「結婚式の最中に、あんなビデオメッセージを流すなんて、あなたの同僚は何を考えてるの? 何が悪かったの? 私の顔ばっかり弄って。最悪だわ。ブスって十回以上は言われたわよ。」
「ふざけただけじゃん。楽しい式にしたいって言ってただろ。あれのどこが楽しいのよ。私、もう式を続けられないわ。」
「控室にこもってないで出てこいよ。ほんの冗談じゃねえか。」
「みんな、ドン引きしてたでしょ。新郎がグルになってあんなことをするなんて、信じられない。あなたって、あれが本性なの?」
「なんだよ、本性って。俺は最初からこうだよ。楽しいことが大好きなごく普通の会社員だ。まあ、山海商事の社員だから、普通よりはエリートだけどな。」
「何をヘラヘラしてるの? 自分が何をしたのか、分かってるの?」
「おいおい。同僚たちと仕組んで嫁下げしたから怒ったのか? 顔が悪いのは事実だし、怒る方がおかしいだろ。ほら、式の続きをやるぞ。」
「信じられない。もっと誠実で優しい人だと思ってたのに。」
「何言ってるんだよ。俺は誠実で優しい男だぜ。せっかくの式なのにお前が空気を読めないから、ちょっとムカついてるだけさ。」
「こんなことされたら、誰だって怒るわよ。本当に信じられない。どういう神経してるわけ?」
「人の予想に反することをするのがユーモアってもんなんだよ。誰も本気で言ってるわけじゃないんだから、笑って流せばいいだろう。」
「あれを笑える花嫁なんていないわ。似てる芸能人の比較とか、ひどすぎる。全員おじさんばっかりじゃない。」
「俺の友達はみんな笑ってたけどな。マジで冗談の通じない女だな。まあ、そうやってつまらない人生を送るのは勝手だけどよ。これくらいのドッキリなんて、ごく普通のことなんだよ。普通のことに文句があるなら、まず自分を変えたらどうなんだ。」
「本気で悪いと思ってないのね。」
「だって盛り上がってたじゃねえかよ。せっかくいい流れだったんだ。このまま控室にこもりっぱなしだと、品性を疑われるのはお前の方だぞ。みんな安くない祝儀を払って、わざわざ来てくれてるんだ。」
「その人たちを裏切るような真似をしたのは、あんたでしょ? 私、もうあんたとは結婚できないわ。式は中止にする。」
「はあ? 中止にしたら、冗談だって言ってるんだろう。めんどくせえな。俺に恥をかかせるな。仕事関係の人も来てるんだぞ。」
「だったら、なおさらあんなことはすべきじゃなかった。会社の人たちの顔を見た? 引きつってたわよ。」
「分かったよ。悪かった。やりすぎたよ。おら、謝ったぞ。お前ってば、これで許してくれるだろ。ははっ、そうだよな。謝ればコロッと許してくれるんじゃねえか。俺はお前のそういうところが好きなんだよ。だから今回も許してくれ。」
「ふざけないで。どれだけ私を侮辱すれば気が済むわけ?」
「本当のこと言ってるだけだろう。どこが侮辱だよ。格上の俺と結婚できるんだから感謝しろ。ほら、いいから式の続きをやるぞ。」
一分後、控室の扉が開き、入ってきたのは初老の男だった。スーツの質も、立ち振る舞いも、場の空気が一瞬で張り詰める。
「お前たち、今日から無職だぞ。」
「え? いや、誰だよ。」
「お前たちの上司だ。今日のお前らの態度は目に余る。到底許せるものではない。全員首だ。分かったか?」
「なんだこいつ。いきなりLINEしてきて面白すぎるだろう。もしかしてサトシの考えか? いかにもあいつが考えそうな浅いドッキリだな。」
「何を言ってるんだ? サトシって誰だ?」
「俺の同僚じゃん。メガネのサトシだよ。ちなみに、あのメガネ、会社の経費でこっそり買ったんだぜ。」
「なんだと? その話は本当か?」
「もちろんマジだ。証拠もあるし。まあ、俺も経費で行きまくってるけどな。」
「随分と正直にぶっちゃけるんだな。」
「お前ら、このドッキリは評価してやるよ。確かに面白いぜ。ただ、俺はこんなのに引っかからない。残念だったな。」
「私が言っていることはすべて本当だ。ドッキリなんかではない。君が今言った秘密は、しっかり覚えておくよ。」
「てか、しつこいぞ。ただしって誰の設定だよ。」
「山海商事の会長、山本だ。」
「いやいや、さすがに会長設定はやりすぎだって。そんなの誰が信じるんだよ。嘘がバレたからって、やけくそすぎる。ただでさえミカを怒らせて面倒なことになったんだ。自粛しろよ。」
「そうだ。新入社員のヒロヤが独断で全部やったってことにしないか。」
「ミカを侮辱するビデオに映ってた、あの若い新入社員かな。うん。」
「もう、お前の変わった言葉遣いはいいって。お前、サトシだろ。普通に話せよ。とにかくヒロヤのせいにしようぜ。ここで式が中止になったりしたら、さすがに俺たちが悪者になっちまうだろう。いつもみたいに、あいつに謝らせりゃいいんだよ。」
「お前、普段から新入社員をそんな風に扱っていたのか。」
「おいおい、よく言うぜ。お前が一番ひどいだろうがよ、サトシ。ヒロヤの仕事用のパソコンを隠したりして笑ってたくせに。」
「なるほどな。会社の現状を知るいい機会になったよ。どうやらその部署では、問題行動がはびこっているようだ。」
「はいはい。もう会長ごっこはいいだろう。こっちもいい加減、めんどくさくなってきたわ。」
「私は本当に会長だ。何度もそう言ってるだろう。これが証拠だ。今、娘と一緒にいる。写真を送るよ。」
一分後。
「お前ら、意味分かんねえよ。これ、ミカと父親のツーショットじゃねえか。もしかして、ミカの父親が山海商事の会長って設定か。なかなか面白いアイデアじゃねえか。絶対にありえねえけどな。」
「どうしてありえないんだ? 実際、ミカは私の娘だぞ。」
「山海商事の会長ともあろう人間から、あんなしけた女が生まれるわけないだろう。」
「なんだと。お前らも、もう少しリアリティのある嘘を考えた方がいいぜ。そうだ、もう一度ミカにドッキリを仕掛けないか? あいつ、式を中止にするとかふざけたこと言ってるから、立場の違いをちゃんと分からせてやらないとな。」
「そうだろ。ヒロヤを使って何かできるはずだ。考えようぜ。」
「お前、今どこにいる? 直接出向いた方が良さそうだ。そうすれば、私の正体についても信じられるだろう。」
「今は新郎側の控室にいるぜ。てか、まだ正体隠してるつもりかよ。サトシだってのはバレバレだっつうの。本当に会長だって言うなら、会いに来てみろよ。そしたら信じてやるよ。」
十分後。控室のドアが再び開き、先ほどの初老の男が立っていた。その後ろには、慌てた様子の秘書らしき人物が続いている。
「会長、ちょっと待ってください。どちらに行かれたんですか? お願いです。首だけは勘弁してください。ほんの冗談だったんです。」
「新婦の顔を笑うのが冗談なら、一つも面白くないな。」
「はい。ミカにもそう言われました。それで目が覚めたんです。彼女にはきちんと謝罪をしました。反省したんです。」
「ドッキリだと笑って、ヘラヘラしてたじゃないか。」
「いや、だってまさか会長からLINEが来るなんて思わないじゃないですか。それに、ミカのお父さんが会長だなんて、そんなの想像もしてなかった。結婚の挨拶の時も、普通のサラリーマンだって言ってましたよね。」
「私はミカの夫に、お前がふさわしいかしっかり見極めたかったんだ。ミカも同じ考えだったようでな。結婚するまで黙っておくことにしてたんだ。」
「そんな。だって、もしそうだって分かってれば、僕たちはこんなドッキリはしませんでしたよ。」
「これなら、最初からやるべきではなかったな。お前たちのやったドッキリは、どう超えている?」
「本当にすみませんでした。ですから、首だけはどうか。大勢の人の前であんなことをやる時は肝があるくせに、首が怖いなんて。肝が大きいんだか小さいんだか、分からないな。」
「いや、僕たちはミカのことが好きなだけで、悪いことをしたつもりはなかったんです。首になるなんて考えもしませんでした。ほんの軽い気持ちだったんです。」
「じゃあ、横領もほんの軽い気持ちでやったのか。」
「え? あ、いや、あれは冗談ですよ。冗談。せっかく山海商事に入ったのに、横領なんて取り返しのつかないことしませんよ。」
「おお、そうか。横領は犯罪行為だからな。やらないのは当たり前だ。」
「ええ、もちろんですよ。僕は曲がったことが大嫌いなんです。」
「念のため、部下に調査をさせよう。」
「へ?」
「もちろん横領の事実が発覚するわけないだろう。あくまでも念のためだ。あと、お前の言うサトシとは山田のことだよな。彼についても調査をしよう。」
「いや、わざわざする意味ないと思いますよ。だって横領なんてしてないんだから。」
「横領の事実がなくても、新入社員への不適切な言動が発覚するかもしれないぞ。」
「いや、あれも冗談というか。まあ、本人が自分から白状してくれれば、手間が省けて楽なんだがな。」
「いや、それはちょっと待ってください。」
「どうして何か後ろめたいことでもあるのか? 横領とか経費とか、全部冗談なんだ。やっていないと言うなら、心配する必要もあるまい。」
「すみませんでした。ほんの軽い気持ちだったんです。」
「ほお。それは、横領の件も新入社員の件も認めるということか。」
「はい。でも、ヒロヤのことは可愛がってますし、あいつも喜んでるので。これから会社の方でも調査をする。その上で処分を決定しよう。」
「あの、お詫びのためなら何でもします。なので、どうか。」
「まずはミカに謝るのが先じゃないのか。」
「もちろん、その通りです。」
「お前は大勢の人の前でミカを侮辱したんだ。それならば、大勢の人の前で謝罪するのが筋というものだろう。」
「いや、えっと、それはどういう。」
「分かるだろう? もしかして、人前で謝罪する勇気もないのか?」
「いや、そんなことは。」
「そうか。それなら安心した。ミカの名誉を回復しなくてはならないからな。私は先に式場に戻って待っている。加担した同僚たちと一緒に謝罪しろ。いいな。」
「はい。」
「でも、できないなら構わない。私たちはこのまま帰るだけだ。君たちはここで恥を晒したまま、仕事を失うだけだからな。」
「待ってください。分かりましたよ。」
二十分後。
「会長、言われた通り、ミカさんと皆さんの前で謝罪しました。きっちり頭を下げたんです。これでお許しいただけますよね。」
「あれのどこが謝罪だ。『ノリでした』『冗談でした』って言い訳ばかりじゃないか。」
「でも、謝罪は謝罪です。これで首は取り消しにしてもらえるんですよね。」
「誰がそんなことを言った?」
「はい? いや、約束が違うじゃないですか。」
「私は、反省する気持ちがあるなら、皆さんの面前で謝罪をしろと言ったんだ。許してやるとは言ってない。」
「ずるいですよ。」
「謝ったんだから許せ、というのは随分な理屈だな。ますます我が社には必要のない不誠実な人材だ。」
「お父さん、お願いします。許してください。首にされたら困るんです。こんな場で恥を晒してしまっては、再就職も厳しいと思いますし。」
「自分の置かれた状況をよく分かっているじゃないか。俺は顔が広い上に口が軽い。再就職の邪魔をする気はないが、噂が広まってしまったら申し訳ない。先に謝っておくよ。」
「待ってください。僕は中身はクズですが、会社では成果を上げています。うちの部長に聞いてもらえれば分かるはずです。」
「知っているよ。なんせ、私は結婚を認めたくらいだからな。君は優秀な社員として知られているようだ。それならば、ただな。いくら優秀でも、横領は絶対に許されないし、最愛の娘を侮辱されても許せるほど、私は人間ができちゃいないんだよ。今すぐにぶん殴ってやりたいくらいだが、ミカはそんなことを望まないだろう。だから、私はもう失礼するよ。お前と話すことはないのでね。」
「ちょっと待ってください。会長に改めて謝罪を。」
「謝罪をするべきはミカだと言ってるだろう。なぜ俺に謝ろうとする? お前が自分のことしか考えていない証拠だ。そんな男と話すことはない。それじゃあ、今までご苦労様。」
十分後。会場の片隅で、孝太はミカを呼び止めた。
「なあ、ミカ。今回のことは本当に申し訳なかった。さっきも謝ったけど、改めて、もう一度謝罪したい。」
「とりあえず、挙式費用は全額負担してもらうね。で、招待客の皆さん全員の交通費も負担してほしい。」
「は? 俺は会社を首になるんだぞ。金なんかねえよ。」
「しかも、横領した分と、私からの慰謝料も請求されるもんね。借金でもして、頑張って返してください。」
「分かった。じゃあ、別の仕事を見つけて一生懸命稼ぐよ。だから、それまで待ってもらえると。」
「今回の件がネットで大炎上中だから、無理だと思うけど。」
「え? なんで?」
「式場にいる誰かがアップしたみたい。私の顔はモザイクかかってるからいいけど、あんたたちの顔はしっかり映ってるから、終わりだね。」
「おかしいだろ。この件に関してはちゃんと謝ったのに。こうして晒し上げられるなんて、理不尽すぎるじゃねえか。」
「こういうノリが好きなんじゃないの? だったら、別に困ることないよね。炎上も面白がればいいじゃない。笑って済ませるの得意でしょ。」
「いや、それはまた別の話で。」
「言い訳ばっかり。とにかく支払いをお願いね。お仲間たちとお金を出し合えば払えるでしょ。それとは別に、全員に慰謝料を請求させてもらうから。」
「なんの?」
「心が傷ついたから、お金で癒してもらうの。」
「なあ、ミカ。お前、どうしちゃったんだよ。前までは優しい性格だったじゃないか。様子がおかしいぞ。」
「お父さんのおかげかもね。これまでの私なら、あの謝罪で許してたかもしれない。でも、あのビデオメッセージが流れてる時、お父さんが泣いてるのが見えたの。」
「え、会長が?」
「私を侮辱された上に、娘の晴れ舞台を台無しにされて、悲しかったんだと思う。控え室に駆け込んだ私を心配して見に来た時も、『あいつは怪しいと思った。俺は正しかったな』なんて軽口を叩いてたけど、本当は悲しくて、悔しくて仕方ないんだろうなって思った。ごめん。私はお父さんのためにも、あなたのことを許さない。大事な家族や友人にあんな思いをさせて、のうのうと生きていけると思わないで。」
「今の話を聞いて、俺はなんてことをしたんだって思ったよ。本当に後悔して、反省してる。心から申し訳ない。だから、もう一度だけチャンスをくれないか。」
「私はもう、謝れば許す女を卒業するの。これまでは、ちょっと嫌な思いをしても、私が我慢すれば丸く収まると思ってた。でも、私が我慢することで、私以上に悲しむ人がいるんだって分かった。だから、どれだけ謝っても無駄だよ。許さないから。」
「くそ。何なんだよ。ちくしょう。俺はこれからどうすりゃいいんだよ。」
「エリートなんだったら、自分で考えれば。私より格上なんでしょ。」
「ふざけんなよ。この程度のことで人生が終わるなんて、おかしいだろう。さっき親にも勘当されたんだよ。恥さらしめ、って怒鳴られた。」
「この程度って正気? 人生が終わるには十分すぎる行いだと思うよ。親に勘当されるのも、普通のことだと思う。仕事と家族を失ったあなたに残るのは何? ああ、クズの仲間だけよ。クズ同士、仲良くしてなさい。」
その後、結婚式は中止となり、孝太と同僚たちに挙式費用が請求されました。また、招待客全員の交通費も支払うこととなり、相当な支払い額になりました。さらに、新入社員のヒロヤさんが訴えを起こし、横領の件もすべて明るみになり、孝太たちは解雇された上に、損害賠償金と慰謝料で五百万円ほどの支払いを抱えることになりました。さらにさらに、ヒロヤさんの訴えをきっかけに、車内で彼らに被害を受けたと告発する社員たちが続出。彼らは慰謝料の支払いに追われ、全員が借金まみれとなってしまいました。寝る場所がなく、外をふらついていると、「ネットで炎上してた奴らだ」と理不尽に突き飛ばしてくる人もいるそうです。まさに人生、詰んでる状態ですね。
私の方は、孝太と暮らしていた家から実家に戻ることになりました。今回の件で、これまで親孝行があまりできていなかったなと反省し、なるべくお父さんと会う時間を作ろうと努力しています。あの日の私の泣き顔を、笑顔で上書きできるように、たくさん笑って生きていきます。
