夕食の箸を置いた夫が「俺はもう長くない」と言った。六十歳になったばかりの正人だった。病院で余命宣告を受けたから離婚してほしいと。四十年連れ添った私に、病名も病院も教えずに。悲しさより先に違和感が込み上げた。「病気のことは聞かないでくれ。お前が俺のために残りの人生を使う必要はない」夫はそう言い、目を合わせようともしなかった。それでも私は気づいてしまった。夫が私を家から追い出そうとしている本当の…

夕食の箸を置いた夫が「俺はもう長くない」と言った。六十歳になったばかりの正人だった。病院で余命宣告を受けたから離婚してほしいと。四十年連れ添った私に、病名も病院も教えずに。悲しさより先に違和感が込み上げた。「病気のことは聞かないでくれ。お前が俺のために残りの人生を使う必要はない」夫はそう言い、目を合わせようともしなかった。それでも私は気づいてしまった。夫が私を家から追い出そうとしている本当の...

夫が突然、夕食の箸を置いて言った。テーブルの向こうで、白くなり始めた髪が蛍光灯の光を浴びている。六十歳になったばかりの夫、正人の顔は、普段の疲れとは違う色をしていた。

「俺はもう長くない」

私は手に持っていた茶碗を下ろした。何を言っているのか、最初は理解できなかった。まだ六十歳になったばかりだ。定年を迎え、これからやっと一緒にゆっくり過ごせる時間が始まると思っていた矢先のことだった。

「病院で、余命の宣告を受けた。だから、離婚してほしい」

余命。その言葉が、頭の中で何度も反響した。私は夫の顔をじっと見つめた。冗談を言っているようには見えなかった。しかし、家族である私に病気の話もせず、いきなり離婚を切り出すなんて。悲しさよりも先に、強い違和感が込み上げてきた。

「何の病気なの?治療はできないの?」

夫は首を横に振るだけだった。目を合わせようともしない。

「病気のことは聞かないでくれ。お前が俺のために残りの人生を使う必要はない。お前も自由になれ」

私は何も答えられなかった。四十年近く連れ添ってきた。それなのに、病名も通っている病院も教えてくれない。離婚まで告げるなんて。この人は何かを隠している。そう思わずにはいられなかった。

私は佐子、六十歳。夫の正人とは私が二十二歳の時に結婚した。夫は商社に務め、朝から晩まで飛び回る忙しい人だった。私は結婚を機に仕事を辞め、専業主婦として夫を支えてきた。朝早く出ていく夫のために弁当を作り、帰宅が深夜になれば温かい食事を用意して待つ。会社関係の付き合いも家のことも、全て私が引き受けた。

それでも若い頃の夫は優しい人だった。「お前が家を守ってくれるから、俺は安心して働ける」と、小さなお土産を買ってきてくれたこともある。結婚して十三年目、私が三十五歳の時、ようやく娘の彩佳を授かった。産声を上げた娘を抱きながら、夫は人前だということも気にせず泣いた。

「やっと会えたな。お父さんが絶対に守るからな」

あの時の言葉に嘘はなかったのだと思う。夫は仕事で忙しくても、娘の運動会には必ず顔を出した。誕生日には帰宅が遅くなっても、小さなケーキを買って帰ってきた。私たちは決して裕福ではなかったけれど、家族三人で食卓を囲む時間は、確かに幸せだった。

夫が変わり始めたのは、娘が大学を卒業し、就職して家を出た頃だった。

ある日、夫は義父に言った。

「父さんももう八十歳を過ぎたんだ。元気なうちに財産の整理をしておいた方がいい」

最初は、年老いた父親の老後を心配しているのかと思った。しかし、夫は岐阜の実家に帰るたびに同じ話をするようになった。

「預金はいくらあるんだ?相続相手を決めておかないと、後で揉めるぞ」

義父はその度に、「まだ元気なのに、死んだ後の話ばかりするな」と笑っていた。しかし、夫は笑わなかった。それどころか、あの頃から夫婦で過ごす時間も減っていった。休日になると一人で出かけることが増え、帰宅は深夜になることもあった。何より気になったのは、スマートフォンを常に伏せておくようになり、誰かから電話がかかってくると、わざわざ外に出て話をするようになったことだった。

「誰から?」

そう尋ねると、「仕事の知り合いだ。お前には関係ない」と、冷たい口調で返された。現役時代はどんなに忙しくても、私に行き先を伝えてくれた人だ。それが六十歳を迎え、会社を退職する頃には、私の知っている優しい夫ではなくなっていた。

そんな時に告げられたのが、余命宣告と離婚だったのだ。

「俺が弱っていく姿をお前に見せたくない。離婚して、彩佳の近くで暮らせばいい」

夫は優しい言葉を並べた。しかし、なぜか私は突き離されているように感じた。むしろ、夫は私が家からいなくなることを望んでいるように思えたのだ。

数日後、義父が私たちを呼んだ。

「財産のことだが、ようやく考えがまとまった」

夫は待っていましたと言わんばかりに身を乗り出した。しかし、義父が口にしたのは、夫が期待していた言葉ではなかった。

「預金の多くは、孫の彩佳に相続させようと思う」

夫の表情が固まった。

「どうして彩佳なんだ。息子の俺がいるだろう」

義父は静かに答えた。

「彩佳は働き始めてからも、月に一度は顔を見せてくれた。私が入院した時も、会社を休んで見舞いに来てくれた。私を財産ではなく、人として見てくれたのはあの子だ」

夫はテーブルを叩いた。

「俺は父さんのためを思って就活を進めたんだぞ!」

「だからだ」

義父は悲しそうに息子を見た。

「お前はここ数年、私の体よりも財産のことばかり聞いていた」

夫の顔が赤くなり、今度は私にまで怒鳴った。

「お前が彩佳に何か言わせたのか!父さんに余計なことを吹き込んだんだろう!」

余命を宣告された人とは思えないほどの剣幕だった。私はその場にいることが苦しくなり、しばらく実家へ戻ることにした。夫は私を引き止めなかった。

実家に戻って三日後、私は彩佳に電話をかけた。娘の相続について、知りたいことがあったからだ。

一通り話を終えた後、私は迷いながら尋ねた。

「お父さん、正人の病気について、何か聞いている?」

電話の向こうで彩佳が黙った。

「病気?お父さんが余命宣告されたの?」

「そう。それで、私に離婚してほしいと言ったの」

彩佳はしばらく言葉を失っていた。

「私は何も聞いていない。お父さん、すごく元気そうだったけど」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった疑いが一気に大きくなった。もちろん、娘に病気を隠している可能性もある。けれど、夫は病名も病院も治療についても一切話さない。妻である私を家から出し、義父には財産の整理を急がせている。全てが一本の線で繋がり始めた。

私は義父にもう一度会いに行き、夫の様子がおかしいことを伝えた。すると義父は、私の話を信じてくれた。

「正人が本当に先に行くなら、佐子さんの住む場所を守らなければならない」

そう言って、義父は私たちが住んでいた家を私に譲ることを決めた。夫と住んでいた家の土地は、元々義父のもの。結婚を機に家を建てることを許してくれたのだ。実質、土地も建物も義父のものだった。義父が誰に渡すかを決めることに、夫が口を挟む権利はない。

義父は夫にその決定を伝えた。すると、その日の夜、今度は夫から私に電話がかかってきた。

「父さんに何を言ったんだ!」

電話の向こうから、激しい怒鳴り声が響いた。

「家をお前の名義にするってどういうことだ!」

「お父さんが決めたことです」

「今すぐ断れ!あの家は俺の家だ!」

私は静かに尋ねた。

「あなたは余命を宣告されたのでしょう?」

夫が黙った。

「それなのに、どうして家にこだわるの?自分が亡くなった後、私が困らないように、お父さんが考えてくださったのよ。それに、あなたは私にこの家には戻らなくていいと言ったじゃない。離婚して自由になれと」

夫の額に汗が浮かぶのが見えた。電話越しでも、呼吸が荒くなっているのが分かる。

「病院はどこ?」

私が問い詰めると、義父も受話器の近くで耳を澄ませていた。

「病院はどこだ?岐阜が尋ねた。私も父親だ。お前の病状を本人から直接聞きたい」

夫は答えなかった。しばらく沈黙が続いた後、絞り出すような声で言った。

「病名は言えない。言えるわけがない」

「どうして?」

「お前たちを騙すことになるからだ」

その瞬間、確信した。夫の嘘を。余命宣告も離婚したいという本心も、全てが作り話なのだと。しかし、それが何を隠すためなのかは、まだ分からなかった。

夫は私に離婚を求めた理由を、しつこく問いただす私に、つい口を滑らせた。

「お前には、新しい人生を歩んでほしいんだ」

「新しい人生?」

「若い頃、お前は自分の夢を諦めただろう。俺のために、家のために、彩佳のために。だから今度は、お前が好きなことをして生きてほしい。そのための離婚なんだ」

私は長い間、夫と向き合った。四十年間、家族として過ごしてきた男が、まさか私のために嘘をついて、私を突き放そうとしている。夫はずっと、自分の命より、私の幸せを考えていたのだ。

涙が止まらなかった。夫もまた、顔を覆って肩を震わせていた。

「馬鹿な人」私は泣き笑いで言った。「私はあなたの妻よ。これからもずっと」

義父が、静かに口を挟んだ。

「正人、お前は長い間、仕事で家族を支えてきた。もう十分だ。今度は佐子さんの番だ。お前が築いた家で、お前が残した思い出の中で、佐子さんがこれからを生きていく。それはお前が望んだことだろう?」

夫は何も言えなかった。何度も何度も、静かに頷くだけだった。

後日、私たちは離婚届を出さずに、夫婦で病院に行った。医師から直接、病状を聞くために。夫の病気は思ったよりは進行していなかった。早期発見だったのだ。治療を続ければ、もう少し長く生きられるかもしれない。車の修理廠で働いていた若い頃のように、完治は難しくても、残された時間を無駄にする必要はなかった。

私は夫に言った。

「あなたの好きなように生きなさい。私はあなたのそばにいる。最後まで」

夫は泣いていた。若い頃、娘を初めて抱いた時と同じように、声を上げて泣いていた。

義父は私たちに、あの家をそのまま残してくれた。娘の彩佳も、両親が一緒にいることを喜んだ。そして、私は夫の看病をしながら、たまに近所の子供たちに勉強を教えるボランティアを始めた。昔、結婚する前にやりたかったことだった。

夫は私に詫びた。

「お前を困らせてばかりだ」

「いいえ」私は言った。「あなたが教えてくれたのよ。生きるって、そういうことだって」

人生の終わりは、突然やってくるわけではない。もしかしたら、終わりは始まりと隣り合わせなのかもしれない。私は今、幸せだ。夫が嘘をついてくれたあの日から、私たちは本物の夫婦になったのだから。

帰って来られる家がある。あなたが待っていてくれる家がある。それだけで、私たちは幸せなのだ。

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