私は三歳の娘マリを連れて、夫の実家へ足を運ぶたびに、いつも胸の奥に重くのしかかるものを感じていた。義姉の潮里さんが、私には我慢の限界を超えるような言葉を、まるで何でもないことのように投げかけてくるからだ。今日も駐車場で鉢合わせすれば、最後は必ず何かしら文句を言われる。私はそのたびに拳を握りしめ、何とかやり過ごしていた。
事の発端は、私が夫の直樹と結婚の挨拶に伺った日のことだった。義実家のリビングで、初めて対面した潮里さんは、私を頭の先からつま先まで見渡して、これでもかというほど嫌な顔をした。
「ふうん。これが直樹の選んだお嫁さん?なんだか、すごく地味ね」
突然の暴言に、私は戸惑うことしかできなかった。直樹も義両親も、義兄の誠さんも、さすがに「潮里、失礼だぞ」と注意してくれたが、彼女はどこ吹く顔だ。
「だって、本当のことじゃない」
それが口癖のように、彼女はいつも自分が一番正しいと思っている。結婚してから五年間、私は彼女に悪態をつかれ続け、陰口を叩かれ続けてきた。しかし、それでも我慢できたのは、義母がいつもフォローしてくれたからだ。今をときめく三人の孫である娘のマリと、潮里さんの息子であるりくとが仲良しで、よく行き来していたことも大きい。
ただ、ここ最近の潮里さんの言動は、明らかにエスカレートしていた。私がマリを連れて遊びに行くと、決まって彼女は留守で、どこへ出かけているのかわからない。そういう時は、いつも私がりうの面倒を見ている。たまに顔を合わせれば、今度は私の子育てにケチをつけるのだ。
「マリって本当にバカな子ね。うちのりくが同じ年の子とは思えないわ。働きもせずにずっと家にいるんだから、もう少しきちんと教育したらどうなの?」
目の前で、自分の娘がこんなことを言われている。マリは涙を目にいっぱいためて、唇を噛みしめていた。この日ばかりは、私の中で何かが切れた。
「潮里さん、さすがに言い過ぎです!私だって、ちゃんとマリを育てています!」
私は初めて彼女と言い争った。しかし、潮里さんは自分が悪いとはこれっぽっちも思っていない様子で、鼻で笑いながらリビングを出て行ってしまった。もう、どうしようもない。悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
こうなってしまった原因は、義理の父である譲二さんが亡くなったことにあった。私たち家族が住む家から車で十分ほどの場所にある義実家。そこには、義両親と、夫の姉夫婦、そしてその息子のりくが住んでいる。もともと決して仲が悪いわけではなかったが、義父がいた頃は、それでも家族のバランスが取れていた。何しろ、あの高飛車な潮里さんも、義父には頭が上がらなかったのだ。ところが、肝心の義父が肺炎であっけなくこの世を去ってしまった。
葬儀を終え、しばらく時が経っても、義母の元気は戻らない。それに比例するように、私への潮里さんの当たりは一層強くなった。手伝いに行くと、義母がぽつりとこぼすのだ。
「〇〇さん、よくあの子の相手をしてくれてるね。ごめんね、いつも」
「いえ、そんなことないです。私ができることがあるなら、何でも言ってくださいね」
そう言えるのは、義母が本当に良い人だからだ。義姉は苦手でも、この義母だけは味方でいてくれる。それが救いだった。しかし、そんな私に待ったをかけるように、事態は思いもよらぬ方向へ動き始める。
それは、三泊四日の家族旅行から帰ってきた日のことだった。久しぶりの団体旅行に、私たちも娘のマリも大はしゃぎで、帰りの飛行機の時間ギリギリまで遊び呆けてしまった。飛行機に乗り込むことになった時には、もうヘトヘトで、スマホを確認する気にもなれなかった。爆睡だった。
自宅近くまで車で戻ると、見覚えのある車が一台停まっているのに気がついた。心なしかエンジンがかかっていて、誰かが乗っているようにも見える。
「ねえ、あの車、もしかして……」
「あれは……姉さんの車だな」
直樹が車を止め、驚いていると、運転席に人がうつむきながら座っているのが見えた。よく目をこらすと、それは間違いなく潮里さんだった。なんで、わざわざこんなところで。もしかして、具合が悪いのか?私は窓をノックした。しかし、何の反応もない。焦った私は、何度も声をかけたが、うんともすんとも言わない。
「直樹! お願い! 救急車を呼んで!」
私は叫んでいた。車の中の潮里さんは、ぐったりとしており、意識がなさそうだった。ほどなくして駆けつけた救急隊にドアをこじ開けてもらい、彼女は慌てて病院へと運ばれていった。
病院の待合室で、私はひたすら無事を祈ることしかできなかった。一体、何があったんだ。どうしてあんな場所に。
しばらくして、駆けつけた義母と誠さんの連絡で、直樹の話を聞かされた義母は、血の気が引いた様子で青ざめていた。
医師から説明を受けたのは、その直後だった。
「お姉様は、寒さで疲労が重なったんでしょう。低体温症で、その結果、重度の肺炎を併発されています。もし見つかるのがもう少し遅れていれば、一酸化炭素中毒で危なかったかもしれません」
ベッドで酸素マスクを付けられ眠っている潮里さんの姿を見て、私の頭の中は混乱していた。今まであれだけひどいことを言われてきた。でも、何故か胸が締め付けられた。
何よりも気になったのは、電話の着信履歴だった。潮里さんの携帯には、私からの着信ではなく、私への着信が何件も残っていた。そう、あの旅行の間、彼女は頻繁に私に連絡を入れていたのだ。私は旅行中、スマホをいじる暇もなく、そのことに一切気がついていなかった。
病院で潮里さんの意識が戻り、少しずつ話ができるようになると、その事実に彼女がどんなに辛い思いをしていたかを知った。
「…ごめんなさい」
三日後、彼女はポツリとそう言った。私たち家族が旅行に出かけている隙に、りくから保育園にいる時から様子がおかしいと連絡が来て、早退してその足で病院に連れて行ったのだという。私は、その日の内に帰る予定だったのに、それが無理だとわかって気が動転してしまった。何とか理性で自分を保とうとしたが、あれほど私が意地悪を言っているのは、こんなに孤独で、誰に頼ることもできない時の自分を守るためなのだと気づいたのだという。
「…本当に、ごめんなさい。私、ずっと間違ってた」
涙をこぼしながら謝る潮里さんに、私は正直、戸惑ってしまった。これまであれだけ好き勝手に振る舞ってきた人が、こうも急に変われるのだろうか。それでも、人間、死にかけてわかることだってある。今回のことが、彼女を変えるきっかけになったのだ。
「潮里さん、馬鹿なこと言わないでください。もう、いいんです。それよりも、ちゃんと治すことに集中してください」
そう言った私の目にも、自然と涙が溢れていた。入院生活がしばらく続くことになった潮里さんの代わりに、私と直樹は、りくの面倒を見ることにした。
あれだけ通っていた義実家にも、今は潮里さんがいない。病院に見舞いに行くと、おとなしくベッドに横たわる彼女を見て、新たな虐待事件のことを思い出す。いや、違う。これからは、もう過去のことだ。
「〇〇さん、ありがとう。あなたがいてくれて、本当に助かった」
そう言ってくれる義母や誠さんとは、以前よりもより一層、関係が深まった。たまに退院してくる潮里さんも、以前のような攻撃的な態度は鳴りを潜め、娘のマリにも優しく接してくれるようになった。
あの日、あの時間に、あの場所で、義姉の姿を発見していなければ、彼女はどうなっていただろう。想像するだけで寒気がする。ヒステリックに叫ぶこともなく、自己正当化のために誰かを攻撃することもなくなった。それは、ある意味で、悲しいくらいに静かな再出発だった。
私たち家族は、いまだにあの頃のイライラを思い出すと共に、命の尊さをかみしめながら、穏やかな日々を取り戻しつつある。潮里さんは退院した後、「これからは、お互い良いお母さんになろうね」と、何だか照れくさそうに笑った。
せっかく同じ家族になったのだ。憎み合うよりも、助け合った方がいいに決まっている。これからは、頼れる時は頼って、助ける時は助ける。今、私たちはそんな新しい関係を、静かに育んでいる最中なのだ。
