義母の口癖は決まっていた。「何よ、嫁の分際で」。年末になると実家に呼び出され、それが挨拶代わりに飛んでくる。でも最初からそうだったわけじゃない。
初めて彼に誘われて家を訪ねた日、手土産のロールケーキを抱えて玄関に立つと、義父は「紅茶入れるね」と笑ってくれた。けれど義母は腕を組んだまま、無言で私を値踏みするように見つめていた。隣の大学の子で、付き合ってます——彼がそう紹介した瞬間、義母はにっこりと微笑んで言った。
「隣の大学? あんな経歴じゃねえ」
息が詰まった。私はそこにいるのに、存在ごと無視された気分だった。そして義母は私の手土産を見下ろして、声を潜めた。
「それ、安っぽいわね。私、こういうの嫌いなの」
そう言って紙袋を突き返してきた。その動作だけで、「あなたはいらない」と言われた気がした。その夜、持ち帰ったケーキを一人で食べた。甘いはずなのに、涙の味しかしなかった。
それでも私は、私を選んでくれた彼と別れなかった。
六年後、彼が言った。「今までは彼女だったけど、これからは家族になりたい」。私は泣いた。やっと家族になれると思ったから。義母も嫌みはあるけれど、息子の決断に否定の言葉はなかった。無事に結婚できた。
そして子供が生まれ、私は在宅で動画編集を始めた。夫は忙しい医者で、私は家にいながら収入を得られることに少し誇らしさを感じていた。けれど義母の中では、私の肩書きが変わった。
「家にいるんでしょう。暇でしょ。年末の掃除手伝いなさいよ。嫁の分際で役に立たないなんてないわよね」
その呼び出しが、あんな形で終わるなんて——その時はまだ知らなかった。
娘が二歳になった年の年末、義母から電話が来た。
「あなた、暇でしょ? 掃除手伝って」
それは頼みではなく、命令だった。夫の実家は広く、長い廊下に客間、庭まである。義母は家族の学歴を自分の勲章だと思っている人間だ。そんな家に、機嫌の悪い真っ最中の娘を連れて向かった。夫は外せない飲み会で不在だった。
到着するなり指示が飛ぶ。庭、廊下、客間、リビング、お風呂、トイレ。何度も全部強要されて、私は飲み込んだ。
「はい。やります」
雑巾を絞り、娘をあやしながら掃除をしても、終わりは見えない。義母はソファーでテレビを見ながら「おっそいわね」と呟く。日が暮れる頃になっても、私は半分も終わっていなかった。報告に行くと、義母は言った。
「はあ、こんなこともできないの。ご実家で何を学ばれてきたのかしら」
その声に驚いて娘が泣き出すと、義母は顔をしかめて言った。
「うるさいガキね。黙らせなさいよ」
ああ、この人にとって私は便利なだけの道具で、娘は騒音なんだ。そう悟った。
「さっさと年越しそば作りなさい。もう八時よ」
台所の冷蔵庫を開けると、空っぽだった。材料はどこにありますかと聞くと、「自分で買ってきなさいよ」と言われる。娘を抱いて外に出た。あの声をもう聞かせたくなかった。
スーパーからの帰り道、私は泣いた。悔しいとかじゃない。ただ、これが普通だと思われていることの重さに、心が折れた。
そばを出すと、義母は一口すすって箸を置いた。
「出汁が薄い。味しない」
関西の味付けに慣れていて、と言いかけると、義母が笑った。
「あんたの親、関西なの? 私、関西の人って苦手。ケチで下品じゃない?」
言い返せなかった。壊れそうだったから。
その夜、娘を抱いて家へ帰った。心の中で問いが響く。これ、来年も続くの?
翌年も呼び出しが来た。
「今年もよろしくね。全部やってね」
夫と義父が外出した途端、義母は本題を出した。
「掃除は全部。そばは関東風で、去年みたいな薄味はやめて。おせちはあんたが買って、払って、作っといて」
私は低く聞き返した。
「おせちも、ですか?」
「そうよ。在宅で仕事してるんでしょ? 嫁のくせに何グズグズしてんの?」
「今年はホテルで頼んでて、正月くらい休んでいいよって夫が……」
「はあ? 嫁の分際で言い訳? 私に口答えするんじゃないわよ」
ああ、またその言葉。私はずっと耐えてきた。笑って飲み込んで、夜中に泣いてきた。でももう違う。守るべき家族は義母じゃない。私と娘、そして私自身。
心の中で、プツンと音がした。切れたって、わかった。
私はエプロンの紐を外した。手は震えていなかった。
「もういいです。嫁、やめますので」
義母の目が見開かれる。エプロンをテーブルに置いて、バッグを手に取った。義母が何か叫んでいたけれど、もう聞かなかった——いや、何も聞こえなかった。家を出ること以外、頭になかった。
電車で帰り、娘と実家へ向かった。全部話すと、母は呆れ、父は黙って頷いた。私はもう、味方のいる場所に戻ってきたんだ。肩の力がふっと抜けた。
この後、夫が青ざめた顔で飛んでくることになるなんて、その時はまだ知らなかった。
夫が実家に駆けつけたのは、その夜だった。玄関が開く音がして、次の瞬間、彼は土下座していた。
「ごめん。知らなかったんだ」
その声は震えていた。私は静かに答えた。
「うん。あなたが悪いとは思ってない。でも、もう限界だったの」
義母の仕打ちは夫にも衝撃だったようだ。
「母さんとちゃんと話す。絶対に帰るから」
「帰るとか、そういうことじゃないの。関わらない。それだけ」
娘は布団ですやすや眠っていた。この子には、もう二度とあの年末を見せない。母が温かいお茶を持ってきてくれた。
「無理しなくていいのよ。嫁だからって我慢する時代じゃないわ」
その言葉が、心の奥までしみた。
翌朝、夫は娘を抱きながら言った。
「俺、もう一度話してくる」
「無理に理解させなくていい。あなたまで傷つくから」
その日、私は心の整理をした。嫁という肩書きに縛られない。私は妻であり、母であり、個人だ。
夜、夫からLINEが届いた。
「話した。母さん逆切れしたけど、もう無理だ。俺は君の味方だから」
その文字を見た瞬間、やっと息ができた。ありがとう——小さく呟いて、スマホを伏せた。これで私の年末地獄は終わったと思っていた。
翌朝、スマホが鳴った。義母の文字。私は深呼吸して、通話ボタンを押した。
「何なのよ。頭おかしいんじゃないの?」
いきなり怒鳴り声。私は黙って聞き、怒りが過ぎるのを待った。そして淡々と、用があることだけを言った。
「お母さん、私はもうあの家には行きません」
「はあ? 嫁が実家に来ないなんて非常識でしょ」
「非常識でも結構です」
「何その言い方? 嫁の分際で」
その言葉で、迷いは消えた。
「お母さん、私、もう嫁じゃなくていいです」
電話の向こうが静まる。
「ふざけたこと言わないでよ」
「ふざけてません。あなたの言葉にずっと傷ついてきました」
「傷ついた? 被害者ぶらないで」
「いいえ。加害者を演じ続けるあなたを、もう相手にしません」
私の声は震えていなかった。怒声が続いても、それはもうただの音だった。
「もう連絡しないでください」
通話を切る。でもまたスマホが震える。着信拒否を設定しますか——迷わず解除ボタンを押した。
部屋が静まり返った。娘が絵本をめくる音が聞こえる。
「ママ、これ読んで」
「うん。いいよ」
これはただの母娘の時間。でも私にとってそれは、やっと手に入れた平和だった。
数ヶ月後、春が過ぎ、夏が来て、秋になった頃。夫のスマホが鳴った。スピーカーから、夫の兄の声が響く。
「母さん、詐欺に引っかかった。一千万円振り込んだらしい」
私も凍りついた。
「息子が事故で金が必要って電話を信じたみたいだ」
「でもお兄さん、アメリカにいるでしょう」
「そう。母さん、息子が海外にいるってことを忘れてたらしい」
義母はその後も取り返そうとして、さらに投資話に手を出し、数百万を失った。義父は激怒して家を出たという。
「もう付き合いきれん。勝手にしろ」
兄は淡々と言った。
「自業自得だよ。金で人を計る奴だ」
私は何も言わなかった。世の中は、きちんとお尻を合わせるものなんだ。
その頃、夫に転勤の話が来た。海外勤務。カリフォルニアだって。
私は笑った。空が晴れて見えた。
「行こう。どこまでも」
夫が頷き、娘が「カリフォルニア!」と笑った。荷造りをしながら、私はエプロンを畳んだ。あの日、義母の家に置いてきたものと同じデザイン。でも、もう別人だ。
「『嫁の分際で』って言葉、もう二度と聞かなくていいね」
夫は笑って答えた。
「聞かせないようにするよ」
その笑顔に、ようやく「家族」という言葉が似合った。
カリフォルニアの朝は、光が優しい。ベランダに出ると、塩の香りが風と混ざり、空気ごと生まれ変われるようだった。私たちはここで暮らしてもうすぐ一年。娘は英語で「ママ」と笑う。
日本では、空気を読むことに疲れていた。こうすべき。嫁なんだから。女なんだから。そんな言葉の中で、自分を削っていた気がする。でも今は違う。誰も肩書きで判断しない。ただ私として見られる——それだけで、息がしやすい。
ある朝、夫がコーヒーを入れながら言った。
「兄貴から連絡あったよ。母さん、入院したらしい」
私は目を伏せた。驚きはなかった。ようやく、自分の孤独に気づいたのかもしれない。あれだけ核にこだわった人が、今は何も持たない。でもそれをバツとは思わない。あの人はあの人のまま生きた。私は私のまま生きる。それでいい。
午後、娘が私の手を引いた。
「ママ、ビーチ行こう」
「うん。行こう」
海の風は温かく、空は限りなく青い。娘は波を追いかけ、夫はカメラを構え、私は笑っていた。「嫁の分際で」という言葉は、もう私の人生に何の力も持たない。潮風の中で深く息を吸う。光が肌に触れ、波が静かに拍手していた。
