「のぞみさん、明日には帰ってくるんだって?」
「はい。お母さん。誠が迎えに来てくれるのが一番だったんですけど、あの子も仕事で忙しいので」
「そうね。出産の立ち合いには来てくれたんだから、十分じゃない」
「ええ。明日はそちらのご両親が送ってくださるそうです」
「ならいいけど。それにしても、里帰り出産ね」
「何ですか?」
「いや、出産のためとはいえ、嫁が家を空けるなんて。夫を一人残して自分はぬくぬくと。自覚が足りないんじゃないかしら」
「誠は全部承知の上で里帰り出産を認めてくれました。優しいから」
「文句があっても言わないだけよ」
「確かに誠は優しいですけど、嫌なことがあればちゃんと言ってくれますよ」
「本当かしら。のぞみさんに気を遣っているんじゃない?」
「そんなことありません」
「ああ、そういえばあれね」
「あれとは?」
「この家、広いし綺麗だし、住み心地抜群ね。やっぱり一軒家は素敵だわ」
「うん? この家、お母さんたちの家ってアパートでしたよね」
「そうよ」
「なのに、一軒家ってどういうことですか?」
「どういうって、のぞみさんたちの家に決まっているでしょ?」
「えっと、もしかして、今うちに遊びに来ているんですか? いや、でもこの時間は誠は仕事のはずじゃ…」
「違う違う。のぞみさんがいない間に、私たちも住むことにしたのよ」
「は?」
「一軒家にずっと憧れていたけど、こうして住んでみるとやっぱりいいわ。買ってくれた誠とのぞみさんには感謝感謝ね」
「いや、え、一体何の冗談ですか?」
「理解力のない嫁ね。あんたが里帰り出産している間に、この家はもらったわ。これからは私たちも一緒に住むから」
「勝手にそんなこと、無断で…!」
「でもこの家の家主は誠でしょ。誠がいいって言っているんだから、いいじゃない」
「は? 誠が?」
「そういうこと。じゃあ、明日の帰りを待っているわね。家事も溜まっているから、よろしく」
同日。のぞみのもとに、誠から電話が入った。
「仕事終わったよ。昼過ぎの電話って、何だったんだ?」
「まこと? お母さんたちのこと?」
「ああ、それな」
「それな、じゃないから。一体どういうこと?」
「いや、俺も正直困っててさ。なんか急にうちに来たと思ったら、そのまま…」
「そのまま?」
「父さんと母さんだけじゃなくて、はるかのやつも住みついてるんだよ」
「え、はるかちゃんも?」
「おいとめいっこも連れてな」
「はるかちゃんのところって、子供何人だっけ?」
「五人。はるかの旦那さんは単身赴任中だけど」
「じゃあお母さんたち合わせて八人? 八人で押しかけてきて、家に住みついているの?」
「そういう感じ。帰ってきたらうるさいし、片付けもしないし」
「だったらすぐ追い出してよ」
「そうは言うけど、あの人たちが俺の言うことなんて聞くと思うか?」
「そりゃ誠は微妙な立場だろうけど…」
「微妙ってか、うちの家族の中じゃ一番下。妹のはるかにも都合よく使われる立場だ」
「それは単純に、誠がお父さんの連れ子だから。お母さんとは血がつながってない。そんな俺を母さんは邪魔物扱いだし、逆に父さんと母さんと血のつながったはるかはお姫様だ」
「お父さんたちが再婚してからずっとでしょ。それは何度も聞いてる」
「大人になった今も、何も変わってない。俺たちが一軒家を建てたから、すり寄ってきたんだろう」
「お母さん、言ってたよ。もう家はもらったって」
「あの人たちにとって、どこまで行っても俺は都合のいい存在でしかない。実際、俺は母さんたちに逆らったこともないしな」
「それが分かっているなら、なんで…」
「これでも昔は親の愛ってやつにすがってたんだよ。真面目に言うことを聞いていれば、いつか息子として愛してもらえるかもって」
「でも、あの人たちは分かってる。私たちにはもう子供だっている。いつまでも勝手にはさせられないの」
「だからさ、あの家、あいつらにくれてやろうと思う」
「え?」
翌日。のぞみのもとに、はるかから電話があった。
「のぞみさん、今日帰ってくるんでしょ?」
「予定ではそうだけど…」
「はるかちゃん、帰ってきたら片付けよろしく」
「は? 片付け?」
「ほら、母さんたちも入れて八人増えたでしょ?」
「勝手にね」
「で、部屋が足んなくてさ、のぞみさんの部屋、私の部屋にしたから」
「はい?」
「のぞみさんの荷物は廊下に出しておいたから、それの片付けちゃんとしてね」
「片付けって、それのこと?」
「うちの子、下の子はまだ保育園だからさ。廊下に荷物があったら危ないし」
「いや、勝手に荷物を出して危ないとか言われても」
「いや、のぞみさんの荷物じゃん。自分の荷物を片付けるのは当たり前でしょう?」
「それはそうだけど…」
「まあまあ。あ、そうそう」
「今度は何?」
「他の部屋も、母さんたちの部屋とか子供部屋にしたから」
「他の部屋って、物置きとかのこと?」
「うん。その荷物も廊下に出してるから、それも片付けてね」
「で、それも片付けろって」
「まあ、当然だよね。これものぞみさんたちの荷物なんだし」
「勝手に家に住みついて、勝手に荷物を出して、挙げ句の果てに片付けはこっち。それが当然?」
「え、何? 私、何か変なこと言ってる?」
「変なことしか言ってないけどな」
「なにバカなこと言ってるの? それはこっちのセリフです」
「てか、これ、お母さんからの伝言ね」
「何?」
「息子がずっとここに住めって言ってる。部屋もないし、あんたは廊下で寝てね、だって」
「…まあ、お母さんなら言いそうでしょ」
「皆さんごゆっくりどうぞ。出産したての嫁を廊下に追い出して、両親が痛まないならね。でも痛まないから言ってんでしょ」
「皮肉きついって」
「皮肉じゃなくて事実よ」
「てか、随分と素直じゃん。お兄ちゃんにも思ったけど、情けないとか思わないの?」
「私も誠も、はるかさんたちより心が広いからじゃない?」
「何それ?」
「そもそも、あなたたちのいる家に帰る気なんてないし」
「え? 今日帰ってくるって言ってたのに」
「状況が変わったの。生まれたばかりの子供を抱えて、そんな状況の家に帰りたいわけないでしょ」
「じゃあ、このまま家もらっていいの?」
「まあ、好きにすれば? あとはご自由に。じゃあね」
数日後。のぞみの実家に、義母から電話があった。
「のぞみさん、実家はどう?」
「何ですか、お母さん、急にそんな。こっちは最高ですよ」
「そうですか」
「なんたって、この家が本当に私のになるんだもの」
「どういうことです?」
「誠が言われたのよ。この家が気に入ったなら譲るって」
「ああ、そうですか」
「ただ、誠が言うには、ただでどうぞ、は流石にまずいらしくてね。まあ、贈与って形にするにしても、家と土地ですから」
「そうなの」
「そこで誠が、一旦買ってくれってね」
「ああ、なるほど。普通の売買の形にすれば、税金対策にもなるのよ、って誠が言ってたんですよね」
「自分が考えたみたいに言うのは恥ずかしいですよ」
「いいじゃない。これくらい」
「というか、よくそんなお金ありましたね」
「この話を聞いてすぐ、旦那とはるかにも相談したの。そしたら二人とも大喜びで、お金を出し合ったと」
「そうよ。足りない分は借金して用意したわ。これで明日にもこの家は私たちのもの」
「それは…なんというか、おめでとうございます」
「誠は私たちの自慢の息子よ。一度だって私たちの期待を裏切ったことがないもの」
「自慢の息子。都合のいい息子の間違いでは?」
「人聞きの悪い言い方はやめてよ」
「事実でしょ。にしても、よくそんな条件で家を買いましたね」
「うん? どういうこと?」
「いや、買ったってことは、お金を払ったんですよね?」
「ああ、それなら心配ご無用よ」
「どこがですか?」
「払ったお金は、後で返してくれるって」
「誠がそう言ってたんですか?」
「一応税金対策もあるからすぐにはいかないけど、それでもお金を返してくれるのよ。つまり、ただで一軒家をもらったの」
「ああ、呆れますね」
「何が?」
「今の口ぶりからして、口約束ですよね。それが何? 誠が本当にお金を貸してくれるとでも?」
「もちろんのぞみさんは知らないでしょうけどね。誠は私に逆らったことがないの」
「知ってますよ。家庭環境が原因だってことも。高校生の頃はバイト代を全部家に入れてたんでしょ? 大学進学後もそう。頼めば何でもやってくれる」
「何を偉そうに。親として恥ずかしくないんですか?」
「全然。車の免許を取った後は、はるかの運転手もやってくれたわ。遊びに行くのも習い事も、全部誠が送り迎えしてたんですってね」
「それだけ誠は私たちの言いなりなの。そんな誠を疑うなんて、母親としてできないわよ」
「母親としてだなんて、やめてください。立場を利用して、逆らわないお人形を作っただけのくせに」
「何とでも言いなさい。この家が私たちのものであることは変わらないんだから」
「そうですね。せいぜい今を楽しんでください。お人形遊びができるうちにやっておかないと、もったいないですから」
二週間後。誠の義母が、誠に詰め寄っていた。
「まこと、少しでいいからお金を返しなさい」
「いや、早くないか。まだ支払いしてもらってから二週間だけど」
「ほら、せっかく家が手に入ったでしょ。だから家具とか奮発して買ったのよ」
「にしたってさ」
「何よ。文句でもあるの? 誠がのぞみさんと一緒がいいってあっちの実家に行ったから、家具がなくなったんでしょ」
「そう言うけど、買い換えなくても良かったろう。母さんたちやはるかの持ってたやつがあったはずだし」
「ずっと狭いアパート暮らしだったの。それがようやく一軒家を手にしたんだから、家具にもこだわらないとだめよ。そういうもんよ」
「そういうもんか」
「そういうもんよ。ってことで、百万程度でいいから返して」
「あ、やだ」
「はあ?」
「もしかして百万だとダメ? 税金対策としては、もう少し低い金額じゃないとってこと?」
「そうじゃなくて、最初からあんたらに金を返す気なんてない」
「はあ? あんた、何言ってんの?」
「言ったままだけど」
「約束はどうなるのよ?」
「約束? 払った金は返してくれるんでしょ?」
「いや、俺はそんなことは言ってないけど」
「は? 何言ってるの? 俺が今回の家の売買を提案した時、あんたらが勝手に言ってただけだろう。後から俺が返せば完璧だな、ってさ」
「いや、でも私はあんたにそうしろって言ったわよね」
「言ってたな。けど俺は一言もそうするとは言ってない」
「確かに言ってなかったかも。いや、でもあんたが私の言うことを聞かないはずがないと思ってたけど」
「そんなの、あんたらに都合のいい思い込みだろ」
「こっちはあんたを信じて家と土地を買ったのよ」
「勝手に信じられても困る」
「家代と土地代合わせて五千万。借金までして、私とお父さんの老後の資金も全部出したの。はるかのやつも、旦那に黙って貯金を切り崩したんだっけ?」
「そうよ。なのにこんなこと許されるはずない。詐欺よ、詐欺」
「俺はただ売ると言っただけ。それを勝手に都合よくねじ曲げただけだろう。そんなの屁理屈でしょ」
「理屈を言ってるのはそっちだ。諦めろ。私たちは生活費も出してるのよ。来月には家具の支払いだってあるのに」
「確認もしなかった。そっちの落ち度だろ」
「こんなのってあんまりよ。誠は私たちには逆らわないはずじゃないの」
「なあ、母さん。俺さ、のぞみと結婚して気づいたんだよ」
「気づいた? 何に?」
「利用されるだけが家族じゃないってこと。俺はこの年まであんたらに利用されてきた。都合のいい息子だったよな」
「そんなことないわ。私たちはちゃんと息子として可愛がってきたわ」
「俺の服はいつも近所の人からのもらい物。反対に、いつも新品の服を着てるはると同じように? 冗談だろ」
「だって、誠は文句なんて言わなかったじゃない」
「文句を言わないことが、俺の存在意義だと思ってた。いい子にしてれば、言うことを聞いてれば、いつか本物の家族になれるんだってな」
「なら、なんで…」
「そんなことしなくても、本物の家族を手に入れたから。本当の家族って、そんなもんじゃないって気づいたから。そんな俺は、もうあんたら都合のいいお人形じゃない。のぞみの夫で、生まれた子の父親になったんだよ」
数日後。のぞみの義母が、のぞみに怒鳴り込んでいた。
「誠が、誠がおかしくなっちゃった」
「はい。何言ってるんですか?」
「あんたのせいよ。あんたのせいで、私の誠が言うことを聞かなくなりました」
「そうよ。そのせいで私たちは…」
「なんか、あれですね」
「何?」
「いえ、加害者が被害者面って、こんなに腹が立つんだなって」
「なんですって?」
「誠が血のつながらない息子だから、はるかちゃんと差をつけて育ててきた。だからこうなってるのでは?」
「私はそんなことしてない」
「いや、今更そういうの無理ですって。誰が見てもそうですから」
「だって誠は私の本当の息子じゃないし」
「だからって、あんまりでしょう。お父さんも味方につけて都合よく使って、なのにやり返されたら被害者面。寝言は寝てから言ってくださいよ」
「それでもあの子はずっといい子だったの。私たちに反抗したことなんて一度もなくて、なのに」
「つい先ほど、誠本人から言われたんじゃないですか。本物の家族を見つけたって」
「なんで…」
「そりゃ誠は、今私の隣にいるんで。なら誠に言ってやってください。あんたのせいで親が困ってる。今すぐ金を返せ、って」
「土地と家を、正当な手順で売って買ってもらっただけ。返すも何もありませんが」
「五千万よ、五千万。私とお父さんで三千万、はるかも二千万出してるの」
「家と土地なら妥当な値段では?」
「そういうことじゃない。あんたさえいなければ、五千万も払わないで済んだのよ」
「ダイナミック責任転嫁、どうも」
「うるさい。バカにして」
「バカにしてるんじゃなくて、バカだと思ってるんですよ」
「さっきから何? 義理の母親相手に、何様のつもりよ」
「すみません。自分の旦那を都合よく利用してきた相手を敬うような教育は受けておりませんので」
「何よ、何よ。誠はずっと言いなりだったじゃない。今までの扱いで問題なかったじゃない。なのになんで…」
「こんなことに追い込まれて、追い詰められて、本当に困ってる時に助けてもらえない。それがあなたたちが誠にしてきたことの結果です」
「だから、こんなの…」
「私は誠と結婚して本当に良かったと思ってます。毎日が幸せで、家族っていいなって」
「何? 急に」
「誠が入れてくれるコーヒーって、すごく美味しいんですよ」
「はあ?」
「コーヒー。朝起きて挨拶して、コーヒーを一緒に飲んで、他愛もない話をする時間が好きです」
「それが何? くだらない話をしないで」
「くだらないですか? あなたたちは誠に、そのくだらない時間も与えられなかった。その何気ない日常が幸せなんです。誠がそれを私に教えてくれました。家族のぬくもりも優しさも、誠に与えず、奪うことばかり考えて。それが家族? 親? ふざけないでください」
「だって…」
「でも安心してください。あなたたちが与えなかった家族は、私が与えます。誠と子供と三人で、本物の家族になります。だから、偽物の家族は消えてください」
翌日。義妹のはるかが、のぞみに勝ち誇った口調で話しかけてきた。
「勝ち誇ってるところ悪いけどね。こんなのじゃ、私は負けないから」
「はるかちゃん、何? 別に勝ち誇ってもないけど」
「私たちに家を買わせて、お金もらってラッキーみたいに思ってんでしょ?」
「別にラッキーでもないし。自分たちで買った家を売ったんだから、プラマイゼロよ」
「でもお相子様、私はこの状況から逆転できるわ」
「え、これちゃんとLINE見えてる? 一方的に送ってない?」
「してないわよ」
「よかった。勝手に盛り上がって勝手にめくるもんだから、てっきりこっちのLINEが見えてないのかと」
「いいから私の話を聞け」
「はいはい。ねえ、逆転って何?」
「よくぞ聞いてくれたわね」
「聞けって言ったのはそっちでは?」
「私が出したのは二千万」
「ああ、はい。そうですね」
「五千万で買ったこの家を売れば、帰ってくる金額。どう?」
「どう、って言われても。まあ確かに二千万は帰ってくるでしょうねとしか言えないけど」
「いや、その場合、お母さんたちは家と土地を売ったとしても五千万は無理よ」
「知らないわよ。元々お兄ちゃんの話に乗ったのはお母さんたち。私は誘われたから付き合ってあげただけ」
「かっこいい…と言いたいことはあるけど、つまり何? 自分は関係ないって言いたいわけ?」
「そう。だから、家と土地を売ったお金は全部私がもらう」
「さすがお姫様。どこまでも自分本意で、あつかましいわ」
「いい計画でしょ? 計画って呼ぶほどのものでもないけどね。これで私は大丈夫。旦那は単身赴任中でこの騒動には気づいてないし。金が帰ってくれば、全て問題なしよ」
「ああ、そうですか。なら、旦那さんにも教えて正解だったわね」
「あ、旦那?」
「ええ、怒ってるわよ。無断で貯蓄の二千万を使ったこと」
「は? ちょ、なんで、なんで旦那が知ってるのよ」
「そりゃ、私たちが連絡入れたからだけど」
「はあ…」
「ああ、そうそう。旦那さんからあなたへ伝言よ」
「伝言? なんか嫌な予感がするんだけど」
「すぐに帰るから、離婚届を用意して待ってろ、だって」
「…嫌な予感、当たったみたいね」
数日後。はるかがのぞみに泣きついていた。
「あんたのせいで、私はもう終わりよ。旦那に離婚される。子供の親権も全部取られるって」
「あれだけ勝ち誇ってたのに。かわいそうに」
「かわいそうじゃないわよ。何、他人事みたいに言ってんの?」
「確かに、かわいそうじゃないわね。こういうのを、自業自得って言うんだし」
「うるさい。お母さんとお父さんも、使い物にならないし」
「使い物にならない? 家を売ってお金に変えたけど、売れた金額は三千万。足りなかったのよ。でも、あなたの分はあると思うけど」
「うちの両親は、最後まで自分たちが可愛いらしいわ。自分たちに二千万、私には一千万よ」
「確かお母さんたちは、借金して用意したんだっけ? 元々五百万程度しか持ってなかったみたいだからね。消費者金融や知り合いにも頼み込んで、足りない二千五百万を用意してた。そう考えると、実質的には五百万の負債ってこと?」
「二千万は帰ってきたわけだし、加えて家具家電を全部入れ替えたいいのを用意したから、合わせて八百万は借金が残ったわ」
「であなたは、一千万は全部旦那に取られて。取られたんじゃなくて返したが正しいでしょ。勝手に使ったのはあなたなんだから。回収しきれてない一千万は請求する、って」
「まあ、財産の使い込みだからね。旦那さんには請求する権利があるでしょ」
「そんなの知らない。こんなことになるって分かってたら、最初からお母さんたちの話になんか乗らなかった」
「見る限りノリノリだったけどね。あなたにだって、こうなるって分からなかったんでしょ。分からなかった、じゃあ済まないのが世の中なのよ、お姫様」
「こんなのおかしい」
「何が?」
「だって私がこんなに苦労してるのに、なんであんたらは幸せそうなの?」
「それの何がおかしいの?」
「お兄ちゃんは血のつながらない他人だから、私が大事にされてきたみたいね。お兄ちゃんは私たちのためにいるのだから、お金も家も全部私たちがもらうの」
「なんでそうなるのか知らないけど。そうやって奪ってきた分が、帰ってきただけでしょう」
「奪ってない。お兄ちゃんが勝手にやってたことなの」
「勝手に? 本当に、お母さんといい、あなたといい。ふざけたことしか言わないわね」
「だって…」
「いい。誠にそういう人生を選ばせたのは誰? ただ純粋に温かい家族を望んでた誠を、都合よく使ってきたのは誰なの?」
「それは…でもお母さんがやってたことだし」
「子供の言い訳じゃないのよ。いい年して、ママの言うことしか聞けないの?」
「でも…でも…だって…」
「そればっかりね。あなたたちは、都合のいい誠をお人形扱いしてたけど。本当のお人形は、あなたじゃない。私がこの後に及んで、自分で考えることもできない。お姫様扱いのお人形。お母さんもお父さんも、子育てのセンスゼロね」
「ありがとう、はるかちゃん」
「へ?」
「あなたたちのおかげで、私はうまく子育てができそうよ。自分の意思で、自分の考えで。そうやって人生を歩いていける子を育てる。あなたたちを反面教師にして、誠と一緒に、あなたたちのやってきたことを否定してやる。だからあなたたちは、指を加えて見てなさい。これから幸せになる私たちの姿を」
その後、義両親は二人で八百万、はるかは一千万の借金をそれぞれ抱えることとなった。今回の件をきっかけに、お母さんとお父さんの仲は険悪に。昼夜働いて帰ってきたら夫婦喧嘩を繰り返す地獄の日々。はるかも離婚に加えて親権も取られ、家族を失った。今は多額の慰謝料を払うため、水商売をしているんだとか。
結果として、誠を家族という枠で縛っていた義家族は、家族を失った。一方で、そんな代わり映えのしない家族から解放された誠は、私と生まれたばかりの娘と三人で、幸せな日々を送っている。あちらは家族を失い、こちらは本物の家族を得た。なんとも皮肉な話だが、誰かの犠牲で成り立っていた家族には、お似合いの顛末ということだろう。私はこの経験を生かし、娘を立派に育て上げるつもりだ。そしていつか、この子が温かい家庭を持ってくれる。そんな日を夢見て、これからも人生を歩んでいく。
