「ゆみ、お前いい加減ちゃんと家事しろよ。床に埃が落ちてたぞ」
「はいはい。住んでれば埃くらい落ちますよ」
「言い訳するな。専業主婦のくせに生意気だぞ」
「え、ちょっと何? なんでそんなに偉そうなの? あなた、そんな姑みたいなこと言う人じゃなかったわよね」
「うるさい。お前のやる気のなさにはうんざりなんだよ。俺がこんなに稼いでやってるのに」
「稼いでるって……本当にどうしたの? 確かに私は専業主婦だけど、あなたもそんなに偉そうに言えるほど稼いでないでしょ。稼いでくれるのはありがたいけど、そんなに偉そうに言うなら私だって働きに出たいわよ」
「お前がどれだけ稼いでも、俺の足元にも及ばないんだぞ」
「え、あなたサラリーマンでしょ? しかも平社員。昇格もできてない万年窓際社員の給料で、足元にも及ばないって言い過ぎじゃない?」
「誰が出世レースから外されて、同期からもはみ出し者扱いされてるって言った?」
「いや、そこまで言ってないけど……っていうか、はみ出されてたんだ。道理で飲み会にも行かないわけね」
「うるさい。とにかく専業主婦なら、もう少しちゃんとしろよ」
「あのね、あなたが家のことを何もせずに仕事だけに集中できてるのは、私のおかげでしょ。持ちつ持たれずの関係なのよ。稼いでるからって急に偉そうにされても困るわ」
「ああ? もしかして出世とかしたの?」
「違う。俺は今や……一億の男だぞ」
「え? 一億の価値が分かってる? そんな価値のある人間、そうそういないわよ」
「違うって。株で一億稼いだんだよ。つまり、お前みたいな無能な専業主婦とは格が違うんだ」
「株で? あなた、そんなに頭よくないでしょ。左と右で違う靴下履いて出かけたり、財布を落としたり、何度言っても電気は付けっぱなし、窓は開けっぱなしで、学習能力がないんだもの。そんな人が一億稼いだって言われてもねえ」
「そんなに言うなら、証拠を見せてやる」
大輔はスマホを取り出し、画面をゆみの目の前に突きつけた。
「ほら、ここにあるだろう。確かに一億って書いてあるわね……これ何? 専用の投資アプリの画面?」
「そうだよ。今は何でもスマホでできるんだ」
「へえ、アプリでやってるのね。まあ、確かにそうだけど……これで分かったろ? 俺が一億稼いだって。いいか? これからは家事も完璧にしろよ。成功者の俺にふさわしい生活を用意するのが、お前の仕事だ」
「いや、何その傲慢な態度。お金を稼いだからって、私に完璧な家事をしろって? そんなのお手伝いさんと一緒じゃない?」
「おい、そんなに生意気な口を聞いていいのか? 投資で一億稼いだ俺に逆らっていいのか? 離婚届を出すぞ。お前、一人で生きていけるのかよ」
「あなたこそ、自分一人では生きていけないくせに何言ってんの?」
「俺は一人で生きていけるぞ」
「へえ。自分の服も選べないくせに、いつも私が上下揃えて出してあげて、それでようやく季節に合った服を着てるレベルで、よく一人で生きていけるとか言えるわね」
「今から覚えればいいだろう。それよりお前は、俺に捨てられたら困るだろ。金がないのに」
「大丈夫。貯金くらいあるし。なんなら今すぐ出ていこうか?」
「強がっちゃって。どうせビビって出ていけないくせに」
「ビビってはないわ。でも、あなたの人間性を疑い始めてるのは事実ね。こんな傲慢になっちゃって、お酒でも飲んだの?」
「俺はシラフだ」
「なら余計重症じゃない? なんでそうなるんだ?」
「え? 気づいてないわけ? ……ああ、気づいてないから、そういう態度なのか」
「あ、お前、バカにしてるのか? もっと分かりやすく言えよ」
翌日。
「おい、今日の飯は何だ? あれはまずかったぞ。俺の嫌いなグリーンピースまで出しやがって。そんな嫌がらせをするなら離婚するぞ」
「グリーンピース入りのお皿は私のだって言ってるのに、確認もせずに取って勝手に食べたのはそっちでしょ。いただきますとも言わないくせに」
「は? お前に稼ぐ能力なんてないだろう。なら、稼いでる俺に偉そうにするな」
「料理を作ってもらってるくせに、偉そうにするんじゃないわよ」
「なんだと? お前、何様だ?」
「あなたが言ってることをそのまま返しただけよ」
「全然違うだろ」
「同じよ。生活を支えてる部分でマウントを取ってるところはね」
「金を稼ぐ方が偉いに決まってるだろう。飯なんて金があれば何とかなる」
「それなら私だって働いたら、お金は何とかなるわ」
「料理を毎日コンビニで食べてると、飽きてくるわよ」
「うるさい。ああ言えばこう言いやがって」
さらに翌日。
「おい、ゆみ、今日はいい話だ。最近はいつも離婚の話ばかりだが、実は特別な投資の話をもらったんだ。シ太さんって投資のプロなんだけど、一億の利益を出した人にしか教えてない話らしくて、一千万追加投資する予定だ。今度はいくら増えるだろうな」
「は? 一千万? そのお金、どうやって集めるのよ」
「そんなの、家の貯金を使えばいいだろう」
「そんなにないでしょ」
「大丈夫だって。もうすでに一億稼いでるんだし。足りない分は借りればいい」
「家のお金を勝手に使うなら、承知しないからね」
「はあ。なんでだよ」
「お金がいるなら、まず自分のお金で出しなさいよ。一億稼いでるなら、自分名義で借金して。家のお金は出さないから。その代わり、利益が出ても、それはまるまるあなたのものよ」
「なら、俺が金を出して丸儲けするわ。……ていうか、シ太さんって誰だよ。投資のプロなんだろ?」
「今はもう投資家を引退して、自分の成功体験をみんなに広める活動をしてるんだ」
「へえ、セミナーとか? なら、それにもお金がかかるんでしょ?」
「それが無料なんだよ」
「無料?」
「そう。めちゃくちゃいい人だよな。あの人のおかげで、俺は金に縛られない自由な生活ができるんだ」
「へえ。そんな人と、どこで知り合ったわけ?」
「SNSだよ。金を稼ぎたいって投稿したら、声をかけてくれてさ。……どうした、ゆみ、シ太さんに興味が出てきたのか?」
「そうね。少し気になるわ」
「だろ? なら、アカウントを教えてやるよ」
数日後。
「ねえ、大輔。あなた、アプリで投資してるんでしょ? 私も気になってダウンロードしようとしたんだけど、見つからなくて」
「そんなの、あるに決まってるだろう。シ太さんオリジナルのアプリなんだし」
「オリジナル?」
「そう。仕方ないから、画面を見せてやるよ。このアプリで簡単に稼げるんだ。画面下にAI予測ってあるだろう。このAIがすごくて、九割の確率でどの株が上がって、どれが下がるか当ててくれるんだよ」
「九割? すごいわね」
「たまに外すけどな。俺も一回、それで大損しそうになったんだけど、シ太さんが追加でお金を出したら巻き返せるって背中を押してくれて、そのおかげで一億稼げたんだ」
「でも、この画面、普通の投資アプリと何か違わない? 取引履歴の表示がおかしい気がするんだけど」
「素人には分からないんだよ。プロが作ったアプリなんだから」
「ふん。でも、投資のプロでも、アプリの作りは専門外でしょ。なんだか作りも甘いように見えるのよね」
「はあ。お前、何様だよ」
「私、これでも元専門職なんだけど」
「確か元SEやってたって言ってたけどな。どうせ、たいした技術じゃなかったんだろ」
「そんな言い方ないでしょ。これでも実績だってあるし、社内では評価されてたのよ」
「しょぼい会社で評価されても、社会から見ればゴミなんだよ。だから俺が結婚してやったのに、恩知らずだな。本当にゴミだ」
「いいことと悪いことがあるでしょ」
「俺の一億の前では、お前の過去の経歴なんてゴミ同然だよ。お前みたいに大した技術もない女が、投資なんて理解できるわけない。それを分かりやすく教えてやってるのに、文句ばかり言いやがって」
「誰のために仕事をやめたと思ってるの? 『家庭に入ってくれ』ってあなたが言ったから、やめたのに」
「簡単にやめられるくらいの仕事のくせに、偉そうに言うなよ。とにかく、投資のこともよく分かってないくせに、口出しするな」
「そうね。私には分からないわ。あなたへの気持ちも、何もかも」
翌日。
「大輔、疑ってかかって悪かったわ。投資のことをもっと教えて。シ太さんって人はプロなんでしょ? SNSを見たわ。こんな稼げるアプリも作って、すごい人ね」
「お、お前もついにシ太さんのすごさが分かったか」
「SNSも豪華な暮らしばかり載せてるし、この前はハワイ旅行に行ってたみたいね」
「ええ、すごいわね。でも、プロフィールの写真がなんだか見覚えがあるのよね」
「お金持ちのプロフィールって、みんなこんな感じらしいぜ。金持ち特有の流行りなんだと」
「そうなんだ。……そういえば、あなたは総額どのくらい投資したの?」
「これまで三百万円投資して、一億円になったぜ。今度、シ太さんが五百万追加すれば、利益確定できるって」
「え? この前は一千万って言ってなかった?」
「それは別の話。投資っていくつもあるからさ」
「随分お金をかけてるのね」
「ハイリスクだからこそ、リターンも大きいんだよ。普通に働いた金と、投資で得た利益の差は絶対に埋まらないって論文にも出てたし。だから今頑張れば、人生勝ち組なんだよ。お前も幸せになれるし。マジで得したな」
「バカじゃないの? そんなんで人生勝ち組になれるわけないでしょ。億万長者? 嫁に傲慢な態度ばかり取って、家族すら幸せにできてないのに、何言ってんのよ」
「お前、何てこと言うんだ。俺は億万長者だから、家事なんてしないのは当たり前だろ。そういうのはお前が全部やれよ」
「お断り。もう、あなたの家事なんてしないわ。人が下手に出てれば、好き勝手言って……もううんざりよ」
「なんだと? 文句があるなら離婚だぞ」
「分かったわ」
「え?」
「前にあなたに突きつけられた離婚届、ベッドの下に隠してたわよね。それ、今手元にあるの。私の記入欄も書いておいたから、出してくるわ」
「お、おい、本当に出すつもりか?」
「あなたが毎日『出せ』って言うから、出すだけよ。何を困ってるの?」
「でも、お前一人で生きていけないだろ」
「私にはスキルがあるから、大丈夫よ。それじゃあ、出しに行くから」
「待てよ。本当に行くんだな。……金に困らない自由な生活が待ってるんだぞ」
「このまま行けば地獄しかないわよ。あなたが勝手にやったこと、勝手に地獄に行ってきなさい」
「くそ、生意気な態度を取りやがって。……まあ、いいさ。それなら、他の美人で家事もしてくれる嫁を新しくもらうだけだ。なんてったって俺は億万長者だからな。若い女がいくらでも寄ってくるさ」
「あら、随分強気ね」
「実はな、シ太さんがセレブ限定のナイトパーティーに招待してくれたんだ。一億持ってる男の価値を思い知らせてやるよ」
「そう。頑張ってね。これ出したら、私はマンションに移動するから」
「マンション?」
「前々から準備してたのよ。あなたから離れたくてね」
「はっ。どうせすぐに泣いて帰ってくるさ。俺のすごさが分からないなんて、バカな女だ」
数日後。
「ゆみ、家を出ていったけど、調子はどうだ? 一人暮らしの現実は厳しいだろう。俺がいないとやっていけないって分かったか? 謝れば、戻してやってもいいぞ。一億あれば、二人で裕福に暮らせるんだからな」
「裕福? 借金地獄のくせに、何言ってんのよ」
「は? お前、何言ってんだ?」
「あなた、詐欺に遭ってるわよ。はい、これ証拠の写真」
「なんだこれ? SNSの画面じゃないか」
「実はね、シ太のプロフィール写真を検索したら、海外の有名投資家さんの写真が全部ヒットしたの。つまり、シ太さんが載せてた写真は、全部無断使用だったってわけ」
「いや、そんなのシ太さんが無断使用された側に決まってるだろう」
「シ太って人が写真を載せ始めたのって、この一年でしょ? 有名投資家さんは五年前に写真を載せてるわよ」
「え、そんな……」
「さらにね、なんか怪しいと思って、あなたと同じような手口で騙された人がいないか、被害者を探してみたの。そうしたら出るわ出るわ。注意喚起がすごいたくさん上がってたわよ」
「そんなの、デタラメだ」
「そうかしら? 『シ太という人物に投資詐欺をされた方はいませんか』って、シ太って人の写真と手口を詳しく載せてみたらね、数日で十二名の被害者から連絡が来たの。みんな同じ手口で騙されてて、アプリの写真も同じだって。総額二千万近く被害に遭った人もいるわ」
「十二人も一斉にデタラメを送ってくると思ってるのか? でも、シ太さんが犯人と決まったわけじゃないだろう。シ太さんは被害者で、シ太さんの真似をした誰かのせいに決まってる」
「確かに、SNSでは成りすましは簡単よね。でも、それもこれから分かるわ。実はね、被害者全員に被害届を出そうって提案したの。一人だと相手にされないかもしれないけど、これだけの人数なら警察も動いてくれるはず。そう言ったら、みんな被害届を出すと言ってたわ。もう出してる人もいたみたいだけどね。それじゃあ、偽物が捕まるはずよ」
「え? だって、シ太さんの偽物が悪さしてるんだろ? なら、俺は関係ない話じゃないか」
「嘘でしょ? この状況で、まだそんなこと言ってるわけ?」
「うるさい。俺はシ太さんを信じてるんだ」
「呆れたわ。もう何も言えないわね」
その頃、ゆみはスマホを見つめていた。
「こんにちは、ゆみさん。LINE交換ありがとうございます。僕としても大事な話なので、LINEでやり取りできてよかったです。SNSだと何かと規制も多くて。僕をフォローしてくださったってことは、ゆみさんもお金で疲弊してるんですよね。お金を稼ぐために長時間労働。好きな仕事は賃金が低く、全然稼げない。僕自身、ブラック企業に務めていて体を壊しました。だからこそ、お金に縛られない生き方を多くの人に知ってもらいたくて、この活動を始めたんです」
「こんにちは、シ太さん。これってLINEの定型文ですよね? ご自身で返信はしないんですか?」
「すみません。これはフォローしてくれた人に自動で送られるメッセージなんです。ちゃんと僕自身で確認して返信してるので、その辺りは安心してください」
「そうですか。では、単刀直入に言います。私はあなたとやり取りしている田中大輔の妻です。投資の件でお話があります」
「ああ、大輔さんの奥様でしたか。大輔さん、とても頑張ってますよ。奥さんのためにも、将来の不安をなくそうといろんなことに取り組んでいます。奥さんも投資に興味がおありですか?」
「ええ、でもその前に質問してもいいですか?」
「いいですよ。こういう話って詐欺も多いですから、不安が解消されるまで何でも質問してください」
「それじゃあ、あなたのプロフィール写真、海外の投資家さんの無断使用ですよね。SNSで被害者十二名と連絡を取りました。総被害額三千万円超え。これは立派な詐欺ですよね。私の夫をカモにしたこと、許しませんから」
「あれ? 既読がつかなくなりましたね。……まずいと思ってブロックしましたか? でも、もう遅いんですよ」
数時間後。
「どうなってるんだよ。シ太さんと連絡が取れない」
「あら、そうなの? 気の毒ね。私も連絡がつかなくなったわ」
「お前も連絡してたのか? え? 詐欺じゃないかって問い詰めてみたのよ」
「なんだと? なんて失礼なことを」
「失礼? 事実でしょ?」
「お前が変なことを言ったせいで、シ太さんと連絡が取れなくなったじゃないか。どうしてくれるんだよ。あの人がいなかったら、ここまで稼げてないのに」
「だから、あの人は詐欺師だって言ったでしょ。あなたの投資アプリも偽物。表示されてる一億円も全部嘘なのよ。いい加減、現実を見なさい」
「そんなはずはない。俺は本当に稼いだんだ」
「じゃあ、今すぐ出金してみなさいよ」
「一億なんて、すぐ出せるからな」
大輔がアプリを操作する。
「あれ? なんかエラーが出てる。『システムエラー』って、なんだこれ?」
「あら、通信状況が悪かったのかしら?」
「そうかも。もう一回やってみる。……あ、また同じエラーだ。なんでだよ。何度やってもダメだ。おかしい。最初に一万円を出金した時はできたのに」
「その一万円は、信じさせるための罠よ。最初に小額を出金させて安心させるのが、詐欺師の常套手段なの」
「そんなはずはない。シ太さんはちゃんとした人だ」
「あなたに現実を見せてあげる。いい? LINEのオープンチャットで、他の人が出金成功してるスクショがあるでしょ? あれも全部自作自演よ。それか、ネットの画像」
「あれも嘘だったのか? だって、グループラインには二十人以上いたんだぞ」
「そうやって、あなたみたいなカモを安心させて、どんどん追加投資させる手口なのよ」
「でも、シ太さんは……」
「シ太さんが本物だって? 被害者が十二人も見つかったのよ。みんなあなたと同じ手口で騙されてる。明日、警察に集団で被害届を出すから、あなたも一緒に出しなさい」
「被害届? 俺、被害者なのか?」
「そうよ。あなたは三百万円騙し取られた、立派な被害者。それが現実なの」
「やばい、やばいって。それじゃあ、俺の一億は……」
「ないわよ。そんなのあるのは、借金だけ」
「借金……三百万か」
「あら、あなたやっぱり借金して投資してたのね。まあ、そんな貯金あるはずないから、そうだとは思ってたけど」
「だって、すぐに払えると思ってたんだよ。騙されてるなんて、そんなの知らなくて」
「今頃気づいたの? 私は怪しいって指摘したわよ。でも、散々バカにして聞かなかったじゃない」
「俺の一億が……俺の成功が……全部、嘘だったなんて。現実は借金三百万円か」
「これからどうするつもり? 一人で生きていけるんでしょ?」
「助けてくれ。もう、どうしていいか分からない」
「私を散々見下しておいて、今さら助けてって、虫が良すぎない?」
「お前の言う通りだった。俺が間違ってた。頼むから、見捨てないでくれ」
「遅いのよ。私はもう、大手IT企業への就職も決まってるし、本当に一人で生きていくから」
「けど、そんなすぐに復帰したところで、稼ぎだって少ないだろう」
「残念ながら、年収六百万円のお仕事よ。あなたより稼げるわ」
「六百万? 俺より上か」
「そうよ。だって専門職だもの。今の時代、SEって人手不足で、実務経験があるだけで引く手あまたなのよ。結局、一人で生きていけないのはあなたの方だったわね」
「こんなはずじゃなかった。お前のせいで、俺の人生はめちゃくちゃだ」
「あら、なんでここで私のせいになるのよ」
「お前が俺をバカにするから、投資に逃げるしかなかったんだ」
「私のせいであなたが勝手に投資詐欺に騙されただけでしょ」
「俺が投資したのは、お前が原因だ。専業主婦のくせに、偉そうにしやがって」
「また始まったわ。いい加減にしなさいよ。毎日毎日離婚届で脅して、私を無能扱いして、『一人で生きていけない』って。私のこと、何だと思ってたの? 私がSEをやめたのは、あなたを支えるためだったのに。その気持ちを踏みにじって、成功者ぶって見下して。一億稼いだって言ったけど、実際は借金三百万よ。私の方がよっぽど稼げるわ」
「けど、女は稼ぎが少ないだろう。一人で生きていけないじゃないか」
「本当に一人で生きていけない人は、詐欺に騙されて借金まみれのあなたの方じゃない。『ゴミ同然のIT』とか言って、よくも散々私をバカにしてくれたわね」
「それは、バカにしたとかそういう意味じゃなくて……」
「どう見てもバカにしてたでしょうが。今度は私があなたに言ってあげる。社会から見ればゴミなのは、詐欺に騙された借金まみれのあなたよ」
「やめてくれ」
「やめないわよ。だって、あなたも私に言い続けたんだから。あなたが私にしたことを、そっくりそのまま返してあげるの。いい? 本当にゴミみたいな人っていうのは、人を敬わず見下して、自分じゃ何もできない人のことを言うの。まさにあなたね。借金を背負って、妻にも逃げられて、この先惨めな人生を送ってればいいわ」
「頼むから、もうやめてくれ。借金三百万も利子がついて大変なんだ。返しても、しばらくは貧乏生活なんだよ」
「え? 三百万くらい、効かないわよ。借金に加えて、慰謝料も請求させてもらうから」
「慰謝料? 散々私を見下して精神的苦痛を与えた分、百五十万円請求するわ」
「そんな、騙されたって分かってるだろう。それなのに、まだ俺から金を取るのか? 大体、そんな金ない」
「ないの? でも、支払い義務はあるわ。大丈夫よ。あなたまだ若いんだし。これから、給料から強制的に差し引いてもらうよう手続きするわ。どれだけ時間がかかっても、やるから」
「そんな、やめてくれ。頼むから」
「慰謝料の支払いで強制的に差し引かれれば、借金を返す余裕はなくなる。そうなれば、利息が膨らんで地獄ね。でも、関係ないから」
「ごめん、ゆみ。許してください。お願いします」
「私はこれで失礼するわ。新しい職場での研修があるの。年収六百万円の仕事って、忙しいのよね。それじゃあ、さようなら。借金、頑張って返してね」
その後、シ太という男は集団告発により逮捕された。被害者は三十名以上、総額八千万円を超える大規模事件として全国ニュースで報道された。大輔は被害届によって一部を取り戻せたものの、借金は残った。
憧れの優雅な暮らしとは一変し、大輔は一人寂しくアパート暮らしで借金返済の日々を送っていると、知り合いから聞いた。
一方、ゆみは今回の件でSEの知識や経験を生かし、投資詐欺撲滅アドバイザーとして講演活動も開始し、自立した人生を歩んでいる。騙されている人は、騙されていると自覚できない。だからこそ、詐欺というのは周りのサポートが必須だ。大輔のしたこともそうだが、それと同じくらい詐欺行為も許せない。だから、一人でも多く騙される人が減るよう、撲滅活動に力を入れたいと思っている。
