夕方六時、突然義母から一本の電話。「土曜日、家族全員揃えておいて」——その声には異様な威圧感があった。従った翌日、リビングで義母が放った一言に、私の世界は崩れた。「大機、この家、私に譲りなさい。私の家、売っちゃったから。あんたみたいな安月給の嫁に、この家はもったいないのよ」夫は怒り、息子は怯え、義兄は得意げに笑った。「俺は年収一千万の部長だからな。格が違うんだよ」——でも、彼らは知らなかった…

夕方六時、突然義母から一本の電話。「土曜日、家族全員揃えておいて」——その声には異様な威圧感があった。従った翌日、リビングで義母が放った一言に、私の世界は崩れた。「大機、この家、私に譲りなさい。私の家、売っちゃったから。あんたみたいな安月給の嫁に、この家はもったいないのよ」夫は怒り、息子は怯え、義兄は得意げに笑った。「俺は年収一千万の部長だからな。格が違うんだよ」——でも、彼らは知らなかった...

私はリナ、三十四歳。不動産会社で働く宅地建物取引士だ。夫の大機は三十六歳のIT営業、息子の空は七歳。三人で五年前にローンを組んで手に入れたマイホームで、穏やかな日々を送っていた。あの日の夕方までは、確かにそうだった。

義母の裕子から電話がかかってきたのは、何の前触れもない平日の夕方だった。

「リナさん、今週末、大機に大事な話があるの」

「はい、何でしょうか」

「電話じゃ言えないわ。土曜日の午後、家族全員揃えておいてちょうだい」

それだけ言って、裕子は一方的に電話を切った。受話器を置いた後も、彼女の声に宿っていた妙な威圧感が耳に残っていた。私は胸騒ぎを覚えたが、まさかこれが想像を絶する理不尽の始まりだとは、この時はまだ知る由もなかった。

土曜日の午後、裕子は義兄の正斗とその妻を連れて、我が家にやってきた。リビングに通すと、裕子は座るなり第一声でこう言い放った。

「大機、この家、私に譲りなさい」

夫の大機が驚いて聞き返す。

「は? 何を言ってるんだ、母さん」

「私の家、売っちゃったのよ。だからこの家をもらうわ」

私はなるべく穏便に済ませようと、努めて柔らかい声を出した。

「それは大変でしたね」

しかし裕子は私を鋭く睨みつけた。

「あんたに聞いてないわ。あんたみたいな安月給の嫁に、この家はもったいないのよ」

私は耳を疑った。その時、正斗が口を挟む。

「そうだよ。大機、母さんに家をあげるのは当然だろう」

正斗の妻も追い打ちをかける。

「私たちも一緒に住んであげるわ。皆さんはアパートでも借りればいいじゃない」

息子の空が不安そうな顔で聞いた。

「え、僕たち、出ていくの?」

裕子はまるで決定事項を伝えるかのように言い放った。

「そうよ。おばあちゃんと正斗おじちゃんたちが、この家の新しい主人よ」

大機がとうとう怒りを爆発させた。

「ふざけるな。この家は俺たちが三千万円のローンで買ったんだ」

「私が頭金一千万円出したでしょう。恩を忘れたの?」

正斗が得意げに笑った。

「俺は年収一千万の部長だからな。大機みたいな安月給とは、格が違うんだよ」

私は空が怯えて震えているのに気づいた。空の手を握りしめながら、冷静になろうと心の中で唱えた。この状況を、何とかしなければ。私はそっと、スマホの録音機能を起動した。

数日後、裕子たちは合鍵を勝手に作って、再び家に入ってきた。裕子は私たちの寝室を物色しながら言った。

「この部屋は私の寝室にするわ。リナさん、荷物、片付けてちょうだい」

私は必死に抵抗した。

「お母さん、まだ何も決まってません」

「何言ってるの? もう決まったことよ。来週、司法書士を呼ぶから」

正斗が嫌味を口にする。

「リナさん、不動産会社って言っても、所詮は営業でしょ。俺の部下にもいるよ、そういう人」

私は不動産会社で培ってきた法律知識を、ここで使うことにした。決して感情的にならず、淡々と事実を並べるのだ。

「お母さん、これは贈与契約になりますよね。贈与税はどうするんですか?」

「そんなの知らないわよ。あんたたちが払えばいいでしょ」

「三千万円の家なら、贈与税は約一千万円です」

正斗が慌てた様子で聞き返す。

「え、そんなにかかるの?」

裕子は逆切れした。

「うるさいわね。とにかく名義を変えればいいのよ」

私は密かに録音を続けながら、空にも小声で伝えた。

「おばあちゃんたちが何か言ったら、ママに教えてね」

「うん。僕、スマホで録画もできるよ」

「ありがとう。でも、危ないことはしないでね」

その夜、大機と二人きりで話し合った。

「リナ、どうすればいい?」

「大丈夫。私に考えがあるわ」

私はこの理不尽を叩き潰す、と心に決めた。

数日後、裕子たちが再びやってきた。今度は契約書らしき書類を持って。裕子は書類を私の前に突きつけた。

「リナさん、これにサインして」

「これは贈与ですね」

「そうよ。さっさとサインしなさい」

正斗が嫌みを重ねる。

「それくらい払えるでしょ。不動産会社に勤めてるんだから」

私はきっぱりと断った。

「払えません。それに、これは違法です」

裕子が声を荒げた。

「何が違法なのよ」

「時価三千万円の家を無償で譲渡することは、贈与税法違反です」

正斗が別の案を出した。

「じゃあ売買にすればいいじゃないか。一千万円で売ろう」

「それも違法です。時価と大きく乖離した売買は、税務署に否認されます」

裕子は完全に逆上した。

「へりくつばかり言って! あんたみたいな生意気な嫁、大嫌いよ」

裕子はさらに続けた。

「それに空君も頭が悪そうだし、この家で育てても教育費の無駄ね」

私は怒りで手が震えた。息子を侮辱されて、黙っていられるはずがない。だが、その時、空が自室から出てきた。

「おばあちゃん、ママに意地悪しないで」

裕子が空をしりつける。

「このガキ、黙ってなさい。しつけがなってないわね」

空は小さな体で勇気を振り絞って言った。

「僕、全部録画してるよ」

裕子の顔色が変わった。

「なんですって?」

空はスマホの画面を見せた。そこには先ほどまでの裕子たちの暴言が、全て記録されていた。正斗が慌てて叫ぶ。

「おいガキ、それを消せ!」

大機が正斗を制した。

「誰が消すか。これは立派な証拠だ」

裕子たちは顔色を変えた。しかし私は、さらに準備を進めていた。義兄の正斗について、調べていたのだ。

正斗はいつも「俺は大企業の部長で、年収一千万だ」と自慢していた。だが私の同僚が、偶然正斗の正体を知っていた。

「リナさんの義兄さんって、派遣社員だよね。うちの会社に派遣で来てたけど、契約終了で、今は無職のはずだよ」

私はさらに調べを進めた。正斗の家は住宅ローンが払えず、競売にかけられる寸前だった。だからこそ、私たちの家を奪おうとしていたのだ。自分の家を失う前に、他人の家に居座るための計画。それが今回の一件の本質だった。

翌日、裕子たちが来た時、私は全ての証拠を提示した。

「お母さん、正斗さん、これを見てください」

私は録音・録画のデータと、正斗の住宅ローン滞納の証拠を並べた。

「お母さんたちの発言は、全て恐喝罪に該当します」

裕子が動揺した様子で問い詰める。

「な、何を言ってるの?」

「家をよこせ、名義を変えろという要求は、刑法上の恐喝罪です」

大機が正斗に向き直った。

「お前、無職だったんだな」

正斗は言葉に詰まった。

「それは年収一千万の部長。嘘だったんだな。自分の家も守れないくせに」

空が、もう一つの動画を見せた。それは裕子と正斗が二人だけで話している場面だった。特に気を許した二人の本音が、はっきりと記録されていた。

動画の中の裕子は言っていた。「大機なんて、私の言いなりよ。家を奪って正斗にあげるわ。リナみたいな安月給の夢には、一銭も残さないから」

動画の中の正斗は言っていた。「助かるよ、母さん。俺の家、もう駄目だから。年収一千万なんて嘘だけど、大機は信じてるし」

裕子は必死に言い訳をした。

「そ、それは冗談よ」

大機は静かに、しかし強い口調で言った。

「冗談? 母さん、もういい。出ていってくれ。二度と来るな」

裕子がすがるように言った。

「大機、親を見捨てるの?」

「親なら、息子の家を奪おうとするか。お前らはもう、俺の家族じゃない」

裕子も正斗も、何も言えずに家を出ていった。その後、私たちは裕子たちからの連絡を全て無視した。着信も、メッセージも、全て。

一ヶ月後、大機の父方の親戚から連絡があった。

「大機くん、裕子さんと正斗さんのこと、親族会議で話し合ったよ。みんな、二人の行動を許せないって。親族として、絶縁することに決めたよ」

正斗の家は予定通り競売にかけられた。まさか、と呼ばれていた義兄一家は、賃貸アパートへ引っ越すことになった。裕子は正斗の家にも居場所がなくなり、結局、老人ホームへ入居することになった。

ある日の夕方、私たち三人はリビングでくつろいでいた。窓の外には、綺麗な夕日が沈んでいく。空が、私たちに向かって言った。

「パパ、ママ、守ってくれてありがとう」

大機が空の頭を優しく撫でた。

「空も頑張ったな。お前の録画がなかったら、危なかった」

私は二人の姿を見つめながら、静かに言った。

「家族で力を合わせれば、どんな理不尽にも負けないわね」

私たちは改めて、家族の絆の強さを実感した。この家は、私たちが五年かけてローンを払い、大切に守ってきた場所だ。誰にも渡さない。そして、これからもこの家で、幸せに暮らしていく。窓の外には、まだ綺麗な夕日が沈んでいた。私たちの未来は、明るい。

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