「胸弘、ちょっといいかしら」——その一言から、私の人生は大きく変わった。私はずっと体調が悪くて、病院に行ったら胆嚢炎で、明日手術が必要だと言われた。その日は、家族でグアム旅行に行く予定の日だった。私は息子の胸弘に「手術を受けるから旅行には行けない」と伝えた。すると彼はこう言った。「あんた、いくつだよ。手術くらいでそんな大げさな。だって、命に関わる病気とかじゃないんだろ?」私は一瞬、耳を疑った…

「胸弘、ちょっといいかしら」——その一言から、私の人生は大きく変わった。私はずっと体調が悪くて、病院に行ったら胆嚢炎で、明日手術が必要だと言われた。その日は、家族でグアム旅行に行く予定の日だった。私は息子の胸弘に「手術を受けるから旅行には行けない」と伝えた。すると彼はこう言った。「あんた、いくつだよ。手術くらいでそんな大げさな。だって、命に関わる病気とかじゃないんだろ?」私は一瞬、耳を疑った...

「胸弘、ちょっといいかしら」
「え、なんだよ。こっちは色々と忙しいんだけど」
「忙しいって、何をしてるの?」
「そりゃあ仕事を探してるんだよ。あんたが口うるさいからな」
「そりゃあ、28にもなって仕事をしてないんだから、そうなるわよ。梨花子さんの奥さんもいるのにね」
「梨花子は俺とずっと一緒にいられて幸せって言ってくれてるぜ」
「まあ、あの子はあの子でちょっと変わってるからね。それで、なんだよ。説教するために連絡したのかよ」
「いいえ、違うの。私がずっと体調が悪いって言ってたの、知ってるでしょう?」
「そんなの知らねえよ」
「あなたにも言ったことがあったと思うけどね。まあいいわ。それでね、病院に行ったのよ」
「へえ。そうなんだ。俺らは明日からグアム旅行に行くことになってるからね。俺も梨花子も楽しみにしてるんだ」
「私も楽しみにしてたんだけど、ちょっと行けそうもなくて」
「はあ? なんでだよ」
「病院で見てもらったら、胆嚢炎っていう病気だったらしくてね」
「何それ?」
「胆嚢っていう臓器に、胆石っていう石が詰まって、炎症を起こしてるんだって。それで私、ずっと体調が悪かったらしいのよ」
「ええ? それでなんで旅行に行けないんだよ。薬とかで何とかならないのか?」
「ダメみたい。手術して胆石を出さないとダメなのよ」
「え、マジで? 手術?」
「そう。しかも、放置してると危ないから、明日にでも手術をするってことになってね。もう、旅行の日じゃないの」
「そうなのよ。だから全部キャンセルしないといけなくて」
「それ、もったいなくない? だって、キャンセルしてもお金は返ってこないんだろ?」
「それはそうだけど……」
「父さんはなんて言ってんの?」
「一応、留守電にはメッセージを残してあるわ。でも、仕事中だからまだ返事はないわよ」
「まあ、父さんの金だから父さんが決めるべきだけど、俺は別にキャンセルまではしなくていいと思うぜ」
「でも、私は手術を受けるんだよ。母さんは、だから今回は来られないってことになるね」
「私と一緒にいてくれないの?」
「あんた、いくつだよ。手術くらいでそんな大げさな。だって、命に関わる病気とかじゃないんだろ? 一応、手術をしたら問題ないって言われたわよ」
「だったら、俺たちがいるとかいないとか関係ないだろ」
「でも、今回の旅行って、私の完暦のお祝いっていうことだったし、グアムに行きたいって言ったのも私だったんだよ」
「そうかもしれないけどさ。別に、手術の力になれるわけでもないしな」
「そうかもしれないけど……とりあえず、父さんの返事が来たら教えてよ。それでこっちも決めるからさ」
「うん、分かったわ」

五分後。

「恵、ごめんな。今ちょっと電話をかけられる状況じゃなくて、ごめんね」
「忙しいのに。そんなことは気にしないで。それよりも、思った以上に大変な病気だったんだな」
「ねえ、ただの風邪かと思ってたんだけどね。まさか手術が必要だなんて、想像もしてなかったわ。でも、早めに見つかって本当に良かった」
「ごめんなさい。せっかくの家族旅行だったのに」
「そんなことを、お前が気にする必要はない。運良く明日から仕事は休みをもらってたからな。ずっとお前のそばにいることができるよ」
「やっぱり、旅行は中止よね?」
「当たり前だ。そんなこと、聞かなくても分かるだろ」
「正直、ほっとしてるの。手術なんて生まれて初めてだから、不安でしょうがなくて」
「そうだろうな。俺には何もしてやれないが」
「いいのよ。あなたが近くにいてくれるだけで助かるわ。でも、胸弘は納得してくれないでしょうね」
「どういうことだ?」
「グアム旅行を、とても楽しみにしてるみたいだから」
「あいつらは関係ない。そもそも、この旅行だって、恵の完暦を祝うために計画したものなんだ。そこにあいつらが急に参加したいと言ったから、チケットを取っただけであってな」
「だとしても、キャンセルするって言ったら、結構渋ってたからね」
「あいつは、母親が手術を受けるというのに、グアムに行こうと考えてるのか。どんな神経をしてるんだ」
「ごめんね。私が悪いのよ」
「いや、まあ、そのことはもういいんだが。とにかく、旅行は中止だ。俺が胸弘に伝えておくよ」
「うん。私が言うわ。こうなったのは私が原因だから」
「言うことを聞かないだろうな」
「そんなことないわ。私が説明をしたら分かってくれると思うから。あなたは仕事を頑張って」
「うん。分かった。また何かあったら連絡をしてくれ。そういえば、家の話もあったよな。あれについても、真剣に考えた方が良さそうだ」
「そうね。そういう時期かもしれないわね」

十分後。

「胸弘、お父さんから連絡があったわ」
「どうだった?」
「お父さんは、私の付き添いをしてくれるみたい。だから、旅行は中止だって」
「はあ? なんで、そんなのに俺たちまで付き合わされなきゃいけないんだよ」
「いや、そもそも、この旅行は私たち二人で行こうとしてたものだし。だから、私たちの考えに従ってくれないと」
「もう金は払ってるんだろ? だったらもったいないじゃん」
「お父さんは、それでも中止するって言ってくれたわよ」
「だとしても、俺たちだけは行くってことでいいだろ」
「今回の旅行はね、夫が私のために計画をしてくれたものなの。そしたら、二人も参加するって言うから、いい機会だし、話をしようと思ってたこともあってね」
「話したいこと?」
「大事な話だから、いい機会だと思ってたんだけどね」
「そんなの別にどうでもいいって、LINEで済ませてくれよ」
「そんな風に言わないでよ。家族のことなんだから」
「あんたが偉そうに家族のことなんて言うなよ。たかが嫁のくせに」
「なんてことを言うのよ」
「本当のことだろう。そんな人が、俺たちのスケジュールを変えるなよ」
「私のことは、どうでもいいってことかしら?」
「だから、手術の結果がどうなろうと、俺には関係ないって。ぶっちゃけ、あんたがいなくなっても、俺たちの生活には何の支障もないんだよ。だから、俺たちは旅行に行ってもいいじゃん」
「それが、あなたの気持ちってわけね」
「そうだよ。そもそも、金を出してるのは父さんだぞ。その父さんの金を、ドブに捨てるような真似をよくできるよな」
「私がそんなことをしたっていうの? 病気になっただけよ」
「だとしても、父さんと俺たちを快く送り出すくらいのことをしろよ。なんで自分の手術に付き添いなんてさせるんだよ。迷惑な人だな」
「申し訳ないと思ってるわよ。でも、やっぱり誰かにはいて欲しくって」
「いい年して、何を言ってんだよ。大人のくせによ」
「私は、お父さんに無理をしたつもりはないわ。お父さんが残ると言ってくれたから、感謝をしてるだけで」
「父さんも父さんだ。こんな人、別にほっときゃいいのに。働きもせず、金を食いつぶすだけの人なんて、どうなってもいいだろう」
「あなた、なんてこと言うの」
「俺はそう思ってるんだよ。悪いかよ」
「あなた、だってカードの支払いを全部お父さんにさせてるでしょう。人のことを言える立場じゃないはずよ」
「俺は今だけだよ。でもあんたは、この先もずっと寄生してくんだろ。そんなあんたのことなんて、ほっとけばいいって言ってんだよ」
「そう。あなたがそう思ってるのなら、仕方ないわね。俺はグアムに行くからな」
「梨花子さんも、そうなの?」
「あいつはなんか友達と買い物に行くとか言ってたから、連絡してみたら? 結果は一緒だと思うけどな」

三十分後。

「お母さん、留守電聞きましたよ。手術なんて大変ですね」
「ごめんなさいね。楽しみにしてた旅行の前に」
「全然気にしないでいいですよ。手術、頑張ってくださいね。お土産買ってきますから、何が欲しいですか?」
「やっぱり、残るなんて選択肢はないのね」
「何ですか、それ? そんなのあるわけないでしょ。もうこっちは準備万端なんですから、行かないなんて選択肢はないですよ」
「そうなんだ。もしかして、心配だから残るみたいなことを期待してました?」
「術後に、完暦のお祝いを家でやる的なことを考えてたんでしょ」
「そうね。そんなことするわけないでしょ。胸弘にいつも口うるさいあなたのことは、私は好きじゃないですから」
「私は、あなたたちのことを思って言ってるのよ。あなただって、夫が無職なんて嫌でしょ?」
「その代わりに、お父さんが稼いでくれてますから、何の問題もありません」
「そんな考え、あなただって私たちと同類でしょ。あなたに言われたくないんですけど」
「でも、私は家事とかもしてるし」
「ああ。だったら、私がやりますよ。家事くらいで生活が保証されるなら、やります」
「そういうつもりじゃないわ」
「それに、あの人だって、定年を迎えて働けなくなるのよ。そしたら、どうするの?」
「使い物にならないのなら、私たちは出て行くよ」
「ああ、出て行くのはそっちですね。家は私たちがいただきますから」
「そんなこと、許されるわけがないでしょ」
「すみません。これは聞かなかったことにしてください。胸弘に怒られちゃうから」
「胸弘も、そんなことを言ってたのね」
「お父さんは、ちなみにどうされるんですか?」
「残ってくれると言ってるわ」
「うわ、かわいそう。そんなことしていいと思ってるんですか?」
「その辺は話し合い済みだから」
「そうですか。まあでも、私たちの気持ちは固まってますからね。お母さんは勝手に手術受けてください。私と夫はグアム行くんで」
「そう、分かったわ。胸弘もあなたと同じ意見みたいだし、楽しんできたらいいわ」
「そうさせてもらいます。お土産、楽しみにしててくださいね」
「そんなの、気にしなくていいわよ」
「そうですか。じゃあ、お土産もなしにしますね。お父さんには買ってきますけど」
「それじゃあ、グアムに行ったら連絡もしないでくださいね」

二時間後。

「胸弘、話があるの」
「なんだよ。まだ俺たちのことを引き止めようとするのか?」
「いいえ、そんなことはしないわ。ちょっと提案があるのよ」
「何だ?」
「手術が終わってから、一週間くらいは入院が必要なんだって」
「へえ、そうなんだ」
「それで、お父さんは一緒にいるって言ってくれてるから、家を開けることが多くなるのよ。当然だけど、誰も家事なんてできないしね。梨花子さんも、家事なんてそんなにやらないでしょ?」
「まあな」
「だったら、家に帰るのをやめて、旅行の期間を長くするのはどうかなって思って」
「え、そんなことしていいの?」
「うん。そうしようかなって思って。おじいちゃんたちの家に行くのは嫌よね?」
「当たり前だろ。あんな田舎に長居なんてしたくないって」
「そう言うと思って、お父さんがグアムのホテルに連絡を取って、延長の手続きをしてくれたのよ」
「マジ?」
「だから、三泊の予定だったけど、七泊になるわ。それでいいわよね?」
「もちろん。もうホテルの手続きも終わったんだろ?」
「ええ、そうよ」
「それじゃあ、グアム旅行を楽しんできてね」
「はい。あんたも、手術頑張って」

一週間後。

「おい、これはどういうことだ?」
「胸弘。連絡くれてありがとうね。無事に手術は成功したわよ。心配させちゃって、ごめんね」
「そんなわけねえだろ。お前がどうなろうと、俺は知ったことか」
「あら、随分とひどいことを言うのね」
「しらじらしいな。それよりも、あんたらは今どこにいるんだ?」
「手術が無事に終わってね。昨日退院したところよ。胸弘はどうなの? もう帰ってきたの?」
「帰ってきたところだよ。それで、家に来てみたら『売り』って看板が立てられてたんだが」
「そうなのよ。家を手放すことになってね」
「は? なんでそんなことになったんだよ」
「実は、前から考えていたことではあるのよ。何か再開発とかで、家の近辺の土地を欲しいって言ってる業者の人がたくさん来てね。買った時よりも高い値段で売れそうだから、どうしようかって話してたの」
「そんなの、俺は聞いてないぞ」
「そうね。正直、そこまで本気で考えてなかったから、伝えてなかったわ。それに、これから二人で生活するってなったら、あの家は大きすぎるし。将来のことを考えたら、病院とかが近いところに越した方がいいんじゃないかって話になったのよ。今回みたいなことが、今後は増えていくと思うしね」
「だから、わざと俺たちにグアムに長居するように言ったんだな」
「あなたたちが帰って来ないと分かってたから、ゆっくりと話し合いができたわ。おかげで、いい値段で売ることができて、万々歳よ」
「そもそも、なんでいきなり売ったりするんだよ。俺たちが住めばいいじゃないかよ」
「どうして、そんなことをしないといけないの?」
「どうしてって……」
「私はもう、あなたのことを息子だとは思わないわ。だから、他人を住ませるわけにはいかないのよ」
「他人って、どういうことだよ。俺たちは親子だろ?」
「親子? 私がどうなっても構わないって言ったのに、親子ですって?」
「いや、それはちょっと感情的になってただけでさ。本気で言ったわけじゃないって」
「あの時はそうかもね。でも、あなたはずっと私のことを金食い虫だって思ってたんでしょ?」
「だから、そうじゃないって」
「それに、あなたはお父さんが働けなくなったら、私と一緒に家から追い出すって言ってたらしいじゃない」
「梨花子から聞いたのか」
「そうよ。そんなことを考えるような人を、私は息子だとは思えないわ。お父さんがどれだけ家族のために働いてくれてたと思ってるの? 私ならまだいいわ。お父さんのことを悪く言うのは許さないから」
「あいつの前で冗談を言ってただけだよ。基本的に、あいつがめちゃくちゃ言ってて、俺はそれに合わせてただけだって」
「嘘をつくんじゃない。あなたが私たちのことを何とも思ってないってことは、今回のことで、もう嫌というほど伝わってきたわ」
「だから、家を売ったのかよ」
「そうよ。これで、強制的に別々に住むことになるからね」
「ちょっと待ってろよ。父さんと話をするから」

五分後。

「父さん、これはどういうことだ?」
「どうもこうもあるか。お前たちには、もう愛想が尽きたよ」
「どうしてだよ」
「理由が知りたいのか? お前らが母さんをないがしろにしたからだ。手術で不安がってる母さんを置いて、よく旅行になんて行けるな。もう少しお前はまともなやつだと思ってたよ」
「俺はただ、せっかく父さんが取ってくれたチケットが無駄になるのを防ぎたくてさ」
「それを聞いて、誰が納得するか。母さんのことを最優先に考えろ」
「俺たちは家族じゃないのか?」
「もちろん家族だよ。でも、俺たちが一緒にいても、何もできないじゃん。結局は医者がやることなんださ」
「そういう考え方が理解できない。近くにいてあげたいと思うのが普通なんだよ。家族が不安がってるのなら、近くにいて少しでも支えたいと思わないのか。それに、あの旅行は恵が主役だったんだぞ。その恵が行けないのに、どうしてお前らだけが行こうなんて考えになるんだよ」
「正直な話。父さんだったら、一緒にいたいと思ったよ」
「なんだと?」
「俺は父さんのことは尊敬してるし、感謝だってしてるんだよ。仕事をして俺たちを支えてくれてたし、俺たち夫婦がこうしてられるのも父さんのおかげだ。仕事を首になって生活に困ってた俺たちを受け入れてくれてさ、本当にありがたいと思ってるんだ。梨花子だって同じ気持ちだよ。だから、父さんが病気で手術を受けるってなったら、もちろん残ったよ。でも、母さんには正直、そんな気持ちがなかったから」
「そうだったのか」
「そうだよ。母さんは、何もしてないくせに、いつも口だけ偉そうで」
「お前たちは、何も分かってないようだな」
「何が?」
「俺は、お前たちが実家に戻ってきたいと言った時、反対をしたんだ」
「え?」
「首になったとしても、自分たちで仕事を探して生活をすることはできる。だから、甘やかす必要はないと思ってたんだ。ただ、そんな俺を恵が説得したんだ。『二人には私たちの力が必要だから、手を差し伸べてあげましょう』と言われたんだよ」
「母さんが……」
「あいつはいつだって、お前たちのことを心配して、一番に考えていた。口うるさく言ってたのも、お前たちの将来のことを心配してのことだ。なのに、お前らはそんな恵を見捨てて旅行に行ったんだ」
「まさか、そんなことがあったなんて、知らなくて」
「知ってるかどうかは関係ない。あいつは俺の妻だぞ。そして、お前の母親なんだ。俺のことを大切だと思うのなら、同じように恵も大切にしないか」
「悪かったよ。ごめんって。母さんにも謝るよ。だからさ、許してくれって。どこにいるんだ? 新しい家を教えてくれ。そこでゆっくりと話をしようよ」
「そんなことはしない。お前たちには、もう弁解の機会すら与える必要はない。これからは、お前ら二人で生活をしていくんだな」

五時間後。

「ここまでやるのかよ」
「あら、何? どうして連絡してくるの? これって、着信拒否みたいなことってできないのかしら?」
「待てよ。こっちの話は終わってねえぞ」
「私と話してる暇があったら、とりあえず寝るところを探した方がいいわよ。ビジネスホテルだって、いきなり行って泊まれるとは限らないんだし」
「俺たちだって探したよ」
「あら、そうなの?」
「そうだ。それで、じいちゃんちに泊めてもらおうと思ったのによ。お前が止めるなって言ったせいで、断られただろう」
「やっぱり、そっちに行ったのね。ふざけたことをしやがって」
「言っとくけど、私はそんなことは言ってないわよ。おじいちゃんには事実を伝えた上で、『胸弘たちが泊めてくれってお願いしてくるかもしれない』と教えただけ。それを断るかどうかは、私は何も言ってないわ。まあ、でもすっごく怒ってたから、断るのは目に見えてたけどね」
「この話をしたら、誰だってそうなるに決まってる」
「ああ、分かってるんじゃない? そうよ。それだけのことを、あなたはしたのよ。おじいちゃんたちも、私が手術を受けるって聞いて、すごく心配してたから。本来は夫婦の旅行だったのに、自分たちの立場もわきまえずに、あんたが旅行に行ったなんて聞いて、おじいちゃんたち本当にびっくりしてたわ。自分がどれだけ非常識なことをしたか、これで分かったでしょ」
「分かったからって、俺たちの宿泊手段をなくすことはないだろう」
「私はそんなことはしてないって言ってるでしょ。こうなったのは自業自得よ。私を責めるのは筋違いだから」
「くそが。とにかく、早く家とかを決めた方がいいわよ。じゃないと、取り返しのつかないことになるからね」
「分かってるよ。それくらい。別に、住むところも仕事もすぐに見つかるよ。あんたらが面倒見てくれるから、やってこなかったってだけだよ」
「あっそ。それじゃあ、頑張って」

十分後。

「お母さん、この度は本当に申し訳ありませんでした」
「あら、どうかしたの?」
「私たちがしてしまったことを、謝りたくて」
「謝る? どうしてそんなことをするの?」
「だって、手術を受けるお母さんを置いて旅行になんて行って、今さら謝るなんて必要ないわよ。謝る気持ちがあるのなら、そもそも行かなかったでしょうしね。そんなポーズだけの謝罪なんて、受け付けてないわ」
「お母さん、お願いします。引っ越しをされたんですよね。そこがどこか教えてください。私たちも、そこで生活をさせてください。じゃないと、この先どうしたらいいか分からなくて」
「そんなの、知らないって言ってるでしょ。それに、ぐちぐち口うるさい私がいない方が、あなたも快適な生活ができるんじゃないの?」
「いや、あれは物の弾みで言っただけで。私も、あなたたちのことが嫌いだから一緒には住みたくないし」
「あの、グアムでお土産も買ってきたので……」
「いらないって言ったでしょ。それじゃあ、もう連絡もしてこないでね。こっちもブロックさせてもらうから」

一ヶ月後。

「胸弘。ちょっといい?」
「はあ? もう俺たちとあんたは無関係じゃなかったのかよ。ブロックしてたくせに、何を連絡してきてんだ」
「ちょっと大事な話があるから、それを伝えておこうと思って」
「なんだよ」
「先月のカードの支払いなんだけど、自分でちゃんとやるようにね」
「カードの請求?」
「そうよ。今まではお父さんが代わりに支払ってたけど、今月からあなたがやるのよ。分かってると思うけど、一応伝えておこうと思って」
「待てよ。それっていくらなんだよ」
「請求書が届いてたけど、五十万くらいになってるわね。すごい使ったのね。この請求をあなたのところに送りたいから、住所も教えてね」
「五十万? ふざけんな。そんなに使ってるわけがないだろ」
「あなたはグアムで、かなり散財したみたいね」
「いや、そんなこと……。まあ、今は物価も高いし、円安でもあるからね。それで請求が高くなってるのかも」
「それを、俺が払うのかよ」
「当たり前でしょ。あなたたちはもう、何の関係もないのよ。そんな人のカード料金を支払うなんて、わけがわからないでしょ」
「ちょっと待ってくれよ。引っ越しの初期費用とかでもう金なんて——」
「そんなの、私に言わないでよ。いい年した大人が、泣き言なんてみっともないわよ」
「頼むよ。今回だけでいい。そのカード代だけ払ってくれって」
「なんで、私たちがそんなことをしないといけないの?」
「苦しんでる息子を、見捨てるつもりか?」
「私のことを見捨てて旅行に行ったくせに、よくそんなことを言えるわね。あれはさ——」
「私は、どれだけあなたが奔放にしてても、最低限の愛情くらいは持ってくれてると思ってたわ。なのに、あんたにはそれすらなかったということが分かった。その瞬間から、もう私の中で息子はいないってことになったのよ」
「謝るから、許してくれよ」
「私がどうこうということじゃなく、家族を大事にできない人間を、家族だと思うことはできないわ」
「俺たちは、これからどうしたら——」
「知らないわ。家族でもない、あなたたちがこれからどうなろうと、私は興味ないから」

その後。

それから胸弘たちは、カードローンの支払いに苦しめられることになった。分割して支払うということで対応することはできたが、それでも生活が苦しいことには変わりはなかった。胸弘は梨花子にも仕事をするよう要求したが、面倒だから無理と言って突っぱねられてしまった。そこから二人の仲は急速に悪くなり、最終的には離婚することになった。

一人になった胸弘は、借金に怯えながら生活を続け、一方の梨花子は変わらずお金を使いまくった結果、返済に困って実家を頼ったが相手にされず、今はホームレス生活を送っている。

ちなみに、私はと言うと、新しいマンションで夫と生活をしている。今のマンションは設備も整っていて、バリアフリーにも対応しているので、将来のことを考えると引っ越して正解だったと思っている。胸弘たちの一件がなかったら、この決断はしていなかったので、悪いことばかりではなかったなと思っている。術後の経過もとても良く、また今度、二人でグアム旅行に行く計画を立てている。今からその日が来るのが、とても楽しみだ。

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