母からの電話は三週間ぶりだった。受話器の向こうで、いつもより母の声が近くに聞こえたのは気のせいだろうか。今月の旅行、どうだった? 何気なくそう尋ねると、母はしばらく黙り込んだ。「何を言っているの? 旅行なんて、もう半年も行っていないでしょう」。その一言で、私は手に持っていた茶碗を置いた。だって、毎月五万円送っているでしょう?…

母からの電話は三週間ぶりだった。受話器の向こうで、いつもより母の声が近くに聞こえたのは気のせいだろうか。今月の旅行、どうだった? 何気なくそう尋ねると、母はしばらく黙り込んだ。「何を言っているの? 旅行なんて、もう半年も行っていないでしょう」。その一言で、私は手に持っていた茶碗を置いた。だって、毎月五万円送っているでしょう?...

母からの電話は三週間ぶりだった。受話器の向こうで、いつもより母の声が近くに聞こえたのは気のせいだろうか。今月の旅行、どうだった? 何気なく私がそう尋ねると、母はしばらく黙り込んだ。何を言っているの? 旅行なんて、もう半年も行っていないでしょう。

その一言で、私は手に持っていた茶碗を置いた。だって、毎月五万円送っているでしょう? 旅行だって運動になるんだから、遠慮しないで使ってって、いつも言っているじゃない。

電話の向こうで、母は困ったように笑っているのが分かった。何の話をしているの?

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あんたからお金なんて、一度ももらったことないわよ。

もらってないって、どういうこと? 私は確かに送り続けている。十二年間、毎月二十五日に。合計すれば七百二十万円になる。その金が、母のもとに届いていないというのだ。

私の名前はふみ子。五十四歳。地元の信用金庫でパートをしながら、夫の信吾と二人で暮らしている。結婚して三十年になる。息子は二十八歳で、大阪で働いている。盆と正月に帰ってくるくらいだが、それで十分だと思っていた。離れていても、心は通じている。息子が毎月一万円を振り込んでくれるのも、私の心を温かくしてくれた。母さんも好きなもの買いなよという、あの短いメッセージを見るたびに、私はこの家のために頑張ろうと思えた。

だからこそ、私は母にも同じことをしていた。父を亡くしてからも、母は清掃の仕事を続けて私を育ててくれた。今は年金で細々と暮らしている。月に一度、電車で行ける温泉地や庭園を散策するのが、母の数少ない楽しみだった。帰りには必ず駅前の和菓子屋でクリーム大福を二つ買う。一つは自分用で、もう一つは次に私が訪れたときのために。それが母の小さな贅沢なのだと思っていた。

なのに、半年ほど前から母は旅行の話をしなくなった。家を訪ねると、必ずあったはずのクリーム大福が、いつも置いてない。最近は出かけるのも疲れるのよ、と母は笑っていた。年を取って体力が落ちたのだろうと、私は深く考えなかった。

だが、あの日の電話で違うと分かった。帰宅後、私は押し入れの奥から古い通帳を取り出した。そして、十二年前の振り込み記録を一枚ずつ確認していった。二十五日ごとに五万円。欠かさず振り込んである。送金先は、母が長年使っているはずの口座だった。

翌日、私は休みを取って母のアパートを訪ねた。部屋は綺麗に整い、困っている様子はない。だが、冷蔵庫を開けると中身は質素で、安い食材ばかりが入っていた。引き出しにしまってあったはずの旅行のパンフレットは、綺麗に処分されていた。

私は母に尋ねた。お母さん、通帳を見せてくれる? 母は怪訝な顔をしながらも、古い通帳を出してきた。そこには、私からの入金が一度も記録されていなかった。代わりに、見覚えのない引き出しの記録だけが並んでいた。

背中を冷たいものが走った。私は母に尋ねた。この口座、誰が管理してるの? 母は首をかしげた。昔、お父さんが生きていた頃の古い口座よ。ほとんど使ってなかったから、信吾さんに頼んで解約してもらったのよ。

通帳とカードも、全部信吾に預けたの?

ええ、そうよ。全部任せてしまったわ。

私はその場で何も言えなかった。頭の中が真っ白だった。あの日、夫から渡されたのは解約手続き済みの口座番号ではなく、父が亡くなった後に開設された、母の名前を借りた別の口座だったのだ。

帰宅すると、リビングには義母と義姉がいた。義母は八十歳になる。昔から私に冷たい人だった。パートのくせに帰りが遅い。嫁の稼ぎは家のもの。実家の母よりここの家を優先しなさい。結婚してからずっと、言われ続けてきた言葉だ。義姉は六十歳で、離婚してからというもの、仕事が長続きせず、お金に困っては実家へやってくる。それなのに、新しいバッグを手に持ち、爪にはきれいなネイルを施している。義母はそんな娘に、毎月のように現金を渡していた。娘は大変なのよ。そう言った直後に、あんたももっと家にお金を入れなさい、と言われるのだ。

私はリビングに立ち、二人を見た。夫はまだ帰ってきていない。

ねえ、お母さん。私は静かに口を開いた。今日は疲れているので、先に休ませてください。

義母は不機嫌そうにテレビへ目を戻した。早く上がってきなさいよ、夕飯の支度が遅れるでしょ。

私は自室へ籠ると、書類の束を取り出した。水色の封筒に、丁寧に保管してあった振り込み明細。それを一枚ずつ机の上に並べた。十二年分の記録が、私の目の前に広がる。

次の日曜日、私は母を連れて信金へ行った。窓口で手続きをすると、係の人が驚いた顔をした。こちらの口座は、今もご本人名義のままですよ。ただ、解約手続きの依頼が来ていたようですが、書類に不備があったため、私たちのほうで保留にしていました。

私は振り込み先を変更した。母が実際に持っている口座へ。そして古い口座の履歴を開示してもらった。そこには、私からの入金が記録された後、数日と経たずに全額が引き出されていた。毎月、きっかり二十五日に入って、三十日にはほぼ空になっている。

母は青ざめた。私、一円も引き出していないわ。一体誰が… 私は母をなだめ、まずは正式な手続きを取ると伝えた。弁護士にも相談した。第三者からの出金履歴の開示請求は、手続きが複雑だが、不可能ではない。

それから初めての二十五日、私は選り分けたばかりの五万円を、母の本当の口座へ振り込んだ。数時間後、携帯に母から電話がかかってきた。声が震えていた。ふみこ、本当に入っているわ。ありがとう。でも、こんなにも毎月もらったら、悪いわ。

私にかまわず、好きなお菓子を買って、近場でいいから温泉にでも行ってきて、と私は言った。電話の向こうで、母が泣いている気配がした。

だが、家の空気は凍りついた。義母は朝から不機嫌で、夫は私の通帳を気にするようになった。何か探るような目で、私の鞄を見る。義姉も頻繁に家へ来るようになり、上がり込んでは私の顔色をうかがう。

そして、振り込みを切り替えてから十日ほど経った夜、ついに夫が切り出してきた。

お前、仕送りの口座を変えただろう。

私は手に持っていたティーカップを置いた。ええ、変えたわ。母が実際に使っている口座にね。

夫の顔が引きつった。勝手なことをするな。前の口座へ戻せ。

どうして? 夫は言葉を詰まらせたが、すぐに言い直した。俺がお母さんの代わりに管理していたんだ。あの口座のほうが都合が良かったんだ。

母はあの口座の存在を忘れていた。それに、お金は一度も受け取っていない。そう言ったのよ。

義母がその場に割って入った。嫁のくせに、自分の稼ぎを勝手に動かすんじゃないわよ。そのお金がないと、うちが困るでしょう。

部屋の中が静まり返った。私は義母をじっと見つめた。なぜ、私が実家の母に送ったお金が、あなたたちを困らせるの? 義母の顔色が変わった。義姉も何か言おうとしたが、言葉にならない。代わりに夫が声を荒げた。

お母さんに入るはずだったお金だろうが。今さら止めるなんて、卑怯だ。

その決定的な言葉に、私はゆっくりと立ち上がった。そして、テーブルに置いていたスマートフォンを手に取り、画面をタップした。録音が止まったことを確認する。

夫が青ざめた。何をしている。

夫へは内緒で、信金の担当者を通じて記録を取り寄せていた。古い口座の開設日、それから引き出し日。全部、私は資料として残している。そして、あなたが義母の口座からお金を下ろしていたことを示す、防犯カメラの映像もね。

私は鞄の中から、厚い封筒を取り出した。中には、コピーした通帳の記録と、振り込み先の変更手続きを証明する書類が入っていた。

あなたが十二年間、母の口座から引き出していたのね。

夫は何か言い訳を探していたが、言葉は出てこなかった。視線を義母のほうへ泳がせるが、義母も義姉も、自分たちの蝶かを見て俯くだけだった。

分かった。お前の言う通りだ。しかし、これだけは許してほしい。夫の声は弱々しかった。母さんたちが、どうしてもって言うから…

私は首を振った。その携帯は通じないわ。私はこれから、あなたの行為を法的に明らかにするために、正式な書類を出すつもりでいる。ただ、手を打つ方法はないか、あなたから先に言ってほしい。

静寂の中、しばらく時間が流れた。やがて夫は深くため息をつき、小声で言った。今までの総額を、一括で返す。それで堪忍してくれないか。

私は微笑んだ。返してもらうわ。もちろん利息もつけて。それと、今後のことは二度としないと、あなたの口から母に伝えてほしい。私は、あなたの母ではなく、私の母を守るのよ。

信頼していた夫の裏切り、義母たちの厚かましさ、そして母を欺いていた三年間。私の中で何かがぷつりと切れる音がした。けれど、悲しみよりも先に、怒りよりも先に、すっきりとした解放感が広がっていた。長い間、私は自分を犠牲にして家族を支えてきた。だが、それはここで終わりだ。

翌朝、私は母の安否確認の電話をかけた。いつものように、何気なく。母はね、歳を取ったせいか、世の中の情けなさで年を取るわけにはいかないわね、と笑った。あの日の母の笑い声は、十年分の年を取った分、ずっと若々しく聞こえた。

二週間後、私たち夫婦は離婚した。慰謝料という形ではなく、私が送金していた全額と、その利息分が支払われた。私はその金で、今まで我慢してきたことを少しだけ解放した。母と二人で、昔よく行った海辺の温泉宿へ旅行に出かけた。母は夕食の時に、刺身の美味しさに泣いて喜んだ。私はその姿を見て、決意が間違っていなかったことを確信した。

それから数か月後、私はパートを辞め、新しい仕事を始めた。初めての給料日、私は銀行へ走り、母の口座にいつものように五万円を振り込んだ。すぐに母から電話がかかってきて、今度はこんなに要らない、と慌てていたが、私は言ったの。お母さん、これからは自分のために使って。旅行でも、何でも。それが私の幸せなんだから。

電話の向こうで、母がまた泣いた。私はそっと受話器を置き、カーテンを開けた。秋の日差しが部屋に差し込んでいた。あの日、父の墓前に手を合わせた時、何も言わなくても信じてくれる人を裏切ってはいけないと思った。私は今、初めてその約束を守れた気がした。

季節は巡り、年が明けた。ある日、ポストに一通の封書が届いていた。消印は地元のものだ。開けてみると、母からの手紙だった。便箋には、ゆっくりとした小さな字でこう書かれていた。「ふみこへ。ごめんね。長い間、心配をかけたね。あんたが送ってくれたお金で、楽しい時間がたくさん持てた。春になったら、もう一度いっしょに桜を見に行きたい。いつもありがとう。母より」

私は手紙を胸に抱きしめた。母は知っているのだ。私の選択が、たとえ家族を失っても、正しいことだったと。窓の外では、雪が静かに溶け始めていた。

その夜、私は通帳を開いた。もう使うことのない、あの古い口座はすでに解約され、残高はゼロになっていた。夫の暴力から守るように、私はそっと通帳を閉じ、引き出しの奥へしまった。もう二度と、開くことはないだろう。