三回目の結婚記念日に、妻が予約したレストランで若いウェイターと目を合わせた瞬間、彼女の顔色が変わった。「母さん、やめてくれよ」その一言で、僕の頭は真っ白になった。妻に子供がいるなんて、聞いたこともなかった。結婚して三年、ずっと二人で暮らしてきたのに。ウェイターは由香の息子で、「養育費も払わず、田舎のばあちゃんに僕を預けて、自分だけ自由に生きてきたくせに」と責め立てた。由香は「違う」と小さく否…

三回目の結婚記念日に、妻が予約したレストランで若いウェイターと目を合わせた瞬間、彼女の顔色が変わった。「母さん、やめてくれよ」その一言で、僕の頭は真っ白になった。妻に子供がいるなんて、聞いたこともなかった。結婚して三年、ずっと二人で暮らしてきたのに。ウェイターは由香の息子で、「養育費も払わず、田舎のばあちゃんに僕を預けて、自分だけ自由に生きてきたくせに」と責め立てた。由香は「違う」と小さく否...

あの日は、僕たちの三回目の結婚記念日だった。妻が喜ぶだろうと思って、少し奮発して落ち着いた雰気のいいレストランを予約していた。だが、妻が若いウェイターと目が合った瞬間、彼女の顔は一瞬で青ざめた。知り合いなのか?そんなはずはない。だって、僕は妻のことを全部知っているつもりだったからだ。

「母さん、やめてくれよ」

その言葉が、僕の頭の中を真っ白にした。母さん?妻に子供なんていたはずがない。結婚して三年、ずっと二人で暮らしてきた。子供がいるとしたら、それは僕の知らないところで生まれた子供だということになる。

僕、誠は、初めて妻の由香と出会ったのは四年前。当時、31歳だった。プロジェクトがひと段落ついて、期間限定のスタッフを雇うことになり、そこに由香が加わってきた。少し緊張した面持ちで挨拶をする彼女を見て、上品で優しそうな女性だと思ったのを覚えている。

由香はすぐに職場に馴染み、よく気がつくしっかりした働き手だった。僕が担当するプロジェクトを一生懸命支えてくれて、皆からも好かれていた。仕事帰りにみんなでご飯に行くこともあり、自然と由香とも言葉を交わすようになった。少しずつプライベートな話もするようになり、僕は徐々に彼女に惹かれていった。

数ヶ月後、プロジェクトの打ち上げで何度か会ううちに、由香との距離は確実に縮まっていった。由香は年上で、しっかり者で真面目なのに、時々見せるユーモアのある一面。そんなギャップに惹かれて、僕は思い切って食事に誘った。由香は嬉しそうに承諾してくれた。

デートを重ねるたびに、僕は彼女の魅力にのめり込んでいった。仕事の愚痴や悩みを聞いてくれるときの彼女はいつも優しくて、そのアドバイスは的を射ていた。結婚して家庭を持ちたいという彼女の言葉に、自然と僕も将来を想像するようになった。

数ヶ月後、由香の契約期間が終わると聞いたとき、もう会えなくなるかもしれないという焦りと寂しさで、僕は自分の気持ちに気づいた。意を決して告白すると、由香は驚いた顔をした後、恥ずかしそうにはにかんで、嬉しそうに頷いてくれた。

順調に交際を重ね、一年後、僕は由香にプロポーズした。由香は嬉しそうに涙を浮かべて、誠さんと一緒なら素敵な家庭を築ける気がすると言ってくれた。その瞬間、僕は本当に幸せだった。信頼できるパートナーと出会えたと確信していた。

そして、僕たちは夫婦になった。

今思えば、由香は自分の過去についてほとんど話したがらなかった。家族のことはあまり話すのが好きじゃないと言うので、僕も無理に聞こうとはしなかった。それが、彼女の秘密と嘘を見抜けなかった原因だったのかもしれない。

結婚してからも、仕事が忙しくて、由香との時間をなかなか作れないことに罪悪感を感じていた。だから、記念日にはちょっといいレストランでお祝いしようと思った。それなのに。

ウェイターの言葉で、レストランの空気は凍りついた。テーブルに運ばれてきた料理も、給仕係の男性の困惑も、何もかもがどうでもよくなった。由香の顔色は真っ青だ。

「母さん、どうして今まで連絡をくれなかったんだよ」

僕は何が何だかわからず、ただ由香とウェイターを交互に見つめることしかできなかった。

「お金があったら、せめて養育費くらい払ってくれてもよかったんじゃないか。ずっと待ってたんだぞ」

養育費。その言葉で、僕の頭は一気に現実に引き戻された。つまり、由香には子供がいて、その子供をどこかに預けている。そして、養育費も払っていない。そういうことなのか。

「お母さん、まさか、夫の人に子供がいること言ってなかったの?」

ウェイター、いや、彼の連れている息子が由香にそう問いかける。彼は静かに頷きながら、何かを確かめるように言う。

「僕を田舎のばあちゃんに預けて、自分は自由に生きてきたくせに」

由香が小さく「違う」と否定するが、その声はか細く、説得力を持たなかった。

「それなのに、なんでずっと隠してたんだよ。自分勝手に生きてきたくせに、急に普通の奥さんみたいな振りしてさ。ばあちゃんに全部押し付けて」

「やりたいことがあっても、お金がなくて学校にも行けなかったんだぞ」

その場は、由香の言い訳と、その息子の怒りが交錯する、ただただ居心地の悪い空間へと変わっていった。僕は衝撃のあまり、何も言えずにいた。自分の妻に隠された子供がいて、しかも養育費すら払っていなかった。そんな事実を、僕はまったく知らされていなかったのだ。

帰宅してからも、僕は由香と口を利くことができなかった。怒りと失望で、何から話せばいいのかわからなかった。寝室に閉じこもった僕に、扉越しに由香の「ごめんなさい」という声が聞こえてくる。だが、その言葉はすべて言い訳にしか聞こえなかった。

由香は、子供がいることを隠したまま、僕と結婚した。しかも、僕の稼ぎから密かに子供への仕送りをしていた。いや、本当に仕送りしていたのか? 家の中を調べてみると、見覚えのない通帳が見つかった。見慣れない銀行の通帳の存在に不審に思い、中を確認してみると、そこには僕の給料から毎月決まった額が振り込まれている記録があった。

しかも、その通帳から引き出されたお金は、高級ブランド品やエステの費用として使われているではないか。養育費だと言っていたお金で、自分の贅沢な生活を送っていたのだ。由香は家計からも金を抜き取っていた。ここまでくると、もはや怒りを通り越して呆れ果てた。

僕は由香の嘘と裏切りを一つ一つ突きつけた。

「お前は俺を騙して、一体ここまで何を隠してきたんだ」

由香はただ青ざめた顔で俯き、何も言い返せずにいた。

「子供を作っておいて、金も払わず、自分は贅沢三昧。あんたの育て方のせいで、息子さんにも迷惑をかけたんだぞ」

「違うの、誠さん。お願い、聞いて」

「もういい。言い訳はたくさんだ。今まで見逃してきたが、もう甘やかすつもりはない」

僕の決然とした様子に、由香は何も言えなくなった。隣に座る弁護士も、もはや彼女を弁護できないと悟ったのか、黙り込んでいた。

離婚の話し合いが進むにつれて、驚くべき事実が次々と明らかになった。弁護士の調べで、由香の金遣いの粗さが判明したのだ。彼女は僕の給料だけでなく、カードローンまで使って散財していた。弁護士が突きつけた明細書には、ブランド品や高額な美容院の明細がずらりと並んでいた。養育費と言っていたお金までもが、自分の贅沢に消えていたのだ。

さらに、由香は結婚前から「子供を産んで、田舎の母に預けてきた」と白状した。自分の夢のために、子供を捨てたも同然の暮らしをしてきたのだ。だが、僕から見れば、彼女が夢だと言って優先してきたものは、すべて偽りだったようにしか思えなかった。

「一体、何のために俺と結婚したんだ」

「違うの……お金じゃなくて、誠さんが好きだったの」

「お前のその言葉が、どれだけ信用できないか、わかってるのか? これまで何度、俺を騙ってきた。子供を隠して、金を抜き取って、一体なんだと思ってるんだ」

由香は涙を浮かべて許しを請うたが、僕の心はもう決まっていた。これまで何も知らなかったからといって、許されることではない。由香が一方的に送ってきた謝罪のメッセージも、今は何の感情も湧かない。

この離婚こそが、由香との嘘に塗れた生活に終止符を打つ唯一の方法だ。そう確信していた。

離婚が成立した日、僕は長い間抜け出せなかった苦しみから解放された気分だった。心に刺さっていたトゲが抜け落ち、新たな人生への安堵感が広がってきた。

あれから、僕は一歩ずつ新しい生活を築き始めた。仕事に打ち込み、自分の趣味に使う時間も作る。そうして心の平穏を取り戻していった。

後になって知ったことだが、由香は離婚後、生活が一変したようだ。彼女が散財していた贅沢な生活は、もうどこにもない。長年、目を背けてきた息子への養育費を、今度こそ支払う責任を負うことになった。彼女がこれまで無視してきた現実と、これから向き合っていかなければならないのだ。

僕の手元には、信頼を裏切った由香への恨みも、もうほとんど残っていない。ただ、あの日レストランで見た、真っ青な由香の顔と、彼女の息子の悲しげな眼差しだけが、ずっと忘れられずにいる。あの時、由香が打ち明けていれば、違った未来があったのかもしれない。だが、もう過去は変えられない。

今はただ、自分が選んだ道を歩んでいくだけだ。由香のいない、静かで穏やかな生活を。

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