「いつまで家にいるのって聞いてるんだけど。もう1週間になるわよ」という母の声に、私は冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。まさか、たった1週間のつもりが、家を解約してまで居座るなんて。息子のサトルは「帰る家がないんだよ」と平然と言い放ち、嫁のしおりは私の財布を勝手に開けて「現金入ってないんですか」と笑った。私の部屋に勝手に入り、冷蔵庫の中身を食べ、挙句の果てに「口うるさい姑とか、マジ最悪なんですけど…

「いつまで家にいるのって聞いてるんだけど。ちょっとした規制くらいのつもりだったんじゃないの?もう1週間になるわよ。」 「帰ってって言われても、帰る家がないんだよ。家、解約しちゃったから。」 「は?何言ってるの?冗談でしょ。」 「冗談じゃないよ。つうわけで、このままここに住むから。よろしく。」 「いきなりそんなこと言われたって困るわよ。私にも生活があるんだから。いきなり息子夫婦と同居なんて、嫌よ。」 「嫌なんて失礼だな。母さんだって70歳で足腰弱ってきてるだろ。一人息子の俺が嫁連れて帰ってきて、しかも同居してやるって言ってるんだ。むしろ喜ぶ場面だろ。世間的に見ればありがたいことなんだぞ。」 「ありがたいことなのかもしれないけど、何の相談もなしに転がり込まれるのを心よく受け入れる人の方が少ないわよ。」 「一緒に住むんだったら、色々と決め事はさせてもらうからね。その方が揉めずに済むでしょ。」 「ああ、分かった。その辺は嫁と相談して、俺は言われた通りにするからさ。」 数分後。 「のしりさん、さっきサトルから、一時的な規制じゃなくて同居になるって聞いたんだけど、間違いないかしら?」 「え、そうですよ。」 「やだ。サトルったら何も言ってなかったんですか?あ、ごめんなさい。私はお母さんから許可はもらってるって聞いてたので、てっきり歓迎されてるものかとばかり。」 「だって、引っ越してきたにしてはあまりに荷物も少なかったから。家具家電系は全部売っちゃったんで。何か問題でもあるんですか?もう家も解約しちゃったし、帰れないし。お母さんも一人暮らしより安心でしょ?」 「私は何も知らなくて混乱してるの。安心より戸惑いの方が大きいわ。とにかく、すぐ帰れないことは分かったから。一緒に住んでる間は、生活のルールを決めたいの。お互い快適に暮らせる方がいいでしょ。」 「正直、今までの1週間みたいな暮らしをされたら困るわ。冷蔵庫の中身を勝手に食べたり、私の部屋に勝手に入ったり。」 「え、めんどくさいんですけど。」 「それに、戸だから。勝手に私のお財布を見たわよね。『現金入ってないんですか』なんて。普通聞かないでしょ。ありえないわよ。金が入ってたら、盗むつもりだったと思われても仕方がない行為なのよ。分かってる?」 「もうお説教とか勘弁してください。サトルが好きにしていいって言ったから、そうしたんです。文句があるなら、サトルに行ってもらえますか?口うるさい姑とか、マジ最悪なんですけど。」 数分後。 「さとる、正直に言うわ。あなたたちと同居はしたくない。」 「なんでそんなこと言うんだよ。」 「分からないの?勝手に冷蔵庫の中身を食べられたり、しおりさんが私の部屋に入ってきたり、戸棚の財布の中身を荒らされたのよ。非常識なんてもんじゃないわ。正直、2度と家の中に入って欲しくない。」 「悪い、悪かったよ。ちょっと金に困っててさ。最近、飯もあんま食えてなかったから。金も、あの、ちょっと借りようと思っただけで。」 「何、どういうことなの?」 「いや、俺、半年前に体壊してさ。正社員やめて派遣になったんだ。でも、それでも収入が半分くらいになっちゃって。しおりさんは、なんか仕事が長続きしてないんだよ。だから今、2人ともあんま稼ぎがなくてさ。俺の派遣切りがとどめって感じで、家賃が抑えられればまだなんとかなるかなって。」 「あなたね…。」 「ちょっと助けると思って、頼むよ。親父の遺産もあるんだしさ。いいだろう?」 「…事情は分かった。でも、1年だけにして。それまでに仕事の目処を立ててちょうだい。ここで暮らし続けるなら、生活費も入れてもらうし、同居のルールも決めさせてもらうから。」 「あ、分かった。分かった。しおりにも言っておくから。」 数分後。 「り、今、平気?」 「うん。どうしたの?おばあちゃん。」 「あのね、最近お父さんたちと連絡取ってる?」 「全然。向こうから一方的に来るけど、無視してる。」 「まさか、ばあちゃんに迷惑かけてないよね。」 「うーん。1週間前、突然うちに来たと思ったら、そのままい着ちゃってね。規制だと思ってたら、家も解約したっていうの。無理やり同居の話が決まっちゃったわ。」 「はあ。なんだそれ。お父さん、体を壊して仕事を変えたんだけど、それで収入も落ちたらしくてね。お母さんはあんまり仕事が続いてないとかで、とにかく生活に困ってるみたいなの。」 「はあ。だから最近、俺のところに来る連絡も、一緒に住ませて欲しいだの、仕送りして欲しいだの、そればっかりだったから。だから言ってやったの。『高卒の俺は自分を養うので手一杯です』って。」 「何言ってるの?りは立派だわ。自分で就職先も見つけて、高校を卒業してから1度も実家に頼らないで、自分一人で生活してるんだもの。」 「そうだ。今度は二十歳のお祝いをしないとね。」 「ありがとう。でも、今、俺の話は置いといてさ。心配なのはばあちゃんだよ。今から追い出すのも難しいだろうし、俺が引き取るのも本気で無理だからさ。」 「そりゃもちろん、りに押し付ける気はないわよ。ごめんね。役に立てなくて。」 「とにかく、ばあちゃんに無理がないように言っておくよ。あと、あの人たちが住み着いてる間は、少ないけど俺が仕送りするからさ。」 「まあ、本当にありがとう。助かるわ。りに連絡してよかったわ。これからも、たまに連絡していい?」 「さすがに、愚痴を聞いてもらわないと、早にしそう。」 同居から3ヶ月後。 「どう?あれからもう3ヶ月くらいになるけど。」 「うーん。さすがにお金を取ったりはしないけど、家にお金は入れないし、冷蔵庫の中身は勝手に食べてるわね。注意したら『飢死させる気か』って言われたわ。あのクソじじい。」 「最近サトルも仕事に行ってないみたいだし、しおりさんは相変わらずだし、もうお手上げだわ。」 「いい加減、俺が直接注意するしかないかな。」 「とはいえ、言うことを聞くとは思えないけど。ばあちゃんのためだし。この後、仕事だから、また連絡するよ。ごめんね。」 「ありがとう。」 その日の夕方。 「なあ、今度、親戚の集まりがあるんだろ。」 … Read more

29 September 2026

義母の家の玄関で、私は自分の耳を疑った。「あんたみたいな人間が、うちの息子の妻だなんて、恥ずかしいわ」。親族が大勢いる前で、義母は笑いながらそう言った。夫は隣で黙ってスマホをいじっていた。私は必死に耐えていた。でも、その夜、夫が「お前が母さんを悪く言うからだ」と言った瞬間、十年分の何かが音を立てて崩れた。私は子供を連れて家を出ると決めた。荷物をまとめているとき、義母の言葉が何度も頭の中をぐる…

ともこさん、来月の義父の一周忌、分かってるわよね。ちゃんと一緒に参加してよ。 はい、もちろんですよ。それよりお母さん、お一人で大丈夫ですか。寂しいとか不安とか、そういうのはないですか。 何それ。バカにしてるの。私がたった一人では何もできない女だとでも言いたいの。 いえ、そういう意味じゃなくて。私はあなたとは違うんです。自分で仕事もしてるし、生活だってちゃんとできてます。あの人の収入に頼って暮らしてる人とは違うんですから。 頼ってないって言うけど、間違いはないでしょ。でも私だって家事だってやってるんです。 ふん。ああ、やっぱり不便ね。せっかく大手に入社して出世もしてるっていうのに。その妻がこんな地味で何の取り柄もない人だなんて。どうせならもっと美人な人の方が良かったでしょうに。 勝手なこと言わないでください。私たちは仲良くやってますから。 あらあら。何も知らないのね。 どういうことですか。 あなたみたいな人とうちの息子が結婚したのが信じられないって言ってるのよ。 お母さんにとやかく言われる筋合いはありません。私たちは幸せですから。 幸せなのはあなただけよ。息子の稼ぎでぬくぬくと暮らせてるんだからね。 私はやれることをやってます。それに専業主婦になったのだって、ちゃんと話し合った結果です。もし文句があるなら、結婚する時に言えばよかったじゃないですか。どうして十年も経った今頃になって言うんですか。 なんか、亡くなったお父さんが生きてた頃はあなたのことを嫌いじゃなかったから、あえて言わなかっただけよ。 お父さんがいなくなってから態度を変えるなんて、そういうのやめてください。私はあの人のためにやってるんです。 余計なお世話よ。もうやめてください。 あんたね。 もういいです。一周忌に関しては参加しますから、失礼します。 三時間後。 悪いな、今日も残業になった。飯はいいから先に食っててくれるか。 また最近そればっかりじゃない。出世して仕事量も増えたんだよ。それに勤務外でもやらないといけないことが増えたし。 食事とかそういうこと。 そうそう。でもそれをサボるわけにはいかないんだ。俺はまだまだ出世したいし、ようやく出世コースに乗れたんだ。ここで緩めるわけにはいかないんだよ。 あなたが昔から仕事で成果を上げたいって言ってたのは知ってるわ。私だって応援するつもりよ。でも、あんまり仕事ばかりで心配なのよ。全然家に帰ってきてないじゃない。 そこまで頑張ってるんだ。そんな俺を応援してくれよ。 心配の方が強いわ。 それと、お父さんの一周忌のこと、話したかったの。 そうか。もう一年も経つのか。お母さんから参加するように連絡が来たわ。ちゃんと休みを取ってくれるわよね。 まあ、なんとかするよ。 お母さんからも嫌みを言われてるんだから、私を一人で行かせるようなことはしないでよ。 母さんから何か言われたのか。 そうよ。お父さんが亡くなってからすごく厳しいの。前はあんな感じじゃなかったのに。なんかお母さんを怒らせたのかな。 そんなことするわけないでしょ。 とにかく母さんとは仲良くしてくれよ。俺にとっては大切な母親なんだからさ。 分かってるわよ。 それじゃあ、俺は遅くなるから。 うん。体には気をつけてね。 三日後。 お姉さん、今度の一周忌、来られますよね。 ええ、もちろんよ。久しぶりにお姉さんに会えるのを楽しみにしてるわ。 そうね。何度か一緒に遊ぼうって約束してたのに、結局叶わなかったわね。ごめんなさい。私からお誘いしたのに。 いいのよ。お仕事も大変でしょ。あなたみたいに仕事を頑張ってる人は素晴らしいと思うわ。私なんてただの専業主婦だからさ。 そんなこと言わないでくださいよ。お姉さんがやってくれてることは、私もよく知ってますから。 そんな大したことはやってないわよ。 そんなことありません。私もお父さんも本当に感謝してるんです。 それなら救われるわ。 お姉さんは絶対に参加してくださいね。正直、お姉さんがいないなら行きたくないくらいですから。 え、そうなの。 お父さんの一周忌は大切ですよ。それにしても、お母さんと会うのがあんまり好きじゃないんです。 へえ、そうなんだ。 なんかね、肩書きとか年収とかで自慢してくる人じゃないですか。別に普通の人なのに、兄さんのことを利用してマウント取ってきて。 確かに、そんな感じはあったわね。 兄さんもそれを全然嫌がってない感じでさ。 嫌がってないわけじゃないと思うわ。きっと気を使って何も言ってないだけよ。 どちらにしても、あんまり好きじゃないんです。だからずっとお姉さんのそばにいさせてください。 … Read more

29 September 2026

「お母さん、今度の旅行なんですけど、温泉ってどうなんですか?」その一言から、うちの地獄が始まった。義母は「ありきたりな場所は嫌」と即拒否、翌日には私の大事なスカートを勝手に着てウエストを伸ばし、怒る理由もなく杖で叩いてきた。「このダメ嫁が!」その言葉が頭から離れない。義姉に助けを求めたら「お母さん、昔はあんなじゃなかった」とぽつり。夫が企画した家族旅行で関係を修復しようとしたのに、出発当日の…

「お母さん、今度の旅行なんですけど、温泉ってどうなんですか?」 「温泉? なんでまた急に。私はもっとこう、パーっと行きたいのよ。せっかくの旅行なんだから、ありきたりな場所は嫌なの」 「ダメっていうか、地味っていうか……普通じゃないですか。せっかくなら目新しい場所がいいなって」 「目新しい場所ねえ……それで、誰が決めるの?」 「私が決めたら意味がないでしょ。お母さんの期待があるなら、ちゃんと聞いてから決めたいし」 「あんた、嫁でしょ。義母の考えくらい察しなさいよ」 「私、エスパーじゃないんですけど」 「ああ言えばこう言う! 全く、このダメ嫁が!」 そう言ってお母さん、つまり義母のけい子さんは、立ち上がって台所を出て行こうとした。ひなはため息をついた。いつものことだ。何を言っても、最後は決まって「ダメ嫁」のレッテル貼りで終わる。 翌日、今度は家の中がさらに険悪になっていた。台所でお茶を淹れていると、とんとんと軽い足音がして、義理の姉であるひなが入ってきた。いや、正確には、ひなの夫・裕介の兄の妻、つまり義理の姉になる女性だ。彼女はひなたよりずっと穏やかで、思いやりがある。ひなはその姉にずっと助けられてきた。 「お姉さん、助けてください」 「どうしたの? また何かされた?」 「ええ、もう……お母さんが勝手に私の服を着たんです。しかも、私が大事にしてるスカートを。ウエストもだるだるに伸ばしちゃって、最悪です」 「ちゃんと注意したの?」 「行っても無駄ですよ。絶対聞かないし、自分は正しいって顔してるだけですから」 「分かったわ。今度は私から言ってみる」 「ありがとうございます。お姉さんしか勝たん、って思いますよ。本当に憧れます」 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私が言っても効果があるかは分からないわよ」 「ありますって。お姉さんはお母さんに物を投げられたりしませんし、きちんと話を聞いてもらってるじゃないですか。私なんか、怒る理由もなく『顔が気に食わない』って怒られて、しまいには杖で叩かれましたよ」 ひなの姉、つまり裕介の姉のひな子は、その言葉に複雑な表情を浮かべた。 「お母さん、昔はあんなじゃなかったんだけどね」 「え? 本当ですか? 今のあの人からは想像できませんよ」 「無理もないわ。ひなちゃんが来る前、あなたと裕介が結婚する前は、少なくとももっと穏やかだったの。少なくとも、少し前まではね」 「でも、お姉さん、お母さんってずっとあんな感じじゃないですか?」 「いや、違うの。お父さんの葬式の後、お母さんはすっかり落ち込んじゃって、それからかな。寂しさからか、周りに当たるようになって……今に至るって感じよ」 「でも、私にまで当たるのはおかしいですよ」 「もちろん、おかしいわ。でも、あの人は悪い人じゃないの。ただ、寂しがり屋で、自分が面倒を見てもらえてないって思うと、周りを困らせることでしか自分を認めてもらえないと思う人なの」 「じゃあ、どうすればいいんですか? このままだと、私、家にいられなくなりそうです」 「大丈夫よ。今回の旅行で、何か変わるかもしれないから」 「旅行? あの温泉旅行のことですか? あれ、お母さんが断ったでしょうよ」 「そうなんだけど、実はね、あの旅行、裕介からの提案なのよ」 「裕介が? え? 何で?」 「お母さんももういい年でしょ。私たち夫婦は、お母さんと距離を置いてきたけど、このままじゃずっと関係が悪いままなのよ。だから、たまには家族で旅行して、仲直りのきっかけを作ろうって。裕介も、あなたとお母さんの関係がぎくしゃくしてるのが心配みたいなの」 「でも、お母さん、あれから孫にもお茶をいれてもらっても『まだ熱い』って怒鳴るし、私が作った料理も全部『まずい』って言うんですよ。どうにもできないんです」 「分かってる。でも、お母さんも人間だから、少しは話を聞く耳を持つかもしれない。旅先に来るってことは、少なくとも一歩踏み出したってことだから」 「……そうですね。じゃあ、私はおとなしく従うしかないかな」 「そうしてくれると助かるわ。ありがとう、ひなちゃん」 数週間後、旅行当日。朝の6時、ひなが用意をして玄関で待っていると、二階から物音がして、けい子が降りてきた。だが、手に旅行カバンはない。代わりに、口をへの字に曲げた真っ赤な顔があるだけだ。完全に怒りを爆発させる直前の、あの顔だ。 「お母さん、おはようございます。そろそろ出発ですよ」 「……行かない」 「え?」 「だから、行かないって言ったの。そんな場所、行けるわけがない」 「どうしてですか? せっかく裕介もお兄さんもみんなで予約したんですよ」 「あんたに言われたくないわよ。この旅行、あんたが全部仕切り始めたんでしょ?」 … Read more

29 September 2026

お母さん、今度の旅行の話なんですけど。そう言った瞬間、お母さんの顔がみるみる変わっていった。私が何日もかけて計画した家族旅行、行き先は温泉。なのに「地味よ」の一言で全部否定された。「あんたが考えたら意味ないでしょ。嫁でしょ。義母の考えくらい察して動きなさいよ」その言葉が胸に刺さった。私はエスパーじゃない。でも、もっと怖かったのは、その翌日、義妹のひなちゃんが「お姉さん、助けてください」と電話…

お母さん、今度の旅行の話なんですけど。 お母さん、どうしました? 私が計画した家族旅行が、何か行き先が温泉だとちょっとね。 え、ダメですか? ダメっていうか、地味よ。 地味? 私はね、もっとこう、パーッと行きたいわけよ。 はあ。パーッと、ですか? そうなのに、温泉なんてありきたりで普通でノーマルでしょ。 全部同じ意味では? つまり、もっと目新しい場所に行きたいのよ。 期待があるなら、そう言っていただければ私が考えますけど。 あんたが考えたら意味ないでしょ。そうですかって何よ。あんた、嫁でしょ。義母の考えくらい察して動きなさいよ。 私、エスパーじゃないんで。 ああ、ああ言えばこう言う。全く、このダメ嫁が。 お母さん、いい加減にしてくださいよ。 いい加減にって何よ? 私がわがまま言ってるって言うの? なんですって? こういうのもなんですけど、お母さん、かなりうるさいですよ。 はあ? だって、何かあるとすぐに怒鳴るし。 声が大きいだけよ。 怒ると物を投げてくるわ。杖で叩いてくるわ。 あのね、あれはしつけよ。はい。口で言っても分からないから、犬でも嫁でも、しつけがなってないのはそちらですよね。 はあ。 そもそも、怒る理由だって曖昧ですし。少し前なんて、顔が気に食わないって怒られましたよ。 気に食わなかったんだから、しょうがないでしょ。 いつも感情一直線で、沸点が低すぎて、やってることも興奮した猿と同レベルですよ。 あんたね。言うに事欠いて、義母を猿とは何よ。そんなだから、息子の裕介にも距離を取られるんですよ。 言っていいことと悪いことがあるでしょ。 ああ、気にされてたんですね。 当たり前よ。最近は同居してるし、ひなの目も厳しくなってきたし。 やっぱり、お兄さんの嫁のひなちゃんも困ってますよ。 あの子はいいのよ。 どうしてですか? あの子は年上を敬える立派な子だわ。だって、私のことを大事にしてくれるんだから。 ひなちゃんがとにかく。 旅行先を考え直しなさい。じゃないと、あんただけ留守番させるからね。 翌日。 お姉さん、助けてください。 どうしたの? ひなちゃん、お母さんに何かされた? そうなんですよ。あの人、勝手に私の服を着てたんです。 え、お母さんが? お気に入りのスカートが伸びちゃって最悪です。お母さんにちゃんと注意した? 行っても無駄ですよ。スカートのウエストもだるだるです。最悪だったわ。 分かった。今度、私の方から言っておくわ。 ありがとうございます。やっぱりお姉さんしか勝たん。大好き。 そう言ってくれるのは嬉しいけど、私が言っても効果があるかは分からないわよ。 ありますよ。お姉さんはお母さんに物を投げませんし。 そう、本当にかっこいいです。私、憧れちゃいます。 それはどうも。それにしても、お母さんね、どうしたんですか? いや、どうしてああなったのかなって。 どうして、お母さんは最初からあんな感じじゃないですか? … Read more

29 September 2026

土曜の午後、医師から告げられた「余命三ヶ月」という言葉が、頭から離れなかった。自宅に戻っても、妻のなみに真実を伝えられず、ただ保険金の受取人を愛子に変えるためだけに、俺は離婚届をテーブルに置いた。「なあ、話があるんだ」——その一言から始まった芝居は、あまりにも残酷だった。「は?ふざけないでよ。病気までして、何でそんなこと言うの?」なみの震える声が、今も耳に焼きついている。本当は全部嘘だ。彼女…

医師の言葉が頭から離れなかった。余命三ヶ月。最初は聞き間違いだと思った。けれど、土曜の午後に妻と二人で訪れた検査室のあの静けさは、冗談では済まされないものだった。医者にそう伝えられた後も、俺は診察室の椅子に座ったまま、診察券を握りしめて動けなかった。病名を聞いてからだろう、肺に影が見つかったと聞かされてから、ずっと頭の中は真っ白だった。 家に帰ってからも、何も話せなかった。気遣うような視線を送ってくる妻・なみの顔を見ると、真実を言うのが怖くなった。三ヶ月。いや、それ以上かもしれない。医者にはそう言われたが、状態によってはもっと短いかもしれない。そうなれば、あの子に残せるものは何もない。いや、それは違う。金を少しでも多く残してやるんだ。そのためには、この結婚は終わらせなければならない。 翌朝、なみがコーヒーを淹れてくれているキッチンの方へ、俺はカバンから保険契約書を取り出しながら言った。 「なあ、話があるんだ。」 「何?改まって。すごく顔色が悪いけど、もしかして体調が悪いの?」 「いや、そうじゃない。……すぐに病院に行くことになったんだ。それで、三ヶ月って言われた。」 湯呑みを持つ彼女の手が止まる。コーヒーの湯気が二人の間にふわふわと漂った。何か言おうとしている彼女の口から出てきたのは、「嘘でしょ?」という小さな声だった。 「本当だ。このまま入院する。」そう言って、俺は前もって役所からもらっておいた離婚届の書類をテーブルに置いた。 「ちょ、ちょっと待って、何よこれ。離婚届?なんで?病気なのに、何で私が離婚することになるの。そんなこと言わないでよ。私が病院に付き添って、看病するから。だから。」 「いや、それはいいんだ。看病は金で雇う。だから、俺と離婚してほしい。」 混乱する彼女の顔を見ていると、胸が締め付けられた。けれど、ここで心を許してはいけない。俺はコップの水を一口飲み、壁に貼ってあるカレンダーを見つめた。今日の日付が、離婚届を出さなければならない期日だ。 「何言ってるの?意味が分からないよ。あなた、病気なのに、何で私と離婚するの?看病をしてくれる人がいないからじゃないの?私がいるでしょ。」 「だから、それはいいんだ。看病は別の人間にやってもらう。外国人の美人の看護師でも雇おうと思ってるんだ。」 嘘だった。全部、愛子に残す金を少しでも多くするための芝居だ。なみに内緒で、こっそり受け取り人を変更するためには、離婚するのが確実なのだ。保険金は法律上、お前にも権利がある。その手を使うことでしか、愛子に金を残してやれないのだ。 「はあ?ふざけないでよ。病気までして、何でそんなこと言うの?看護師を雇うって、あなたのお給料で払えるの?入院費もバカにならないのに。そんなことより、私が看病するから。」 「大学病院の個室に入るんだ。金がかかる。俺の貯金を崩せば何とかなる。それに、あいつは病院に連れて行くことはできないし、家では面倒を見られないって言うから。」 「あいつ?あいつって、誰のこと?」 「俺の彼女だ。愛子っていうんだ。同僚で、とても大事な部下でもある。勿体ぶって言うまでもないけど、愛子にはもうプロポーズしてる。ハリー・ウィンストンの指輪をプレゼントしたんだ。」 嘘を重ねることを、ずっと心の中で謝りながら。それでも、彼女を本気で憎んでくれないと、この計画は成立しない。愛子を本当に悲しませる前に、俺は男としての役割を果たすべきなんだ。 「……何なの、その話。誰と話してるの?あんた、まさか、浮気してるの?病気なのに?」 「まあ、そう聞こえても仕方ないな。ただの浮気ではない。出会うのが遅かっただけだ。真実の愛だ。」 「真実の愛?ふざけんな!私はあんたのために仕事も半分に減らしたんだぞ。病気になるって聞かされて、どれだけ不安だったか分かってるのか?」 彼女の声援が部屋中に響く。引き出しから、以前、パソコンの写真がぶつ切りにして入れてあった、二人で撮った写真を取り出して、彼女に投げ渡す。その写真には、病気になる前の今頃の二人が写っていた。 「俺は病気になっても、お前にはもう何も期待してない。余計な手出しはしないでくれ。看護は俺が金を払って人にやってもらうから。すまないと思ってる。感謝もしてる。ただ、愛子と結婚するために、どうしても離婚が必要なんだ。」 「ふざけんな!何で私がそんな話を聞かされて、素直に離婚できないんだよ。お前が病気で、これから死ぬっていうのに、何でいきなり離婚なんだ。おかしいだろうが!」 机にあった書類を手で払いのけて、彼女は椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。初めて見せる取り乱しようの真剣さに、心臓がドキドキと脈打つのを感じる。 「あんた、気でも狂ったのか?病院に連れて行くべきだな。医者に診せるか、精神病院にでも入院させてやるべきだ。」 「気の狂った愛人を養えるほど、体は若くないんだよ。頼むから、この離婚届に判を押してくれ。そして、この家からも出て行ってほしい。荷物は向こうでまとめて送る。」 「は?なんで家から出て行かなきゃいけないんだ。元々、私が借りた家だぞ。家賃だってちゃんと半分払ってるだろうが。」 「その家賃は、保険金を貯めるために残してるんじゃなかったのか?病気になって、三ヶ月の命と言われている男の家に、女の義理もないだろうが。」 「だったら、お前一人で生きていけばいいだろうが!金を失ったくらいで、そんなに何もかも失うことになるんだな。分かったよ、離婚してやるよ。その代わり、看護はちゃんとプロの人が面倒を見てくれよ。そして、葬式は盛大にやらせてもらうからな!」 「ああ、任せろ。葬式は立派にやる。俺が事故で死んだって言えば、亡くなった人間は何も言えなかろうが。」 彼女との結婚生活は、もう終わる。そう思うと、自分でも驚くくらい涙は出てこなかった。帰り際、玄関で靴を履きながら、彼女が冷たい声で言った。 「で、受け取り人は誰にする気だ?新しくできる女か?」 「ああ、そうだ。愛子にする。」 「やっりな。分かったよ。全て思い通りにしてやるから、後悔するなよ。一度出て行ったら、二度とこの家には戻れないからな。私の人生では、もう男を作ることもできずに一生を終えるより、あんたのことは綺麗に忘れる。」 そう言って、玄関の鍵をそっと閉めた。後は、病院に行くだけだ。入院の手続きを、そして、葬式の段取りを決めるために。「なあ、最後に一つ聞いてもいいか?」 振り返ると、なみがドアの影からこちらを見ていた。 「本当に、浮気をしたのか?」 「それはお前がどう思うかだ。」 「……分かった。もう、いい。」 彼女は結構バタンと扉を閉めた。それが彼女との最後の会話になるとは、この時は思ってもいなかった。病院に行ったら、担当医から正確な余命宣告と、退院までの治療計画について説明を受けた。その間に、なみから別れの連絡も来た。何を思ったのか、離婚届はすぐに役所に出したらしい。 入院の手続きを終え、病室のベッドで保険の支払いと葬式の段取りを考えながら、俺は一人、静かに笑った。長い間、妻だった女性に、こうして嘘を通し続けている。あの日の必死のたきぎれのような怒鳴り声が、頭の中でしつこく甦る。それも、今日で最後だと願いたい。 病室に、愛子は現れなかった。いや、本当は病院に来るはずがなく、来ることもできないと電話で言われていた。正体を隠すことなく、会社の最寄り駅のトイレで、こっそりと電話で話をした。ひどく緊張しているような声だった。 「もしもし、奥様?」 「違うよ。もう離婚したから。」 「……そうですか。それはご愁傷様でした。で、連絡をした用件とは?」 「保険金の受け取り人の変更に協力してほしいんだ。書類が届いたら、サインをしてくれるか?役場に出す前に、中を見たことを教えるようにはしない。」 「分かりました。そうしてくれるなら、淡雪のためなら何でもします。それがプロポーズの返事になるなら、喜んで。」 「助かるよ。あんたには、迷惑ばかりかけるな。すまないと思ってる。」 「いえ、私たちは同志ですから。あなたが決めた道なら、娘と一緒に進みます。」 受話器を置くと、病室は消毒液の匂いだけが残る静けさに包まれた。天井を見つめて、思う。 保険金は、きっといくらか手続きを進めれば、愛子が受け取れるだろう。いや、実際には手続きを進めるべきだったんだ。なみには、本当に申し訳ないことをした。しかし、あの取り乱する様は見事だった。こっちが泣きそうになるくらいだ。往年の元気な姿に、少し安心したくらいだ。 葬式の準備はもう整っている。遺影に使う写真も、こっそり自撮りしたものをコンビニのプリントで用意した。病室の小さな机の上に、保険の書類と遺影写真が置いてある。 枕もとにスマホを置いて、呼吸を整える。肺の痛みは続く。あと、何日もつだろう。医者は残念そうに「家で過ごすことはできませんか」と言った。残り少ない日々を病院で過ごすのは、少し寂しい気もするが、病室の窓から見る綺麗な夕日は、これまで働き続けてきた自分へのご褒美のように感じられた。 … Read more

29 September 2026

「今日病院に行ってくる。腰が痛くて仕方ないから、夜ご飯は自分で何とかしてくれないか」そう言った私に、夫は「料理もできないのか」とため息をついた。「双子だから、これからもっと大変になる。二人で協力していかないと」と伝えると、彼は「俺は仕事で金を稼いでる。子育てはお前に任せる。限界が来たら助けるが、最初から甘えるな」と冷たく言い放った。その一週間後、親友のカナに「男なんて所詮そんなもんよ」と笑わ…

腰が痛くて仕方ないから、今日病院に行ってくる。夜ご飯は悪いけど、自分で何とかしてくれないか。 料理を作れるような状態じゃないの? 無理だと思う。家に帰っても、きっと横になってるだけで終わりだよ。 そう……まあ、それなら仕方ないか。できれば早く帰ってきてほしいけど。 それは無理だな。仕事が立て込んでて、帰りはどうしても遅くなる。 そうなんだ。仕事が大変なのは分かってるけど、家のこともちゃんと考えてほしいんだよね。 どういう意味だ? お腹の子、二人なんだよ。双子なんだから、子育ても倍大変になるってこと。だから、二人で協力していかないと。 いや、俺は仕事を頑張って金を稼いでるだろ。子育てのことは、お前にやってほしい。 もちろん、できる限りはそうするよ。 でも、一人でできることには限界があるって。 限界を迎えたら、その時は助けてやるよ。 でも、最初からそんなに助けを求めるようなことはやめてくれ。甘えられても困るんだ。 あなた、ちゃんと子供が生まれることを喜んでくれてる? 何だよ、急に。 いや、なんか、そういう気持ちが伝わってこないなと思って。 俺は仕事を頑張ると言ってるだけだろ。家のことはお前に任せる。 別に協力しないとは言ってないだろ。変な被害妄想はやめてくれ。 ……うん、分かった。それじゃあ、お仕事、頑張ってね。 それから一週間後。 ねえ、カナ、体調はどう?この前、すごく悪いって言ってたけど。 うん、今はだいぶ良くなったよ。でも、まだ腰は座ってる感じで、また悪くなるかもしれないけどね。 本当、妊娠って大変だね。 そうなのよ。子供ができたって分かった時は、もちろん嬉しかったけど、まさかここまで大変だとは思わなかったわ。 しかも双子だもんね。 そうそう。早く会いたいなって気持ちもあるけど、私にちゃんと育てられるのかなって、不安のほうが大きいわ。 ……まあ、私にはちょっと想像もできないけどね。 そういえばカナって、全然結婚とか考えないの? うん、全く。 仕事も忙しいし、男の子は割り切って遊べればそれでいいって思ってるから。 前からそういう考えだったもんね。 そうそう。男なんて、所詮はそんなもんよ。変に責任を背負わされるのは、まっぴらごめんだわ。 カナのそういうところ、すごいなって思うよ。 まあ、そうだからこそ、仕事もうまくいってるのかもね。 ふうん、どうだか。でも、そういう考え方だから、いろいろ回ってきてるんだと思うけどね。 それで、今は彼氏とかいないの? 彼氏って感じじゃないけど、一応、遊んでる人はいるよ。 へえ、やっぱりそうなんだ。 なんかね、最近どんな男と遊んでも、物足りないっていうか、刺激がないっていうか。 そうなんだ。 だったら、思い切って結婚してみるとか? いや、結婚とかは、私にはないわ。 むしろ男の方から、すごく近づいてきたりしない? うん、まあ、それはあるわね。 でも、そういう奴らって、大抵は金目当てだから。 だから、全然相手にしてないわよ。 ふうん、なんだかんだ言って、ちゃんと考えてるんだね。 そんなことないわよ。 でも、こういう性格だから、同性からはすごく嫌われるのよね。 私と学生時代からずっと仲良くしてくれてるのなんて、はるかくらいなんだから。 そうだっけ? そうよ。本当、物好きなんだからね。 そんなことないって。 私だって、カナと一緒にいるのは楽しいしさ。 ……ありがとう。はるかにそう言ってもらえると、元気が出るわ。 … Read more

29 September 2026

「り太、ごめん。ちょっと体調が悪くて。晩ごはん、自分で買ってきてもらえる?」その言葉を聞いた瞬間、私は頭の中で何かが音を立てて崩れるのを感じた。ああ、またか。最近ずっとこんな調子じゃないか。私たちは実家で暮らしながら、古い家を出て新しい家を買うために必死で貯金してきたはずだった。なのに、お前は毎日のように体調不良を理由に家事を放棄し、挙げ句の果てに「家事もできない人間は、うちには置いておけな…

「り太、ごめん。ちょっと体調が悪くて。晩ごはん、自分で買ってきてもらえる? 」 ああ、またか。最近ずっとこんな調子じゃないか。一体どうしたんだよ。 「ごめんね。元気になったらすぐにやるから。」 買うにしたって金がかかるんだぞ。それに、俺だけじゃなくて母さんの分も買わなきゃいけないんだぞ。 「お母さんが料理をしてくれたら問題ないんだけどね。」 母さんはもう七十歳を超えてるんだ。そんなことやらせるのかよ。 「だったら、買ってきてもらうしかないわね。」 俺たち、生活費を切り詰めて貯金しようって約束しただろう。今はこうして実家で暮らしてるけど、ここも古くて、もう長くは住めないんだ。家を買うために頑張らないとダメだろう。 「それはもちろん分かってるわよ。」 お前がこの前教えてくれたあの家、良かったよ。立地もいいし、家もめちゃくちゃ綺麗だった。 「それって、お父さんが気になってたところ? 」 そう。あそこはかなりいいよ。お父さんってセンスあるんだな。 「でも、あそこはお父さんが住めないでしょう。貧乏な生活してるんだから。」 そんな言い方しないでよ。 「とにかく、あの家を買うためにすぐにでも金を貯めたいんだ。あそこは人気物件だから、すぐ売れそうだし。なんとか今すぐにでも契約したいくらいなんだよ。それなのに、お前がこんな調子じゃ、無理だって。」 あなたの仕事のサポートをするのは分かってるわよ。でも、体調がどうしても良くなくて。 「ずっとそんな調子じゃないか。」 言い訳をするな。家事もできない人間は、うちには置いておけないぞ。 「そんな言い方しなくても……。」 家族だからって甘えるのはなしにしようぜ。とにかく今日だけは、俺がなんとかするよ。でも、これ以上はやれないからな。 「うん、分かったわ。」 十分後。 「お母さん、すみません。体調が悪いので、今日は部屋で休ませてもらいます。風邪がうつると悪いので、部屋には近づかないでください。」 また風か。そう言って、家事をさぼってるんじゃないの? 「そんなことはしませんよ。やりたくてもやれない状況なんです。」 はあ、本当なのかしら。 「最近、お母さんって私に冷たいですよね。前はもっと仲良くできてたのに。」 そんなのは、あんたの思い込みでしょ。こっちは別にそんなつもりは一切ないんだから。もしそうなってるのだとしたら、あんたが役割を全うしないからよ。家事をしないのもそうだけど、孫の顔も見せてくれないしね。 「子供は授かり物だから、しょうがないじゃないですか。それに、お母さんが孫にこだわってるなんて、今まで一度も感じたことなかったですよ。」 最初はそれも仕方ないかなって思ったのよ。でも、やっぱりお先が短いって思うとね、どうしても孫の顔が見たいと思うようになったの。でも、あんたはそんな私の願いを叶えてくれなかったわ。 「私だけを責めないでください。授かりではありますけど、夫婦の力が必要なものです。り太は何も悪くないわ。」 あんたが原因に決まってる。 「すみません。もう、これ以上話したくないです。ただでさえ辛いのに、お母さんから責められるのは耐えられません。」 被害者ぶったこと言わないでよ。それに、いつまでも寝てるくらいなら、病院に行って薬でももらってきたらどう? 病気じゃないなら、薬をもらえるはずだよ。 「分かりました。明日、行ってきます。」 十分後、り太が戻ってくる。 「ももこ、今度はいつ帰ってこれるんだ? 」 今すぐにでも帰りたいよ。でも、ちょっと体調を崩しちゃって。 「え? ちょっと待ってよ。お前、大丈夫なのか? 」 私は大丈夫だと思う。明日病院に行って、いろいろ診てもらうけど、多分何ともないと思う。 「そうか……。」 お母さんの方こそ大丈夫なの? 私なんかより、お母さんの方が心配よ。 「とりあえず、なんとかやってるわよ。お父さんのお世話もしないといけないしね。私がくよくよしてるようじゃダメだから。」 強いんですね。 「そうじゃないと、やってられないってのもあるわ。多分、生まれつきの丈夫さってやつね。」 自分が情けないわ。私は大丈夫なんだから、私がこんなで伏せってちゃ。 「しょうがないわよ。でも、あなたは一人じゃないんだから、みんなに甘えなさい。」 そんなこと、させてもらえないんだよね。 … Read more

28 September 2026

義母に「中卒の嫁に席はない」と言われ、高級寿司屋から追い出された。今日は娘の内定祝い。夫は仕事で来られず、私は一人で呼ばれた店の扉を開けた。義母は笑顔で迎えたのに、次の瞬間、私の予約は存在しないと言った。「中卒のあんたが来ると思わなかったのよ。帰ってちょうだい」。私は背筋を伸ばして店を出たが、その足で夫に電話をかけた。彼は「今から行く」と言った。私は「いいわよ」と答えながら、ある決意を固めて…

娘が今日、内定祝いの高級寿司屋に行くことになった。妻のひろこさんは、義母からの誘いの連絡を見て、ため息をついた。 「ひろさん、今日の集まり、本当に行くのか? 」 「行くわよ。呼ばれたんだもの。それに、あれはお祝いの席なんでしょ。行かなきゃ失礼でしょ。」 「でも、お前の家族は……なんていうか、いつもひろさんにきつく当たるじゃないか。俺も一緒に行けなくて、本当にごめん。」 「気にしないで。あなたは仕事でしょ。それに、何かされても、いつも通り言い返すから大丈夫よ。」 「本当に強いよな、ひろさんは。その強さに甘えてしまって、申し訳ないよ。」 「私が強く出られるのは、あなたが味方でいてくれるって分かってるからよ。じゃあ、行ってくるわ。そっちは焦らなくていいからね。」 「ああ、分かった。なるべく早く仕事を終わらせるよ。」 ひろこさんが家を出てから、1時間が経った。高級店の入り口に立つと、義母がにこやかな笑顔で出迎えた。 「あら、やだわ。ひろこさん、本当に来るなんて。」 「来いと言われたので来ましたが。何なんですか? まさか、店から追い出されるとは思いませんでしたよ。」 「そりゃあ、あなたに来る資格がないと思ったからよ。どうせ、この店の雰囲気を壊すだけでしょう。あなたの分なんて予約していないわ。」 「呼んだのはそちらですよね。なぜ呼んだんですか? 『夫婦で来てください』って言ったのはそちらでしょう。私と夫は結婚しているので、夫婦で間違いないですよね。」 「夫婦? ああ、そうね。でも、中卒の嫁を連れて、私たちだけの家族でお祝いしたかったのよ。あんたの席はないから、帰ってちょうだい。伝わらなかったかしら? 」 「いつも『お祝いしたいから夫婦で来て』って言ってるじゃないですか。ちょっと何言ってるんですか? あれは社交辞令よ。普通、嫁は来ないものよ。中卒には、そんなことも分からなかったみたいね。」 「そうですね。私の中の常識とは違いました。ですが、『夫婦』という言葉は、夫と妻の2人を指す言葉です。言葉をそのまま受け取るのが、中卒の私にはできませんでした。言葉の奥深さを教えてくれてありがとうございます。」 「お前、よくそんなに舐めた口がきけるわね。やっぱり中卒は人間の言葉を理解する知能がないのね。日本語の奥深さを学び直してきなさい。」 「お母さんこそ、人としての奥深さを学んだ方がいいと思いますけど。そんなオウム返しみたいなことしかできないのも、中卒だからですかね。」 「何ですって! よくもそんなことが言えるわね。中卒のくせに、この高級店に来るなんて恥ずかしくないの? 」 「じゃあ、呼ばなければよかったんじゃないですか? でも、呼んだのはそちらです。これで用事は終わりですか? 帰っていいですか? 」 「ええ、早く帰ってちょうだい。あなたが座ってると、お寿司がまずくなるわ。」 「分かりました。ちょうどよかったです。わざわざ指名されたので来ましたが、今後は『夫婦で来て』と言われても、私はこの家の行事には一切参加しないことにします。」 「あら、よく覚えられたわね。中卒のくせに。せいぜい自分の教養のなさを呪いなさい。」 「ええ、よく覚えました。それでは、ごちそうさまでした。お母さんも、どうかお元気で。」 ひろこさんは、背筋を伸ばして店を出た。店を出た瞬間、ひろこさんはスマホを取り出して、夫に連絡をした。 「もしもし、ひろさん。どうした? 大丈夫か? 」 「ええ、まあね。追い出されたわ。」 「は? やっぱりそうなったか。今から行く。」 「いいわよ、来なくて。もう帰るところだから。お母さんに追い返されたの。私の分は予約していなかったらしいわ。っていうか、はなから呼んでなかったのね。」 「ひどいな。わざわざ呼びつけておいて。」 「ほんとよ。『社交辞令』って言ってたわ。『中卒のあんたが来ると思わなかった』って。私が本気で来ると思わなかったんでしょうね。高級なお寿司を食べたかっただけなんじゃない? 」 「それはないだろ。きっと、今日は俺が行けないのをいいことに、ひろさんに嫌味を言いたかったんだよ。俺のことは、まあ、きっと揚げ物にされるような気がする。」 「あはは、何それ。その例え、笑っちゃったじゃない。でも、おかげで少し元気出たわ。」 「それならよかった。こっちこそ、嫌な思いをさせてごめんな。」 「気にしないで。予想はしてたし。それに、あんな嫌味を言われながらお寿司を食べる気にはならなかったわ。ああ、そうだ。まだ夕食食べてないんでしょ? 回転寿司、行かない? 」 「お前、高級寿司の口だけど、よく回転寿司いけるな。」 「だって、今の流れだと、無性にタコの唐揚げが食べたくなったんだもん。」 「ははは、俺がタコに見えるのか? … Read more

28 September 2026

「おい、離婚したんだから養育費を払うのはお前の義務だぞ。今月分、さっさと払え」——数か月前に離婚した元夫から、突然そんな電話がかかってきた。養育費を払うのは私の義務?…

「おい、離婚したんだから養育費を払うのはお前の義務だぞ。今月分、さっさと払え。払わないなら、ただじゃおかないからな」 電話の向こうから聞き慣れた、しかし今はもう他人の声が聞こえてきた。真純はスマートフォンを耳に当てたまま、ゆっくりと息を吐いた。また始まった。 「はあ。ちょっと、いきなり何言ってるの。養育費って何のこと? 」 「とぼけるなよ。今月分の振り込みがないのは確認済みなんだ。払うのが当然だろ」 「あのね、私が養育費をもらう側なんだけど」 「は? ふざけんな。お前は俺の実家から子供を連れ去って、金を踏み倒そうとしてるんだろうが」 真剣は電話越しに声を荒げている。離婚してからもう数か月になるというのに、彼の中ではまったく別の物語が進行しているらしい。元夫の実佳は、呆れるよりも先に、どこか冷めた感情が勝つのを感じていた。彼にとって私が養育費を払うべき存在になっている。なぜなら、彼の実家に子供がいることになっているから。 「真剣、あなた、1回自分の頭を整理してから電話しなさい」 「うるせえな。払う気がないなら弁護士通して話をつけるぞ」 「どうぞ。好きにすれば」 一方的に電話を切られて、実佳は部屋のソファに深く座り込んだ。隣の部屋からは、テレビを見ている娘の笑い声が聞こえてくる。あの子を守れるのは私だけだ。その思いは離婚のときからずっと変わらない。 実際のところ、離婚後のやり取りは当初から苦労の連続だった。離婚届を出すとき、真剣は子供の引き取りについて妙に固執した。しかし彼の両親、つまり元義父母が強く反対し、最終的には実佳が親権を持つことで決着した。調停でも弁護士を通して正式に決めたことだ。その時、元夫は「子供を預けるから、たまには会わせろ」と言ってきた。実佳は了承した。親権は自分にあるけれど、父親としての関わりを完全に断つことはしたくなかったからだ。 ところが、それがいけなかった。離婚後、子供が元夫の実家で何日か過ごすことが何度かあった。あれは確か、元義母が体調を崩したと聞いて、静かにしてくれるよう娘を預けたのだった。その数日の間に、真剣の頭の中で何かがねじれてしまったらしい。「子供が自分の家で過ごしている間に、お前が勝手に連れて行った。これは誘拐だ。だから養育費を払え」と、彼は本気で思い込んでいるのだ。 それはもはや勘違いのレベルではなく、思い込みの暴走だ。真剣は昔から他人の話を聞かない傾向はあったけれど、ここまで酷かっただろうか。 「ねえ、真剣。もう一度言うけど、養育費っていうのは、子供を育てている親に対して払われるお金なの。私は今、娘を育てている。あなたは払う側よ」 「しらばっくれんな! お前は俺の実家から子供を誘拐したんだ! それを正当化しようとするな! 」 「誘拐って……あなたのご両親は、あの子を預かってくれてありがとうって言ってたわよ。何をどう勘違いしたらそうなるの? 」 「うるさい! お前は俺をナメてるんだろ! どうせ俺は馬鹿にされるのが好きなんだろ! 」 会話にならない。数年前までは、こんな男ではなかった。結婚したばかりの頃は、もう少し落ち着いていた。彼のそういう態度が目立つようになったのは、仕事でうまくいかなくなってからだ。些細なことで怒り出し、決まって「お前は俺を馬鹿にしている」と言い始めた。実佳はそのたびに、違うと言い、なだめてきた。しかし、次第に真剣の思い込みは一人歩きするようになった。職場で何か言われた日は、特別にひどかった。 そして今、彼は自分が被害者であり、実佳が悪者であるという物語を、完全に信じ切っている。 「いいか、実佳。今なら謝れば許してやる。ついでに、子供をこっちに返して、養育費もきちんと払えば、今回のことは水に流してやってもいいぞ」 「あのね、真剣。私、何度も言ってるけど、子供は私が育ててるの。あなたに養育費を払う筋合いはないの。もういい? 終わりにしましょう。こんな話は」 「ふん。分かった。じゃあ、こっちにも考えがある。思い知れよ」 そう言って、真剣は一方的に電話を切った。実佳は受話器を置き、深いため息をついた。隣の席から、同僚の萌々がひょこっと顔を出す。 「まーじーみー? さっきからすごい剣幕だけど、またあの元夫? 」 「まあね。私が養育費を払えって言ってくるのよ」 「はあ? 逆でしょ。あっちが払う立場じゃん。それに、あんたの子供でしょ」 「それが、本人は本気なのよ。私が彼の実家から娘を誘拐したと思い込んでるみたい」 「マジで言ってるの? 夫としてじゃなくて、人間として終わってない? 」 「離婚したとき、近くの実家に少し預けてたのよ。ほんの数日。それで、私が娘を引き取ったとき、彼の中では『あいつが勝手に連れて行った』ってなったみたい」 「……病気通り越して新しい生物のカテゴリだよ。それ」 萌香は呆れたように首を振った。実佳は、離婚調停のときのことを思い出していた。あのとき、真剣は親権を渡すまいと激しく抵抗した。しかし、元々育児に協力的だったわけでもなく、収入も実佳と大差なかった。それに調停員の前で、彼は「働いているから時間がない」とあっさり認めてしまった。実佳が親権を取り、彼が養育費を払う。それが決定だったはずだ。 「ところで、あっちに弁護士がついたらしいのよ」数日後、同じ職場のもう一人の同僚、真由美がコーヒーを片手に話しかけてきた。 「え、本当? 」実佳は眉をひそめた。「あの人、突然お金ができたわけ? 」 「それがね、会社の同僚に相談したらしいのよ。で、その伝手で紹介された弁護士がいるんだって。『勝ち確だ』って息巻いてるって話よ」 「戦って勝てると思ってるんだ……夢見る夢子も大概にしなさいって感じね」 実佳は苦笑したが、心の中では少しだけ警戒心を抱いていた。もし相手が本気で訴えてきたら、こちらの弁護士に相談する必要がある。実佳は確率や法律の知識に明るいわけではないが、この件に関しては法律が自分を守ってくれるという自信があった。何せ、子供の親権は正式にこちらにあるのだから。 その夜、実佳の携帯に見知らぬ番号から着信が入った。折り返してみると、それは相手方の代理人だという男の声だった。 … Read more

28 September 2026

義母が突然会社に来て「息子の浮気を許してくれてありがとう」と笑顔で言った。意味がわからず聞き返すと、夫が浮気を認めたと。でもその夜、夫は「二時間バトった結果、あなたが逆切れして離婚届を投げつけただけ」と平然と言った。義母は「車が欲しい、ベンツに乗りたい」と急に言い出し、翌日には「ママが会社買ったから八百万振り込んで」と電話が来た。断ると夫は「断るなら離婚だぞ、なんつって」と笑った。離婚届を出…

「息子の浮気を許してくれてありがとう。本当にふかさんは最高のお嫁さんだわ」 義母が突然、会社にまでやって来て、にこやかにそう言った。私は訳が分からず、聞き返すしかなかった。 「お母さん、何の話でしょうか?」 「ひろつぐに聞いたわよ。浮気したけど許してもらえたって。愛する人の裏切りはショックよね。でも男は必ず本妻の元に戻ってくるものなの。自信を持って堂々としてればいいのよ」 「はあ……。仕事のことと夫婦のことは別ですし、お母さんもコロコロと態度を変えられると困ります」 「あら、そう?」 「結婚は女社長なんて向いてないって、散々おっしゃってませんでしたっけ? 会社にまで押しかけてきて、こんな小さな会社潰してしまいなさいと。社員の前で私を怒鳴ったのもお忘れですか?」 「言った記憶はないけど、言ってたとしたらごめんなさいね」 「なんか態度が違いすぎて怖いんですけど」 「私、やっと自分の間違いに気づいたの。確かに息子のことが可愛いあまり、あなたに強く当たってきたわ」 「はい。ゴリゴリに当たられました」 「でも間違ってた。可愛い息子が選んだ人だからこそ、大事にしなきゃいけなかったのよね」 「それに気づくのに三年かかったんですか?」 「そうなのよ。でも今からでも遅くないわよね。ね?」 「ええ、だいぶ遅いと思いますよ」 義母は話を変えた。 「ちょっと話は変わるんだけど、車が欲しいの」 「いきなり何の話なんですか?」 「人生で一度でいいからベンツに乗りたいのよ」 「買えばよろしいのでは?」 「え、いいの?」 「お好きになさったらいいかと」 「やった。嬉しい。若い頃からずっとベンツに憧れてたのよね」 そう言って義母は、足取り軽く会社を出ていった。翌日、今度は夫のひろつぐから連絡が来た。 「お母さんから連絡来たんだけど、どういう風に話をすればあんな勘違いになるわけ?」 「あ、何が?」 「息子の浮気を許してくれてありがとうって言われた」 「許してくれたじゃん」 「二時間バトった結果、あなたが逆切れして離婚届をプリントアウトして私に投げつけたよね。そのくらい反省してるって意味で書いただけ」 「は? そんなに怒るなら離婚だって叫んでたくせに」 「一瞬思ったけど、ママに相談したら反対されたんだ」 「なんで夫婦のことを全部相談しないと気が済まないの? ママは人生経験豊富なんだから、アドバイスを求めるのは当然のことだろう」 「そのママ呼び、どうにかならない? あなた今年三十歳なんだよ」 「アメリカ人はいくつになっても母をママと呼ぶぞ」 「ここは日本だし、三十男のママ呼びは意味が違ってくる」 「そうかな」 「お母さんだって勝手すぎるわ。離婚するかもしれないと思ったら、急に優しくしてきたのよ」 「本来はそういう人なんだよ」 「今まで私がされてきたこと忘れたの?」 「何だっけ?」 「コーヒーにタバスコ、お寿司に大量のわさび。何もしてないのに芸人並みの罰を食らってきたのよ」 「それはまあ、単なるコミュニケーションじゃないか」 「じゃあ私も同じことしてあげる」 「それは嫌だけど」 「幸いなことに子供もいないし、別れるなら今だと思う」 「だめだ。俺はふかのことを愛してるんだよ。君を失ったら生きていけない」 「じゃあどうして浮気なんてしたの?」 「スーパーでウィンナーの試食やってたら、つい食うだろう。どんな味かなって興味が湧くよな」 「うん」 「ね? 結局食っては見たものの、買わずに帰ることがあるよな」 … Read more

28 September 2026