私は岩崎美和、29歳。IT業界で働いていて、毎日を充実させて過ごしている。私には家族のように仲のいい幼馴染みがいる。名前は高橋周一、33歳。周りの人たちからも本当の兄と妹のようだと言われるほど、私たちは昔からずっと一緒にいた。どちらかと言うと、年上の彼を頼って私がくっついて回っていたような感じだったが、バカなことをしたり、一緒にいたずらをして怒られたり、喧嘩をしたりもしていた。それでも面倒見のいい彼はいつも私を助けてくれた。
今日はそんな幼馴染みの結婚式だ。私は会場へと向かっていた。家族のような存在である彼の結婚に、少し寂しさもあった。いくら家族のような存在だと言っても、今までのように気軽に会うことは難しくなるだろう。でも、幸せそうな姿を見ると私も嬉しかったし、心から祝うことができた。寂しさと嬉しさが入り混じっていたが、私は今日の結婚式をとても楽しみにしていたのだ。
式場へ向かう間、私はこれまでの周一との思い出を振り返っていた。私は高校には進学せず、中学卒業後すぐに働きに出ている。勉強が苦手だったというのもあったが、早く自分で稼いで自立したかったからだ。一方、周一は昔から頭が良く、成績は常にトップクラスの優等生だった。学生時代は私もよく勉強を教えてもらっていた。そして彼は名門大学に見事合格し、私とは正反対の道へと飛び立っていったのだ。
当時は私も仕事で忙しかったし、自然と会うこともなくなっていた。今振り返ってみると、優秀な彼の姿を見て住む世界が違うと感じていて、劣等感があったのだと思う。中卒の自分が少し恥ずかしくも感じていた。
そんな優秀な周一と再会したのは、彼が大学を卒業して私が働く会社に入社してからだった。私たちは同じ会社で働くことになったのだ。久しぶりの再会に、私たちはテンションが上がりまくりだった。会わなかった期間を埋めるかのように、お酒を飲みながら昔話を永遠としていた。職場では私が上司になるので上司と部下の関係だったが、プライベートでは昔のように兄と妹のような関係が続いていた。
彼に付き合っている人がいるというのは前から聞いて知っていたが、結婚が決まってから彼女を紹介された。その日はお互いの友人数名で飲んでおり、彼はその席に婚約者である由香さんを連れて来たのだ。由香さんは、女の私でもうっとりするような美貌の持ち主で、家柄もいいお様って感じだった。私の一つ下だと言っていたので28歳。実際、裕福な家庭の娘さんらしく、ご両親にとても可愛がられて育ったようだ。由香さんを紹介している時の周一は、照れながらもとても幸せそうで嬉しそうにしていた。そんな光景を見て、私も嬉しくて心から祝福をした。
でも、気になることが一つだけあった。私以外の友人には笑顔で対応しているのに、なぜか私への態度は冷たく感じるのだ。私の勘違いならいいのだが、そうとも思えない。私が仲良くなろうと話しかけても、真顔で必要最低限の返事しかせず、すぐに他の人に笑顔で話しかけて私との会話を切り上げてしまうのだ。自分が何か嫌なことをしてしまったのかと思ったが、その日初めて会ったのにそんなことがあるはずない。少し引っかかる部分はあったが、幸せそうに由香さんと話している周一の姿を見て、私への態度など関係のないことだと思うことにした。気が合わないと感じる人もいるだろう。それがたまたま私だっただけだ。彼が由香さんをとても大切に思っているのが伝わってきたし、二人が幸せならそれでいいと思った。
その日から私は、結婚式当日に二人の幸せを祈りながらお祝いしようと心に決めていた。
そして今日、結婚式を迎えた。式は親族のみで行い、友人や会社関係者は披露宴からの参加となる。私は二人を早く祝福したい気持ちだったからか、予定よりもかなり早く着いてしまった。まだ式が始まっていない時間帯だったため、周一の様子でも見に行こうと思い、控え室へと向かった。もちろん彼の親族も私のことを知っており、私も周一のご両親とは仲がいい。ご両親も私を可愛がってくれていた。
控え室に着くと、入り口付近にスタッフの人が待機していた。私が周一に挨拶をしたいと伝えると、なぜか私の名前を知っており、確認してきた。
「岩崎様ですね。新婦様がお待ちですので、ご案内いたします」
私は周一に挨拶に来たと伝えるが、由香さんから新婦側に通すようにと言われているとのことだった。状況を理解できないままスタッフについて行く私。たまたまこの時間帯に来ただけで、本来なら来るはずもなかったのに、なぜ由香さんは私を待っているのだろう。私が来ることを予想していたのか、私に話したいことでもあるのだろうかと考えながら、新婦控え室のドアを開けた。
そこには全ての準備が終わり、ウェディングドレスを着て座っている由香さんの姿があった。なんて綺麗なんだろう。こんな美しい人と結婚できるなんて、幼馴染みも幸せ者だと心から思った。私がお祝いの言葉を言おうとした瞬間、由香さんはため息をつきながら、不機嫌そうに振り向いて言い放った。
「あなた、中卒なんでしょ。私や周一さんは選ばれた人間なのよ。あなたとは住む世界が違うの。よく恥ずかしげもなく顔を出せるわね」
それは明らかに私を見下した言葉と態度だった。その後も彼女は「中卒と関わっていると周りに知られたら恥ずかしい」「無学なんだからエリートと関わるな」など、罵倒の言葉を言い続けてきたのだ。初めて会った時の違和感はこれだったのかと、この時に気がついた。中卒の私が幼馴染みの周一と関わりがあることが許せないようで、エリートである自分たちに気安く近づくなということだった。馬鹿にする言葉を放つ由香さんは、美しさとはほど遠い嫌な笑みを浮かべており、見苦しく見えた。
さらに、私が同じ職場で働いているということも気に食わないらしく、「いつまでも執着してきて気持ち悪い」と言ってくる。今までも私が中卒という学歴で風当たりが強いと感じたことは多々あった。しかし、ここまで直接面と向かってひどい言葉を言われたのは初めてだ。私を全否定し、一切関わるなという彼女の言葉。中卒だということだけで、こんなにひどいことを言われなくてはいけないのか。私はあえて言い返すことさえできなかった。普通に考えたらとても失礼なことを言っている。反論したい気持ちもあったが、あまりにも失礼な言葉に驚きの方が勝っていた。それに今日は大切な幼馴染みの結婚式。揉め事は起こしたくないし、今日のようなおめでたい日に言い争いたくなかった。
「……おめでとうございます。お邪魔しました」
震える声でなんとかそれだけを言うと、私はその場を後にした。由香さんの鋭い視線を背中に感じながら、足早に廊下を歩く。涙がこぼれそうになったが、必死に堪えた。今日は祝いの場なのだ。泣いてはいけない。そう自分に言い聞かせた。
そして迎えた披露宴。私は友人代表として席に着いていた。テーブルには私の他にも会社の同僚たちがいて、和やかな雰囲気だ。しかし、私の心は晴れなかった。控え室での由香さんの言葉が頭から離れない。それでも、周一の幸せそうな顔を見れば、そんなことはどうでもよくなった。彼が幸せなら、それでいい。そう思うことにした。
披露宴も中盤に差し掛かり、いよいよお色直しの時間。新郎新婦が席を外し、しばらくすると再び会場に姿を見せた。二人は満面の笑みで、とても幸せそうだ。私は心から祝福しようと、拍手を送った。
ところが、その時だった。披露宴の進行を務める司会者が、突然こう言ったのだ。
「ここで、新婦の友人から新郎新婦へサプライズのご祝辞をいただきます」
何の予告もなく始まったそのコーナーに、会場がどよめく。司会者は続ける。
「それでは、新婦ゆ香様の高校時代からの親友でいらっしゃる方からのご祝辞です。どうぞ」
会場の空気が固まった。ゆ香さんには、披露宴に呼ぶような親友がいるという話を聞いたことがなかったからだ。私も含めて、友人たちは皆きょとんとしている。すると、すっと立ち上がる影があった。ゆ香さんだ。彼女はマイクを持つと、優しい笑顔を浮かべて言った。
「私から夫に伝えたいことがあります。結婚が決まった時から、ずっと言おうと思っていたことです」
会場が静まり返る。私は何か嫌な予感がして、身を固くした。
「夫の週一さんには、ずっと気になっている女性がいました。私と付き合う前から、ずっとずっと想っていた女性が。それは私ではありません。今日、この場にいる女性です」
ざわめきが起こった。ゆ香さんの言葉に、周りの人たちがきょろきょろと周りを見渡す。私も驚いて隣の人を見た。すると、ゆ香さんの視線が私を捉えた。いや、違う。私の隣に座っている人を見ている?
「週一さんが想っていたのは、幼馴染みの美和さんです」
私の隣に座っていた人物。それは、私の会社の同僚で、私と仲の良い男性社員の田中さんだった。いや、違う。田中さんではなく、私はその場の空気に呑まれて、正確な状況を把握できずにいた。とにかく、ゆ香さんが私の名前を出したことだけはわかった。
「美和さん、こちらを向いていただけますか?」
ゆ香さんの声が響く。私は恐る恐る顔を上げた。そこには、満面の笑みを浮かべる由香さんではなく、なぜか申し訳なさそうな顔をした周一が立っていた。
「……週一?」
私が呟くと、彼は深く頭を下げた。
「ごめん、美和。俺、正直に言うわ」
「な、なに? 何が?」
何が起こっているのか理解できない。私はただ、目の前の光景に戸惑うばかりだった。由香さんが口を開く。
「私から説明します。私、実は週一さんの依頼で、今回の結婚式を偽装することになったんです」
「え……どういうこと?」
「私、実は婚約者じゃありません。週一さんの頼みで、今日だけ『婚約者』を演じています。本当の姿は、彼のいとこで、演劇をやっているものです」
冗談だろう。そう思った。あまりにも突然のことで、頭が追いつかない。
「ちょっと待って、どういうこと? 今日の結婚式は?」
私がそう尋ねると、いつの間にか隣に来ていたスタッフが、休憩室に移動するように促した。混乱したまま、私はスタッフに連れられて控室の一つへと入った。そこには、さっきまで披露宴で私を驚かせたゆ香さんと、周一がいた。
「……で、説明してくれる? 一体何がどうなってるの?」
私はできるだけ冷静に言ったつもりだったが、声が震えていた。
「美和、落ち着いて聞いてくれ」
周一が口を開く。
「俺は昔からお前にずっと想いを伝えたかった。でも、お前は俺をただの幼馴染みだと思ってるし、俺が告白して気まずくなるのが怖かった。だから、お前に俺の気持ちを伝えるために、この結婚式を企画したんだ」
「……は?」
意味がわからなかった。言葉が理解できず、ただ呆然とする。
「お前が、もし……俺でよかったら、付き合ってほしい」
周一がそう言って、私の手を取った。
「今日のすべては、俺のわがままだ。お前を驚かせたかったし、お前が中卒だってことにコンプレックスを感じてることも知ってる。でも、そんなの関係ない。俺はお前のことが好きなんだ。中卒だろうが、なんだろうが、美和は美和だ」
私は言葉を失った。悔しいことに、涙が滲んで視界が歪む。
「……バカ。そんなこと言われたら、泣いちゃうでしょ」
やっとの思いでそう言うと、周一は安心したように微笑んだ。
「じゃあ……返事は?」
「……私で、よければ」
その言葉を聞いた瞬間、部屋に拍手が響いた。見ると、控え室の入口に、ゆ香さんやスタッフたちが集まっていた。彼女たちは満面の笑みで私たちを見ている。
「よかったですね」
にこやかに言う彼女たちに、私は腹が立つよりも、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「……あの、さっきの控え室の言葉、全部嘘だったんですね」
「はい。ごめんなさい。週一さんに『どうしても美和さんを振り向かせたい』って頼まれて、つい。でも、ああでも言わないと、美和さんも素直に次の話を聞いてくれないと思って」
ゆ香さんこと、いとこの彼女はそう言って、いたずらっぽく笑った。
私と周一は、その後正式に付き合うことになった。会社では相変わらず上司と部下の関係だが、プライベートでは以前のように、いや、以前以上に仲のいいカップルになった。私は今でも中卒の学歴にコンプレックスを感じることがある。しかし、それを全て受け入れてくれる周一がいる。彼がそばにいてくれる限り、私は自分の道を歩いていけると思った。
そして数年後、私と周一は結婚した。今度は本物の結婚式だ。控えめな式だったが、そこには二人の笑顔があった。私は思う。低学歴だって、住む世界が違うだって、関係ない。自分を認めてくれる人と一緒にいられることが、何よりも幸せなのだと。私がこれからも変わることなく、彼の隣で笑っていよう。幼い頃からずっとそうだったように、何があっても。
