妊娠を伝えた瞬間、夫の顔が凍りついた。「これは誰の子だ?俺は無精子症だぞ!」その言葉が、私の幸せな時間を一瞬で打ち砕いた。二年間連れ添った夫は、家事も積極的にこなし、一度も喧嘩したことのない完璧な人だった。でも子供だけはなかなか授からず、私は密かに涙する日々を送っていた。ある朝の吐き気で病院へ行き、妊娠が判明した時は天にも昇る気持ちだった。サプライズで伝えようとご馳走を用意し、エコー写真を箱…

妊娠を伝えた瞬間、夫の顔が凍りついた。「これは誰の子だ?俺は無精子症だぞ!」その言葉が、私の幸せな時間を一瞬で打ち砕いた。二年間連れ添った夫は、家事も積極的にこなし、一度も喧嘩したことのない完璧な人だった。でも子供だけはなかなか授からず、私は密かに涙する日々を送っていた。ある朝の吐き気で病院へ行き、妊娠が判明した時は天にも昇る気持ちだった。サプライズで伝えようとご馳走を用意し、エコー写真を箱...

私は夫を驚かせようと決心した。妊娠したことを伝えれば、彼がどんなに喜ぶ顔を見せてくれるのか。想像するだけで自然と笑みがこぼれた。しかし、その期待は脆くも裏切られた。超音波検査の画像を見た瞬間、夫の体は怒りで震えていた。「これは誰の子だ?俺は無精子症だぞ!」そう叫ぶと、彼は部屋を飛び出していった。床に落ちた、くしゃくしゃになったエコー写真。それはまるで、私の心そのものだった。

私の名前は奈美。三十五歳。友人を介して知り合った俊と結婚して、もうすぐ二年になる。俊は私より一つ年上で、趣味も合い、何より家事を積極的にやってくれる夫だった。私は仕事が好きで、決算期にはどうしても帰りが遅くなってしまう。それでも俊は文句一つ言わず、「今日は早く帰れるから、飯作って待ってるよ」と笑ってくれる。共働きの家庭で、家事を全て妻に押し付ける男性が多いと聞く中で、俊は本当に稀有な存在だった。不満のない生活。結婚してから一度も喧嘩をしたことがなかった。

けれど、一つだけ心の隅に引っかかるものがあった。なかなか子供が授からないことだった。私は小さい頃から子供が大好きで、自分の子供を早く欲しいと願っていた。年齢のせいだろうか。なかなか妊娠に至らず、こっそりトイレで涙することもあった。友人の妊娠報告を聞くたびに、焦りと不安が募っていく。だからこそ、私は積極的に俊に抱きついた。時には、少しお酒の力を借りてしまうこともあった。

その願いがようやく届いたのかもしれない。ある朝、突然襲ってきた吐き気。もしかして、と思った私は、仕事を早退して病院へ向かった。「おめでとうございます。妊娠されていますね」医師の言葉を聞きながら、私はエコー画面に映る小さな我が子をじっと見つめた。溢れ出る涙が止まらない。やっと、私のお腹に赤ちゃんが来てくれた。どうしよう。早く俊に伝えたい。未来を想像するだけで、笑みが止まらない。早く帰ってきてほしい。そう願いながら、私は今夜のサプライズを準備した。

夜が訪れ、俊が帰宅した。用意しておいたご馳走を見て、彼は嬉しそうに驚いている。「なんだこれ?何か記念日だったっけ?」その反応だけで、私はにやけてしまう。「サプライズがあるんだ」そう言って、エコー写真を入れた箱を手渡した。プレゼントだと思ったのか、彼は嬉しそうに箱を開けた。しかし、中身を見た瞬間、彼の動きが止まった。「……待って、これ、エコー写真か?」俊の顔色が青ざめ、体が震え始めた。最初は感激しているのかと思った。でも、何かがおかしい。話しかけようと近づくと、彼は「来るな!」と叫んだ。「これは誰の子だ?俺は無精子症だぞ!」あまりにも唐突な宣言に、私は立ちすくんだ。でも、お腹の子の父親は間違いなく俊だ。「何かの間違いよ。だって、あなたの子よ」必死に説明しようとしたが、俊は私を一瞥もせず、感情のない声で言った。「考える時間が欲しい」そう言い残して、彼はリビングを去っていった。幸せなはずの一日が、こんな形になるなんて。床に落ちたエコー写真を見つめながら、私は声を上げて泣いた。

翌日から、俊は私を完全に無視するようになった。何を言っても言い訳にしか聞こえないのだろう。私は何も言えなくなってしまった。しかし、数日後のこと。仕事から帰ってきた俊が、私に話しかけてきた。「両方の両親を交えて話し合いたい。明後日の日曜日はどうだ?場所は任せる」突然の提案に私は焦った。夫婦の問題なのだから、まずは二人で話し合いたい。そう訴えても、俊は「決まったら連絡してくれ」と言うだけで、また寝てしまった。仕方なく、私は理由も告げずに両親に話し合いの場を設けてもらうよう頼むしかなかった。場所は実家になった。一緒に住んでいるのに、私は彼にメールを送った。返信は、素っ気ない「了解」の一言だけだった。

当日、私は緊張のあまり何も手につかなかった。実家に集まり、私たちは向かい合って座った。「すみません、今日は何のご用件でしょうか?」沈黙に耐え兼ねた母が口を開く。「あら?奈美から聞いてないの?彼女、他の男の子供を妊娠してるのよ」姑が吐き捨てるように言った瞬間、実の両親の顔色が変わった。「不倫」という言葉に、母は真っ青になった。私は必死に首を振り、違うと訴え続けた。「俊は無精子症なんです」私がそう言うと、姑は汚いものを見るかのように嘲笑った。「じゃあ、奇跡でも起きたのかしら?」彼女は私を恥知らず呼ばわりし、慰謝料を払えとまで言い出した。でも、私には全く心当たりがない。この子は、紛れもなく俊の子だ。「違います。聞いてください!」私がそう叫んだ、まさにその時。パシン!という鋭い音が部屋に響いた。母が私の頬を叩いたのだ。「何て恥ずかしい娘だ!謝りなさい!いますぐ!」頬に鈍い痛みが走る。でも、私は状況が理解できなかった。なぜ母が私を叩くの?周囲を見渡すと、そこにいる全員の冷たい視線が私に突き刺さる。両親の怒りは頂点に達し、今度は父が私の腕を掴んだ。「こんな汚い存在は、この私が始末してやる!」そう言って、父は私のお腹を蹴ろうとした。私はお腹を守るように、必死に体を丸めた。

「父さん、ちょっと待って!」聞き覚えのある声に顔を上げると、入口に立っていたのは姉だった。激昂した父は、姉にも食ってかかろうとした。しかし姉は落ち着いて、父を私から引き離してくれた。姉が来てくれた。心から安堵した。ここでは、彼女だけが私の味方だ。「あなた、誰?」俊とその両親は、怪訝そうに姉を見つめた。彼らは、私たちの結婚式にも来てくれた姉のことを忘れてしまっていたらしい。「何度かお会いしましたよね。奈美の姉です」と名乗ると、彼らはようやく思い出したように「ああ」と言った。

姉は私を少し離れた場所に座らせると、俊たちに頭を下げた。そして、別室で話を聞いていたこと、俊が本当に無精子症なのか確認したいと告げた。俊が「そうだ」と言い返すと、姉は詳細を尋ね始めた。「では、医師から正式に診断を受けたということですね?いつ頃検査されたんですか?」しかし、「検査」という言葉に、俊も姑も困惑した様子で首を傾げた。そして、俊は信じられないことを口にした。「……検査なんて、一度も受けたことない」その言葉に、私も姉も、そして俊の両親でさえも、驚きのあまり目を丸くした。では、なぜ無精子症だと確信していたのか。姉がそう尋ねると、姑が呆れた様子で説明を始めた。曰く、俊は高校時代にひどい胃腸炎にかかったらしい。一週間近く四十度近い熱が続く重症で、そのせいで無精子症になったのだと。姑は鼻の穴を膨らませながら言い放った。「だから、あなたのお腹の子は絶対に不倫の子よ!」さらに俊は私を睨みつけながら言った。「子供がいなくても幸せだったのに、まさか裏切られるとはな」検査すら受けたことがないのに、なぜそんな確信が持てるのか。私は専門家ではないから、信じられなかったが反論もできず、不安そうに姉を見つめた。姉は私の気持ちを察したように、優しく微笑んだ。

「お話を聞く限り、正式な診断は受けていないんですね?」姉の畳み掛けるような質問に、姑の苛立ちは募っていく。「何なの、あなた?さっきから尋問みたいに。あなた医者でもないのに、失礼じゃない?」すると姉は、くすっと笑って言った。「実は、私、医師なんです。泌尿器科を専門にしていまして」そう、姉は隣町の有名な大学病院で働く医師なのだ。多忙でなかなか家族の集まりにも顔を出せないが、そのことは俊にも話したはずだった。しかし、俊はそれすらも完全に忘れていた。私の家族に、そこまで興味がなかったのかと思うと、少し寂しい気持ちになった。俊とその両親は、姉の職業を聞いて驚きを隠せない様子だった。「ちゃんと検査を受けて、正確な診断をしてもらうべきだと思うけどね。ただ、俊さんが無精子症だという可能性は、非常に低いと思いますよ」姉の説明によると、高熱によって一時的に精子が減少することはあるが、それが永続的なものになることはほぼないという。ウイルスが精巣に感染して問題を起こすケースはあるが、それは非常に稀だと言う。そして最後に、改めて検査を受けることを勧めた。「じゃあ、俺は無精子症じゃないのか?奈美、良かったな!」俊とその両親は、今までの態度を一変させ、感激の涙を流していた。それを、私は他人事のように見ていた。

俊は何度も何度も謝った。心からすまなかったと。しかし、私は何も言葉を発することができなかった。それほどまでに、今回の出来事は私に大きな衝撃を与えていた。私の反応が面白くなかったのか、姑が口を挟んでくる。「誤解だったんだから、もう許してやればいいでしょう?」と、ふんと鼻で笑いながら言った。呆れ顔の姉は、私が落ち着くまで自分のところに連れて行くと俊に告げた。俊は渋い顔をしたが、承諾するしかなく、両親を連れて帰っていった。彼らが帰ると、今度は私の両親が彼らを非難し始めた。私を叩いたことへの謝罪もなく、母は「俊が悪いんだ。誤解を招くなんて」と主張した。しかし、両親の話を聞いても、私は嫌悪感しか覚えなかった。私から見れば、彼らも同罪だ。ぼんやりと立ち尽くす私に、姉が再び手を差し伸べてくれた。「奈美のこと、私に任せてくれない?」そう言って、姉は私を実家から連れ出してくれた。もう二度とあの場所にはいたくなかったから、その申し出がただただありがたかった。

姉のマンションに着き、部屋に足を踏み入れた瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。私を見た姉は、ぎゅっと抱きしめて「頑張ったね」と言ってくれた。どれくらい時間が経っただろう。ようやく落ち着いた私は、「ごめんね、お姉ちゃん」と謝った。すると姉は、私が悪いわけじゃないと言い、好きなだけいていいと言ってくれた。五歳離れているけれど、何かあるといつも助けてくれる。今、私にとって姉こそが唯一の救いだ。今日、姉が実家に来たのは、私が話し合いの日程をメールで知らせたからだ。何か嫌な予感がして、いてもたってもいられず駆けつけてくれたらしい。姉のその決断力には、感謝してもしきれない。もし姉がいなければ、と思うとゾッとする。「でも、落ち着いたら、これからのことを考えないとね」姉はそう言って、何かを考え込むように呟いた。この数日間の出来事があまりに大きくて、私はまだ先のことを考える余裕などなかった。しかし、このままではいられないことだけは分かっていた。「うん。この子のために、強くなるよ」私はそっとお腹を撫でながら、これからのことをゆっくり考えようと決心した。「いつでも頼ってね」優しく励ましてくれる姉の言葉に、私はようやく笑顔を取り戻すことができた。

それから数日後。ようやく心を決めた矢先、俊から電話がかかってきた。「奈美、検査に行ってきたんだ。やっぱり俺のせいじゃなかったみたいだ。だから、もう安心していいぞ」何を安心しろというのか分からないが、彼はこれで問題なく子供を育てられると思っているらしい。「そう、良かったね。それで、ちょうど話したいことがあったんだ」私はそう告げて、慰謝料の話を改めてしたいと伝えた。怪訝に思ったのか、俊は必要以上に理由を尋ねてきた。しかし、それを遮って、次の日曜日に私の実家で会えるか尋ねた。俊は、両親を連れて行くと約束した。そして最後に「話し合いが終わったら、家に帰ってくるんだろ?」と聞いてきたが、私は答えずに電話を切った。

そして、話し合いの当日。私は誰かを連れて実家に到着した。どうやら義両親はもう来ていたようだ。私が座敷に入ると、全員の視線が私の後ろの人物に向けられた。「奈美、その人は誰だ?」そう尋ねた姑に、私は笑顔で答えた。「私の代理人を務めてくださる、弁護士の方です」「弁護士」という言葉に、皆は目を見張った。なぜ私が弁護士を連れてくるのか、理解できていないようだ。「べ、弁護士?何をする気だ?離婚するわけじゃないんだろ?」俊は引きつった笑顔を浮かべて言った。「実は、離婚の話し合いのために来ていただきました」私がそう言うと、俊とその両親は大いに動揺した。そう、私の決断は俊との離婚だった。姉と将来のことを話し合った時、最初に思い浮かんだのがそれだった。その時、姉が知り合いの弁護士を紹介してくれたのだ。「ちょっと待ってくれ!どうして離婚なんだ?無精子症の誤解は解けたんだろう?」「誤解?私には、決して許せることではありません。俊さんは私の話を一切聞かず、一方的に私を責めました。それを、どうして許すことができますか?」確かに、俊は自分が無精子症だと信じていたのかもしれない。しかし、それは妊娠している妻を疑う言い訳にはならない。「人間、誰にでも間違いはあるだろう!こんなことで離婚なんて認めない!」俊は声を荒らげた。「これは、立派な離婚理由です。たとえ誤解だったとしても、結婚前に無精子症という事実を隠していた。私が子供を望んでいたことを知りながら」私の弁護士が、それは明確な悪意であり、離婚理由として十分だと説明した。隣で姑が「孫がやっとできるのに、許してやれないのか」と叱責してきた。しかし、何を言われても、私の心は揺るがなかった。俊への愛情は、もうとっくに消え去っていた。やり直すことなど、絶対に不可能だ。「嫌だ!離婚なんてしたくない!謝っているんだから、許してくれ!」俊は泣きそうになりながら訴えた。謝れば、全て許されると思っているのだろうか。あなたの手で、私たちの信頼は壊れてしまった。悪いと思っているなら、サインして。私は、用意してあった離婚届を差し出した。ようやく事の重大さを理解したのか、俊はうなだれて何も言えなくなっていた。結局、彼は離婚を受け入れ、慰謝料、財産分与、養育費に関する書類にもサインをした。義両親はまだ何か言いたそうだったが、弁護士から「これ以上何か言えば、慰謝料が増額されますよ」と言われ、黙ってしまった。そして、俊とその両親は肩を落として、すごすごと帰っていった。

それを見ていた私の両親は、祝うかのように騒ぎ立てた。「あんな人たちと縁が切れて良かった」と。私は彼らに言い放った。「何が嬉しいんですか?私は今日をもって、あなたたちとも縁を切ります」両親は目を見張った。両親との縁を切ることは、姉の提案だった。それは、姉自身にも同じような経験があったからだ。かつて、中学生の頃、クラスで盗難事件が起きたことがあった。姉は受験勉強のため学校を早退して塾で勉強していたが、担任の誤解でなぜか犯人扱いされてしまった。塾にいたという証言もあったのに、両親は信じてくれず、教師の言うことを信じて姉を責めた。父は姉を何度も殴ったという。犯人が見つかって姉の無実は証明されたが、両親は一度も謝らなかった。それがトラウマになり、姉は勉強が手につかなくなり、高校受験に失敗した。それ以来、姉は両親を恨んでいるらしい。「結局、あの人たちは変わらないんだね」姉はそう言って、少し寂しそうな顔をした。しかし、私も姉の意見に賛成だった。今回の件で、両親は自分の娘を信じようとせず、私を悪者扱いした。私を叩いた母。お腹を蹴ろうとした父。それらを、決して許すことはできない。「では、さようなら」騒ぐ両親を無視し、私は生まれ育った家を後にした。

その後、離婚は成立し、私はわずかな慰謝料を手にすることができた。引っ越しを終え、私は姉のもとで暫く暮らすことにした。姉は私と子供と一緒に暮らせることを喜び、「良かったね」と言ってくれている。その後、共通の知人から聞いた話だが、離婚した後も俊は不満が収まらないらしく、事あるごとに理由を話して自分が正しいと証明しようとしているらしい。しかし、周囲の人間は皆、悪いのは俊の方だと言っているらしい。今では皆から避けられてしまっているらしい。彼にとっては、相応しい結末だと思う。私はその後、何事もなく無事に出産し、我が子を抱くことができた。俊の誤解によって、夫も両親も失ってしまった。しかし、私は一切後悔していない。この子が大きくなった時、尊敬してもらえるような母になれるよう、私は精一杯生きていこうと思う。

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