母が家を贈られるなんて、まるで夢のよう。どんな家かしら。楽しみだわ。母はうっとりした表情で、心臓が本当にドキドキしているかのように言った。まさにその時だった。義姉が部屋にふらりと入ってきた。ごめんなさい、つい会話が聞こえてしまって。彰、お母さんに家を買ってあげるって本当なの?ええ、前々から計画していたんだけど、なかなか難しくて、やっと実現できるの。私が母に贈ろうとしている家には、ちょっと特別な仕様があるのよ。この時はまさか、後々トラブルに発展するなんて、思いもしなかった。
私、伊藤真希は、久しぶりに実家を訪れていた。都会のマンションから実家までは、電車で1時間ほど。商社勤めの夫、孝之は出張中で、ちょうどいい機会だった。父が3年前に他界してから、母の由子は一人暮らしを楽しみながら、以前はできなかった趣味に没頭していた。今日は久しぶりに、いい娘らしいことをしようと思ったのだ。門をくぐると、母が丹精込めて育てた花々が目に飛び込んできた。庭の花の中に、母の背中が見える。最近植えたばかりのバラの新芽の手入れをしているところらしい。
わあ、きれい。お母さん、本当にガーデニングが上手だね。そう感心して言うと、母は嬉しそうに微笑んだ。まあ、真希。私のはなし。あなたのドールハウスほど素敵じゃないわよ。お母さん、私のドールハウスをすごく気に入ってくれてるんだね。私は子供の頃から大好きだったドールハウスを作る仕事をしている。そうね、あなたの仕事は本当に細かくて、本物の家みたいだもの。まあ、本当に?母は、驚きと喜びが入り混じった表情で私を見た。お母さんの好みを全部反映させた設計にしたいの。母の顔はぱっと輝き、まるで本当に夢の家を手に入れるかのように胸を躍らせていた。私が心配していたのは、義姉の美沙の、少しきつい性格のことだけだった。兄の浩一は、母が心配で近くのアパートに住んでいる。あの時は、美沙の唇が最初は気まずそうに引き締まったが、しばらくすると、彼女は好奇心旺盛な目で私と母の間に割って入った。
ねえ、間取りが変わるなら、私たちも一緒に住めるんじゃない?そして、家を手に入れたら、一緒に新生活を始めましょう、と続けた。母は寂しがり屋で、一緒に住みたいのをずっと我慢していたのかもしれないと思うと、私は何も言えなくなった。こうして、私が母に贈るドールハウスの話は、いつしか兄夫婦が引っ越してくる新しい家を母が贈られるという話になり、美沙はもうすぐ新居に住めるのだと大喜びしていた。騒ぎを起こさずに誤解を解くにはどうしたらいいかと焦っていると、母は穏やかに微笑み、私に任せて大丈夫だとでも言うように、ゆっくりと首を振った。母には何か考えがあるのだろうと、私はその日は母に任せて帰ることにした。
完成が近づくにつれて、私は仕上げにこだわり、日々ワクワクしながら細部を作り込んでいった。母もこの贈り物を楽しみにしてくれているに違いない。そして、ある日、私の携帯が鳴った。母からだった。真希。実はね、美沙がもう家に荷物を運び込み始めたのよ。ちょっと待って、お母さん、まさか無理やり一緒に住もうとしているの?母は、何かを考え込むように言葉を選んだ。美沙が、兄の浩一に、母と一緒に暮らすことになったと迫って、従順な兄が折れてしまったらしい。真希、美沙がね、近所の人たちに、私たちは一緒に新しい家に引っ越すんだって言いふらしているのよ。何ですって、そんなこと言ってるの?周りに言いふらすことで、美沙は豪華な新築マンションに住むという大きな夢を見ているのは明らかだった。たとえ兄が気弱でも、論理的に考えて、私が母に家を買ってあげるのだから、そこに私が住むべきなのよ。
ねえ、お兄ちゃんに本当のことを話してあげようか?私がそう言うと、母は、ほんの少し呆れた様子で、笑いながら言った。せっかく盛り上がっているんだから、そっとしておきましょう。数週間後、母のためのドールハウスがついに完成した。家が出来上がったから、持って行くね。私は完成したドールハウスを箱に大切に詰めて、母の家へと向かった。お母さんには早く誤解を解いてほしいけど、彼女は様子を見ましょうと言うばかりで、私は不安だった。義兄の良雄は、優しく微笑んで私を落ち着かせ、何かあればすぐに助けると言ってくれた。さあ、さあ、二人とも、中に入って。母は私たち二人を居間へと案内した。箱からドールハウスを取り出してテーブルに置くと、母はその精巧な作りに感嘆の声を上げ、一つ一つの細部を嬉しそうに眺めた。この贈り物に勝るものはないわ。母の声は喜びに満ちていて、本当に家を手に入れたかのように感動していた。本物の家じゃなくて、こんなおもちゃ?何を言ってるの、美沙。私は母に心を込めてドールハウスを作ったのよ。一体、何を期待してたっていうの?私が冷静にそう答えると、美沙は一瞬言葉を失い、すぐに怒りで顔を歪めた。わざわざ東京まで来て、豪邸を期待してたのに、まさかおもちゃの家だなんて!でも、美沙、論理的に考えて、真希が私たちに家を買ってくれるなんて言ったことは一度もないわよ。でも、真希さんの旦那さんは大きな会社に勤めてるんでしょ?きっと収入もいいんだから、私たちに新築の家くらい買ってくれてもおかしくないと思ったのよ!美沙は怒り狂い、夫の良雄を睨みつけながらそう言葉を吐き出した。母はそれまで黙って見守っていたが、ついにその表情を厳しくして、美沙に静かに言い放った。美沙さん、私はこの家に深い愛着があるんです。この家は、亡き夫と過ごした人生の思い出が詰まった、大切な家なのです。引っ越すことも建て替えることも考えたことはありませんし、あなたたちと一緒に住みたいと頼んだ覚えもありません。美沙は母の落ち着いた口調に圧倒され、言葉を失った。お母さん、本当なの?私は美沙から、お母さんが一人暮らしに不安を感じていて、私たちと一緒に住みたいと言っていると聞いたのよ。美沙さん、あなたが豪邸を期待して同居を望み、浩一に嘘をついていたのなら、あなたがここに留まる理由はないと思います。美沙はその言葉に一瞬息を呑んだが、反論しようとした。あなたが母の気持ちを尊重せず、豪邸のことばかり考えているのは看過できません。もし、あなたが母と真希に迷惑をかけたことを反省できないなら、このままでは済まされませんよ。美沙は言葉を失い、呆然とした。美沙のヒステリックな叫び声が収まると、夫の良雄と兄の浩一に止められて、ようやく我に返ったのか、気まずそうな表情を浮かべた。その後、彼女は兄と相談すると言って、家を出て行った。兄と美沙が去った後、母は私を見て、静かに微笑んだ。さあ、上がって。寒かったでしょう。さあ、中に入って。そう言って、私たちを居間へと案内してくれた。部屋に入ると、最初に目に飛び込んできたのは、あのドールハウスだった。それは、あの頃と同じように丁寧に飾られ、母が自分の手で小さな装飾をいくつか加えて、さらに美しく見せていた。まるで、そこに住んでいる人々が本当に実在するかのように。それを見て、私はこの家が本当に母にとって特別なものになったのだと知り、心から嬉しく思った。お母さん、ずっとこのドールハウスの手入れをしてくれていたの?あの頃の賑わいも全部含めてね。その様子を見て、母と私は目が合い、思わず笑みがこぼれた。この小さな家が、三代に渡って愛されるなんて。ドールハウスも幸せだわ。これも全部、真希のおかげよ。このドールハウスをお母さんに贈ったことで、余計な心配事は消え去り、家族みんなで過ごすこの穏やかな時間が、心に深く刻まれた。この家に刻まれた小さな思い出は、これからも私たちを結びつける、かけがえのない宝物であり続けるのだと感じた。
