「母さん、あんたはもう用済みなんだよ」— 息子のその言葉を聞いたのは、真夜中の台所だった。しかも、夫が残してくれた家を奪い、私を施設に押し込む計画を、笑いながら話していた。私は静かに、反撃の準備を始めた。だって、あの契約書には、まだ誰も気づいていない秘密があったから。
夜中に喉が渇いて台所へ向かうと、息子の達也と嫁の由香の声が聞こえてきた。思わず足を止めて、息を潜めた。 「でも月10万円って高すぎない? お母さん、払えるかな? 」 「高い方がいいんだよ。どうせ長くは続かない。2、3ヶ月もすれば根をあげるさ」 「それで、老人ホームの話を持ち出すのね。月10万円の家賃が払えないなら施設に入るしかないって」 「なるほど。でも施設の方が高いんじゃない? 」 「安いところもある。月8万円くらいの。まあ、あんまりいい所じゃないけどね」 2人の笑い声が聞こえた。全身の血が引いていくのを感じた。 「実はさ、もう下見も済ませてるんだ。桜園っていう施設。駅から遠いけど、我慢できるだろ」 「手回しがいいのね。この家を賃貸に出せば月15万は取れる。施設代を引いても7万円の利益だわ」 「そういうこと。母さんには悪いけど、これもビジネスだから」 ビジネス。息子は私との関係をビジネスだと言った。 「でもお母さん、素直に施設に入るかしら? 」 「大丈夫。認知症の診断書でも取れば、こっちの思い通りさ。知り合いの医者がいるんだ。多少の操作でも、認知症の初期症状として診断書を書いてくれる」 「さすが。でも、お母さんに恨まれない? 」 「恨まれても構わない。どうせ施設に入れば、面会なんて年に数回だ」 その時、私は勢いよく壁にぶつかってしまった。 「誰? 」達也の声に、慌てて答えた。 「水を飲みに来ただけよ」 リビングのドアが開き、達也が顔を出した。 「母さん、どこまで聞いてた? 」 「何も」 「嘘つくなよ。全部聞いてたんだろ」 達也の目が、今までにないほど冷たく光っていた。 「まあ、いい機会だ。はっきり言っておく。母さん、あんたはもう用済みなんだよ」 由香も姿を現した。 「お母さん、現実を見てください。私たちには私たちの人生があるんです」 「でも、家族でしょう? 」 「家族? 」達也が鼻で笑った。「母さん、勘違いしないでくれ。あんたは俺たちの家族じゃない。ただの金ずるだったんだ」 金ずる。その言葉が、私の心を完全に打ち砕いた。 「2000万円も出してくれて、本当に助かったよ。でも、もうあんたからもらうものは何もない」 「孫たちは、おばあちゃんって呼ばせないから。子供たちにはもう合わせない。あんたみたいな貧乏人と関わって、悪い影響を受けたら困るからね」と由香が付け加えた。 「それに、お母さんの古臭い価値観を押し付けられても迷惑なんです。時代は変わったんですよ」 私は震える声で言った。「あなたたち、本気で言ってるの? 」 「本気も本気。さっき話してた通り、来月には施設の手続きを始める。あんたに選択肢はない」 達也はスマートフォンを取り出した。 「はい。これが施設のパンフレット。桜園。なかなかいいところだよ」 画面に映る施設の写真を見て、私は愕然とした。古びた建物、狭い部屋、笑顔のない入居者たち。 「これが私の行く場所? 」 「文句言える立場じゃないでしょう。それとも、路頭に迷いたい? 」 その時、私の中で何かが切れた。怒りでも悲しみでもない。もっと冷たい何かが、心を支配した。 「分かったわ」私は静かに言った。「契約書、明日の朝一番にサインする。でも、一つだけ条件があるの」 「条件? 」 … Read more