私は沙織、28歳。義理の妹の姉が私の家に住み始めてから、ちょうど二週間が経っていた。「一週間だけ」という義母の言葉を信じて受け入れたのに、あの姉はすぐに名義を譲れと言い始めた。
「お姉さん、この家、お母さんに名義を譲ってよ」
私は断った。この家は、私が結婚前に自分の力で購入したものだった。後から分かったことだが、義家族は借金取りに追われていて、身を隠すために私の家に転がり込んできたのだ。
「うちの実家が苦しんでるのよ。お姉さんが自分のことばかり考えてるから、あなたのせいでみんな苦しんでるのよ」
義妹からの理不尽な要求に、私は数ヶ月間耐え続けた。そしてある日、想像を絶する出来事が起きた。
「お姉さん、私もう我慢の限界。行かせてもらうわね」
義妹の姉が体を回転させ、私の腹部に蹴りを入れた。ドンという鈍い音とともに激痛が走った。私は後ろに吹き飛ばされ、リビングのテーブルに背中を打ち付けた。視界が揺れた。腹部に走る痛みが全身を支配していく。地面に倒れ込み、息を吸うことすら苦しかった。
その時、私は妊娠してまだ一ヶ月も経っていなかった。
義母は冷ややかに言った。
「嫁が生意気な態度を取れば、痛い目を見ることもあるわ」
夫の大和はソファに座って、にやりと笑いながら言った。
「まあまあ、二人とも仲良くしろよ」
誰も助けようとはしなかった。私は痛みをこらえながら、自分でタクシーを呼んだ。病院の救急外来で診察を受けた。医者は絶対安静が必要だと言った。
「妊娠初期の状態でこのような衝撃を受けるのは、非常に危険です。しばらくは安静にしてください」
帰宅してから四日が経った。しかし、絶対安静という医者の警告など、この家では何の意味もなかった。その瞬間、私は悟った。この家で、私は守ってもらえないのだ。
夕食の時間。私はスマートフォンを取り出した。
「これ、見てください」
スマートフォンの画面に、リビングに置いてあったペットカメラの映像が映し出された。義妹の姉が私に蹴りをかける瞬間が、はっきりと映っていた。
義母が冷やかな笑みを浮かべながら言った。
「何それ? 沙織ちゃん、何の話をしてるの?」
「私が蹴り飛ばされた時の映像です」
義妹の姉がしらじらしく言った。
「何言ってるの? 私、何もしてないわよ」
義母が含みのある笑みで言った。
「私の可愛い娘が、あなたみたいな大人をこんな鮮やかな蹴りで吹き飛ばせるわけないでしょ。それに画質が荒くて、誰だか分からないじゃない」
「わかりました。それなら、警察に通報します」
義母と義妹は余裕そうな笑みを浮かべていた。この映像を警察に提示したところで、証拠にならないことが分かっていたのだ。
その日の夜、私は交番に向かった。
「義妹から暴行を受けました。妊娠中で、絶対安静が必要な状況でした」
「何か証拠になりそうなものはお持ちですか?」
「はい。ペット用のカメラの映像があります。でも、義家族に見せたところ、完全に否定されました。画質が荒くて、証拠として提示しても私じゃないと言われています」
「なるほど。それですと、争いが長引く可能性がありますね」
警官は私をまっすぐ見つめた。
「確かに監視カメラの映像だけでは不十分かもしれません。少し大変かもしれませんが、証人を集めたらどうですか? 複数名の証言が一致すれば、強力な証拠になりますよ」
その言葉に、私は頷いた。その日から、私は証人を集め始めた。隣人、管理事務所、商店、同僚、友人。全てに声をかけた。一週間が経った頃、最終的に証人十名が集まった。
証人を集めてから数日後、私は義母に話を切り出した。
「お母さん、名義の話ですが、法事から帰ってきたら考えてみます」
義母の顔がぱっと明るくなった。
「その言葉が聞けて、本当に嬉しいわ」
義妹の姉も嬉しそうな表情を浮かべた。
「沙織ちゃん、ありがとう。やっぱり沙織ちゃんは優しいのね」
「すみません、少し考える時間が必要だったので」
大和が私の手を握った。
「それでこそ俺の妻だ」
「その法事なんですけど、私は仕事の都合で行けなくてごめんなさい」
大和が頷いた。
「そんなしょうもないイベントを気にするなって」
「そうそう。法事なんか私たちでさっと終わらせちゃうから、沙織ちゃんは羽を伸ばしておいて」
義家族が法事に出発する前日。私は全ての証拠を最終確認し、警察署に電話をかけた。
「証言書と共に、暴行事件の告訴状を提出したいのですが」
「承知いたしました。法事から帰ってくる当日の午後二時でよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
法事の日の午前六時。私は義家族の荷物を整理し、管理人さんに立ち合いを依頼した。鍵屋に電話をかけた。午前十時、鍵屋が到着した。玄関の鍵を交換し、スマートロックのパスワードも変更した。これで、義家族は家に入れなくなる。
鞄には告訴状、証人リスト、証拠のコピーが入っていた。
午後二時、警察署に到着した。証人がすでに待っていた。担当警官が告訴状を受け取った。証人の証言書、証拠のコピー、全てが提出された。
「告訴状を受理いたします。証人の証言により、暴行事件として立件します」
事件番号が記載された書類を受け取った。もう、後戻りはできない。
告訴状を提出したその日の夜、法事から帰ってきた義家族が家に戻ってきた。玄関の鍵を開けようとしたが、開かなかった。カチャカチャと鍵を回す音が聞こえた。でも、開かない。
「あれ? 鍵が開かない」
義母の困惑した声が玄関の向こうから聞こえてきた。
「沙織ちゃん、いないの?」
大和が玄関のインターホンを鳴らした。ピンポンという音が、静かな夜に響いた。私はドア越しに静かに答えた。
「鍵は交換しました。もう、この家には入れません」
一瞬の沈黙が流れた。
「は? どういうこと? 何を言ってるの?」
玄関の向こうから義母の怒鳴り声が聞こえてきた。
「どういうことよ? 何なのよ、この鍵」
大和も慌てた様子でインターホン越しに言った。
「沙織、何があったんだ? 説明してくれ」
私は立ち上がり、玄関のドアに手をかけた。深呼吸をして、ドアを開けた。玄関の外には、法事の疲れが顔に残る義家族が立っていた。
「告訴状を提出しました。これは暴行事件の書類です」
義家族の顔が一瞬で強張った。
「何? 告訴状?」
「証拠は全て揃っています」
義母が焦りを隠しきれない表情で言った。
「あんな証拠にも何にもならない映像で、こんなことして、ただで済むと思ってるの?」
私は義母の目をまっすぐ見つめて言い返した。
「何言ってるんですか? 証拠がそれだけなわけないじゃないですか」
義母の顔が一瞬で青ざめた。義妹も顔を真っ赤にしながら、私に詰め寄ってきた。
「何よそれ? あんたが悪いのよ。うちの実家が苦しんでるのに、お姉さんは自分のことばかり考えてたじゃない」
「私が悪い? 私が妊娠中で絶対安静が必要な時に、蹴り飛ばしたのは誰?」
義妹が必死に言い訳した。
「あんたがさっさと名義を譲らないから、しょうがないでしょ」
「しょうがない? 暴力が正当化されると思ってるの? あんたたちに、私の家を奪う権利はないわ。それに、あなたたちは借金取りに追われて身を隠すために、私の家に転がり込んできたんでしょ」
義妹の顔がさらに青ざめた。
「な、なんでそのことを?」
義妹はその場にしゃがみ込んだ。夫の大和が必死な様子で言った。
「沙織、許してくれ。俺らが悪かったって。この通りだ」
「ふざけてるの? あなたは私が蹴られた時、ヘラヘラしながら見てただけ。私を守ってくれたのは誰?」
大和は言葉を失った。
「あなたたちの荷物は全て処分しました。もう、この家には何もありません」
義母が怒りに震えながら言った。
「冗談じゃないわよ。名義を譲る約束をしたでしょ。騙したのね、この売女」
「約束? 私は法事から帰ってきたら考えると言っただけです」
私はスマートフォンを取り出した。画面には録音中の表示が光っていた。
「この会話も全て録音しています。これも証拠になります」
義家族は完全に言葉を失った。
「もうこの家には入れません。あなたたちは終わりです」
私は玄関のドアを閉めた。ゆっくりと、確信を持って。
告訴状を提出してから三ヶ月後、裁判が開かれた。義妹は暴行罪で実刑判決を受け、刑務所に収監された。証人の証言が決定的だった。大和は暴行を見ていたにも関わらず通報しなかった罪で、会社を解雇された。離婚調停も始まり、慰謝料を支払うことになった。義母は借金取りに追われながら、小さなアパートに引っ越した。この家に転がり込んで身を隠そうとした計画は、完全に破綻した。義家族は、何もかもを失った。
一方、私は新しい人生を歩み始めていた。リビングのソファに座り、窓の外を見た。午後の日差しが部屋の中に優しく差し込んでいた。この家は私のものだ。誰にも邪魔されず、自由に過ごせる場所だ。私はもう、誰かのために生きる必要はない。自分の人生のために生きていけばいい。
