夫は電話越しに吐き捨てるように言った。
「お前一人でどうにかしろ。俺は視聴で忙しいんだよ。分かってるだろ?」
義母が倒れて危険な状態だと言われているのに、その口調はどこまでも事務的で冷たかった。私は電話を切った後も、しばらく呆然と座り込んでいた。夫のケトは、自分の母親が危険な状態だと告げられたのに、出張先から帰ってくる気配すら見せない。私は絶望の中で、覚悟を決めた。ケトが出張から帰ってくるまであと数日。できることは全部やろう。一人で、何とかしてみせる。
私は園田みな子。もう45歳になる。若い頃から異性に持てるタイプではなく、どちらかと言うと奥手で、気がつけばテレビに向かって独り言を言うような日々を送っていた。20代の前半に付き合っていた人がいたが、それ以来、特別な縁には恵まれなかった。お金も時間も自分のために自由に使えるのは幸せなことなのに、ふとした瞬間に漠然とした不安が襲ってくる。将来このまま独り身で老いていくのかという寂しさが、時折、心の中に入り込んでくるのだ。
そんな時に出会ったのが、現在の夫であるケトだった。彼は私より10歳も年下で、取引先の営業担当をしていた。どうしてこんなに素敵な人が私なんかを選んでくれたのだろう。若くて仕事もできる。うちの職場の女性社員たちの間でも人気があると噂の彼が、どうして私を気に入ったのか。純粋に嬉しかった。エリート社員との結婚に、私の両親も義両親も祝福してくれた。年齢差は大きかったけれど、きっと幸せな家庭を築けると思っていた。
結婚当初は、本当にうまくいっていた。ケトは一人暮らしの時よりも生活環境が整ったせいか、みるみる仕事に打ち込み始めた。そして、しばらくすると会社で大出世したのだ。同期の中の誰よりも早く、先輩までも追い越してしまうほどの大抜擢だった。自信に満ち溢れたケトの姿を見て、私は結婚して良かったと心から思った。夫の成功は自分の喜びだった。
しかし、それは同時に、寂しさの始まりでもあった。ケトは出世していくにつれて、私への態度が冷たくなっていったのだ。以前は休日に一緒に料理をしたり、何でもない日に私が好きそうなものをプレゼントしてくれたりした。そんな小さな幸せが、いつの間にか鳴りを潜めた。ケトは気が大きくなったのか、給料を湯水のように使うようになった。高いスーツや時計を、ためらうことなく買う。
「嫁なら金の管理くらいちゃんとしろ」
そう言って、私が節約を促すと逆に怒鳴られた。何度も言い聞かせても、反省する気配は一向にない。給料が増えてからというもの、ケトは完全に人が変わってしまった。浮気も何度も繰り返している。最初は気づかないふりをした。二度目の時は、ポケットに入っていたホテルのカードをわざと机の上に置いて、気づいていることを知らせた。それでも彼はしらばっくれるだけで、何も話し合ってはくれなかった。
私は、ただの家政婦のように扱われるようになった。給料をもらっている家政婦の方が、私よりもマシなのではないかとさえ思えてくる。こんな風に扱われて、最初は悔しいよりも悲しさが先に立った。私はケトに問い詰めようと、仕事から帰ってきたところを待ち構えた。
「ちょっと話があるんだけど」
面と向かって問い詰めても、ケトは反省どころか、開き直って私を貶し始めた。
「お前はもっと努力して女を磨かないとな。ただでさえ年下の俺と結婚して調子に乗ってるんだから」
私は言い返したかった。ずっと頑張ってきたのは私の方で、あなたの浮気でどれだけ傷ついたか、と。女を磨けと言うのなら、あなたは何をしてきたのか。しかし、その言葉を喉の奥で飲み込んだ。ここで大喧嘩をして離婚になんてなったら、年老いた両親が心配する。ケトと結婚する時、あんなに喜んでくれたのに、今更離婚なんて言い出せるはずがない。私は悔しさと怒りを必死に飲み込んで、ただ黙って夫の顔色を伺い続ける日々を選んだ。
そんな時、偶然の事故で義父が突然この世を去ってしまった。義母はまだ64歳で、元々体が弱く、今も頻繁に病院に通っている。一人暮らしさせるのは心配すぎる。私と義母は仲が良かったので、我が家で一緒に暮らしてもらおうと、私はケトに提案してみた。最初は嫌な顔をされたが、自分が長男であることを自覚したのか、義母が困っている様子を見て、最終的には渋々承諾した。私としては、これを機にケトが家族の在り方を見つめ直してくれるかもしれないと、密かに期待していた。
ところが、結果は失敗だった。彼は義母を扶養家族だとしか思っていない節があり、むしろ「面倒な厄介者」が一人増えたかのような態度を取るようになった。私の実家には何も知らされないままに、私が義母の介護を一手に引き受ける形になった。
私たちは、人を人とも思わないようなケトの態度に徐々に嫌気が差していった。しかし、義母は決して弱音を吐かず、私を気遣ってくれた。時には、私に理不尽に怒り狂うケトから、私を守る盾にもなってくれた。義母は私にとって、同じ苦しみを分かち合える唯一の味方だった。私たちは助け合いながら、なんとか生活を成り立たせていた。
ケトは言い訳ならいくらでもする。今月は収入がギリギリだと言い、来月は大きな出費があると言い、その口実で自分だけは贅沢を続ける。私は相変わらず朝早く起きて、義母の朝食を用意し、それから自分の仕事に行く。仕事から帰れば、義母の薬を確認し、食事の支度をし、それから今度は洗い物や掃除をこなす。そんな生活を続ける中で、私は自分の心境が少しずつ変わっていくのを感じていた。
ケトに褒められたい、認められたい。かつてはそう思って努力していた。いつの頃からか、私はケトのためではなく、自分のために自分を磨くようになっていた。年下の夫に釣り合っているのか、周りから見て私は恥ずかしくない女でいられているのか。そう考えると、もっと見た目を磨きたくなった。
平日はワンパターンだったメイクを、最近の流行を勉強して変えてみた。仕事中は邪魔にならないようにと、いつもきつく結んでいた髪も、セットするようになった。周りには年齢の割にはプロポーションが良い方だと言われていたけれど、夫のケトは私の変化に一切気づいていないようだった。それでも、私はここで諦めたくなかった。髪を切って気分を変えてみたり、姿勢や表情にまで気を配るようにした。すると、職場でも「綺麗になったね」と褒められるようになった。
失っていた自信を取り戻しつつある一方で、ケトの浮気はさらにエスカレートしていた。
また見つけてしまった。もう結婚してから何度目の浮気だろう。深夜、帰ってきたケトのスマホが鳴り、画面に表示された名前は見覚えのある女性のものだった。ケトは私に見られる前にスマホをひったくるようにして見せないようにした。私は何も言わなかった。言っても無駄だということが分かっていたからだ。私が怒れば怒るほど、ケトは逆上して私をさらに貶すだけだ。
義母は、私が泣き寝入りしているのを知って、言葉を失っていた。ケトは自分の母親にすら、遅くまで仕事だと嘘をついているのだ。
数日後、ケトは「急な出張が入った」と言って家を空けた。実際には、私と義母の布団がぐちゃぐちゃに荒らされていることが分かっている。きっと朝帰りしたのだろう。私は情けなくなるほどの虚しさに苛まれた。義母はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、静かに言った。
「みな子ちゃん、無理しないでね。私があなたの味方だから」
その言葉で、私は涙が溢れそうになった。この家に、私の理解者は義母だけだ。この思いをケトに伝えても、また「お前がもっと女を磨けばいい話だ」と言い返されるのがオチだ。私は離婚も考えた。しかし、やはり年齢のことを考えると、両親が心配になる。親戚に何と言われるか。今はまだ、この我慢の続く生活の中で、なんとか自分を保ち続けるしかない。
私は義母との生活を守るために、そしていつかくる自由のために、少しずつお金を貯めることにした。ケトの給料は共有財産だけれど、私がパートで稼いだお金はこっそりと別口座に移している。それは家計のためのお金であり、義母の介護費用であり、いざという時のための命綱だ。
そんなある日、私は会社から仕事を終えて帰宅すると、リビングから話し声が聞こえてきた。義母とケトの声だ。義母が珍しく声を荒げている。
「何度も言っているだろう、もうお前には任せておけない。みな子ちゃんにだって迷惑ばかりかけているのが分からないのか!」
「うるさい! 俺が自由に使って何が悪い! 俺の金だぞ!」
「お前の金? 違うだろうが! あんたが稼いだ金は家族の物だ! 浮気の為に湯水のように使って、奥さんの気持ちを踏みにじって、まだ目を覚まさないのか!」
翼が生えたかのように効く言葉だった。私は玄関の陰に隠れて、足音を立てないようにして聞き入っていた。
「お前は出世したけど、人として何も変わっちゃいない! みな子ちゃんがどんな思いで生活してるか、考えたことがあるのか? お前の浮気を知ってて、私は何度も顔を背けてきた。そんな女を、何も見なかったように扱うお前が、まだあんなに綺麗な奥さんを傷つけるのか! 本当にこの大馬鹿者め!」
ケトは義母の剣幕に押されて、何も言えなくなっていた。私は声を殺して立ち尽くした。義母がここまで怒るのは初めてだった。彼女が私の為に怒ってくれている。義母が私の代わりに怒っている。
「もし、みな子ちゃんを泣かせるようなことが続くなら、私はこの家を出ていく。そして、みな子ちゃんを連れて実家に帰る。お前、それでもいいのか?」
ケトはしばらく沈黙していたが、いきなり立ち上がって叫んだ。
「出ていけ! どうせそうだ! 俺はお前らのことなんか金で雇った家政婦同然に思ってる!」
義母はそこまで言われて、深く息を吐いた。そして静かな口調で言った。
「分かった。分かったよ。決めなさい。私たちは、お前が選んだ道を知ってるだけさ」
私はその台詞を聞いて、義母が誰の味方なのか、誰に最終判断を委ねようとしているのかを悟った。その瞬間、ようやく私は自分に課していた我慢の限界を見た。
家に上がると、泣き腫らした義母がソファに座っていた。ケトは自分の部屋に隔離したらしく、叫び声だけが聞こえる。
「みな子ちゃん、ごめんね。私が力の限界だ」
私は力強く首を振った。
「いいえ、お母さん。色々と考えてくれて、ありがとう。私、決めました」
義母が再び私を見上げる。私はその目を見つめ返し、一歩踏み出す勇気を持った。意地を張っていた自分を捨てる時だ。
翌日、私はケトに書類を突き付けた。
「離婚届よ。あなたには、私の籍も、この家も、お母さんも要らない。ここにサインして」
ケトは書類を睨みつけて嘲笑した。
「どうせお前なんか、今さら誰が拾うって言うんだ」
「誰に拾われるかはもう知らない。あなたの中に『家族』っていう考え方が存在しなかったって分かった。それだけよ」
私は泣かなかった。部屋を見渡すと、机の上にはハンコが置いてある。指示されるままに、ケトが押印した。義母は別室にいて、ケトに顔を見せることもなく、私は自分の部屋と義母の部屋の荷物をまとめた。
実家に帰るつもりはなかった。私はアパートを借りて、義母を引き取ることにした。生活は決して楽じゃないけれど、二人で協力していくつもりだ。
それから数ヶ月が経った。私は仕事とは別に、週末には少しお洒落をして出掛けるようになった。義母とカフェに行って、安いランチをして、ああでもないこうでもないと言い合う。
あの時、義母が味方になってくれなかったら、私は今もあの冷たい家に縛り付けられていたかもしれない。義母は私にとって、実の母よりも母らしい人だ。二人で過ごす静かな時間は、あの夫と過ごした何年もの時間よりも、ずっと私を幸せにしてくれる。
下を向いて黙るばかりだった私が、今では何でも自分で決められる。化粧も、髪型も、部屋のカーテンの色も。部屋は狭いけれど、清潔で、誰かに気兼ねしなくていい。その裏で、ケトからの連絡は一度も来なかった。きっと、新しい女のところへ行ったのだろう。
私たちは、失うことで本当に大事なものを手に入れた。義母の金をむしり取るようなケトの態度も、夜な夜な社内の女と遊び歩くような夫ももう居ない。自由という名の安らぎの中で、猫と暮らすようにゆっくりと時が流れていく。義母はさっき、縁側で昼寝をしていた。私はキッチンで夕飯の支度をする。あの時、私と義母を家から追い出したケトに、今はただ、感謝してもいいくらいだ。
