写真におばあちゃんが二人も写っていたら、年寄りばかりに見えるでしょう。老人ホームの記念写真じゃないんですから。
撮影室の中央には、私の孫のとやが立っていた。その隣には息子の直樹と嫁のみさ、そして華やかな着物を着た私の母、テル子が並んでいる。
とやの学費も、着物の衣装代も、撮影代も、その後の食事代も、全部私が払っている。
なのに、私の立つ場所だけがなかった。
私は金子み子、六十八歳。直樹にとっては金払いのいい母親、みさにとっては都合のいい義母。それくらいにしか思われていないのだろう。
夫が亡くなった後、私は残された資産をただ銀行に置いておくのではなく、少しずつ投資へ回してきた。最初は配当の安定した会社から始め、決算書の読み方も覚えた。儲けることより、焦らず減らさないことを大切にしてきた結果、老後に困らないだけの資産はある。だから直樹とみさから頼られても、これまでは目くじらを立てなかった。マンション購入時の援助、車の頭金、毎月の生活費、とやの習い事や入学用品。
直樹は初めの頃こそ送金のたびに礼を言っていた。ところが数年経つと言い方が変わった。
「今月も十万。いつもの日にお願い」
みさも当然のように続けた。
「お母さんは一人暮らしですし、そんなに使うこともないですよね」
この子たちは私の口座に水道の蛇口でも付いていると思っているらしい。まあ、金はある。私だから笑って済ませているけれど、この調子で他人にも接していたら、いつか痛い目を見るだろう。
とやの成人式が近づいた時も、直樹から電話があった。
「せっかくだから、一番いい着物を着せたいんだ。とやの晴れの日だ」
私は喜んで金を出した。するとみさは写真撮影と食事も追加した。
「私の母にも着物を着てもらいたいんです」
テル子の衣装代まで私に回されていることには気づいていた。それでも今日一日くらいなら構わないと思った。孫のとやが笑ってくれるなら、それでよかった。
撮影当日、私は受付で残りの代金を支払った。百万円を少し超えていたが、お金はこういう時に使うものだ。
そう思いながら撮影室へ入ると、すでに全員が並び始めていた。私はテル子の反対側へ立とうとした。その時、みさが私の前へ腕を伸ばした。
「お母さんはそこで荷物を見ていてください」
「え、私は写真に入らないの?」
私が訪ねると、みさは先ほどの言葉を口にした。
「おばあちゃんが二人では年寄りばかりに見える。老人ホームの記念写真ではない」
直樹は止めるどころか面倒そうに時計を見た。
「母さん、撮影が遅れるからさ、今日はテル子さんだけでいいだろ」
私は直樹の顔を見つめた。この時、私はまだ試していた。
「今のは言いすぎた。母さんも一緒に映ろう」
直樹がそう言えば、今回も目をつむるつもりだった。二人が図々しいことはとうに知っている。それでも家族なのだから、少しぐらい甘やかしてもいいと思ってきた。
私はもう一度だけゆっくりと確認した。
「私は本当に映らなくていいのね」
直樹は私の糸にも気づかず、軽く手を振った。
「だからいいって言ってるだろ」
みさも口元に笑みを浮かべた。
「お母さんはお金を出してくだされば十分ですから」
その瞬間、私の中で何かが静かに決まった。この人たちはうっかり私を傷つけたのではない。考えた上で私を家族の輪から外したのだ。
ならば、もう容赦も必要ない。
「そうわかったわ」
私はそれだけ言った。二人は私が折れたと思ったらしい。この夫婦の鈍感さには感心してしまうほどだ。どうやってこれまで生きてきたのか、興味が湧くほどでもある。
安心した顔でテル子をとやの隣へ立たせた。シャッターが切られる直前、私は全員分の荷物から自分の鞄だけを取り、撮影室を出た。
背後で明るい声が響く。
「皆さん笑ってください」
写真館を出ると、近くの喫茶店へ入った。コーヒーを一杯頼み、スマートフォンで証券を開く。
とやの進学費用として取り分けていた五百万円。直樹とみさには、とやが私立大学へ進んでも困らないよう準備してあると伝えていたけれど、まだ渡すとも、二人の口座へ入れるとも約束していない。
ちょうどその頃、以前から調べていた半導体関連の会社が、一時的な下落で買いやすい値段になっていた。業績も技術力も悪くない。値段が下がるのを私は何ヶ月も待っていた。
とやには悪いけれど、恨むなら私ではなく自分の親を恨みなさい。よくしてくれていた人を家族から外せば、その人が用意していた優しさも消える。それくらいは自分たちの選択として背負ってもらおう。
私は五百万円分の注文を出した。それから毎月の送金を止め、私名義で直樹に使わせていた車も次の契約更新をしないことにした。家族カードも解約した。やることは十分もかからなかった。これまで何年も二人を支えてきたのに、切る時はあっけないものだ。
それから三週間後、直樹とみさが完成した写真アルバムを持って私の家へやってきた。謝罪に来たのかと思ったが、直樹は座るなり言った。
「とやの大学用の五百万円、来週までに振り込んでくれ」
みさも続けた。
「入学準備もありますから、早い方が助かります」
私はアルバムを開いた。中央でとやが微笑み、その両側に直樹とみさ、テル子が並んでいる。私の姿はどこにもない。
「ほお、綺麗に取れているわね」
直樹が頷いた。
「じゃあ、五百万円の件なんだけど」
「私がいなくても立派な家族写真になったじゃない」
みさが顔をしかめた。
「写真の話はもういいですって。それより振り込みを」
「あの五百万円なら、もうないわよ」
二人の動きが止まった。
「ないってどういうことだよ」
「いい株があったから、そっちに回しちゃったわ。急げってやつよ」
直樹が立ち上がった。
「とやのための金だろ」
「私がとやのために使おうと思っていた、私のお金よ。あなたたちのお金だった覚えはないわ」
みさが身を乗り出した。
「とやの将来より株を優先したんですか」
「そうよ。とやには悪いけれど、恨むなら親を恨みなさい」
みさの顔が引きつった。
「私たちは関係ないでしょ」
「いやいや、あるよ。大ありよ。あなたたちみたいな人間を、援助してくれる可愛いおばあちゃんを家族から外したんだから」
私はアルバムをみさの前へ戻した。
「老人ホームの記念写真に見えるから、私はいらなかったんでしょう」
二人は黙り込んだ。
「その老人のお金だけ必要だなんて、随分都合のいい話ね」
直樹は拳を握った。
「今からでも売ればいいだろう。その株を売って金を戻せよ」
私は笑いながら首をかしげた。
「バカ言わないでよ。最近半導体の株は絶好調なのよ。あなたたちも人に頼らず買ってみたら」
直樹の顔が真っ赤になった。
「ふざけるなよ、母さん。とやの未来がかかってるんだぞ」
「とやの未来なんて、もう決まってるわ。あなたたちが何もしなければ、ただの普通の学生になるだけよ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。今まで私が払ってきたもの、全部返してもらおうかしら。マンションの援助、車の頭金、毎月の生活費。計算してみる?」
みさが青ざめた顔で立ち上がった。
「お母さん、本気で言ってるんですか」
「ええ、本気よ。あなたたちが私を家族扱いしないなら、私もあなたたちを家族扱いしないだけ」
「お金のことじゃないでしょ。私たちは家族なんだから」
「家族? 家族が私を写真から外すの? 家族が私の金だけ取って、私を追い出すの?」
直樹が口を挟んだ。
「そんなつもりじゃなかった。ただ、写真は記念だろ。テル子さんが写れば十分だと思ったんだ」
「十分だと思ったのはあなたたちでしょ。私は十分じゃなかったのよ」
部屋に沈黙が落ちた。外の音だけがかすかに聞こえてくる。
みさが泣きそうな声で言った。
「お母さん、私たちが悪かったわ。ちゃんと考えます。だから、どうか」
「考えたのは私の方よ。あなたたちのために私がしてきたことを、もう一度思い出してご覧なさい。私がいなかったら、あなたたちは今ごろどうしてた?」
二人が黙り込む。
「それでいいのよ。あなたたちはこれから、自分の力でやっていきなさい。とやのためにも」
「とやを困らせる気か」
「私はとやを困らせない。私の孫だもの。でも、あなたたちは別よ。私はあなたたちに何も期待しないから」
直樹が何か言おうとして、やめた。みさも同じだった。
私は立ち上がった。
「さあ、もうお帰りなさい。写真、ありがとう。いい記念になったわ」
「母さん、待ってくれ」
「さようなら」
私は二人を玄関まで送った。ドアを閉める直前、直樹が振り返った。
「本当に、これで終わりでいいのか」
「終わりはとっくに決まってたのよ。あなたたちが決めたことだわ」
ドアを閉めた。鍵をかけ、壁に背中をつけた。
部屋の中には、出して渡そうと思っていた新しい衣類や、とやのために買った本が段ボールの中にしまわれている。もう渡すことはないだろう。
振り返って窓の外を見ると、二人が車に乗り込むところだった。直樹が車のドアを強く閉める。エンジンをかけ、そのまま走り去っていく。
私はゆっくりと息を吐いた。
スマートフォンを開くと、証券会社のアプリが表示される。半導体の株は、先週買った時よりも上がっていた。売れば、また少し儲けが出る。
でも、もう十分だ。私はアプリを閉じ、鞄を抱えた。中には、写真館で受け取ったアルバムが一冊だけ入っている。
あの日、撮影室を出る時、私はもう一冊の写真を注文しておいた。私だけが写った写真を。
家族のために使った年月の長さは、お金では買えない。そして、その年月を壊したのは、私ではなく、彼ら自身だった。
この先、とやには悪いことをしたと思うときもある。でも、私はもう、家族という名の蛇口にはならない。
私はテーブルの上に、コーヒーのカップが出しっぱなしになっているのを見て、それを片付けた。流しで洗いながら、昔のことを思い出す。
夫が居なくなった後、一人でよく泣いた。息子の結婚を楽しみにして、敬老の日の手紙を楽しみにしていた。でも、手紙は一度も来なかった。
洗い物を済ませ、リビングへ戻ると、テーブルの上に広げっぱなしの証券の本が目に入る。
私はそれに触れずに、ソファに座った。静かな家の中、誰かの気配もない部屋で、私は深く息を吸い込んだ。
目を閉じると、あの撮影室の光がまぶしく蘇る。
「皆さん、笑ってください」
あの言葉が聞こえた瞬間、私の心の中の何かが、静かに折れたのだ。
私はそっと目を開けた。そして、持っていた鞄を机の上に置いた。その中には、私の分の記念写真が一冊。
家族に見せるためにではなく、自分自身の誇りのために、私はあの日、一枚だけ写真を残しておきたかった。
カメラは、あの日、私のことを家族から消した。
そして今度は、私自身の言葉で、未来を選ぶ番だ。
私は再び証券のアプリを開き、そのまま指を止めた。すでに持っている株は、放っておけばもっと増えるかもしれない。けれど、もう気持ちは揺れない。私はアプリを閉じ、スマートフォンを側に置いた。
ソファに体を沈め、天井を見上げる。あの二人が、あれほど必死にお金を求める理由が、私には分からないわけではない。生活があるのだろう。けれど、それは私が背負うべきものではない。
「さよなら、直樹。みさ。あなたたちのことは、それなりに大事に思ってたのに」
呟いて、私は目を閉じた。戻ってこない日々を思うと、少し胸が痛む。でも、後悔はしていない。
何年かぶりに、私は風呂の湯を張り、一番に、自分の肩の力が抜けていくのを感じた。
翌朝、私は電話を一件入れた。
「もしもし、あたしだけど。叔母さんんちにある、昔のきものを、今度のこと思って、代々木のおばあちゃんのところに届けたいの。そう、それで」
私がこれから何をするかは決めている。でも、誰の助けも借りずにやっていくつもりだ。
家族の平均にどっぷり浸かっていた自分は、もう終わりにした。時々、テル子が心配して電話をかけてくることもあるけれど、私は相槌を打つだけで、何も話さなかった。あちらの家族として、幸せにやってくれればいい。私は私の人生を歩むだけだ。
数ヶ月後の夕方、小さな体操教室で、私はコーヒーを飲んでいた。振り向くと、テーブルの向こうに、職場にはいない見慣れない顔が並んでいる。
ふと入り口のドアが開いて、白いブラウスの女性が入ってきた。彼女は私の顔を見ると、にっこり笑った。
「あ、金子さん、お疲れさまです」
「ええ、お疲れさま」
交流の輪の中で、私は私の居場所を見つけていた。
あの日の写真は、心のどこかでずっと残っている。けれど、それはあの日のこと。私は今度こそ、一枚の写真の中だけの家族ではなく、自分の足で立つ人間になった。
振り返りもせず、歩き出す。そうして、私の、新しい物語が始まる。
風が吹いて、カーテンが揺れる。窓の外では、知らない人々が、今日も忙しなく行き交っている。
私は静かに微笑みを浮かべ、テーブルの上のコーヒーを飲み干した。
