「京介、そういえばさ、この前の旅行のお土産、お母さん喜んでた?」
「わかんない。なんで?」
「だってまだ持って行ってないし。」
「え?持って行ってないの?先週持って行くって言ってたよね。」
「いや、言ってないけど。」
「言ってたじゃん。生ものだからすぐ持って行くって。」
「お土産持って行くとは言ったけど、いつ行くとは言ってなかっただろ。」
「あのさ、なんでこんな小さなことで嘘つくの?忘れてたなら忘れてたでいいでしょ?」
「忘れてない。いつ行くか明言してなかっただけ。その時のLINE残ってるよ。見る?」
「いや、先週はすぐ持って行こうと思ってたんだよ。でも時間がなくてさ。」
「だったら最初からそう言えばいいでしょ。嘘つく意味がわかんない。」
「嘘ついたわけじゃないから。」
「はいはい。」
「てか、先週のことだしさ。自分が言った内容とかいちいち覚えてなくて当然だろ。それを嘘ついたって後から突いてくる方が悪いんじゃない?」
「覚えてないって言わない方が悪いでしょ。京介ってそういうとこあるよね。」
「どういうとこだよ。」
「とりあえず否定から入って、小さな嘘つくところ。」
「はあ。そんなことしてないだろ。」
「してないと思うなら、このLINE見返してみたら?」
「見返したけど、してなかった。」
「また嘘。こんな一瞬で全部読み返したの?即読とかのレベルじゃないでしょ、それ。」
「いや、読まなくても、なんとなく見たらわかるだろ。」
「わかんないでしょ。」
「まあ、もういいや。とりあえずお土産持って行くなら早めにお願いね。」
「言われなくても、明日持って行く気だったよ。」
「そうですか。旅行から帰ってすぐお母さんに連絡入れてたからさ。あんまり遅くなると、私がガミガミ言われるんだよ。」
「わかってるって。本当にお願いね。ただでさえ私はお母さんから嫌われてるし。これ以上、変な揉め事起こすの嫌だから。」
数日後。
「美佐さん、お土産もらったわ。ありがとうね。」
「いえいえ。それよりも、今回も顔を出せなくてすみません。」
「京介から聞いたわよ。仕事が忙しいんだって。」
「はい。望美が生まれてから、一度も顔を出せてなくて。もう生まれて三ヶ月よ。その間、一度も顔を見せないなんて。どうなの?」
「本当にすみません。今やってるプロジェクトが落ち着いたら、必ず。」
「それっていつよ?」
「来月いっぱいは、忙しいんじゃないかと。」
「ああ、そうですか。全く、仕事熱心すぎるのも考え物だわ。」
「すみません。」
「昇級だって、育休だって、最低限しか取らなかったんでしょ?」
「タイミング的に、仕事を離れるのが難しかったので。」
「そんな仕事ばっかりじゃ、家族との時間も取れてないんじゃない?」
「いえ、先週は、それこそ家族旅行に行きましたし。」
「旅行には行けるけど、うちには顔を見せないの?それって嫁としてどうなのかしら?」
「お声がけはしたじゃないですか。都合が合わなくて、ご一緒できませんでしたけど。」
「うん。そうだったっけ?」
「京介が誘ったって言ってましたよ。」
「そうだったかもしれないわね。じゃあそれは一旦いいわ。」
「ええ、いいんですか?」
「それよりも、普段の家事や育児はどうなってるの?平日の帰りが遅いって聞いてるけど。」
「確かに残業とかもあって遅い日も多いですけど、家事や育児はしっかりやってますよ。」
「本当かしら?」
「本当ですよ。京介に手伝ってもらうこともありますけど。」
「口で言うのは簡単だけどね。できてると思ってるのは、美佐さんだけじゃないの?」
「それはどういう意味ですか?」
「京介から相談を受けてるのよ。」
「え?」
「京介から、家事のことや育児のことについてね、美佐さんが協力的じゃないって。」
「そんなはずは。私は私なりに、仕事と家庭を両立させてるつもりです。」
「両立できてたら、京介が不満を抱くはずないでしょ。離婚を考えることもあるって言ってたのよ。」
「そうですね。京介にそういう思いをさせてるなら、私の力不足です。お母さんにも心配をさせてしまって、申し訳ありません。」
「謝ればいいってもんじゃないのよ。」
「今後は気をつけます。」
「そうして欲しいわね。あなたは望美の母親で、京介の妻。その前提を忘れないようにしてちょうだい。」
一週間後。
「京介、望美のお迎え行ってきたよ。」
「おう、サンキュー。それと、今日の晩御飯はハンバーグ。」
「へえ、珍しいね。」
「この間、京介がいつもと違う味付けしてくれたでしょ?」
「ああ、そうだっけ?」
「うちの味じゃなくて、驚いたから覚えてるの。あの時の味が気に入ったから、再現してみた。」
「へえ、そうなんだ。てか、最近どうしたんだ?」
「ん?どうしたって?何が?」
「いや、やけに帰りも早いだろ。望美のお迎えだって、ここ一週間、毎日行ってくれてるし。」
「そりゃ私だって、望美の母親だもの。」
「いや、そうじゃなくてさ。仕事も、家に持って帰ってくること増えたよな。」
「その実はね。」
「ん?」
「お母さんから聞いちゃったんだ。」
「お母さんから、何を?」
「京介が私に対して不満を持ってるって話。私、京介に甘えてた。これからは迷惑かけないようにするから。」
「いや、違うって。」
「え、違うの?お母さんに何度も相談してるって聞いたけど。」
「そりゃ、愚痴を言ったことはあるよ。けど、生きてたら愚痴の一つや二つ出るだろ。母さんがそれを大げさに捉えただけ。最近の美佐が忙しくて余裕なさそうってしか言ってない。」
「え、でも、家事とか育児への協力が足りないみたいな。」
「元々母さんは、美佐が働きに出るのには反対だったんだ。それは知ってるだろ。加えて、美佐は俺よりも働いてる。母さんって考えが古いから、それが不満だったみたいなんだ。」
「嫌われてるとは思ってたけど、そういう理由だったんだ。」
「ああ。」
「じゃあ、私と離婚を考えてるっていうのは?」
「そんなわけないだろ。母さんは昔から話を盛るんだよ。」
「え?お母さんって、そういうことする人なんだ。ちょっとショックかも。」
「今回のことだって、勝手に大きく捉えただけだよ。俺にそういうつもりは一切ないから。」
「そうなの。」
「今回のプロジェクト、入社当初からやりたかったんだろ?」
「うん。」
「それが今回、ようやく形にできるってなるんだろ。俺さ、美佐が仕事を頑張ってる姿が好きなんだよ。」
「京介。」
「家のことは、俺も今までと変わらず協力する。だから、家のことは気にせず、やりたいことをやってくれ。」
「ありがとう、京介。私、頑張るから。」
「ああ。あと、今回のことでわかったろ。母さんの言うことをあんまり真に受けないでくれよ。」
「それはうん。お母さんのこと、ちょっと信用できなくなっちゃった。」
「別に悪い人じゃないんだけどな。話を盛ったり、自分の信じたいことに盲目っていうか。そういう人だから、話半分で聞いてくれ。」
「わかった。これからはそうするね。」
一ヶ月後。
「美佐さん、もう我慢の限界よ。いい加減にして。」
「え、お母さん、急にどうしたんですか?」
「どうしたんですか、じゃありません。子供を義母に一ヶ月も預けるなんて非常識よ。母親としての自覚がないの?」
「子供を預ける?何言ってるんですか?」
「この後に及んで、とぼけるなんて。息子も、最低な嫁をもらったもんだわ。」
「ちょっと待ってください。何の話ですか?」
「もういいです。息子と離婚しなさい。」
「いや、ちょっと待ってくださいって、一体何が…」
「これ以上、息子や孫を、あんたなんかに任せてられません。」
「だから、ちょっと落ち着いてください。」
「これが落ち着ける状況ですか?」
「僕の望みだったら、うちにいますよ。何を勘違いされてるのか知りませんが。」
「京介、あんた、何言ってるの?美佐はあんたのことを…」
「お母さん、ちょっと待って。今、私の目の前で、京介が望美の面倒を見てますよ。なんだったら、写真でも送りましょうか?」
「…え?」
「だから、今ここに、京介と望美がいます。ついさっきまで、二人でお風呂に入ってたところですよ。一ヶ月も預けるなんて、誰がそんなこと言ったんです?」
「だって、美佐は仕事で家を空けてばかりで、京介が育児を全部一人でやってるって…」
「義母さん。一つ確認させてください。それ、誰から聞いた話ですか?」
「京介が…いや、前に京介が相談してくれて…」
「前に、ですよね。いつ頃ですか?」
「それは…先月の…」
「先月、私たち、家族で旅行に行きました。義母さんにも声をかけましたけど、都合が合わなくて、一緒に行けなかったですよね。覚えてます?」
「え、あ、それは…」
「それに、この一ヶ月、私は毎日、定時で帰ってきてます。京介と望美と、毎晩ご飯を食べてます。お義母さんが言ってる話と、何かが繋がらないんですけど。」
「だ、だって、美佐さんは、仕事ばかりで…」
「お母さん。もういい加減にしろよ。」
「京介…?」
「何度も言っただろ。母さんが話を盛るから、こんなことになるんだって。美佐は何も悪くない。俺が全部、母さんに愚痴ったのが悪かったんだ。けど、離婚だの何だの、そこまでいく話じゃなかっただろ。」
「で、でも、あんた、この前、美佐のことを…」
「あれは、仕事が忙しくて余裕がないって話をしただけだ。それを母さんが勝手に膨らませて、美佐が育児放棄してるように言いふらしたんだろ。違うか?」
「…」
「美佐は、仕事も家事も育児も、ちゃんとやってる。俺が保証する。こんなことで、いちいち揉めてたら、家庭なんてやってられないよ。お母さんには、もう二度と、美佐にこんなことをしないでほしい。頼む。」
「…わかったわ。ごめんなさい、二人とも。どうやら私、鼻が高くなってたみたい。何が何だか、よく思い出せないけど、自分が言ったこと、ちゃんと謝るわ。本当に…ごめんなさい。」
「お義母さん。謝るのはこっちです。仕事のことを口にしなかったのも、誤解を生んだ原因の一つですから。これからはもっと、こまめに連絡します。だから、もう一度、家族としてやっていけたらと思ってます。」
「…ありがとう、美佐さん。本当に、ごめんなさい。」
京介は、黙って部屋の隅にあった小さな写真立てを手に取った。リビングに飾ってあった、三人で撮った旅行の写真だ。美佐はそれを見て、そっと隣に立った。京介は、写真を元の場所に戻すと、美佐の手を握った。二言三言、何かを言おうとして、やめた。ただ、その手の温かさだけが、言葉にならない約束のように感じられた。
