんがいなかったら、うちの家庭なんてとっくに崩壊してるからさ」

「そんなことないわ」

「でもあなたは、離婚しても全然へっちゃらなのね」

「どうせ離婚の理由だって、他に女ができたからとかでしょ。だったら慰謝料とか養育費もたっぷりもらえるし、離婚しても今までと変わらない生活を送ることができるよ。だから離婚して良かったんじゃない?」

「あなた、十三歳なのにいろいろと詳しいのね」

「そりゃあの人の息子だからさ。嫌でも法律には詳しくなるって」

「そうなのね。あなたが気にしてないのなら良かったわ。でもかずはどうでしょうね」

「あいつは全然問題なし。きっと喜ぶと思うよ」

「分かるの?」

「だって双子だもん。あいつの気持ちは俺が一番理解してる。だからさ、すぐにかずに伝えてあげた方がいいよ。嬉しくなって外に飛び出してくると思う」

「そう……母さんだって、あいつと離婚することになって嬉しいでしょ」

「正直ね。辛い思いはたくさんしてたから。結婚する前は仕事もできて尊敬できる人だと思ってた。でもまさか、あそこまで独裁的な考え方の人だとは思わなかったわ」

「その独裁からもこれで解放されるんだ。だからこれはハッピーエンドだよ」

「でもね、お父さんはあなたを引き取るって言ってるの」

「マジ? うん」

「修二を自分の後継ぎにするって言ってたわ」

「そうなんだ。でも俺としては、それはなしだな」

「でも断ることなんてできるの?」

「不倫するような人が親権を獲得できないから、裁判したらいいだけだよ」

「あの人は権力者だから、誰も裁判したがらないって」

「なるほどね。そういうことをしてくるんだ」

「私だってあの人と離婚したいわ。でもあなたたちと離ればなれになるのは嫌なの。私にとって、あなたたちは生きがいなんだから」

「もちろん分かってるよ。俺だってあんな人と一緒に生活なんてしたくない。でも大丈夫。俺たちで何とかするから」

「あなたたちで?」

「そうだよ。俺とかずが力を合わせれば、やれないことなんてないから」

三日後、ひろから連絡があった。

「ねえ、離婚はどうなったのよ」

「話し合いをしている最中よ。もうすぐ離婚をすることになるわ」

「マジで? よっしゃ。じゃあ私も結婚式に呼ばれるのよね」

「そうよ。あなたも出席しなさいよね」

「私は行けないわ。さすがに行く気が起きないから」

「そんなこと言わないでって。代わりに双子の息子が行くわ」

「え、どっちも?」

「いいえ、修二の方よ」

「ああ、あの子ね。タクトさんが後継ぎとして育てると言ってたからね。まあ、それならいっか。きっと素敵な結婚式になるわ」

「あら、楽しみ」

三ヶ月後、タクトから冷たい電話が入った。

「なお、明日が結婚式だからな。修二をちゃんと参列させろよ」

「ええ、分かってるわよ」

「いい加減、修二の親権を俺に渡せ。変に粘ってんじゃねえよ」

「それについては、また今度話し合いをしましょうよ。今は結婚式に集中した方がいいわよ」

「式が終わり次第、またすぐに話し合いだからな」

「はいはい。分かったわよ」

翌日、結婚式の会場では、タクトとひろが招待客を前に笑顔を浮かべていた。ところが、披露宴で用意された思い出の映像が流れ始めた瞬間、会場の空気が凍りついた。タクトとひろの音声が流れ出し、二人がどうやって不倫をしてきたかが、余すところなく明かされていった。慌てふためいた二人は必死に映像を止めようとしたが、会場はすでに騒然としていた。

式の後、タクトがなおに電話をしてきた。

「お前、よくもやってくれたな」

「あら、どうかしたの?」

「どうかしたのじゃない。お前のせいで結婚式がとんでもないことになったんだ」

「ええ、何があったのかしら?」

「知らばっくれるな。式で流すVTRをすり替えてただろう。いきなり俺とひろの音声が流れ出して、俺たちがどうやって不倫をしてたかが流れた。お前がやったんだろ。なめたことをしやがって」

「いいえ、そんなこと私はしてないわ。恥ずかしい話、私はあなたが不倫をしてるなんて気づいてもなかったからね。あの証拠を掴んだのは私じゃなくて、かずよ」

「かずがどうしてそんなことを」

「あの子が真っ先にあなたが不倫してることに気づいたの。それでね、あなたのスマホのLINEのやり取りとかを全部、自分のパソコンと同期するように設定してたの」

「なんだと?」

「それであなたがひろとどんなやり取りをしてるかを知って、証拠の動画を撮影したりしたんだって」

「あいつ、そんなことをしてたのか」

「かずは勉強とかは得意じゃなかったけど、ITスキルが高くて電子機器にとにかく詳しかったからね。部屋でもずっと何かをいじったりしてたのはそういうことよ。かずきはそのスキルを使って証拠を掴んで、その動画を編集してたってわけ」

「でも、どうやって式場でああいう動画を流したんだ?」

「簡単よ。式場に行って、上映中のパソコンにハッキングをしたのよ。Wi-Fi経由で侵入すれば、簡単にこちらで操作できるようになるって言ってたから」

「式場に行って? どういうことだ?」

「やっぱり気づいてなかったのね。式場にいたのは修二じゃなくてかずよ。修二はそんなハッキングとかできないからね。だからあの子がわざわざ代わりに行ってくれてたの」

「嘘だろ? あいつが外に出たのか?」

「そうよ。決して人がたくさんいるところは得意じゃないんだけど、今回のために胃を痛めて部屋を出てくれたの」

「そんなに俺に復讐をしたかったってわけか」

「そうじゃない。一応は私のためだって言ってくれてたけどね。あなたに散々軽蔑されてたから、その仕返しっていうのもあったのかもね」

「あのクソガキ」

「まあでも、別にあなたがやってたことなんだから、文句はないでしょ。嘘なんて一つも流してないんだからさ」

「あいつのせいで俺の評判はガタ落ちだ。今日の式には業界のお偉方や政治家の連中も来てたんだぞ」

「だから何よ。そんなの私には関係ないから。あと親権の件だけど、私は絶対に修二をあなたには渡さないわ」

「なんだと?」

「当たり前でしょ? 自分の子供を差別するような人には預けるなんてできない。裁判でも何でもやってやるから」

「俺とやり合うってのか? 弁護士は誰も手助けしないぜ」

「そんなの必要ない。あの子たちを守るのは親の務めよ」

「ああ、そうかよ。だったら好きにしろ。裁判でお前に負けるなんて絶対にありえないからな」

一時間後、今度はひろから怒りの電話がかかってきた。

「何よ。今までブロックしてたくせに、こんな時だけ連絡してきてさ」

「あんたのせいでこっちは一生に一度の結婚式をめちゃくちゃにされたのよ。そのことに関して何にも思わないの?」

「思わないわね。あんたは私の家庭をめちゃくちゃにした時、何か思った? それと一緒よ。私は何ひとつ心は痛まなかったわ」

「マジ最悪。それとね、事情を知ったあなたの母親から連絡があったわよ」

「お母さんが何て言ってたの?」

「心から申し訳ないと言われたわ。別に謝らなくてもいいのに」

「そうよね。謝るんだとしたら、あんたの方だから」

「おばさんに謝られたことが辛かったわ。マジで余計なことをしてくれた。おばさんね、あんたのことを絶対に許さないって言ってたわ」

「は? なんでよ?」

「そもそも親同士が親友だったからね。それで私たちは仲良くなったんでしょ? そんな大切な親友の娘から旦那を奪うなんて信じられないって言ってたわ」

「だから何よ。あんたとはもう絶縁するってさ」

「は? なんでよ。娘が結婚したってのに、なんで絶縁なんてするのよ」

「それだけあんたのやったことは最低最悪なことだってことよ。その自覚がないのはやばいわよ」

「黙りなさいよ。それで自分の娘が幸せになるんだから、親なら喜ぶでしょ」

「親なら、娘が良くないことをしたら怒るものよ。でもあんたのやったことはそれ以上だったみたい。もう怒ることすらしたくないのかもね」

「ふざけないでよ」

「ふざけてなんてないわ。みんな真剣よ。一番ふざけたことをしたのは、あんたとタクトだから。でも別にいいし。私にはタクトがいてくれるわ。それだけでもう十分だから」

「あら、そう。それじゃ、これからは二人で幸せにやっていきなさい」

一ヶ月後、タクトが再び連絡を寄越した。

「おい、本気で俺と裁判で戦うつもりなのか?」

「もちろんよ。慰謝料と親権に関してきっちりと決着をつけさせてもらうわ」

「弁護士は付けられないんだろう?」

「ええ、だから本人訴訟でやらせてもらうわ」

「無駄だ。やめとけ。恥をかくだけだぞ」

「それはそっちの方よ」

そして一ヶ月後、タクトの言い分は覆った。

「どういうことだ? なんでここまで完璧にできるんだ?」

「ありがとうね。おかげ様で慰謝料も親権も、私の訴えが認めてもらえたわ」

「ふざけるな。法律の知識のない奴が、ここまでできるわけないだろ。誰がバックについてんだ。そいつを呼べ。俺に恥をかかせたことを後悔させてやる」

「うん。まあいいわ。それじゃあ連絡をさせるから、納得が行くまで話したら」

それから五分後、タクトの元に一人の青年が現れた。

「やあ、父さん。久しぶりだね」

「何の用だ? 今はお前と話してる暇はないんだ」

「あれ? 俺と話したいって言ったのは父さんだろ?」

「何を言ってるんだ?」

「息子に裁判で骨の髄まで負けたのは、どんな気分?」

「まさか、お前がやったのか?」

「そうだよ。法律に関しては、ある程度知識はあったからね。それで母さんにいろいろと話をして、本人訴訟をやってもらったんだ」

「お前はそこまでのことができるのか?」

「別にそんなに難しくないよ。訴訟法は事前にちょっと勉強してたけどね。知識さえあれば問題ない。あなたのこともずっと見てたからね」

「やはりお前は優秀なようだな」

「そうだね。俺はこの手のことに関しては得意みたいだ。いつかは俺も弁護士を目指そうと思ってるし」

「さすがは俺の息子だな」

「別に、あんたに憧れてなんてないよ。俺にとっての憧れの弁護士は母さんだから」

「なおは弁護士でも何でもないだろ」

「いや、違う。弱者の味方になるのが弁護士なんだよ。受験勉強で苦しんでた俺を、母さんはあんたからずっと守ってくれた。それが弁護士のあるべき姿でしょう。俺が例え勉強できなくても、母さんは俺の味方だからと言ってくれた。さらに俺と比べられて苦しんでるかずのことも、母さんは守ってくれた。母さんは俺たちにずっと優しく寄り添ってくれてたんだ。そんな母さんの支えがあったから、俺は勉強を頑張ることができた。そしていつかは母さんみたいに人を助けられるような弁護士になるのが、俺の夢だ。絶対にあんたみたいな奴には、俺はならないからな」

「口を聞きやがって」

「それじゃあもう親権も母さんのものになったし、あんたとはこれっきりだ」

「後悔しないな?」

「するわけないだろ。清々してるぜ。まあ、俺がプロの弁護士になる前の練習相手として、あんたはおあつらえ向きだったよ。そこだけは感謝してる」

半年後、タクトは受話器の向こうで怒りをあらわにしていた。

「お前、やってくれたな」

「何よ。このLINEは、慰謝料や手続き上必要な以外はしないって約束でしょ。普通に連絡をしてこないでくれる?」

「これは必要な連絡だ。あら、どうかしたの?」

「知り合いから連絡が来たんだよ。俺が捕まりそうだって」

「え? どうしてかしら?」

「お前が、俺がヤクザと繋がってることを警察に言ったからだよ」

「ああ、そんなこともあったかしらね」

「なんでそんなことをしたんだ?」

「前にかずがあなたのことを調べたことがあったでしょ。不倫の関係でね。その時にあなたがヤクザたちと繋がってるのを知ったのよ。どうやらヤクザのフロント企業の顧問弁護士をしてるってね」

「あいつか」

「それでいろいろと調べてみたら、あなた、周りの仕事の弁護士仲間をそのヤクザを使って脅したりしてたみたいじゃない? そうやって裁判を自分に有利な方向に持って行ってたって聞いたわよ」

「だからなんだ。そうやって俺はのし上がってきたんだ。そのおかげでお前らだって、いい暮らしができてたんだろ」

「だとしても、あなたのやってきたことは最低よ」

「お前にはもう無関係だろうが」

「いいえ、そんなことないわ。あなた、そのヤクザを使って私たちを脅そうとしてたでしょ。よっぽど修二が欲しかったみたいね。脅しや誘拐をそのヤクザたちにお願いしてたって聞いたわよ」

「そんなこと、誰が言ったんだ?」

「かずが掴んだ情報よ。あの子は離婚裁判が終わった後も、あなたのことを監視してたの。このままあなたが引き下がるなんて思ってなかったみたいね」

「かずきか……」

「それで子供たちを守るためには、あなたたちを刑務所に叩き込むしかないとなって、警察に全ての証拠を提供して通報したってわけ」

「俺が逮捕されてもいいっていうのか?」

「もちろんよ。あなたの存在は子供にとって悪影響になるから。かずだって、あなたがいなくなってから普通に外に出て遊ぶようになったからね」

「そんなことはもうどうだっていいんだよ」

「あんたはそうでしょうね。でもな、もし俺が逮捕されたら、お前らに痛い目を見せてやるからな。覚悟しておけよ」

「やってみなさいよ。子供を守るためなら、私は何だってやるつもりよ。ヤクザだろうが弁護士だろうが、何でも私が倒してやるからね」

「謝ったら許してやるよ。今からでも間に合うから、警察に電話して全部嘘だったと言え」

「言うわけないでしょ。私は真実しか伝えてないわ。これから警察があなたのところに来るから、警察の指示に従いなさい」

「なんで俺がこんなことになるんだ? 俺は順調なキャリアを歩んでたはずなのに」

「バカね。あんたは金や暴力を使って成功してるように見せてただけ。もちろん、それに屈する人は多いと思う。でもね、私や子供たちはそんなのに負けるつもりなんてなかった。だからあんたに勝つことができたのよ。家族を守ろうとする力は、どんな暴力にも負けないんだから」

「クソが」

「あんたの負けっていう判決が下ったの。素直に認めなさい」

それから間もなく、タクトは警察に逮捕され、刑務所送りになった。数々の悪事が暴かれ、多額の損害賠償を請求されることになった。なんとか支払うことはできたようだが、ほぼ一文無しになり、さらに弁護士資格も剥奪されてしまった。タクトは全てを失い、刑務所暮らしをしているという。

ひろはタクトと離婚したが、なおは当然慰謝料を請求した。その支払いはかなり長く続き、ひろはかなり困ったようだ。帰る場所も頼れる人もおらず、一人で苦しい生活を送っているそうだ。

一方、なおはタクトから慰謝料や養育費をもらえたことで、生活に困ることはなかった。ただ、タクトのお金で生活するのは嫌なので、パートを見つけて働きながら、修二とかずと暮らしている。二人の息子はタクトがいなくなったことで家でも伸び伸びと生活し、それぞれのやりたいことを楽しそうにやっている。なおも修二もかずも、ようやく自分たちらしい未来を取り戻したのだった。

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