母の49日の法要が終わったその日、親戚が大勢集まる前で兄嫁がはっきりと言った。「介護を辞めた人が、遺産の話だけはするんですね」。私は湯呑みを持ったまま動けなかった。畳の上には母の遺影。写真の母は少し照れたように笑っていた。私はあけみ、52歳。父が亡くなってからの7年間、母の介護をほぼ一人で担ってきた。仕事を減らし、夜勤にも出て、眠い手で朝食を作った。それでも母の「美味しいね」の一言で報われた…

母の49日の法要が終わったその日、親戚が大勢集まる前で兄嫁がはっきりと言った。「介護を辞めた人が、遺産の話だけはするんですね」。私は湯呑みを持ったまま動けなかった。畳の上には母の遺影。写真の母は少し照れたように笑っていた。私はあけみ、52歳。父が亡くなってからの7年間、母の介護をほぼ一人で担ってきた。仕事を減らし、夜勤にも出て、眠い手で朝食を作った。それでも母の「美味しいね」の一言で報われた...

母の49日が終わった日のことだった。兄嫁は親戚が大勢いる前で、はっきりと言った。

「介護を辞めた人が、遺産の話だけはするんですね」

私は湯呑みを持ったまま、しばらく動けなかった。畳の上には母の遺影が飾ってあった。写真の中の母は、少し照れたように笑っていた。その母の前で、兄嫁はもう一度繰り返した。兄は止めなかった。むしろ私を責めるような目で見ていた。

「母さんの通帳、出してもらうからな」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が静かに冷えていった。母が亡くなってまだ49日。兄夫婦が気にしていたのは、母の寂しさではなかった。母の財産だった。

私はあけみ、52歳。父が亡くなってからの7年間、母の介護をほとんど一人で担ってきた。最初は週に一度の買い物だけだった。母は昔から気丈な人で、人に頼るのが苦手だった。「大丈夫、まだ一人でできるから」そう言って笑っていた。

でも父がいなくなってから、母は少しずつ小さくなっていった。薬を飲み忘れる。同じ話を何度もする。夜中に転んで、私の携帯に電話をかけてくる。私は仕事を減らした。正社員として続けていた職場を辞め、時間の融通が効く仕事に変えた。母の病院、薬の管理、食事、洗濯、役所の手続き、夜中の呼び出し。気づいた時には、私の生活は母を中心に回っていた。

それでも母が嫌いになったわけではなかった。母が大好きだった。母は私が子供の頃からずっと味方だった。学校でうまくいかなかった日も、仕事で泣いた日も、「あけみはあけみのままでいい」そう言ってくれた人だった。だから今度は私が母を支える番だと思っていた。

でも介護にはお金もかかった。母の年金だけでは足りない月もあった。紙パンツ、栄養補助食品、通院のタクシー代、日用品。私は昼間は母の世話をして、母が眠った後に夜勤へ出た。近くのスーパーの品出し、ビジネスホテルの清掃。短時間でも体は重かった。夜明け前に帰ってきて、少しだけ仮眠を取り、また母の朝食を作った。眠くて包丁を持つ手が震えたこともある。それでも母が味噌汁を一口飲んで「美味しいね」と笑うと、それだけで報われた気がした。

兄にも何度も連絡した。「お兄ちゃんも、少しでいいから手伝ってほしい」責めるつもりはなかった。ただ月に一度でもいい。病院の付き添いだけでもいい。夜中の呼び出しを一度でも変わってくれたら、それだけで少しは息ができると思った。

でも兄はため息をついた。「お前さ、現実的に考えろよ」その言い方は、まるで私がわがままを言っているみたいだった。「母さんだって、慣れてる人に見てもらう方が安心だろ。お前はもう分かってるんだから、そのまま続けた方が母さんもいいだろ」

慣れてる人。それは私のことだった。眠れない夜に慣れた。母の下着を洗うことに慣れた。病院の待合室で何時間も座ることに慣れた。自分の予定を全部後回しにすることに慣れた。でも慣れたから平気なわけじゃなかった。

私はもう一度、兄に頼んだ。「少しだけでいいの。私も仕事があるし、夜勤も増えてきて」

兄は私の言葉を遮った。「俺はお前以上に仕事が忙しいんだよ。それにお前と違って子供もいる。家庭があるんだ。現実的に考えて無理だろ。お前と違って」

その一言が胸をえぐった。私は独身だった。でも好きで一人でいたわけじゃない。母の介護が始まる前、結婚を考えていた人がいた。穏やかな人だった。「お母さんのことが落ち着くまで待つよ」そう言ってくれた。

でも母の介護は落ち着くどころか、日に日に増えていった。私は何度も約束をキャンセルした。電話の向こうで、相手の声が少しずつ遠くなっていくのが分かった。最後に会った日、彼は静かに言った。「あけみは、もう自分の人生を生きていない気がする」

私は何も言い返せなかった。彼を責めることもできなかった。それでも母を置いていくことはできなかった。私だって結婚したかった。私だって家庭を持ってみたかった。誰かと朝ご飯を食べて、なんでもない話をして、普通の暮らしをしてみたかった。でもそれを言えば母を捨てているみたいになる。だから私は唇を噛んで黙った。

母に強く当たってしまい、帰り道の車の中で泣いた日もあった。夜勤明けに母の薬を分けながら、涙で文字が滲んだ日もあった。それでも母が私の手を握って「迷惑かけてごめんね」と小さく言うと、私は笑うしかなかった。「いいの? お母さんは悪くない」

本当に悪いのは母ではなかった。何もしないまま、私の人生だけを当然のように蝕んでいく人たちだった。

ある日、兄夫婦が半年ぶりに実家へ来た。母の顔を見るためだと思った。でも兄が最初に聞いたのは、母の体調ではなかった。

「母さんの年金、ちゃんと残してるんだろうな」

私は台所でお茶を入れていた手を止めた。兄嫁は部屋を見回しながら言った。

「あけみさん、毎日来てるんですよね。食費とか、年金から出してないですよね」

「出してないよ。必要なものはレシートを残して分けてる」

私がそう言うと、兄嫁は鼻で笑った。「そこまで必死に記録してるんですか? 」そして母にも聞こえる声で言った。「どうせ遺産目当てのくせに」

一瞬、部屋の音が消えた。母は炬燵に座ったまま、下を向いていた。聞こえていないふりをしていた。でも母の指先が震えているのが見えた。私は何も言わなかった。言えばきっと、泣いてしまうと思った。

その夜、母を寝かせた後、私は洗面所で一人泣いた。鏡に映った自分の顔は、自分でも驚くほど疲れていた。白髪が増えた。目の下の影も濃くなった。最後に自分のために服を選んだのがいつだったか、思い出せなかった。

その時、廊下から杖の音がした。振り向くと母が立っていた。

「お母さん、起きちゃだめだよ」

私が駆け寄ると、母は私の手を握った。その手は昔よりずっと細くなっていた。

「あけみ、もうやめよっか」

「やめるって、何を? 」

「私の介護」

私は息を飲んだ。「そんなこと言わないで。私が見なかったら、誰が見るの?

Thumbnail

」

母は首を横に振った。「7年間も、本当にありがとうね」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が詰まった。母は私の手を両手で包んだ。

「ごめんね、あけみ。もっと早く、私が施設に入るって言えばよかったね」

「お母さん、違う。そんなこと言わないで」

「あなたが夜中に働きに出ていたことも、朝方に帰ってきて眠い顔でご飯を作ってくれていたことも、私はちゃんと見てたよ」

私は何も言えなかった。母は続けた。

「私が頼れば頼るほど、あなたが自分の人生を削っていくのが分かってた。それなのに、私はあなたの優しさに甘えていたの」

「何よ、私はお母さんのためにやりたかったの」

「分かってる。でもね、あけみ。お母さんは、あなたに自分の人生を潰してほしくなかった」

母の目から涙がこぼれた。私は母の手を握り返した。細い指が、震えていた。

「お母さん、もう施設に入るから」母の声は小さかったけど、不思議と迷いはなかった。「お前が楽になるなら、それでいい」

「違うよ。私が楽になりたいんじゃない」

「あけみ」母は私の頬に手を伸ばした。冷たい手だった。「お前の人生は、もう十分お母さんに使ったよ。あとは自分のために生きなさい」

その言葉に、私は何も言えなかった。母は施設に入ることを拒んでいた。私が無理に決めたことだった。でも母は、私の顔を見上げて笑った。

「本当はね、ずっと家にいたかった。でも、もっと大事なものができたからね」

「何が大事なの? 」

「お前の幸せだよ」

私は涙が止まらなかった。母の前で、何度も泣いた日を思い出した。母に気づかれないように、洗面所で声を殺して泣いた日を。母はそんな私を全部見ていた。

それから数日後、私は兄に電話をした。「お母さん、施設に入るって言ってる。手続きを手伝ってほしい」

兄は少し間を置いて言った。「そうか。まあ、お前も大変だったもんな。これでやっと楽になるな」

その言葉に、私は何も言えなかった。母を施設に預ければ、兄は何も変わらない。私は7年間の介護と向き合い、母は年老いていった。兄は何も知らない。知ろうともしなかった。私はその事実が、いちばん悲しかった。

施設探しを始めた。母は面談の日、車の中で小さく言った。「あけみ、お前が選んだところでいいからね」私はハンドルを握る手に力を込めた。

「お母さんがいいと思ったところにするよ」

「いいえ」母は穏やかに言った。「お前がいいと思ったところにする。もう、お母さんのことは考えなくていいから」

施設が決まったのは、それから一ヶ月後のことだった。個室で、日当たりのいい小さな部屋。母は初めて部屋を見た時、「きれいなところだね」と笑った。私は荷物を運びながら、母の新しい部屋に合う写真立てを買った。中に入れたのは、父と母と私が写った古い写真。三人で笑っている、その写真。

「お母さん、ここ、寒くない? 」私は窓を閉めながら聞いた。

「大丈夫だよ」母はベッドに腰かけて、部屋の中を見渡した。「あけみが作ってくれたご飯が食べられなくなるのは寂しいけどね」

「また作ってくるよ」

「いいえ」母は首を振った。「もう、あなたには仕事に戻ってほしいから。あの、ずっと続けてた正社員の仕事」

私は言葉を失った。母は続けた。「あなたが正社員を辞めた時、本当はすごく心配だった。でも、あの時の私は何も言えなかった。今度は、ちゃんと言うね。あなたのことは大丈夫だから。もう、お母さんは平気だから」

「お母さん……」

「約束して。もう私のために、自分の人生を犠牲にしないって」

母の目は真剣だった。私は頷くしかなかった。「……うん」

母は安心したように笑った。「よかった。これでやっと、お前も自分の人生を歩けるね」

施設に母を預けて、帰り道。車を運転しながら、私は涙が止まらなかった。母を置いてきた悲しみと、母が私に託してくれた言葉の重さ。でも、不思議と心は軽かった。7年間、私は間違っていなかった。母を守ったのは間違いじゃなかった。でも、もうその役目は終わったんだ。

それから数ヶ月後、私は週三日のパート勤務を続けながら、家で仕事をするようになった。正社員に戻る勇気は、まだ出なかった。でも少しずつ、自分の時間を取り戻していた。友達とランチに行った。本を読んだ。夜、スマホを見ずに眠ることができた。

母には週に二回、施設に通った。でも、前のように一日中いることはなかった。母も「用事がないなら来なくていいからね」と言うようになった。それが少し寂しかったけど、母が私の人生を考えてくれているんだと思った。

ある日、施設の庭で母と話をした。母は日向で、目を細めて言った。「あけみ、お前、最近少し綺麗になったね」

「何言ってるの」

「本当よ。前は、いつも疲れた顔してた。今は、あの頃の顔に戻ったね」

私が何も言わないでいると、母は続けた。「あの人がね、こないだ会いに来てくれたの」

「あの人? 」

「ほら、昔、お前が結婚するかもしれなかった、あの人」

私は心臓が止まるかと思った。「……いつ会ったの?

」

「お前が夜勤でいない時に、こっそりね。『お母さんが亡くなったって聞いて』って。線香を上げてくれたの」

母はどこか嬉しそうに笑った。「お前がここまでやってきたことを、ちゃんと知ってる人だよ。ああいう人がいいんだよ。やっぱり」

「お母さん、何言って……」

「あけみ」母は私の手を握った。その手は、施設に来る前より少し温かかった。「お母さんは、もう十分幸せよ。あとは、お前が自分の幸せを見つけるだけだよ」

その夜、私は母の言葉を思い返していた。彼が、私の知らないところで母に会いに来ていた。線香を上げてくれた。私は七年間、ずっと閉じこもっていた。母の介護を理由に、自分の人生から目を背けていた。でも母は、私がその呪いを解けるように、そっと背中を押してくれたんだ。

翌週、私は施設からの帰り道、勇気を振り絞って彼に電話をした。何度もコールして、出ないだろうなと思った。でも三度目のコールで、相手は出た。

「もしもし」

「……私。あけみ。突然ごめん。お母さんから聞いたの。会いに来てくれたって」

沈黙があった。長い沈黙。私は早足で続けた。「変な意味じゃなくて、お礼が言いたくて。それで、もし今も一人なら、で、話をやり直したいなって」

「……おれも」彼の声が聞こえた。「俺も、やり直したいと思ってた。お母さんに聞いたんだ。お前が、もう大丈夫だって」

「大丈夫って、何が? 」

「全部。お前が笑って暮らせるんだったら、俺ももう一度、お前のそばにいたい」

私はその場にしゃがみ込んだ。涙が溢れて、声にならなかった。

「……私、まだ仕事もパートだよ。ちゃんとした収入もないし」

「関係ないだろ、そんなこと」

「正社員になれるかも分からないし、昼間しか働けないし」

「あけみ」彼の声は、昔と変わらず優しかった。「俺は、働き方の話をしてるんじゃない。お前と、もう一度やり直したいんだ。どう思う? 」

しばらく、言葉が出なかった。母の顔が浮かんだ。あの日、施設で私の手を握った母の手。細くて温かかった手。母が私に残してくれたもの。それは遺産なんかじゃなかった。ちゃんと私が、幸せになる権利があるんだという、その言葉だった。

「……うん。よろしく」

電話の向こうで、彼がそっと息を吸ったのが分かった。「ありがとう。あけみ」

それから私と彼は、ゆっくりと付き合いを再開した。そして、母が施設に入ってちょうど一年が過ぎた頃、私は彼にプロポーズをされた。

「結婚してください。今度は、ちゃんとお母さんのことも、お前のことも、一緒に考えていくから」

私は頷いた。今度は、迷わなかった。

結婚の報告をしに、施設の母に会いに行った。母は私の左手の指輪を見て、目を細めた。

「よかったね、あけみ」

「お母さん……」

「お前の幸せそうな顔を見るのが、私の一番の楽しみだったんだ。お父さんにも、ちゃんと報告しなさいね」

私は強く頷いた。そして、母の手を握った。今度は、昔みたいに震えていなかった。

「お母さん、ありがとう。私のために、いろいろと言ってくれて」

「いいえ」母は穏やかに笑った。「私は、お前が幸せになるのを見届けるだけだよ」

それから数ヶ月後、私たちは小さな式を挙げた。母は車椅子で参列した。母の白いドレス姿を見て、泣いていた。私は母の前まで歩いて行き、立ち上がって抱きしめようとする母を支えた。

「お母さん、泣かないでよ」

「泣くに決まってるでしょ。こんなに嬉しい日は、今日が初めてなんだから」

式の後、母は私の夫と話をした。何を話したのかは、あまり覚えていない。でも、母が最後に夫に言った言葉だけは、今でもはっきり覚えている。

「うちの娘を、頼みますね。あの子は、ずっと頑張りすぎてしまうから。時々、手を抜くことも覚えさせてください」

「はい、お母さん。必ず、幸せにしてみせます」

母はその時、心の底から幸せそうに笑った。私はその横顔を見て、やっと分かった。母は私の幸せのために、自分の思いを全部手放したんだ。施設に行くことも、私から離れることも。全部、私の幸せのためだったんだ。

私はこの日、母に何も返せなかった日々を、ちゃんと返せた気がした。母がくれた言葉。母がくれた時間。母がくれた私の人生。それを、これからは夫と一緒に、歩んでいく。

帰りの車の中、夫が言った。「お母さん、喜んでたな」

「うん」私はハンドルを握りながら、涙を堪えた。「私ね、知ってる? 母がね、ずっと言ってくれてたことがあるの」

「何て?

」

「『あけみは、あけみのままでいい』って」

私は前を向いた。春の日差しが、フロントガラスいっぱいに注いでいた。母が私に残してくれたのは、決して形のあるものじゃなかった。それでも、何よりも重い宝物。それが今、私の胸の中にある。

私はそっとハンドルを握り直した。母の手ほど細くない、自分の手で。