姉が私を睨みつけた。そして、祖父の遺産を何としてでも手に入れようとしていた。その顔は最初こそ嬉しさに歪んでいたけれど、次第に震え始め、青ざめていった。私はもう、あの姉たちの思い通りにはさせないつもりだった。
両親がいなくて寂しかったけれど、祖父母が優しくしてくれたので、私は何一つ不自由なく育った。ただ、姉の反抗期は他の家庭よりもずっと激しかったように思う。最初のうちは誰と付き合っているのかも分かっていたけれど、すぐに彼氏を変えるものだから、もう誰が彼氏で誰が友達なのかさえ分からなくなってしまった。私自身は姉のことを嫌いになったことはなかったけれど、祖父母も私も、いつか姉が悪いことに巻き込まれるんじゃないかと心配していた。
それだけじゃない。姉は学校に行かずにアルバイトをすることもあった。その度に祖父は姉を心配して事情を汲み、祖母は「お金に困ったらいつでも言いなさい」と優しく声をかけていた。しかし、そうした祖父母の優しさは、姉には決して届くことはなかった。姉は何個もブランド物のバッグを持っていたけれど、私はそれを自分で貯めたお金で買ったのか、あるいは年上の彼氏に買ってもらったものだと思っていた。
祖母は朝まで遊び回っていた姉にも、「無事に帰ってきてくれたらそれでいいのよ」と優しく言い続けた。祖父は将来を心配して厳しく叱ることもあった。私の役目は、叱られた後のフォローをすることだった。何度も何度も、その繰り返し。それでも、ある日突然、すべては動き始めた。
その日、私は何も気づいていなかった。祖父母もだ。だから、姉が突然、すでに子供を授かっていること、そして「マサアキ」という相手と結婚するつもりでいることを告げた時、私は言葉を失った。姉は私に写真だけを見せて、その男の名前はマサアキ、歳はいくつだということだけを言った。それでも、祖父のところに挨拶に来ることはなかったし、私たちが知っているのは名前と年齢だけだった。
私にはただ一人の姉がいるだけだったから、何度か連絡をして、元気にしているか、どこにいるのかを尋ね続けた。最初のうちは姉も返事をくれたけれど、徐々に連絡は減っていき、しまいには電話も繋がらなくなった。当然、祖父母にも連絡はなかった。私は不安で仕方なかった。
姉からもらった住所を頼りに、私は意を決して、マサアキという男の家を訪ねることにした。最近は本当に連絡が取れず、もしかしたら何か悪いことに巻き込まれているのではないかと心配でならなかったからだ。インターホンを押すと、男性が出てきた。髭を生やして、だらしない格好をした男だった。私が怖くて何も言えないでいると、その男が先に私の名前を呼んだ。すると、奥から驚いた顔をした姉が出てきて、私はようやく「あの」と言えた。どうやら彼らは私の写真を見て、すぐに私だと分かったらしい。
家の中に入れてもらい、改めてマサアキと対面した。そこで、赤ちゃんが無事に生まれたこと、そしてすでに入籍を済ませたことを聞かされた。複雑な気持ちだったけれど、私は二人を祝福した。そして姉が私に、何があったのかを尋ねてきた。私が連絡が取れなくて心配していたと話すと、姉は笑いながら「怒られるから、出たくても出られないんだよ」と軽い調子で言った。
しかし、家の中を見渡すと、心配になることばかりだった。姉が家事をして、赤ちゃんの世話をしている間も、マサアキは一切子育てを手伝う様子がない。もしかしたら仕事をして家族を支えているのかもしれない。無職だと決めつけるのは失礼かもしれないと思いつつも、平日の昼間に家にいて、さらに彼のあの侍のような髭といい、ボロボロのシャツといえば、まともな仕事に就いているようには見えなかった。突然押しかけた私が悪いのかもしれないけれど、せめて姉と話ができるように、自分のせいで姉の時間を奪うようなことはしてほしくなかった。それなのにマサアキは、私に背を向けたままスマホのゲームをしているだけだった。
このままここに居続けたら、きっと姉に迷惑をかけるだけだと思った。そう考えて、私は何か手伝えることがあれば連絡をするからと伝え、その場を離れることにした。祖父がこのことを知ったら、きっと怒るだろう。私はそのことを思い、感情を抑えられずに、帰宅するとすぐに、ありのままを祖父母に話した。祖父は怒った。しかし、単に説教したところで状況は変わらないと理解しているようだった。むしろ、これが二人にとっては良かったのかもしれない。
昔は優しかった私の姉は、私が家を離れたほんの短い間に変わってしまった。些細なことで喧嘩になり、まるで私と話したくないかのような態度を取るようになった。私はそれが悔しくて悲しかったが、それでも姉は私にとってたった一人の姉だった。
マサアキは最初のうちこそ、変わったかのように真面目に働き始めた。しかし、それは長くは続かなかった。人間はそう簡単に変われるものではないようだ。私は二人のことを嫌っていたわけではない。ただ、心配だったのだ。姉が、マサアキが、これからどうやってやっていくのかと。私は祖父を心配して、「おじいちゃんにあまり負担をかけないでほしい」と一度だけ二人を叱った。すると、マサアキは「お前に関係ないだろう。おじいちゃんが勝手に決めたことだ。俺たちに自由がないのはおかしい」と逆ギレした。かつて知っていた姉は、もうとっくにいなかった。
祖父は怒鳴り声を聞いて駆けつけ、何があったのかと尋ねた。だから私は、祖母から聞いたことをそのまま話した。祖父は何も言わず、ただ深くため息をついた。私は思った。このままでは、姉だけでなく、生まれてきた子供まで不幸にしてしまう。マサアキには、姉の夫として、そして子供の父親として、ちゃんと働いてほしい。私が何とかしなければ。
幼い頃から祖父母に育てられた私は、祖父がどれほどの苦労をしてきたかを知っている。祖父母が元気なうちに、なんとかしなければ。そう思うと、必死だった。私は迷った挙句、自分の会社に姉を紹介することにした。私の会社は営業職の人手が不足していると聞いていた。そう、人に頼れるのは、この小さな会社が最後の砦だと思ったのだ。どんなに喧嘩して、どんなに待っても、彼女は私のたった一人の姉なのだから。
ある日、祖母が申し訳なさそうな顔をして、驚くべき事実を私に告げた。姉がこの家を出て行く前に「最後にもう一度だけ」とお金を貸してほしいと言ってきたという。祖母は情にほだされて、それを貸してしまったのだ。そして、その時にお金を借りた借用書を、祖母は私に預けてきたのだった。姉はもはや、私に何かを期待できる段階ではないと悟った。しかし、それでも私は姉のこれからを見守ることを選んだ。
祖父が亡くなった時、姉たちは「仕事があるから」と葬式にも来なかった。なのに、今さら遺産の話になると、しゃしゃり出てきたのだ。遺産のことは、亡き祖父がすべて決めていた。法定相続分である姉の分は、遺言状で第三者に遺贈されていた。姉は激怒した。祖父の遺言状には、姉の名前がどこにもないことを知り、叫び声をあげて感情をあらわにした。祖母はある程度のことは知っていたが、何かあれば使うためにと、誰にも告げずにその書類を保管していた。それは、祖父が亡き後、姉が大切な子供を育てるために使うべきお金だった。
「200万円もあるなら、私にだってもう少し分けてもらってもいいんじゃないの?」
そんなことを言い出す始末だ。さらに姉の夫であるマサアキまでもが、自分には関係ないはずなのに怒り出した。私が会社からもらってきた書類を姉に渡すと、「あなた一人で全部決めてる。私の意見も聞かずに。高層マンションを買うお金が必要なんだから、関係ないことはしないでよ」と高圧的に捲し立てた。そして、渡された書類を指さしながら、「これにサインすればいいんだろう」と、中身を読んでもいないのに次々と署名していった。私は呆れ返った。姉がどれほど早くサインするか、その目まぐるしさに驚かされた。
そして、ようやく落ち着いたのか、姉は「侮辱して悪かったわね」と軽い調子で謝ってきた。私は言った。「ちゃんと中身を読んだのか? 勝手に書類にサインなんかしていいと思ってるのか?」しかし、姉は私の言葉を無視して、また怒り出した。
「分かってるわよ! あんたには関係ないでしょ!」
姉が決めた物件は少々高めで、足りない分は祖母に借金をしたり、他の親族に借りたりしなければならないだろう。私はその時、本当に罪悪感を感じた。祖父が生前、私に遺してくれた仕事の机の引き出しには、すでに決められた書類があった。それは、姉が今後、生きていくために必要なものすべてだった。しかし、それでも私は姉を信じたかった。
偶然にもマサアキが仕事の休みの日だったので、私が姉の家に来ることを伝えると、彼は書類を持ってきてくれた。姉が書類を受け取りに来たのは、それからしばらく経ってからだった。彼女は急いでいるようで、高圧的な態度で「反対している書類を早く渡しなさいよ」と言った。私は姉に書類の束を差し出した。
「これで全部よ。ちゃんと確認しなさい。」
姉は期待に目を輝かせて書類をめくったが、その表情は次第に曇っていった。そこには、姉が祖母から借りたお金の借用書が何枚もあった。どの借用書にも返済期限は一年で、姉の署名が入っていた。しかも、その総額は300万円。祖母が覚えていた範囲では、確かにもっと少ない額のはずだった。
「こんなの、全然返せるわけないでしょ!」
「それはお前の問題でしょ。爺さんは言ってたよ。『借りるなら、きちんと返済するっていう約束ができる相手から借りなさい』ってな。お前は、それを破ったんだろう。」
私の言葉に、姉は何も言い返せなかった。しかし、マサアキは違った。
「関係ねえだろ! 俺たちは働いているんだぞ!この書類だって、お前が勝手に俺たちの生活を壊したんじゃねえか!」
「黙れ、マサアキ。てめえは何も分かってねえ。祖父ちゃんがどれだけ姉ちゃんのことを心配してたか、お前は理解してるのか? 子育てをしながら生きていくことがどれほど大変か、祖父ちゃん以上に分かってるつもりか?」
私がそう言い返すと、マサアキは口をつぐんだ。祖父が亡くなった後、私が祖母に頼んで、マサアキを私の会社で働かせるように手配したことを、二人は知らない。それどころか、こうして姉たちの借金を肩代わりすることにしたのは、他でもない私だ。このままでは、いつかまた姉が祖母に泣きついてくることになる。祖母が生きているうちは、きっと情にほだされて貸してしまうに違いない。だから私は先回りして、この借用書を預かることにしたのだ。姉が頼みに来たところで、もう貸すことはできない。私がそう決めたのだ。
「書類はしっかり確認しなさい。手違いがあったら困るからね。」
私はそう言って、姉の前から立ち去ろうとした。すると、後ろから姉のくぐもった声が聞こえた。
「……ありがと。」
その言葉は、私が幼い頃、よく遊んでもらっていた頃の、姉の面影に少しだけ戻ったような気がした。しかし、私は振り返らず、その場を離れた。
結局、二人は意気消沈して、何も返済できないままだった。借金は1年で返せる額ではなかった。他の借金を返すために、姉は子供を保育所に預けて、パートの仕事を始めることにした。最初のうち、マサアキは「働きたくない」と言って拒否していたが、姉に強く言われて、渋々私の会社に雇ってほしいと頼み込んできた。
「お願いします。雇ってください。本当に、もう一度だけチャンスをください。」
私はマサアキを何とか説得して、従業員として迎え入れた。正直、彼が長続きするとは思っていなかったが、それでも、彼が少しでも変わるきっかけになってほしいと思ったのだ。その日から彼は真剣に働き始めた。まだまだ周りから見れば頼りないかもしれないけれど、確かに彼は変わろうとしているのだと思うと、胸が熱くなった。
私は知っている。マサアキが、姉の生まれ変わった姿を見ていた。昔の――私が知っている姉は、もっとしっかりしていた。いや、しっかりしているように見えただけかもしれない。だが、今彼は目の前のことに必死で、何とか収入を得て家族を養っている。どれだけ続くかは分からないけれど、どうやら彼は真剣に仕事を探し始めたようだ。給料日までに、きっと何とかするだろう。それを聞いた時、姉がほっとしたような顔をしたのを、私は見逃さなかった。
姉が再出発するためには、マサアキが働くことが絶対に必要だ。彼がサボらずに、真面目に仕事に取り組むかどうか。私は何度もあの二人に厳しく当たってきたつもりだ。しかし、どんなに心配していても、突然人が変われるわけではないのだろう。
私は願う。今度こそ、本当に心を入れ替えて、子供たちのために、二人で力を合わせて歩んでいってほしい。あの日の帰り道、見上げた空がやけに青かったのを覚えている。あの時、私はそう思った。私はただ、この日々が少しでも穏やかに続きますようにと、祈るような気持ちでいたのだ。
